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2020年1月13日 (月)

20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その1)……松重閘門から堀川沿いを歩き、堀川橋梁まで

 令和2年になって最初に参加したウォーキング/ハイキングである、JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性条約EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」の本編、その1です。この企画は、名鉄のハイキングとの共同開催。名鉄のハイキングには初めて参加しました。当日は、天気もよく、風も弱くて、1月にしては暖かいというか、少々暑く感じるくらいの陽気でした。

Img_7166c  名鉄名古屋本線山王駅で8時半から11時が受付。JRではなく、乗り換えが便利なので、桑名駅を8時31分に出る近鉄名古屋行き普通電車に乗車。近鉄名古屋駅に9時12分着、¥450。名鉄名古屋本線に乗り換えます。名鉄名古屋駅を9時24分に出る東岡崎行き普通で、山王駅に9時26分着、¥170。

Img_7162c_20200111172001 Img_7158c_20200111172001  山王駅は、名鉄名古屋駅から豊橋方向に1駅目。以前は、「ナゴヤ球場前」で、さらにその前は「中日球場前」といわれていました。年配の中日ドラゴンズファンには懐かしい駅。私も、子どもの頃から現役当時まで、何度かここを利用してドラゴンズの試合を見に行きました。平成8(1996)年まで中日ドラゴンズのホームグラウンドだったナゴヤ球場への最寄り駅でした。しかし、ホームグラウンドが平成9(1997)年からナゴヤドームに移転したため、利用客も激減し、平成17(2005)年に開業当時と同じ現在の駅名に改称しました。ナゴヤ球場は、中日ドラゴンズ二軍の本拠地球場および練習場となっています。ホームから南西に見えますが、一軍の本拠地だった頃とはかなり変貌してしまっています。

Img_7178c  ホームは高架にあり、階段を降りて改札口を出たところがスタート受付なのですが、小さな駅なので、大混雑。受付の先ですぐImg_7180c_20200111172001 に信号を渡るコースのようで、それも混雑にいっそうの拍車をかけています。何とかスタート看板を撮って、スタートしたいのですが、信号待ち(笑)。

200111jrwalkingsannou  こちらが当日配布されたコースマップ。山王駅をスタートして松重閘門へ。その後は、堀川沿いをずっと歩いて、名古屋国際会議場に行きます。「あいち・なごや生物多様性EXPO」が、1月11・12日と開催されていました。続いて、白鳥庭園、白鳥公園を経て、宮の渡し跡へ。個人的には、ここ宮の渡し跡へ行くのが目的で参加しました。ゴールは、秋葉山円通寺。オプションコースとして、熱田神宮に参拝しますが、宝物館が割引料金で入れることになっています。熱田さん参拝のついでに、宝物館も観てこようと思って出かけました。帰りは、名鉄神宮前駅から電車に乗るつもり。山王駅から円通寺までは、約7.0㎞。

200111jrwalkingsannou0  実際に歩いた実測ルートマップ。寄り道はしていませんので、ほとんどコースマップ通りに歩いています。こうしてみると、名古屋国際会議場などに立ち寄りながら、堀川沿いを5㎞ほど下ってきたのがよく分かります。ゴール受付の秋葉山円通寺までは、6.7㎞でした。そこから熱田神宮に参拝し、宝物館を拝観して、名鉄神宮前駅へ行きました。神宮前駅までは8.4㎞。

200111jrwalkingsannou1  実測ルートマップの詳細版、その1。スタートの山王駅から、松重閘門を経て、堀川沿いを南下。2㎞あたりまでの地図となっています。

Img_7187c_20200111172001 Img_7192c_20200111172801  さて、山王駅をスタートしたのは、9時35分。左の写真は、スタートして駅前の信号を渡ったところから振り返って撮った写真。名古屋でのJRさわやかウォーキングの参加者は、ものすごい数になりますが、今日は、名鉄のハイキングも共同開催ということで、参加者はさらに多いような気がします。スタートして100mあまりは北に向かいます。前方遠くには、名古屋駅前の高層ビル群も見えます。

Img_7196c_20200113075001  中川運河に突き当たり、右折。この日のコースの案内板は、名鉄のハイキングのもの(左の写真)。また、ところどころにImg_7223c_20200113075201 は、フラッグも掲げられています。新鮮な感じ。同じウォーキング/ハイキングとはいっても、やり方などは鉄道会社によって微妙に異なります。JRと名鉄はコース案内板が掲出されますが、近鉄ハイキングではそれはありません。その代わり、コースマップは近鉄のものは詳しい。受付も、近鉄は原則としてスタートの時のみで、スタートの時にあみま倶楽部のスタンプも押してもらえます。JR・名鉄はスタートはコースマップの配布のみで、スタンプ押印や完歩券配布はゴール受付にて。

Img_7218c_20200111172801  スタートから500mで松重閘門に来ました。去年(令和元(2019)年9月28日のJRさわやかウォーキングでも来ていますImg_7245c_2020011308000120190928JRさわやかウォーキング「名古屋の二大庭園とてづくり朝市を訪ねて」へ(予告編))。名古屋港と、旧国鉄笹島貨物駅を結ぶ中川運河が開削されたとき、堀川とを結ぶためにつくられたもの(昭和5(1930)年(供用開始は、翌年)。両河川は水位が2mほど違ったそうです。東西長さ90mの水路の両端に高さ約20mの塔が2棟ずつあり、一対の塔をつなぐ橋に吊られた40トンの鉄板を上げ下げしました。塔の内部には鋼板を動かすのに使う錘が入っています。日本の閘門では、扉式が多いそうですが、このように両側に塔を建設するやり方は珍しいとされます。左の写真は西側から、右の写真は、もう一対の棟を東側から撮ったもの。夜はライトアップされ、その姿は「水上の貴婦人」と呼ばれます。電車から遠く、見たことはありますが、近くでも見てみたいですねぇ。松重閘門は、昭和43(1968)年に閉鎖され、昭和51(1976)年に使用廃止になっています。

Img_7232c_20200113112501  この松重閘門のところ、南北橋交差点を通り、堀川をわたってその左岸(東側)に出ます。この堀川は、江戸時代初期の名古屋開府に際して、建築資材運搬用の運河として伊勢湾から名古屋城付近まで開削されたことがそのルーツとされます。一般に堀川は、慶長15(1610)年、福島正則が徳川家康の命により、名古屋城築城の天下普請に際して資材運搬を目的とした水路として、現在の朝日橋付近までを掘削したとされます。ただし、当時の土木技術の水準では、何もないところに全く新しい水路を引くのは困難で、元々、自然河川が存在したとする説もあります。尾張藩の公的な記録『事績録』には、慶長16(1611)年2月に、名古屋城普請に携わっていた20の大名に対して名古屋城までの運河開削のために千石当たり1名の人夫を出すことを命じられた(『蓬左遷府記稿』こと、同年6月には熱田白鳥から名古屋城下までの運河開削がほぼ完了したこと、白鳥付近は担当した福島正則(左衛門大夫)から「太夫堀」と呼ばれたとの記載があるそうです(太夫堀については、後ほど、白鳥公園のところで出て来ます)。これから、堀川沿いを下っていきますが、古い橋は、親柱や照明灯のデザインが凝っているので、それを見ていくのがたのしみです。左は南北橋。

Img_7234c_20200113080201  南北橋の東側、松重橋の下流側の堀川は幅が広くなっていて、ユリカモメなどの水鳥が休んでいました。中に、よく見るとセImg_7238c グロカモメもいます。12月21日のJRさわやかウォーキング「歴史や文化が見える市政資料館と輝く金のシャチホコ 名古屋城を歩こう」の時と同様に、今日も堀川から宮の渡し跡までの間でバードウォッチングができそうです(微笑)(20191221JRさわやかウォーキング「歴史や文化が見える市政資料館と輝く金のシャチホコ 名古屋城を歩こう」へ(予告編)……年内最後のハイキング/ウォーキング【カモの名前を付記(12/22)】)。

Img_7254c  松重橋からひたすら南下して行きます。このあたり、指定されたコースは、道路の左側(東側)ですので、Img_7259c 堀川の水面はあまりよく見えません。山王橋を過ぎて、スギドラッグ。割引券がマップに附いていましたが、ドラッグストアには用事はなく、通過。古渡橋(スタートから1.5㎞ほど)に来ました。古渡橋(ふるわたりばし)は、堀川が掘られたころにかけられた「堀川七橋(ほりかわななはし)」の1つです。このあたりの地名「古渡」から名付けたといわれています。近くには、昔、鎌倉街道が通っていたといいます。また、古渡城跡が、現在は、真宗大谷派名古屋別院(東別院)になっています。古渡城は、織田信長の父・信秀が天文3(1534)年、東南方に備えるために築城した城で、信長はここで元服したといいます。この古渡橋のところから、道路の右側を通りますので、まさに堀川沿いを歩いていきます。

Img_7266c_20200111174701  スタートから1.8㎞地点で、JRと名鉄の鉄橋をくぐります。この先には、JRAウィンズ名古屋があります。私には縁がありません。鉄橋は、北から順にJR中央線、名鉄名古屋本線、JR東海道線です。中央線の特急しなのが通過して行きました。この3路線の橋梁はかなり古く見えます。

Img_7276c Img_7273c  調べてみると(こちらを参照)、東海道線の熱田~名古屋間は、明治32(1899)年7月に複線化されました。堀川橋梁は、南側の新線(上り線)に移設されています。中央線の多治見~名古屋間の開通は明治33(1900)年7月で、同線の堀川橋梁は、複線化で余剰となった東海道線の初代橋梁を転用しています。さらに、名鉄名古屋本線の新名古屋~神宮前間は第二次世界大戦中の昭和19(1944)年9月に開通。名鉄の堀川橋梁の下り線は、この区間建設に伴う中央線の線路移設時に廃線となった旧線の橋梁を転用しているといいます。左の写真は東海道線の橋脚、右の写真で向かって右側の2つが名鉄名古屋本線の橋脚。したがって、右の写真でもっとも右に写っているものが、もっとも古い橋脚となります。明治時代の橋脚や橋桁が今も使われているというのは、驚き。

 キリが良いので、その1は、ここ堀川橋梁まで。堀川橋梁は、JR東海道線の尾頭橋駅と、JR東海道線、中央線、名鉄名古屋本線、市営地下鉄の金山総合駅との中間にあります。尾頭橋駅からの方がやや近くなっています。

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