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2019年5月11日 (土)

20190511JRさわやかウォーキング「四日市港開港120周年記念 ポートビルからの展望と萬古まつりを楽しもう」へ(その1)……JR富田浜駅をスタートし、浜園緑地を経て四日市港ポートビルを楽しみ、霞★夢くじら公園から四日市ドームへ

 本日も絶好の行楽日和。27℃近くになり、けっこう暑い日でした。昨日の記事に書きましたように、若干迷ったものの、富田浜駅で開催されるJRさわやかウォーキングに行ってきました(四日市港開港120周年記念 ポートビルからの展望と萬古まつりを楽しもう)。しかし、実は、昨晩、さらに「紀勢線全通60周年記念 新緑が映える瀧原宮と三瀬谷ダムを訪ねて」もいいなと迷ったものの、JR紀勢線・滝原駅はいかにも遠く(特急南紀を利用して1時間半ほど。普通を乗り継いでいくと3時間あまり)、乗車料金だけで¥1,830、特急南紀の指定席を使うとさらに¥2,010と費用も嵩むので断念(もっと早くから計画しておけばよかった……笑)。

Img_5212c  上述のように、今日のJRさわやかウォーキングは、JR関西線・富田浜駅がスタート。受付は8時半から11時。桑名駅を8時51分Img_5224c 発の亀山行き普通に乗車。富田浜は3駅目で、9時2分には到着。なんと¥200。財布に優しい(微笑)。今まで何度も通ってはいたものの、利用するのは初めて。駅名から想像できますが、明治40(1907)年7月、富田浜海水浴場の海水浴客専用として、当時の関西鉄道の富田浜臨時仮停車場が開業(富田 - 四日市間)。昭和3(1928)年3月、 富田浜駅に昇格し、通年営業を開始しています。

Img_5221c  本日のコースマップ。JRさわやかウォーキングでは、コースに矢印の着いた案内看板が出ますので、マップはきわめて簡単なも190511jrwalkingtomidamaha のです。右は実際に歩いた、実測ルートマップ。このあたりは、すでに何度かハイキング/ウォーキングで来ていますので、余分な寄り道もしませんでしたし、コースミスもしでかしませんでした(笑)。コースマップでは、9.8㎞となっていましたが、実際には10.4㎞でした。

190511jrwalkingtomidamaha11  こちらは、少し詳しくした実測ルートマップその1(前半部分となっています)。四日市港の新しい港の方を歩くコースになっています。今回の記事は、1回完結のつもりで書き始めたのですが、長くなりそうなので、その1とします。

Img_5230c  富田浜駅を9時5分にスタートして東へ。国道23号線の手前を左折して北へ向かいます。このあたり立派な松並木があって、海Img_5237c 岸であったことを想像させられます。300mほど行くと、富田浜病院の東に湊というか、小さなマリーナがあります。この港の先で国道23号線をくぐって四日市港のエリアに入っていきます。

Img_5242c  左の写真が国道23号線をくぐって出た先。ここから南に浜園緑地が続いています。富田浜駅から数分。ドングリ林が広がってImg_5247c いて、秋にはドングリ拾いができそうです。この公園は、長さ500mあまり。木々に囲まれ真っ直ぐのびた遊歩道で、四日市港をながめながら歩け、気持ちの良いところ。そういえば、九華公園でお目にかかる方が、ここや近くの富双緑地でもバードウォッチングができるとおっしゃっていました。

Img_5252c  浜園緑地を過ぎて、霞大橋を渡り、四日市港ポートビルを目指します。そういえば、ちょうど1年前(2018年5月12日)にImg_5257c は、近鉄ハイキングでポートビルと、萬古まつりに来ています(近鉄ハイキング“四日市港ポートビルからの眺望と賑わう「四日市萬古まつり」を楽しむ」”へ(懲りずに予告編か?)【一部訂正しました(5/22)】)。

Img_5268c  四日市港ポートビルには、9時30分過ぎに到着。出発から2.1㎞ほど。今日のJRさわやかウォーキング参加者は、無料入場券がImg_5277c もらえます(微笑)。このビルは、四日市港の開港100周年を記念して、平成11(1999)年8月5日に開館。14階建てですが、13~14階の間は18mの吹き抜け構造になっています。高さは地上100mで三重県内で最も高いビルです。14階の展望展示室は、愛称「うみてらす14(フォーティーン)」。地上90mで、昼は鈴鹿山脈からセントレア、名古屋方面まで見渡せます。夜は全国的にも有名になった四日市港の夜景が一望できるスポットです。

Img_5287c  今日はほぼ快晴で眺めは抜群。左の写真は、うみてらす14から南西の方の眺望。コンビナートや、四日市ドーム、右手には鈴鹿Img_5299c_1 山脈が見えます。遠くは鈴鹿や、亀山方面。中央左に見える赤白に塗られた煙突の向こうは、四日市港千歳地区(旧港)。すぐ下に広がるのは、霞港公園。右の写真は、南東方向。コンテナターミナル、国際物流センター、モータープールがあります。中央上、やや右手にはセントレアも見えるのですが、今日はちょっと霞んでいてよく分かりませんでした。

Img_5310c  続いて、北東の方向。ガントリークレーンの向こうは、中部電力川越火力発電所。霞ヶ浦北埠頭から伸びるのは、みえ川越イImg_5331c ンターに続く「四日市いなばポートライン」。去年(218)年4月に開通。遠くにかすかに名駅前のJRセントラルタワーズなども見えます。右は、北西方向の写真。奥には鈴鹿山脈が連なっています。右端に見えるのは、養老山地(多度山など)。伊吹山も見えるはずですが、霞んでいます。

Img_5345c  眺めをしっかり堪能(2周してきました……笑)。14階展望室の中央にはジオラマ。これはよくできています。また、入場のImg_5283c 際、パンフレットともに、「港DATA」カードを2種類いただけました。四日市地区と、霞ヶ浦地区の2種類です。四日市地区は、港の南部にあり、四日市港発祥の地。明治32(1899)年に開港。霞ヶ浦地区は、北部にあり、霞ヶ浦南・北埠頭と工業用地とからなっています。南埠頭は昭和48(1978)年から、北埠頭は平成22(2010)年から全面供用されています。

Img_5358c  小休止もしてきましたので、うみてらす14には、30分ほど滞在。霞大橋までは、来た道を戻ります。霞大橋の下をくぐって、Img_5404c 霞★夢くじら公園(霞ヶ浦緑地)方面へ。海岸線に沿った南北に長い公園です。北側には、松並木や散策広場、遊具があります。南側エリアには野球場、サッカー場、四日市ドームなどのスポーツ施設があります。

Img_5381c  ここ霞★夢くじら公園の北側のエリアには、石碑、銅像などがありました。まずこれは、この公園の由来を記したもの。昭和46(1971)年1月、当時の市長・九鬼喜久夫氏により建立されました。霞ヶ浦の地は江戸時代、伊勢国朝明郡羽津村が開発した土地でしたが、安政の大地震によって水没したり荒廃したりしました。その後、小菅剣之助、伊藤伝七、村瀬周輔らによって霞ヶ浦土地株式会社が創立され、十万坪にも及ぶ霞ヶ浦の埋立が大正12(1923)年に完成しました。さらに、大正13(1924)年には霞ヶ浦海水浴場と住宅地が造成されています。昭和3(1928)年には伊勢電鉄が開通し、羽津駅が開設され、交通の便も整いました。昭和4(1929)年には霞ヶ浦土地株式会社によって競馬場(現在の四日市競輪場)が開設され、このあたりは一大レジャーセンターとなっています。羽津駅は昭和13(1938)年に廃止、臨時停車場が現在の霞ヶ浦駅となりました。戦後は、工業開発が行われ、海岸線は埋め立てられ、海水浴場も昭和35(1960)年頃にはなくなりました。昭和42(1967)年には霞ヶ浦第1期埋立工事が始まって、昭和45(1970)年には石油コンビナート用地として完成しました。霞ヶ浦緑地は昭和48(1973)年に完成し、現在では競輪場、オーストラリア館の他各種スポーツ施設が建てられています。

Img_5385c  由来記の南には、「平田佐次郎紀功碑」があります。平田佐次郎(初代)は、天保13(1842)年、旧朝明郡南福崎村(現在の三重郡川越町)の農家水越佐七の五男として生まれ、13歳の時に平田家へ奉公に出て、船の船員・ボーイとなり、18歳で支配人となりました。23歳で500石の伊宝丸を買収して船主となり、江戸・四日市間の貨物運搬に従事しています。主人の家・平田家の養子になって、平田佐次郎と改名して、兄佐平に伊宝丸を譲り、新たに1,400石の福吉丸を購入して、廻漕業に従事しました。その後、製網業が有利と知り、慶応4(1868)年、漁網の製造販売を目的に麻屋平田漁網商店、その後、製網から綿紡績の平田紡績を創設し、財を成しています。明治27(1894)年、関西鉄道が開通して富田駅が設置されたたものの、当時の道路は車馬の通行さえ困難な荒れた道で、これを憂いた平田佐次郎が補修を行い、併せて新道も新設しましたた。これによって周辺村民の利便性が上がったので、明治31(1898)年2月、彼の功績を称える碑が周辺村民により建てられました。以前は富田一色海運橋付近本町にありましたが、海運橋周辺の整備事業の際に平田佐矩氏像の横に移設されたようです。

Img_5395c_1  「平田佐矩氏像」です。上述のように、平田佐次郎紀功碑の南にあります。平田佐矩(ひらたすけのり)は、明治29(1896)年、三重郡富洲原町に生まれ、平田紡績株式会社社長を務め、三重織布会社や桑野電機会社などの取締役を兼務していましたが、昭和34(1959)年、第11代四日市市長に就任し、昭和40年(1965年)まで市長を務めました。高度成長期に当たるその就任期間に四日市の工業発展に尽力しています。特に力を入れたのが霞ヶ浦の開発で、近畿日本鉄道株式会社の協力と八幡製鉄株式会社の援助を得て、昭和38年(1963年)に霞ヶ浦土地株式会社所有の霞ヶ浦の土地を市の所有地としました。この銅像は市制70周年記念で建立されたものです。

Img_5412c  このあと、霞ヶ浦緑地公園を南に進みます。四日市ドームや、霞ヶ浦野球場のところを通って、霞ヶ浦パークブリッジに行くImg_5419c のですが、長くなりましたので、今日のところはここまで。上記のように、1回で完結のつもりで書き始めたのですが、長くなりそうですので、今のところ2回に分けることに予定変更。右の写真、霞ヶ浦第一や宮城のあたりで、スタートから4.8㎞、時刻は10時35分を過ぎた頃。その2は、霞ヶ浦パークブリッジから。

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