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2018年12月 8日 (土)

20181208近鉄ハイキング「千年の歴史を、あるこう 伊勢西国三十三所観音巡礼 四日市の古刹・宝性寺から街中の禅寺・長興寺へ」(予告編)

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 真冬の空という印象です。今日は、若干迷ったものの、近鉄ハイキングにいってきました。迷ったというのは、午後2時から、市内の伝馬公園で「遺跡発掘調査説明会」もあったからです。結果的には、どちらも参加しました(微笑)。
Img_5052c 今日のハイキング(千年の歴史を、あるこう 伊勢西国三十三所観音巡礼 四日市の古刹・宝性寺から街中の禅寺・長興寺へ)のスタートは近鉄名古屋線・川越富洲原駅。受付は、9時45分から。ということで、桑名駅を9時9分の津新町行き普通に乗車。川越富洲原までは、3駅です。9時17分に到着。¥260。
Img_5048c コースマップは左の写真。近鉄のサイトでは、約5㎞となっていたのですが、20181208kintetsuhikingkawagoetomisu マップには約4㎞とありました。「ファミリー向き」とありましたから、これくらいなのでしょう。川越富洲原駅をスタートして、龍王山宝性寺、聖武天皇神社、富田山長興寺から、富田菓庵清華堂に立ち寄って、名古屋線・近鉄富田駅がゴールです。実際に歩いたルートは右の画像の通り。立ち寄り先でウロウロした分をカウントしなければ、3.8㎞でした。
Img_5034c スタートする前からいきなりの余談で恐縮。川越富洲原駅を降りたら、名古屋方面のホームに「つどい」が停車していました。普段は、白塚の電車区に留置されています(江戸橋方面に行ったときに確認)。運行日の朝、名古屋まで回送されます。実は、このあと、ハイキングコースを歩いていて、富田駅近くで、湯の山温泉行きとして走っているところも見ました。
Img_5040c 川越富洲原駅に着いた時、すでに30名近くの方が待っていました。20分あまり待って受付。マップを受け取り、9時45分にスタートしました。川越富洲原駅は、川越町の南の端にあり、少し歩くと四日市市になります。川越富洲原からまずは、北西へ進み、龍王山宝性寺に向かいます。
Img_5062c 最初の立ち寄り先である龍王山宝性寺。今回は、伊勢西国三十三所観音巡礼ですが、ここは、第28番札所。ご本尊は、十一面観音菩薩像。それを安置している本堂が市指定文化財です。天平12(740)年に聖武天皇の勅願により創建されたのが始まりだそうです。蒔田第一自治会が所有しています。それ故、現在は特定の宗派には属さず、いわゆる単立寺院です。
Img_5093c 永禄11(1568)年の春、織田信長の家臣滝川一益の長島一揆攻略の戦火に遭遇して焼失しました。その後、現在地に小堂が建立されたのですが、正徳元(1711)年の冬、火災により再度焼失しました。享保4(1719)年6月、第6代桑名藩主松平忠雅公の寄進によって再興されたのが現在の本堂です。「蒔田観音」と愛称され、今日まで広く信仰されています。
Img_5101c 境内には、阿弥陀堂があります。阿弥陀堂については、由緒書きにも出Img_5087c_2 て来ませんし、ネットで検索しても情報は得られません。宝性寺に隣接して、御厨神明神社があります。この神社についても、神社検索(三重)にも載っていませんし、ネットで調べても分かりません。しかし、「御厨」には、伊勢神宮が各地にもつ神宮神領という意味があります。また、神明社は、天照大神あるいは伊勢の内・外宮の神を祀った神社です。ということは、伊勢神宮に関連が深いところかと思えます。
Img_5113c 宝性寺の南西には、朝明殿長明寺。浄土真宗本願寺派のお寺。立派なImg_5111c 山門があるのと、寺の周りが、素掘りの環濠で囲まれています。その理由は、ここは、文治年間(1185~90)に蒔田相模守宗勝が居城した、蒔田城跡といわれるからです。宗勝は、平安時代の末期、時の後鳥羽院守護職としてこの地を治めました。
Img_5126c 創立年代、開基などは不明ですが、寺誌によると、もと真言宗潮音寺と称し、近郷の豊田村(川越町豊田)にあったと考えられています。慶安4(1651)年、領主松平隠岐守(松平定綱公と思います)から現在の寺地を賜り、翌年寺基を移したといいます。
 ちなみに、宝性寺、御厨神明神社、長明寺は、昨年(2017)年11月9日に訪ねています(2017年11月10日:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(後編))。そういえば、次は富田から四日市まで旧・東海道を歩きたいといっていましたが、未だ実現していませんねぇ(苦笑)。さらなる余談ですが、この辺りは大矢知素麺の産地で、製麺所がいくつかあります。
Img_5132c さらに進んで、東海道八風道と交わるところの少し手前ある「鏡ヶ池跡」は、聖武天皇ゆかりの地です。聖武天皇の伊勢行幸の際(天平12(740)年11月23日に朝明郡の頓宮にお着きになったといいます)、このあたりで天皇の笠が風で飛んで池に落ちたのを洗濯をしていた娘が拾い上げたそうです。翌日、旅立つ天皇と見送る娘の姿が池に映り、それが鏡のようだったとして鏡池というようになったと伝わっています。
Img_5138c 鏡ヶ池跡の先から、少しだけ八風道を歩きます。このあたりは、JR関西線、近鉄名古屋線、三岐鉄道三岐線が集まってきます。富田駅も近くなって来ているのです。
Img_5142c 今日の立ち寄りスポットではありませんが、弘法山田村寺。真言宗醍醐派のお寺で、三重四国八十八箇所の5番札所に当たります。毎年、冬至の前日と当日、「中風封じ」法要が開かれ、ご祈祷を受けた参拝者にかぼちゃぜんざいが振舞われます。「かぼちゃ大師」の日として親しまれています。
Img_5144c 実は去年、12月22日の近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」で来ています(2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1))。その際、お下がりとして、かぼちゃ煎餅(カステラ生地の薄焼き煎餅)をいただきました。田村寺、創立は江戸時代末期(1850年頃~)。寺伝によれば、平安時代初期、坂上田村麻呂公が東征の帰途、この地で休息した際、村人のもてなしに感謝し、田村の姓を下賜され(それ故、この地区にImg_5216c は田村姓が多いようです)、江戸時代に坂上田村麻呂公の霊を弔い、草庵を開いたといいます。明治時代、大慈遍照二世の大導師が弘法大師を信奉し、信徒ともに厄除け大師の恩恵に浴し、大師堂を建立、寺号も田村寺となったといいます(別の伝承もあります)。
Img_5149c 境内にある地蔵堂には、大きなかぼちゃが6個。今年も中風封じが近いですから、それに使う大かぼちゃでしょうか。
Img_5178c_2 田村寺を出て南東へ。三岐鉄道三岐線の高架を2回くぐったりして、松原Img_5174c 野球場のところに出て来ます。このとき、再び「つどい」を目撃。今度は、正式に運行中。また、この松原野球場は、近鉄電車からよく見え、いつも気になっていたところ。市の体育協会が所有するグラウンドのようでした。
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 松原野球場の少し先、左手(北側)にあるのが、聖武天皇社。社伝によれば、天平12(740)年に聖武天皇が伊勢国に行幸された際の「朝明頓宮」の跡として、鎌倉時代の安貞元(1229)年に創建されたものと伝わっています。
Img_5192c 富洲原地区の一つの松原地区の氏神様であり、聖武天皇を祀っています。松原の石取祭が行われます。境内には、聖武天皇の御製(万葉集一〇三〇)「妹に恋ひ 吾の松原 見渡せば 潮干の潟に 鶴鳴き渡る」を刻んだ歌碑が建っています 昭和3(1955)年、佐々木信綱の筆による歌碑です。
Img_5252c 聖武天皇社の東で国道1号線に出ます。イオンモール四日市北があります。ここにはかつて、東洋紡績(現:東洋紡)富田工場がありました。しかし、繊維業界の低迷を受けて、平成9(1997)年に閉鎖され、その跡地に平成13(2001)年1月にジャスコ四日市北ショッピングセンターとして開業しました。
Img_5257c イオンの西には、JR富田駅・富田駅(東口)と、三岐鉄道本社が並んで立Img_5254c っています。このあたりは、時々クルマでも通っています。さらに少し南に行き、富田三丁目で右折して、西へ。
Img_5272c 300mほど行くと、富田山長興寺。曹洞宗のお寺。養老6(722)年、泰澄Img_5274c 師が開基となって堂宇を創建。大師が寺前の大木を夜籠もりして彫刻した大日如来を本尊としたと伝わっています。伊勢西国三十三所観音巡礼の第27番札所。弘仁8(817))年、弘法大師により再建されたといわれています。天文14(1545)年、この地の城主・南部甲斐守兼綱が菩提所として再興した際、真言宗から曹洞宗に改めています。その後、永禄11(1568)年、織田信長の伊勢侵攻の兵火により灰燼に帰しました。本堂は、明和3(1766)年に再建されたものの、安政元(1854)年の大地震で倒壊。明治11(1878)年になって再建されていますが、老朽化のため、平成15(2003)に現在の本堂が竣工。
Img_5277c 今日は11時から法要が執り行われているということで、本堂への参拝Img_5291c_2 や、ご本尊の拝観は叶いませんでした。ここまで来て、3.3㎞。このときは、3㎞あまりしか歩いていないことはあまり意識していませんでした。長興寺から100mほど、ちょうど裏手に当たりますが、富田菓庵清華堂が最後の立ち寄りスポット。800円(税込)以上買うと、「鯨船ふやきせんべい」が1枚プレゼントされるということでしたが、申し訳ないと思いつつ、見て、写真を撮っただけで通過。
Img_5290c この富田菓庵清華堂の手前にある寺本商店(酒屋さん)の前には、里程標がありまImg_5281c す。「津市元標へ拾里 三重郡富田町」と刻まれています。この里程標は、大正3(1914)年11月に三重県が建てたもの。向かって右側には「桑名郡桑名町大字桑名へ弐里弐拾町/員辨郡大泉原村大字楚原へ四里拾参町弐拾四間」と、また左側には「四日市市大字四日市へ壱里八町」とあります。
Img_5296c スタートから3.8㎞、11時7分に近鉄名古屋線・近鉄富田駅にゴール。多少寒かったものの、距離も短く、さほど負担ではありませんでした。午後からの伝馬公園遺跡発掘調査説明会は2時からですので、いったん帰宅することにしました。11時16分の名古屋行き急行に乗車。桑名には、11時22分着。¥260。
Img_5313c 先だって更新してきた新しいあみま倶楽部の会員証に1個目のスタンプを押してもらいました。また、今日のハイキングは、「近鉄あみま倶楽部KIPS対象ハイキング」。参加すると、KIPSポイント100ポイントがいただけました(微笑)。いわば「100円の駄賃をいただいた」ということ。桑名駅までの往復は、1.8㎞。都合ここまでで、本日は、5.6㎞。いつもの散歩並み(笑)。
 今日のハイキングの記事本編は、また改めて。
 ところで、午後からは、歩いて伝馬公園遺跡発掘調査説明会に行ってきました。これも大変興味深いものでした。あとでまた記事を書くことにします。

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コメント

ひらいさん、こんばんは。

昨日も今日もハイキングでした(笑)。
昨日は、接近遭遇だったんですね。

冬になると、案外時雨れたりすることが多いですね。
とくにハイキング/ウォーキングに行くときはよくあるような気がします。

田村寺は、中風封じの時に行くと、境内にはあふれるような人でした。
冬至の日にお出かけになってみてください(微笑)。

投稿: mamekichi | 2018年12月 9日 (日) 20時20分

mamekichiさん、こんにちは!

昨日はハイキングでしたか、少し寒かったですが、天気はまずますでしたが、最近冬空と言うかすっきり晴れ無い事が多いですね。
川越富洲原駅へは、良くマルシェが開催されるので行っております、ついでに田村寺にも行った事が有りますよ。その他の場所は、近くを通っているとは思いますが、見覚えの無いところばかりです。(笑)
昨日の午前中、11時頃まで自分もイオン四日市北に居ましたよ、嫁さん用事のついででしたが、自分は相変わらず某位置情報スマホゲームで遊んでおりました。(笑)

投稿: ひらい | 2018年12月 9日 (日) 14時33分

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