« 20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(予告編) | トップページ | 20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その1)……松重閘門から堀川沿いを歩き、堀川橋梁まで »

2020年1月12日 (日)

20200112近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策へ」(完)

Img_7742c_20200112194301  昨日のJRさわやかウォーキングに続いて、今日は、近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」に行ってきました。曇天で雨も心配したのですが、幸い降られずに済みました。このコースは、一昨年1月11日に出かけた近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」と同じものです。一昨年の記事は、以下にリンクしておきます。このときは、とんでもなく風が強くて、寒い日で、「こんな日に来なけりゃ良かった」と思ったくらいでしたが、今日は曇天ながら、風もなく、さほど寒くもありませんでした。冒頭の写真は、高田本山専修寺の御影堂。

Img_7660c  今日は、近鉄名古屋線江戸橋駅で9時半から11時の受付。桑名駅を8時42分に出る松阪行き急行で、江戸橋駅には、9時23分にImg_7659c 到着。¥700。すでに長蛇の列で、驚き。係の方も、「今日は参加者が多い」とおっしゃっていました。もらったコースマップは、ちょうど#200。今日は、畏友M氏と二人旅。

Img_7662c  こちらが今日のコースマップ。地図はリニューアルされたものの、一昨年とほぼ同じルー200112kintetsuhikingedobashi ト。江戸橋駅を出て、勝久寺、魚歳食品(はんぺいの試食あり)、石積神社、窪田の常夜燈と歩いて、高田本山専修寺へ。専修寺では、現在、「お七夜」が行われています。その後、一身田寺内町の館、おぼろタオルから江戸橋駅に戻ります。コースマップ上は約9㎞となっています。右は、実際に歩いたルート。余計な立ち寄りや、道草はしていませんが、高田本山の中を歩き回りましたので、最終的には11.2㎞を歩きました。立ち寄り先も、一昨年のハイキングと全く同じですので、それぞれの詳細は、上記のリンクをご覧くだされば幸いです。

Img_7666c_20200112162601

 江戸橋駅を9時35分にスタートし、西に向かいます。JR紀勢線・伊勢鉄道の踏切を越えて、県道10号線に出ます。この道をまずは、北西に4㎞ほど行きます。途中、勝久寺、大乃己所神社、魚歳食品、石積神社と回るのです。左は、県道10号線の津メディカルモール手前当たりの風景。赤丸をつけたところに、高田本山専修寺が遠望できます。直線で行けば2㎞あまりなのですが、大回りして、このあたりからは5㎞半ほど歩かねばなりません。

Img_7667c Img_7671c_20200112162601  天台真盛(しんせいしゅう)宗日照山勝久寺(しょうきゅうじ)です。スタートからはちょうど2㎞ほど。国の重要文化財に指定されている仏像が3体、所蔵されています。木造聖観音立像、木造阿弥陀如来坐像、木造地蔵菩薩立像です。右の写真にある変額には「國寶」とありますが、重要文化財です(昭和25(1950)年の文化財保護法施行以前の旧法では「国宝」と「重要文化財」の区別はなく、国指定の有形文化財(美術工芸品および建造物)はすべて「国宝」と称されていました)。いずれも平安時代の作です。阿弥陀如来座像が、このお寺のご本尊です。一昨年来たときは、拝観できなかったのですが、今日は本堂を開けて、上がらせていただけ、お姿を拝んできました。

Img_7682c_20200112163801  続いて、スタートからは4㎞ほど、国道23号線中勢バイパスを潜った先にある大乃己所神社(おおのこそじんじゃ)。創立の時期は不詳ですが、天慶5(942)年の大神主・大乃己所重久著の縁起書(写)に大物主神御鎮座の記述があり、天慶以前の創立と考えられます。明治41(1908)年には須賀神社など11社を合祀し、昭和26(1951)年には八幡神社など3社を分祀しています。創立に関しては、大物主神の鬼退治の伝説があります。


伊勢國奄藝郡の猟人が山に入って鬼を退治し、その鬼の捕へていた女を妻として児を生んだ。ところが、母子ともに姿を隠して行方不明となってしまった。その後猟人が大和國三輪社に詣でて再会を所ったとき、神殿忽ち開扉して母子ともに殿内にあり、猟人妻子みな化して神となった(『袖中抄』『童蒙抄』)。そこで、その神祭は奄藝郡の人が執行する事になつたと言う。このような由緒によつて、三輪の明神すなはち大物主神を創祀したのが当神社である。

Img_7687c_20200112163801  主祭神は、大物主神(オオモノヌシノカミ)。相殿神は、大日孁命(オオヒルメノムチ;天照大神の異称)、豊宇気毘売命(トヨウケビメノカミ;豊受大神の異称)、品陀和気命(ホンダワケノミコト;応神天皇)、天忍穂耳命(アメノオシホノミコImg_7692c ト)、底筒之男命(そこつつのおのみこと;水底で生まれた。中筒男(なかつつのおの)命と表筒男(うわつつのおの)命とあわせて住吉大神)、中筒之男命、上筒之男命、誉田別命(ホンダワケノミコト;応神天皇)、須佐之男命国狭槌命(くにのさづちのかみ;山の神である大山津見神(大山祇神)(おおやまつみのかみ)と野の神である鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)(草野姫)との子。地上の土の神。山野の土の神である天之狭土神と対をなす)、石凝姥命(イシコリドメノミコト;天照大神が天の岩屋戸に隠れたとき、鏡を作った神)、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。11社を合祀したためか、たくさんの神様がいらっしゃいます。ここでは、氏子の方から、神社の由緒などが書かれたものをいただきました。

Img_7699c_20200112170501 Img_7705c  大乃己所神社からは1㎞足らずで、魚歳食品へ。ここは、はんぺい、天ぷら、エビカツなど、魚肉の加工食品の会社。「はんぺい茶屋」として、製造直売をしています。ここで、お待ちかね、はんぺいの試食(微笑)。一昨年は、空腹で写真を撮る前に、一口かじってしましました。過ちを繰り返さないよう、今回は慎重に行動(苦笑)。試食があると思って、小腹が空いたとき用のおやつは、今日は、持参していません。

Img_7708c_20200112170901  魚歳食品の対面に石積神社(いしづみじんじゃ)があります。創立は、延喜年間以前ですが、詳細は不詳。織田信長の乱に際して兵火に罹り、「社宇悉く灰燼に帰せりし時神霊は伊勢神宮に遷らせ給う時に山田地方大いに暴れて天災・変数々到る。依て神官に神宣を伺わしむるに神宣あって曰、これ石積の神の崇りなりと神語に宣給えり、鈴鹿山の山続なる尾前に於て南の溜池在り北に里ある處に移し祭れよとの宣ありしに囚り神宮より直ちに神官従者等に命じて神輿を奉ぜしめ此の所に祀りし」処の窪田階下に奉遷せられたと伝える。すなわち、信長の戦乱により灰儘に帰したとき、神霊は伊勢神宮にお遷りになりました。その後、山田地方に非常の暴風雨が頻発し、人々が災害に苦しんだとき、神宣を伺ったところ、「これ石積の神の崇りにつき、神霊を鈴鹿の山続きなる尾前の地、南に溜池あり、北に里ある所に遷し祀れよ」というご託宣があり、この旧社地窪田に奉遷になったということです。

Img_7713c  主祭神は、大山祇神(おおやまつみのかみ;山をつかさどる神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子)。相殿神は、大日孁貴命経津主命(ふつぬしのかみ;磐筒男神(いわつつのおのかみ)と磐筒女神の子。香取神宮の祭神。天孫降臨に先立って、出雲に行き、大己貴命(おおなむちのみこと)を説いて国土を献上させた)、活津日子根命(いくつひこねのみこと;素戔嗚尊と天照大神が誓約(うけい)を行なった際生まれた、五男神中の一神)、天津日子根命誉田別命。石積神社を出るところで、ちょうど11時。

Img_7719c_20200112173401  続いて、窪田の常夜燈。高さ8.6mで、津市内最大の常夜灯。東海道関宿と参宮街道を結ぶ伊勢別街道は、江戸時代、京都滋賀方面から伊勢神宮へのルートとして、賑わったそうです。滋賀県の商人が資金を出して造り、当初は伊勢神宮まで運ぶつもりだったのが、大きすぎて運ぶのが困難になり、やむなくこの地に設置したものだといいます。文化14(1817)年につくられ、伊勢別街道の宿場町であった窪田の東端の近江屋、大和屋といった旅籠の近くに置かれました。

Img_7728c_20200112183601  窪田の常夜燈のすぐそばにJR紀勢線が通っていて、一身田駅があります。この駅舎は、大正12(1923)年12月に竣功し、平成3(1991)年に改修されました。趣のある駅舎です。現在は、無人駅。ここまで来れば、高田本山・専修寺はもうすぐ目の前です。

Img_7765c  そして、いよいよ本日のメイン、高田本山専修寺に到着。スタートから7㎞、11時25分。左の写真は、山門。1月9日から16日まで「お七夜」が行われています。お七夜は、他の真宗諸派でいう「報恩講」。宗祖親鸞聖人のご遺徳をしのび、ご恩を喜び、報謝するためのお勤め。専修寺では、七昼夜にわたって勤められるところから、「お七夜」と呼ばれています。

Img_7738c  いささか順番が逆とは思ったものの、時間も時間でしたので、先に御非時をいただくことにしました。心身を落ち着かせてかImg_7733c ら、心静かにお参りしようという(屁)理屈(微笑)。御非時がいただける食堂(じきどう)へ直行。家内の知人からいただいた御非時券でいただいてきました。「非時」とは、仏語で、元は、僧が食事をしてはならないと定められた時という意味です。正午から翌朝の日の出前までの間。僧侶は正式には1日1食で、午後の食事は禁止されていたといいます。御飯も味噌汁も温かく、ヒリョウズにも良い味がついていました。

Img_7730c_20200112190301 Img_7749c  落ち着いてから(微笑)、御影堂と如来堂その他にお参りしてきました。左は如来堂。こちらにご本尊の阿弥陀如来が安置され、教義上の本堂。右は、御影堂から如来堂を見た写真。御影堂には親鸞聖人の木像が安置されています。高田本山専修寺は、私の好みのお寺です。我が家は、真宗大谷派なのですが、全く個人的には大谷派の本山である東本願寺よりもいいと思っています。如来堂、御影堂は国宝。

Img_7755c_20200112190701  左は、親鸞聖人御廟拝堂。この奥に、宗祖・親鸞聖人の廟所があります。そして、いつも高田本山専修寺にお参りすると、必Img_7759c_20200112190701 ず立ち寄ってくる納骨堂。ここに家内の父の遺骨が納めてあるのです。「挨拶」と思って、お参りしてきます。専修寺と一身田寺内町は、気に入ったところで、一昨年の近鉄ハイキングの後も個人的に訪ね、あちこち歩き回ってきました(2018年1月16日:勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(予告編))。

Img_7769c_20200112191301  高田本山専修寺には、1時間ほど滞在。境内にある茶所(ちゃそ)で土産も買って、ハイキングを続けます。お七夜の間、参道にはたくさんの露店が出て、まるでお祭りのようです。一昨年はもっとたくさんあったと思うのが、植木屋さん。今年は2~3軒とかなり少なくなっていました。お七夜の植木屋さんといえば、家内の父親がお七夜にお参りするたびに植木を買ってきたといいます。一身田寺内町の館にも立ち寄って来ました。ここでは、高田本山専修寺や、一身田寺内町のことについて詳しく知ることができます。一身田寺内町は、真宗高田派本山専修寺を中心にした一種の自治都市でした。今も町の周囲を環濠が巡り、寺内町の景観を形成しています。

Img_7778c_20200112191901  このあと、東に向かい、伊勢鉄道の高架の下を右折。江戸橋駅に向かいます。伊勢鉄道の線路沿いに進み、いったん伊勢別街道に出て南東へ。途中から伊勢別街道を離れ、旧伊勢鉄道の線路であった道路を歩き、私の非常勤先の踏切手前で再び伊勢別街道に入ります。最終の目的地はおぼろタオル(左の写真)。割引があったのですが、何も買わず。

Img_7779c_20200112191901  ゴールの江戸橋駅には13時15分に到着。ここまで、3時間40分をかけて、11.2㎞を歩いてきました。さほど寒くもなく、また、昨日のように汗を掻くほどでもなく、歩きやすい天気でした。13時20分に出る名古屋行き急行に乗車。桑名駅には14時3分に到着。¥700。

Img_7786c_20200112191901  ALKOOのデータでは、歩数は22,583歩でした。自宅から桑名駅往復の1.8㎞と合わせて、今日は13.0㎞。あみま倶楽部のスタンプは、ややスローペImg_7790c ースで、昨年12月に会員資格を更新してから、2個目。着実に参加して、スタンプを増やしていこうと思っています。

Img_7794c_20200112191901  今日の土産は、こちらの2品。私としては「桜おこし」が欲しかったのですが、境内にある臨時の土産販売所にも、茶所の売店にもありませんでした。そこで、代わりに「国宝 高田本山専修寺 せんべい(¥630)」を買ってきました。本当に欲しかった土産は、「桜おこし」。こちらは境内では売っておらず、諦めて「本山せんべい」を買ったのですが、一身田寺内町の館の先にある御菓子司春乃舎さんで桜おこしを売っていたので、買ってしまいました(3個入りで¥500)。桜おこし(黒糖を使った昔ながらの高田本山土産)を買わないと、高田本山専修寺に来たという気がしないのです。

 本日の近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策へ」は、これにて「完」。

|

« 20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(予告編) | トップページ | 20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その1)……松重閘門から堀川沿いを歩き、堀川橋梁まで »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

散歩」カテゴリの記事

神社」カテゴリの記事

寺院」カテゴリの記事

歴史散歩」カテゴリの記事

近鉄ハイキング」カテゴリの記事

名所旧跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(予告編) | トップページ | 20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その1)……松重閘門から堀川沿いを歩き、堀川橋梁まで »