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2018年10月13日 (土)

20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(その1)……伊勢中川駅、宇治山田駅、神都バス、度会府庁跡、シンフォニアテクノロジー響きホール、伊勢豊受稲荷神社、箕曲中松原神社

 近鉄ハイキングに立て続けに出かけたため、記事が滞っています。こういうのを自業自得というのかも知れませんが、1つずつ順番に書いていくしかありません(笑)。まずは10月8日の分。「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」のその1です(予告編は、こちら)。

Img_5748c この日は体育の日。天気もよく、暑いくらいでした。歩き始めてからは、半袖Kic Tシャツ1枚で十分なくらいでした。この日のハイキングの受付は、近鉄山田線・宇治山田駅。右の地図をご覧ください。桑名からでは、名古屋に行く方がはるかに近いのです。近鉄電車では、桑名駅-宇治山田駅の間は、83.4kmもあります。急行で行くと、1時間半。
Img_5751c ということで、これまでの近鉄ハイキング/JRさわやかウォImg_5770c ーキングの中でもっとも早く、近鉄桑名駅を8時3分に出る伊勢中川行き急行に乗車。伊勢中川は、近鉄の名古屋線、大阪線、山田線の乗換駅。ここに9時4分に到着。9時7分発の五十鈴川行き急行に乗り換えます。
Isenakagawa_station いきなりの余談で恐縮。鉄道好きの方はご存じですが、この近鉄・伊勢中Img_5767c 川駅、なかなかおもしろい駅なのです。左に伊勢中川駅の線路・ホームの配置図を載せました。駅そのものは、5面6線のホームを持つ地上駅ですが、3路線の接続駅で、乗り換えに便利なように、2~4番線は両側をホームで挟まれる構造になっています。右は、実は降車ホームを間違えたのですが(2番ホーム側に行かねばならなかったのです)、3番線と4番線の間のホーム。4番ホームに止まっているのは、大坂の上本町行き急行でした(これに乗ってしまわなくて良かった)。ちなみに、階段を上り下りせずに、電車を通過して向かい側のホームに行けます。
Img_5771c すぐに間違いに気づき、乗ってきた伊勢中川行き急行の車両の中を通Img_5776c 過して(両側のドアが開いているのです)、2~3番線ホームへ行き、五十鈴川行きの急行に無事乗り換えました。
Img_5761c もう一つ屁理屈というか、講釈。上の線路・ホームの配置図にもありますが、名古屋線から大阪線へは、伊勢中川駅に入らないでいける「中川短絡線」があります。短絡線は伊勢中川駅の一部だそうで、プラットホームは通らないものの、伊勢中川駅構内を通過しているとみなされ、運賃は伊勢中川駅で折り返したとみなして計算されます。昭和36(1961)年3月に供用開始。平成24(2012)年1月に新しい橋が造られています。アーバンライナーなど、名阪間のノンストップ特急は、この短絡線を通って行きます。
Img_5777c ということで、いったん降車ホームを間違えたものの、無事に五十鈴川行き急行に乗り換えられ、宇治山田駅には9時31分に到着。¥1,200。ほぼ1時間半を要しました。これまで26回ほど、近鉄ハイキング/JRさわやかウォーキングに参加しましたが、最長の乗車時間であり、最高の運賃です。
Img_5786c 近鉄山田線・宇治山田駅。24歳で最初の職場(鈴鹿にある某国立病院)Img_5808c に就職した年の大晦日、先輩Mさんに連れられ、伊勢神宮の初詣に来たとき、ここに降りた記憶があるのですが、どういう駅であったかまったく記憶がありません(テレビや新聞、雑誌では見ていますが)。写真や画像で見ると、なかなか雰囲気の良い駅なので、一度(もう一度?)よく見てみたいとは思っていました。
Img_5828c  宇治山田駅は、昭和6(1931)年に開業。当時の面影を、今でも残していImg_5806c ます。国登録有形文化財です。駅名は、開業当時の市名である宇治山田にちなんでいます。内部のコンコースは広々として2階までの吹き抜けがあり、荘重でゆったりとした駅舎ですが、団体待合室や食堂など、多数の参詣客に対応できる機能的な設計もされています。貴賓室があり、天皇など皇族の方や、内閣総理大臣の伊勢神宮参拝の際の乗降駅となっています。
Img_5860c  駅舎は開業当時からの鉄骨鉄筋コンクリート3階建て(塔屋を含めると5Img_5836c 階建て)。設計は、同じ1931年に開業した東武鉄道浅草駅や1932年竣工の南海電気鉄道難波駅(南海ビルディング)をも手がけた久野節(建築家。鉄道省技師、中部鉄道管理局、鉄道省初代建築課長、逓信省技師を歴任)。建築面積は3,201㎡、幅128mの堂々たる駅舎です。外壁はクリーム色のテラコッタ・タイルで全面装飾され、入口上部には八角形の窓が並んでいます。屋根には茶色のスペイン瓦が使われていて、昭和初期の名建築です。
Img_5802c 個人的には、このベンチも風情があっていいなと思っています。コースマップをもらってから、このベンチに座ってみました。小生は建築には詳しくはありませんので、宇治山田駅の魅力を伝えられません。ご興味がおありの方には是非お訪ねくださるようお勧めします。
Img_5795c この日のハイキングの受付は、宇治山田駅コンコース。こんなチラシも貼Img_5801c ってあり、気合いが入ります。受付は9:30〜10:40で、ちょうど良い時間に到着。それに「名物二軒茶屋餅で舌鼓」が楽しみであります。右がいただいたコースマップ。宇治山田駅をスタートして御幸道路、錦水橋を経て、河崎の町並みを見て、勢田川沿いを散策。二軒茶屋で角屋本店さんの二軒茶屋餅をいただき、松尾観音寺、倭姫宮をめぐって、鳥羽線・五十鈴川駅がゴールという、約8㎞のコース。
20181008kintetsuhikingujiyamada こちらが実際に歩いたルート。多少寄り道をしましたので、9.7㎞を歩きました。伊勢へ来たのですが、外宮、内宮など伊勢神宮にお参りするコースではありません。河崎といって、江戸時代から伊勢の台所として発展した問屋街あたりを回り、勢田川沿いを散策。伊勢名物の一つ、二軒茶屋餅を味わいます。最後に、伊勢神宮の別宮の一つである倭姫宮へお参りします。倭姫命は、垂仁天皇の第四皇女。天照大神の社を、伊勢の五十鈴川のほとりに建てたと伝えられます。倭姫命は、伊賀、近江、美濃、尾張、伊勢の国をめぐられたのですが、その途中、桑名にも立ち寄っておられます。桑名野代宮(現在の野志里神社とされます)には4年間滞在されたといわれます。こういうことで桑名にも縁がありますので、お参りしたいという次第。
Img_5830c さて、宇治山田駅の駅舎から出て撮影をしていましたら、こちらのバスがImg_5890c やって来ました。神都バスと呼ばれ、三重交通が運用しています。伊勢には、明治36(1903)年から昭和36(1961)年の間、路面電車・神都線が走っていました。第62回式年遷宮(平成25(2013)年)に合わせて、路面電車型バスとなって生まれ変わったものです(右の写真は、あとで触れます錦水橋のところで撮影)。
Img_5862c 宇治山田駅を出たところで、度会(わたらい)府庁跡の石柱を見つけました。慶応3(1867)年の大政奉還を受けて、翌年7月、度会府が設置され、橋本実梁(さねやな)が知事となり、小林(おはやし)村の旧・山田奉行所に着任しました。余談ですが、山田奉行といえば、18代奉行であった大岡越前守忠相が有名です。
Img_5865c 度会府は、明治2(1869)年に度会県と改称され、翌3(1870)年、県庁舎は、箕曲(みの)町(ここ岩淵2丁目)に移ってきました。度会県は、一志、飯高、飯野、多気、度会、答志、英虞、南牟婁、北牟婁の9郡を所管し、北の安濃津県とともに、三重県を二分していました。その後、明治9(1876)年4月、三重県(安濃津県から改称)と合併し、度会県の歴史は幕を閉じたのです。ちなみに、この石碑は、昭和8(1933)年3月に「宇治山田市教育會」によって建てられています。さらに講釈を重ねますが、伊勢市の旧名が宇治山田市。宇治に皇大神宮 (内宮) 、山田に豊受大神宮 (外宮) があり、両地区とも中世には自治都市を形成していました。鎌倉時代以降、両者とも門前町として繁栄したのですが、神権の優劣を争ったり、商業利権の競合から対立したりし、文明 18 (1486) 年には宇治山田合戦と呼ばれる流血の抗争が起ったこともありました。明治39(1906)年、両地区が合併し、伊勢市 (昭和30(1955)年成立) の前身である宇治山田市となっています。
Img_5815c 宇治山田駅の向かいにあるのが、シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢。小生のような年代のものには、伊勢市観光文化会館という名前の方がなじみがあります。シンフォニアテクノロジーは、旧・神鋼電機です。
Img_5867c ようやく宇治山田駅を出発(9時45分)、駅前を左折して南へ。曲がってすImg_5869c ぐ、朱い鳥居が目に入りました。朱い鳥居といえば、お稲荷さん。伊勢にお稲荷さんがあるのかとちょっとビックリ。伊勢豊受稲荷神社です。名前がすごい。というのも、「豊受」というのは、いわゆる外宮さん、正式には豊受大神宮にある名前。お稲荷さんですから、ご祭神は、宇迦之御魂神。ここは西にある箕曲中松原神社(みのなかまつばらじんじゃ)の境内社です(こちら)。
Img_5871c その箕曲中松原神社の鳥居は、伊勢豊受稲荷神社の鳥居の南にありまImg_5875c した。古来、現在地に鎮座していたと考えられ、大歳社、中松原社、美野社、箕曲社などと称していたものを後世、箕曲中松原神社と改めたようです。創始年代は不詳ですが、長徳3(997)年の文献に出てくるそうです。外宮参拝玄関口にあって、正月には初詣の参拝客で賑わうといいます。境内には樹齢千年の楠があり、古来より神霊として崇敬され、特に疱瘡の守護神として現在も崇敬されているそうです。
20181008kintetsuhikingujiyamada1  宇治山田駅からまだ100mほどしか進んでいませんが、長くなりますので、その1はここらで。左のマップでは、「岩淵」交差点のところあたりです。次は、御幸道路、錦水橋から。

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コメント

おユキさん、おはようございます。

伊勢中川の駅は、名古屋-大阪間のノンストップ特急などがショートカットできるように、単線の短絡線があります。
それと乗り換えが便利なようにホームが造られていて、なかなかおもしろい駅なのです。
それと、ここまでくると「赤福」の宣伝が増え、ベンチなどにたくさんの「赤福」の看板があって、伊勢参り気分を高めてくれます。

宇治山田駅には、今回は見て来ませんでしたが、バス回転台があります。
近鉄が宇治山田止まりだった時代にあったバスターミナルのものです。
バスが登って行くスロープも残っています。
ホームからは、宇治山田駅止まりになっている1・2番線に行くと見えます。
https://ameblo.jp/tetsudotabi/entry-12085227157.html

倭姫命の話は、桑名の歴史を学んでいる時に知り、興味を持っていたのです。
桑名でも野志里神社以外にも、休憩をされたと伝わるところが神社になっていたりします。

伊勢にお稲荷さんというのは、不思議な気がしますが、案外たくさんあるようです。
こちらにその関連情報があります:
https://www3.jingu125.info/2018/10/09/post-70986/

他のハイキング参加者の方々がざっと通過していくところで、どうでも良いものを見つける傾向がありますので、遅々として進んでいませんねぇ(苦笑)。

投稿: mamekichi | 2018年10月15日 (月) 05時39分

mamekichi先生、こんばんは。

伊勢中川駅の駅、ショートカットができるのですね(笑)。
これは便利。

宇治山田駅、「ブラタモリ」で観た時も、雰囲気がある良い駅だなぁ、と思っていました。
駅のどこだったか忘れましたが、”回転する何か”があったと思い、調べてみたところ、

https://www.iseshima-kanko.jp/spot/2245/

バスの転車台とのことでした。

倭姫命のお話は、聞いたことがあります。
天照大神を祀る場所を探して旅をしていたところ、伊勢の地でお告げがあり、この地に決めた、というお話です。
きっと、諸説あるうちのひとつだと思います。

お稲荷さん、伊勢にお稲荷さんがあると不思議なのかぁ、と、
その理由を考えながら読んでいたら・・・

まだ100メートルほどしか進んでいないのですね。
そういえば、駅構内に長居したのでした(爆)。

投稿: おユキ | 2018年10月14日 (日) 20時49分

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