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2019年9月 7日 (土)

20190901近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅6日目~伊勢街道、旅人気分で河芸から潮風薫る江戸橋へ」(その2)……逆川神社、巡礼道との追分、孟夏の常夜燈から江戸橋へ

190901kintetsuhikingtoyotsuueno3 9月1日の近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅6日目~伊勢街道、旅人気分で河芸から潮風薫る江戸橋へ」のその2です。その1では、津市栗真小川町にある権現山観音寺まで来ました。観音寺は、伊勢街道からわずかに西にありました。伊勢街道に戻って南下。まずは、逆川神社に立ち寄ります。その後、近鉄名古屋線の踏切を渡り、栗真中山町へ。ここで、またまた国道23号線を渡り、その東へ。

Img_7649c  逆川(さかがわ)神社です。スタートから4.5㎞ほど。時刻は、ちょうど11時。主祭神は、伊邪那美命。他に、高御産巣日神(たかみむすびのみこと;高天原にあらわれた造化三神の一神。天照大神とともに高天原を主宰する)、豊宇気比売命(トヨウケビメノカミ;豊受大神の異称)、豊玉毘売命(トヨタマビメ;海神豊玉彦神の娘。彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと=山幸彦)の妻となる)、神産巣日神(かんみむすひのみこと;別天神(ことあまつかみ)の一神で、天御中主神、高皇産霊尊とともに造化三神をなす)、伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト;天照大神が天の岩屋戸に隠れたとき、鏡を作った神)、大国主命建速須佐之男命菅原道真大山祇命天之菩毘能命を祀っています。

Img_7656c_20190901181401  後一条天皇の頃(11世紀前半)の創建と伝わっています。この神社は、しもやけの宮として知られ、境内にある弁天池や逆川の水を、Img_7669c_20190901181401 土用の丑の日にくみ取り手足につけるとひびやしもやけ、下の病に効くといわれ、昭和の初期ごろまでは、はるばる東京・大阪・京都からもこの水を取りに来る人がいたといいます。社殿の裏手には弁天池があります。かつては立派な松林があったそうです。

Img_7674c  珍しい名称の神社ですが、その由来は、この神社の南側に逆川が流れていることから。この川は東から西へ流れているので、逆川と名付けられました。このあたり、ほとんどの川は、西から東へ流れ、伊勢湾に注ぐのですが、流れが逆向きということです。写真は、神社の南で撮ったもの。これが逆川と思います。ただし、このとき水はよどんでいて、流れてはおらず、西に流れているのかどうかは確認できませんでした。

Img_7658c  境内は広く、かつては立派な松林があったといいます。境内西側には、橿原神宮遙拝所が、また、南東側には、神宮遙拝所がImg_7666c がありました(こちらはもちろん、伊勢神宮を遙拝するところ)。

 Img_7661cかっこ踊」の絵馬2面が津市指定文化財となっています。この踊りは、津市内の何カ所かで伝承されています(かんこ踊というところもあります)。田植えの装束に身を包んだ「かんこ」と呼ばれる踊り手が、胸に「かっこ」(太鼓)を吊り、背中に18本の「しで」を背負いながら、豊作や厄病退散などを祈願し踊るもの。ちなみに、家内の実家の辺りでは、「かんこ踊」として伝わっています。逆川神社についたのが11時でしたので、ここで小休止。

Img_7685c  15分ほど休んだあと、再出発。南に向かい、栗真中山町交差点で、国道23号線を横断。国道の東へ。ここで5.3㎞。少し進ん190901kintetsuhikingtoyotsuueno4 だところにあったコンビニに立ち寄り、クールダウン&トイレタイム。実測ルートマップは、その4へ。

Img_7711c  栗真出張所の南、スタートから5.9㎞のところで巡礼道との追分があります。「巡礼道」といわれる街道は、県内では、亀山から発する巡見道にほぼ沿って、鈴鹿の安楽峠下(現亀山市内)から員弁の坂本(現いなべ市内)あたりまで通じているものもありますが(ここを参照)、こちらの巡礼道は、津市河芸町千里から白塚を経てここに通っています。浜街道、下街道ともいわれ、伊勢街道よりも古い道だそうです。常夜燈、道標、石碑が建っており、また、名残の松があります。

Img_7707c  常夜燈は、高さ4.2m、笠の南面に「両宮常夜燈」、東面に「天保10年巳亥正月初吉日」と、また、西面に「武州 岩槻 木綿Img_7696c_20190901182901 問屋中」と彫られています。天保10年は1839年、武州(武蔵国)の木綿問屋が集まってこの常夜燈を寄進したということです。当時の伊勢国は木綿の産地として有名だったようで、武蔵国の木綿問屋が伊勢にも来ていたのかもしれません。道標には、「右 白塚豊津道」、「左 上野 白子 神戸 四日市道」とあります。「青年會町屋支部」が建てたもの。道標の写真は、南から北向きに撮りましたので、「右 白塚豊津道」とある方が、巡礼道を示しています。

Img_7703c_20190906175901  ここには石碑もありました。しかし、碑表はほとんど読めません。碑陰の撰文をざっと読むImg_7709c と、数名の兵士の名前と、日清戦争(1894~95年)に従軍した旨が刻まれていました。明治35(1902)年5月に建立されています。日清戦争に参戦された方の顕彰碑か、忠魂碑と思われます。ネットでも調べてもこれについての情報は出て来ませんでした。右は、追分から見た巡礼道(北の方)。

Img_7717c  スタートから6.3㎞、一身田中学校国児分校の西にも常夜燈がありました。「孟夏の常夜Img_7723c_20190901182901 燈」といわれます。かなり荒い彫りの山燈籠で、高さは約2.8m。正面に「両宮常夜燈」とあります。「嘉永四年辛亥孟夏 五穀成就」とあります(1851年)。飢饉が続いたあと、ようやく穀物が実った喜びの表現と思われます。ちなみに「孟夏」とは、初夏あるいは陰暦4月の異称だそうです。余談。上記の追分の常夜燈のようなタイプの常夜燈も立派でよいのですが、この山燈籠には何か親しみを覚えます。

Img_7726c  孟夏の常夜燈の先、三重大学前の交差点で横断歩道橋を渡って、国道23号線に出ます。この交差点を東に入Img_7730c_20190901184601 ると、三重大学教育学部生物資源学部の校舎があります。教育学部には、昔、臨床心理士会の会議や、教育学研究科での集中講義のために何度も来たことがあります。ウィークデイ、このあたりは渋滞の名所。国道23号線の西側の歩道を進みます。

Img_7740c  7㎞を過ぎて、江戸橋に来ます。ここは志登茂川。国道23号線の方は、新江戸橋。左の写真で、直進する方が国道の新江戸橋。ハイキングコースの江戸橋は、右に逸れていきます。こちらの江戸橋は、市道に架かるもImg_7742c の。4年ほどの架け替え工事を経て、今春、新しい橋が完成。非常勤のついでに南側からは新しい橋を見ています。

Img_7745c  近鉄江戸橋駅から三重大学に通う学生の皆さんなどの利用が多いので、写真のように車道と、自転車道、歩道とが分離され、Img_7751c しかも、自転車歩行者専用道の部分がかなり広くなっています。江戸時代には橋は架けられていたといいます。津藩主・藤堂氏が参勤交代で江戸に向かうとき、家臣などがこの橋の傍まで見送りに来たことから江戸橋と名づけられたとされます。以前の記事にも載せましたが、橋には、ご覧のような参勤交代の図が飾られています。ここはまたバードウォッチングのスポットでもあります。今日も、シギが数羽降りてきていました(写真は綺麗ではありませんので、割愛)。余談ですが、今年度からは後期も授業に来ますから、冬鳥を見る機会もありそう(微笑)。

Img_7759c  江戸橋を渡ったところで伊勢街道はすぐに左折し、南に向かいます。この交差点は、伊勢別街道との追分で、伊勢別街道の終着点。伊勢別街道は、亀山市にある関宿東追分から津市芸濃町椋本(むくもと)、津市一身田(いっしんでん)を通り、ここまでの総距離およそ四里二六町(約18.5㎞)。この交差点の北東には、常夜燈と並んで、高田本山への道標が立っています。常夜燈は、安永6(1777)年に建立された、津市内最古の常夜燈です(津市指定文化財)。高田本山への道標には「左 高田本山道」と刻まれています。高田本山専修寺へはここから北へ、伊勢別街道をたどっておよそ3㎞。明治22(1889)年に「愛知縣名古屋市別院下請講中」によって再建されたと刻まれています。この常夜燈と道標は、これまでのハイキングや、非常勤のついでに何度も見ています。

 この記事、やや短いのですが、キリも良いのでここまで。その3は、江戸橋から先の上浜町辺り、阿部家住宅、鶴之宮跡碑などを見てゴールへという予定。

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コメント

ひらいさん、こんにちは。

先週日曜も、今日もハイキングでした(微笑)。
豊津上野~津、津~南が丘とも、マップ上は約8㎞でしたが、両日とも暑くて大変でした。

江戸橋は綺麗になりました。
このときも、シギが数羽飛んできていましたので、バードウォッチングが楽しみです。
今年度は、10月以降も非常勤に行きますので、超望遠コンデジを持って行こうと考えています。

あの唐揚げカー、いつもと待っていて不思議に思っています。
駅の方に唐揚げ屋があるのですが、そこの車なのでしょうか。

そして、先日はコンバイン祭を見てきました。
200羽以上いたのではないかと思いました。
もう一度見たい処ですが、早くしないと稲刈りが終わってしまいますね。
台風も東に逸れていき、天気予報も晴れ続きになりました。
また出かけようと考えています。

投稿: mamekichi | 2019年9月 7日 (土) 16時59分

すみません、言い忘れました。
先日はこちら側でコンバイン祭りを確認されたようで良かったです、自分は、本日伊勢湾方面に行っていたので確認出来ずでしたが、祭りもそろそろ終盤戦ですし、もう一度くらいは見ておきたいところです。そして祭りが終わるといよいよ冬鳥登場、野鳥観察は年中楽します。

投稿: ひらい | 2019年9月 7日 (土) 13時42分

mamekichiさん、こんにちは!

ハイキングお疲れ様でした、豊津上野~津までの8km
は、かなりの距離ですね。しかもまだ9月ということで、暑い中、更に大変だったと思います。この辺りは自分も良く行くところで、高田本山~津までは、何度か歩いたコースです。江戸橋も通りやすくなり、志登茂川での撮影も楽しめますね、また寒くなってから行こうと思っています。最後の常夜燈横にあるカラあげカーは、いつも停まっていますね、結構気に入っております。(笑)

そして本日はこの続きに行かれているようですね、今日も暑いですが、気を付けてお出かけください。

投稿: ひらい | 2019年9月 7日 (土) 13時39分

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