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2019年11月16日 (土)

20191116近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅11日目~伊勢街道、旅人気分で斎宮から宮川の渡し・そして神領域へ」(予告編)

Img_9019c_20191116175001  今日は、予定通り、近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅11日目~伊勢街道、旅人気分で斎宮から宮川の渡し・そして神領域へ」に参加してきました。タイトル通り、3月から12回シリーズで続いている伊勢参りハイキングの11回目。これまたタイトル通り、いよいよ豊受大神宮(外宮)参にお参りですので、「神領域へ」ということです。先週末の近鉄ハイキング、JRさわやかウォーキングの記事の本編が滞ってはいますが、今日はこちらの予告編。冒頭の写真は、豊受大神宮正殿。

Img_8476c  受付は、近鉄山田線・斎宮駅で9時半から11時。桑名駅を8時22分に出る伊勢中川行き急行に乗車。伊勢中川には9時24分に到着。9時29分発の賢島行き普通に乗り換え、斎宮駅には、9時53分到着。¥1,090。1時間半は、乗り応え十分でした(苦笑)。

Img_8471c  いつものようにコースマップを受け取り、あみま倶楽部のスタンプを押してもらいます。今日は、斎宮駅(南Img_8475c 出口)を出てまずは、竹神社(ここは、6月の斎王まつりで来ています)、有明六地蔵、転輪寺、宮川・桜の渡し跡から、播田屋・浦の橋店を経て、伊勢街道と伊勢本街道が合流する筋向橋、さらに小西萬金丹の店を見て、いよいよ豊受大神宮(外宮)にお参りします。コースでは、式年遷宮記念せんぐう館に立ち寄って、山田線・宇治山田駅がゴールという、マップ上約13㎞のコース。さすがに「健脚向け」となっていました。

191116kintetsuhikngsaiku  実際に歩いたルートマップ。斎宮駅は三重県明和町にあります。そこから、近鉄の駅数でいうと6駅分歩いて(明星、明野、小俣、宮町、伊勢市、宇治山田)、伊勢市にある宇治山田駅がゴール。実際に歩いたのは、14.3㎞でした。朝はやや寒かったものの、日中は暖かく、汗も掻き、けっこう疲れました。

Img_8495c_20191116180001  斎宮駅を出て、伊勢街道に入ってすぐに竹神社があります(スタートから500mほど)。明治44(1911)年、旧斎宮村にあった25社の神を合祀して誕生Img_8509c した神社です。元は竹川の古里にあったのですが、明治時代に野々宮が祀られていた現在の場所に遷りました。この周辺からは平安時代の大規模な塀列や掘立柱建物の跡が発掘されたため、斎王の御殿があった場所ではないかといわれています。御祭神は、長白羽神天照大御神建速須佐之男命他9柱。6月2日に来たとき、拝殿に向かうように立っている石垣が気になっていました。今日は、宮司さんも、氏子の方もいらっしゃったので、伺ったのですが、何であるか分からない、結論が出ていないということでした。「蕃塀」かも知れませんが、ここは、もとは斎宮城があったところでもあり、それにまつわるものかも知れないということで、残念ながらその正体は明らかにならず。

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 1.2㎞あたりに「有明六地蔵」があります。室町時代後期の「六地蔵石幢(せきどう)」で、総高194.5cm、石質は砂岩。「永正(えいしょう)十癸酉(みずのととり)(1513年)」に「永春によって先祖供養のために建てられた」と碑文にあるそうです。廃寺跡の公民館敷地に立っています(地蔵院跡という標柱があります)。斎宮は神領であったため、明治初年の神仏分離令によりほとんどの寺院は廃せられたといいます。

Img_8571c  スタートから2.2㎞のところに長松山安養寺があります。臨済宗東福寺派のお寺。東福寺の九世で伊勢出身という癡兀大慧(ちこつだいえ)によって永仁5(1297)年に建立されました。その最盛期には、「百間四方の境内の周りには堀が巡らされ、Img_8598c_20191116181901 その中には多くの堂塔が立ち並ぶ大寺院であった」といい、京の五山に準ずる格式の寺だったといいます。このお寺は、蒲生氏郷の伊勢街道付け替えと参宮者の激増にともない、四十五世笠雲寂仙(1661)、四十六世海会寂印(1680)により現在地に再建されています。その後、門前に明星茶屋がつくられ、湯茶の接待が行われたそうですが、この寺の裏にある井戸水は「明星水(あけぼのの井)」と呼ばれ、浄めの茶として参宮客がのどを潤したといいます。

Img_8623c_20191116183201  近鉄明星駅近くまで来たのは、10時50分過ぎ。1時間かけて3.1㎞を歩いてきました。ここに真宗高田派の明星山轉輪寺があImg_8646c_20191116183201 ります。文明13(1481)年の開創。ご本尊の阿弥陀如来は室町末期のもの。現在の庫裏は、元本堂で江戸初期、本堂は天保年間の再建です。表門は田丸城内から、南門は松坂城から移築したと伝えられています。立派なお寺で、伺ったところ、天保2(1831)年に本山の御通所(おかよいしょ)となり、代々の法主が参宮されるときの休泊所となり、中本山としての役割を果たしていたお寺だそうです。

Img_8664c_20191116184001  明星郵便局を過ぎ、スタートから4.7㎞地点に道標があります。「従是外宮二里」と彫られています。嘉永6(1853)年の建Img_8693c 立。さらに1㎞ほど行くと、「徳浄上人千日祈願の塔」があります(右の写真)。昔、一人の僧がここ明野の庚申堂を霊場(根城)にして修行していたのですが、天保の頃、大飢饉に見舞われたとき、この僧が村民の窮状を救わんとして伊勢両神宮に千日の間、村民の無事息災を祈願して素足で日参されたといいます。その後、明野村は疫病などもなく平安に暮らすことができたそうです。この僧を徳浄光我上人といい、その徳を称え建立したもの。満行は、天保7(1836)年3月29日とあります。

Img_8725c_20191116185301  このあとは、今日の楽しみの一つ。スタートからは6.3㎞ほど、時刻は、11時40分頃とちょImg_8728c うどよい頃合い。私の大好物である「へんば餅」を売っているへんばやさんに到着。ここが本店。伊勢街道の最終の宿場である小俣宿にあります。「へんば」は、「返馬」。安永4(1775)年)に9代前の先祖が参宮街道宮川のほとりに茶店を設け餅を商い初めました。当時駕籠や三宝荒神(馬上に三つの鞍を置いたもの)で参宮する人達がこの店で休み、ここから馬を返し参宮したため、何時からかへんば(返馬)餅と名づけられたといいます。

Img_8736c_20191116185301  へんばや本店には、30数年前に1度だけ来た記憶があります。せっかく本店に来たのですから、へんば餅を味わっていくことImg_9150c_20191116191701 に。米粉を用いた餅で、独特の食感があり、両面に焼き色がついています。香ばしく、口溶けもよく、こし餡はまろやかな甘み。堪りませんねぇ(微笑)。へんば餅2個に玄米茶がついて、¥160。昔の旅人気分を満喫。さらに、今日は大盤振る舞い。へんばやさんの隠れた名物である、赤飯弁当(一合少々で¥450)と、昆布の佃煮(120gで¥500)を土産に買ってきました。

Img_8823c_20191116195701  へんば餅を味わい、小腹も満たせ、再び旅人になり、歩き続けます。相合川を渡り、7㎞を過ぎ、さらに外城川も越え、小俣Img_8826cの町に入り、スタートから9㎞の手前で宮川・桜の渡し跡に来ました。伊勢神宮の神領の境界であり、神域に入るための禊をする神聖な川でした。かつて伊勢街道はこの川を船で渡ったのですが、大和・紀州方面からは柳の渡し(上の渡し)、京や東国方面からは桜の渡し(下の渡し)を渡りました。春には、桜が美しく咲き、茶屋が並び、御師の出迎えの看板が林立したそうです。また、めでたく参宮を終えて買える伊勢請うの人々を送る道中かも響いたところです。

Img_8861c_20191116200501  この桜の渡し跡の少し上流で、宮川橋を渡って宮川を越えます。ほぼ9㎞地点で宮川橋を渡り始めます。写真で向かって左側にあるのは、JR参宮線の鉄橋。参宮線は、先日のJRさわやかウォーキングで訪ねた多気駅(紀勢本線との分岐)から鳥羽駅までのJR東海の路線。その名の通り、伊勢神宮への参詣路線として明治26(1893)年から明治44(1911)年にかけて開業した路線です。現在は、紀勢本線の多気駅から分岐していますが、もともと亀山駅~鳥羽駅間が参宮線とされ、紀勢本線が全通した昭和34(1959)年に参宮線は多気駅~鳥羽駅間に変更されました。伊勢神宮参詣の重要路線として幹線並の扱いを受け、首都圏や西日本各地からの直通列車も運転されていたのですが、昭和45(1970)年に近鉄鳥羽線が開業すると乗客は激減してしまいました。

Img_8902c_20191116201201  宮川を越えると、いよいよ伊勢に来たという感じがしてきます。JR参宮線の山田上口駅近く、スタートから10.5㎞ほどのところに道標があります。「茶屋の道標」です。文政5(1822)年の建立。「すぐ外宮江三十三丁半 内宮江 壱里三十三丁半」と彫られています。

Img_8940c  13時少し前、スタートからほぼ11キロを歩いて、筋向橋に来ました。かつての伊勢街道、伊勢本街道、熊野街道の合流地がここです。現在は、ここの清川(宮川の支流)は暗渠になっていて地上には欄干のみが残っています。この欄干は、嘉永2(1849)年のもの。元はもう少し北にあったといいます。江戸から伊勢までの距離は、日本橋から、ここ筋向橋までの距離を測ったそうです。もと、道筋と橋の板がすじかいになっていたからこの名があります。古くは反り橋だったのですが、大正4(1915)年から平橋になり、昭和3(1928)年からはコンクリート橋になっています。

Img_8957c  この筋向橋の近くに、次の立ち寄りスポットである播田屋浦の橋店があるのですが、見つけられずウロウロ。信号待ちの間Img_8960c に気づいて、立ち寄って、名物の「絲印(いといん)煎餅」を買ってきました。今日は、ハイキング特典として500円以上買うと、丸ぼうろをいただけたのですが、私が買ったのは絲印煎餅の5包み入り、¥250。絲印煎餅は、鶏卵、砂糖、小麦粉を使い、薄焼きにした煎餅で、表面には絲印の印影が焼きつけられています。明治38(1905)年、天皇陛下の伊勢神宮ご参拝に際し、献上菓子として創られたもの。絲印とは、室町時代以降中国からわが国に輸入された生糸に添付されていた銅印のことで、小さな鈕(ちゅう)のついた印だそうです。上記のリンク先に写真があります。

Img_8977c  コースに戻って、11.7㎞あたりに、小西萬金丹の店が残っています。萬金丹(まんきんたん)は伊勢国(三重県伊勢市周辺)Img_8970c で伝統的に製造販売されている漢方薬で、主に「野間の萬金丹」「護摩堂明王院に起源する萬金丹」「秋田教方中倉萬金丹」「小西萬金丹」の4つがあったのですが、このうち、21世紀の現在も製造・販売を継続しているのは小西萬金丹のみです(製造は県外に委託)。600年の歴史をもつ伊勢の伝統薬万病に効く、お伊勢さんの霊薬とされます。荷物にならず、しかも実益ある薬ということで、 お参りの土産物として萬金丹は大人気でした。武士が腰に下げていた印籠の中にも萬金丹が入っており、懐中薬の代表でもあったようです。江戸時代には旅の道中に常備する万能薬とされていましたが、主に胃腸の不調を改善するもので、その効能は、食欲不振、消化不良、胃弱、飲みすぎ、食べすぎ、胸やけ、胃もたれ、はきけ(胃のむかつき、二日酔い、悪酔、悪心)などとなっていたといいます。配合されている生薬は、下痢、腹痛にも効果があり、その用途は幅広いものでした。

Img_9030c  さぁ、いよいよ豊受大神宮(外宮)に着きます。スタートから12㎞あまりです。時刻は、13時20分になります。豊受大御神Img_9019c_20191116175001 を祀っています。豊受大御神は、内宮の天照大御神のお食事を司る御饌都神(みけつかみ)であり、衣食住、産業の守り神としても崇敬されています。去年12月に来たときには、正宮の他、別宮など境内にある神社すべてをお参りして回りましたが、今日は、正宮のみ。

Img_9026c_20191116201601  お参りを済ませてから、神札授与所へ立ち寄りました。来年、令和2年の神宮暦が出ていれば、授けていただこうImg_9047c と思っていました。去年は、初めてでしたので2種類をいただいてきましたが、今年は小さい方のみ。初穂料は、¥200。日の出や満潮時刻など天体と気象に関する身近な情報や農事情報をまとめた暦で、私が普段使うには、これで十分。

Img_9033c  式年遷宮祈念館・せんぐう館も立ち寄りスポットになっていましたが、今日は、休憩所から勾玉池を眺めてきただけ。ここでもう13時半を回っていました。宇治山田駅でゴール受付が設置され、参加証のマグネットがもらえるのは、14時半まででしたので、せんぐう館はパス。昼ご飯もパスして、歩きます。

Img_9087c_20191116201601  13時55分、無事に宇治山田駅にゴールイン。14.3㎞とよく歩きました。小俣町にある気象データを見ると、最高気温Img_9145c_20191116201601 は、19.8℃。便利なのか、手間がかかっているのか定かではありません。今日もまた、参加証のマグネットをいただきました。いや、けっこう汗を掻いて、疲れました。当初は、宇治山田駅で伊勢うどんを食べようと思っていたのですが、あいにく駅コンコースにはうどん屋はなく、また外に出て、駅前の商店街に行く必要があるようでした。ちょっと残念なのですが、今回は、断念。

 Img_9101c_20191116201601  さすがにこれだけの距離を歩いてくると疲れます。気温も、この時期にしては上昇し、汗を掻いたくらい。それで、疲れてしまい、帰りは大Img_9121c_20191116201601 盤振る舞いの続きで、近鉄特急に乗車することに。直通の名古屋行き急行が出たばかりだったというのもあります。14時14分発の名古屋行き特急に乗車。久しぶりにビスタカーの2階座席。運賃は¥1,220、特急料金が¥1,340で、合計¥2,560。桑名には15時19分に到着。

Img_9130c  今日であみま倶楽部のスタンプは31個目。12月中に40個を達成するのは、難しそうですが、できるだけ記Img_9140c 録を伸ばします。ALKOOのデータは右の写真のとおり。26,332歩。生活リズム計よりもやや多めになります。ハイキングで歩いた14.3㎞に、自宅から桑名駅の往復1.8㎞を加算すると、今日の歩行距離は16.1㎞でした。

 本編は、もう少し先になるかと思います。先週の近鉄ハイキング「近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く」と、JRさわやかウォーキング「晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、『おいないまつり』で多気の文化と食を楽しもう!」の記事が終わってからです。

 明日は、午前中に名古屋国際センタービルで相談会を催します。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

伊勢参りハイキングも、11回目でようやく外宮さんにお参りできました。
残すところあと1回で、次は宇治山田駅から古市の町を越えて、猿田彦さんから内宮さんへという予定です。

へんばやさんは、立ち寄りスポットにはなっていなかったのですが、ここは外せませんね。
へんばもちはもちろんですが、佃煮も美味しいですね。
ご飯のお供にも、酒のつまみにも最適です。

絲印煎餅も好きなもので、いったん通り過ごしたのを引き返して買ってきました(微笑)。

せんぐう館も再開していましたが、ゴール受付の時間が気になり、今回はパスしてしまいました。
神宮については、徴古館などまだ行っていないところもありますので、あわせて是非尋ねたいと思っています。

単眼鏡は、コンパクトで便利ですね。
普段の散歩にも持っていきましたが、揖斐川左岸堤防から中洲にいる鳥を見るのに重宝しました。
今度の水曜日も、また道草して、志登茂川で試してこようと思っています。

投稿: mamekichi | 2019年11月18日 (月) 19時05分

ゴールおめでとうございます
へんば餅や糸印煎餅、萬金丹があって今回はお土産選びも楽しいコースですね。
いつもへんば餅と昆布の佃煮を買ってきます。
佃煮おいしいですよね。
どこかのお店で出汁を取った昆布でしょうけどお気に入りです。
せんぐう館も再開したようですし外宮も更に人が集まりそうですね。

同じように単眼鏡を持ってますが、自分のは1000円ぐらいので7×18 対物フォーカスタイプです。
犬の散歩で鞄に持ってますが、なかなか片手にリード持って
片手で単眼鏡を覗く余裕がなく入ったままです^^;

投稿: こころん | 2019年11月18日 (月) 17時28分

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