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2020年2月

2020年2月29日 (土)

気温も意気も上がらず、鳥も少なし(苦笑)

Img_4351c_20200229120601  午後からは雨という予報で、朝から曇天。最低気温は6.0℃でしたが、正午現在8.8℃とあまりあがっていません。寒く感じます。いつも通り8時過ぎから散歩に行ったものの、立ち止まってしゃべっていると寒くて耐えられません(苦笑)。鳥もいませんので、2時間ほどで帰宅。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋通、京町、寺町商店街と今日は、5.7㎞。あまりウロウロしませんでしたし、中橋のゴイサギコロニーもパス。

Img_9311c_20200229120601  揖斐川には、オオバン1羽と、ヒドリガモ10羽くらい。この頃、カンムリカイツブリを見なくなりました。漁船がよく出ていたImg_9316c せいもあるかもしれませんが、帰ってしまったのか?と気になります。七里の渡し跡には、ヒドリガモが50羽という集団でいました。少しずつ上陸していき、草を食べていました。他には、コガモのペアが1組やってきたくらい。三之丸公園には、今日はスズメくらいしかいません。三の丸水門のところで、ヒバリ2羽。少しずつ動いたので気づきました。

Img_4359c_20200229120601  九華公園、アオサギは今日は、鎮国守国神社の社務所裏の定位置にいましたが、ご覧のように、お休み中。こんな天気で寒くてImg_9326c_20200229120701 は、テンションも上がらないでしょう。ユリカモメは、管理事務所脇の電柱に待機中。土日は、餌をやりに来る方が多いのですが、今日は私がいた間にはゼロ。ユリカモメたちは、当てが外れたと思います。

Img_4372c_20200229120601  奥平屋敷跡と、朝日丸跡でツグミをそれぞれ1羽。これらのところも、二の丸跡も、他の小型Img_9340c_20200229120701 の野鳥はほとんどいません。スズメとカワラヒワが少しいただけ。本丸跡では、ムクドリやスズメ、カワラヒワがエサを探していたのですが、今日はシメの姿はありません。しばし待っても出て来ません。いつもであれば9時を過ぎるとやってくるのですが……。

Img_9344c  貝塚公園に行こうと、九華公園の外周遊歩道を歩いていたら、南東の隅で、一瞬、シロハラが登場。証拠写真のみ(苦笑)。これだけ鳥がいないと、寒さが余計に身にしみます。

Img_9350c_20200229120701  貝塚公園では、ツグミ3羽とシロハラ2羽に遭遇。他は、カワラヒワくらい。ここにもほとんど鳥がいませImg_4390c_20200229120601 ん。昨日は、あちこちでジョウビタキのオスを見たのですが、今日はサッパリ。天候の影響が大きいような感じ。

Img_9363c_20200229120701  寺町商店街では、今日もまた、河津桜の並木を見てきました。ヒヨドリ、スズメはおらず、メジロが10Img_9373c_20200229120701 数羽出て来ていました。「河津桜にメジロ」、今日もチャレンジしました。晴天のもとで撮った写真の方がよいと思っていますが、曇天で影があまりできないときもいいかもしれません。

Img_4418c_20200229120701  午後からは雨という予報です。だいたい、午後は在宅していますから、いつも通りなのですが、今日は「晴歩雨読」を意識して、去年のくわな市民大学郷土史学科「城と城下町」のまとめをチェックすることにします。まとめは一通り終えています。チェックも、残り1回分。図をかなり取り込みましたので、A4サイズで120ページを越えます(苦笑)。配付資料や、市立博物館の展覧会の図表から取り込んでいますが、必ずしも鮮明ではないものもあります。表や系図などは自分で作り直した方が良さそうです。

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2020年2月28日 (金)

淡々と飽きもせずで……ジョウビタキ、ツグミ、ゴイサギデーと、河津桜にメジロと悪戯っ子スズメ

Img_4141c_20200228155601  午後から曇ってきましたが、午前中はよく晴れ、風もさほど強くなく、散歩日和でした。新型コロナウィルスは気にはなるところですが、むしろインフルエンザの方が患者数は多いそうですし、普通に予防していれば過剰な心配は必要なさそうですから、いつも通りの行動。8時20分から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、新築公園、寺町商店街と6.9㎞を歩いて、11時過ぎに帰宅。

Img_4152c  今日は、ジョウビタキ、ツグミ、ゴイサギデー。ジョウビタキはオスばかりで、メスには縁がなし(苦笑)。ジョウビタキのオImg_9223c_20200228160901 スに出会ったのは、三之丸公園(左の写真)、九華公園・奥平屋敷跡、内堀公園そして常信寺(右の写真)。常信寺でジョウビタキを見たのは初めて。

Img_4229c_20200228161501  ツグミは、三之丸公園、九華公園の奥平屋敷跡(左の写真)と朝日丸跡(右の写真)、外周の遊歩道東、貝塚公Img_4280c_20200228161601 園にて。このところツグミをよく見ます。

Img_9037c_20200228161801 Img_9040c  ゴイサギは、中橋のコロニーにて、なのですが、まずは、柿安コミュニティパークからゴイサギコロニーに向かっていたら、上空をゴイサギ3羽とホシゴイ1羽が旋回中。

Img_9052c Img_9055c_20200228162001  コロニーを見に行ったところ、結果的には、少なくともゴイサギ11羽とホシゴイ1羽を確認しました。ゴイサギたちには迷惑をかけたのですが、左の写真を撮ったところ、ホシゴイが驚いて飛び立ったのです。すると、次々にこのモチモチの木からゴイサギが飛び出てきて、その数合計10羽(ゴイサギ9羽、ホシゴイ1羽)。このあと木の中を覗いたら、2羽のゴイサギ(そのうち1羽が右の写真)。

Img_4195c Img_4209c  さて、住吉入江には、キンクロハジロのオス1羽、ホシハジロのオス1羽とオオバン2羽。揖斐川では、赤須賀漁港の漁船がでていて、何もいません。七里の渡し跡では、ヒドリガモ18羽が上陸して草を食べていた他、コガモも7羽。九華公園、アオサギは今日は定位置ではなく、奥平屋敷跡にあるステージの裏。昔、私が「お立ち台」と呼んでいたあたりに。右の写真は、二の丸跡から撮った後ろ姿。何となく哀愁を感じないでもありません。

Img_9059c_20200228163001  カモは、合計36羽。ヒドリガモが昨日に続いて1ペア、ハシビロガモはオスが4羽にメスが1羽、ホシハジロのオスが今日は2Img_9077c 羽で、他はキンクロハジロ。ユリカモメは7羽。今日は、私がいた間にエサを与えていた人はお一人のみだったから少ないのでしょう

Img_4223c  九華公園ではその他、シロハラ1羽。二の丸跡にて。他には、カワラヒワ、スズメ(今日はImg_4240c とくにたくさんいました)、ハクセキレイ、ヒヨドリ(数は少ない)など。

Img_4268c_20200228163501  シメもいたのですが、ちょっと近づくとすぐに逃げますから、遠くからしか撮れません。そうそう、ウグイスの地鳴きも聞こえていました。

Img_9079c  特別出演は、カワウさん。野球場の南、揖斐川からの導水口があるあたりImg_9083c_20200228163601 で待機中。左の写真のカワウは、繁殖期真っ最中。目がきれいですし、ヘアスタイルもカッコイイ。

Img_4286c_20200228163801  貝塚公園では、シロハラ、ツグミ2羽(時間をおいて、割と知己ところで見ましたから、同じツグミを2Img_9102c_20200228163901 回見たのかも)。

Img_9127c_20200228164001  そして、今日も貝塚公園のウメジロウ。今日はこの1羽のみ。近くで見て、写真を撮っていたのですが、私の存在には気づかなかったようです。

Img_9146c_20200228164101  内堀公園で見たカワラヒワ。巣材を集めて来たようでした。すぐそばには、もう1羽のカワラヒワがいました。カラスや、キジバトなども巣材を運んでいるところを見ます。弥富野鳥園の近くのサギ山にもアオサギが集まっていますし、野鳥の世界では、春になってきています。

Img_9175c  寺町商店街、今日は恒例の三八市で賑わっていました。河津桜を見物し、写真に収める人も多数。もう満開Img_9206c2 状態。私は、「河津桜にメジロ」狙い。けっこうよく出て来ていました。それなりのものが撮れたか、と自己満足(微笑)。

Img_9206c  上右の写真、本来撮ったものは、このようなシーン。これも捨てがたい気がしましたので、載せておきます。

Img_9287c_20200228164501  河津桜には、ヒヨドリやスズメも蜜を吸いに来ます。スズメは、メジロのImg_9295c_20200228164501 ように、花の中に嘴を突っ込んで蜜を吸えません(メジロの舌は、筆のようになっていて、蜜を吸いやすくできています)。代わりに、スズメは花托というか、子房というか、その辺りをちぎって蜜を吸います。ソメイヨシノの花でも同じようなことをします。花が丸ごと落ちているのは、スズメが蜜を吸った結果なのです。

Img_4321c_20200228165301  常信寺でジンチョウゲ、サンシュユ、ミツマタなども見てきました。ジンチョウゲも咲いている花が増えてきて、あたりにはImg_4328c_20200228165301 甘い香りが漂っています。サンシュユも、花が開いてきていました(右の写真)。

Img_9240c  ミツマタも、咲き始めというところでした。サンシュユや、ミツマタの花の見頃は、もう少し先のようです。

Img_4269c  余談というか、勝手なつぶやき。世間では、突然発表された、安倍総理からの「全国の全小中高校・特別支援学校の休校要請」で大変なことになっています。2月27日の木曜の夜に発表して、週明け・3月2日の月曜から実施してくれというのは、いかにも無理があります。無用な混乱を招き、不安を煽るだけではないかと愚考しています。その前に発表された基本方針も「要請」「お願い」ばかりで、「自己責任だ」といわんばかり。私には、いつもの「やってる感満載」のお話しのように見えますし、他のことからの目くらましではないかという気もします。国民のことなどあまり眼中にないのではないかと疑えます。どさくさに紛れて、さらに(苦笑)。この方、ご自身がおっしゃることや、おやりになることがどの程度影響を及ぼすのか、およそ眼中にないというか、想像さえできないようです。極論を書くと、日本をぶち壊したいのかと、怒りさえ覚えます。私個人は、モットーにありますように、「淡々と飽きもせず……」の精神で過ごすことにします。

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2020年2月27日 (木)

九華公園の堀に久しぶりにヒドリガモ……寺町商店街に占いの店?

Img_4056c  天気はよいものの、強風。5~6m/sの北風が吹いています。最高気温は、10.4℃と低くはないものの、寒く感じます。朝一番にImg_8856c 用事を済ませて、8時半過ぎから11時にかけて、いつものコースを散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、寺町から、スーパーバローに寄って帰宅。6.5㎞。冒頭の写真は、住吉神社の前から多度山(北)の方角を撮ったもの。多度山から雲が流れてくるのは、冬の、強風の日の典型的なパターンなのです。揖斐川では、この強風をついて、赤須賀漁港の漁船がシラウオ漁に出ていました。昨年に比べて、シラウオ漁をよく見ますから、たぶん豊漁なのでしょう。

Img_4069c  このところ、ツグミを割とよく見るようになりました。旅館・山月の裏手というか川口水門の上流側、三之丸公園、三の丸水門の辺りに必ずいます。今日もここらで合計4羽。柿安コミュニティパークにもいることがあります。七里の渡し跡には、コガモ、ヒドリガモ合わせて48羽。大半が上陸して日向ぼっこ(コガモ)か、草を食べていました(ヒドリガモ)。

Img_4076c  中橋のゴイサギコロニー。今日も南北両側から確認したところ、ゴイサギが6羽に、ホシゴイImg_8881c が2羽いました。左のゴイサギの写真は、超望遠コンデジで1,365mmで撮ってノートリミング。天気がよく、光が十分当たっているとデジイチ顔負けの写真が撮れます。

Img_4086c  九華公園、今日は、アオサギが来ていました。いつものように、鎮国守国神社の社務所裏です。まだ繁殖のためコロニーに行ったのではなかったようです。

Img_8903c  カモは合計48羽。水を抜いて以来姿が見られなかったヒドリガモのカップルが1組来ていました。他には、ハシビロガモのオスが5羽、メスが3羽とホシハジロのオス1羽、キンクロハジロ。

Img_4106c  九華公園でもツグミを5羽目撃。奥平屋敷跡、朝日丸跡、グラウンド(2Img_8943c 羽)、外周の遊歩道の南。右の写真は、外周遊歩道のところにいたツグミ。5m以内くらい。デジイチの250mmでノートリミング。固まってしまって、逃げるに逃げられなかった感じです。

Img_4100c_20200227152901  シロハラも、九華公園の二の丸跡にいました。ただし、うまく撮れず、後ろ姿の証拠写真(苦笑)。他には、ウグイス、カワラヒワ、ハクセキレイ、カラス、キジバト、ドバト、スズメなど。ウグイスは、鎮国守国神社の境内で見つけたのですが、ピンぼけ、枝被りで載せられる写真ではありません。去年の今頃は、エナガも見たのですが、最近はサッパリ。

Img_8966c_20200227151301  貝塚公園では、今日も白梅にメジロが1羽やって来ていました。ちょうど雲がかかってしまい、あまりきれいImg_8992c_20200227151301 には撮れず。シロハラも2羽を目撃。公園の東側と、南西側の2箇所。右の写真は、東側のエリアにいたシロハラを粘って撮ったもの。南西側では逃げられてしまいました。

Img_4121c_20200227151301  シジュウカラも、最近、貝塚公園でよく鳴いています。今日は、証拠写真。このあと、内堀公園には何もいませんでした。

Img_4130c_20200227151301  寺町商店街。河津桜にヒヨドリはいたものの、強風のためか、メジロは来Img_4128c ておらず、残念。商店街の南の端、以前は渡辺種苗店であったところで、作業中。「母倉(ぼくら)」という名前。よく見たら、「占い/占い教室/ブライダルの招き猫」と書かれ、猫のキャラクターも描かれていました。私にはあまり関係なさそうですが、どんなところか興味はあります。

Img_8863c_20200227151301  オマケ。住吉神社のところから揖斐川を眺めていたら、中州付近を猛禽類が、風に煽られながら飛んでいるのが見えました。かなり苦労している様子。トビでも、ミサゴでもなさそうです。「こんな日に飛ぶんじゃなかった」とかぼやいていそうな気もします。

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2020年2月26日 (水)

ウメジロウ、河津桜にダブルメジロ、豊後梅……【付記(2/26)近鉄ハイキングもJRさわやかウォーキングも3月中旬まで中止!】

Img_4052c  朝のテレビの天気予報によれば、高気圧と低気圧の入れ替わりのスピードが速いので、天気がめまぐるしく変わるのだそうです。今日は、昨日から一転、上天気で、風はあるものの、暖かい日になりました。新型コロナウィルスも気になりますが、それとは別に体調管理に気を遣わなければなりません。今日は、9時から、いつもお世話になっているS理容院さんで散髪。その後、10時前から九華公園から貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町商店街と5.6㎞。11時20分まで。さすがに10時を過ぎてしまっては、鳥たちはいません。

Img_3991c  まずは、中橋のゴイサギコロニー。南北両側から見た結果、今日はゴイサギ10羽、ホシゴイ1羽を確認しました。常に10羽以上Img_8623c_20200226164601 がここに集まっているのは確実と思われます。鎮国守国神社の社務所裏には、このところゴイサギたちはほとんどいません。先頃の観察では、社務所裏のゴイサギもここ、中橋のコロニーに来ていると考えられます。

Img_3998c_20200226164501  九華公園のカモ、今日は、46羽。ハシビロガモのオス5羽、メス1羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロ。このところほぼ同じメンバーで、ヒドリガモは来なくなりました。ユリカモメは、ゼロ。

Img_4002c  公園内を歩き回っても、スズメ、ドバト、カラス(すでに巣作りを始めており、去年、雛に関わってカラスの攻撃を受けた管理人さんは、ビビっておられます)、キジバト、カワラヒワくらい。写真を撮れたのは、ツグミ1羽。奥平屋敷跡にて。野球場でも見ましたが、かなり遠い。外周遊歩道ではジョウビタキのオスがいましたが、逆光で黒い写真(苦笑)。

Img_8646c_20200226164601  公園の堀では、ミドリガメの姿が散見されます。管理事務所近くのスロープが壊れてなくなってしまいましたので、甲羅干しをするところが少なくなり、大変そうです。

Img_4028c  貝塚公園は、今日は何種類かの鳥が見られました。こういうことがありますから、散歩コースから外せません。公園の北門を入ってすぐ、モズの鳴き声が響いていました。モズがいたのは、公園の西側エリアの高い木の上。他にもカワラヒワ、シジュウカラがいました。

Img_8692c  また、今日は、貝塚公園でウメジロウ。貝塚公園には白梅の木が何本かあります。4羽ほどImg_8783c_20200226164601 のメジロがやって来て、チョコチョコ動きながら、蜜を吸っていました。近くに寄っても平気で蜜を吸っています。例によって「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」方式で撮ったのですが、なかなか難しい(苦笑)。

Img_4030c_20200226164501  寺町商店街の河津桜、今年は、場所によってor木によって咲き具合が違い、満開の木もあり、7分咲きくらImg_8848c_20200226164601 いの木もありです。左の写真は、もっとも南の端のところ。今年は、こちらがもっとも早くから咲いていました(例年は、北側の寺町交差点に近い方が早いのですが)。

Img_8815c  河津桜にメジロが見られないかと思ったのですが、これもなかなか難しい。左の写真のようImg_4037c_20200226164501 に、「河津桜にダブルメジロ」が撮れたものの、ピントが甘い(苦笑)。引き続き精進します。ヒヨドリもけっこうやって来ています。嘴の周りが黄色くなっていますが、これは花粉。メジロも、よく見ると、嘴の周りが黄色くなっているのですが、今日の写真ではわかりにくいかも知れません。

Img_8842c_20200226170701  ところで、寺町で河津桜とメジロを撮っていたら、見知らぬ女性から声をかけられました。先方の連れの方が、「なに~、知り合い?」といっておられたのですが、伺ったら、近鉄ハイキングで何度もご一緒したということでした(苦笑)。私の方は、失礼ながら全く記憶なし。私がよほど目立っていたのか、あまりにもいい男で気になったのか(爆)? 「この間は中止になって残念でしたね」などと話し、また、ハイキングで出会ったら声を掛け合うことにしました。思わぬところで、知人というか、あるものです。

Img_4015c  オマケは、豊後梅。鎮国守国神社の境内にあります(鎮国稲荷の一の鳥居の南)。数年前、神社の大奥様が「豊後梅だ」と教えてくださったもの。それ以来、気にして見ています。

Jrwalking Kintetsuhiking 【付記(2/26)】 先ほど(20時過ぎ)確認したら、近鉄ハイキングも、JRさわやかウォーキングも3月中旬まで中止という告知が出ていました。「ガーン」であります。昨今の新型コロナウィルスをめぐる状況からはやむを得ない判断とは思いますが、残念。2月29日のJRさわやかウォーキングは、関から亀山のコース。関宿は昔の町並みが残っていますので、一度行ってみかったのです。3月7日の近鉄ハイキングは、養老の玉泉堂酒造を訪ね、「美濃菊」を飲めるという企画でした。どちらも、楽しみにしていたのですがねぇ。

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2020年2月25日 (火)

河津桜にメジロ……曇天で肌寒く、鳥はいません

Img_3971c_20200225162501  昨日とは打って変わって肌寒い日になりました。最高気温は9.9℃。一気に5℃も下がり、オマケに曇天。テンションも上がりません(苦笑)。朝一番に用事を済ませ、8時半から散歩。気分を変えようと思って、いつもとは逆回りに、寺町商店街、京町、九華公園、貝塚公園から中橋のゴイサギコロニーを見て、七里の渡し跡、住吉神社、桑名七里の渡し公園と6.6㎞。今日は散歩友達にもほとんど会わず、2時間で帰宅。歩きに行っているのに、1時間くらいはしゃべっているようです(自覚なし)。

Img_8469c_20200225162601  寺町商店街では、「河津桜にメジロ」を撮ろうと思ったのですが、ずっと見て回ってもメジロは1羽のみ。オマケに曇天でしたImg_8465c_20200225162601 から、今イチ。まぁ、河津桜はこれから満開で、もうしばらく楽しめるでしょうから、何度でもチャレンジすることにします。

Img_3838c  九華公園到着は、8時55分頃。住吉神社周りとあまり変わらず。今日は、立教小学校の体育館脇から。歩いている人は2~3人と昨日より激減。雨は夜からという予報でしたが、降ってきてもおかしくないような空模様でしたし、何といっても寒い。外周をずっと歩いて朝日丸跡に行ったのですが、外回りには鳥はほとんどいません。グラウンドに差し掛かるところで、一瞬、ジョウビタキのメスを見たと思ったのですが、追いかけても行方不明。

Img_8512c_20200225162501  朝日丸跡では、ツグミ1羽。ツグミは、グラウンドや奥平屋敷跡でも見ました。本丸跡にはシメが1羽降りていたのですが、20~25mくらい離れていないと逃げます。ピンぼけ写真ばかり。アオサギもおらず。

Img_3891c  カモは、43羽。ハシビロガモのオスが6羽、メスが2羽、ホシハジロのオスが1羽とキンクロハジロたち。他にImg_3878c_20200225162501 は、カルガモ1羽とオオバンが2羽。ちょっと物足りません。ユリカモメは30羽あまり。神戸櫓跡の脇に立って見ていたら、餌がもらえるかと思って集まってきました。残念ながら、餌になるものは持って歩きません。

Img_8536c_20200225162501  奥平屋敷跡から二之丸跡へ行く橋のところで、ユリカモメ、4羽だけが欄干に並んでいました。

Img_8550c  貝塚公園に回ったところ、ツグミ2羽、シロハラ1羽を見たのですが、なかなかこれという写真は撮れず。シメもいて、証拠写真。ここでシメを見るのは、珍しい。

Img_8558c  中橋のゴイサギコロニー、曇天できれいな写真は撮れなかったのですが、今日は、ゴイサギ11羽とホシゴイ1羽がいるのを確認。知人が、ここには最大で12羽いるといっていたのは、本当のようでした。

Img_3969c_20200225162501  という風で鳥もあまりいませんでした。七里の渡し跡には、ヒドリガモ15羽、コガモが、オス・メスとも4羽ずつ。船津屋さんの裏の堤防ではツグミ1羽。桑名七里の渡し公園に立ち寄ったら、ツグミが2羽いましたが、すぐに逃げられてしまいました。拡張工事は、整地作業が終わったところで、進んでいません。建物も建つはずですが、整地してしばらく時間をおくのでしょうか。

Img_3975c_20200225165901  先日から行っていた、今年度の市民大学講座郷土史学科の「城と城下町」のまとめ、一通り終えられました。講座で配られた資料にかなりの図があり、それも読み込んでつくったら、A4サイズで120ページあまりとなりました。印刷して、確認作業をこれからやるつもり。また、「桑名城の変遷」という年表(これはもともと「徳川四天王の城-桑名城絵図展」の図録二之ていたもの)もあります。これも、スキャナで取り込んでExcelで表にしようと思っています。

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2020年2月24日 (月)

陽気につられたか、散歩する人多し……知人にもたくさん出会い、3時間もかかって帰宅

Img_3630c_20200224162401  本当に暖かい日で、気温は15℃になりました。風も弱く、雲も少なく、気持ちの良い日です。8時半から散歩をImg_3802c 始めたのですが、住吉神社、揖斐川の堤防、三之丸公園など歩く人、走る人、犬の散歩をする人、多数。知人、散歩友達にもたくさん遭遇し、帰宅は11時半を過ぎてしまいました(苦笑)。家内から「いったいいつになったら帰ってくるのやら?!」と叱られました。出遭った知人その他は、散歩友達Yさん、桜まつりのときにライブをするMさん、Oさんご夫婦、公園管理人Kさん、Wさん、掃除のHさん、元畳職人Aさん、鎮国さんの宮司さん、貝塚公園を歩くSさん、鳥見の大先輩Sさん(もう84歳やとおっしゃりつつ、ほぼ毎日コミュニティバスに乗って散歩)、楽器演奏など多才なOさん他、犬の散歩をする知人お二人。出会うと、立ち話、時にベンチに座り込んで話しますから、時間がかかるのです(苦笑)。散歩コースは、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.8㎞。左の写真は住吉神社前から伊勢大橋方面、右は寺町商店街の河津桜。

Img_3634c  こんなよい天気ですが、水鳥は少なくなっています。「いませんでした」というのは難しいのですが、左は、住吉水門から見たImg_3636c 住吉入江。住吉橋の向こうに住吉ポンプ場が見えます。この右手に住吉神社があります。この入江に、キンクロハジロや、ホシハジロのオス、オオバン、時にヒドリガモがいるのですが、今日はまったくいません。揖斐川には、カンムリカイツブリがいますが、かなり夏羽に換わってきています。中洲の方にはキンクロハジロも見えましたが、シラウオ漁の漁船が出ていることもあり、カモなどはほとんどいません。

Img_3639c_20200224162401  旅館山月裏の揖斐川の堤防で、ツグミ。七里の渡し跡、今日は何もいません。三之丸公園にもツグミ1羽、スズメ、ムクドリがImg_3645c_20200224162401 いましたが、三の丸水門あたりには鳥は見当たらず。柿安コミュニティパーク脇の遊歩道で、ジョウビタキのメス。

Img_3650c Img_3652c_20200224162401  中橋のゴイサギコロニーでは、南側に回ると、今日は、ゴイサギ4羽、ホシゴイ1羽が出て来ていました。日当たりが良く、暖かいと木の外に出てくる感じ。

Img_3665c_20200224162401  九華公園では、カモやユリカモメから、スズメ、ドバトにまで餌をやる方があり、九華橋あたりは大賑わい。カモは少なくなり、37羽。ハシビロガモのオスが5羽にメスが2羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロたち。ユリカモメも、昨日はたくさんいたのに、今日は、数えた範囲では8羽のみ。

Img_3698c  ツグミは、奥平屋敷跡と、朝日丸跡とで2羽。写真は、朝日丸跡にいたもの。朝日丸跡では、ジョウビタキのオスも。OさんImg_3721c ご夫婦と話していたすぐ近くにやって来て、しばらく楽しませてくれました。

Img_8398c_20200224165101  鎮国守国神社の境内、天守台のところで梅などを撮っていたら、メジロがやって来ました。Img_3749c_20200224162401 が、「ウメジロウ」、なかなかうまく行かず。右の写真など、面白いシーンだとは思うのですが、お尻写真ではねぇ(苦笑)。

Img_3773c_20200224162401  こちらの方がフツーだと思うのですが、写真のできとしては今ひとつ(どころではないかも知れませんが)。このあと、寺町商店街では「河津桜にメジロ」を狙ったのですが、これまた敢えなく敗退(涙)。メジロはけっこう手強いのです。

Img_3787c  アオサギは、公園に来たときにはいなかったので、もうコロニーに出かけたのかと思っていたのですが、10時半近くになってもう一度見に行ったら、ひっそりとやって来ていました。嘴は、ピンク色になってきていますから、そう遠くない時期に繁殖に行くのでしょう。

Img_8412c  貝塚公園は、今日も静かでした。最近、ヒヨドリがほとんど来ません。ツグミとシロハラを1羽ずつ確認。シImg_8416c ロハラはいなくなってしまったかと思っていました。公園の南西エリアにて。今日は、モズの鳴き声も聞こえていましたし、メジロ、カワラヒワ、シジュウカラもいました。

Img_3807c_20200224170001  天気が良く暖かかったので、常信寺に立ち寄って花を見てきました。南寺Img_8432c_20200224162501 町にある真宗高田派のお寺。いろいろの花木があります。山門脇には、ミモザ。かなり咲いてきました。本堂近くに行って、まずは、ジンチョウゲ。先日は、本当に一輪というか、花1つが開いたところでした、少しずつ増えてきています。

Img_8440c  こちらは、サンシュユ。咲き始めという感じ。右は、ミツマタ。あの和紙の材料というか、紙幣の材料になるミツマタです。と偉そうに書いていまImg_8448c_20200224170501 すが、サンシュユも、ミツマタもここで咲いているのを見つけて、調べてその名前を知ったのです。分かって以来、毎年2月から3月頃になると、いつ咲くのかが楽しみで、ときどきチェックしに来ます。サンシュユも、ミツマタも、葉が出る前に花が咲きます。

Img_3802c  寺町商店街の河津桜、木によって咲き具合が異なりますが、5分咲き~8分咲きくらいの印象。これまでは、Img_3816c_20200224171401 商店街疋田の広場にある3本が早かったのですが、今年は、中央から南あたりがよく咲いています。これだけ咲いていると、皆さんスマホで写真を撮って行かれます。上に書きましたが、メジロがここに出て来ます。今日も見つけて「河津桜にメジロ」を狙ったのですが、うまく行かず。

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2020年2月23日 (日)

ユリカモメ、ようやく欄干に整列……午後からは支援員養成講座へ

Img_8272c_20200223193301  午後からは、名古屋で支援員養成講座の講師を務めることになっていましたので、朝は、8時から10時までという時間制限散Img_8305c_20200223193301 歩。住吉神社、九華公園から京町、寺町を通って帰宅。5.0㎞ちょうど。帰宅は9時40分。九華公園では、今シーズン初といってよいほど、ユリカモメが二の丸橋の欄干に並びました。飛び立つシーンも撮れて(ピントが奥にあってしまったのが良かったのかどうか、分かりませんが)、それなりに満足。ただし、エサをやる人が2組あって、数は数えられず仕舞い。

Img_8239c_20200223193301  九華公園では、その他、ジョウビタキのオス。奥平屋敷跡にいました。公園内、野鳥は少なかったのですが、Img_8268c_20200223193301外周の遊歩道を歩いていたら、まずは、シロハラが1羽。南側のキッチン寿さんの前にて。

Img_8321c  さらに、ツグミも2羽。こちらは、立教小学校校内にある陽和幼稚園のところで。カモは、今Img_8317c_20200223193301 日は、合計36羽。ハシビロガモのオス6羽、メス2羽、ホシハジロのオスが1羽と、他はキンクロハジロ。

Img_3607c  帰りには、寺町商店街に立ち寄って、河津桜を確認。満開は Img_3608c_20200223194601 まだでしたが、かなり咲いて来ていました。

 

Dscn2849c  昼前から、名古屋で開催される特別支援教育支援員養成講座へ。JRに乗っていったのですが、桑名駅には人はまばらでした。Dscn2850c 電車も、いつもの日曜に比べるとお客さんは少なめ。名古屋市内も、クルマが少ないように思えました。講座では、心理アセスメントについてお話ししてきました。皆さん、熱心に聞いてくださり、質問もたくさんいただきました。

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2020年2月22日 (土)

スッキリしない空で散歩友達も、野鳥もいません

Img_3429c 朝から曇天。早いと午前中に降り始めるという予報でした。雨に降られるのはイヤだと思い、7時40分からいつものコースを散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.0㎞。2時間。途中、入江葭町あたりで霧雨に降られましたが、それ以外は大丈夫でした。こんな天候でしたし、いつもと時間が多少ずれていますから、散歩友達で出会ったのも2組だけでした。それに、鳥もあまりいません(苦笑)。

Img_3442c_20200222170801 鳥の種類は少なかったものの、ツグミにはたくさん出会いました。というのも、どういうわけか、三之丸公園に15羽ほど、ツグImg_3524c_20200222170801
ミが集まっていたのです。昨日までは、たいてい1羽のみだったのに。地上にいたのは、1羽で、他はソメイヨシノの木の上に。このあと、柿安コミュニティパークでも、九華公園でも見かけました。九華公園でも、今シーズン初めて、グラウンドで2羽ほど。合計20羽ほど。どうなっているの?

Img_3448c 七里の渡し跡では、今日も、ヒドリガモたちが堤防の法面にあがってきて、草を食べています。その数、19羽Img_3468c_20200222170801
くらい。揖斐川にはカンムリカイツブリ1羽、コガモが7羽。漁船は出ていないのに、あまりいません。中橋のゴイサギコロニー、橋は、ゴイサギが4羽と、ホシゴイが1羽。天気も天気ですから、お休み体勢。上空をダイサギが1羽、北に向かって通過して行きました。

Img_3483c 九華公園、アオサギはいません。このところいないことがよくあります。もう繁殖に出かけたのでしょうImg_3530c_20200222170801
か? カモは、合計36羽とまた少なくなっています。ハシビロガモのオスが6羽、メスが4羽、ホシハジロのオスが1羽とキンクロハジロ。

Img_3517c ユリカモメは、14羽。こちらも少なくなっています。

Img_3508c_20200222170801 「何もいないなぁ」と思って歩いていたら、朝日丸跡でモズのオス。さえずりと思われる鳴き方をしていました。近づくと、逃げるのですが、あまり遠くには行かず10mくらいは慣れた木に移動して、また鳴いていました(リンク先で、鳴き声が確認できます)。

Img_3528c_20200222170801 他には、シメ。なかなか出てこず、人影が見えるとすぐ逃げます。65倍ズームで撮ったものをそのまま載せておきます。証拠写真(苦笑)。貝塚公園では、ムクドリのみ。他の野鳥は、鳴き声もしません。

Castle
 「晴歩雨読」のモットーにしたがって、帰宅後は、市民大学郷土史学科「城と城下町」の復習、資料のまとめ作業を続けています。図がたくさんあります。「徳川四天王の城-桑名城絵図展」の図録に載っているものは、そこから読み込み、メモを整理しています。ようやく最終回の7回目まで到達。

 明日は、午後から名古屋で特別支援教育支援員養成講座の講師。新型コロナウィルスは気になるところですが、受講者の方もたくさんいらっしゃいますから、予定通り出かけていきます。大嫌いなマスクをして行かねばなりません(苦笑)。手洗い、うがい励行に加え、アルコール消毒をし、散歩から帰ったときなど、顔も洗っております。

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2020年2月21日 (金)

大山田川でウグイス、モズなど……明日の近鉄ハイキングは、残念ながら中止

Img_3310c  いつもの散歩コースにはあまり鳥がいませんので、気分を変える意味もあって、今日は、こちらへ。大山田川も、いつもなら日Img_3297c 物谷の市営住宅あたりから下流に向かって歩くのですが、今日はいったん上流側へ。国道258号線の坂の下交差点からさらに西まで行って、大山田川沿いを下ってきました。

Img_3294c_20200221154001  国道258号線の西側は、クルマで通ることはあっても歩くのは初めて。400mほど西まで行ったのですが、大山田川沿いには、セキレイもいませんでした。川沿いの両側は水田。そのさらに両側は竹林。ヒヨドリの鳴き声はしたものの、他の鳥は全くいません。ということで引き返し、途中、上之輪新田を覗いて、大山田川が揖斐川に注ぐところまで。そこから、国道1号線・伊勢大橋のところから揖斐川沿いを南下。福島地区を回って、六華苑の北から住吉神社に立ち寄って帰宅。8時半にスタート、11時過ぎに帰宅。何と8.3㎞も歩いてきました。

Img_8174c  今日のハイライトは、チョウ。福島でキチョウ(たぶん。キチョウにしては小さいか?という気もしたのですが、他に該当するものはありません)を発見。今シーズン初のチョウです。今日は、14℃を超えたようです。このところ3月くらいの気温が続いていますから、チョウがいても不思議ではありません。

Img_8107c_20200221154001  そして、もう1つは、ウグイス。大山田川・沢南橋の少し上流、人・自転車専用橋のところで。「何か動いた!」と思って撮った写真。ウグイスのような気がしていたのですが、肉眼ではあまり自信はありませんでした。しかし、このあたりでは過去にもウグイスを何度も見ていました。

Img_8063c_20200221155401  さて、話を戻して。大山田川、播磨あたりから沢南橋付近まで、あちこちにいるのは、コガモ(左の写真はコガモのメス)。他には、ハクセキレイ。セグロセキレイもときどき見ます。以前はキセキレイも見ましたが、最近はあまり確認していません。数年前、河川改修工事を行ってから、鳥が少なくなってしまいました。播磨郵便局近くでは、アオジのオスがいましたが、枝かぶりの写真になってしまいました。 

Img_8071c_20200221154001  新宮西橋まで下ってくると、イワツバメが飛び交っていました。その数、10羽くらい。ツバメのような小型の鳥の飛び姿Img_3331c_20200221154001 は、なかなか撮れません(左の写真)。沢南橋あたりでは、まずは、ジョウビタキのメス。しばらく愛嬌を振りまいてくれました。

Img_8097c_20200221154001  さらに、近くには、オオジュリン。数羽がいました。このあたりでは、過去に何度も見ていImg_8125c_20200221154001 ます。このあと、上之輪新田の方に周りましたが、途中の上之輪神社でジョウビタキのオスと、ツグミ(右の写真)を1羽ずつ見たくらい。上之輪新田にはケリがいないかと期待したものの、ムクドリのみ。

Img_8120c  沢南橋まで戻って来たら、モズのオスが一瞬、電線に止まりました。追いかけたものの、どImg_3359c こかへ飛び去ってしまいました。沢南橋では、カワセミがよく出ますのでしばらく待ったのですが、今日は登場はなし。さらに下流に行く途中、ダイサギを見つけたのですが、見つけたと思った途端に逃げられました。揖斐川沿いでは、オオバン、カワウ、カルガモのみ。甚内排水機場の樋管の先によくアオサギがいるのですが、今日は不在。伊勢大橋西詰交差点を通って、揖斐川沿いを南へ。途中から福島地内へ。

Img_3370c_20200221154001  田起こしをしている水田があり、そこにモズのオスがやって来ました。モズは、田起こしが済んだところに何度も降りてエサImg_3383c_20200221154001 を探しており、ミミズのようなものを咥えているところも見られました。他にも、ムクドリ、ハクセキレイなどがやって来ています。この近くにケリが4羽いたのですが、これまたすぐに逃げられてしまいます。ツグミはこのあたりの水田のあぜ道でも見られます。

Img_3392c  福島地区の南端近くまで来たら、水田にケリが1羽。ようやくケリの写真が撮れました。今日は、もっと鳥がいるかと思ったのですが、こちらの散歩ルートもあまりいなくて、残念。

Img_3412c_20200221161301  このあと、六華苑から住吉神社の方へ。今日は暖かくて、風も弱く、川沿いも気持ちよく感じられます。左Img_3416c の写真で奥に見える橋が、伊勢大橋。このもう少し向こうから歩いてきています。この時点では、何㎞歩いたかよく分かっていませんでしたが、「けっこうたくさん歩いたな」と思っていました。

Img_8135c_20200221154001  鳥の他に、上之輪の大山田川沿いでホトケノザが咲いているのを見つけました。そのそばには、オオイヌノImg_8139c_20200221154001 フグリも。オオイヌノフグリとは、ちょっとかわいそうな名前ですが、種子の形が似ているからだそうです。

0211kintetsuhiking  ところで、明日は近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 令和2年2月22日に歩いて銘酒「青雲」で祝酒」を楽しみにしていたのですが、中止になってしまいました。新型コロナウィルスの関係だと思います。やむを得ないとは思うものの、残念。近鉄ハイキングは、22日も、23日も中止になっていました。

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2020年2月20日 (木)

暖かいのに(から?)、鳥はいません

Img_3122c  雲が多めの日でしたが、気温も上がって、まあまあ暖かい日でした。こういう日に野鳥がたくさん出て来てくれるとありがたいのですが、そうは問屋が卸さないのです(苦笑)。8時20分から2時間半ほどかけて、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.2㎞を歩いてきました。おきまりのコースです。我ながら笑えるほどの超ワンパターン。しかし、同じコースだからと行って、見聞きするもの、ことが毎日同じとは限りません(負け惜しみではありません)。

Img_3133c_20200220173501  住吉入江には、キンクロハジロ1羽、ホシハジロのオス1羽、オオバン1羽といつものメンバー。揖斐川には、今日もシラウオ漁Img_7974c_20200220173501 の船が2組。揖斐川に漁船が出ていると、水鳥はほとんどいません。住吉神社の先、船津屋、山月と続くあたりで、ツグミを2羽。七里の渡し跡では、コガモのメス2羽、オオバン1羽、ヒドリガモのオスが4羽にメスが3羽。ヒドリガモたちは、今日も上陸して草を食んでいます。

Img_3143c_20200220173501  このあと七里の渡し跡にもツグミがやって来ましたし(左の写真)、三の丸水門でもツグミ1羽を見ました。そImg_3152c_20200220173501 れでも、去年などは、柿安コミュニティパークや、九華公園の野球場、貝塚公園などでそれぞれ数羽ずつ見られましたから、今年はやはり少ないのです。その柿安コミュニティパークの西の遊歩道ではジョウビタキのメス1羽。

Img_3154c  中橋のゴイサギコロニーにも立ち寄って来ました。左の写真は、南側の中橋から見たもの。今日は、ゴイサギ9Img_3165c_20200220173501 羽、ホシゴイ1羽を確認。それにしても、ゴイサギは上手に隠れています。

Img_8037c  九華公園では、今日はアオサギも、ゴイサギ/ホシゴイもいませんでした。アオサギがいなImg_8015c いと、ちょっとガッカリ。カモは合計48羽。ハシビロガモのオス6羽、メス3羽とホシハジロのオス2羽、他はキンクロハジロ。ユリカモメは5羽のみ。

Img_3247c  今日も小型の野鳥はあまりいません。本丸跡にはシメが1Img_3189c_20200220173501 羽いたものの、遠くでも人が通ると樹上に逃げます。カワラヒワは割とたくさんいて、あちこちで地上に降りて採餌中。

Img_3204c  ウメジロウ、今日も鎮国守国神社の境内にある天守台跡あたりでちょっと粘ったのですが、なかなかうまくは行かず。常々、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」などと嘯いていますが、どうやら「下手な鉄砲」は、あくまでも「下手な鉄砲」のようです(苦笑)。向上心はあるのですが、それだけでは十分ではなさそう。

Img_8026c  やむを得ず、鎮国守国神社で梅の花を見て、寺町商店街で河津桜を見て、帰宅。貝塚公園は、今日も静かでした。数年前にImg_3270c_20200220191101 オジロビタキも見たのですが、珍鳥どころか、普通に見られる鳥も少なく、散歩コースから外そうかと思うくらい。しかし、他に近場には適当なところもありませんから、悩ましい。

Image_1573692044  午後からは、また市民大学郷土史学科の復習に励んでいました。前半の4回分については、ほぼ終了。1週間もあれば、一応最後までは到達しそうです。今週末、22日の土曜に次の近鉄ハイキング(酒蔵みてある記 令和2年2月22日に歩いて銘酒「青雲」で祝酒)があるものの、天気予報は雨。後藤酒造さんの青雲、地元の酒ということもあって、好みの酒なのですがねぇ。ちなみに、「青雲」は天武天皇が崩御したおり、妻の持統天皇が読んだ挽歌「向南山 陣雲之 青雲之 星離去 月牟離而」(万葉集巻第2-161持統天皇)より名づけられたとも言われるそうです。翌23日(日)は、名古屋で支援員講座の講師。 

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昨年の市民大学郷土史学科「城と城下町」復習中……桑名城の実測寸法図作成に挑戦

 昨年、7回にわたって「くわな市民大学郷土史学科」の講座「城と城下町-桑名城を中心に-」を受講しました(たとえば:2019年5月13日:シジュウカラとツバメのヒナ……午後からは市民大学講座「城と城下町-桑名城を中心に-」へ)。今年初めから手がけていた大六一志先生の「WISC-Ⅳの理論と活用」講演会のまとめを終えましたので、こちらの郷土史学科の復習、まとめに着手しています。

 昨年の講座では、3回目から6回目にかけて「ワークショップ」ということで、桑名城の本丸、内郭、三の丸にある建物など(天守、櫓、門、多聞、橋など)や京町、七津屋、三崎などの見附の建物などの大きさを、正保城絵図に付属する実測寸法図から拾い出して整理するという課題をこなしました。江戸時代の絵図ですから、その寸法は、尺貫法によっています。すなわち、間、尺、寸で求めました。せっかくかなりの作業を行いましたから、これをメートル法による数値に換算して、絵図に記入してみようと思い立ち、講座を受けている間から少しずつやっていました。

 一般的には、1間=6尺=60寸で、1間≒1.818m、1尺≒30.3cm、1寸≒3.0.3cmとなります。当初は、この関係を用いて、メートル法数値に直していたのですが、途中の講座で、城の普請では、1間=6尺5寸とされていることを知り、一瞬呆然としてしまい、作業が中断していたのです(苦笑)。長宗我部元親が、領内の建築基準を6尺5寸と定めた文書が残っているのだそうです。すなわち、「城普請、其他何によらず、本間六尺五寸間たるへし(『長宗我部元親百箇条』)」。

Kuwanacastlesize  ワークショップで得られた数値をエクセルに読み込み、メートル法数値に変換し、合計を求めたものを、以前、桑名市博物館で開催された「徳川四天王の城-桑名城絵図展-」(平成28(2016)年3月5日~4月5日)(2016年3月5日:散歩のついでに「徳川四天王の城-桑名城絵図展」へ……拙宅マンションでコゲラ、「梅にヒヨドリ(笑)」など)の図録に載っていた「大鏡院様時代桑名郭内地図(鎮国守国神社蔵)」の拡大図に書き込んでみました(図録からスキャナで読み込んだ画像に、です)。小さくて読みにくいとは思いますが、たとえば、天守閣は、高さ9.7mの石垣の上に4重6階の、高さ19.4mの天守が載っていたと思われます。高さは、合計29.1mですから、マンションでいえば9階くらいの高さ。ということは、拙宅と同じくらい。江戸時代のことですから、他に高い建物はありません。さぞ見晴らしは良かっただろうと思います。ちなみに天守の広さは、下の重で15.8×11.8m。桑名藩は10~11万石でしたから、4重6階建ての天守は過ぎたものといえるかも知れません。

Img_3042c  こちらは、鎮国守国神社の境内にある天守台跡。天守閣は、元禄14(1701)年2月、城下より発した猛火に襲われて焼失。天守閣は、その後再建されることはありませんでした。この石組みは、昭和53(1978)年5月に、楽翁公没後150年記念大
祭協賛事業の一環として、新しく組まれたもの。

Tatumi  戊辰戦争の時、開城の証として新政府軍に焼き払われた辰巳櫓(上記の画像では左下にあります)は、3階建て、7.7×5.4mでした(これも下の重のサイズ)。天守閣が焼失して以後は、この辰巳櫓が桑名城のシンボル的存在でした。

Kuwanacastlenaikakusize  メートル法数値による実測寸法図は、内郭のものと、三の丸のものもつくりました。城跡には現存建造物はありません(辰巳櫓跡、神戸櫓跡、奥平屋敷跡の石垣、川口水門から歴史を語る公園あたりの石垣くらい)が、これらKuwanacastlesannomarusize を見ますと、かなり立派な城だったことがイメージできます。「海道の名城」と言われたのもうなずけます。この寸法を入れた図を持って、九華公園を歩いてみると、昔の桑名城も偲べ、具体的なイメージも膨らんで面白いだろうと思っています。

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2020年2月19日 (水)

雨水の今日は暖かくて良い日……新型コロナウィルスをめぐっての余談

Img_7847c_20200219162601  二十四節気では雨水。降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になるといいます。藤原岳(左の写真)や多度山(右の写真)には雪が見えましたが、Img_7865c 散歩の途中からはよく晴れて、今日は暖かくていい日。8時10分からいつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園と歩いて、用事をするため、新築町、寿町方面を回って、寺町へ。常信寺、本統寺を経て、河津桜を見て6.9㎞。11時頃帰宅。

Img_3017c  揖斐川、今日は、シラウオ漁の船が3組も出漁していました。漁が解禁されて1ヶ月半くらい。例年ですと、3月下旬くらいまで。2隻が1組になって大きな網をゆっくりと引いていきます。季節の風物詩としてはよいのですが、あまり絵になりませんし、動画を撮っても、たぶん何をしているか分かりません。1月14日に「貝塚公園でツグミ4羽、真ん丸のジョビボールも……多度の八壺豆をいただきました、オマケにシラウオ丼の話」という話を書きました。揖斐川では、キンクロハジロ6羽とカンムリカイツブリ1羽。漁船が出ていると、水鳥はあまりいません。

Img_2997c  さて、住吉入江には、キンクロハジロのオス、スズガモのメス、オオバンが1羽ずつ。諸戸氏庭園の木にはツグミ1羽。揖斐川にImg_3001c_20200219164401 来て、旅館山月の裏手でツグミ。七里の渡し跡では、コガモ7羽、キンクロハジロ4羽の他、ヒドリガモが19羽。見ている間に堤防の法面に飛び上がって、草を食べ始めました。今年は、この行動が早くから見られます。北へ帰るのも早くなるのかも知れません。

Img_3009c  三の丸公園や、三の丸水門(左の写真)のところでもそれぞれツグミ1羽。最近になってやっとあちこちでツグミを見るようになりました。

Img_7893c  中橋のゴイサギコロニーはパスして九華公園へ。アオサギさんは定位置、鎮国守国神社の社務所裏。最近Img_7897c_20200219164901 は、西側からは葉っぱの陰になるところにいます。ここにいると写真が撮りにくい。アオサギさんのいるところの奥から、糞が落下。よく見たら、ホシゴイが1羽いました。

Img_7903c Img_7900c_20200219164901  堀の水は、かなり回復。しかし、いつもの水位からはまだ20cmくらい低くなっています。カモは少なくて、今日は、39羽。ハシビロガモが9羽、ホシハジロのオスが1羽、他はキンクロハジロ。堀の水を抜いてから、ヒドリガモは来なくなりました。ユリカモメは、ゼロ。こちらは、堀の水を再度入れ始めてから来なくなりました。

Img_7908c_20200219165601 Img_3033c  二の丸跡で、シロハラを目撃。ただし、こんな証拠写真。その後、朝日丸跡でツグミ1羽。今日は、天気もよく、暖かかったのですが、こういう日は鳥は案外いません。カワラヒワ、メジロ、シジュウカラ、ウグイスがいるのは確認したものの、写真にはうまく撮れず。

Img_3052c  鎮国守国神社の境内では、この間から待っていたのですが、ようやく乙女椿が1輪、咲きました。年によって早くから咲いたり、遅かったりといろいろ。咲く条件がよく分かりません。八重咲きのやや薄いピンク色の花をつけます。楚々とした姿から「乙女」と名づけられています。

Img_3057c  しかし、気温はさほど上がらなかったにもかかわらず、よく晴れてソーラーパワーも得られ、風も弱かったので、暖かく感じました。元祖・バールフレンドのYさんが、久しぶりに九華公園に登場。女性ですから、年齢に触れるのは御法度ですが、80代前半。クルマの免許は返納し、三輪自転車をご愛用。寺町のカフェでも見かけます。

Img_7924c  貝塚公園では、ツグミ1羽と、オスのジョウビタキ1羽。毎回ぼやいていますが、本当にここでは鳥を見なくなりました。シImg_3062c ロハラも、ご無沙汰。シロハラは、去年あたりは、複数、ひょっとしたら3羽いたと思うのですが、最近はサッパリ見なくなりました。

Img_7930c_20200219171501  用事を済ませた後は、寺町近辺で花を見て回りました。左は、常信寺のミモザ。満開よりもこれくらいの咲き具合の方がよい気がします。常信寺には、ミツマタ、サンシュユ、モクレンもありますがそれらはまだ。ミモザは、桑名別院本統寺にもあります。本統寺の方は、剪定されてちょっと花が少ない感じ。

Img_3088c

 寺町商店街の河津桜。写真はどうしてもよく咲いているところを撮ってしまいますから、それを念頭に入れてご覧ください。全部のとImg_3097c_20200219171701 ころがこのように咲いているわけではありません。全体としてはまだ二分咲きに行くかどうか、くらいです。河津桜は、やはり、今日のようによく晴れて、陽が当たっているところで見るのがきれいです。

Img_7948c_20200219171901  今週末くらいになると、全体としてはもっと咲いて来ると思います。

Img_3120c  以下、余談。息子が、キングジムから販売されている「電子メモパッド ブギーボード(boogy board)」を買ってくれました(本体価格¥2,700)。7種類出ていますが、「BB-12」という大きめの付箋サイズのもの。付箋代わりに使えということのようです。何か面白い使い方がないか、思案中。

 さらなる余談。新型コロナウィルスの流行が心配されていますが、クルーズ船をめぐっては、政府の対応が疑問視され、批判が集まっています。たとえば、神戸大学医学研究科教授(感染症内科)の岩田健太郎先生は、「ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機」とまでおっしゃっています(大変なことがやはり起きていたようです。ダイヤモンド・プリンセスの感染拡大は人災?:これは、陸上自衛隊医官などを務め、現在は、血液内科医をしている中村幸嗣先生(専門は危機管理 )のブログ記事)。リンク先から、岩田先生がYoutubeに投稿された動画が見られます。船で指揮をしているのは、DMATだそうで、DMATは災害医療のプロですが、感染対策のプロではありません。中村先生のまとめによれば、岩田先生の問題提起は、次のようにまとめられるそうです:

  1. 感染症対策の専門家が船の中にいない
  2. 現場指揮官が感染症学的に間違った対応をしている
  3. そのため働いている職員が感染症の危険にさらされている
  4. そして派遣されていた人間が感染し、元の病院に戻って院内感染を引き起こす可能性がある
  5. それこそたった一日だけ入った岩田先生自身が、自分の感染の可能性を否定しきれないひどい環境
  6. そしてそれが厚労省含めて情報公開されていない

 きちんとしかるべき専門家が責任を持って対応に当たることが必要です。これには、政治家の判断が重要となると思うのですが、それは機能していないのでしょう。現在の政権は、大学入試改革をめぐる動きを見ていても、専門家の専門性を尊重しない傾向が強いように見えます。

 さらに、岩田先生は、「COVIDと対峙するために日本社会が変わるべきこと」という記事を公開していらっしゃいます。そこで指摘していらっしゃるのは、次の5点:

  1. 風邪をひいたり体調を崩したら家で休む。社会もそれを許容する
  2. しんどくなったらマスクを付けて速やかに病院を受診する。しんどくなければ必須ではない。しんどさの基準は個人差があるので個々の判断で
  3. 自宅に家族がいれば、病気の人はマスクを付けて、神経質に何かに触るたびに手指消毒をする。何度でも
  4. 仕事や学業を効率化する。人が集まらねばならない会議は最小化してメールでできること(特に連絡事項)はすべてメールやチャットなどでやる。自宅でできる仕事も自宅でやる
  5. 医療リソースと公衆衛生リソース(役所含む)を大切にする。モノと人。マスクを無駄遣いしない。人も無駄遣いしない。すぐに病院に駆け込まない。「何かあったらすぐ病院に」と勧めない。夜中の記者会見など無駄なことはしない。というか、記者会見もチャットでやるといい、昼間に

 「這ってでも出てこい」という風潮が未だにありますが、いつまでもそれを引きずっているのはどうかと思います。「やってる感満載」ではなく、きちんとやってもらいたいと思いますし、われわれも専門家が発信する科学的に根拠のある情報をもとに、判断し、行動したいと思います。

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2020年2月18日 (火)

雪で撤収(苦笑)

Img_2943c

 朝7時頃からしばらく、雪がちらついていました。その後、8時半頃にはいったん晴れてきましたので、散歩に出ました。しかImg_2953c し、これが失敗とまではいいませんが、結果的にはうまく行かず(苦笑)。いつものように住吉神社から九華公園へと向かっていたら、また雪が降り始めたのです。

Img_2965c  揖斐川の堤防、山月の裏あたりでツグミを見たり、揖斐川にハジロカイツブリらしき鳥がいたImg_2967c_20200218102901 りしました(堤防上の遊歩道からは、すぐに高水敷の陰に入ってしまい、写真はありません)。七里の渡し跡あたりまで来たら、かなり降ってきました。七里の渡し跡には、コガモが9羽ほど。三の丸公園にもツグミや、ムクドリ、スズメ。

Img_2972c  しかし、ご覧のような様子。折りたたみ傘は持っていたものの、風もあって、雪は横殴り。自分が濡れるのもイヤですし、カメImg_2983c_20200218103201 ラをぬらしてもいけませんので、三の丸水門で撤収(苦笑)。歩いたのは、わずか2㎞ほど。9時半頃には帰宅。その後、晴れ間も広がったのですが、10時を過ぎても右の写真のような空。今日は、散歩は断念。居職に切り替え、市民大学郷土史学科の「城と城下町」の資料整理でもして過ごすことにします。

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2020年2月17日 (月)

寺町商店街の河津桜、だいぶ咲いて来ました……ウメジロウ挑戦中(^_^) 【若干の感慨を追記しました(2/18)】

Img_2673c  アメダスのデータには出ていませんが、散歩に出かけた8時過ぎにはしぶしぶと降っていました。出がけに眺めた多度山には、山のあたりだけ雲がかかっていて、雪でも降っているのかと思えるくらいでした。8時から11時にかけて、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.2㎞を歩いてきました。朝方しぶついていたせいか、散歩する人は多くはありませんでした。

Img_2927c_20200217163001  まずは、寺町商店街の東、寺町堀沿いにある河津桜の並木。かなり咲いてきました。通りかかる方も、さすがにこれだけ咲くImg_2922c_20200217163001 と、立ち止まって花を見上げていきます。一部では、早くもメジロがやって来て、蜜を吸っていました。ただ、カメラを向けようとしたら、すぐに逃げ、戻って来ませんでした。これからは、「河津桜にメジロ」も狙い目になります。

Img_2740c  花続きで、鎮国守国神社の梅は、満開近し。左は、二之鳥居の脇から拝殿を見たもの。二之鳥Img_2747c 居脇には、比較的最近植えられた、若い梅の木が数本あります。右は、天守台跡。この周りにも、若い梅の木があります。ここで、梅をとっていたら、メジロがやって来ました。

Img_2796c_20200217163001 Img_2860c_20200217163001  「ウメジロウ」を狙ったのですが、やはり難しい。今日は、超望遠コンデジで梅を撮っていましたので、そのままこのコンデジで。100枚くらい撮ったものの、なかなか(苦笑)。

Img_2916c_20200217163001  そのまま、花の話題で。貝塚公園の梅もよく咲いてきました。ただ、市の公園では、基本的に剪定や施肥などがされませんし、植え替えもありません。老木が増え、つぼみの数は年々減っている感じで、残念。

Img_2680c_20200217162801  話を戻して、住吉水門の内側の住吉入江には、キンクロハジロ、ホシハジロのオス、スズガモに混じって、カンムリカイツブリ。何だか小さく見えて、カンムリカイツブリではないのかという気がしました。住吉水門から川口水門の間の揖斐川右岸堤防には、コガモが10羽ほど上陸、ヒドリガモ多数が護岸沿いでエサ探し。七里の渡し跡では、ツグミ1羽、オオバン1羽、コガモ2羽、ヒドリガモ9羽。揖斐川にはカンムリカイツブリ1羽で、あまり他に鳥はいませんでした。柿安コミュニティパークや、三の丸水門でツグミを1羽ずつ。

Img_7743c_20200217162901  中橋のゴイサギコロニ Img_2707c ーでは、北側から見ると、木の奥にゴイサギ5羽。数えていたら、やって来たヒヨドリに驚いたらしく、3羽が慌てて飛び出していきました。南の中橋から見ると、飛び出した3羽は、堀を挟んだ西側のお宅の屋根の上にいました。中橋からは、他にはゴイサギも、ホシゴイも見えません。

Img_2721c_20200217162901  九華公園では、いつものように、鎮国守国神社の社務所裏にアオサギさん。堀の水が増えてImg_2729c_20200217162901 きましたので、この間までのように、シロハラやハクセキレイは見なくなりました。奥平屋敷跡、二の丸跡には何もいませんでしたが、堀の向こう、立教小学校側にツグミの姿が見えました。朝日丸跡では、ジョウビタキの鳴き声と、尾が枝を叩くような音。探したところ、メスが1羽。最近、ここでよく見ます。シジュウカラも1羽見かけました。

Img_7806c_20200217170301  カモは、合計46羽。ハシビロガモのオスが6羽、メスが2羽、ホシハジロのオスが1羽、他はキンクロハジロ。やや少なめImg_2737c で推移。堀の水を抜いた影響があると思われます。ユリカモメは、30羽ほど。野球場のフェンスで待機。堀の水は、少しずつ入れていますが、かなり回復してきましたが、いつもの水位よりまだ20~30cmほど少なくなっています。雨が降ったあとは揖斐川の水も濁っているので、あまり入れたくないと管理人さんはおっしゃいます。

Img_2894c  鎮国守国神社にお参りし、梅や、ウメジロウを撮った後、相撲場近くでツグミ2羽を確認。木の高いところにいました。さらに、管理事務所前に戻ってくると、ジョウビタキのオス。さらに本丸跡Img_2908c に行くと、ジョウビタキのメス。メスは、朝日丸跡で見たものと同じ個体かも知れません。このあと、貝塚公園では、カワラヒワを見たのと、シジュウカラの鳴き声を聞いただけ。シロハラ、ツグミは見ません。ヒヨドリも少なく、静かです。

Img_2933c_20200217171501  世の中、新型コロナウィルスの感染者が増えてきましたので、気をつけなくてはなりません。三重県立総合博物館で開催中の第26回企画展「1960年代の熱気を未来につなぐ~出来事でふりかえる60年の歩み~」が2月24日までですので、見に行きたいと思うのですが、人混みはいやだなという気もします。必要以上に恐れることはないという話もあります。マスクは嫌いなのですが、手洗い、手の消毒、うがいは念入りにしています。思い切っていくか、明日の朝決めましょう。

【追記(2/18)】 この日、2月17日でセントレア(中部国際空港)が開港15周年を迎えたというニュースがありました。セントレアが開港した年(平成17(2005)年)は、思い出深い年です。この頃、まだ現役でしたが、この年の1月17日に体調を崩したのでした。何度も書いていますから、「またか?」と思われるでしょうが、センター試験の監督に行かねばならない日の朝、起き上がれなくなったのです。しばらくほぼ寝たきり生活を送って、セントレア開港の頃は少し散歩ができるようになったくらいでした。2月17日が来ると、リビングのソファに座って日向ぼっこをしながら、セントレアを発着する飛行機をボンヤリ眺めていたのを思い出します。

 結局、平成23(2011)年に退職に至ったのですが、セントレアが開港した平成17(2005)は、大袈裟に書けば「人生が変わった年」でした。その後、もろもろの経過を経て、平成26(2014)年7月に体調不良の真の原因が分かりました(2014年09月02日:甲状腺機能低下でした……うつ、自律神経系のアンバランスではなかったかも)。服薬によって体調は戻ったのですが、そのときすでに59歳。最初に倒れてから9年も経っていては、社会復帰もままならず、現在に至っています。

 健康で働いていたら、この3月で定年のはずでしたから「失われた10年」だと思ったこともありました。が、今となっては、結果論ではあるものの、「これもまぁよし」と思うようになりました。人生観も変わったというか、変わらざるを得なかったというのが正直なところですが、当時の職場も含め、世の中の状況の変化を見ますと、半隠居状況で、しがらみも少ない中で多少とも社会に関わることもやれ、あれこれ楽しんでいられるのは、むしろありがたく、幸せだと考えるに至りました。

 というのも、今の世の中で、自分がすること、しないことを自分で決められるという自由度は、宮仕えをしていては得られません。それなりの社会的地位にあってもというか、社会的地位があるほど、自分のことを自分では決められなくなります。お金はある程度なくてはなりませんが、お金があれば幸せかというと、そうではないというのが定説。早い時期から年金生活に入っていますから、経済的に恵まれているわけではありませんが、嫌なこと、自分がやる意味がないことをしなくて良いというのは、心身の負担もかなり少ないと思えます。

 それにというか、今から思うと、この方が貴重なことですが、体調不良の原因が分かったことから、桑名で高校の同級生にも巡り会えましたし、同年の散歩友達もできました。この年になって友人が得られ、意味のある付き合いができるというのは、ことばでは表現できないような、ありがたいことだと思っています。

 ということで、屁理屈・講釈好きという、私の良くない面が垣間見えますが、セントレア開港記念日からの連想で、若干の感慨を追記しました。きわめて個人的な所感ですから、どうぞスルーしてくださるようお願いします。

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2020年2月16日 (日)

雨読の日は、WISC-Ⅳの勉強と、「城と城下町」の復習……ミスターブロッコリーのフルーツサンドが留守番のご褒美

Img_2666c_20200216165201  朝5時前から降り始めました。午後になって小降りになってはいますが、まだ降り続きそうです。近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」が予定されていましたが、雨ですから断念。山田酒造に行く企画は、3月1日のJRさわやかウォーキング「蟹江の老舗造り酒屋での新酒の唎酒とまちの歴史を訪ねて」でと思っています。

 雨ですから「雨読」の日。午前中は、「勉強始め」で講演を聞いてきた大六先生の「WISC-Ⅳの理論と活用8」(2020年1月5日:勉強始め……三重K-ABCアセスメント研究会で大六先生の講演を拝聴)の資料のとりまとめを終え、午後からは、去年の市民大学郷土史学科の「城と城下町」(2019年12月2日:午後から市民大学講座……今日は修了式で修了証をいただきました)のまとめ作業の続き。「城と城下町」は、途中までやって、放り出してあったのです(苦笑)。何ごとについても、効率低下と、根気が持続しなくなってきて困ります。

Img_2670c_20200216172001  雨読の日で、終日在宅&留守番をしていましたら、家内と娘からご褒美。有名な店らしく、しかも、桑名市星川にあるのだそうです。ミスターブロッコリーのフルーツサンド。今日は歩いていないから、運動不足。こういうものを食べて大丈夫か? 明日は晴れるようですから、頑張って歩けばいいか(微笑)。

 

 

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2020年2月15日 (土)

ジョウビタキ、ツグミ、シロハラデー……珈琲館はせ川でボケ防止活動(微笑)

Img_2508c  風はありませんが、曇天で、寒くはないものの、暖かいともいえない微妙な気候。気温は12.9℃。近場で近鉄ハイキングも、JRさわやかウォーキングもありませんから、いつも通り散歩。8時出発で住吉神社、九華公園へ。九華公園で畏友(ボケ防止友達)M氏から電話。貝塚公園と中橋のゴイサギコロニーを回ったあと、10時に珈琲館はせ川で待ち合わせ。11時50分までしっかり、ボケ防止活動(苦笑)。12時帰宅、5.7㎞。

Img_2511c_20200215171301  散歩に出てすぐ、住吉水門の手前でジョウビタキのオスが登場。これは幸先が良いかも、と思って散歩の励みになります(微笑)。住吉神Img_2520c 社に参ったあと、揖斐川では、あちこちにキンクロハジロ40羽あまり。ヒドリガモも6ペアほど見えます。さらにカンムリカイツブリも4羽。カンムリカイツブリは、夏羽にモデルチェンジしつつあるようです。

Img_2527c_20200215171301  三の丸公園でもツグミ1羽を見ましたが、三の丸水門にもツグミ。先日の北勢中央公園ほどではありませんが、ちょこちょこ見るようになりました。北勢中央公園には、ほんとうにわんさかツグミがいて、感激しました。

Img_2539c  九華公園では、鎮国守国神社の社務所裏の定位置にアオサギ。さらに、北門を入った堀にダイImg_7580c_20200215171301 サギ。昨日、堀の水を入れていましたので、水量はかなり回復しましたが、それでもまだ元の水位には至っていません。アオサギやダイサギなどが降りられるくらい。

Img_7584c_20200215171301  アオサギは不動の姿勢でしたが、ダイサギはちょっと近づく素振りを見せたら飛び立ちました。どこへ行くかと思ったら、いったんアオサギの頭上の木へ。しかし、ここは落ち着かなかったようで、すぐにまた飛び立ち、揖斐川の方へ去ってしまいました。

Img_2544c_20200215171301  奥平屋敷跡への入り口でまたもやツグミ。ちょっとふっくらしています。花菖蒲園の向こうには、ジョウビImg_2554c_20200215171401 タキのオス。今日、2羽目。

Img_7590c_20200215171401 Img_7595c_20200215171401  カモは少なく、合計25羽。ハシビロガモのオス、メスとも5羽ずつ、ホシハジロのオスが1羽とキンクロハジロ。堀の水を抜いて以来、40羽前後がもっとも多い数。ヒドリガモは全く来なくなってしまいましたし、キンクロハジロも日による変動がかなりあります。

Img_7601c_20200215171401  二の丸跡では、シロハラに遭遇。最近、九華公園では、北門を入った堀のあたりに出没していました。今日も、このあと北門の堀で見かけましたので、ひょっとすると2羽いるのかも知れません。

Img_2587c_20200215171401  朝日丸跡では、再び、アオサギ。少しずつ近づいたら、10m以内まで行けました。顔のあたりをよく見るImg_7623c_20200215171401 と、鎮国守国神社の社務所裏にいたアオサギと酷似。社務所裏にいたアオサギがこちらに来たと思われます(あとで社務所裏に行ってみたら、そこにはアオサギはいませんでした)。

Img_2596c_20200215171401  本丸跡ではシメがいたものの、犬を連れた方が通りかかって、逃げてしまい、しばらく待ったものの、再登場はならず。また、本丸跡の花菖蒲園のところには、ジョウビタキのメスが出てきたものの、遠くて、近寄る間に飛び去ってしまい、どちらも写真は撮れず仕舞い。

Img_7647c_20200215171401  管理事務所の南の白梅、また、鎮国守国神社境内の梅の木、それぞれでメジロが出て来ましたが、ウメジロウはうまく撮れませんでした。遠かったのと、この曇天では色が出ません。公園外周遊歩道の東のお宅で、サザンカにメジロ。花の蜜は吸ってくれず。

Img_2626c  貝塚公園は、今日も静か。ヒヨドリがほとんどいないのです。カワラヒワ、シジュウカラの声もしていましImg_7655c たが、公園内を回って写真を撮れたのは、ツグミ、シロハラ1羽ずつ。

Img_2631c_20200215173801  ほとんど余談ですが、昨日の記事で「バッサリ剪定した」と書きましたが、あるところのツツジは、左の写真のようになっています。これでは、ここはこの春、花はほとんど咲きません。花芽をバッサリ切ってしまったからです。う~ん、大変失礼ながら、何もお考えにならず、バッサリ切ったとしか思えません。花芽がいつつくとか、そういう基本的なことは周知を図る必要がありそうです。

Img_2658c_20200215171401  珈琲館はせ川で話し込んだあとは、七里の渡し跡、住吉神社と往きとは逆コースで帰宅。住吉ポンプ場近くで、またジョウビタキのオスに遭遇。同じあたりにいましたから、出かけたときに出会ったジョウビタキだと思います。午後は、「勉強始め」で講演を聞いてきた大六先生の「WISC-Ⅳの理論と活用8」(2020年1月5日:勉強始め……三重K-ABCアセスメント研究会で大六先生の講演を拝聴)の資料のとりまとめの続き。あとは文献リストの確認と、目次の訂正を残すだけ。明日は雨という予報ですから、明日、完成させたいところ。これができあがったら、次は、去年の市民大学郷土史学科の「城と城下町」のまとめをします。

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2020年2月14日 (金)

ウメジロウ第3弾……バレンタインのチョコレート「子年 2020年限定バージョン」を開封【貝塚公園の写真を追加(2/15)】

 最低気温は7℃Img_2411c_20200214173701 を超えていましたが、終日ほぼ曇天で(午後、一時雨)、気温はあまり上がりませんでした。ソーラーパワーが欲しいところ。それでもいつも通り、8時20分から散歩。散歩は不可欠。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、寺町商店街からスーパー・バローに立ち寄って、11時前に帰宅。今日は、6.4㎞で満足(微笑)。

Img_7413c_20200214173901
 今日はまず、ウメジロウ第3弾から。九華公園の管理事務所の南にある白梅にて。鎮国守国神社の境内にも梅はImg_7437c たくさんあるのですが、メジロが来るのは、天守台跡の上だったりして、撮影しにくく、ここが撮りやすいポイント。例によって、連写。2枚の写真のメジロは、同じ個体。晴れているともっと良かったとは思いますが、今までより多少は、マシか?

Img_2432c  さて、話を戻して、時間順に。揖斐川、住吉水門下流の右岸堤防には、今日もカモたちが上陸していました。Img_2437c 一昨日よりは数は少なかったものの、ヒドリガモとコガモでした。三の丸公園では、ツグミが1羽。昨日の北勢中央公園に比べると、かなり淋しい。基本的に暖冬ですから、渡り鳥たちもあまり南の方まで来なくても、エサがあるのでしょう。

Img_7382c  九華公園に行く前に中橋のゴイサギコロニーをチェック。今日は、北側の駐車場からのみ確認できました。ゴImg_7392c イサギ6羽にホシゴイが1羽。いずれも木の奥にいます。南側、中橋のところからはほとんど見えません。繁殖期に入るまで、ここにいるのだろうと思えます。

Img_2448c  九華公園では、北門を入ってすぐの堀にシロハラ1羽と、ハクセキレイ2羽。最近、ここにこれらの鳥たちが良くいます。しかし、シロハラは警戒心が強く、近づこうとしただけですぐ逃げます。いつもの、鎮国守国神社の社務所裏にアオサギ。お馴染みの光景ですが、ここでアオサギに会えると、ホッとするのです。

Img_2456c  カモは、今日も少な目で、合計40羽。ハシビロガモのオスが7羽、メスが4羽、ホシハジロのオスが1羽、残りはキンクロハジImg_2451c ロ。ハシビロガモは、二の丸堀の西側に集まっていますが、キンクロハジロは二の丸堀や、奥平屋敷跡近くに散っています。二の丸堀の西側には、ユリカモメも集まっています。奥平屋敷跡西側の堀には、ダイサギが1羽。

Img_2458c_20200214174301  二の丸堀の東側エリアには、アオサギ(鎮国守国神社の社務所裏とは別)と、セグロカモメ。アオサギは、Img_2464c しばらくじっとしていました。セグロカモメは、このあと、公園上空を旋回して、どこかに飛び去りました。今シーズン、セグロカモメをよく見ます。

Img_7491c_20200214174301  今日は、堀に水を入れていましたので、導水口(野球場南)あたりや、野球場のフェンスにImg_2475c もたくさんユリカモメが集まっていました。ユリカモメはけっこう飛び回っていましたが、一応、合計は60羽ほどを確認。

Img_7526c_20200214174301  導水口のところには、カワウも来ています。揖斐川から水を入れると、魚も一緒に入ってくるようで、カワウは盛んに潜って、餌をとっていました。今日は、ユリカモメの漁は見られませんでした。

Img_2642c_20200215174901 Img_2631c_20200215173801  このあと、貝塚公園に行ったものの、鳥はほとんどいません。最近、貝塚公園、鳥見はサッパリ。こういうことを書くと語弊がありますが、シルバー人材センターから掃除に来られている方が、ツツジなどをバッサリと剪定しておられます。そのため、木々の根元が明るくなってしまい、シロハラやウグイスなどは棲みにくいのかも知れないと思います。一昨日、シルバー人材センターから来ておられる方から、「ツツジを大分切ったけど、花がどれくらい咲くか、また写真を撮ってくれないか」と依頼されました。九華公園のツツジのように丸く仕立てるのではなく、本当にバッサリと切っておられます。ツツジは、基本的に、花が散ると同時に剪定を行うもののはず。今頃、バッサリやると、今年はあまり花が咲かないと思うのですが、どうもそういう認識はお持ちではないようでした。依頼にはお応えしようと思っています(写真は、2月15日に撮影したものを追加しました)。

Img_2479c_20200214174301  ところで、鎮国守国神社の境内では、梅がほぼ満開になってきています。2~3年前に天守台跡の周囲や、参集殿の南に新しい木を植えたのですが、それらは見事。しかし、古い木も多く、ほとんど花がついていない木もあり、ちょっと残念。十分な手入れがなされていない印象があります。桑名藩主の久松松平家の家紋が「梅鉢紋」であったことに因んでいると思いますが、もったいない。

Img_2488c_20200214174401  寺町商店街の河津桜、このところの暖かさのため、花が増えてきました。とはいえ、まだ一分咲きといえるかどうか、微妙なImg_7554c くらいです。来週は、また寒さが戻るということですから、これから一気に咲くとは思えません。長く楽しめるといえるかどうか難しいところですが、満開はまだ先のような気がします。

Img_2506c_20200214174401  オマケ。1月5日に三重K-ABCアセスメント研究会に行ったとき、早くもバレンタインのチDscn2572c ョコレートをいただいていました(2020年1月 5日:勉強始め……三重K-ABCアセスメント研究会で大六先生の講演を拝聴)。大切に保管していて、今日、開けてみました。「子年 2020年限定バージョン」ということでしたが、パッケージだけでなく、中身もネズミになっていました。ゴディバのチョコです。

 週末ですが、明日(2/15)は、近場では近鉄ハイキングもJRさわやかウォーキングも企画がありません。いつも通りの散歩か、と思っています。日曜(2/16)は、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」があるのですが、終日雨の予報。山田酒造へ行く企画は、3月1日のJRさわやかウォーキング「蟹江の老舗造り酒屋での新酒の唎酒とまちの歴史を訪ねて」がありますから、そちらで行くことにしましょう。

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2020年2月13日 (木)

両ヶ池公園と北勢中央公園へ……どちらにもミコアイサ【鳥名を修正しました(2/14)】

Img_2158c_20200213164401  最高気温は何と19.1℃にもなったそうです。午前中も雲が多かったものの、ダウンジャケットはいらないくらいでした。もう少し早くから晴れてくるかと期待して、今日も、プチ遠征に出かけたのですが、出かけたのが山に近い方でしたから帰る頃になってようやく晴れ間が出て来た状況で、ちょっと残念。冒頭の写真、天気がよければ藤原岳がきれいに見え、水面にもそれが映ってけっこう美しい景色になるのですが……。

Img_2204c  まず出かけたのは、いなべ市にある両ヶ池公園。我が家からはクルマで40分弱。直線距離で15㎞半くらい。今シーズン初めて。毎冬、2回くらいは来ているところ。ミルクロードを挟んImg_2213c_20200213164201 で、東西に溜池があり、下池(東側)のところが公園になっています。調べて見たら、上池は寛永年間(1624~43年)に、また、下池は寛政年間(1789~1800年)に完成したといいます。5月には、草競馬が行われるのですが、これは一度見てみたいですねぇ。

Img_2192c_20200213164201  上池側の路側帯が広いので、そこに駐車し、まずは上池をチェック。遠くにミコアイサのオスが見えました。Img_2251c しかし、曇り気味で、薄い霧というか靄というかがかかっていましたし、遠い(100数十メートル先)。ミコアイサ、最終的には、オスメスとも2羽ずつを確認。

Img_7317c_20200213164201  他のカモたちも見えるのですが、遠い。カルガモ、キンクロハジロ、ホシハジロ、コガモの他Img_2230c_20200213164201 にオオバンが確認できました。さらに、カンムリカイツブリも1羽。上池の周りも歩いて回れるのですが、必ずしも池がよく見えなかったり、四阿や木道が古くて整備されていなかったりしますので、今日は行かず。

Img_2220c  下池は、残念ながら、水がほとんどありませんし、雑草が生え放題の状況。「ため池整備工Img_2212c 事」ということで、両ヶ池公園からB&G海洋センターまでは行けたものの、その先は通行止め。以前来たときも、下池の方は水がほとんどなかったと思います(自分のブログ記事を検索して見たものの、うまくヒットしませんので、いつだったかは不明)。

Img_2211c_20200213164201  両ヶ池公園では、ツグミ。2羽ほどいました。また、B&G海洋センターの手前ではセグロセキレイ。下池側Img_2218c での成果はこれだけ。B&G海洋センターの先、池の東側で以前は、ベニマシコなどを見たことがありましたので、期待したのですが、残念。結局、30分ほどで撤収(苦笑)。北勢中央公園へ行くことにしました。

Img_2267c  両ヶ池公園から北勢中央公園までは、車で10分あまり。ここは、四日市市、菰野町、いなべ市の境に位置しています。5年ほど前に初めて訪ねています(“うりぼう”経由、北勢中央公園へ)。我が家からは遠いというイメージがありましたので、あまり来ませんでした(クルマでは30分あまりでしたが)。

Img_7329c_20200213164201  南東側の池の周囲を回ってきましたが、駐車場から池のそばに行く途中で、ビックリ。無数のツグミ。数えきれません。鳴きImg_2273c_20200213164201 声もあちこちから聞こえてきます。北勢中央公園に、いつもどのくらい来るのか分かりませんが、九華公園あたりに来ないでこっちにいるのか?と思えるくらい。

Img_2289c_20200213164301  北勢中央公園にも池が2つあるのですが、北西側の池は干上がってしまっていました。池底にはひび割れも多数入っていて、これは少々雨が降っても、水はしみていくだけで溜まらないだろうと思えます。南東側の池も、水位はかなり低くなっているようでした。

Img_2367c_20200213164301  それでも、ここでも、ミコアイサのオスが2羽見えました。通りかかった方に伺うと、ここにミコアイサが来るのは珍しいという話でした。ただ、こちらも両ヶ池公園と同じく、遠い。もっとも近くで見られたときでも、たぶん60mくらいはありました。

Img_7351c_20200213164301  多かったのは、ヒドリガモ。しかし、多かったといってもさほどではありませんでした。2月11日に探鳥会があったそうでテレビでも取り上げたといいますが、「集まっているところをズームして撮って放送したんだろう」とは、上記の方のお話。

Img_2305c  他にはコチドリイカルチドリ2羽と、マガモのペアが2組。これもまたけっこう距離があるところにいたり、近づくとすぐに逃げたり(苦Img_2348c 笑)。陽が当たっていないときでしたので、写真も今イチ。本来なら載せられるような代物ではありませんが、まぁ、記録の意味で。

Img_2333c_20200213164301  こちらも載せられる写真ではありませんが、今シーズン初めて見たので(苦笑)。ヤマガラ。木のてっぺんにいたり、降りてきてエサを拾ったりしていたのですが、なかなかうまく撮れず。

Img_7335c  池の北側では、別々のところでしたが、ジョウビタキのメスとオス。どちらもしばらく相手Img_7357c_20200213164301 をしてくれた感じ。歩いている途中、他に出会ったのは、シロハラ、ビンズイなど。アオサギも上空を1羽が通過。

 ということで成果はそれなりにあったと思うのですが、もうちょっとよい天気のときにいった方がよかったという次第。歩いた距離は、2.6㎞ほどとかなり物足りません。

【付記(2/14)】 コチドリと考えた鳥は、pnさんのご指摘で、イカルチドリに修正しました。お陰でこれで、鳥図鑑プラス1となります。今までに何種類を見たか、一度整理しなくてはなりません。

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2020年2月12日 (水)

カワセミに接近遭遇したものの、写真は今イチ……ウメジロウ第2弾も今イチ気味

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 午前中は晴れたものの、午後からは南寄りの弱い風、気温は12℃を超えましたが、雲がかかって来ました。午前中はいつも通り、散歩。8時から住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、京町、寺町と6.3㎞。帰宅は11時前。午後からは、定例の内科受診に行ってきました。

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 九華公園では、カワセミを2回目撃。一度目は、北門を入ってすぐの堀。南からやってきて、枝に止まったのでImg_7258c_20200212163301 すが、このときはちょっと曇り気味。その後、公園内を回って、外周の遊歩道の東に入るとき、再登場。すぐ目の前に来たものの、残念ながら逆光気味の位置。こんな近くで見るチャンスはあまりないのに残念。

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 鎮国守国神社では、梅がかなり咲いてきていました。メジロがやってこないかなと思っていたら、これがうまImg_2063c い具合に来てくれました。しかし、なかなか手強い(苦笑)。 何10回かシャッターを押したものの、今回もまた「下手な鉄砲」に終始。比較的なものは、右の写真くらい。2羽のメジロが写っているものもあったのですが、構図、メジロのポジションとも今イチ。ウメジロウが狙える期間もさほど長くはなさそうですから、心して散歩しなくてはなりません。

Img_1984c_20200212163201  さて、話を戻して、時間順に。揖斐川右岸の住吉水門のすぐ下流の高水敷にヒドリガモががたくさん上陸してImg_1986c いました。例年であれば、3月に入ってから見られる光景です。おとといも、七里の渡し跡でヒドリガモが堤防の法面でえさを拾っていましたが、これも3月になってからよく見た景色。

Img_7114c_20200212163301  揖斐川の堤防の遊歩道、旅館サンゲツの裏でツグミ2羽。七里の渡し跡や、三の丸公園ではスズメくらい。柿Img_1994c_20200212163301 安コミュニティパークに来たところで、ツグミが1羽、ソメイヨシノに飛来。ツグミを見るようになったものの、例年の半分以下くらいの印象。

Img_7116c_20200212163301  柿安コミュニティパークの上空をダイサギが通過。九華公園の方角からやってきて、揖斐川の上流方向へ飛び去りました。

Img_7134c Img_2000c_20200212163301  中橋のゴイサギコロニーを今日は、先にチェック。北側の駐車場から覗くと、木の中にホシゴイ1羽、ゴイサギ7羽が見えました。南側の中橋からは、外の木にいたホシゴイ1羽のみ。ほとんどは、顔を胸元に突っ込んだ、「防寒姿勢」。夜行性ですし、日も当たらず、寒いからでしょう。近くの倉庫の屋根の上に、ツグミが1羽。

Img_7172c_20200212163301  九華公園に到着。北門近くの堀にはシロハラ1羽と、ハクセキレイ2羽。そこへ、上記のように、カワセミが登場して、一気にテンションアップ(苦笑)。奥平屋敷跡の東にある、二の丸堀には、珍しくコサギが1羽。その周囲にハシビロガモや、ユリカモメ。カモは、合計52羽とそれなりにいました。ハシビロガモはオスが10羽にメスが4羽。今日はホシハジロのオスが2羽。キンクロハジロは36羽でした。

Img_7254c_20200212163301  ユリカモメは、二の丸堀のほか、吉之丸堀、野球場のフェンスなどに散らばっていましたが、合計28羽Img_7245c_20200212163301 。アオサギさんは、最初はいませんでしたが、公園内を半周して見に行ったら、いつもの鎮国守国神社の社務所裏に来ていました。

Img_7184c_20200212163301  ツグミ、モズなどは今日も見ませんでした。しかし、ジョウビタキのメスは朝日丸跡と、本Img_2113c_20200212163301 丸跡と2カ所で目撃。同じ個体のような気がします。先日、ジョビボールを見せてくれたジョウビタキのメスも、朝日丸跡で見ています。

Img_6906c  例の石垣の修理箇所、評判悪いです。「素人仕事だ」「石が組んでないから、あんなの石垣じゃない」「指定史跡だというならもっとちゃんと修理しろ」などなど。さらに、「堀の水を抜いているなら、ゴミや、がれきを取り除いたらどうだ」という意見も。管理事務所にも意見、苦情が多数寄せられているそうです。散歩友達の中には、もう一度市役所にもの申せという人もありますが、やりません。たぶんあれこれへ理屈をこねたような、かえって腹が立つような返事が来る可能性が高いからです。市会議員などがチェックしてくれるといいのですが、それもほとんど期待できないというのが大方の見方。困ったもの。

Img_2124c_20200212163301  貝塚公園、今日も静かだったのですが、それはヒヨドリがあまりいなかっImg_7294c_20200212163301 たから。北門から入ってすぐにツグミが1羽。さらに、南東エリアで、シロハラが1羽。以前は、西側の林になり、ツツジの植え込みがあるあたりによくいたのですが、この辺は最近枝を払ったり、刈り込みが行われたりして、少し明るくなってしまったので、シロハラはそれを嫌ったのか、見なくなりました。

 さらに、オスのモズにも遭遇。追いかけて、追いかけて撮ったのですが、あまりよいポジションには回れず。Img_7286cしかし、それでも今日も、カワセミ、ジョウビタキ、モズに会えましたから、あまり贅沢を言ってはいけません。

Img_2150c  寺町商店街の河津桜、このところの寒さで開花は進んでいません。開花は一応宣言できるとは思いますが、チラホラ咲いているというのが現実。商店街の裏(東)にある寺町堀沿いに河津桜の並木があります。まだ目を向ける人はほとんどありません。ずっとチェックして歩いているのは、物好きな私くらい(苦笑)。

Img_1978c_20200212163201  物好きといえば、最近、桑名七里の渡し公園に写真のような掲示物があるのに気づいています。向かって右側は、観光庁がつくった外国人旅行客向けの掲示物。ブロ友のひらいさんの記事(2020.02.11 お散歩日報)に、アクアプラザながらにもあったとありました。新型コロナウイルスに関連しての注意喚起と、フリーコールの案内が、英語、中国語、韓国語で用意されているとあります。ちなみに、私自身は、アクアプラザながらでも、桑名七里の渡し公園でも、外国人の旅行客にはお目にかかったことはありません。

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2020年2月11日 (火)

パンダガモと、サギ山確認@弥富……確定申告は無事終了

Img_6964c_20200211152701  朝、藤原岳に雪は積もっていましたが、日中は、最高気温も12度を超え、暖かくになりました。確定申告も昨晩、e-TAXを使って無事終了しましたので、プチ遠征としました。久しぶりにパンダガモを見たいのと、アオサギのサギ山を確認しようという次第で、仕事を1つ終えたご褒美です(微笑)。

Img_1860c  まずは、弥富市内、M池公園へ。宝川の遊水池を利用した公園。私好みの広い空間と水面があり、それなりに鳥Img_7018c_20200211153101 見ができるところです。公園内の場所にもよりますが、多度山から藤原岳など鈴鹿の山も見えます。

Img_1870c  目的のミコアイサ(パンダガモ)は、オスが3羽、メスが1羽いました。はじImg_1875c めに、池の南側エリアでオスが1羽、カルガモやマガモと一緒にいて、その後飛び去りましたが、東側エリアでオス3羽、メス1羽を確認しました。いやぁ、いてくれてよかった。

Img_1769c_20200211153001  こちらの写真のパンダガモは、南エリアで見たもの。盛んに身繕いをしていましたが、頭部のImg_6976c 羽毛が立って、ちょっとヤンキーに見えます。このときは、上述のようにカルガモなどの中にいたのです。カルガモは、かなり多数いました。

Img_1752c_20200211155001  マガモは、オスだけ1羽を見ました。ちょっと遠かったので超望遠コンデジで撮ったのですが、写真としては今イチ(苦笑)。マガモ、10年以上前には九華公園の堀にも来ましたが、最近は見ません。町屋川や、木曽川では見ることがあります。

Img_1866c_20200211153001  M池公園といえば、カイツブリ。今日も鳴き声が響き渡っていましたが、数は多くはなく、Img_6979c 5~6羽。今年も、梅雨の頃には繁殖して、かわいい雛が見られることを期待します。最も多かったのは、コガモ。

Img_6973c_20200211152901  ほかに多かったのは、オオバン。写真のように上陸してえさを食べているものや、池に浮いているものも。

Img_1847c_20200211153001  セグロカモメは、池の東側エリアにて。これに先立っImg_1793c_20200211153001 て、西側から中央あたりを見ると、右の写真の鳥。両嘴の先が、黒っぽいので、セグロカモメの若鳥かと思います。

Img_7026c  カンムリカイツブリも3羽ほど見かけました。このほかには、ハシビロガモのペアを1組。昨シーズンまでや、去年の末に来たときにはもっといたと思います。ヒドリガモなどはまったく見られませんでした。鳥を見て、写真を撮りながら歩いていると、双眼鏡を持って、時折立ち止まって鳥を見ている様子の女性とすれ違いました。同好の士でしょう。

Img_1816c_20200211152901  池の周囲の水田では、スズメのほか、ツグミを2羽。さらに、北側の水田では、ビンズイと思ったのですが、3羽ほど。しかImg_1823c_20200211152901 し、こういう明るい水田にいるということは、タヒバリかもしれません。タヒバリは未見の鳥ですから、今ひとつ自信がありません。M池公園には、1時間あまり滞在し、弥富野鳥園へ。野鳥園にクルマをおいて、サギ山を見に行きます。

Img_1907c  ブロ友のひらいさんが、すでに1月下旬にサギ山にサギが集まり始めていると書いていらしたので、気になったのです(2020.01.25~26 お散歩週報)。左の写真で、白く点々と見えるのが、アオサギです。数えたところ、見える限りで30羽あまりが集まってきていました。しかし、まだ巣材を運んでくる様子はなく、巣作りは始まっていないように思えます。

Img_1898c  アオサギたちの様子。ペアで並んでいるアオサギあり、また、相方が出かけているのか、まだ来ないのか、1羽だけでいるアImg_1892c オサギあり、でした。どのアオサギも、よく見ると、嘴がピンク色になってきていました。これは、繁殖期のサイン。

Img_7044c  サギ山に着いたとき、サギたちがいるあたりから猛禽類が飛び立ってきました。トビのようでした。しばらくサギ山上空を旋回し、飛び去りました。

Img_1946c Img_1949c_20200211153101せっかく弥富野鳥園まで来ましたので、池を覗き、観察館にも行ってきました。池には、カモは少なく、あちこちにアオサギがいるのが見えました。小型の水鳥は、オオバンなど。池にある柱の上で、ミサゴが食事中でしたが、いかにも遠くて、超望遠コンデジで撮れたものの、載せられる写真ではありませんでした。

Img_1894c  観察館で鳥を見ていたら、先ほど、M池公園ですれ違った女性に再会。指導員の方に猛禽類の見分け方を聞いておられました。「さっきお目にかかりましたね」ということで情報交換。サギ山のことをお話ししたら、「行ってみたい」ということで、同行。結局2往復してきましたが、まぁ、時間はありますし、それだけ歩けますから、むしろ歓迎(微笑)。喜んでいただけましたから、よかった、よかった。野鳥園、サギ山にいたのも1時間あまり。歩いたのは、合計5.6㎞と昨日並み。

Img_1880c_20200211153001  冒頭のパラグラフに確定申告は終了と書きました。作業そのものは決して膨大ではないのですが、面倒くさい(苦笑)。その気になったら一気にやるのがベスト。ただ、ブラウザがいつも使っているGoogle Chromeが使えないのが不便。Edgeか、Internet Explorerを使わねばなりません。しかし、昨日、Edgeを使おうとしたら、何度トライしても、いくら待ってもマイナンバーカードを読み込んでくれず。やむなく、Internet Explorerで、無事作業終了。還付金もあります(微笑)。

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2020年2月10日 (月)

初雪、薄氷の中、ウグイスにカワセミ……九華公園の石垣修理は、どうもねぇ

Img_6721c Img_1737c_20200210181201  朝はマイナス2.9℃、最高気温も5.7℃止まり。そして、とうとうというか、ようやくというか、一時的に雪が舞っていました。九華公園の堀には、今日も薄い氷。北国の方には笑われるでしょうが、底冷えする感じの1日。ですが、寒さに負けず、8時から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、中橋のゴイサギコロニー、春日神社、京町、寺町と5.7㎞。10時40分頃帰宅。

Img_6868c  今日はまず、こちら。ウグイスです。九華公園の相撲場近くで見つけ、粘ってとれたのがこれ。暗かったので、こんな色に見えImg_1655c_20200210182101 ていますが、全体に地味ではあるものの、背中はオリーブ褐色です。もう1種類は、カワセミ。3回ほど見ました。ダイビングシーンや、小魚をくわえて飛ぶところも撮ったものの、ピンぼけ/ブレブレの写真ばかり。これもちょっと枝が被っていますが、ご容赦ください。ということで、寒い中出かけていったご褒美がいささかあったということ(微笑)。

Img_6760c_20200210182201  他にも、ユリカモメのこれらのシーンも。左の写真は、薄く氷の張った二の丸堀の東エリアで撮影。いかにも寒そう。右は、二Img_6923c_20200210182301 の丸橋の欄干に並んだところ。今シーズンはほとんど見られませんし、並んだとしてもせいぜいこれくらいの数で、あまりきれいには並びません。ユリカモメは、合計82羽。

Img_1609c  さらに、ジョウビタキのメスのジョビボール。「使用前、使用後」ではありませんが、ジョビImg_1607c ボールとフツーの姿と両方を見せてくれました。かなり違います。笑えるほど。ご存じない方がご覧になったら、別の鳥と思うかも知れません。ジョウビタキのメスは、朝日丸跡と相撲場近くの2個所で見ましたが、同一個体かも知れません。

Img_6694c  話を戻して。住吉入江には、これはスズガモのメスでしょう。他にはオオバンが1羽。揖斐川には、カンムリカイツブリが4羽ほど。今日見たカンムリカイツブリは、まだまだ冬羽でした。遠いので写真はありません。

Img_6704c  七里の渡し跡では、ヒドリガモが16ペア。そのうち、1/3くらいが堤防の法面に上陸して、エサを啄み始めImg_1552c ていました。春が近くなると、このように堤防の法面や、高水敷に上陸して、草を食むようになります。

Img_1572c  九華公園では、鎮国守国神社の社務所裏にシロハラ。近くにツグミもいまImg_6723c したが、ちょっと遠くて、証拠写真。シロハラは、管理事務所近くでも目撃。2羽来ているように思います。最近は、社務所裏にはゴイサギ&ホシゴイはいません。中橋のゴイサギコロニーにいます。

Img_1575c  カモは、キンクロハジロの大半が、南西エリアの堀に。ハシビロガモは、二の丸堀の西側、水が減って石が露出したあたりにImg_1672c います。合計45羽。ハシビロガモのオスが8羽、メスが2羽、キンクロハジロが34羽、ホシハジロのオスが1羽。ヒドリガモは全く来なくなりました。

Img_1579c  アオサギは、ハシビロガモの近くにいました。ダイサギも1羽来ていますが、これが神経Img_1621c 質。かなり離れて写真を撮っていても逃げます(苦笑)。右の写真は、野球場の前の堀に降りたところを、朝日丸跡から撮ったもの。

Img_1663c  ツグミは、ハシビロガモの近くにもいました。このほか、シジュウカラ、メジロ、カワラヒワ、ヒヨドリなどもいました。シジュウカラやメジロは、あまりきれいにとれなかったり、枝かぶりだったりで割愛。

Img_6906c  さて、先日修理を行っていた朝日丸跡の石垣崩れの現場、こんな風になっていました。いやぁ、去年9月の台風で崩れて、5Img_1659c_20200210194501 ヶ月近く。これはちょっとないよなぁ、という修理の仕方。散歩友達の皆さん、同意見。石垣というのは、「石を組み上げて作られた壁、もしくは柵のこと」です。これ、どう見ても組み上げてはいません。コンクリート壁の中に、テキトーに石を散らしたという感じ。業者さんが独自判断でこのようにするとは到底考えられませんので、市役所の指示なのだと思えます。「県指定文化財として指定を受けており、工法や費用の面での検討が必要」ということだったのですが、文化財であるなら、こういう修理はないはず。修理個所の下に石垣の石だったと思われる石が8個ほど落ちています。うまく入らなかったor余ったから捨てたと見えます。

Img_1700c  このままこの記事を終えると、気分がよろしくありませんので、河津桜の話題で終えます。ここ2~3日、寒さが厳しいのでImg_1704c 開花は進んでいません。案内看板も掲出されていました。水曜から土曜くらいは、気温が上がるといいますから、開花が進むかも知れません。期待しています。

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2020年2月 9日 (日)

20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完)

Img_1337c_20200209163101  最低気温0.6℃、最高気温7.0℃、最大風速7.5m/sと昨日よりも寒くなりましたが、今日も近鉄ハイキング・酒蔵みてある記へ。念のためにお断りしておきますが、大酒飲みではありません。あちこち酒蔵を訪ね歩き、それぞれの酒の違いを楽しみたいということです(微笑)。今日は、「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」です。このコースも、昨日の伊藤酒造と同じく、3回目になります。以前の記事は、また末尾にリストアップします。工事中で通れなかったところを除いて、ほぼ同じコースでしたので、今日の酒蔵みてある記・早川酒造部も、一回で完結の記事です。ちなみに今日は、私一人で参加してきました。

Img_1321c Img_1334c_20200209163801  今日の受付は、近鉄名古屋線・伊勢朝日駅で、9時20分から11時でしたので、桑名駅を8時58分に出る塩浜行きの普通電車に乗車。伊勢朝日は、2つめの駅で9時6分着、¥210。いつもは伊勢朝日駅の南にあるポケットパークが集合場所ですが、工事をしていたため、駅から300mほど北にあるグラウンド脇の駐車場が受付場所でした。昨日ほどではありませんでしたが、すでに100人を越えるくらいの方が並んでおられました。酒蔵みてある記の人気は高いのです。

200209kintetsuhikingiseasahi  こちらは実際に歩いたルートマップ。伊勢朝日駅をスタートして、旧東海道を少し歩いて、まずは、朝日町歴史博物館へ。そこから若松園という和菓子屋さんに立ち寄って、北勢バイパスを潜って、川越町に入り、朝明川沿いを歩いて早川酒造部で酒蔵見学。さらに高松八幡神社山武食品を経て、近鉄名古屋線・川越富洲原駅がゴールとなります。コースマップでは、約7㎞となっていましたが、実際には、8.2㎞を歩きました。スタートしたのは9時25分、ゴールは12時15分、途中、早川酒造部にほぼ1時間滞在していました。

Img_1340c  受付場所からは、また伊勢朝日駅の方に戻ります。これですでに600mほど歩いています。伊勢朝日駅の踏切のところからが、Img_1345c_20200209171101 旧東海道。右の写真で左側に写っているのが、過去2回の受付があったポケットパーク。

Img_1347c_20200209171601  このポケットパークの南の端に推定樹齢300年のエノキが残っています。東海道を往来した旅人たちを見てきたのでしょう。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったそうですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。ところが、松は、太平洋戦争末期、松根油をとるために傷つけられたり、その後の松食い虫の被害などによって激減したのです。

Img_1357c_20200209171701  2㎞を過ぎ、9時45分に朝日町歴史博物館に到着。今月は、企画展は行われておらず、栗田真秀の新収蔵品や、萬古焼が展示Img_1361c されていました(リストはこちら)。栗田真秀は、朝日町出身の明治から大正時代の日本画家。萬古焼は、桑名の豪商沼波弄山(ぬなみろうざん)が、元文年間(1736年〜1740年)に朝明郡小向(あさけぐん おぶけ、現在の三重郡朝日町小向)で創始しています。私は、ここに展示されている飛鳥時代にあったという縄生廃寺の模型や、発掘現場のレプリカが気に入っています。

Img_1373c_20200209172601  朝日町歴史博物館を一通り見て、次の立ち寄り先である若松園さんに行く途中、JR関西線の踏切を渡りまImg_1372c_20200209172601 す。JRの踏切には、それぞれ名前がついています。多くは、その地名によるのですが、この踏切、「住宅踏切」となっていました。由来は不明です。さらに余談を重ねますが、踏切の写真をすべて撮ってネットに載せていらっしゃる方もあります(こちら)。他人様のことをどうこう申せませんが、実にいろいろなことに興味を持つ方がいらっしゃるものです。

Img_1374c  話を戻して、住宅踏切を越えると、すぐに若松園さん。呈茶サービスがあったのですが、通過。若松園さんから100mあまりImg_1376c_20200209172601 で再び、旧東海道に出て、北上(いったん戻る方向に向かいます)。このあたり、近鉄のハイキングその他で、何度も通った、馴染みのところです。

Img_1379c_20200209173401  旧東海道を歩くのは、200m足らず。県道66号線に出て、右折します。この交差点の北側に小向山浄泉坊があります。浄土真宗本願寺派。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称したのに始まります。徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。

Img_1382c  ここからは、県道66号線を北勢バイパスに向かって歩いて行きます。水田が広がり、住宅や学校もありますが、大きな建物Img_1385c はなく、鈴鹿おろしの風が冷たいのです。左の写真は、西の、鈴鹿山脈の方を撮ったもの。鈴鹿の山の方は、雪が降っているような雲がかかっていました。右の写真は、町立朝日小学校の円形校舎。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_1387c  朝日小学校を過ぎると、水田地帯をひたすら歩くことになります。今日は、晴れて、陽が当たっていましたので、まだ良かったのですが、過去のこのハイキングでは、冷たい風に吹かれまくった上に、時雨れたりとけっこう大変な思いをしました。

Img_1402c  途中割愛しますが、北勢バイパスの下を潜り、県立川越高校の脇から朝明川の堤防にあがります。近鉄の踏Img_1404c 切を越えると、神明神社。今日は立ち寄り先には指定されていませんが、過去2回、お参りしていますので、今日もご挨拶という感じで立ち寄って来ました。主祭神は、天照大御神。相殿神は、大山祇命(オオヤマツミノカミ)。創祀は、社伝よれば天正年間(1573~92)以前といいます。この神明神社では、7月の最終日曜日とその前日(土曜)に石取祭が行われます。ここの石取祭は、桑名の石取祭を取り入れて、約110年前に豊田一色地区が始めたことをきっかけに、現在では町内3地区に広まっています。

Img_1408c  その先、川越北小学校の近くには、里程元標があります。これも過去に見ています。「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十Img_1410c 里廿八町 川越村」と記されていました。左側には、「富田町 三・〇五四米 貳拾八町 四日市々 七・五二七米 壱里丗三町」と、また、右側には、「桑名町 七・二〇〇米 一里丗町 富州原町 二・二九一米 弐十壱町」と刻まれていました。この道路元標は、大正13(1924)年、昭和天皇(皇太子時代)の御成婚記念として建てられました。

Img_1414c  国道1号線と交差する「朝明橋北詰交差点」まで来ました。ここで4.5㎞、10時20分頃。過去2回は、この交差点を渡って右折し、朝明橋を渡り、朝明川の右岸を歩いたのですが、今回は、河川改修工事の関係で、右岸が通れないということで、そのまま左岸を進みます。

Img_1417c_20200209175501  交差点を渡って少し先に川越町郷土資料館があります。平成6(1994)年Img_1421c 6月に開館し、農具や漁具、生活用具、伊勢湾台風の時の写真などを展示しているそうです。一度訪ねたいと思うのですが、事前予約が必要ということで実現していません。郷土資料館の先には、我が家が車のことでお世話になっている共和モータースさんがあります。社長さんはユニークで面白い方、スタッフの方は皆、親切、丁寧なので、ここまで来ているのです。先日の点検もここでお願いしました。

Img_1426c  朝明川。国道1号線あたりから下流は河川改修工事中で、水鳥は全くいません。このあたりは、かつて「伊勢国朝明郡」でしたが、東征中の日本武尊が当地で夜明けを迎え、朝明川の水で口をすすいだことから川の名が付いた、とする伝承もあります。向こうに見える煙突は、中部電力川越火力発電所。かなり高いので、我が家からもよく見えます。

Img_1433c  福崎橋を渡ると、早川酒造部はすぐそこですが、福崎橋から西を見ると、鈴鹿の山には雪。向かって右端の山が、我が家からもよく見える藤原岳。雪雲らしき雲もかかっています。このあと、早川酒造部で出会った、津からいらした方に伺ったら、今朝、津では雪が積もり、四日市近くまで雪が降っていたとおっしゃっていました。

Img_1440c_20200209180701  いよいよ目的地の早川酒造部に到着。スタートからは5.6㎞、時刻は、10時35分。江戸時代から米穀商を営んでいた初代早川Img_1442c_20200209180701 半三郎が、明治6(1873)年に、現在の四日市市天カ須賀で酒造りを始めたのが最初。創業の地の地名の「天」と天下一品の酒を目指すという初代の願いから、主力銘柄は「天一」と命名されています。大正6(1917)年に、現在の朝明川の辺りに蔵ごと移築し、 以来百年近くにわたって、日本酒を醸し続けていいす。水は、朝明川の豊富な伏流水を用いているということです。「早川酒造部」という珍しい名前は、当初、米穀商の一部として酒造りが始まったからかも知れません。

Img_1443c  昨日と同じく、ここも大賑わい。まずは、「お楽しみ抽選会」の会場へ。抽選は、抽選箱に入れられた、清酒の瓶の蓋を引くというやり方でした。「赤」が出ると「しぼりたて原酒720ml」が当たったのですが、残念ながら、3年連続で外れ(苦笑)。早川酒造部とは、相性が悪いのかも。

Img_1455c  抽選会の次は、試飲。早川酒造部さんは、2種類の試飲をさせてもらえます(^_^) 「しぼりたて 本醸造 蔵出し生原酒Img_1454c_20200209180701 と、たぶん「純米酒 天一」。2種類の飲み比べをさせていただけるのは、ありがたい。「しぼりたて 蔵出し生原酒」は、炭素濾過や火入れがされていません。アルコール度数は、19度以上20度未満。これ、堪りませんねぇ。

Img_1459c  今日も、即売会で土産を買ってきました。試飲をさせてもらった内、やはり「しぼりたて 蔵出し生原酒」Img_1531c_20200209191201 をチョイス。720ml入りが、1本¥1,000。

Img_1464c_20200209180701  今日は相方はなかったので、「一人宴会」をすることにしました(微笑)。ワンカップ(これは、「純米酒 天一」、¥200)と、山武食品が出店している店で焼きたて鯛蒲(¥300)をゲット。ここで、富田のオッちゃんに遭遇(実は、受付会場でも目撃しましたが)。今日はなぜか甘酒を飲んでおられました。どうやら早くに(たぶんこちらに直行)来て、すでにかなり飲んだ様子(爆)。小生の隣には、先に触れた津からの男性。この方、御年85歳! テニスやら、囲碁やら取り組んでおられるとか。津新町駅から5㎞ほどのところにお住まいで、帰りは駅から歩くとか。いやぁ、スゴい人はあちこちというか、身近にいらっしゃいるものです。「75歳までは現役で働け動け!」と発破をかけられてきました(苦笑)。

Img_1476c_20200209192101  早川酒造部を出たのが11時35分。ちょうど1時間滞在。皆さんほろ酔い気分で歩いているせいか、パスして行かれるのですImg_1484c_20200209192101 が、私は高松八幡神社に立ち寄って来ました。ここは、なかなかよい感じのお宮さんです。過去2回のハイキングでも立ち寄っています。御祭神は、応神天皇。相殿神は、菅原道真天目一箇神(あめのまひとつのかみ)他5柱。この神社の祭は、「足上げ祭」。こちらに動画があります。右の写真中央に写っている柱(しんばしら)の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩くという特異な祭りだそうです。

Img_1494c  こちらは、足上げ祭に使う太鼓。境内にある倉庫に保管されています。太鼓には、毎年、皮を1週間ほどかけて張るのだそうです(中央下にブルーシートにくるまれているのが、その皮)。太鼓の中にあるロープ1本で皮を張るので大変だそうです。それに、最近は、若い人が準備に参加しないそうで、準備そのものも、祭の継承もけっこう難しいと伺いました。

Img_1490c  神社では、昨年と同様、氏子の方に接待をしていただきました。早川酒造部で試飲2杯、一人宴会ワンカップ1本をいただいてきたのに、ここでも早川酒造部の「天一」をいただきました(微笑)。「もうかなりいただいてきた」と申し上げたら、「それはそれ、これはこれ。御神酒だからもらってもらわないと困る」などといわれ、あっさりと負けました(苦笑)。

Img_1511c  その後は、一時、四日市市内を通過し、山武食品さんの前へ。工場の近くに「海旬工房 矢馬竹」という店があるのです。こImg_1515c こも通過。「高松川原」交差点で国道1号線に出ます。左折して、四日市方向へ。マックと吉野家があるところで右折して、近鉄名古屋線・川越富洲原駅に向かいます。

Img_1518c  ゴールの川越富洲原駅東口には、12時15分到着。ここも何度も来ていますから、お馴染み。西口側には、お堂があったりして、それも見てみたいと思っているのですが、機会がありません。12時22分に名古屋行き普通がありましたので、それに乗車。桑名には、12時30分着。¥260。1駅でプラス¥50とは(微笑)。

Img_1535c  あみま倶楽部のスタンプは、昨日に続いてゲットで5個目。まぁ普通のペース。ALKOOのデータは、16,089歩。近鉄ハイキImg_1539c ングで8.2㎞、桑名駅往復が1.8㎞で、合計10㎞。

 さて、次のハイキング。京都(古墳と古代遺跡を渡り歩く歴史散策の旅)や、大阪(ご利益ハイキング第4弾 ごきげんさん富田林ごりやくハイキング)で近鉄ハイキングがあります。行ってみたい気持ちは十分あるのですが、さすがにちょっと遠い。2月16日(日)の「水郷 蟹江散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」」ですかねぇ(また、酒蔵みてある記か? というツッコミはなしでお願いします)。津からいらした85歳の男性も、これに行くとおっしゃっていましたし。

 遊んでばかりいるようですが、そろそろ確定申告の準備に着手しています。e-TAX利用で早めに済ませようと思っています。やり始めれば簡単なのですが、そこに至るまでがめんどくさい(苦笑)。その後、今月は、23日に支援員養成講座で話をします。レジメはすでに提出済み。当日のパワポ資料を確認するのみ。

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2020年2月 8日 (土)

20200208近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」へ(一回完結)

Img_1205c  昨日よりも暖かくなるという予報で、ハイキング日和かと思い、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」に行ってきました。桑名の最高気温は、11.6℃。ハイキングがスタートする10時頃の四日市は、風もほとんどなく、日もよく当たっていたのですが、次第に風は強くなってきました。帰り際には、ちょっと時雨れるという天気。しかし、同級生K氏と二人でしっかり楽しんできました。3回目のコースですので、記事は、今回で完結。

Img_1200c_20200208150101  今日の受付は、近鉄湯の山線・高角駅で9時50分~11時20分。桑名駅を9時1分に出る五十鈴川行き急行で四日市へ。9時14分着。9時30分発の湯の山温泉行き普通に乗り換え。まるで近鉄ハイキング専用列車の様相。高角駅には9時41分着。¥430。駅前も長蛇の行列。このコースに参加するのは、今回で3回目ですが、こんなに人が待っているのは初めて。もらったコースマップの番号は251番。100mほどの行列でした。

200208kintetsuhikingtakatsuno  実際に歩いたルートはこちら。過去2回と全く同じ。同じですので、目的地の神社、寺で歩き回るということはしませんでした。歩いた距離は、4.3㎞。高角駅を出て、南西へ。一生吹山(いっしょうぶきやま:標高109m)を上り、毘沙門天に参拝。北側へ下って、ユーユーカイカンの裏に出て、東名阪自動車道の下を潜ります。潜ったところに大師堂。そこから北上し、桜の町へ。ここで椿岸神社にお参り、智積養水を見て、西勝寺にも参詣。そしていよいよ伊藤酒造へ。酒蔵見学、試飲のあと、現地にて小宴会。ゴールの桜駅までは1㎞もありません。スタートしたのは9時55分、ゴールは12時20分。

Img_1210c  一生吹山に登り始めたところ。このあたりはまだ傾斜も緩く、登り始めたばかりなので楽です。近くには、早くも菜の花が咲いImg_1208c_20200208150701 ていて、「おぉ、いいねぇ」と二人とも余裕綽々。ところが、このあとは、もう傾斜がもう少しきつくなり、それが結構長く続くのです。「休憩するか?」「斜めのところで休憩したら、足を踏ん張らないといけないから、休憩にならない」などとしゃべりながら、頂上過ぎにある毘沙門天まで行って休むことに(苦笑)。

Img_1211c_20200208151001  頂上少し手前に、四日市市の一生吹山配水場、その向こうにNTTDocomonの携帯電話の基地局が見えます。ここまで来れば、上りはほぼ終了。K氏曰く、「100mくらいの山、大したことはないと思っていたが、これ、けっこうキツいな」。そうなのです、けっこう大変で、途中、口数も少なくなり、登るのに専念せざるを得なくなります。

Img_1213c  スタートから1.5㎞ほどで、一生吹山にある毘沙門天に到着。もとは、浅間神社が祀られていたのですが、明Img_1215c_20200208161901 治42(1909)年に明治政府の政策で「一村一社の神社合祀」が実施されて椿岸神社に合祀されました。昭和3(1928)年、有志によって、信貴山より毘沙門天が勧請され、今日に至っています。ここでしばし休憩。毘沙門天さまに、今日の抽選会で上首尾が得られるよう祈ってから、山を下ります。

Img_1220c  山を下って、2.2㎞を過ぎ、東名阪自動車道の下を潜ったところに大師堂があります。弘法大師を祀っています。江戸末期、このあたりを開墾し、田地化するさいに溜池をつくって灌漑しました。昭和初期、この水が永遠に絶えないことを祈って、徳志の人が、水に縁の深い弘法大師をここに祀ったといいます。

Img_1228c_20200208162201 Img_1224c_20200208162201  このあたりから智積(ちしゃく)町に入っています。矢合川を渡り、3.1㎞来たところに椿岸神社。主たる御祭神は、天鈿女命(天宇受売命、あめのうずめのみこと)。天照大神が天の岩屋に隠れたときに、その前で踊り、天照大神を誘い出した女神です。それ故、ここの御利益の一つには、「芸能」が揚げられています。これから行く伊藤酒造はこのすぐ近く。この天鈿女命が、伊藤酒造がつくっている「鈿女(うずめ)」という清酒の名前の由来。ここには、皇居遙拝所や、橿原神宮遙拝所があります。

Img_1235c  椿岸神社のすぐ北西に桜岡山西勝寺(浄土真宗本願寺派)。大変立派なお寺なのですが、ネットで調べた限りではとくにこれとImg_1232c_20200208162201 いう情報は出て来ません。西勝寺の門前に智積養水(ちしゃくようすい)が流れています。江戸時代につくられた灌漑用水で、昭和60(1985)年に環境省選定の「名水百選」に選ばれています。隣町の三重郡菰野町神森にある湧水池「蟹池」の水を引いています。智積養水路の全長は1,784m、幅は1~2m。ここに桜郷土史研究会による詳しい説明があります。

Img_1230c  水はかなりきれい。昨年来たときにも見ましたが、大きなコイが悠然と泳いでいました。

Img_1242c_20200208162201  西勝寺からは300mほどで、伊藤酒造に到着。スタートから3.7㎞、時刻は11時15分。1時間20分歩いてきました(ただし、一生吹山毘沙門天で10分ほど休憩)。創業は、弘化4(1847)年。まだ江戸時代。将軍は、第12代徳川家慶の頃。伊藤酒造さんのサイトによれば、「山田錦」を始め、三重県産の米を、また、仕込み水には、「智積養水の伏流水」を使用しているそうです。

Img_1249c_20200208162201  酒蔵に通していただき、そこで試飲させてもらいました。今回は、発酵タンクの見学はなくて、ちょっと残念。しぼりたてのImg_1308c 生原酒で、うまい。アルコール度数は18度。これまで同様蔵の中に即売会場がありましたので、試飲した「搾りたて生原酒 鈿女」の500ml入りを1本買ってきました。¥1,000。キャップに大きく「生」と書いてあるボトルです。

Img_1264c_20200208162201  試飲のあと、甘酒をいただいて、抽選結果の確認。コースマップの番号が、抽選番号になります。多度の細川酒造に行ったときには、「上げ馬720ml」をゲットしたので、今回も欲が出ましたが、そうそう毎回うまくは行きません。K氏もハズレ。悔しがっていましたが、二人ともハズレなので、イーブン。

Img_1270c_20200208162201  道を挟んだ北側にアンテナショップ「慕蔵(ぼくら)」と「わみん」があります。「わみImg_1272c_20200208162201 ん」で、つまみや酒を売っていますので、そこで、二人とも熱燗一合(¥300)と、おつまみセット(酒粕入り特製チヂミと枝豆;¥250)を買いあげ。吹きさらしの場所でしたが、小宴会。知り合いの「富田のオッちゃん」が、「遅いやんか、どこに行ってたんや?」と声をかけてきます。K氏、「どういう知り合い?」と不思議そう。

Img_1274c  周りでも、わみんで買った酒やつまみを楽しむ方多数。この雰囲気もよいのです。皆さん、空き地の隅に置いてある一升瓶を運ぶためのケースを持ってきて、即席の椅子、テーブルにしています。先ほどの富田のオッちゃん、われわれのところにやって来て、「ほな、お先に。明日も来なあかんでぇ」と言い残していかれました(微笑)。明日は、川越の早川酒造部で近鉄ハイキング酒蔵みてある記なのです(酒蔵みてある記(踏破賞対象)早川酒造部「天一」)。

Img_1280c_20200208162201  時間がありましたから、慕蔵も覗いてきました。「慕蔵」の方は、酒の販売の他、酒器やグッズ、酒粕漬、麹などの販売をしImg_1291c ています。結局、12時10分まで伊藤酒造に滞在。今回は、試飲プラス熱燗一合で満足し、ゴールの近鉄湯の山線・桜駅に向かいます。伊藤酒造から桜駅は、500mあまり。12時20分に到着。今回は、KIPSポイント100ポイントがもらえますので、ここであみま倶楽部の会員証とKIPSカードを呈示してポイントをゲット。次の四日市行きは12時45分でしたので、改札前で話をして時間つぶし。

Img_1293c  ホームにあがったら、先日、大羽根園駅で見たポスターにあった「撮影ポイント」を発見。あの「頑張れ受験生! サクラサクきっぷ」という企画のです。桜駅は工事中で、工事用のフェンスに掲げてあったのは、ちょっと残念。予定通り、12時45分の四日市行きに乗車。四日市には12時59分に到着。13時10分の名古屋行き急行に乗り換え、桑名には13時22分着。¥430。

Img_1302c_20200208162201  あみま倶楽部のポイントは、やっと4個目。ALKOOのデータは、12,516歩。ハイキングで4.3㎞、桑名駅往復が1.8㎞ですかImg_1313c_20200208162201 ら、合計6.1㎞。普段の散歩並の距離ですから、歩数もこれくらいでしょう。明日は、上述のように、早川酒造部での近鉄ハイキング。富田のオッちゃんが呼んでいます(微笑)。

Img_1310c_20200208162201  そうそう、最後にあの気合いの入った「生」と大書された「搾りたて生原酒 鈿女」のキャップの写真を載せておきましょう。

 過去の記事は、次のところをご覧ください:

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2020年2月 7日 (金)

九華公園の堀に初氷……石垣の修理工事が行われていました

Img_1091c  今朝はさすがに冷え、-2.8℃でした。日中は次第に風も止み、6.9℃までしか上がりませんでしたが、午後は穏やかな感じになImg_6539c りました。堀の水を抜いている九華公園では、あちこちで薄く氷が張っているのが見られました。今シーズン初氷です。

Img_6567c_20200207165801
 カモたちも、氷の張っているところを避けて集まっていました。キンクロハジロは合計44羽、Img_1139c_20200207165801 ホシハジロのオスが1羽戻って来ました。ハシビロガモは、オスが9羽、メスが3羽。堀の水が減ってからは、奥平屋敷跡東の大きな石がゴロゴロしているところがお気に入り。ユリカモメは、12羽。堀の水が再度減ってからはあまり来なくなりました。

Img_1196c_20200207170001 さて、散歩は、8時20分から11時頃まで、7.3㎞もウロウロ(苦笑)。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、新築町方面、寺町商店街と歩いたコースはほぼ同じなのですが、九華公園と寺町で余分に歩いたのです。九華公園では、あとで書きますが、例の石垣が崩れたところの修復工事が行われていたので、見て回ったのと、寺町では、昨日咲き始めていたはずの河津桜の一部がなくなっていたので、探したのです(個人的な結論としては、誰か2枝ほど持ち帰ったと思います)。

Img_1063c_20200207170501 住吉入江には、キンクロハジロのオス1と、ホシハジロのオス1羽。七里の渡し跡では、コガモが13羽、オオバン1羽。揖斐川では、カンムリカイツブリが1羽。このカンムリカイツブリは夏羽にかなり変わってきていました(遠かったので、豆粒以下に写った写真しかありませんので、割愛)。三の丸水門のところでは、久しぶりにヒバリが1羽。

Img_6528c Img_1068c_20200207171501  中橋のゴイサギコロニーには、ゴイサギが5羽にホシゴイが1羽。昼近くに来ると、10羽前後いるのが見えるようです。今日は、木の奥に引っ込んでいるのが大半。外に出て来ていたのは、右の写真のゴイサギのみ。

Img_1071c_20200207171501  九華公園、アオサギさんはいつものところ。よく見ると、嘴の色がわずかImg_6583c にピンク色になってきている感じがします。このアオサギさん、繁殖期に入るのも近いかも知れません。他には、ダイサギが1羽。

Img_1121c  本丸跡では、シメが出て来てエサを拾っています。ようやく良く降りてくるようになりました。このほかは、メジロの群れや、カワラヒワが集団で地面に降りてエサ探しをしているのが見えます。

Img_1092c  9月の台風で崩れた朝日丸跡の石垣、ようやく修理が始まりました。小型のパワーショベルを使って、作業員の方が5名。工Img_1110c 期は一応今日、明日の2日間を見込んであるそうですが、たぶん今日1日で終えられるというお話しでした。まずは、付近のツツジの木を撤去しながら、石垣の石を1つずつパワーショベルで拾い上げていっていました。

Img_1137c_20200207172801  こちらは、崩れた部分の石垣をほとんど撤去し終えたところの様子。お城の石垣ですと、最下部に胴木をおき、その上に根石、さらに石を積んでいき、裏側(土に接する側)には裏込として栗石を入れてあります(たとえば、こちら)。栗石があるのは見えますが、最下部は水に浸かっていてどのようになっているのかは不明でした。閑はあるのでずっと見ていてもいいのですが、さすがにそうも行かず、この写真を撮って、撤収。

Img_1144c_20200207173501  立教小学校の東にある「はあぶ工房Together」の敷地で、ジョウビタキのオス。真ん丸で、まさにジョビボール。見事でした。Img_6658c 貝塚公園は、今日も静かでしたが、南西エリアに行ったら、シロハラ2羽の鳴き声。互いに牽制するかのような感じでした。1羽は見つけ、証拠写真を撮れましたが、もう1羽は不明。

Img_6659c  内堀公園でも、ジョウビタキのオス。手すりにあがったり、地面に降りてエサを探したりImg_1151c_20200207173501 と、しばし楽しませてくれました。ツグミが登場したものの、電線にいて、空抜けの写真。

Img_1158c  新築町方面から寺町に向かって歩いているとき、西の空にトビが3羽。遠いので、これまた証拠写真。

Img_1155c  京町交差点のお茶屋さんで見つけました。今年の「桑名城お堀めぐり」のポスター。3月28日(土)~4月12日(日)の予定。夜桜舟巡りもあります(3/28、4/3、4/4、4/10、4/11)。桜の開花状況によっては日程も変わると思います。暖冬でしたから開花は早いかも知れません。

 明日は、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」に出かけるつもりです。気温は今日より上がって、風も午前中は弱そう。このコース、3回目になりますが、最初に行ったときは、風&雨、雪に降られたという苦い思い出のあるコースなのです(2018年2月17日:20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(予告編))。一生吹山という標高109mの山を越えねばなりません。まぁ、ゆっくりと行くことにしましょう。

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2020年2月 6日 (木)

20200202JRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」へ(補遺編)……比佐豆知神社と四天王寺

20200201jrwalkingtsu  2月2日に行ってきたJRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」の「補遺編」です。この日のコースは、過去に訪れたところがほとんどでした。初めて行ったのは、比佐豆知(ひさずち)神社のみ。そこで、今回は、比佐豆知神社で見たものと、四天王寺で前回見忘れたところを中心に「補遺編」として書くことにしました。

20200202jrwalkingtsu1 20200202jrwalkingtsu2  比佐豆知神社は津市鳥居町、津駅からは徒歩で15分足らず、四天王寺は津市栄町1丁目にあり、津駅から徒歩10分。いずれも津駅に近いところにあります。左は、実測ルートマップその1、右はその2です。その1のマップの下(南)にその2が続きます。

Img_0471c  まずは、比佐豆知神社。予告編と重複するところもありますが、ご了承ください。社宝の高麗狛犬に記されてある年号によると、およそ1,300年前から現在の地に祀られているといいます(これは、社頭にあった由緒書きによっていますが、「高麗狛犬」という表現は意味不明。「こまいぬ」は、「狛犬」と書くのが多いのですが、「高麗犬」と書くこともあります)。延喜式内社。藤堂家からは、代々御供米等が寄附され、毎年の大祭には、藩主を始め領内の人民多数の篤い崇敬があったそうです。

Img_0488c_20200202175401  主祭神は、火之迦具土神(火の神)。相殿神は、伊邪那美命天照大御神建御名方神品陀和気命菅原道真宇迦之御魂命大山祇命建速須佐之男命天之菩卑能命(アマノホヒノミコト;天照大神の子)、天津日子根命活津日子根命天之忍穂耳命多紀理毘売命多岐都比売命市寸島比売命。実にたくさんの神様がいらっしゃいます。明治の神社合祀令によってたくさんの神社がここに合祀されたためかも知れません。三重県下では、このとき県内の神社全体の9割が廃されたといいます。ずいぶん乱暴なことをしたものだという気がします。

Img_0484c Img_0483c_20200202190901  比佐豆知神社にはいろいろ興味深いものがありました。まずは狛犬。由緒書きにあった「高麗狛犬」はこれを指すのだろうと思います。なかなか珍しい狛犬。狛犬ファンの間では、その髪型から「クレオパトラ狛犬」といわれるようです。こちらのサイトによれば、神殿狛犬のレプリカのようです。本物はかなり古いもので、本殿の奥に保存されているそうです。

Img_0490c_20200205063701  拝殿には、祀られている神様の一覧が、それぞれどのような神様でいらっしゃるかの説明と共に掲げられていました。そこには、境内社の説明もありましたし、また、Img_0492c その下には御由緒もあり、これは神社好きにはありがたい。

Img_0496c_20200205080401 Img_0498c_20200205080401  拝殿内にはこちらの書も掲げられていました。「稲荷山下……」は読めましたが、あとは気力が続かず(苦笑)。しかし、大丈夫。傍らにきちんと説明がありました。これは、あの斎藤拙堂に関わるものでした。斎藤拙堂(寛政9(1797)~慶応元(1865)年)は、江戸時代後期の儒者。文政3(1820)年、津藩校有造館の学職となり、郡奉行などを経て、弘化元(1844)年、藩校督学になっています。歴史・文章に秀でた人。

 ちなみに、文章は「稲荷山下新居を卜(ぼく)す/新主は吾たり旧主は狐/吾れ豈(あ)に墩(とん)を争わんや王介甫と/半山(はんざん)は汝に属し 半山は吾れたり」。その意味は、「稲荷山の麓に新しい家を建てた。新しい主人は私だが、旧主人は狐さんだ。私はこの小高い丘のことで争った王介甫とおなじようなことはしませんよ。半分は狐さんのものであり、半分は私のものだから」。

Img_0511c  斎藤拙堂がここに住んだことについて、境内にもそれに関わるものがあります。この写真は、「拙堂先生山荘遺址」という石碑。「江戸末期津藩儒拙堂 斎藤正謙 晩年別墅茶麿山荘を神社西隣に設く 其の学識詩文一世を風靡し四方の人士来訪する者殆ど虚日無しと云ふ/平成廿八年八月/玄孫斎藤正和識并書」とあります。

Img_0526c Img_0513c  また、上記の詩文にも「稲荷山」とありますが、そのお稲荷さんもここにあります。傍らに立つ説明板には、「茶麿山上・弧王の祠」というタイトルで、「江戸後期の儒学者・斎藤拙堂(1797~1865)が晩年を過ごした茶麿山荘での詩の中に詠われている稲荷社がここに有ります」と書かれ、上掲の詩文がその続きとともに載っています。斎藤拙堂は、慶応元(1865)年に69才で没しましたが、このあと訪ねた四天王寺に葬られています(2019年9月10日:20190907近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅7日目~伊勢街道、旅人気分で津のまちから垂水へ」(その1)……津駅をスタートし、四天王寺へ)。また、この日先に行ってきた津偕楽公園には、「拙堂斎藤先生碑」があります(20190519近鉄ハイキング「谷川士清旧宅と県立美術館・総合博物館春の専修寺を訪ねて」へ(その2)……津偕楽公園と、三重県立美術館「没後200年記念 増山雪斎展」)拙堂の詳しい業績、門人については、ここに説明がありますが、門人にも優秀な人物が多かったようです。

Img_0504c  その他の境内社。まずは「祖先の社(みおやのやしろ)」。これは、氏子崇敬者の神徒や、比佐豆知神社にとくに信仰の篤いImg_0524c 方の御霊を祀ってあります。毎月24日の命日祭の他、春分の日、秋分の日に慰霊祭が執り行われるとありました。右の写真は、山の神。8柱が集められていました。

Img_0526c  こちらは、「白龍大明神」。商売繁盛、子育て、子授け、縁結びの神だそうです。松下幸之助が松下電器の守護神として祀っていたという話があります。龍神様ですから、水の神様かと思ったのですが、龍神様にもいろいろといらっしゃるようです(こちら)。

Img_0476c  そして、ここ比佐豆知神社の隣には、三重県神社庁がありました。役所のような名前ですが、役所ではありません。三重県内の神社を統括する団体。三重県には、神社庁傘下の神社は815社あるそうです。

Img_0662c Img_0671c_20200202195101  続いて、四天王寺。ここは、9月7日の近鉄ハイキングお伊勢さん参りハイキングで訪ねました(2019年9月 7日:20190907近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅7日目~伊勢街道、旅人気分で津のまちから垂水へ」(予告編))。このときにほとんど見て回ったと思ったのですが、しっかり見ていないところもありました。

Img_0679c_20200206072601  まずは鐘楼。前回は、裏から見ただけできちんと写真を撮らなかったのです。昭和20(1945)年の戦災で焼け残ったのが、Img_0682c この鐘楼の他に総門、中雀門です。鐘楼に向かって右手前には石碑があり、「史跡 地蔵堂跡/平景清鎧掛松/定行書」とありました。碑の裏には何も説明がありません。ネット検索では十分な情報が得られませんでしたが、「平景清鎧掛松」については、「津市案内記」(津市役所発行)と「津市郷土読本」(津市教育会)には、「四天王寺の七不思議として、『血天井・景清鎧掛松・亀の甲の三尊像・蛇の鱗・薬師堂の瓦・風呂神・生佛』がある」とされているようです(こちら)。景清は、平家に仕えて戦い、都落ちに従ったため俗に平景清と呼ばれますが、藤原秀郷の子孫の伊勢藤原氏(伊藤氏)で、伊藤景清ともいいます。「悪七兵衛」(あくしちびょうえ)の異名を持つほど勇猛であったそうです。平景清については、あちこちに伝説が残り(こちらを参照)、桑名市志知にも「景清屋敷跡」があります。

Img_0673  山門に向かって右手には、お堂が2つありました。左の写真は山門すぐ脇にある地蔵堂。こちらのサイトによれば、これは「目洗地Img_8354c_20200206115301 蔵」というとありますが、前回来たときに撮影してきた、本堂前の境内図では、目洗地蔵は本堂に向かって左手にあるとされており、この場所には「四天王稲荷」が描かれています。ただし、この境内図もいつ描かれたものかは不明です。

Img_0676  もう一つのお堂。中をきちんと確認してこなかったのですが、写真を拡大してみる限り、地蔵堂のように思えます。けっこう大きなお寺で、いろいろ見るところもありましたので、きちんとすべてを確認するにはゆっくりと回ってくる必要がありました。やはり下調べは重要なのですが、ネット検索や、一般的なガイドブック、案内書(三重県内については、「三重県の歴史散歩(山川出版)」などを参考にします)では、細かいことまでは分かりません。地元の自治体、教育委員会などが発行する資料を見れば良いのですが、そこまで徹底するのは大変。今は、あちこちで「案内人」の方がいて、説明してくださいますので、そういう方に伺うのがよいかも知れません。

 ということで、調べが十分行き渡りませんでしたが、2月2日のJRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」の補遺編を終えます。

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寒風をついて、寺町の河津桜が咲き始めました

Img_0969c  最低気温は0.2℃、最高気温は6.6℃、最大風速は6.8m/sでした。立春を過ぎての寒波には辛いものがあります。しかし、このImg_6500c 寒風をついて、寺町商店街では、河津桜の花が咲き始めていました。河津桜の並木を南から北へと順に見てきましたが、2本の木で合計7~8輪ほどが咲いていました。ソメイヨシノの開花宣言は、標本木で数輪咲くと行われるそうですから、それに準ずると、まだ開花宣言は難しそうではありますが、咲いたことに間違いはありません。これまででも早い方だと思います(自分のブログをチェックすれば分かるのですが、まだ、調べておりません)。

Img_0973c_20200206163201  朝一番に用事を済ませ、8時半から10時45分まで、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.1㎞を散歩。寒いので、散歩友達も少なく、鳥もいませんので、割と短時間で終了(苦笑)。冒頭の写真は、藤原岳の様子。鈴鹿の山は軒並み白くなっていましたが、多度山には雪はありませんでした。散歩友達のWさん、「今日は忙しいぞ」とおっしゃいます。その理由を尋ねたら、何と、「ストーブの番もしなければならないし、テレビの番もしなくっちゃいけないからな」だそうです(笑)。この写真は、桑名七里の渡し公園にあった掲示。新型コロナウィルスの関係で、担当の係員の方がマスクを着用することの断りと、予防方法の周知が、日本語、英語、中国語、韓国語で掲げられていました。

Img_6420c  さて、強風で、揖斐川は波立っていました。鳥影はありません。セグロカモメが風に煽られながら飛んでいたくらい。シラウオImg_6423c 漁の漁船は2組。住吉水門の内側や、七里の渡し跡には、ヒドリガモを中心にたくさんのカモたちが入ってきていました。住吉では11羽、七里の渡し跡では34羽。柿安コミュニティパークまで来て、ようやくツグミ1羽を発見。今日はスズメや、カラスもほとんどいません。柿安コミュニティパークの西でシメの証拠写真(苦笑)。

Img_6434c  中橋のゴイサギコロニーの様子。南北両側から見た結果、ゴイサギ8羽、ホシゴイ1羽がいると思われました。写真を撮っImg_0998c_20200206163501 て、数を確認していたら、ここ数年、散歩でほぼ毎日で会う男性が、「何かいるの?」と聞いてこられました。今までは挨拶をするだけの関係でした。よほど不思議? 不審?に思えたのでしょう。ちょっと説明したら、「ヘェ~、鳥って面白いんだ」といって去って行かれました。

Img_1007c  九華公園も静かでした。静かということは、ヒヨドリもほとんどいないということです。「2月7日に向けてImg_6474c 堀の水を抜くように」という指示があったとかで、ポンプで水を抜いていました。先日と同じ光景が再現。お陰でカモは激減。数えたときには、合計20羽。ハシビロガモのオスが8羽、メスが2羽、その他はキンクロハジロ。オオバンは2羽来ていたものの、ユリカモメはゼロ。

Img_1012c  他にいたのは、メジロ、カワラヒワと、こちらのシメ、アオサギくらい。シメは、本丸跡の中央にある大木Img_1026c_20200206163501 の下に降りてきますが、まだ落ち着かないのか、遠くでも人が通ると逃げます。アオサギは、いつも鎮国守国神社の社務所裏に来ているアオサギのように思えますが、こちらも人の姿が見えると、そのたびにあちこちに移動。暖冬だったことと、堀の水を2回も抜いたことで、九華公園の鳥の状況は、例年とはかなり変わってしまった気がします。このあと、貝塚公園に行ったものの、こちらは鳥はおらず。ヒヨドリの声もせず、カワラヒワが1~2羽と、メジロが2羽くらいいただけ。シロハラもいません。

Img_1035c Img_1046c_20200206163501  午後からはクルマ(コペン)の点検。ワーパーブレードが切れていたり、バッテリーが弱っていたりと、思わぬ出費(苦笑)。3年落ちの中古車で買って15年くらいですから、こんなものかも。しかし、気に入っていますし、大きな不調、故障はありません。いかにも走っているぞという感じも味わえますから、このまま乗り続けるつもり。明日の朝は、氷点下2度の予報。いやぁ、厳しい。しかし、散歩には行きます。

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2020年2月 5日 (水)

ミュージアム・ツアーin菰野&四日市【頑張れ受験生! サクラサクきっぷの撮影スポット@大羽根園駅について付記しました(2/6)】

 今晩から強い寒気が入ってきて、ひょっとすると我が家あたりでも雪が降るかも知れないという予報です。しかし、午前中はまだ風もさほど強くはなさそうでしたので、菰野と四日市へミュージアム・ツアーに行ってきました。

Dscn2788c 桑名駅8時41分発の松阪行き急行に乗車。四日市に8時54分着。湯の山線に乗り換えます。8時59分の湯の山温泉行きの普通でDscn2766c 大羽根園に9時23分着。終点の湯の山温泉駅の1つ手前。¥530。大羽根園駅に降りて、湯の山街道(国道477号線)に出ると、御在所岳がよく見えます。我が家からも遠望できますが、さすがに近い。御在所ロープウェイ白い鉄塔(6号支柱)も、頂上の施設もハッキリ見えています。最近、ロープウェイに乗って頂上へ行ったことがありません。天気が良いと絶景なのですがねぇ。御在所ロープウェイのライブカメラがここにあります。

Dscn2772c  大羽根園駅から湯の山街道をほぼ真西に400m弱。今日の第一の目的地であるパラミタミュージアムに到着。Dscn2769c 岡田文化財団が運営しています。岡田文化財団は、ジャスコの創立者である岡田卓也氏の寄附で設立されています。ここで、2月1日から3月29日まで「黄金期の浮世絵 歌麿とその時代展」が開催されているのです。出品リストは こちらにあります。喜多川歌麿は説明するまでもありませんが、「美人大首絵」で注目されました。歌麿の他、歌川豊国東洲斎写楽など有名どころはもちろん、鳥居清長(とりいきよなが)、鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)などの約130点が展示されていました。浮世絵だけでなく、肉筆画も出品されています。¥1,000。

Dscn2785c  パラミタミュージアムでほぼ1時間楽しみ、四日市に戻るために大羽根園駅に向かっていたのですが、電車の時刻を確かめていませんでした。昼の時間帯は、30分に1本のはずと思って歩いていたら、四日市行きの電車が通って行ってしまいました(苦笑)。それから時刻表を調べたら、次は11時3分。30分ありますが、駅の周囲にはセブンイレブンが1軒あるだけ。道の駅菰野が東の方にありますが、800m以上あります。道の駅に行って、そこから近い中菰野駅から電車に乗るという手もありますが、まぁ30分くらいならウロウロしていようということに。

Dscn2796c  最初の写真にあるように、大羽根園駅には何もありません。自販機もないのです。ICカード用の入場、出場Dscn2793c 機とベンチのみ。天気はよく、風はまだ強くありませんでしたので、本を眺めたり、周りを見たり。周りをよく見ると、けっこう興味を惹くものがあるものです。「男はつらいよ 寅さん 湯の山温泉♨で昭和45年に働いていたこと 知っていますか?」という幟旗。「寅さん」の第3作で、寅さんは湯の山温泉の旅館で番頭をしていたのです。マドンナは新珠三千代さん扮する旅館の美人女将・志津こちらを参照)。湯の山温泉も、お客さんが減っていますので、盛り上げに必死なのです。

Dscn2798c  もう一つ。近鉄と名鉄のコラボで、「頑張れ受験生! サクラサクきっぷ」という企画のポスター。名鉄は、名古屋本線・桜駅から栄生駅まで(¥300)、近鉄は、湯の山線・桜駅から大羽根園駅まで(¥230)のそれぞれ大人片道普通乗車券のセット(¥530)。山田天満宮・岩津天満宮・北野天神社のいずれかで祈祷を受けているそうです(ポスターには山田天満宮(名古屋市北区)で祈祷を受けたとあります)。ということで、退屈はしませんでしたが、今これを書きながら、写真を改めて見て、気づいたことがあります。大羽根園駅に撮影スポットがあると書いてありました。いやぁ、ボンヤリしていたのかも。

Dscn2842c  11時3分の四日市行き普通に無事乗車(30分近く前からホームのベンチにいたのですから)。四日市に11時Dscn2840c 25分着。¥330。いつもはララスクエア四日市の中を通り抜けていくのですが、あいにく今日は、全館休館日。設備点検などを行うためだそうです。私もそうでしたが、知らずにやって来て、入り口の掲示を見て、呆然とする人もあり。隣の四日市都ホテルを迂回して行きます。ここも400mくらい。今日はあまり歩いていません。

Dscn2800c  四日市市立博物館。こちらでは、特別展示「昭和のくらし 昭和の面影~サカツ・コレクション 珠玉のポスターとともに~」展が1月2日から3月1日まで開催されています。大人は¥400。昭和の時代の暮らしと面影を、飲料メーカーのポスターから辿ろうという企画です。サカツ・コーポレーションの協力で、主に戦前に製作された大判ポスター約50点が展示されています。「広告は時代の鏡」といわれますが、当時の人々の暮らしを垣間見ることもできますし、その頃の文化や情感をくみ取ることもできます。ポスターの他には、いつものように、たぶん子どもたちの学習支援展示だと思いますが、昭和の生活、暮らしに関わるものも展示されていました。台所や居間の様子、小学校の教室風景、駄菓子屋などが再現されていますし、タイプライター、暖房機、テレビ、蓄音機、カメラといったものも時代を追って、実物が見られます。いちいち書くとキリがないくらい、大変懐かしいものがたくさんありました。前にも書きましたが、黒電話も展示されていて、「黒電話のかけ方」という説明が添付されています。現在の小学校の先生方ですと、若い方は黒電話をご存じないのかも知れません。携帯電話も、すでに初期のものが展示されています。時代の移り変わりはとてつもなく速いことを実感。

Dscn2830c  四日市市立博物館へ行くと、必ず、常設展示の時空街道(4階)も見てきます。原始・古代から江戸時代までの四日市のまちDscn2821c の発展と、そこに住む人々のくらしの変化を感じられるようにつくられた体感型の常設展です。明治時代以降は、2階の四日市公害と環境未来館で見られます。何度見てもおもしろいのが、焼蛤屋の展示。「其の手は桑名の焼蛤」で、桑名の名物なのですが、当時の桑名藩領は、現在の朝日町、四日市市富田あたりにまで及んでいたのです。そのため、ここ四日市市立博物館の展示にもこれがあるのです。

Dscn2818c  人形も、店舗もリアルに再現されていると思えます。声をかけてみたくなるくらい(微笑)。殻付きの蛤をDscn2810c 枯れた松葉や松笠を燃やしながら焼いたものです。桑名で行うイベントの時など、右の写真にあるように、この焼き方を再現して売ったら、売れると思いますし、評判になること請け合いなのですが、未だかつてそういう企画は見たことがありません。

Img_0962c  四日市市立博物館には300分ほど滞在。あみま倶楽部でもらった、1,000円分の商品券がありましたので近鉄百貨店四日市店に立ち寄って何か買おうと思ったものの、これというものがなく、近鉄四日市駅のコンコースで出張販売に来ていたボンジュール神戸のこだわりメロンパンとメロンパンラスクを買ってきました。近鉄四日市駅初12時28分の名古屋行き急行に乗車。桑名には、12時40分着。¥300。

 明日は、最高気温が一気に5℃にまで下がるという予報。この冬は、暖冬で寒さに慣れていませんので、震えそう。午後からは車の定期点検に行かねばなりません。雪が降るかどうかも気になるところ。多度山に雪が積もってくれると、小型の野鳥が降りてくると思うのですが、どうなりますか?

【頑張れ受験生! サクラサクきっぷの撮影スポット@大羽根園駅についての付記(2/6)】 ボーッとしていました(苦笑)。大羽根園駅に上がる階段のところがこの撮影スポットでした。ふと思い出したのです。この記事の最初に大羽根園駅の写真を載せてありますが、階段のところがこの撮影スポットになっていたのです。この写真ではよく分からないと思いますが、近畿日本鉄道のFacebookに記事がありました。

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20200201JRさわやかウォーキング「加納城下町と節分の巨大赤鬼が立ち並ぶ中山道をぶらり散策」へ(その2)……加納宿本陣跡・和宮歌碑、玉性院、加納天満宮、繊維問屋街を経て丸窓電車を見て「完」

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 2月1日のJRさわやかウォーキング「加納城下町と節分の巨大赤鬼が立ち並ぶ中山道をぶらり散策」の本編、その2です。その1では、加納城跡を見てから、国道157号線に出ました。その途中、「屋敷神」と思われる、小さな祠がありました。実測ルートマップはその3。加納宿本陣跡・和宮歌碑に立ち寄り、玉性院、加納天満宮にお参りして、再び中山道をしばらく行きますが、その途中には目的地はありません。JR岐阜駅の西あたりで右折し、中山道から離れ、JR東海道線の高架をくぐって駅の北側へ。

Img_0265c_20200201173101  加納城跡の次に指定された目的地は、玉性院でしたが、予習の結果、この手前に加納宿本陣跡・和宮歌碑があることが分かって いましたので、寄り道。民家の玄関先にひっそりと立っています。石碑正面には、「中山道加納宿本陣跡」とあります。慶長6(1601)年に徳川家康の命により岐阜城が廃城となり、代わりに加納城が築城され、宿場は城下町としての役割も兼ね発展しました。しかし、豊臣家が滅ぼされてからは、西国に向けた守りという意義は低下し、宿場町として栄えたといいます。

Img_0266c Img_0268c_20200204165701  石碑の左面には「皇女和宮御仮泊所跡」とあります。ここに加納宿の本陣があり、皇女和宮も宿泊されたということです。和宮(弘化3(1846)~明治10(1877)年)は、仁孝天皇第8皇女、孝明天皇の妹。嘉永4 (1851) 年、有栖川宮熾仁親王と婚約したのですが、ペリー来航、日米修好通商条約の調印、安政の大獄、桜田門外の変と尊王攘夷運動が激しくなる中、公武合体論が台頭し、第14代将軍家茂に降嫁することとなり、文久元 (1861) 年10月20日、京都桂御所を出発。江戸に向けて中山道を下る途中、10月26日に加納本陣の松波藤右衛門宅(この地)に宿泊されたのです。奥にある歌碑には、そのとき読まれた歌が、和宮の直筆で刻まれています。「遠ざかる 都としれば 旅衣 一夜の宿も 立ちうかりけり」とあり、和宮の心情が偲ばれます。歌碑は、平成14(2002)年6月、中山道加納宿文化保存会が建立。

Img_0274c  この先には、脇本陣跡、問屋場跡もあったのですが、それらはパスして、コースマップに指定されたルートに戻りました。本Img_0282c 陣跡・和宮歌碑があった通りの1本先で左折し、東光山玉性院(とうこうざんぎょくしょういん)へ。ここで約3㎞、10時25分。かなり速いペース。。玉性院は、真言宗醍醐派の寺。慶長年間(1604~14年)創建と伝わる寺院。毎年節分に「節分つり込み祭り」が開催され、多くの人でにぎわうそうです。ご本尊は、不動明王庚申青面金剛秋葉三尺坊大権現弘法大師聖天

Img_0278c_20200204171501  「節分つり込み祭」は、赤鬼にふんした厄男を神輿に、おかめにふんした厄女を御所車に乗せ町内を練り歩いた後、本堂に担ぎ込み、おはらいをして無病息災を祈る行事。クライマックスは赤鬼が担ぎ手の中に飛び込み、もみくちゃにされながら本堂につり込まれるのだそうです。街中にも大きな鬼があちこちに出現するのも節分の時期の岐阜の名物になっているといいます。その1に載せた、清水緑地での写真の1枚にも、大きな赤鬼が写っていました。

Img_0353c_20200201182501  玉性院の隣が加納天満宮。文安2(1445)年、斎藤利永が加納の東南に沓井城(旧加納城)を築き、その守Img_0304c 護神として天満宮を勧請しました。記録によれば創始はさらに古く、それより100余年以前からすでに吉田郷(広江川の北方、上加納の地)に祭祀されていたといいます。その後、城主・斎藤道三稲葉山城に移り沓井城は廃城となったのですが、天満宮は住民たちによって厚く奉斎されました。慶長5(1600)年の関ケ原戦後、徳川家康は、岐阜城(旧稲葉山城)を廃し、加納城を構築し、その際に天満宮が城廓内に入ったため、新しい加納城鎮護の神として、慶長6(1601)年、これを広江川(清水川)を背にした閑静な現在地に遷座しました。これが加納天満宮の起源です。加納城初代城主奥平信昌、正室亀姫をはじめ住人たちの信仰は厚く、現代にまで受けつがれています。御祭神は、菅原道真公。

Img_0317c  神社の公式サイトには、摂社・末社については詳しい説明がありませんが、拝殿の北東に福寿稲荷と津島神Img_0319c_20200204172501 社がありました。これらの他、神社のサイトにあった、摂社・末社は次の通り:

 

  • 八幡神社(祭神:応神天皇、慶長13(1608)年、奥平信昌の正室亀姫により勧請、明治42(1909)年、水野町より合祀)
  • 春日神社(祭神:天児屋根命(あめのこやねのみこと)、沓井町より合祀)
  • 出雲神社(祭神:大国主命、天保4(1833)年、永井肥前守尚佐が加納城に勧請、明治42(1909)年に合祀)
  • 神明神社(祭神:天照大御神
  • 市神神社(祭神:大市姫命(おおいちひめのみこと);市神
  • 白太夫神社(祭神:渡会晴彦(春彦?):伊勢神宮の神職。白太夫ともいい、道真の死をみとったという伝承がある)
  • 福寿稲荷神社(祭神:宇賀御魂神
  • 御鍬神社(祭神:豊受大神
  • 津島神社(祭神:素佐之男尊
  • 事代主神社(祭神:事代主命(ことしろぬしのみこと))
  • 老松神社(祭神:島田忠臣:娘の宣来子(のぶきこ)が道真の妻となった)
  • 紅梅神社(祭神:五十川能福(詳細は不明))

Img_0323c_20200204172501  さらに、以前、「神社はワンダーランド」と書いたことがありますが、ここ加納天満宮にもいろいろな石碑、記念碑がありました。まずは、「明治卅七八年戦役祈念碑」。これは、日露戦争戦勝を記念したもの。碑表には、「明治卅七八年戰役 紀念碑/希典書」と、また、碑陰には「當役第三軍司令官/陸軍大将乃木希典君表書/明治四十年紀元節日建之 加納尚武會」とあります。あの乃木希典が書いたものを刻んでいるということ。

Img_0329c  その隣には、「殉国慰霊碑」。碑表には、「殉国慰霊碑/靖国神社宮司 筑波藤麿」とありImg_0331c ます。碑陰には、建立の趣旨が刻まれていました。日清戦役~大東亜戰争に至る英霊の功績を顕彰するため、昭和34(1969)年5月に加納殉國慰霊碑建設委員が建てたとあります。この慰霊碑には600余柱の戦没者が合祀されているそうです。さらにその南には、「村澤源市翁像」。村澤源市は元加納町長で、この加納天満宮の戦災復興に功績があり、有志により昭和29(1954)年10月に建立されたもの。

Img_0334c_20200204172501  さらにこれは面白いと思いましたし、最初は何の碑かよく分かりませんでした。「傘祖彰徳碑(さんそしょうとくひ)」。加納は、和傘の生産が盛んでしたが、加納に和傘を興した元祖である加納藩主松平丹波守光重頌徳の碑です。松平光重が、寛永16(1639)年、播州明石から加納城主となった時に傘職人を連れて来て傘の製造に従事させたのが始まりといいます。昭和37(1962)年11月の建立。加納傘の伝統は今も受け継がれ、近年は美術品として海外へ輸出もされています。

Img_0339c  このほか、筆塚、扇塚などもあります。筆塚は、廃筆を焼き、灰を埋めて筆霊をまつるもので、昭和60(1985)年11月建Img_0341c 立。これは天満宮であるからなのでしょう。4月に筆塚祭りが行われます。塚の前に筆を納めるところもありました。扇塚は、日本舞踊の女性らが扇を納めて舞踊の上達を祈るもので、昭和39(1964)年4月建立。加納天満宮のサイトには、花柳素和という名前がありました。詳細は不明でしたが、日本舞踊の花柳流と関連があるのでしょう。このほか、「岐阜県ボーイスカウト運動発祥の地」の石碑もありました。

Img_0359c  加納天満宮から南西に100mほど行くと、また中山道に出ます。ここからは700mほど中山道を歩いて行きます。ここにもImg_0361c_20200204193801 「屋敷神」らしき祠。謎は十分には解明し切れてはいませんが、ネット検索では限界があります。地元の文献を入手すればもう少し分かるのでしょうが、それには自ずと限界があります。

Img_0366c  加納天満宮から県道187号線を渡った西側で、秋葉神社。御祭神は、軻遇突智神。ただし、社頭には、由緒書きなどは何もなく、私もそのまま通り過ぎましたので、詳細は不明。加納宿の街中でしょうから、火難除けに勧請されたものかという気がします。このあと、中山道を加納本町9丁目まで進みます。ここで右折するのですが、この近くに「加納宿西番所跡」があるはずでしたが、しかし、見つけられず。もう少し先にあったのかも知れません。

Img_0370c  加納本町の8丁目と9丁目の境で、右折し、JR岐阜駅西のJR東海道線の高架橋を潜ります。この先はあまり見るところはないのですが、繊維問屋街を通りました。20代前半の頃、母親が「背広を買いに行こう」といって、岐阜まで来たことがありました。あの当時、この地方で繊維問屋街があり、それなりにリーズナブルな価格でスーツが買えるといえば、名古屋の長者町繊維街か、ここ岐阜の繊維問屋街だったと思います。まだ今のように「スーツ」といういい方はしていませんでした。名鉄で当時の「新岐阜駅(現在は名鉄岐阜駅)」まで来て、少しだけ歩いて「繊維問屋街」というところに行ったと思います。もう詳しいことは覚えていませんが、このあたりだったのかも知れません。今は、シャッターが閉まっているところがかなりあり、寂れてきてしまっています。このあとは、JR岐阜駅の北側の飲食店街などを通ったのですが、このあたりは、県道54号線をバスで通るくらいで、土地勘がありません。

Img_0406c_20200205045001  JR岐阜駅の北側に来ました。丸窓電車を見るのですがその前に、私としては、ここに来たら必ず見なければならないものがあります。そうです、金ピカの織田信長像です(微笑)。この金ピカ像は、岐阜市制120周年を記念し、平成21(2009)年9月26日に市民の寄附によりJR岐阜駅北口前広場に建立されました。台座までの高さは約8m、像の高さは約3mで金箔3層張りとなっており、マントを羽織り、右手に種子島(鉄砲)、左手には西洋兜を持っています。

Img_0404c_20200201193601 Img_0401c  そして、芝生広場にある丸窓電車。戸袋窓が楕円形状、いわゆる「丸窓」であったことが特徴で、「丸窓電車」の愛称で親しまれました。正面の形が半円筒型で、5枚窓となった半流線型車体でなかなかカッコイイと思います。去年12月22日に東海地区K-ABC研究会で岐阜大学に来たときにバス停から見つけました(2019年12月22日:冬至の今日は、岐阜で研修会の講師……織田信長公金ピカ像を見て、鶏ちゃん炒めランチを堪能し、肝心の研修はいかに?)。「モ513」という形式で、かつて、旧名鉄岐阜市内線(平成17(2005)年4月に全線廃止)を路面電車で走っていた車両です(名鉄資料館の「廃止から10年・岐阜の電車(平成27年 春季特別展)」も参照)。昨年(令和元(2019)年)11月16日に岐阜市金町の金公園からここに移設されました(こちらの岐阜新聞のサイトをご覧ください)。この電車は、大正15(1926)年に製造されており、楕円形の窓が特徴で、このため「丸窓電車」と呼ばれます。平成17(25005)年の廃線まで約80年活躍していました。平成31(2019)年3月に岐阜市の重要文化財に指定されています。

Img_0398c_20200201193601 Img_0396c  車内も見学できましたので、せっかくの機会ですから見てきました。左は運転席。かなり狭いのです。運転士用の座席はあるものの小さなものでした。右は車内の様子。オリジナルではロングシートでしたが、昭和42(1967)年に岐阜市内線と揖斐線との直通運転が開始されるに当たり転換式のクロスシートになっています。このとき他にもいくつかの改造が施されました。

Img_0408c_20200205051501  これでこの日の目的地はコンプリート。すぐ目の前にあるJR岐阜駅のゴールに向かいます。ゴール受付は駅Img_0409c のコンコースに設けられていました。ゴールに着いたのは、11時25分。歩いたのは、5.7㎞。スタートしたのが、9時35分でしたから、1時間50分歩いたのみ。「もう着いた、早かったな」というのが実感。

Img_0412c

 恒例のゴール看板&完歩記念パネルの撮影も忘れずにしてきました。JRさわやかウォーキンImg_0432c_20200201195101 グのスタンプは、4個目をゲット。前年より速いペースで、いい感じです。

Dscn2462c  11時半ですから少し早いものの、昼食を摂って帰ることにしました。昨年12月22日に岐阜Img_0418c 大学に来たときに行った「赤い鳥」(左の写真、ただし、昨年12月22日の撮影)を覗いたら、「飛騨牛コロッケランチ」がありましたので、これをチョイス(税別¥800)。

Img_0426c_20200201195101  帰りは、岐阜駅を11時53分に出る豊橋行きの新快速に乗車し、名古屋駅に12時13分着。関西線は、12時37分に快速みえがありましたので、それに乗り換え。桑名には、12時57分着。行きと同じく、名古屋駅で途中下車して、合計¥820。歩数は、15,344歩でしたが、帰宅したときに写真を撮り忘れ、この歩数には帰ってから動いた分も含まれています。

 

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2020年2月 4日 (火)

20200201JRさわやかウォーキング「加納城下町と節分の巨大赤鬼が立ち並ぶ中山道をぶらり散策」へ(その1)……清水緑地、高札場跡、加納城大手門跡、加納城跡と「屋敷神」

20200201jrwalkinggifu  2月1日に行ってきたJRさわやかウォーキング「加納城下町と節分の巨大赤鬼が立ち並ぶ中山道をぶらり散策」のその1です。この日、桑名では最高気温9.7℃でしたが、風は最大7.1m/sとかなり強く、風に当たると結構寒く感じる日でした。歩いた岐阜も似た感じで、手袋を填めたり、外したりしていました。加納は岐阜市内ですから、これでウォーキング/ハイキングもめでたく岐阜初進出!となりました。今回参加したのは、「城下町」というのと、「中山道」というところに興味を引かれたからです。街道には興味がありますが、中山道にとくに惹かれた次第。ちなみに、岐阜は、最近でこそ年に1~2回、東海地区K-ABC研究会で岐阜大学へ行きますが、町にはあまり馴染みはありません。20代の頃に2~3回来たくらい。畏友・M氏と同行二人。

Img_0179c  この日の受付は、JR岐阜駅で8時半から11時。桑名駅を8時25分に出る名古屋行き普通に乗車。名古屋には8時56分に到着。東海道線に乗り変えます。9時4分発岐阜行き普通電車に乗車し、岐阜駅着が9時32分。料金は¥350+¥470で、計¥820。「プラス」としているのは、名古屋駅でいったん改札を出て、すぐにまた入場したのです。通しでで支払うと、¥920ですから、片道で¥100お得。生活の知恵(微笑)。

200201jrwalkgifu0  コースマップは冒頭に示したとおり。岐阜駅南口から清水緑地、加納城跡、玉性院、加納天満宮、芝生広場で丸窓電車を見て、岐阜駅北口にゴール。コースマップ上約6㎞とありましたが、実際に歩いたのは、5.7㎞。9時35分過ぎにスタートして、11時25分にはゴールと、2時間足らず。「家族向き」とありましたから、これくらいなのでしょうが、普段散歩している距離よりもやや短めでしたし、立ち寄るところも多くなく、ちょっともの足らない感じでした。

200201jrwalkgifu1  こちらは、詳しい実測ルートマップその1。岐阜大学に行くときは、北口にあるバスターミナルからバスに乗りますので、南口は、初めて降り立ちました。中央南口を出て最初の目的地は、駅からすぐの清水緑地。清水川沿いに歩いて、高札場跡。そこで右折して南へ。岐阜大学付属小中学校の手前に加納城大手門跡があります。マップには、加納城跡から戻ってくるルートもありますが、それはまたあとで。

Img_0187c  この日、コースマップは、改札口を出たところで配られていましたが、いつもの「スタート看板」がどこにあるか分からず、Img_0192c_20200204063401 確認しないまま過ぎてしまいました。ちょっと失敗。岐阜駅の出口から150mほどのところから清水緑地があります。ブラブラ歩きながら、季節を感じられるビオトープになっています。清水川に沿っていて、桜並木もあります。ホタルやカワニナ等が生息できる池やせせらぎもあり、ホタルも楽しめるようです。照明や、護岸のつくり方も環境に配慮されています。野鳥も観られるとありましたし、かわざかなもいろいろいるということです。駅の近くにこういう緑地があるのは羨ましい。ネットで調べたところ、カワセミもいるということが書いてありましたが、今日はハクセキレイやヒヨドリだけ。

Img_0194c  左は、清水緑地で駅の方を振り返って見た写真。本当に駅の目の前でした。途中、国道157号線の橋のところには、今日のタImg_0199c イトル「節分の巨大鬼が立ち並ぶ」にもある、巨大赤鬼です。交通安全に関わる内容が書かれたたすきを掛けていましたこれは、あとから訪ねる玉性院の節分の赤鬼。

Img_0206c  清水川の右岸、左岸を往き来しながら下っていき、スタートから800mほどで中山道に行き当たります。清水川にかかる広井橋のたもとに「高札場跡」。加納藩高札場があったところ。その昔勤めていた病院の職員旅行で馬篭宿などに行きましたので、「初中山道」ではありませんが、あの頃は「旧街道」などほとんど意識していませんでしたから、気分的には、初めてという感じ。写真奥からこちらに来る道が中山道。

Img_0204c_20200201165601  ここは加納城大手門の北で、「宿御高札場(やどごこうさつば)」と呼ばれ、加納藩の高札場の中でももっとも大きく、石積の上に高さ約3.5m、幅6.5m、横2.2mもあるものだったといいます。正徳元(1711)年に「親子兄弟の礼」が掲げられて以来、明治に至るまで使われていました。この高札場跡で右折し、加納城跡を目指し、少しだけ中山道を歩きます。

Img_0212c  高札場跡から100mほどで加納大手町の交差点に来ます。ここに加納城大手門跡という石碑が建っていました。昭和62(1987)年3月に建立されたもの。 門前は、かつては広小路と呼ばれていました。今は、民家が並んでいます。このすぐ西に大正時代に建てられた旧加納町役場があったのですが、老朽化が進み、平成28(2016)年に取り壊されています。ネットで調べていて、見たいと思ったのですが、すでに遅し。

200201jrwalkgifu2  ここから実測ルートマップは、その2。加納城大手門跡を過ぎ、岐阜大学教育学部付属小中学校や、岐阜市立加納小学校の前を通ります。道の反対側には岐阜聾学校。加納城跡に行き当たりますが、東側をグルッと回って、城跡に入っていきます。城跡を南から北に通り抜け、市街地を抜け国道157号線を北上していきます。

Img_0217c

 岐阜市立加納小学校の正門は、赤門として知られているそうです。観光案内のパンフレットには、ここは日本最古の小学校とありました。明治5(1872)年9月、旧加納藩藩校「文武館」が起源である憲章学校と、加納藩内の寺子屋を起源とする曲成義校が開設されました。憲章学校は士族、曲成義校は平民が入学したといいます。その後、 曲成義校が沓井小学校に、また、憲章学校が加納小学校にそれぞれ改称されたのち、明治28(1895)年に両小学校が合併し、新しい加納小学校となったといいます。憲章学校、曲成義校から数えると、今年で創立148年となります。正門は「赤門」と呼ばれ、岐阜の宝100選の1つになっています。ちなみに、松本氏にある旧開智学校が、日本最古の小学校として有名ですが、こちらの創立は、明治6(1873)年5月。

Img_0221c_20200204154801  スタートから1.3㎞で加納城跡(加納公園)に行き当たります。左の写真が、行き当たったところで、これは本丸北側の石垣Img_0228c でした。野面積みとなっています。加納城跡へは、南側から入るため東側を回っていきます。加納公園東にあるグラウンドの南に「ライオンにまたがった少年」の像がありました。あらかじめあれこれ調べて行きましたので、これがあるというのが分かっていたのですが、さもなければ全く気づかないところでした。これは、奥平家第17代当主奥平昌信氏が、先祖の偉業を偲ぶために昭和30(1955)年10月に寄贈したもの。彫刻の作者は、日展作家・小笠原安兵衛。昭和62(1987)年6月までは、岐阜市長良岐阜県総合運動場に設置されていましたが、同年7月、奥平氏関係地である加納城に移されました。昌信氏が、生前ライオンが好きで、児童に将来への夢を託すというアイディアで小笠原氏に相談を持ちかけたといいます。

Img_0230c  ライオン像の隣には、「加納領牓示石(ぼうじいし)」がありました。「牓示(ぼうじ・ほうじ)」とは領地の境を示した木の杭や石柱のこと。この石柱は、江戸時代に加納藩の領地を示すために建てられたものです。石柱には「従是東、道半分南加納領」と刻まれていますので、加納藩領地の北西部に立っていたと考えられます。関市(旧武儀郡洞戸村)の船戸家に移されていたものが寄贈されました。

Img_0238c  さて、いよいよ加納城跡へ。南の入り口で1.8㎞、時刻は10時5分頃。国指定史跡。慶長5(1600)年、関ケ原の合戦に勝利した徳川家康が、西に備えるための要衝とImg_0244c して、本多忠勝に城を築かせたのが加納城の起源とされます。しかし、それ以前に、この地に上加納城があったという説もあります。城郭は、本丸・二の丸・三の丸・厩曲輪・南曲輪を備え、岐阜城から天守閣を移築するなどして、櫓・城門・居館等を整えたそうです。当時の城としてはかなりの規模の平城で、慶長6(1601)年、奥平信昌が10万石の城主として、この地に封じられました。その後、城主はたびたび交代しましたが、宝暦6(1756)年に永井直陳が入封し、永井氏6代で幕末に至っています。北側の清水川を利用して堀が築かれ、その周囲には侍屋敷が設けられていた。現在は、本丸跡を中心に、加納公園となっています。ここを訪ねたときは、本丸跡の広場でグラウンド・ゴルフが行われていました。ちなみに、奥平信昌の妻は家康の娘・亀姫です。

Img_0260c  このあとは、住宅地を通り抜けて、国道157号線に出て北に向かいます。住宅地や、国道沿いで珍しいものを見つけました。Img_0262c_20200201172601 家の前や角に小さなお社が祀られているのが目立ちました。気づいただけで、合計3個所。「屋敷神」といってよいのかな、と思います。屋敷神は屋敷およびその土地を守護する神で、屋敷の裏や敷地に付属した土地もしくはやや離れた山林などに祀られます。家との関わりが深い神であるが、神棚ように屋内には祀られません。屋敷神を祀る信仰は、浄土真宗の地域を除いて全国に分布しているといいますが、岐阜のこのあたりでもそうなのかは不明。屋敷神の起源について、明確なことは分かっていないようですが、農耕神・祖先神と同一の起源を持つ神だといわれています。

 名古屋でも、昔の面影が残る町には、民家の屋根に設けられた小さな祠(ほこら)があり、これは「屋根神」あるいは「屋根神様」などと呼ばれます。「軒の神様」、単に「神様」などと呼ばれることもあり、場合によっては軒下や台の上などで祀られているものもあります。まつられる。屋根神は明治初期から始まり、昭和初期に広まったと考えられています。津島神社、熱田神宮、秋葉神社の三社が祀ってあることが多く、屋根神は住居が密集した下町で祀られています。秋葉神社は火難除けで、また、津島神社は疫病を防ぐ天王信仰で有名ですから、火難や疫病除けの信仰に熱田神宮の信仰も加わった神様として屋根神様は祀られたと考えられています。となると、岐阜の加納で見つけた「屋敷神」とは性質は異なるとおもいます。

 ここで区切りが良いので、その1はここまで。その2は、加納宿本陣跡・和宮歌碑から。

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立春の今日は、ツグミ&シロハラデー

Img_6383c  立春を迎えました。気温も11℃を超え、風は弱く、暖かくなImg_0818c っています。いかにも春という感じ。昨日の記事(節分の今日、河津桜の蕾が膨らむ)の冒頭に寺町商店街の河津桜のつぼみが膨らんだと書きましたが、今日はご覧のようなとこともありました。今年は、確実に例年よりも早く咲き始めそうです。

Img_6241c  今日は、朝一番に用事を済ませ、8時半から11時前までいつものコースを散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.5㎞。寺町では、常信寺と桑名別院本統寺に立ち寄ってきました。住吉入江には住吉キンクロウズが3羽ト、ホシハジロウ(ホシハジロのオス)が1羽。揖斐川には、ヒドリガモが18羽いましたが、それ以外には鳥は見当たらず。柿安コミュニティパークにはツグミが1羽。例年ですと、2~3羽いても不思議ではありません。

Img_0836c  中橋のゴイサギコロニーでは、ゴイサギが6羽、ホシゴイが2羽。今日は、北、南両側から慎重に確認(微笑)。おおよそこれくImg_0840c らいはいつもいそうな感じです。ここでは繁殖したことはありませんので、春になると本当のコロニーに移動すると思います。

Img_0862c  九華公園には9時過ぎに到着。アオサギさんが久しぶりに「定位置」の鎮国守国神社の社務所裏にいました。しかし、今日は堀には、アオサギも、ダイサギもいません。堀に水が戻って(ただし、まだかなり少ない状況。その理由は最後に)、詐欺は堀には来なくなったと考えられます。

Img_0852c  アオサギがいるのは、北門を入ってすぐの堀の上。堀のまだ水がない部分には、昨日と同じく、シロハラが1羽。同じあたりには、ハクセキレイも2羽。つがいになっている?と思わせるように一緒に行動していました。

Img_0866c_20200204140701 Img_6346c  カモは、合計51羽。キンクロハジロが37羽と、ハシビロガモが14羽。ヒドリガモを見たという話も聞きましたが、私は未確認。堀の水が減ってしまって、カモの行動に影響したと考えられます。

Img_6333c_20200204140901  ユリカモメは、17羽。堀の水が抜かれたときは、堀のそこに降りて催事できましたので、100羽以上、時には200羽くらい(管理人さんによる)来たのですが、こちらも今シーズンの普通の状態に戻りました。

Img_6276c_20200204140901  今日は、ツグミをちらほら見かけました。左の写真は、奥平屋敷跡の西南エリアにいたもの。右は、朝日丸跡で見かけたツグImg_6300c ミ。これらは、ほぼ確実に別の個体。

Img_0918c  さらに、公園の外周の遊歩道南、二の丸橋の袂のソメイヨシノの木でもう1羽。同じ個体かどうか分かりませんので、一応、「延べ3羽」です。

Img_6289c  ちょっと話が戻りますが、二の丸跡では、シロハラ。北門の堀のところにいたシロハラとは別と考えています。

Img_6264c_20200204142801 Img_6306c_20200204142901  今日、このほか九華公園で見たのは、ハクセキレイやシジュウカラ、メジロ、カワラヒワくらい。この頃、ジョウビタキやモズは見なくなりました。

Img_6348c  貝塚公園でも、シロハラが1羽。メジロや、ウグイス(地鳴き)の声も聞こえましたが、姿は見えず。ヒヨドリはほとんどいません。

Img_0957c_20200204140801  散歩を終えて帰宅したら、マンションの玄関先の木にツグミが1羽。今日は合計5羽のツグミと、3羽のシロハラを見たことになります。それ故、タイトル通り、「ツグミ&シロハラデー」という次第。

Img_6353c_20200204140901  貝塚公園でも、今日は、白梅が咲き始めていました。九華公園や、鎮国守国神社でも同様ですが、あまり手入れがされておらず、施肥もされませんので、いまいち花が多くない気がします。もったいない。財政難で公園の樹木の十分な管理まで手が回らないようです。

Img_6367c  常信寺には、ミツマタやサンシュユの様子を見に行ったのですが、ミツマタはまだつぼみが出始めたくらいでした。常信寺でも、梅がかなり咲いてきていました。ここはさすがに手入れもされているようで、花もたくさん咲いています。

Img_6202c  ところで、九華公園・朝日丸跡の石垣が崩れたところについては、先月末に書きました(2020年1月31日:今シーズン初のウメジロウ……【付記:九華公園の石垣崩れについて(1/31)】)。昨日、管理人さんに伺ったところでは、この7日くらいから修理工事が行われるようです。そのために堀の水もあまり入れないでいるということでした。私たちからすると、「二転三転」したように思えますが(もちろん市役所は、それなりに検討し、計画的に運んでいるということなのでしょうが)、修理されるのであれば、とりあえずは安心。

 菰野町にあるパラミタミュージアムで開催されている「黄金期の浮世絵 歌麿とその時代展」と、四日市市立博物館の「昭和のくらし 昭和の面影」とを見に行きたいと思っているのですが、明日からは寒気が入ってきて寒くなるとか。どうしたものでしょう? 先送りにすると、見る機会を逸してしまうかもしれません。

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2020年2月 3日 (月)

節分の今日、河津桜の蕾が膨らむ

Img_6220c_20200203143501  節分の今日は、気温は12℃を超え、風は弱いので、日向にいると暖かく感じます。寺町商店街にある河津桜の並木をよく見てきましたが、蕾がかなり膨らんでいました。今年は早くに咲きそうな感じです。8時15分からいつも通りに散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園から入江葭町、京町、寺町と6.1㎞。10時40分に帰宅。

Img_0789c  今日も全般に鳥は少なく残念でしたが、九華公園でシロハラを確認できたのと、寺町商店街でまたもやイソヒヨドリのオスを見つけました。九華公園のシロハラは、北門を入ってすぐの堀に降りていました。今日もまだ水はさほどたくさんはは行っておらず、そこが露出したところにいました。近づいたら、東にある鎮国守国神社の境内に逃げたのですが、時間をおいて見に行ったら、また同じあたりにいました。

Img_0811c_20200203143901  寺町商店街のイソヒヨドリのオス。去年12月26日にも、同じあたりでイソヒヨドリのオスが餌をとっているのを見ました(2019年12月26日:アオサギに大接近、カワウの漁も眼前で目撃、さらにイソヒヨドリの採餌シーンも!)。このあたりに住んでいるのかも知れないと思います。

Img_0707c_20200203144201  さて、揖斐川の様子。今日もシラウオ漁の漁船が1組出ていました。波は穏やかなのですが、川には鳥影はありImg_0713c_20200203144301 ません。遠くにカモメが1羽、飛んでいただけ。多度山には今シーズン、まだ雪が積もっていません。節分ですから、このまま雪が降らずに過ぎてしまうのでしょうか。旅館山月の裏でツグミが1羽。最近、良くこのあたりにいます。七里の渡し跡では、ヒドリガモのオスが3羽とメスが1羽、キンクロハジロのメスが1羽。三の丸公園にはスズメが集っていたのみ。

Img_0728c_20200203144501 Img_6138c  中橋のゴイサギコロニー。時間が早いためか、木の葉っぱの中に隠れているのが多く、外には出て来ていません。最大でゴイサギが6羽、ホシゴイが1羽。「最大で」というのもヘンですが、南北両方向からチェックしているのですが、一部が重複しているかも知れないということです。

Img_0738c_20200203144701 Img_6214c  九華公園、前日のように堀の水は少し増えました。カモは、今日は、合計で48羽。キンクロハジロが35羽と、ハシビロガモのオスが10羽、メスが3羽でした。キンクロハジロは、水が入って戻って来た感じですが、ヒドリガモやホシハジロはいません。水を抜いた影響はそれなりにあるようです。

Img_0739c  サギ類は、ダイサギ1羽と、アオサギが1羽。ダイサギは、神戸櫓跡の南側にある吉之丸堀にいます。アオサギは、少しずつImg_0807c_20200203144801 移動していましたが、右の写真は、二の丸堀の東の方で撮ったもの。色が薄いので、いつも鎮国守国神社の社務所裏に来ているのとは、別個体と思われます。

Img_0759c  冒頭にも書きましたが、節分です。桑名宗社では15時から、鎮国守国神社では17時から豆まき。鎮国守国神社の宮司さんに伺ったら、以前ほど人が集まらなくなったということでした。我が家も、一応豆まきはする見込み。その他は、柊鰯も魔除けとして玄関先に飾ります。恵方巻きは、一度も食べたことはありません。私の故郷でも、家内の実家でももともとそういう風習はなかったからです。

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2020年2月 2日 (日)

20200202JRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」へ(予告編)

20200201jrwalkingtsu  予定通り、連日のJRさわやかウォーキングへ行ってきました(微笑)。今日は、「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津200202jrwalk の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」であります。昨日の記事の最後に、冗談のように「チラシに『ツゥ、ツゥ、ツゥの日にツゥの真ん中ウォーク』とカナが振ってありますと書きましたが、本当なのです。右の拡大した画像でご確認ください(ちなみに、三重県北中部の人たちは、「津」を「つぅ」と発音するのです)。コースは、津駅東口をスタートし、津偕楽公園、比佐豆知(ひさずち)神社、お城公園(津城跡)、高山(こうざん)神社、観音橋、大門商店街、津観音寺、四天王寺を経て津駅に戻るという、マップ上約7.2㎞でした。今日は、「津のまん中ウォーク」イベントと共催で、スタンプラリーも行われました。ただ、スタンプラリーは高山神社、岡本総本店(家具店)、松菱百貨店、津センターパレスと津観音寺にスタンプがあるのですが、粗品と引き替えるには、松菱百貨店前まで戻らねばならず、1㎞以上余分に歩けました(苦笑)。歩きに行ったのですから、文句をいっては罰が当たります。

Img_0448c  受付・スタートは、JR紀勢線・津駅東口。JRさわやかウォーキングなのですが、今日は近鉄で往復(微笑)。JRで行くなら、Img_0444c 快速みえを利用すると40分弱なのですが、運賃が何と¥940。座席指定をとるとさらに¥530。JRの普通電車で行くとなると、関西線・亀山駅経由になり、乗り換えも含めると、1時間45分ほどかかります(亀山駅での待ち時間が40分以上!)。しかも、¥990。近鉄の急行であれば、40分、¥700。これはもう近鉄で行くしかありません(爆)。という次第で、桑名駅を8時42分に発車する松阪行き急行に乗車。津には、9時25分に到着。電車は空いていて楽チン。

20200202jrwalkingtsu  こちらが、今日、実際に歩いたルートマップ。「津のまん中ウォーク」というだけあって、津駅を出て南のエリアを一回りします。津市内の観光スポットを一通り回った感じです。津偕楽公園からお城公園の辺りは、まさに中心街。官公庁や、銀行、NHKなどが集まっているところです。9時35分にスタートして、津駅に戻ってきたのは、12時40分頃。途中、一度コースミスをしでかしそうになったり、スタンプラリーの商品引き替えに1㎞以上余分に歩いたりで、結局、9.7㎞を歩きました。津市の今日歩いたあたりは、去年4月28日の近鉄ハイキング「『阿漕』砂浜ハイキングと津グルメ散策」、同じく5月19日の近鉄ハイキング「谷川士清旧宅と県立美術館・総合博物館春の専修寺を訪ねて」、9月7日の近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅7日目~伊勢街道、旅人気分で津のまちから垂水へ」と3回、さらに、一昨年4月23日に「勝手に近鉄ハイキング」と称して行ったときにも歩いています(またもや勝手に近鉄ハイキング(笑)……本日は、名古屋線・津新町駅から松菱、お城公園などなど(予告編))。今日も、昨日同様、畏友・M氏と二人旅。2日続けていいおっさんが一緒に行動するのは、気持ち悪いという話もありますが、旅は道連れ世は情け(?)。初めて訪ねたのは、比佐豆知神社のみでした。過去に行ったところは、適宜省略して書いて行きます。

Img_0457c  最初の目的地は、津偕楽公園。昔は「御山荘(ごさんそう)」、または「御山荘山」といい、津藩第11代藩主・藤堂高猷(とうどうたかゆき)公が、安政年間(1854~60)に別荘を設けたのが始まり。それ以前は、津藩主の鷹狩り場でした。偕楽Img_0459c_20200202174401 園の名は高猷公の俳号からきています。明治23(1890)年に津市の公園となり、約5.5haの園内は、自然の丘陵や谷の趣が生かされ、春には桜や紫つつじ、秋には紅葉などが楽しめるところです。春は、花見の名所。ここで指定されたコースは、SL広場のみ。D51の499号が静態保存されています。昭和16(1941)年2月に兵庫県で誕生し、三重県内の関西線、紀勢線、参宮線を走り続け、昭和48(1973)年9月に引退しています。その間走った距離は、205万㎞にも及ぶそうです。SLの前に展示されているのは、本物のナンバープレート。

Img_0466c_20200202174901  津偕楽公園では、このほかには、去年5月19日の近鉄ハイキング「谷川士清旧宅と県立美術館・総合博物館春の専修寺を訪ねて」の時に見落とした「龍燈籠」だけを見てきました。龍燈籠は、龍の形をした燈籠で、頭上に火袋と獣口のついた笠石をのせ、身をよじっています。藤堂高虎公が朝鮮から持ち帰ったとも、二代藩主・高次公が江戸でつくらせたものを移したともいわれるそうです。これで津偕楽公園にある記念碑、常夜燈の類いは、コンプリート。

Img_0471c  偕楽公園を出て、県道118号線を南東へ。三重県庁の西を通り、鳥居町で左折。比佐豆知(ひさずち)神社に向かいます。社宝の高麗狛犬に記されてある年号によると、およそ1,300年前から現在の地に祀られているといいます(これは、社頭にあった由緒書きによっていますが、「高麗狛犬」という表現は意味不明。「こまいぬ」は、「狛犬」と書くのが多いのですが、「高麗犬」と書くこともあります)。延喜式内社。藤堂家からは、代々御供米等が寄附され、毎年の大祭には、藩主を始め領内の人民多数の篤い崇敬があったそうです。

Img_0488c_20200202175401  主祭神は、火之迦具土神(火の神)。相殿神は、伊邪那美命天照大御神建御名方神品陀和気命菅原道真宇迦之御魂命大山祇命建速須佐之男命天之菩卑能命(アマノホヒノミコト;天照大神の子)、天津日子根命活津日子根命天之忍穂耳命多紀理毘売命多岐都比売命市寸島比売命。実にたくさんの神様がいらっしゃいます。明治の神社合祀令によってたくさんの神社がここに合祀されたためかも知れません。三重県下では、このとき県内の神社全体の9割が廃されたといいます。

Img_0484c  比佐豆知神社にはこのほかいろいろ興味深いものがありましたが、取り敢えずは狛犬。由緒書きにあった「高麗Img_0483c_20200202190901 狛犬」はこれを指すのだろうと思います。なかなか珍しい狛犬。狛犬ファンの間では、髪型から「クレオパトラ狛」といわれるようです。こちらのサイトによれば、神殿狛犬のレプリカのようです。本物はかなり古いもので、本殿の奥に保存されているそうです。

Img_0538c_20200202191301  比佐豆知神社を出て、JR紀勢線・近鉄名古屋線の線路を越え、安濃川を渡ります。渡った橋が「御山荘橋Img_0539c_20200202191301 (ごさんそうばし)」。津偕楽公園の古い呼び名に因んだもののようです。御山荘橋を渡ったところに「榎之下公園」がありました。珍しい名前だと思ったら、昔、安濃川の堤防に榎の大樹が茂っていたことによるのだそうです。

Img_0567c_20200202191701  お城公園。津城跡です。スタートから3㎞を過ぎています。10時30分頃到着。堀端で「安濃津ガイド会」のImg_0579c 女性が、名調子で津城の歴史を語ってくれましたので、思わず引き込まれ10分あまり拝聴(微笑)。講談師のようで、まさに見てきたようなお話(真面目に誉めています)。津城は、もともと織田信長の弟・信包(のぶかね)によって築城されました。天正8(1580)年には五層の天守閣も完成していたのですが、関ヶ原の戦いのとき、西軍の攻撃を受け、戦火に遭い城内の建造物の大半を焼失。その後、慶長13(1608)年、藤堂高虎公が伊予今治から移り、城を大改修するとともに、城下町を整備しました。現在は、丑寅櫓が再建されています(左の写真)。

Img_0583c  お城公園の隣にあるのが、高山(こうざん)神社。藩祖・藤堂高虎公を御祭神とします。高虎公の諡である「高山居士」に由来します。もともとは、本丸跡にあったそうです。従来、津藩主藤堂家において藩祖藤堂高虎公の霊を津城内に奉斎していたものを、明治維新の後、神社創建の議が起り、明治10(1877)年8月、現在の津偕楽公園内に神祠を建立。明治34(1901)年12月、現在地に仮遷座。正式にここに移られたのは、明治36(1903)年4月。

Img_0586c  ここ高山神社でスタンプラリーの最初のスタンプ。ここを含め、5個所のポイントでスタンプを順番に押していくと、「絵はがき」ができあがるという趣向。

Img_0595c_20200202193101  高山神社から西隣にある津市役所、リージョンプラザ・お城ホールの前を通って、津新町通り商店街へ。岡Img_0598c 本総本店の前で2個目のスタンプを押して、岩田川を昭和橋で渡ります。この先には三重刑務所がありますが、橋を渡って左折。岩田川の右岸を歩いて、岩田橋の南をまっすぐ進み(左の写真)、観音橋へ。観音橋を渡って(右の写真)、松菱百貨店前へ。ここでスタンプ3個目。休憩所ということでお茶をいただき、アンケートに回答。

Img_0608c_20200202193301  三重会館前交差点に立つ津リージョンプラザで3個目のスタンプ(写真正面の建物)。リージョンプラザ前では、来年行われる三重とこわか国体・とこわか大会のPRをしていました。実はこのスタッフの方に、3個目のスタンプがどこで押せるかを聞いたのですが、そのImg_0611c_20200202193301 ときに「本日限定のバッチ」ということで、缶バッチを1ついただきました。こういう限定品、しかも、今日の「20200202」という日付が入っているのは貴重。

Img_0614c_20200202193301  大門商店街(左の写真)。かつてあったアーケードが撤去されて、イメージ一新。明るくなっています。閉店している店Img_0621c もかなりありますから、これくらい明るい方がイメージがよいと思います。大門商店街の北の端には、津観音寺が見えています。正式には、恵日山観音寺大宝院、真言宗醍醐派のお寺。ご本尊は聖観音菩薩。浅草観音、大須観音と並んで日本三大観音の一つとされます。これまでに2回来ています(右の写真)。

Img_0630c  ここが5つめのスタンプをいただけるところ。どこで押せるかよく分からなかったのですが、本堂にありましImg_0643c_20200202193401 た。御朱印をいただく方の列の向こうにあり、よく見えなかったのです。最近は、こういうウォーキング/ハイキングでも、御朱印をもらう方が多数います。右の写真のようにスタンプラリーはコンプリート。しかし、ここでなく、松菱百貨店の前まで戻らないと、粗品に引き替えてもらえません(苦笑)。

Img_0648c_20200202194401  そこでやむなく、往復1㎞以上を余分に歩いて行ってきました。いただけたのは、左の写真の通り、ポケットティッシュ1袋と、缶バッチ、飴1個でした。粗品といえばそうなのですが、こういうものがいただけるのはありがたい。と思うのは、年をとった証拠かと、Mさんと二人で大笑い。

Img_0651c_20200202194401 Hachimituman  ウォーキングコースは、大門商店街から平治煎餅本店の方を通って国道23号線に出るようになっていましたが、松菱百貨店前から直進。津センターパレス隣の都シティ津というホテルの北で、蜂蜜まん本舗に立ち寄りました。ここの名物「蜂蜜まんじゅう」を買うため。蜂蜜まん本舗は、養蜂業の傍ら昭和28(1953)年に創業しました。蜂蜜まんの人気が高まるとともに、昭和40(1965)年ごろには養蜂業をやめ、蜂蜜まんの製造・販売1本に絞りました。以来、津を代表する菓子として愛されています。我が家でも皆の好物。ということで、10個入りを土産に購入。今日は、JRさわやかウォーキングのコースマップを呈示すると、通常¥600のところ、¥500にしてもらえました。これは絶品。近くにいらしたら、試してみてください。

Img_0662c Img_0671c_20200202195101  最後の目的地は、四天王寺。安濃川を塔世橋で渡ります。ここには、去年9月7日の近鉄ハイキングできています。「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅7日目~伊勢街道、旅人気分で津のまちから垂水へ」がそれ。正式には、塔世山四天王寺。曹洞宗の中本山。津市で最も古い寺。推古天皇の勅願により、聖徳太子が建立したと伝えられています。正確な創建の年代は定かではありませんが、平安初期と考えられています。

Img_0687c_20200202195501  さてこれですべて回りましたので、あとは津駅にゴールするのみ。国道23号線に戻り、北上。「津駅入り口」交差点を左折Img_0690c_20200202195501 すると、津駅の駅ビルが見えてきます。12時40分にゴール。ゴール受付で、スタンプカードに押印してもらいます。スタンプは5個目。去年11月末から会員資格を更新していますが、今までにはないハイペース。今日は、先着1,500名に「新春キャンペーン」の一環として企画された「絵馬型駅名バッチ」がもらえました。しかし、今日は、ゴール受付の写真を撮るのを忘れるという失態を犯してしまいました。

Img_0696c  時間が時間ですから、食事をして帰ろうということになり、津駅ビルのChumへ。2階にレストラン街があります。JRさわやかウォーキング/津まん中ウォークの参加者でどの店も賑わっています。結局、去年9月1日の近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅6日目~伊勢街道、旅人気分で河芸から潮風薫る江戸橋へ」の時にも昼食を摂った「美濃味匠」へ(20190901近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅6日目~伊勢街道、旅人気分で河芸から潮風薫る江戸橋へ」(予告編))。今日は、「きまぐれ総菜弁当(¥648)」をチョイス。イートインしてきました。味噌汁がサービスでつくのがありがたい。

Img_0702c  昼食を摂って、近鉄のホームへ。13時18分の急行名古屋行きに乗車。桑名には14時3分着。¥700。左の写真は、今日のALKOOのデータ。歩数は、20,464歩。歩いたのは、JRさわやかウォーキングで9.7㎞、自宅~桑名駅往復が1.8㎞ですから、合計11.5㎞。

 今回は予告編としましたが、すでに訪ねたところが多いので、本編とするか、「補遺編」とするか思案中。

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2020年2月 1日 (土)

20200201JRさわやかウォーキング「加納城下町と節分の巨大赤鬼が立ち並ぶ中山道をぶらり散策」へ(予告編)

20200201jrwalkinggifu  桑名では最高気温9.7℃でしたが、風は最大7.1m/sとかなり強く、風に当たると結構寒く感じる日でした。予定通り、JRさわやかウォーキング「加納城下町と節分の巨大赤鬼が立ち並ぶ中山道をぶらり散策」に参加してきました。加納は、岐阜市内ですから、ウォーキング/ハイキングもめでたく岐阜初進出!となります。

Img_0179c  今日の受付は、JR岐阜駅で8時半から11時。桑名駅を8時25分に出る名古屋行き普通に乗車。名古屋には8時56分に到着。東海道線に乗り変えます。9時4分発岐阜行き普通電車に乗車し、岐阜駅着が9時32分。料金は¥350+¥470で、計¥820。名古屋駅でいったん改札を出て、すぐにまた入場したのです。通しでで支払うと、¥920。生活の知恵(微笑)。畏友・M氏と同行二人。

200201jrwalkgifu0  コースマップは冒頭に示したとおり。岐阜駅南口から清水緑地、加納城跡、玉性院、加納天満宮、芝生広場で丸窓電車を見て、岐阜駅北口にゴール。コースマップ上約6㎞とありましたが、実際に歩いたのは、5.7㎞。9時35分過ぎにスタートして、11時25分にはゴールと、2時間足らず。「家族向き」とありましたから、これくらいなのでしょうが、ちょっともの足らない感じでした。今日のところは、予告編。

Img_0187c  清水緑地。JR岐阜駅南口からすぐのところにあります。ブラブラ歩きながら、季節を感じられるビオトープになっています。清Img_0199c 水川に沿っていて、桜並木もあります。ホタルやカワニナ等が生息できる池やせせらぎもあり、ホタルも楽しめるようです。証明や、護岸のつくり方も環境に配慮されています。野鳥も観られるとありましたが、今日はハクセキレイやヒヨドリだけ。途中、国道157号線の橋のところには、今日のタイトルにもあるよう巨大赤鬼がいました。これは、あとから訪ねる玉性院の節分の赤鬼。

Img_0204c_20200201165601 Img_0206c  清水緑地から清水川沿いを650mほど歩いたところで中山道に行き当たります。中山道に出たところに高札場跡があります。加納藩高札場があったところ。ここは加納城大手門の北で、宿御高札場(やどごこうさつば)と呼ばれ、加納藩の高札場の中でももっとも大きく、石積の上に高さ約3.5m、幅6.5m、横2.2mもあるものだったといいます。高札場跡で右折し、加納城跡を目指し、少しだけ中山道を歩きます。

Img_0212c  高札場跡から100mほどで加納大手町の交差点に来ます。ここに加納城大手門跡という石碑が建っていました。昭和62(1987)年3月に建立されたもの。 門前は、かつては広小路と呼ばれていました。今は、民家が並んでいます。このすぐ西に大正時代に建てられた旧加納町役場があったのですが、老朽化が進み、平成28(2016)年に取り壊されています。

Img_0217c  岐阜大学教育学部付属小中学校の前を過ぎると、岐阜市立加納小学校があります。観光案内のパンフレットには、日本最古の小学校とありました。明治5(1872)年9月、旧加納藩藩校「文武館」が起源である憲章学校と、加納藩内の寺子屋を起源とする曲成義校が開設されました。憲章学校は士族、曲成義校は平民が入学したといいます。その後、 曲成義校が沓井小学校に、また、憲章学校が加納小学校にそれぞれ改称されたのち、明治28(1895)年に両小学校が合併し、新しい加納小学校となったといいます。憲章学校、曲成義校から数えると、今年で創立148年となります。正門は「赤門」と呼ばれ、岐阜の宝100選の1つになっています。ちなみに、松本氏にある旧開智学校が、日本最古の小学校として有名ですが、こちらの創立は、明治6(1873)年5月。

Img_0221c_20200201171801  加納小学校のすぐ南に加納城跡があります。国指定史跡。慶長5(1600)年、関ケ原の合戦に勝利した徳川家康が、西に備えImg_0244c るための要衝として、本多忠勝に城を築かせたのが加納城の起源とされます。しかし、それ以前に、この地に上加納城があったという説もあります。城郭は、本丸・二の丸・三の丸・厩曲輪・南曲輪を備え、岐阜城から天守閣を移築するなどして、櫓・城門・居館等を整えたそうです。当時の城としてはかなりの規模の平城で、慶長6(1601)年、奥平信昌が10万石の城主として、この地に封じられました。その後、城主はたびたび交代したが、宝暦6(1756)年に永井直陳が入封し、永井氏6代で幕末に至っています。北側の清水川を利用して堀が築かれ、その周囲には侍屋敷が設けられていた。現在は、本丸跡を中心に、加納公園となっています。ここを訪ねたときは、本丸跡の広場でグラウンド・ゴルフが行われていました。ちなみに、奥平信昌の妻は家康の娘・亀姫です。

Img_0260c  加納城跡へは、城の東側を回って南から本丸跡に入り、北に抜けています。ここから国道157号線にでたのですが、このあたImg_0262c_20200201172601 りには、家の前や角に小さなお社が祀られているのが目立ちました。気づいただけで、合計3個所。「屋敷神」といってよいのかな、と思いますが、もう少し調べた方が良さそうです。

Img_0265c_20200201173101 Img_0266c  コースマップにはありませんでしたが、加納桜道に本陣跡・和宮歌碑があるというので、立ち寄って来ました。民家の玄関先にひっそりと立っています。石碑正面には、「中山道加納宿本陣跡」と、左面には「皇女和宮御仮泊所跡」とあります。ここに加納宿の本陣があり、皇女和宮も宿泊したということです。奥にある歌碑には、和宮の直筆で「遠ざかる 都としれば 旅衣 一夜の宿も 立ちうかりけり」と刻まれています。

Img_0274c

 スタートから3㎞、10時25分に東光山玉性院(とうこうざんぎょくしょういん)。真言宗Img_0282c 醍醐派の寺。慶長年間(1604~14年)創建と伝わる寺院。毎年節分に「節分つり込み祭り」が開催され、多くの人でにぎわうそうです。街中にも大きな鬼があちこちに出現するのも節分の時期の岐阜の名物になっているといいます。ご本尊は、不動明王庚申青面金剛秋葉三尺坊大権現弘法大師聖天。「節分つり込み祭」は、赤鬼にふんした厄男を神輿に、おかめにふんした厄女を御所車に乗せ町内を練り歩いた後、本堂に担ぎ込み、おはらいをして無病息災を祈る行事。クライマックスは赤鬼が担ぎ手の中に飛び込み、もみくちゃにされながら本堂につり込まれます。

Img_0353c_20200201182501  玉性院のすぐ東隣に加納天満宮があります。文安2(1445)年、斎藤利永が加納の東南に沓井城(旧加納城)を築き、そのImg_0304c 守護神として天満宮を勧請しました。記録によれば創始は更に古く、それより100余年以前からすでに吉田郷(広江川の北方、上加納の地)に祭祀されていたといいます。その後、城主・斎藤道三稲葉山城に移り沓井城は廃城となったのですが、天満宮は住民たちによって厚く奉斎されました。慶長5(1600)年の関ケ原戦後、徳川家康は、岐阜城(旧稲葉山城)を廃し、加納城を構築し、その際に天満宮が城廓内に入ったため、新しい加納城鎮護の神として、慶長6(1601)年、これを広江川(清水川)を背にした閑静な現在地に遷座しました。これが加納天満宮の起源です。加納城初代城主奥平信昌、正室亀姫をはじめ住人たちの信仰は厚く、現代にまで受けつがれています。御祭神は、菅原道真公

Img_0359c  加納天満宮を出て1本南の通りに出ます。ここが再び中山道。街道に興味がありますので、このJRさわやかウォーキングも、「中山道」ということばに反応して(というより、反射?)参加を決めたのです。三省堂発行の「日本の街道ハンドブック」なる本も買ったくらい(苦笑)。ただし、今日は中山道は、さほどの距離は歩いていません。加納本町まで歩いて右折し、JR東海道線の高架をくぐって、駅の北側のエリアに進みます。

Img_0370c  この先はあまり見るところはないのですが、繊維問屋街を通りました。20代前半の頃、母親が「背広を買いに行こう」といって、岐阜まで来たことがありました。あの当時は、まだ今のように「スーツ」といういい方はしていませんでした。名鉄で当時の「新岐阜駅(現在は名鉄岐阜駅)」まで来て、少しだけ歩いて「繊維問屋街」というところに行ったと思います。もう詳しいことは覚えていませんが、このあたりだったのかも知れません。今は、シャッターが閉まっているところがかなりあり、寂れてきてしまっています。

Img_0404c_20200201193601 Img_0401c  JR岐阜駅前まで戻って来ました。芝生広場に丸窓電車があります。12月下旬に東海地区K-ABC研究会で岐阜大学に来たときにバス停から眺めました(2019年12月22日:冬至の今日は、岐阜で研修会の講師……織田信長公金ピカ像を見て、鶏ちゃん炒めランチを堪能し、肝心の研修はいかに?)。「モ513」という形式で、かつて、岐阜市内を路面電車で走っていた車両です。昨年(令和元(2019)年)11月16日に岐阜市金町の金公園からここに移設されました(こちらの岐阜新聞のサイトをご覧ください)。この電車は、大正15(1926)年に製造されており、楕円形の窓が特徴で、このため「丸窓電車」と呼ばれます。平成17(25005)年の廃線まで約80年活躍していました。

Img_0398c_20200201193601  車内も見学できましたので、せっかくの機会ですから見てきました。左は運転席。かなり狭いのです。右は車内の様子。転換Img_0396c 式のクロスシートになっていますから、座席はオリジナルではなさそうです。

Img_0406c_20200201194401  そして、JR岐阜駅前といえば、私的には、これを見逃せません(微笑)。織田信長公の金ピカ像。ここ数年、岐阜に行くたびにこの信長公の金ピカ像の写真を撮って、ブログに載せています。「お気に入り」というのでもないのですが、駅を降りてバス停に向かうとき、正面にあってとにかく目立つので、気になるのです(苦笑)。

Img_0409c  ゴールに着いたのは、11時25分。歩いたのは、5.7㎞。「もう着いた、早かったな」というのが実感。今日Img_0412c のゴールは駅ビルの中、コンコースにありました。今日のコースは、短くて、立ち寄り先も多くはなく、道草もほとんどできませんでした。

Img_0418c  昼食は、駅ビルのASTY岐阜にあるレストラン街へ。12月22日にここの「赤い鳥」という焼き肉店で「鶏(けい)ちゃん炒めランチ」を食べました。今日は、ここのランチが「飛騨牛コロッケ」。飛騨牛は食べたことがありませんでしたので、同じ店ではあったものの、これを食べることに(税別¥800)。

Img_0426c_20200201195101 Img_0432c_20200201195101  帰りは、岐阜駅を11時53分に出る豊橋行きの新快速に乗車し、名古屋駅に12時13分着。関西線は、12時37分に快速みえがありましたので、それに乗り換え。桑名には、12時57分着。行きと同じく、名古屋駅で途中下車して、合計¥820。歩数は、15,344歩でしたが、写真を撮り忘れていて、これには帰宅してから動いた分も含まれています。JRさわやかウォーキングのスタンプは4個目。本編は、また明後日以降少しずつ書いて行きます。

 明日は、津でのJRさわやかウォーキングへ行くつもり。「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音「津観音寺」を訪ねて」です。JRさわやかウォーキングですが、往復は近鉄の予定(苦笑)。このウォーキング、チラシに「ツゥ、ツゥ、ツゥの日にツゥの真ん中ウォーク」とカナが振ってあります。

 

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