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2018年11月10日 (土)

20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ……予告編

 迷ったのですが、今日もまた近鉄ハイキングへ行ってきました。“親孝行のふるさと「養老フェスタ」”です。白子駅のフリーハイキング「伊勢型紙 匠の里フェスタ フリーコース」もあったのですが、養老は久しく行っていませんでしたし、うまく行くと紅葉も見られるかと思って出かけてきました。

Img_1262c 養老鉄道・養老駅で9:30~11:20が受付でしたので、所用がある家内に送ってもらって、養老鉄道・播磨駅を8Img_1266c 時47分に出る大垣行き普通電車に乗ります。無人駅ですので、駅備え付けの機械から乗車票を取って乗車します。
Img_1279c 乗車した電車は、「サイクルトレイン」。播磨~揖斐間の各駅(桑名駅を除くImg_1288c すべての駅)で土曜日と休日はすべての列車が、平日の9時頃~15時頃までの指定列車では、自転車1台のみ無料で持ち込めるのです。該当の電車には、右の写真のように「サイクルトレイン」の表示があります。
Img_1282c 途中で乗り込んできた係員の方に乗車票を示して、切符を購入。昔はよくあったと思いますが、「車内補充券」。券面の下半分に養老鉄道の駅の一覧。乗車駅には○、下車駅には×がつけられています。懐かしい。播磨から養老は、¥570。
Img_1291c 養老駅には、9時27分に到着。養老鉄道の駅には、ユニークな駅名表示板Img_1294c があります。名産品のひょうたんをかたどったもの。今年4月28日に行った近鉄ハイキングでは、多度駅の多度大社の上げ馬神事に因んだものを見ています(20180428近鉄ハイキング「多度観音堂から美濃街道を歩き雨尾山飛鳥寺へ」(予告編))。養老駅のホームには、たくさんのひょうたんが下げられています。ひょうたんは、養老の特産。工芸品もたくさんあります。
Img_1297c こちらが今日のスタート場所の養老駅。旧養老鉄道が大正2(1913)年7月に池野~養老間で開通した時に開業しています。現駅舎は、大正8(1919)年に改築され、そのまま使われています。
Img_1311c こちらが今日のコースマップです。養老駅をスタートして、養老公園へ。Img_1314c 公園内にある養老天命反転地、楽市楽座・養老から養老せせらぎ街道を抜けて、妙見堂、養老の滝、養老神社(菊水泉)などを回って、養老フェスタの会場を経て養老鉄道・美濃高田駅がゴールという約10kmのコース。なのですが、はじめに白状しておきますと、養老公園内で痛恨のコースミスをしでかし、余分に2㎞ほど歩いてしまいました。けっこうアップダウンがあるところで、疲れてしまい、途中から養老駅を勝手にゴールにと変更してしまい、養老フェスタ、美濃高田駅には行きませんでした(苦笑)。
20181110kintetsuhikingyohroc その結果、こちらが今日、実際に歩いたルートマップ。養老パークゴルフImg_1340c 場の周囲に赤丸をつけましたが、ここがコースを間違ったところ。余分に2㎞ほどゴルフ場の周囲を回ってしまったのです。ただし、小生だけでなく、前後10数人の方も。皆「コースがおかしい」「滝の方角と違う」と話し合いながら余分に一周。公園の係の方に確かめて、正しいルートに戻りました。それが3㎞地点から妙見堂へ向かう、川沿いのルート。
Img_1345c 養老駅をスタートしてすぐに上り坂。500mほどで「岐阜県子どもの国」のImg_1350c ところから養老公園に入ります。養老天命反転地の方わらを通り過ぎます。このあたり、子どもたちが小さい頃、一度遊びに来たことがあります。養老天命反転地は、世界的に有名なアーティスト・荒川修作氏とそのパートナーで詩人のマドリン・ギンズ氏によるアート作品。身体で直接体験できるというのが売り物。予想もつかない"不思議"と出会える空間で、バランスをとりながら、私たちの身体の持つ様々な可能性を見つけることができるというのですが、この年になるとアブナイかもと思い、通過(微笑)。
Img_1361c 楽市楽座・養老。ここは、白い大型テント内に軽食、郷土料理、スナック、Img_1368c 養老の地ビールなどの店が5軒。まだ1㎞も歩いていませんので、そのまま通過。最近建てられた「聖武天皇巡幸記念碑」のところを通って進みます。ここらあたりまでは順調。
Img_1375c その先で、どちらへ行くのかちょっと迷いました。これが誤りのもと。この写真でお二人が向いている方へ行くのが正解でしたが(養老せせらぎ街道)、道が細くて森の中に入っていくので、道が広い左へ向かってしまったのです。はじめの方にも書きましたが、同様のミスをした方は10数名。9枚目の写真にコースマップがありますが、ここはわかりにくいのに、詳しい説明がありませんでした。
Img_1385c 2㎞ほど余分に歩いて、時間もロスしましたが、途中で公園の係の方にImg_1387c 確かめ、正しいルートに戻れました。しかし、けっこうアップダウンがあるところを歩いて、お疲れ(苦笑)。本来であれば、2㎞くらいで到着する妙見堂にその倍の4㎞を歩いてたどり着きました。
Img_1412c 妙見堂の創建は明治15(1882)年、当時の岐阜県令・小崎利準氏が日鑑上人(身延山久遠寺法王)を招き堂宇を建立したのが始まりとされます。しかし、寺宝とされる木造釈迦如来立像は江戸時代初期の寛永年間(1630年頃)に中正院日護上人(京都三宝院開祖)が製作したものと伝えられているものです(岐阜県指定重要文化財)。
Img_1456c 妙見堂から川沿いを600mほど、かなりの急坂を登っていって、養老の滝Img_1470c に出ます。距離測の標高で見ると、約280m。スタートの養老駅は海抜20mほどでしたから、ここまで260mを登ってきたことになります。さすがに息切れ(笑)。普段ほとんど平地を歩いているつけが回ってきました。ここまで登ってこられたうれしさのあまり、超望遠コンデジで自撮りをしてしまいましたが、それを公開するのははばかられますので、割愛。次へ進みます。
Img_1516c 養老神社へ。5㎞過ぎ。創建時期は不明。「養老孝子伝説」の源丞内ゆかりの神社Img_1585c といわれ、奈良時代養老年間以降の創建と推測されます。平安時代、美濃国神明帳には「養老明神」とあり、菊理媛命(くくりひめのみこと)が祭神とも伝わっています。永正元(1504)年、菅原道真を合祀し、養老天神といわれていました。明治初期、近くの元正天皇・聖武天皇祭場を移転し、合祀。この際、養老神社に改称しています。
Img_1553c 境内には、今もこんこんと湧いている清水があります。菊水泉。孝子源丞内が汲んで老父にすすめたところ酒になったという伝説の水は、この水だといわれています。泉の水、養老神社を降りたところで飲んでみました。無色無臭でしたが、味はまろやか。
Img_1655c 養老神社からさらに北東へ向かい、千歳楼(せんざいろう)を過ぎると、Img_1670c元正天皇行幸遺跡」があります。元正天皇は、霊亀3(717)年9月、近江国を経て美濃国当耆郡(多芸郡)にいたり、多度山の美泉に浴されました。この年11月に詔勅を出し、この多度山の美泉について、病が癒えるなどの効験が大きく、これは大瑞であると述べ、「養老」への改元を布告しておられます。行幸の際に行宮が造られたとされますが、その場所は不明。また、「美泉」が指すものは、養老の滝と、現養老神社内の湧水との二説があるといいます。昨年(平成29(2017)年、養老では「養老改元1300年」を祝うイベントが催されました。
 
Img_1729c 元正天皇行幸遺跡からは養老神社の下に戻り、川沿いに降りて東へとImg_1804 向かいます。途中、親孝行のふるさと会館を経て、元正院瀧寿山養老寺へ。孝子源丞内が開いた寺とされ、天平時代には七堂伽藍も整い、多芸七坊の一つに数えられていたものの、永禄年間(1558~1569)に織田信長のために焼かれてしまい、その後慶長12(1607)年、高須藩主・徳永寿昌が再建しました。
Img_1776c 再建される以前は法相宗のお寺でしたが、再建されるとき、真宗大谷派に改宗し今日に及んでいます。御本尊「十一面千手観音立像」は1mたらずの寄木造りですが、鎌倉初期のみごとなもので、銘国光の太刀があり、ともに国指定重要文化財となっているそうです。不老長寿の祈願寺としても賑わっています。
Img_1739c 境内には、孝子源丞内のものとされる墓もあります。養老寺は、西美濃三十三霊場の第二十五番札所になっています。
Img_1817c 養老寺から500mほど下ったところ、養老公園駐車場のところから少し北にImg_1833c 登ると、養老説教場があります。コースにありますし、「説教場」というのは、古いタイプのお寺だろうと思い、あまり期待せずに立ち寄ってみました。かなりの急坂を登らねばならなかったのですが、ご覧のように、来て良かったとつくづく思いました。紅葉の向こうにお寺。インスタ映えしそう。ここは、真宗大谷派の説教場。ここで7㎞を過ぎたくらい。
Img_1879c さらに北東へ700mほど下っていくと、養老山大菩提寺。臨済宗妙心寺派Img_1884c の寺院で、西美濃三十三霊場24番札所。昭和3(1928)年に彦根市の石頭山千手寺が祀っていた聖観音菩薩像を本尊として創建されています。創建当初は大悲閣と称していましたが、昭和28(1953)年に大菩提寺と改めています。
Img_1904c  大菩提寺で13時15分。本来ならば、大菩提寺の先で北に進んで、養老フェスタ の会場に向かうのですが、2.5㎞以上歩かねばなりません。途中立ち寄りポイントもありませんので、ここから養老駅に戻って、帰ることにしました。途中、「ひょうたん会館」や、この写真にある安田ひょうたん店の前を通って、養老駅へ。
Img_1911c スタートした養老駅に戻ってきました。13時33分に到着。8.8㎞を歩いたImg_1938c のですが、高低差260mでしたし、余分に2㎞歩きましたので、足も痛く、かなりお疲れ(苦笑)。しばし待って、14時11分の桑名行き普通に乗車。14時57分に桑名着。¥570。
 いやぁ、道を間違えたりして大変でしたし、疲れました(苦笑)。先日の松阪の近鉄ハイキングの記事もまだ途中。まぁ地道に、コツコツと書いていくことにします。御用とお急ぎでない皆様には、またお付き合いをお願いします。

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コメント

ミリオンさん、ありがとうございます。

養老の滝に向かう道、おっしゃるとおりで滝に近づくほど坂道が急になり、息切れがしました(笑)。
普段からアップダウンのあるところを歩いて鍛えないといけません。

お昼は、途中(元正天皇行幸遺跡に行ったあと)でおにぎりを2つ。
茶店で五平餅などを食べようかと思ったのですが、迷っているウチに駐車場まで降りてしまいました。
ウドちゃんが旅ゴメで訪れたという店もありました。

養老駅の大垣方面のホームにはたくさんひょうたんがぶら下がっていますし、駅の看板もひょうたんでつくったものがありました(また載せます)。
昔とは違って、ひょうたんを土産に買う人は見かけませんでした。

投稿: mamekichi | 2018年11月11日 (日) 16時54分

ひらいさん、こんばんは。

昨日はハイキング&散歩日和でした。
養老公園は、10数年ぶりに行きましたが、公園内には楽市楽座・養老というフードコート&土産物屋ができてました。
滝に登る道沿いは、たぶんあまり変わっていないと思います。

コースミスをしたのは、地図がわかりにくかったためで、他の参加者の方は「クレームものだ!」と怒っておられました。
養老鉄道が用意したもののようでしたが、養老せせらぎ街道に入るところは、注意書きか、矢印の掲示がないといけません。

養老鉄道の駅名表示板、近鉄ハイキングのお陰で多度と2ヶ所、ゲットしました。
他にもありますが、それはまた。

投稿: mamekichi | 2018年11月11日 (日) 16時51分

こんにちは、近鉄ハイキングお疲れさまでした。
養老は坂道だから最初はよくても滝の近くははぁはぁと息を切らしてしんどいですね・
矢印とかでコース案内はわかりやすくしてほしいですね。
お昼はコース途中で食べられたんでしょうか。
養老駅のホームに瓢箪がぶら下がってるのは見てみたいです。

投稿: ミリオン | 2018年11月11日 (日) 14時35分

mamekichiさん、こんにちは!

昨日は良い天気で絶好のハイキング日和でしたね、そろそろ寒くなってくるので、自分も快適な散歩を楽しまなければと思っています。
養老辺りは、もう10年以上行ってないですが、雰囲気は変って無い気がします。2kmも余分に歩くとは大変でしたね、大勢の方々が間違えるとなると案内マップが判り難いのかなと思いました。
養老駅のひょうたん看板も見に行きたいと思っていますが、機会に恵まれず放置状態となっております。その前に多度の上げ馬看板が先ですね。(笑)

投稿: ひらい | 2018年11月11日 (日) 11時10分

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