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2019年7月 9日 (火)

途中からコースを変え、7.9㎞も(笑)

Img_2710c  午後からはにわか雨もという予報でしたが、晴れ間も出てくるくらいでした。午前中は雲が多めでしたので、いつも通りの散歩コースへ。8時20分出発。住吉神社、九華公園、貝塚公園と回っていきます。

Img_2717c  揖斐川沿いの堤防下の河川敷、昨日の除草作業でサッパリしました。毎年、今頃と年末の2回しか除草は行われImg_2718c ません。予算の関係なのでしょうが、もう少し回数を増やしてもらった方がありがたいところ。草刈りをして、虫が見つけやすくなったのか、ムクドリや、ツバメが集まってきています。ツバメは低空飛行で飛びながら虫を捕まえていきます。

Img_2721c  九華公園相撲場、峰崎部屋の朝稽古は今日は、8時には終わって、片づけもされていたそうです。荒鷲関は、初Img_2743c_20190709165801 日、2日目と白星。好スタートを切っていますから、名古屋場所では期待できそうです。公園内、鳥だけでなく、散歩友達も少なく、ちょっと淋しい。Oさん、Yさんと出遭ったくらい。クマゼミはよく鳴いています(笑)。公園外周の遊歩道では、柿の実がかなり大きくなってきているのを見つけました。

190709walk  このあと、貝塚公園へ。いつもなら、貝塚公園から西に向かい、京町や寺町、田町方面へと歩くのですが、今日はちょっと変えてみました。貝塚公園で出遭った散歩友達のSさんが、「今日は、住吉神社から赤須賀を通って国道23号線の揖斐長良大橋へ、さらに消防署からここに戻って来た。1万歩や!」とおっしゃるのです。さらに「違うコースへ行くと面白いし、かって疲れないな」とも。これに刺激され、私も、いつもとはパターンを変えることにしました。それで、今日の散歩は、左の地図のようなコースへ。7.9㎞も歩いてきました(爆)。

Img_2749c   貝塚公園のすぐ南にある柳原交差点から、さらに南下。この先には、桑名税務署、さらに地図にはありませんが、税務署のImg_2754c 南には桑名消防署があります。消防署の交差点で左折し、東へ。このあたり、まだ水田がかなり残っています。稲もずいぶん伸びてきています。

Img_2756c_20190709165801  途中、三重交通桑名営業所の前を通って、国道23号線地蔵交差点へ。こここらは、実家Img_2768c 方面に行くときにクルマで通るところ。地蔵交差点は、全日本大学駅伝のコースでもあり、歩いてここまで応援に来たこともあります。

Img_2776c_20190709165801  赤須賀には永禄4(1561)年、三河国市場村(現在の愛Img_2803c_20190709165801 知県幸田町)から移住してきた人たちが住みつき、漁業を営みました。その後、赤須賀新田(現在の地蔵)が開かれ、江場村からの農民とともに、赤須賀漁民は全員移転。元の地は武家屋敷となって、今は元赤須賀と呼ばれています(貝塚公園の東あたり)。さらに赤須賀の人たちが住む町が形成され、赤須賀新田から独立し、猟師町赤須賀と呼ばれました。狭い土地に密集して住みましたので、俗に「猫飛び町」といわれました。右の写真のように、家が建て込んでいて、猫が家から家へ飛んでいけるという意味です。

Img_2792c_20190709165801  国道23号線の揖斐長良大橋の北には、赤須賀の漁港があります。このあたりから堤防の上の道を上流方向へ。今日は、休漁Img_2807c 日ですから、港は静か。はまぐりプラザから南に150mあまりのところにお寺のような建物があり、前から気になっていましたので、ちょうどよい機会と、見てきました。

Img_2825c  地図には卍のマークが付いているのですが、名称はありません。調べてみたら、真宗高田派の赤須賀協会というようです。桑名市立図書館が平成27年度に発行した「はまぐり・しじみを育む桑名の漁業」には(p.37)、「赤須賀説教所」として出て来ます。詳細な歴史は分かりませんでしたが、毎年10月27日には「虫供養」として、漁師さん達は漁を休み、魚介類の供養と漁協組合員の物故者の法要が営まれるそうです。

Img_2831c_20190709165801  説教所内、北側には、蛤塚と、「普照」と刻まれた石碑がありました。蛤塚は、昭和二十四(1949)年2月に貝新本店の水谷Img_2833c_20190709165801 新之助氏と、本町貝新の水谷新兵衛氏が寄進して建てたものです。貝新は、桑名にある時雨蛤屋さんのブランド。貝新を名乗るのは、5社(貝新新左衛門貝新水谷新九郎新之助貝新貝新新七貝新フーズ)あります。新之助の名前は新之助貝新に継がれていると思います(総本家新之助貝新)。貝新フーズさん以外は、「総本家」を名乗っていますが、よそ者にはどれがホントの総本家かは不明。その他に、貝藤・貝増・貝繁・貝順・伊勢志ぐれ・瑞宝しぐれ等もあります。

Img_2836c  「普照」の石碑は、昭和27(1952)年7月17日の空襲で亡くなった方々の忠魂碑。昭和32(1957)年4月、赤須賀自治会と郷友会が建てています。揮毫者は、僧・忍阿。桑名の空襲は、このときが4回目。焼夷弾大空襲で市街地は焦土と化したといいます(こちら)。米軍の資料によれば、17日午前1時25分から2時40分にかけて、B29機94機が、100ポンドのM47焼夷弾5,837発と500ポンドのE46焼夷集束弾2,460発を投下し、市街地の77%、山本重工30%、三菱重工80%が破壊されたとなっているといいます。

Img_2812c  さらに、「村盆之碑」がありました。明治27(1894)年に赤須賀村有志者が建之。碑文は、当然、漢文。あまりよく分かりません(苦笑)。腰を据えて、漢和辞典を駆使すれば少しは分かるかも知れませんが、今日はその元気はありません。ネット検索では何も情報が出て来ません。赤須賀にお住まいの散歩友達もありますので、今度お目にかかったら伺ってみることにします。

Img_2849c  と謎をかなり残しつつ、揖斐川の堤防に戻って歩きます。左の写真は、はまぐりプラザ。公民館・漁業交流センターが入った複Img_2852c_20190709165901 合施設として平成22(2010)年にオープン。ここには、食堂はまかぜがあり、白魚丼なども食べられます。河口堰を眺めつつ、七里の渡し跡、住吉神社まで、一回りしてきたことになります。

Img_2861c_20190709165901  久しぶりにALKOOのデータ。12,756歩。9.8㎞はやはり過大評価。

192x192  ところで明日は水曜日。江戸橋での非常勤の講義、12回目。レポートを返却します。学生たちの反応や、如何に(笑)。来年、Windows7のサポートが終了しますし、消費税も上がりそうですから、持ち運び用のパソコンの新調を考えていました。しかし、サイズの小さいものはけっこうよいお値段(苦笑)。前期分の非常勤講師料のほとんどをつぎ込まねばならないくらい。これはちょっとどうかと思えます。15.6インチ液晶なら安いのですが、大きくて、重さも2kgを越えます。あれこれ調べた結果、NECのものを購入。届いてみれば、けっこうバカでかく、重たい(苦笑)。オマケに4月から使っているリュックには、入らず。リュックまで新調する羽目に陥りました。まぁ、手提げやショルダーの鞄で運ぶよりはマシ、ということ。明日の天気も心配になります。

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