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2019年3月 9日 (土)

20190302近鉄ハイキング「ふるさとの味と春風を感じて悲劇の千奈美姫に想いを馳せる 四日市うつべのヤマトタケル・芭蕉の足跡を体感!」へ(その3)……普賢菩薩、采女八幡社、内部地区市民センター、うつべ町かど博物館から杖衝坂、芭蕉句碑、血塚社を経て内部駅へゴール(完)【スタンプを追加(3/9)】

190302kintetsuhikingsiohama2  3月2日の近鉄ハイキング「ふるさとの味と春風を感じて悲劇の千奈美姫に想いを馳せる 四日市うつべのヤマトタケル・芭蕉の足跡を体感!」、その3です。その2では、中山寺を経て、南小松子ども広場・運動広場でお昼にしたところまででした。ここを12時半に再スタート。

Img_4902c 実測ルートマップでは、左下の辺り。9~10㎞のところを進んでいます。このあたりは、四日市市とはいえ、郊外で田園地帯です。左の写真は、南小松子ども広場・運動広場を出て、普賢菩薩があるところに向かっています(東を向いて撮っています)。
Img_4906c スタートから10.5㎞ほどのところ、うつべ農園を入ったところに普賢菩薩があるとコースマップにありましImg_4909c たので、見て来ました。他に立ち寄る方はありません。となりにある「ほたるの森」の看板の方が立派なくらい。このあたりの水田や水路に蛍が生息しているそうで、「うつべほたるの里を育てる会・うねめ未来へつなぐ会」が建てたもの。
Img_4911c こちらが、その普賢菩薩。普賢菩薩(ふげんぼさつ)は、仏陀の実践的理性Img_4907c を司る菩薩で、智慧を司る文殊菩薩と並んで釈迦仏の二脇侍です。古くは、采女北の水田の中にあったものを、耕地整理でこの近くの山の中腹に移動していました。山道の整備のため、平成28(2016)年にここに新たに設置されています。明確な資料は少なく、内部地区記念郷土史「わが郷土 うつべ」に普賢菩薩と紹介されています。地元の方々は、「ちちぼさん」と呼んで親しんでいたそうです。先に訪ねた采女城とも関わりがあるという説もあるそうです。後藤氏の奥方、千奈美姫が井戸に身を投げ、自害したのをあわれ悲しんだ民が、姫の魂を慰めるために普賢菩薩を祀ったといいます(諸説があるそうです)。もとは、石像(菩薩の姿)もあったようですが、石像は不明となり、現在は自然の石の姿になっています。何となく微笑ましい印象を受けました。
Img_4913c ちなみに、3枚前の写真にもありますが、緑色のコーンに仏様というか、お坊様というか、そういうお姿があり、ちょっと驚いたというか、微笑んだというか(微笑)。世の中、いろいろなものがあります。
Img_4917c 何となく楽しい気分になって歩き続けます。次の立ち寄りポイントは、采女八幡社。すぐ東を国道1号線が通っていますが、神社のあたりは静か。国道1号線の手前を南に入って、スタートから11.3㎞のところ、着いたのは12時53分です。
Img_4927c ご祭神は品陀和気命(ホンダワケノミコト、応神天皇)、建速須佐之男命(タケハヤノスサノオノミコト)、金山毘古神(カナヤマビコノカミ)、大日孁貴命(オオヒルメノムチ、天照大神)、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)、久那斗神(クナドノカミ;集落の入り口や道路の分岐点などにまつられ、種々の邪霊・禍災の侵入を防ぐと信じられた。道祖神)、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、崇神天皇(すじんてんのう)、菅原道真大山祇命(オオヤマツミノミコト)、豊宇気毘売神(トヨウケビメノカミ)、天忍穂耳命(アメノオシホミノミコト)、天之菩卑能命(アメノホヒメノミコト;天照大神の子。出雲氏、土師氏らの祖先神)、天津日子根命(アマツヒコネノミコト)、熊野久須毘命(クマグスビノミコト;須佐之男命が天照大御神の持ち物である八尺勾玉を譲り受けて化生させた5柱の神の1柱)、多紀理毘売命(タキリビメノミコト;天照大神と素戔嗚尊との誓約のとき、素戔嗚尊の剣から生まれた宗像三女神の一)、市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト;天照大神と素戔嗚尊との誓約の時に生まれた宗像三女神の一)、多岐津比売命(タギツヒメノミコト;天照大神と素戔嗚尊との誓約のときに生まれた宗像三女神の一、航海安全、交通安全の神)、活津日子根命(イクツヒコネノミコト;素戔嗚尊と天照大神が誓約を行なった際生まれた、五男神中の一神)の19柱。
Img_4921c 由緒書きには、堀河2(1188)年、鎌倉時代に創建されたとありました。明治42(1909)年に波木町の加富神社に合祀されましたが、大正15(1926)年に分祀され、元の通りに地元の氏神として祀られることになりました。それにしても、19柱の神様がいらっしゃるというのはよく分かりません。由緒書きにはない歴史や経緯があるかもしれません。
Img_4929c 境内には、石碑や小社があります。左の写真は、拝殿に向かって左側(南側)にある、山の神2柱(向かって左側にある、2つの石)。向かって右の小社は不明。
Img_4935c 拝殿に向かって右手には、これがありましたが、不明。不明なことがたくさんあります。「うつべふるさと探訪マップ」にも、山の神の記述しかありません。
Img_4941c 采女八幡社を出て、釆女町の住宅街を北へ進みます。1㎞ほどで四日市Img_4955c内部地区市民センターに到着(13時10分)。ここでは、「うつべめし」のふるまいがあり、また、先着400名に四日市あすなろう鉄道の「オリジナルマグネット」プレゼントもあり、楽しみにしていました。
Img_4947c 振る舞っていただいた「うつべめし」は、「報恩講汁」でした。「なくなり次Img_4943c 第終了」とあったので心配したのですが、無事に写真のような味噌汁をいただけました。少し甘みのある、大根の味噌汁です。このあたりの真宗のお寺で、報恩講のときに振る舞われてきたものだそうです。
Img_4952c 四日市あすなろう鉄道のオリジナルマグネット、上述のように先着Img_4950c 400名ということでしたが、まだまだ十分な数があり、無事にゲットできました。ここには、四日市市のゆるキャラであるこにゅうどうくんも登場。市民センターの手前で12㎞を越えていました。
Img_4968c 内部地区市民センターを出たのが、13時20分頃。内部川に沿って南下Img_4973c し、内部橋の西で国道1号線を潜ります。このあたりから、旧・東海道。マックスバリュ采女店を過ぎたあたりが左の写真。この先で90度右折すると、昔の連子格子を残したお宅もあり、旧街道を歩いているという気分も高まります。13㎞を過ぎて、足はかなり疲れてきています。この日は、采女城跡で「登山」もしましたし(笑)、けっこうアップダウンもありましたから。
Img_4981c 上の写真の民家を過ぎて左折すると、緩い登り坂。実測ルートマップにImg_4984c は示しませんでしたが、正面に金刀比羅宮があり、旧東海道はこの先でまた曲がるのですが、そこにうつべ町かど博物館があります。
Img_4985c こちらがそのうつべ町かど博物館。内部地区には、縄文時代から人が暮らしていたそうで、その当時の遺物も発掘されています。ここは、四日市市が所蔵する埋蔵文化財(縄文式土器など)と地域の住民から提供された資料(お櫃、蒸し窯などがありました)をもとに内部地区の歴史と文化がわかるよう展示されています。
Img_4994c うつべ町かど博物館を出ると、登り坂はさらに急になります。こんなところImg_4997c が、本当に旧・東海道か?と思えますが、旧・東海道の案内本などには、「東海道の難所として知られる」とか、「箱根峠、鈴鹿峠に次ぐ、東海道三大難所の一つ」とかいいます(三大難所は、箱根峠と鈴鹿峠はどの資料も共通しますが、もう一つはいろいろなところが上がっています。たとえば、静岡県にある「小夜の中山」をあげるものもあります)。講釈はともかく、実際に登ってみると、高さは20mほどのようですが、実に大変でした(苦笑)。
Img_5055c 坂の途中に、「史跡 杖衝坂」の石碑、「永代常夜灯」そして「芭蕉句碑」が並んでいます。さらに、常夜灯と句碑を挟むように、2つの井戸が残っています。
Img_4999c 「史跡 杖衝坂」の石碑は、三重県が昭和4(1929)3月に建てたもの。景行天皇の41(111)年、日本武尊が東征の帰りに極度の疲労のため、腰の剣を杖にして登ったので、この名があるとされます。古事記には、「吾足如三重勾而甚疲(わがあしは みえのまがりのごとくして はなはだつかれたり)」とあります。すなわち、私の足が三重に折れ曲がってしまったように、ひどく疲れたということで、これが「杖衝坂」と「三重」の名前の由来といわれるのです。ここは、昔から一度訪れてみたいと思っていたところ。ようやく念願が叶いました。それにしてもきつい坂です。
Img_5009c 永代常夜灯は、文化8(1811)年の建立。この常夜灯の脇(向かって左。左の写真にわずかに写っています)Img_5031c と、右にある芭蕉句碑の脇に井戸があります。右の写真のものは、坂の上手にあたり、こちらが「弘法の井戸」、下手(常夜灯の脇)のものを「大日の井戸」といいます。前者は、水に困っていた村人に弘法大師が杖で指し示したところを掘ったところ清水が湧き出したと伝わっています。後者は、坂の中腹にあった大日堂に備える閼伽水(あかみず;仏に供える水)を汲んだ井戸といいます。
Img_5012c こちらが芭蕉の句碑。貞享4(1687)年、松尾芭蕉が江戸から伊賀への帰Img_5016c 途、名古屋、桑名、四日市、鈴鹿を過ぎて、日永で馬を雇い、杖衝坂にさしかかったのですが、その時、この急坂で落馬してしまいました。「芳野紀行」には「荷鞍うちかへて馬より落ちぬ」とあり、苦笑して即吟一句を成したといいます。それが、「歩行(かち)ならば 杖衝坂を 落馬かな」。句碑は、宝暦6(1756)年、村田鵤州(かくしゅう)が坂の中ほどに建てたものです。明治の初期、坂ノ下の屋敷の庭園に移されたのですが、その後、所有者の厚志により再びもとの地に移設されています。
Img_5036c もう一ヶ所、立ち寄り先があります。さらに坂を登らねばなりません(苦Img_5040c 笑)。杖衝坂を登り切ったところの東側に「血塚社(ちづかしゃ)」があるのです。鳥居の奥にある血塚の祠は日本武尊の血で染まった石を集めて葬ったとも、日本武尊が出血した足を洗い流したところとも伝えられています。伝えられています。承応年間(1652~54)の創建。
Img_5044c 余談ですが、江戸時代には、この血塚社の前に、名物の饅頭屋があったといいます。坂を登って来たら、ここで一息つきたくなります。その気持ちはよく分かります。左の写真は、血塚社の前から、石薬師宿へ向かう方角。これで、この日の目的地は、すべてコンプリート。血塚社で13.7㎞、13時45分でした。
Img_5061c 杖衝坂を下って、釆女が丘のニュータウンを回り、来るときに通ったマックスバリュ采女店の東を歩き、内部橋で内部川を越Img_5069c え、四日市あすなろう鉄道の内部駅を目指しました。いや、それにしてもよく歩きました。
Img_5084c ゴールの四日市あすなろう鉄道・内部駅には、14時15分に到着。歩いたImg_5098c のは、15.6㎞。あすなろう鉄道は、平成27(2015)年4月1日付けで、近鉄から内部線と八王子線の運営を引き継いで発足。会社の名前は、未来への希望(明日にむかって)と、運行する内部線および八王子線が軌間762mmという狭軌(ナローゲージ)であることに由来します(こちら)。
Img_5139c ナローゲージですので、電車もミニサイズ。三岐鉄道北勢線と同じ。左のImg_5103c 写真は、あすなろう四日市駅にて撮影。運転士さんの身長と比べるとよく分かります。車両は計画的にリニューアルされ、260系を更新した車両と、新造車両とがあるそうです(たとえばこちらを参照)。
Img_5106c 座席も一人がけのクロスシートになり、冷房化もされています。停車駅案Img_5114c 内板には、こにゅうどうくんのイラストがあります。また、座席に取り付けられた持ち手はハート型。
Img_5099c 乗車した電車は、シースルー車両が設けられていました。この1月28日から運行開始したばかり。1編成(3両編成)のうち1両(内部方向)の床面に、縦約16cm×横約67cmの強化ガラス窓3枚が設置されていて、ここから枕木や道床、車輪が動く様子が見られるのです(こちら)。
Img_5091c 次の四日市行きは、13時35分。あすなろう四日市駅までは¥260。あすImg_5142c なろう四日市駅には、14時58分着。四日市で、四日市近鉄百貨店にある丸善に立ち寄って、文庫本を1冊購入。四日市発15時28分の名古屋行き急行で桑名まで。15時40分着、¥300。
Img_5153c これであみま倶楽部のスタンプは、9個目をゲット。ボチボチ増やしていきImg_5156c ましょう。先日からスマホを使っていますが、そのアプリ(ALKOO(あるこう)という、ナビタイムが提供するウォーキングアプリ。詳しい説明は、こちら)では、右の写真のような結果になっていて、ビックリ。ずっと使っているニンテンドーDSの生活リズム計では、28,411歩。いずれにしても、30,000歩前後は歩いたようで、新記録。
Img_6014c どうでもよい余談(笑)。昨年(2018年)6月16日に新調し、その翌日からImg_4898c 愛用してきたウォーキング・シューズ、さすがに毎日酷使した結果、昨日に至って、右の写真のような状態に。色も、日に焼けたりしてかなり薄くなり、しかも特に右足はあちこち破れてきてしまったのです。この間の合計で、1,172㎞、2,306,881歩を歩きました。このシューズ、軽くて歩きやすいので、気に入っていました。Amazonで同じものがあったので、発注し、届くのを待っています。
【うつべ町かど博物館と四日市あすなろう鉄道のスタンプを追加しました(3/9)】
201903023 うつべ町かど博物館と、四日市あすなろう鉄道・内部駅にスタンプが備え201903022 てありましたので、いつものようにゲット。うつべ町かど博物館には4種類、内部駅には2種類。そのうち、それぞれ1つずつ載せます。

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