« 20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(その2)……御幸道路、錦水橋から河崎の町並み、河邊七種神社へ | トップページ | 雨で散歩はなし、市民大学へ行った帰りに九華公園のカモをチェック »

2018年10月15日 (月)

20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(その3)……伊勢河崎商人館、川の駅・河崎、橘神社を経ていよいよ二軒茶屋餅

20181008kintetsuhikingujiyamada1_2

 近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」の記事もその3となりましたが、未だに1枚目のルートマップの範囲を出ていませんし、2㎞も歩いていません。先の見通しがきわめて不明なまま、河邊七種神社を出て、伊勢河崎商人館へと向かいます。
Img_6043c 伊勢河崎商人館は、江戸時代中期(約300年前)に創業された酒問屋・小Img_6048c_2 川商店の建物を利用しています。江戸・明治期に建築された蔵7棟、町家2棟からなり、伊勢河崎を代表する商家といわれます。この小川酒店を保存し、伊勢河崎の歴史文化興隆拠点として整備された施設です。江戸・明治期に建築された蔵7棟、町家2棟からなっています。
Img_6051c といっても、小生は、チラッと覗いてみただけで中は見ておりません(苦笑)。9時30分~17時00分、火曜日休館、大人300円です。日本最古の紙幣である山田羽書をはじめ、伊勢と河崎の歴史と文化の資料が展示されていましたので、見てくれば良かった。ちなみに、町並みは「切妻妻入(きりづまつまいり)」になっています。神宮の御正殿が平入りのため、同じでは畏れ多いという理由だそうです。
Img_6034c 川に面して建つ酒類の、3つの商品蔵は、現在は商人蔵として日常で使う雑貨、食品を中心とした販Img_6035c売と展示をしています(こちらを参照)。ちょっとだけ覗いてきました。右の写真は、参の蔵。
Img_6039c 商人蔵には合わせて20店舗が出店。カフェなども入っています。伊勢河崎商人館以外にも、河崎の町ではあちこちでいろいろな店があります。伊勢河崎商人館の散歩地図を見ると、お分かりいただけます。
Img_6054c また、河崎の商家のもう一つの特徴として、大きな鬼瓦、飾り瓦がありまImg_6059c_2 す。飾り瓦には「隅蓋」といわれる、切り妻の両端にあり、水が建物に入り込むのを防ぐ蓋の役割をするものがついています。水に因む船、亀、波などのものが乗っています。これらは、河崎商人館のものですが、他の商家にもあります。火災から家を守るという祈りも込められているようです。
Img_6060c 伊勢河崎商人館とは目と鼻の先に、川の駅・河崎があります。平成Img_6071c_2 15(2003)年に開設されました。100年以上前の醤油蔵を再生したものです。左の写真のように、問屋街から見ると、古い蔵を改修し施設なのですが、川に面した裏口の方は、白く塗られたウッドデッキになっていています。三重交通神都線の駅舎をモチーフにしているそうです。
Img_6074c 川の駅・河崎の裏手は、ちょっとした公園のように整備されています。そImg_6065c こから、先ほどの伊勢河崎商人館の3つの蔵が見えます。この景色は、河崎の観光案内などで見かけるもの。これ、今回のハイキングで見たかった景色。余談ですが、真ん中の蔵の屋根の上にアオサギさんが佇んでいました(微笑)。
20181008kintetsuhikingujiyamada2  川の駅あたりで、河崎の町並みもお仕舞い。このあとは、左のルートマッImg_6086c プ#2に示しましたように、勢田川沿いを延々と2㎞半くらい下っていきます。「延々と」というのは、実感。右の写真は、左のルートマップで、河崎を抜け、福江町に入り、大きく右折した少し先から、川の合流地点を見たもの。このあと、トビ、モズ、イソシギなども見ましたが、全部すっ飛ばして、ルートマップの右上にある瀬田大橋まで一気に進みます。
Img_6104c 瀬田大橋まで行く途中、こんな景色が見えました。よく確かめもせず、次Img_6108c の立ち寄りスポットの橘神社かと思ったのですが、これが二軒茶屋でした。ルートマップ#2でいうと、勢田川がグッと南(下)にカーブしているところ。さらに歩くと、瀬田大橋が見えてきます。橋を渡るところで4㎞。時刻は、11時10分頃。
Img_6122c  瀬田大橋を渡って500mほどで、神社が見えました。橘神社と、境内社のImg_6125c 勝廣稲荷神社です。裏にある勝廣稲荷神社から入って行きました。倉稲魂神が御祭神。五穀豊穣・商売繁盛の神です。御鎮座は不明ですが、向山の地、現在の伊勢学園高校の敷地に鎮座していたものが、諸般の事情により平成6(1994)年、ここに移転してきたそうです。平成6年以前に伊勢学園高校を卒業した方に伺うと、確かに学生時代、お稲荷さんが敷地内にあったそうです。
Img_6129c 南の国道42号線に面した側に橘神社の社標と鳥居があります。本来でImg_6130c あれば、こちらから入らねばなりません。橘神社の御祭神は、橘諸兄(たちばなのもろえ)。橘諸兄は、敏達天皇の子孫で、天平9(730)年に大納言に抜擢され、右大臣、左大臣にまで登った、いわば奈良時代の政治家。勅使として天平10(731)、13(734)年の2度に渡って伊勢神宮に来ています。
Img_6142c こちらが拝殿。ここも御遷座が行われるようです(こちらをご覧ください)。リンク先によれば、平成27(2015)年に御遷座(?)があったようです。立ち寄りポイントに設定されているのですが、小生が訪ねたときには、他にもう一人、女性の参加者の方がいらしただけ。多くの方は、堤防の道路を通過して行かれました。
Img_6140c 境内には、山の神と、天王社も祀られています。説明板には、山の神にImg_6146c ついては触れられていません。天王社は、拝殿に向かって右奥にあります。牛頭天王スサノオを祭神とする神社で、特に、津島神社(愛知県津島市)系統の神社にこの名称が使われます。疫病等から守ってくれる神様です。この天王社も御鎮座年代は不明。向山の裾に鎮座されていたものが、平成27(2015)年にここに移ってこられたそうです。
 説明板には、八幡宮もあるとなっていますが、それらしいお社には気づきませんでした。八幡宮について、説明板は次のように述べています:祭神は応神天皇。黒瀬町の八幡宮は阿弥陀寺境内の八幡大神をお祭りし、名前をいただいた。御鎮座年代は詳しくは分からないものの、寛永3(1626)年の手水石があることから、江戸時代初期には向山の地に鎮座していたと思われる。なお、手水石には「寛延三庚午年」と刻されているようですから、これは読み誤りかも知れません(次のリンク先をご覧ください。寛延3年なら1750年)。
Mukouyama  ここで気になるのが、「向山」という地名。勝廣稲荷神社、天王社、八幡宮の説明すべてに出て来ます。地図を見ても、向山という地名はありません。検索したら、こちらのサイト(神宮巡々2)にそれを探求した記事がありました(橘神社から向山を探しての寄り道(伊勢市黒瀬町))。この記事でも解明し尽くされているわけではありません。謎解きはおもしろいのですが、難しいですねぇ。左の地図で、中央上にあるのが、橘神社。右下に伊勢学園高校。説明板によれば、このあたりが向山の頂上近く。中央あたりにリンク先の記事に出てくる黒瀬八幡宮があります。伊勢学園高校の南は、倉田山公園。
 余談に余談を重ねるようですが、橘神社あたりは、かつて御塩(堅塩)が人の手により運ばれた際、御塩殿神社にある御塩殿から外宮斎館へ経路の中で唯一休憩、御塩が入った辛櫃を下ろせた場所だそうです(橘神社から向山を探しての寄り道(伊勢市黒瀬町)。こういうことを気にしているから、先に進みません。分かってはいるのですが、直りませんねぇ(苦笑)。
Img_6156c  橘神社、謎が解明し尽くせていませんが、ハイキングは次へ(笑)。本当は、コースマップに示されたルートではなく、裏から入ってしまいましたが、二軒茶屋餅。国道42号線へ出て行くようなコースになっていましたが、勢田川の堤防から入ってしまいました。16枚目の画像・写真のところ。遠目には神社に見えました(苦笑)。
Img_6196c 表の国道42号線の側から見ると、こういう店になっています。二軒茶屋Img_6193c 餅角屋本店。いよいよ「名物二軒茶屋餅で舌鼓」であります(微笑)。5㎞直前、11時25分。お腹は空いています(微笑)。二軒茶屋餅は、角屋本店の商品。角屋は、天正3(1575)年に伊勢神宮へ参拝する舟参宮の港であった大湊から勢田川をさかのぼる舟着場の近くで創業されました。創業当時、舟着場付近には角屋と湊屋の二軒の茶屋があったことから、このあたりは、二軒茶屋と呼ばれるようになったと伝えられます。湊屋は、今はありません。二軒茶屋は、舟参宮の船着き場でした。
Img_6170c 二軒茶屋餅は、こしあんを薄皮のもちで包み、きな粉をまぶしたきな粉餅Img_6174c です。この日の近鉄ハイキングの参加者には、1個プレゼント。早速いただきました。食べかけで恐縮ですが、右の写真もご覧いただければ幸い。三重県内、東海道から伊勢街道(参宮街道)沿いは、「餅街道」なのです。ちなみに、まだ全部制覇はしていません。先日のJRさわやかウォーキング(9月22日:20180922JRさわやかウォーキング「国宝高田本山専修寺御影堂・如来堂と一身田寺内町を訪ねて」へ(予告編)……【キョリ測データを付記しました(9/23)】、9月25日:20180922JRさわやかウォーキング「国宝高田本山専修寺御影堂・如来堂と一身田寺内町を訪ねて」へ(その1)……宗宝院と三重県総合博物館)で買ってきた「関の戸」も、その一つ。
Img_6176c 二軒茶屋餅角屋本店の敷地内には、明治天皇の記念碑があります。樹齢400余年の大楠の下に建っています。 この記念碑は、明治5(1872)年5月に明治天皇が海路より伊勢神宮に参拝した際、二軒茶屋に上陸したことを記念して建立されたものです。このときが明治天皇は、初めての伊勢参拝だそうで、西郷隆盛以下を連れてだったといいます。
Img_6178c 角屋本店さんは、黒砂糖を蓄えておく蔵だった建物を利用して、角屋民Img_6181c 具館という資料館を設けておられます。餅の原料となる黒砂糖(戦前までは餅の餡は黒砂糖を使ったそうです)は、その昔、遠く琉球から堺を経由、勢田川を利用して運ばれこの蔵に収められていました。創業約400年、現在のご当主で20代を数えるそうで、昔から伝わるものがたくさんあります。たとえば、大福帳、古い餅つき道具、徳利や昔の帳場の調度。和紙を袋とじにした宿泊人の名簿など。それらを展示しておられます。伊勢まちかど博物館に認定されています。左の写真は、伊勢の遷宮の御木曳の時に用いられる奉曳車(ほうえいしゃ)の模型。右は、どんどこ丸の模型。
Img_6194c 角屋本店さんで土産に二軒茶屋餅10個入りを買いました。値段を聞いてImg_6590c びっくり。何と¥740。ということは、1個あたり¥74。中は、昔ながらの竹皮包みになっています。賞味期限は2日間。ここ本店とおかげ横丁の他、宇治山田駅のファミマで買えるという情報があります。伊勢というと、赤福というイメージかも知れませんが、あれはPRが上手だったために広がったところがかなりあると小生自身は思っています。「餅街道」もご覧いただき、あれこれ試すのをお勧めします。
 角屋本店さんについては、まだ続きがありますが、その3はここまで。次は、角屋本店の地ビールなどの話から、いよいよ松尾観音寺へ向かいます。ただし、その途中、神都線の廃線跡の話や、倉田山公園のもろもろもあります。

|

« 20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(その2)……御幸道路、錦水橋から河崎の町並み、河邊七種神社へ | トップページ | 雨で散歩はなし、市民大学へ行った帰りに九華公園のカモをチェック »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

散歩」カテゴリの記事

神社」カテゴリの記事

歴史散歩」カテゴリの記事

近鉄ハイキング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(その2)……御幸道路、錦水橋から河崎の町並み、河邊七種神社へ | トップページ | 雨で散歩はなし、市民大学へ行った帰りに九華公園のカモをチェック »