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2020年3月 4日 (水)

今日も変わらず「淡々と飽きもせず……」

Img_5149c_20200304145001  昼前から雨という予報通りの天気です。降られるのはイヤですので、7時55分から散歩開始。10時半頃帰宅したら、まもなく小雨が落ちてきました。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、京町、寺町からショッピングセンターのバローに立ち寄って帰宅。6.9㎞。冒頭の写真、蟠龍櫓の近くで撮りました。中学生か高校生くらいの男の子、2人がランニングをしていました。学校が休みで、時間と体力をもてあましているのかも知れません。それにしても、唐突な「休校要請」や、もろもろ自粛のため、思わぬところまで影響が及んでいるようで、先が思いやられます。どういう影響が出るか考えなかったのか、想像力が欠如しているか、その両方か、あるいは、考えたくなかったのかも知れませんが、困ったもの。国民の健康と安全、落ち着いた生活を振り回さないでもらいたいと思うのです。

Img_5141c_20200304145401  いろいろと思うところはありますが、まずは、「淡々と飽きもせず……」と「晴歩雨読」で(微笑)。揖斐川、漁船が出ていたImg_5145c_20200304145601 ものの、キンクロハジロが20羽以上と、カンムリカイツブリの姿も見られました。このカンムリカイツブリさんは、まだ冬モードのスタイルでした。七里の渡し跡のところにある川口水門をシラウオ漁の漁船が通過していきます(右の写真)。このあたり、この頃いつもヒドリガモが集まっています。今日は、その数14羽。

Img_5155c_20200304145401  中橋のゴイサギコロニーを見てきました。南北両側から見た結果、ゴイサギ8羽とホシゴイ1羽がいましたが、Img_5158c_20200304145401 けっこう密集していることもあり(左の写真)、トラブっている様子も見られます(小競り合いのような感じ)。

Img_5217c_20200304145401  九華公園、アオサギはおらず、代わっていつもアオサギがいる鎮国守国神社の社務所裏の木には、ゴイサギが2羽。中橋のゴイサギコロニーで、小競り合いも見られましたから、こちらに避難していたのかも知れません。同じ種類とはいえ、いつも仲良くとは行かない事情があるのでしょう。何だか、笑えます。

Img_5171c  カモ、今日は44羽。メンバーはいつもと同じというか、代わり映えしないというか(苦笑)。ホシハジロのオス2羽、ハシビロガモのオス5羽、メス2羽とキンクロハジロ。そう言えば、今日はヒドリガモの姿がありませんでした。オオバンも2羽います。

Img_5182c_20200304145401  ユリカモメは、数えた範囲では46羽。今日のような天気では、餌をやりに来る人もありません。公園内を移Img_5197c 動しながら、橋の欄干にいたり、野球場のフェンスにいたり、落ち着きません。二の丸橋の欄干にも並んだのですが、さほど数は多くはありません。

Img_5220c_20200304145401  小型の野鳥は、今日もあまりいません。シメは、本丸跡にて。ジョウビタImg_5249c キのメスは、外周の遊歩道の東にて。このほかは、カワラヒワ、ハクセキレイ、スズメ、ムクドリ、ドバト、キジバト、ハシボソガラス。散歩する人も少なめでした。

Img_5255c_20200304145401 Img_5257c_20200304145401  貝塚公園では、ツグミ2羽、シロハラ2羽、シメ1羽。このところ、全く何もいないということはなくなりました。何が関係するのか、よく分かりません。

Img_5298c  こちらは貝塚公園のシメ。ときどき見るようになりました。貝塚公園には、昨年の秋「ヘビに注意」の看板が設置されました。今日、作業中のシルバー人材センターの方に話しかけられたのですが、「ヘビに噛まれたという人がいたから」だそうです。この方によれば、ツツジなどの植え込みに、枝のように擬態をしていることがあるから、気をつけるようにということでした。私は今までここでヘビを見たことがありませんでしたが、それはひょっとしたら、気づかなかっただけなのかも知れません。

Img_5356c_20200304145401  寺町商店街。今日の中日新聞朝刊に「河津桜が満開」という記事が載っていましたが、すでに一部は、葉桜になってきていまImg_5328c す。今日も、ずっと見てきましたが、メジロやスズメはおらず。暴れん坊のヒヨドリが2羽のみ。何となく似合わない気がします。私的には、「花とおじさん」というところか(苦笑)。

Img_5215c_20200304145401  オマケ。今まで気づかなかったというか、きちんと確認しなかったのは、不覚と思いつつ、Img_5210c_20200304145401 記憶のために。鎮国守国神社には、境内社として稲荷社があります。その稲荷社の二の鳥居に向かって左の社号標には「宮光稲荷大明神」と、また、向かって右の社号標には「稲荷神社」とあります。

Img_5208c_20200304145401  この向かって右の社号標の左面に「立退紀念 大正14年12月 二之丸氏子中」と刻まれています。桑名城跡は、明治になってかなり荒れたようで、二の丸には一般の民家があったそうです。昭和3(1928)年、楽翁公(松平定信)百年祭のため、桑名城跡は九華公園として整備されました。この碑にあるのは、公園整備にともなって、民家が立ち退いたことを示しています。右面には発起者として8名の方の名前が刻まれています。西羽晃先生の「新桑名歴史散歩(1974年、新光堂)」で読んでいたものの、このことをしっかりとは認識しておらず、「城と城下町」の復習をするときに再認識した次第。ちなみに、鎮国守国神社も、いったん吉之丸に移転した後、再度、現在地に移転しています。すなわち、明治12(1879)年、旧・桑名城内にあった鎮国守国神社は、内務所貯木場設置のため社地が収用され、吉之丸49番地(現在の地図で見ると、二の丸橋を渡った南東)に移転。その後、明治40(1907)年、現在地に再度移転しています。

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