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2018年12月 9日 (日)

20181209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 青木酒造の銘酒「米宗」をたずねて」へ(予告編)……いよいよ「酒蔵みてある記」の季節到来

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 多度山から北、養老山地の方は、雪が降っているような感じであります。今Img_5664c 日もまた、お出かけ(笑)。「毎日、毎日、何をしているのだ?!」といわれそうですが、今日もまた近鉄ハイキングです。来週は、ハイキング/ウォーキングと予定が合わず、次になると12月22日になってしまいますし、今日は、待望の「酒蔵みてある記」の初回なのです。
Img_5521c  今日の近鉄ハイキングは、「酒蔵みてある記 青木酒造の銘酒「米宗」をたずねて」。近鉄名古屋線・弥富駅がスタート&ゴールの約7㎞。コースマップ20181209kintetsuhikingyatomi は、左の写真の通り。弥富駅をスタートし、薬師寺の大楠・鯏浦(うぐいうら)城跡、難畑地蔵尊、興善寺地蔵を経て、青木酒造で酒蔵見学&試飲、甘酒のふるまい、即売会・抽選会。そして、ひたすら歩いて、弥富駅に戻ります。なのですが、試飲をしすぎたせいか(笑)、曲がるべきところを見逃し、大回り(爆)。500mほど余分に歩いてきました。といっても、他にも同じ誤りをしでかした方があり、大笑い。右の画像が実際に歩いたルート。歩くために行ったはずですから、まぁ良し。
Img_5527c 桑名駅を9時11分の名古屋行き準急に乗車。2駅目が弥富。9時19分着。Img_5517c ¥260。受付は9時半からとなっていましたが、すでに始まっていました。というのも、この「酒蔵みてある記」は参加者が多いのです。9時28分にはスタート。
Img_5525c 最初に向かうのは、薬師寺の大楠・鯏浦城跡ですが、この「鯏」という漢Img_5528c 字を知りませんでした。「うぐい」なのです。ウグイは淡水魚ですから、昔このあたりにたくさんいたということかもしれません。午前中、北西の風が5m/s前後、気温6~8℃という「好条件」の中、頑張って歩きます。
Img_5532c 1㎞足らずで、鯏浦山薬師寺に到着。ここは、曹洞宗のお寺ですが、かつ

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て織田信長が築いた鯏浦城と呼ばれる砦がありました。このあたりに勢力を持つ一向門徒・服部党を攻めるためです。信長の弟・彦七郎信興が城主となったのですが、元亀元(1570)年、小木江城で戦死。怒った信長は大軍を送って、天正2(1574)年、ことごとく焼き尽くしたといいます。鯏浦城には信興の念持仏薬師如来を安置する御堂があり、それがこの薬師寺の前身です。
Img_5544c 境内には、この「鯏浦城跡」の石碑があります。この辺りは、昔は海岸線であり、荷之上集落とともに自然堤防上に立地し、蟹江城と並んで中世期城砦の最南に位置しており、織田が服部党に対峙する拠点だったのでしょう。この碑は昭和51(1976)年に建てられました。
Img_5560c また、クスノキの大木があり、「薬師寺の大楠」として親しまれています。この大楠は、樹齢600年以上といわれます。かつてこの付近が海岸線だったことから磯部の楠として有名だったそうです。人々は、この楠の葉を薬として用い病を治したといわれ、 また一説には豊臣秀吉が舟をつないだとも伝えられています。樹下には小祠神明社が祀られ参拝者が跡を絶たなかったようですが、明治時代に弥富神杜に合祀されています。織田信長と一向門徒・服部党との戦いは、後の長島一向一揆にもつながるものですが、小生、その辺りは、知識不足。本編では、もう少し調べ、頭を整理して書きます。
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 西中地の交差点に向かう途中、スタートから1.3㎞ほどのところにあるのImg_5586c が、難畑地蔵尊。このお地蔵様は、織田信長と服部党・一向門徒との戦場となり多くの犠牲者を供養するために建立されたもので、もとは、この場所ではなく、この東にある東弥生台団地の一角にあったそうです。信長に一面焼き払われた「鯏浦下の割」古戦場は、その後、その後人骨や武具、矢刀などが掘り出され、耕作しようとしても大変難儀に合うことがあり、難畑と呼ばれていました。そのうちに遺骨などを集めて、地蔵尊を祀りました。明治になって、ある時、農家の娘が眼病になり、地蔵尊が「我を中地道の人通りに移してくれたらお前の眼病を治してやる」とその娘の夢枕にたったといいます。村人十数人が、そのとおり、中地道の傍らにお堂を建立し、道行く人にお参りさせたら娘の眼病はたちどころに治ったという言い伝えがあります。案内してくださった弥富ボランティアガイドの方に伺ったお話。
Img_5596c 東名阪自動車道弥富インターチェンジのすぐ南西、興善寺地蔵があります。このあたりは、「白頭(しらこうべ)」といい、蓮如上人の孫にあたる実正を養子に迎えたほどの由緒ある寺「荷上山(がじょうざん)興善寺」がありました。寺伝によると、桓武天皇の勅願で延暦14(796)年に創建されたといます。元は天台宗でしたが、永正年間(1504~1521年)に浄土真宗に改めています。信長の時代に長島の願證寺と組んで一揆を起こし、天正2(1574)年に焼き払われたものの、直ちに復興。しかし 寛永4(1627)年の大地震で倒壊し 清州に移転し さらに名古屋に移りました。
Img_5598c 廃跡となったその後、白頭池からこの2体の石仏が掘り出され、「興善寺の地蔵」として、服部肇家と斎藤光男家が先代より代々この墓地に安置してきました。昭和51(1976)年に弥富の文化財に指定を受けてからは荷之上区が管理しています。弥富市に残るもっとも古い石仏だそうです。
Img_5606c このあと、東名阪自動車道の下をくぐって、弥富から愛西市に入っていきImg_5624c ます。途中、寒く、北風もかなり強く吹いています。西の養老山地を見ると、薄ら雪が積もっているのが見えます。道理で寒いわけ。はやく青木酒造へ行って試飲がしたい(笑)。
Img_5666c 10時半、青木酒造に到着。スタートから約3.9㎞。弥富駅から東名阪自動Img_5634c 車道を越えて、愛西市まで行くと思うと、かなり遠いイメージでしたが、案外近く思えました。すでにたくさんの参加者が、試飲や即売会に。青木酒造さん、創業は江戸後期・文化2(1805)年。
Img_5642c 無料の試飲はこちら(というのも、有料の試飲、1杯100円もありました)。Img_5639c
早速、「米宗(こめそう)」をいただきました。「完全発酵 初しぼり 無濾過生原酒」。純米酒で、辛口。トロッとした印象。美味い!
Img_5658c  このほか、限定商品の「活性手汲みどぶ 純米酒」も試飲に出て来ましImg_5657c たので、こちらも味わってきました(微笑)。搾られたばかりの原酒どぶろくが瓶詰めされています。そのため、いきなり開けると爆発(?)して「危険」なのだそうです。即売会で売っていた「米宗の活性ふなくち手汲みどぶ」には、「危険生原酒」という赤いラベルがあったくらい(笑)。体が温まり、美味しかったものですから、普通の「米宗」をもう1杯と、梅酒も1杯、都合4杯もいただいてきました(笑)。そうそう、甘酒もでした。
Img_5736c 「酒蔵みてある記」に参加したとき恒例のお買い上げ、今日は、こちら。Img_5654c 最初に試飲した「純米 米宗(完全発酵 初しぼり 無濾過生原酒)」、720ml入り、¥1,300です。なかなか良いお値段ですが、たまにはいいでしょう。この頃、愚息もこれを密かに楽しみにしているようです。
Img_5675c 青木酒造を10時45分に出て、東へ。300mほどのところに、稱名山源空寺。浄土Img_5680c 宗のお寺がありましたので、勝手に立ち寄って来ました。由緒などを記した看板などはありませんでしたが、例によって、ネット検索すれば何か分かると高を括ったのが間違いでした。浄土宗のお寺を検索するサイトでは出てきたものの、それ以外は分かりませんでした。楠でしょうか、大木が印象的です。
Img_5685c 境内には、お社が3つ。これも何も説明はありません。神社に詳しい方であれば、お社の形からある程度のことはお分かりになるのでしょうが、あいにくそこまでの知識もありません。
Img_5691c このあと、はじめの方にも書きましたように、本来右折すべきところを見逃し、大回り。ただし、他にも10名以上の方が同様のミス。実際に曲がったあたりで、女性の方も「私、地図がよく読めないんです」と、迷っておられたのですが、「いずれにしても東名阪自動車道に突き当たれば良いのですから、ここから行きましょう」とお誘いし、結局、ゴールまでご一緒してきました。帰ってから調べたら、500mほど余分に歩いてきたという次第。青木酒造以降は、今日は立ち寄るところは設定されていませんので、3.8㎞ほどをひたすら歩いてきました。たくさん試飲をいただいて、ほろ酔い気分でよかったのかも知れません。
Img_5711c ゴールの弥富駅に戻ってきたのは、11時43分。7.7㎞を歩きましたが、その割りにかかった時間は、2時間15分でした。立ち寄り先が少なかったのと、立ち寄り先であまりウロウロと見て回るところがなかったからです。11時55分に五十鈴川行き急行がありましたので、それで帰宅。桑名駅着は、12時1分。¥260。
Img_5744c 昨日に続き、あみま倶楽部のスタンプをゲット。来週末は、この辺りでは近鉄ハイキングも、酒蔵みてある記もありません。12/16には、JRさわやかウォーキングが南四日市駅であり(醸造文化(味噌・醤油・酒)が残る四日市を丸ごと体験ウォーク)、神楽酒造へ行くコースなのですが、あいにくと研究会(あいにくなどと書くと、お叱りを受けますが)。神楽酒造さん、去年も行って、好みなのですが、残念。また、酒蔵みてある記で来年2月に行く機会がありそうですから、そのときの楽しみに。
 昨日の近鉄ハイキング「千年の歴史を、あるこう 伊勢西国三十三所観音巡礼 四日市の古刹・宝性寺から街中の禅寺・長興寺へ」の本編と、伝馬公園遺跡発掘調査説明会の記事も書かねばなりませんが、少しずつ載せていきます。

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コメント

おユキさん、こんばんは。

そうなのです、昨日からいよいよ「酒蔵みてある記」が始まりました。
これから3月まであります(微笑)。

昨日もつまみ持参で、即売会で酒を買って宴会という方たちがおられました。

この日試飲した「活性手汲みどぶ 純米酒」は、即売していた瓶詰めには、「危険生原酒」という赤く印字されたラベルが貼ってありましたし、試飲に出て来た瓶も、酒蔵の方が少しだけ開けて「しばらく置いておかないといけないので、待ってください」とおっしゃっていました。
「爆発」するかどうかは試しておりませんが……。

投稿: mamekichi | 2018年12月10日 (月) 20時14分

mamekichi先生、こんばんは。

いよいよ、酒造見て歩きが始まりましたね。
寒い中の一杯、お好きな方には格別なよう(微笑)。

それにしても、どぶろくは爆発するんですか?
「危険生原酒」とは、知らない方が見たら、警戒して呑めませんね。
人に盗られないようにするには、良いラベルかも?!

投稿: おユキ | 2018年12月10日 (月) 19時40分

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