« 39.7℃、会議は無事終了……近所のご主人の一言で大笑い | トップページ | 「朝から真夏やなぁ」で誰も歩いていません……今日は38.7℃ »

2018年7月24日 (火)

20180714近鉄ハイキング「湖面を渡る風が心地よい夏の伊坂ダムを訪ねて」(その2)……旧・大矢知村役場跡、龜屋佐吉でかき氷、八郷小学校の3つの石碑から東名阪自動車道まで

Img_9104c  7月14日に出かけた近鉄ハイキング「湖面を渡る風が心地よい夏の伊坂ダムを訪ねて」のその2です。実はいったん書き始めたものの、再起動せざるを得なくなり、ガックリ(苦笑)。猛暑などもあって、しばらく続きを書こうという気力が戻ってこなかったのです。

Img_9159c 伊藤手延製麺所の先の3差路を右折し、200mほど行くと、旧・大矢知(おおやち)村役場跡に出ます。現在は、JAみえきた大矢知があるところから道を挟んだ向かい側です。冒頭のコースマップでは、「記念碑」と書かれているところですが、他の参加者の方々は、見向きもされません(苦笑)。
Img_9158c 大矢知村は、後で出てくる三岐鉄道三岐線・大矢知駅の周辺で、明治Img_9150c 22(1889)年4月、町村制の施行により、朝明郡垂坂村・西富田村・蒔田村・松寺村・大矢知村(枝郷山添を除く)・下之宮村・川北村の区域をもって発足。昭和29(1954)年7に四日市市に編入されました。ここには、昭和3(1928)年に建設された村役場が昭和63(1988)年四日市市大矢知地区市民センターの新築移転によって取り壊された跡地という石碑が建っています。
 余談ですが、大矢知の地名は、朝明(あさけ)川流域で最初の大きな谷地を形成することに由来するといわれます。古くは朝明郡に属し、中世には「大矢知御厨」がありました。「御厨(みくりや)」は、神領。伊勢神宮の神領を御厨、御園 (みその) と呼んでいますから、このあたりもそうだったと思われます。江戸時代に入ると、大矢知村は桑名藩領となりますが、文政6(1823)年には武蔵国忍藩領、天保13(1842)年に幕府領(近江信楽代官所支配)、安政元(1854)年に再び忍藩領となっています。
Img_9146c この跡地にはいくつかの石碑があります。まずこれは、「日清戦役従軍祈念碑」です。「陸軍中将男爵大鳥義昌書」と書かれています。大鳥義昌は、明治27(1894)年7月の日清戦争開戦時には、第9旅団を率いて朝鮮半島におり(朝鮮国の首都漢城(ソウル)市内に1,000、その郊外に主力の7、000が駐留)、本国からの命令一下、清軍といつでも戦闘開始出来るよう準備を整えていたといいます(こちら)。この祈念碑は、明治40(1907)年の建立のようです(こちら)。
Img_9149c 日清戦役従軍祈念碑に向かって左には、「慰霊塔」が建っています。いのりむし文庫の説明では、「三重県遺族会『終戦50周年 三重県遺族会記念史』(平成7)によると、大正7年、帝国在郷軍人会大矢知村分団により設置され、1952年再建されたようです。かつては大矢知興譲小学校校庭にあったようですが、移築の時期・経緯は不明」ということです。大矢知興譲小学校は、ここから北西に100mほど。大正7年は1918年、1952年は昭和27年。
Img_9152c もう一つは、「西南の役 殉難碑」です。西南の役(西南戦争)は、明治Img_9155c 10(1877)年に鹿児島士族が起した、西郷隆盛を首領とする大規模な反乱ですが、政府軍としてこの地区からも多くの方が出征したといいます。11名の方のお名前我刻まれているとありますが、石碑そのものはかなり風化して読みにくくなっています。 元は観音山にあったあります(大矢知興譲小学校のすぐ西に観音寺がありますので、そこかと思います)。
Img_9164c 大矢知の町の中を歩き、三岐鉄道三岐線の踏切を越えると写真の道に出ます。ここは、八風道。八風道の起点は、四日市市富田一色。すぐに東海道と交差し、ここ大矢知、平津を経て菰野町田光で巡見道と合流します。巡見道の西は、八風越の道が八風峠を越え、滋賀県に至り、近江八幡市武佐町(中山道武佐宿)まで続きます。なんとなく昔からの道というイメージ。ここを西へ。この先に楽しみがあるのです(微笑)。
Img_9167c それはこちら。亀屋佐吉という和菓子屋さん。2年前にここに来たことがあります(2016年7月3日:コアジサシの営巣地で給餌シーン……なばなの里ではコチドリが抱卵、午後からは龜屋佐吉で氷(苦笑))。このときは、「白玉和三盆金時みるく」を食べたのですが、今日もコースマップには「お茶の振る舞いと和菓子の販売」とあり、ひょっとしたらかき氷も……と期待していたのです。暑い中、3㎞半ほど歩いてきて、汗だく&ヘロヘロになりかかっていましたし。
Img_9168c ありました! 「近鉄ハイキング限定200食 かき氷」です(微笑)。メニューに「白玉和三盆金時みるく(¥690だったと思います)」はなかったのですが、「和三盆みるく ¥280」があります。この中ではもっとも良いお値段ですが、もうこれをチョイスするしかありません。他の参加者の方は、ご存じないのか、イチゴやメロンを頼んでおられます。
Img_9175c こちらが、その「和三盆みるく」。白玉が入っていると、和菓子屋さんのものだけに絶品なのですが、今日はこれで大満足ですし、これが¥280なのですから、いうことなし。和三盆みるくを食べて、汗も引き、元気も回復。まさにかき氷パワーです。龜屋佐吉さんについたのは10時10分くらい、出発は10時25分。八風道をもう少し行きます。
Img_9182c 三岐鉄道三岐線・大矢知駅に入らなければならなかったのですが、またもやコースミス。少し行き過ぎました。歩きながら左後ろを振り返ったら、駅が見えて気づいた次第。他にも数名。慌てて戻って、正しいコースへ。駅の東を回って、裏に入り、大矢知幼稚園へ。
Img_9185c 幼稚園の前(南)に石碑が2つ建っています。向かって右のものは、「神Img_9186c 社御旧蹟」とありますが、これはネット検索では情報が得られませんでした。ネット検索では調べるのに限りがありますねぇ。向かって左の石碑には、「白龍○神」と刻まれていると思うのですが、これも不明(最初の文字はたぶん「白」。間違っていたら、ご教示ください。3文字目は、縄で隠れた部分があります)。
Img_9195c 大矢知から大矢知新町の住宅街を抜けて北に曲がります(左の写真)。Img_9202c ここで再び三岐鉄道三岐線を陸橋で越えますが、その手前から伊坂ダムが遠望できます(左の写真の中央)。右は、養雲寺跨線橋に差し掛かったとき、ちょうど西藤原行きの電車が通過。
Img_9204c 跨線橋を降りたところが、八郷小学校。八郷小学校は、八風道に面しています。ここには、石碑が合計3つありまImg_9205c した。まず、校舎南側に2つ。西側の運動場入り口に1つ。校舎南にあった2つの内、向かって右は「平田翁頌徳碑」。
平田翁とは、八郷村村長を務めた平田武氏。こちらに碑文が載っています。昭和28(1953)年12月の建立。篆額は三重県知事の青木理題、村上国市撰、水谷潔書。
Img_9207c 向かって左は、「島翁彰功碑」。「島翁」とは、島豊太郎氏。島氏は、江戸、明治、大正期の生涯を通じ、平津村村長、八郷村村長を歴任した方です。この碑は、大正8(1919)年8月建立。三重郡長従五位勲四等今村真福撰、斉木参渓謹書。八郷地区の広報誌に説明があります(こちらと、ここと2回)。
Img_9214c 八郷小学校西、運動場への入り口にあったのは、「忠魂碑」。建立年は、不明ですが、「陸軍中将渡辺章 書」とあります。三重県遺族会のサイトには「英霊137柱を祀る」とあります。裏には、以下の戦没者を対象としたものであることが記されています。
明治二十七八年日清戦役戦没者2名
明治三十七八年日露戦役戦没者11名
大正七年起シベリア出兵戦没者1名
昭和十二年起日支事変戦没者14名
昭和十六年起大東亜戦争戦没者109名

Img_9219c 八郷小学校でスタートから5㎞。かき氷パワーも長続きしません(苦笑)。というのも、この日四日市の最高気温は34.6℃、湿度は平均77%(こちら)。こんな日にハイキングなんか、来るんじゃなかったなどと思ったりしつつ、仕方なく歩き続け、朝明川を渡ります。

Img_9222c 朝明川を渡ったところに公園らしきものがあり、木陰も見えましたので、Img_9224c 小休止することに。ここで水分補給、塩分補給。ベンチもあったので座って木陰で休憩。他の参加者の方々でも、休憩する方がありました。ここは、四日市市水道局水源管理センター分所でした。ここで10分ほど休憩し、11時再スタート。この水源管理センター分所のところで左折し、北西に向かいます。
180714kintetsuhikingtomida3 地図では、「千代田町」とあるところ。ここから、伊坂ダムまではほぼ一直Img_9226c 線。水田地帯を進みますが、稲は青々としてきていて、それは気持ちよい景色なのですが、とにかく蒸し暑いことこの上なし(苦笑)。
Img_9232c お寺を見つけてしまったので、ちょっとだけ寄り道。浄土真宗本願寺派のImg_9234c 彼佛山円光寺というお寺を見つけました。山門と本堂だけ拝見。御本尊は、阿弥陀如来(こちら)。由緒などは、ネット情報には出て来ません。
Img_9242c 円光寺から100mあまりで、東名阪自動車道の下をくぐります。ここは、もちろん日陰ですし、風が通って涼しいこと! 他の参加者の方も、帽子を取って、汗をぬぐっておられます。「今日はトンでもなく暑いね」などと話しながら、小休止。小休止ばかりしていますが、本当に暑くてしんどかったのです。
Img_9243c ここまで来ると、伊坂ダムは目の前。距離にして1㎞もないのですが、ただし、ダムに上がるのに、坂を上らねばなりません。気合いを入れ直して進むことにします。
 今日は、ここまで。その3では、鶴澤神社、伊坂ダムを経てゴールの三岐鉄道三岐線・暁学園前駅までたどり着く予定。

|

« 39.7℃、会議は無事終了……近所のご主人の一言で大笑い | トップページ | 「朝から真夏やなぁ」で誰も歩いていません……今日は38.7℃ »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

散歩」カテゴリの記事

寺院」カテゴリの記事

歴史散歩」カテゴリの記事

近鉄ハイキング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 39.7℃、会議は無事終了……近所のご主人の一言で大笑い | トップページ | 「朝から真夏やなぁ」で誰も歩いていません……今日は38.7℃ »