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2019年3月22日 (金)

20190316JRさわやかウォーキング「早咲きの「桜みちまつり」を抜け「旅まつり名古屋2019」へ」へ(その3)……名古屋市市政資料館、名古屋城外周、市役所・県庁・テレビ塔を見て久屋大通公園へゴールにて「完」

190316jrwalkingoozone2 3月16日に出かけたJRさわやかウォーキング「早咲きの『桜みちまつり』を抜け『旅まつり名古屋2019』へ」のその3です。そImg_6992cの2では、三菱UFJ銀行貨幣資料館から文化のみちにある二葉館、山吹谷公園、橦木館を見て回りました。続いては、名古屋市市政資料館です。橦木館を出るところで5.2㎞、12時10分頃。名古屋市市政資料館でほぼ6㎞ですが、途中、主税町公園で10分ほど一休みしていました。
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 主税町公園の一帯は、明治から昭和にかけて多くの陶磁器の絵付け工場や貿易業者が軒を連ねる日本の輸出陶磁器の最大の生産地、集積地だったといいます。ここ主税町公園もかつては大規模な陶磁器の絵付け工場があったところ。明治29(1896)年に森村市左衛門が美濃、瀬戸からの当時危機時の荷受けや堀川を使った輸送などの立地条件の良さから、武家屋敷跡地を入手し、工場を建設したところです。明治9(1876)年に森村組(現在のノリタケ、TOTO、日本ガイシなど)を創業し、輸出を開始したといい、「主税町(Chikaramachi)」のブランドがあったそうです。
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 名古屋市市政資料館。スタートからほぼ6㎞、時刻は12時25分。ここは、特別支援教育支援員養成講座のときに何度も訪ね、ほとんど見て回っています(2016年10月6日:支援員養成講座のあと、名古屋市市政資料館へ……旧・名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所、2018年3月11日:ウィルあいちで支援員養成講座の講師……終わって市政資料館で留置場を見て、名古屋ウィメンズマラソンにも遭遇)。大正11(1922)年に旧・名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所として建てられた、ネオバロック様式の煉瓦造りの建物。
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 昭和54(1979)年まで裁判所として使用されていました。昭和59(1984)年5月には国の重要文化財に指定。平成元Img_7012c(1989)年からは名古屋市の公文書館、市民の文化利用施設として使われています。ここは、上記のリンクにあるようにほとんど見て回っていますし、つい先日も訪れてきました(2019年2月24日:今日は、支援員養成講座で名古屋へ)。それ故、この日は、中央階段の先にあるステンドグラスと留置場を見ただけで、他はパス。ここのステンドグラスは、有名のようで、Wikipedia日本版にも取り上げられています(こちら)。公正な裁判を意味する天秤の絵が描かれています。


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 名古屋市市政資料館の敷地内にもオオヒカンザクラが植えられています。文化のみちあたりと同様に、満開でした。大ヒカンImg_7032cザクラは、花は中輪、一重咲きで淡紅色。3月下旬に咲くとされます。カンヒザクラと大島桜の交配種で、ソメイヨシノに先立って咲きます。市政資料館の建物とのコラボ写真をと思うのですが、オオカンザクラが咲いているのは、建物の西側のエリア。なかなかうまく行きません。トリミングしてしまいましたが、右の写真の元写真では、禿げあまたのおっちゃんが写り込んでいました(微笑)。


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 市政資料館の内部はほとんどパスして、名古屋拘置所の前を通過。清水橋東の交差点へ。この交差点のすぐ西に清水街園があ190316jrwalkingoozone3ります。ここはウィルあいちに来るとき、何度も通っています。街園の中に石碑があるのに気づいていて、以前から何なのか気になっていました。右の実測ルートマップその3では、清水橋東と市役所東の交差点の間にある菱形のエリアが、清水街園。左の写真のようになっています。ちなみに、清水橋は、名古屋城東の要所とされたところ。今は普通の道路となっていますが、周囲には堀跡や、石垣が残っています。

Img_7053c この清水街園の西側の木の陰に石碑があるのです。それがこちらの写真。碑表には「加藤忠四郎翁の碑 陸軍大将宇垣一成(うがきかずしげ)書」とあります。加藤忠四郎のことはよく分からなかったのですが、名古屋にあった陸軍第三師団への貢献Img_7049cが大きかったということで、昭和6(1931)年4月に陸軍によってここに碑が建てられたようです(こちら)。宇垣は、慶応4(1868)年、岡山の生まれ。軍人、政治家。陸軍士官学校、陸軍大学を卒業。陸軍軍事課長、参謀本部第1部長、第10師団長、陸軍次官を歴任後、大正13(1924)年、陸軍大臣。朝鮮総督を経て、昭和12(1937)年1月に組閣の名を受けたものの、失敗。終戦後は参議院議員。加藤忠四郎さんがどのような方かは十分には分かりませんでしたが、謎は少し解けました。

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 このあと、清水橋東交差点(清水街園のあるところ)から北へ。名鉄瀬戸線・東大手駅と県立明和高校の間を進みます。道路Img_7065cの西側は空堀になっていますが、かつてはここに名鉄瀬戸線が通っていました。「お濠電車」などと呼ばれていたことがあります。昭和53(1978)年8月、東大手から栄町までの間が地下新線として延伸されています。右の写真は、清水橋から見た北方向の空堀。この堀に名鉄瀬戸線の電車が走っていたのです。

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 といったことを考えながら歩いていたら、道の東側に瀬戸線の電車が見えました。栄町行きの新しい車両が、ちょうどカーブImg_7079cから地下に入って行くところです。ところが、これに気をとられていたせいか、ここを過ぎた柳原一丁目交差点でたぶん左折の矢印があったはずなのを見落としました(苦笑)。そのまま柳原の商店街を直進(他にも同様の方がありました)。途中でコースを示す矢印がなくなったのに気づいたものの、あまり細い道に入り込むのもどうかと思い、結局、柳原三丁目の交差点まで。本来であれば、実測ルートマップその3に朱い矢印で示したように、柳原一丁目で左折して、名城公園南の交差点に出るはずでした。このため、1.5㎞ほど余分に歩いてしまいました(苦笑)。時々、コースミスをやらかします。
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 柳原三丁目の交差点で左折し、西へ。地下鉄名城公園駅の方を大回り(苦笑)。名城公園の交差点(8㎞地点)で左折し、南下。このあたImg_7088cりは昔、若い頃来たことがあります。朧気な記憶。住宅団地がありますが、すでに使われてはおらず、再開発されるのでしょう。名城公園の入り口まで来て、ちょっとホッとします。たぶんもう少し歩くと、本来のコースに戻れるはず。
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 ようやく本来のコースである名城公園南交差点へ来たというか、戻って来たというか(8.6㎞、13時7分)。1.5㎞ほど余分にImg_7093c歩きました。「JRさわやかウォーキング」のコースを示す矢印も(再)発見(右の写真)。ここから、名古屋城の外周(東側)を歩きます。


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 右上の写真の藤の回廊の先のところから、名古屋城の天守閣が遠望できます。名古屋市の河村たかし市長が木造復元と打ち上Img_7097cげていますが、果たしてどうなるのでしょう? 天守閣は耐震性が低いという理由で閉館されています。ちょっと残念ですが、復元された本丸御殿もあります。本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作ともいわれています。本丸御殿はまだ行ったことがありません。二之丸庭園もよいお庭です。名古屋城は、子どもたちが幼い頃来たきりですから、また訪ねてみなくてはなりません。

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 その二之丸庭園の東を通って、二之丸東二門跡を過ぎたところから、金シャチ横町があります。テレビでは何度も見ていましImg_7121cたが、現地に来るのは初めて。ここは、宗春ゾーン。オッサンが一人ではいるには、おしゃれすぎる店が並んでいました(苦笑)。なので通過。宗春は、尾張藩7代藩主の徳川宗春(元禄9(1696)~明和元(1764)年)。商工業を発展させ、風俗の開放もはかり、名古屋の町は活況を呈したものの、享保の改革の倹約政策に反したため、元文4(1739)年、徳川吉宗により隠居させられました。

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 地下鉄名城線・市役所駅の7番出入り口。お城の門のような建物。市役所駅は利用するものの、対面にある3番出入り口ばかりで、いつからこんな風になっているのか、知りませんでした。ここで9㎞地点。大津通と出来町通りの交差点。市役所、県庁などの官庁街、国立病院機構名古屋医Img_7131c療センター、名古屋城と集まっています。

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 こちらが名古屋市役所。私は名古屋市の職員だったことがありますが、この本庁舎には一度も来たことがありません(苦笑)。昭和8(1933)年に竣工。昭和天皇の即位記念事業として建設されたもので、公募によって選ばれた平林金吾の設計をもとにしています。近代的なビルに和風の瓦屋根を載せた「帝冠(ていかん)様式」。隣の愛知県庁もそうです。10階建てで塔屋があり、そそり立つ感じです。
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 市役所の南にあるのが、愛知県庁。昭和13(1938)年に完成。昭和天皇御大典祈念事業の1つとして建設されました。西村好時渡辺仁の基本設計をもとに、工事顧問の佐野利器土屋純一の指導の下、愛知県総務部営繕課が実施設計を行っています。こちらも帝冠様式で、頂上部にあるのは、名古屋城大天守風の屋根。この頃は、国威発揚のためにも日本趣味を建築に取り入れる風潮が高まっていたそうです(瀬口哲夫(2004):わが街ビルヂング物語、樹林舎)。
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 市役所、県庁を過ぎると大津橋。大津橋で左折し、大津通から久屋大通りに向かいます。この大津橋、かなりのレトロ感があImg_7144cります。昭和8(1933)年の竣工ですから、名古屋市役所と同じ年。欄干にはベイス(飾り花瓶)と、休憩電球が4つある照明灯が中央に。いい感じです。


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 続いて久屋橋。ここで右折すると久屋大通。久屋橋が久屋大通の起点。南北の100m道路で、若宮大通まで約1.7㎞。「久屋」Img_7160cという名前は、尾張藩初代藩主・徳川義直が末永く繁盛することを願って久屋町と名づけたことに由来するといいます。この先は、JRさわやかウォーキングの案内看板はないということですが、もう大丈夫。学生時代や、現職の頃、何度となく来ていますから、もう間違えようもありません。久屋橋のところでスタートから9.8㎞、13時半。

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 久屋大通に入ってすぐの左手(東)に市立第一幼稚園があり、そこに気になる案内板が見えました。この幼稚園は、創立127Img_7162c年と歴史があります。その手前に右のような案内板。「愛知県織工場跡」とあります。明治維新の変革によって失業した旧・尾張藩士族救済のため、愛知県が明治10(1877)年に設置した工場の跡地。士族の婦女子に洋品代用の広幅小倉、綿ネル、結城縞の製織技術を習得させたといいます。明治22(1889)年にはその役割を終えたとして、廃止されました。

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 久屋大通を進みます。桜通にかかっているセントラルブリッジ。昭和57(1982)年に完成。久屋大通公園を結んでいる斜張Img_7184c橋形式の歩道橋。ここまで来ると、テレビ塔はすぐ目の前。「名古屋テレビ塔」が正式名称。現在は、耐震工事のため、今年1月7日からすべての施設が休業。リニューアルオープンは、2020年夏だそうです。昭和29(1954)年6月に竣工。私と同級生(微笑)。日本初の集約電波塔(高さは180m)。設計者は内藤多仲。東京タワーの設計者でもあります。「名古屋のテレビ塔」、「栄のテレビ塔」あるいは単に「テレビ塔」と呼ばれ、親しまれてきました。平成23(2011)年7月にアナログ放送が終了し、デジタル放送に完全移行した現在、名古屋地区のテレビ放送は、瀬戸市にある瀬戸デジタルタワーから送信されています。

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 テレビ塔を過ぎるとすぐ、左手(東側)にオアシス21があります。公園やバスターミナルなどの公共施設と商業施設との複合Img_7193c施設で、平成14(2002)年10月にオープン。隣接する栄公園には、NHK名古屋放送局と愛知芸術文化センターがあります。吹き抜けの地下広場の真上には、「水の宇宙船(大屋根)」があります。地面はガラス張りで中央から水が優しく流れて、銀河の広場に光の波紋が描かれます。水面の回りには園路があるそうです。地下広場を覗いてみたら、e-スポーツのイベントをしていました。

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 オアシス21を過ぎると、錦通、広小路通と栄の繁華街。振り返ってみると、テレビ塔とオアシス21がよく見えます。広小路をImg_7209c渡ると、バスターミナル。バスターミナルの東には、中日ビル。今月末を以て閉館。大昔、中日劇場にミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」を見に来たことがありますし、中日ビルタウンなどで買い物をしたり、喫茶店(ふる里、ユーハイム、サンモリッツなど)でお茶をしたりしたこともたびたび。建て替えられるようです(こちら)が、青春時代が遠くなってしまうようで、ちょっと淋しい気がします。

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 などといささか感傷にふけっているうちに、エンゼル広場を過ぎ、松坂屋の東にある久屋大通公園へ。ここに今日のゴールがImg_7221c設定されている「旅まつり名古屋2019」の会場。到着は、14時ちょうど。ここまで歩いた距離は、11.5㎞ほどとなります。途中、コースミスをして1.5㎞余分に歩きましたから、本来であれば、約10㎞のはず(苦笑)。


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 最終的には、地下鉄名城線・矢場町駅まで行かねば電車には乗れませんが、ホッと一息付けました(微笑)。いつもの「完歩Img_7228c記念」の看板も忘れずに撮影しておかないといけません。JRさわやかウォーキングでは、これを撮影しないと、ゴールした気分が半減しそうなのです。


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 これで、昨年12月以降、スタンプは4個目。予告編でも書きましたが、月1個のペースです。このペースで行けば、有効期限が満了する11月末までに10個は達成できそうです。が、JRさわやかウォーキングは、7・8月は休み。月1ペースを崩さないようにしないといけません。

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 旅まつりは、各地方自治体の観光案内や、ご当地グルメ、特産品が紹介されるイベントです。私がゴールしたときは、ちょうImg_7244cど鹿児島県の皆さんがステージに上がって、鹿児島の紹介をしておられました。ここで昼ご飯にしようと思って歩いてきました。ざっと見て回ったものの、昼ご飯になりそうなものは案外少なく、ちょっと困りました。
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 結局、鹿児島県のショップで、「黒豚焼きそば」を¥500でゲット。黒豚がは言っているのですが、私には普通の豚肉と区別が付きません。「猫に小判、豚に真珠」の類いの話です(笑)。生ビールも¥500で売っていて、迷ったのですが、断念。もう少し歩いて、さらに地下鉄、JRと乗り継いで帰らねばなりませんから。近くで同じ黒豚焼きそばを食べながら生ビールを飲んでいる人がいて、よほど追加で買いに行こうかと思ったのですが……。昼を食べながら20分ほど休憩。14時20分に会場を出て、地下鉄矢場町駅へ。
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 矢場町駅の4番出入り口。ここまでで11.7㎞。後でよく考えたら、久屋大通公園の南の端にも2番出入り口があったのですが、すっかり失念していました。余分に歩く日だったのかも知れません。時刻は14時25分。14時27分の右回り環状線に乗車。久屋大通に14時30分に到着、14時36分の桜通線・中村区役所行きに乗車。名古屋駅には14時41分。¥240。JR名古屋駅を15時3分に出る関西線・亀山行き快速に乗車して帰宅の途へ。桑名駅には15時27分に到着。¥350。
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 この日のALKOOの計測結果。19.6㎞歩いたというのは、たぶん計測ミス。GPSで記録しているようですから、電車がゆっくImg_7253cり走っている時をカウントしたのかなと思います。歩数は、25,560歩。DSの生活リズム計では、22,819歩。いや、なかなか楽しめるコースでした。徳川園は、違う季節に訪ねてみたいと思いますし、徳川美術館、蓬左文庫も是非と思います。二葉館、橦木館など文化のみちあたりも、もっと空いているときにゆっくり見たいところです。ということで、3月16日のJRさわやかウォーキング「早咲きの「桜みちまつり」を抜け「旅まつり名古屋2019」へ」も無事ゴール。右は、名古屋市市政資料館の留置場においてあったスタンプ。なんだか気に入りました。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

コメントでご迷惑をおかけし、恐縮です。

このときのJRさわやかウォーキングは、徳川園、貨幣資料館、文化のみち、名古屋市市政資料館と、見所満載でした。
古い建物にもご興味がおありでしたら、文化のみちや、市政資料館も必見だと思います。

名古屋城の桜は、まだ見たことがありませんが、おっしゃるように天守閣に入れませんね。
本丸御殿も魅力的なところですし、金シャチ横丁も良さそうですから、お客さんは集まるような気がします。

ところでブログの方は、PC版とスマホ・タブレット版が統一されました。

他にも今回のメンテナンスでいろいろと変わり、投稿や管理の仕方にも変更があり、ちょっと戸惑っています。
写真をクリックしても拡大しないという不具合も解消していないようで、ご迷惑をおかけしているかも知れません。

投稿: mamekichi | 2019年3月24日 (日) 21時02分

ゴールおめでとうございます
名所がいくつかあっていいコースですね。
徳川園、貨幣資料館は行ってみたいと思ってました。
今年の桜の時期の名古屋城はどうでしょうね?
昨年は天守に入れましたが本丸御殿で集客できるかどうか。
タブレット(ファブレット)で拝見してますが
少しレイアウトが変わったようですね。
自分の機種では変わるまではスマートフォン用とタップする所がありましたが
無くなってパソコンで見るような左右に写真を配置されてます。

投稿: こころん | 2019年3月24日 (日) 20時58分

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