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2019年11月 4日 (月)

20191103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(完)【付記(11/4)中日新聞の記事を載せました】

2019ujisato  昨日のJRさわやかウォーキングに続いてですが、今日は、近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」に行ってきました。去年も氏郷まつりに合わせて、まったく同じコースの近鉄ハイキングに行っています(20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ……予告編20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(その1)……八雲神社(調べが足りませんが……)20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(その2)……愛宕山龍泉寺20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(その3)……和歌山道道標、樹敬寺で本居宣長墓所、御城番屋敷で武者行列を見る20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(その4)……松阪神社、本居宣長ノ宮20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(その5)……松坂城跡、松阪市立歴史民俗資料館を経て松阪駅でゴール(完))。畏友M氏と松阪の話をしていたら、御城番屋敷を見てみたいということになり、去年と同じコースではありましたが、出かけてきた次第。私も、御城番屋敷や、松坂城跡は気に入っています。ということで、今日は、「俄(インチキ?)ツアーコンダクター(苦笑)」。去年と同じコースですので端折りながら。詳細は、上記のリンク先から、去年の記事をご覧いただければ幸いです。

Img_6378c  近鉄松阪駅で9時半から11時が受付。桑名駅を8時42分に出る松阪行き急行に乗車して、9時49分着。¥960。受付は空いていまImg_6374c した。受け取ったコースマップのナンバーは194でしたからさほど参加者は多くはなさそうです。右がそのコースマップ。松阪駅北口にある近鉄松阪駅をスタートして、八雲神社、愛宕山龍泉寺、松阪神社、本居宣長ノ宮、松坂城跡、松阪市立歴史民俗資料館、旧長谷川治郎兵衛家を経て、近鉄松阪駅に戻るという、コースマップ上は約5㎞。スタートしてすぐ、道に迷っているおばちゃん3名に遭遇。道順を教えたら、「ついていく」といわれ、危うく掴まりそうになりましたが、松阪駅地下道で振り切ってきました(微笑)。女性も複数になると、その勢いに負け、こちらが元気を吸い取られそうになるのです(苦笑)。

191103kintetsuhikingmatsusaka  こちらが実際に歩いたルート。愛宕山龍泉寺までは、マップ通りに進み、その後、コースにはない御城番屋敷を見に行き、そのまま松坂城跡へ。ここから勝手にコース変更(微笑)。城跡で御城番屋敷を見下ろしながら昼食を摂ってから、本居宣長ノ宮、松阪神社へ行き、松阪市歴史民俗資料館はパス。旧長谷川治郎兵衛家から、本居宣長旧宅跡と牛銀の店を見て、豪商のまち松阪 観光交流センターを経て、松阪駅に戻ってきました。結局、7.1㎞を歩きました。御城番屋敷のあたりは何度もウロウロしましたし、日野町交差点から松阪駅は同じルートを往復しています。

2019ujisato2  今日は、氏郷まつり。松阪駅南にある日野町交差点を中心に十字形に歩行者天国となって、パフォーマンス、露店など多数。途中、県立相可高校食物調理科のブースがあり、弁当を売っていたので是非とも買いたいと思ったものの、販売は11時からといわれ(そのときはまだ10時半過ぎ)、泣く泣く諦めました。あの「まごの店」という研修施設で有名になったところです。

Img_6395c_20191103165801  最初の立ち寄り先は、八雲神社蒲生氏郷(がもううじさと)によって松ヶ島城から遷社されました。松坂Img_6400c (元々は、このように表記)は、天正12(1584)年、豊臣秀吉の臣・蒲生氏郷が、近江日野(おうみひの)から松ヶ島城(松阪市)12万石の城主に着任してできた町です。松ヶ島は、良港があり街道沿いの要地ですが、地形上片寄りすぎるため、4年後に四五百森(よいほのもり)という西方丘陵に築城し、地名を松坂、城を松坂城と命名し、楽座楽市を採用し城下町を造成しています。御祭神は、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)と櫛名田比売命(クシナダヒメノミコト)とありました。

Img_6402c_20191103165801  詳細は割愛しますので、去年の記事をご覧ください。一つだけ追加。見てはいけないものなのですが、一度は見てみたいと思Img_6404c っていた光景を見てしまいました。載せてもバチは当たらないと思って、思い切って載せます。境内に伊勢神宮遙拝所があります。それもこのように立派なお社が建っていて、拝殿には内宮や外宮と同様に白い幕が掛かっているはずなのですが、今日は風のいたずらか、このような状態になっていたのです。そこには、何と、注連縄がかかった自然石が置かれていました。これが、この遙拝所のご神体のようです。考えてみれば、神社の社が作られるようになったのは、仏教伝来以降、寺院の建物の影響のようですから、それ以前はこのような自然のものを拝む対象にしていたとしても不思議はありません。個人的には、親しみ感と、ちょっとホッとしたような気持ちでした。

Img_6409c_20191103165801  次の目的地である愛宕山龍泉寺へ向かうべく、湊町を歩いていたら、道ばたにこんな看板を発見してしまいImg_6410c ました(苦笑)。今時、こういうものはほとんど目にしなくなりました。「ポ○ノ映画」の案内です。M氏と「これは珍しい」と盛り上がり、看板の奥を確かめに行ってしまいました(物好きであります)。路地の奥にあったのは、松阪大映という映画館(Wikipediaに項目がありました!)。昭和15(1940)年前後に、三重県松阪市湊町にアサヒ館(アサヒかん)として開館、昭和35(1960)年頃、現館名に改称したといいます。改称当時は大映の封切館でしたが、昭和45(1970)年くらいに同系列から独立し、成人映画館に業態変更し、今も営業しているようです。松阪市内最後の映画館。

Img_6414c  松阪大映から出て来て少し進んだら、こんな店も。パブです。これも珍しい。桑名でも、一番街の東あたりに行くとまだこういう店があるのかも知れませんが、足を踏み入れたことはありません。松阪のこの湊町というのは、ある種の繁華街だったのかも知れません。ここの2つのパラグラフだけ読んでいただくと、このオッサンたち、何しに行っているんだ?となるかも知れませんが、これはあくまでも余談であることを強調しておきます(笑)。

Img_6416c  スタートから1.3㎞ほど、10時20分に愛宕山龍泉寺。真言宗嵯峨大覚寺派のお寺。龍泉寺のある愛宕町は、Img_6418c 江戸時代には川井町とともに遊郭として栄えたところだそうですから、近くにある湊町が繁華街だったという、上記の推測は正しいかも。ここは、神仏習合の雰囲気がとても強いお寺。三門の前に朱い鳥居がありますし、境内にも津島神社、稲荷社などがあります。三門は県指定有形文化財。切り妻造りの薬医門で、時代は安土桃山時代。松ヶ島城裏門を移したとも、松坂城の門を移したともいわれるようですが、確証はないそうです。

Img_6427c_20191103172701  去年、見落としたものが1つありました。それがこちらの天照皇大神宮遙拝所です。本堂の手前、右側に建っています。昭和5Img_6433c 年の建立。オマケは、今日のバードウォッチング(微笑)。滝泉寺の本堂を参拝していたら、キセキレイが登場。

Img_6437c  龍泉寺を出て、愛宕町西の交差点を右折。ここは、伊勢街道。先日、歩いたところですが、今日は祭のエリImg_6440c ア。露店なども多数出ていましたし、10時頃からは各種のパフォーマンスも行われていました。

Img_6441c  600mあまり歩いて、日野町交差点へ。ここは、毎回取り上げていますImg_6442c が、伊勢街道と和歌山街道の分岐点で、道標が建っています。今日は伊勢街道を南から来て、ここで左折。しばらく和歌山街道を歩いて、新町交差点で右折し、松阪工業高校の方に向かいます。御城番屋敷は、松阪工業高校の裏手にあります。

Img_6453c  氏郷まつりの武者行列が11時に松坂城跡を出発して、ここを通って行きまImg_6456c_20191103173901 す。大変申し訳ないことながら、武者行列にはさほど関心がありません。御城番屋敷を見たいということで、しばし待機。しかし、写真は撮ってきました(苦笑)。

Img_6480c  こちらが蒲生氏郷公と思います(しっかり確認はしていません)。後ろには、氏郷の妻・冬姫(織田信長のImg_6482c 次女。ただし、この名前は資料を誤読したものという説もあります。相応院という院号が伝わっていますが、実名などは明らかではないといいます)。

Img_6447c  武者行列が来るまでは、御城番屋敷を見学。何度見てもいいですねぇ。ここは御城番であっImg_6451c た紀州藩士の子孫の方々が、苗秀社という会社を作って維持し、借家として貸し出しています。短期間でよいから住んでみたい気がします。

Img_6492c  武者行列が通り過ぎてしばらくすると、人通りも減っImg_6501c_20191103174801 て、静かになりました。御城番屋敷の向こうは、松坂城跡。二の丸跡がこちらに面しています。いやぁ、それにしてもやはり、城跡には石垣が必須です。そう思います。羨ましい。桑名城は、平城というか、水城でしたから、こんな立派な石垣はありません。

Img_6517c  そもそも御城番屋敷に立ち寄るところから、コースアウトしています。そのついでにこのまま松坂城跡に上り、二の丸跡からImg_6520c 御城番屋敷を眺めながら、昼ご飯にしようというのが、来るときからのプラン。いい眺めです。11時半。ここでしばらくボーッとしているのもよい気がします。今日の昼ご飯は、相可高校弁当が買えなかったので、その後ブラブラしていて見つけた尾鷲の寿司。うなぎちらし(¥600)であります。御城番屋敷を眺めながらゆっくりと味わってきました。その後、天守閣のあった本丸跡まで上って、逆回りになるのですが、本居宣長ノ宮、松阪神社へ。

Img_6535c  左の写真が本居宣長ノ宮。主祭神は、秋津彦美豆櫻根大人(本居宣長)、相殿神は神霊能真柱大人(平田篤胤)。合格祈願・Img_6545c 学業成就などの御利益があるとされます。本居宣長ノ宮の南隣に松阪神社があります。ただし、両社は無関係。松阪神社は、平安時代以前の創立とされますが、年代は詳かではありません。天正16(1588)年、蒲生氏郷が、飯高郡矢川庄の宵の森と呼ばれていた丘に築城した時に、城の鎮守社と定めて、宵の森の南の丘に社を新たに御造営されて出来た神社です。御祭神は、主祭神が誉田別命と、宇迦之魂神。合祀されている神様は33柱。詳細は、去年の記事をご覧ください(20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(その4)……松阪神社、本居宣長ノ宮)。

Img_6532c  このあと、再び松坂城跡と御城番屋敷の間に戻って、城跡の南側から東側を回って、追手門跡の前に出ます。石垣を見上げなImg_6558c がら歩くのですが、いい眺めです。右の写真は、追手門跡の前。こちらが松坂城の正門になります。ここを入ったところに、松阪市歴史民俗資料館があります。「第70回松阪肉牛共進会開催記念企画展『松阪牛』~世界ブランドと呼ばれるまで~」が開催されていたのですが、パスしてきました。

Img_6562c  松阪市役所の前あたりでスタートから約5㎞。市役所の先を北に入って、旧長谷川治郎兵衛家を見学。本日は、無料でした。卯建が上がる立派な邸宅。というのも、松阪屈指の豪商、長谷川治郎兵衛家Img_6563c_20191103183201 の本宅なのです。長谷川家は、数多い江戸店持ち伊勢商人の中でも、いち早く江戸に進出して成功をおさめています。江戸の大伝馬町一丁目に5軒の出店を構える木綿商となり、広重作の「東都大伝馬街繁栄之図」には、長谷川家の江戸店が描かれており、その繁栄ぶりがうかがえるくらいなのです。

Img_6567c  広大な屋敷構えなのですが、それは、その長い歴史の中で隣接地の買収と増築を繰り返し形成されたものImg_6580c_20191103183201 で、近世から近代にかけて商家建築の変遷をたどることができるといいます。左の写真は、平成26(2014)年につくられたもの。右は、庭園の一部。

5298  こちらは、松阪市のホームページからお借りした平面図。もっとも右側が主屋。蔵が5つあります。西側エリアには離れ、茶室、四阿の他、広大な庭園となっています。

Img_6589c  旧長谷川治郎兵衛家の斜向かいあたりに、本居宣長旧宅跡があります。宣長の曾祖父・小津三郎右衛門が、承応(しょうおう)3(1654)年、本町の家屋敷とともに小津某より購入したものです。本町の家(こことは、溝を距てて地続きで、裏口で通じていたそうです)が、小津家の本宅であり宣長が生まれた家ですが、そちらには、現在は何も残っていません。宣長の息子・春庭宅とされている離れと土蔵、一部の樹木は残されて、当時の名残があります。

Img_6604c  このさらに先に、牛銀本店。ほとんど余談ですが、ここで松阪牛は味わえないにしても、店だけは見ていこうという次第(苦笑)。旧長谷川治郎兵衛家から出て来たとき、牛銀本店前には、観光バスが入っていました。見に行ったときも、店の前にはけっこうな人が待っていたくらい。ちなみに、「松阪肉すき焼オール込みコース魚町」が¥11,000でした(こちら)。

Img_6387c  このあと、コースでは旧小津清左衛門家、三井家発祥地などを回ることになっていたのですが、Img_6618c_20191103184001 1ヶ月ほど前の伊勢参りツアーで見たばかりでしたからパス(2019年10月5日:20191005近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅9日目~伊勢街道、旅人気分で雲出から城下町松阪へ」(予告編)……9回目の伊勢参りハイキングにして松阪へ【歩数を付記しました(10/6)】)。来た道を戻って、最近できたばかりの豪商のまち松阪 観光交流センターを覗き、よいほモールを通って、日野町交差点を左折して松阪駅に向かいました。左の写真は、JR松阪駅前にある驛鈴のモニュメント。これは本居宣長ゆかりの遺品「七古鈴(ななこれい;七種鈴とも)」の1つ、驛鈴を模ったもの。宣長から源氏物語の講釈を聴くために松坂を訪れた石見国浜田藩主・松平康定が寛政7(1795)年に宣長に贈ったもの。

Img_6620c  13時20分、近鉄松阪駅にゴール。7.1㎞を歩いてきました。天気予報は曇りだったのですが、松坂に着いたら晴れてきて、けっこう暑くなったのです。羽織っていたウィンドブレーカーもすぐに脱いだくらい。13時32分に松阪始発の名古屋行き急行がありましたので、それに乗車。桑名には14時40分に到着。¥960。

Img_6624c  今日のALKOOのデータ。18,409歩。松阪では7.1㎞を歩きましたが、自宅から駅の往復が1.8㎞ですから、Img_6629c_20191103192301 合計8.9㎞。あみま倶楽部のスタンプは、今日で29個。会員資格更新の12月末までに40個は無理かなぁ? ということで、今日の近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」はこれにて「完」。

191104chuunichiujisato 【付記(11/4)】 11月4日の中日新聞朝刊に氏郷まつりの記事が載っていました。

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コメント

ひらいさん、こんにちは。

2日続けてハイキングに出かけてしまいました(笑)。
昨日は曇り予報でしたが、現地では晴れていて汗ばむくらいでした。

蟹江は、川の他に水郷公園もあるようで(名前はよく知らないのですが、近鉄電車から見えます)、バードウォッチングスポットがありそうです。
松阪は、町の中しか行っていませんが、結構広いので、川や海岸で鳥見ができるかも知れませんね。

ジョウビタキは本当によく見ますし、鳴き声も聞きますね。
キセキレイ、最近は九華公園に時々います。

今日は、九華公園、カモはオールスターでした。
また今週中に河口堰その他へ行きたいと思っています。

縄張り拡大、拝読しました。
新たなところも年間パスポートですね(微笑)。

投稿: mamekichi | 2019年11月 4日 (月) 16時21分

mamekichiさん、おはようございます!

2日続けてのハイキングお疲れ様でした、天気も良く絶好のハイキング日和でしたね。土曜日の蟹江、日曜日の松坂、共に自分は未踏の地、知らない所ばかりなので、特に野鳥情報は貴重です。大きな川や溜め池が有れば確認してみたいところです。
今年ジョウビタキが多く集まってる感じですね、こちら側でもあちこちで見かけます、キセキレイは今年度まだ未確認、多度川に行けば居るかなと思っていますが、中々行けずです。キセキレイも変顔になると判別不可能ですね。(笑)
先ほど河口堰へ行って来ました、キンクロ5羽と大勢のカルガモ、サギ、カワウといつもと変わらないメンバーでしたが、一瞬ジョウビタキ♂も確認しました。珍しく土日は用事が有りお散歩無しでしたが、自分の縄張りを拡大してきました。(詳細はブログで公開予定です)

投稿: ひらい | 2019年11月 4日 (月) 09時00分

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