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2019年4月15日 (月)

20190407近鉄ハイキング「春を彩る 鈴鹿さくら祭りと伊奈冨神社のつつじ」(その3)……伊奈富神社の続き、鈴鹿サーキットを通過して、いよいよさくらまつり会場を経て、平田町駅へゴール(完)

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 間が空いてしまいましたが、忘れているわけではありません。4月7日の近鉄ハイキング「春を彩る 鈴鹿さくら祭りと伊奈冨神社のつつじ」のその3です。伊奈富Img_0386c_2 神社にはいろいろなものがありましたので、まだ伊奈富神社をウロウロしています。伊奈富神社は、神代、東ヶ岡(鈴鹿サーキット地内)に神霊が出現し、今よりおよそ2,100年前の崇神天皇5年、勅使が来て「占木」の地にて占いが行われ、神路ヶ岡に大宮・西宮・三大神の三社が祀られたことに始まると伝わっている歴史のある神社。主祭神は、五穀や、食物の神である、保食神(ウケモチノカミ)大国道命。

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 前回(その2)では、七島池や、境内社、拝殿などを見て回り、また、ムラサキツツジの写真を載せました。今回は、境内社や、Img_0501c 拝殿の裏(北側)を回ったときに見つけた招魂碑、石碑などから。右は、境内裏手、北東にあった「三大神旧跡」。前回も触れましたし、この記事の初めにも少し書きましたが、「神路ヶ岡に大宮・西宮・三大神の三社が祀られた」ところがここと思われます。そうすると、このあたりが「神路ヶ丘」ということになります。左の写真に掲げた案内図では、この南に山の神があったはずですが、それには気づきませんでした。後で調べたら、稲生民俗資料館の北に会ったようで、もう少し先に行けば見られたと思います。

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 境内の北西、もっとも奥まったところに立派な招魂碑がありました。書は、陸軍大将勲一等功二級子爵・桂太郎で、素人がいうImg_0559c のも何ですが、すばらしい文字です。その下には、戦没者のお名前が刻まれています。西南の役日清戦争日露戦争大東亜戦争の戦没者の132名の方の名前がありました。裏には、明治32(1899)年3月建之とあります。日清戦争(1894~95年)の後に建てられ、その後、日露戦争、太平洋先生の戦没者のお名前も載せたと思われます。神社の北西にある小高い丘にありますが、周囲の環境もよく、こういう表現がよいかどうか分かりませんが、よい感じの招魂碑でした。

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 この招魂碑に向かって左手前には、「亡き戦友に 一目見せたや 稲生山の 桜とつつじと 藤の花 坂鍈一」という歌碑がありました。平成10(1998)年4月に、坂鍈一さん(88歳)が「戦友に捧ぐ」ために寄進されたもの。

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 以下は、見てきた順にしたがって載せていきます。「大井富蔵翁頌徳碑」は、神社拝殿の裏、招魂碑に向かう道の右にあります。陸軍大将・菱刈隆(ひしかりたか)の書。大井富蔵は、明治元(1868)年稲生村に生まれ、タバコ製造販売業の後、大阪に出てアスベスト事業で成功。伊奈富神社に神灯を献上したり、豊御崎神社の修繕に寄附したり、軍人援助に多大な功績があったといいます。昭和16(1941)年に没。没後、その遺志によって稲生村に教育費として、当時のお金で1,500円を寄附しています。

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 続いて、「獅子祭碑」。拝殿の北、招魂碑の南約100mのところの通路の西側にあります。明治36(1903)年12月建立で、ずImg_0542c いぶん古びていて、傾いてしまっています。伊奈富神社の獅子舞は、約1,300年前、壬申の乱の後、天武天皇が戦勝報賽に獣神を埋納されたことを起源に、約800年前の平安時代、天長年間(824~834年)には弘法大師が参籠の折、獅子頭を奉製され、また、承安4(1174)年には高倉天皇が四頭の獅子頭を奉納され、この頃に始ったといいます。伊奈富神社には、鎌倉時代の弘安3年(1280)の銘が入る獅子頭(県下最古の獅子頭、県文化財)が残っています。碑には、獅子祭の由来が書かれています。書と篆額は、津の書家の市川塔南によるもので、碑文は神主・稲生一忠です。

Img_0546c  こちらも、拝殿の北、招魂碑の南の通路の東側にあります。大井力の歌碑。「生きあぐむ 折りには皆が 集はむよ 紫つつじの 花の下蔭」とあります。大井力は昭和11(1936)年、稲生の生まれ。碑は、平成23(2011)年4月に「とよのみさき短歌会」が建立しています。

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 「佐野昌邦歌碑」です。拝殿の西参道にあります。「さと人の ゆきかふかほも てるばかり 伊奈冨のやしろつつじ咲きけり」とありますが、こちらには、「『咲きたり』の誤記」と注釈がありました。佐野昌邦は、算所の神主だそうです(算所は、鈴鹿市算所町と思います。ゴールの平田町駅の南東)。この詩は、明治29(1896)年刊行の「伊勢名所和歌集」に出ているといいます。碑は、昭和63(1988)年4月に建立されたもの。

Img_0415c  もう一つこれも。「七島池の碑」。「日本最古の庭園」ともあります。碑陰には、「坂 鍈一」。招魂碑の手前にあった歌碑の詩を詠んだ方。これで一通り見て回ったと思ったのですが、こちらを調べてみたら、他にもたくさんありました。ちょっとガックリ(苦笑)。本殿近くには、「鈴木庄九郎歌碑(七島の 御池のほとりに 鎮座ます 五穀の神を 祀る村人)」。拝殿裏には、「吉崎金弥歌碑(錦谷が雅号)(紫のかさね羽衣 かけしごと みやまおほいて つつじ群れ咲く)」。もと山の神の近くには、「真宮禾堂句碑(神の秘むる いろ紫に つつじ山)」。菩薩堂の東には、「大井好定句碑(つつじ山 みおやのめぐみ しのび歩す)」。参道木型の門近くには、「鈴木信重翁漢詩碑(七島池を拝すという表題)」などなど。見逃した方が多いくらいです。さらに、稲生民俗資料館脇には、鈴鹿市制50周年記念碑もあったのですが、「つつじと文化財のさと稲生」とあっただけ。「何じゃこれ?」と思って写真だけ撮ったのですが、いつの間にかそれも削除してしまっていました(苦笑)。碑表を見てこなかったのですから、失態(笑)。まだまだ修行、経験とも足りません。

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 伊奈富神社に着いたのが、10時55分頃。50分近く資料館、境内を歩き回っていましたので、お腹も空いて、持参したおにぎりを七島池のほとりで1個。つつじまつりで唐揚げその他の露店も出ていたのですが、あまり食べると、まだ先の方が長いのでと我慢。伊奈富神社で約4㎞でしたが、それは後で調べて分かったこと。コースマップを見ると、まだ半分も来ていなかったのです。Img_0600c

 伊奈富神社を出たのが11時50分頃。出たところで、交通整理をしていた氏子の方から、「どこから来た? 今日はどこを歩いImg_0602c て、どこへ行くの?」と声をかけられました。ついでに道を伺って確かめたのですが、この先で迷いました。直進して、T字路に突き当たったら右折して、伊勢鉄道・鈴鹿サーキット稲生駅の方へ向かうのですが、それまでに交差点があって困りました。他にも男性がお一人ウロウロしておられました。私は、やむなく(やむなくというのは、WiFiのないところでスマホでルート検索したら、データ通信量が膨大になって、料金が上がるかと心配したのです)、スマホを取り出してGoogleマップで検索。たんぼ道を進み、何とか指定されたコースを見つけました。途中、遠くに鈴鹿サーキットが見えます(左の写真)。右の写真は、これで間違いないだろうと思う道に出たところ。

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 伊勢鉄道の高架を3回くぐるという指定通りの道を通って、少々時間をロスした挙げ句、伊勢鉄道・鈴鹿サーキット稲生駅に出らImg_0625c れました。昔は、単に稲生駅だったのですが、F1などで来客が多いので、これに改称されました。ここから「サーキット道路」へ。国道23号線から鈴鹿サーキットへ通じる道を、昔からこう呼んでいます。稲生あたりからは、上り坂が続きます。ハイキング中盤で少々キツい。中勢バイパスを越え、鈴鹿サーキットが見えてきます。

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 鈴鹿サーキットは、説明するまでもありませんが、「モビリティのテーマパーク」。国際レーシングコースを中心としたレジImg_0644c ャー施設。F1日本グランプリ鈴鹿8時間耐久ロードレースなどの開催で知られます。レーシングコースの他に遊園地やホテルなどがあります。鈴鹿で働いている時は、病院に入院している子どもたちのバスドライブなどできたり、研修会を開催したりしました。レーシングコースを走るゴーカートに乗せるのに、体の不自由な子どもたちを抱いて階段を上り下りしたこともあります。今では考えられません(苦笑)。我が家の子どもたちも遊園地に連れて来て、写真の観覧車に乗りましたねぇ。今日はもちろん立ち寄る余裕はありません。鈴鹿サーキット前の交差点を右折し、北東へ。この交差点で、6.5㎞。ようやく半分を超えました。時刻は、12時半を少し過ぎた頃。このあと立ち寄る「鈴鹿さくらまつり」の会場で、コースマップを呈示するとソフトドリンク1本がもらえるのですが、それは、13時まで。ちょっと厳しくなりました。

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 サーキット前で右折すると、鈴鹿サーキットと鈴鹿青少年の森の間を進みます。鈴鹿青少年の森も、鈴鹿の病院で働いていたとき、患者さんたちのレクレーションで何度か来ました。ここは、明治100年を記念して建設され公園です。道伯池という大きな池を囲んだ51.3haもある公園です。と書いていたら、ヘンなエピソードを思い出しました。車いすで園内に入りたいと、管理事務所に依頼したところ「天皇陛下がいらしても歩いてもらう」という返事で、大げんかしたのです(苦笑)。これも若さ故。読み流してください(笑)。

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 地名でいうと、道伯というあたりを延々と、2.5㎞ほど道なりにまっすぐ歩きます。緩い下り坂なので、キツくはないのですImg_0686c が、立ち寄るところも、見るところもありません。桜並木も、道伯2丁目くらいで途切れてしまいました。道伯3丁目で、右の写真のようなビルを発見。「道伯町林医院」とありますが、今は移転しているようです。以前、テレビ東京系列で「空から日本を見てみよう」という番組がありましたが、こういうビルが時々出ていました。「トンガリ物件」といっていたような記憶がありますが、なかなかのとんがり具合。

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 鈴鹿サーキット前交差点から2.5㎞歩いて、算所町南交差点。ここで9㎞、13時頃。左折し、西へ向かいます。鈴鹿の繁華街でImg_0687c ある、平田町や、算所町の近く。地図にあるように、近鉄鈴鹿線・平田町駅の南あたりを歩いて行きます。鈴鹿にいた頃にも何度も来たところだと思うのですが、ハッキリとは覚えていません。今は住宅街になっていますが、田んぼなどが多かった気がします。算所町南交差点から700mほどの大池一丁目交差点を右折して、鈴鹿さくらまつりの会場へ。

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 13時15分、9.8㎞を歩いてようやく鈴鹿さくらまつりの会場に到達(到着ではなくて、到達という感じでした)。15分遅れでソImg_0703c_1 フトドリンクはゲットできません。会場に入ってビックリ。大賑わい。人、人、人……。平田町商店会が主催、4月6、7日の両日開催。ここは、旭化成鈴鹿製作所の構内。桜並木と、グラウンドにある桜が見事で、さくらまつりの時には一般公開されます。昔から、このさくらまつりは行われていて、私が鈴鹿にいた頃もあったのですが、実際に訪ねたのはこの日が初めて。

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 会場には、ステージがあり、着いた時にはコンサート中。飲食ブースや、「めちゃさわれる動物園」と題した移動動物園、子Img_0713c_1 ども縁日などもあって、すごい人。ここさくらまつりの会場で昼ご飯でもと思って、頑張って歩いてきたのに、飲食ブースはどこも大行列(爆)。これではいけません。

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 とにかく会場を一回りしたのですが、飲食ブースは長蛇の列。もっとも空いていたのは、ビールなどを売っている店(微笑)。今シーズン、この日までにまだ「一人花見」を敢行していないこともあって、閃きました(笑)。缶ビール1本、¥350なりをゲット。座るところもありませんでしたので、桜の木の下にしゃがみ込んで「乾杯!」。

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 長居をしていてもすることはありませんので、乾杯を終えたら、桜並木を通り抜けてゴールの平田町駅に向かいます。ここにImg_0735c は300本の桜があるといいますが、どれも見事。並木のところは、桜のトンネルのようになっています。この桜並木は、400本ほどあるそうです(こちら)。

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 「一人花見」は変則的ながら達成したものの、空腹は満たされないまま、ゴールの近鉄鈴鹿線・平田町駅に13時40分に到着。スタートからは3時間55分、11㎞ちょうど。次の伊勢若松行きは、14時5分ですので、どこかで昼ご飯を食べようと思ったものの、駅前には飲食店はほとんどありません。昔はもっとあったような気がしたのですが、今と同様、飲み屋さんばかりだったかも知れません。うどん屋があったものの、ハイキング参加者で満席。コンビニも見あたりません。やむなく、駅の自販機で売れ残っていたカレーパン1個(¥130)と大きめの缶コーヒー1本(¥140)を購入。昼食代わりにしました(苦笑)。昼ご飯に関しては、まったく当てが外れてしまいました。

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 平田町駅は、名古屋線・伊勢若松駅から分岐した鈴鹿線の終点。伊勢若松まで行って乗り換えになります。平田町駅を14時5Img_0224c_1 分に出る伊勢若松行きに乗車。伊勢若松駅には14時15分に到着。すぐ(14時17分)に名古屋行き急行があり、それに乗って桑名駅には14時40分に到着。¥560。ALKOOのデータでは歩いた距離は、1.2㎞となっていましたが、キョリ測では、11㎞ちょうど。自宅から桑名駅往復(朝は、投票のため、精義Img_0224c 小学校を経由)が2.1㎞でしたから、合計13.1㎞。歩数は、22,512歩。この日もよく歩きました。あみま倶楽部のスタンプは、14個目。4月7日の近鉄ハイキング「春を彩る 鈴鹿さくら祭りと伊奈冨神社のつつじ」は、これにて「完」。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

いつもありがとうございます。
この日は、立ち寄るところが少なく、ひたすら歩く、修行のようなハイキングでした(微笑)。
途中、道が分からなくなったりして大変でした。
ただ、おっしゃるように、あちこちでソメイヨシノはほぼ満開だったのには救われた気分です。

伊奈富神社のつつじは見事ですから、お勧めします。
普通のつつじより早く咲き始め、4月上旬には見頃です。

鳥居は、最初はステンレスかと思ったのですが、調べたらチタン製ということでした。
なぜチタンにしたのかは分かりません。
チタンとは思わなかったので、さわりもせず、叩いてもみずです。
どこかに日本でもっとも高価な鳥居だと書いてあったような気がしますが、いくらかは不明です。

パンや、おにぎり煎餅などを売っている自販機は、利用者の少ないところを除いて、近鉄の駅のホームなどにあります(桑名、富田、四日市、津、江戸橋などなど)。
高校生や、大学生などよくお腹が空くであろう年代の若者が買って行きますから、近くに高校や大学がある駅では、売り切れに近い状況をよく見ます。


投稿: mamekichi | 2019年4月15日 (月) 18時35分

こんばんは
ゴールおめでとうございます\(^o^)/
伊奈富神社のツツジは聞いたことありますが
行ったことありません。
ツツジ、綺麗ですね。
所々の桜も綺麗ですし、この時期のウォーキングは楽しそうですね。
チタンの鳥居があるんですね。
コンコンと叩いてみた音とかやはり違うんですかね?
値段も気になります。
いろんなパンが出てくるんだろうと想像してますが
カレーパンが出る自販機てあるんですか?
いなかっぺなのでまだ見たことありません(笑)

投稿: こころん | 2019年4月15日 (月) 18時00分

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