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2018年7月13日 (金)

20180609近鉄ハイキング「桑名九華公園花菖蒲まつりと文化・歴史を知る」(その2)……春日神社

20180609kintetsuhikingkuwana  6月9日の近鉄ハイキング「桑名九華公園花菖蒲まつりと文化・歴史を知る」のその2です。春日神社(桑名宗社)について。スタートから4㎞過ぎ、九華公園の西にあります。春日神社到着は、10時20分過ぎ。

Img_5423c こちらは、春日神社の楼門。もともと天保4(1833)年に建立された楼門がありました。当時は神仏習合で、花頭窓がついた仏教的な形式だったそうです昭和20(1945)年7月17日の空襲によって焼失。この楼門は、平成7(1995)年に再建されたもの。平成28(2016)年8月には左大臣・右大臣が安置されています(2016年8月21日:春日さんの左大臣・右大臣奉納奉告祭……伊勢大神楽の奉納も【動画をYouTubeにアップしました】)。
Img_5478c 楼門に鎮座する右大臣、左大臣。神様から見てですから、楼門に向かっImg_5480c て右に左大臣(右の写真)、左に右大臣(左の写真)。左大臣・右大臣をつくられたのは、桑名の彫り師・森西鶴さんです。
Img_5425c 春日神社の正式名称は、桑名宗社。桑名宗社とは、桑名神社と中臣神社の両社をあわせた名称で、古来、桑名の総鎮守として桑名首(くわなのおびと)の祖神を祀っています。桑名神社、中臣神社ともに延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)にその名が載る古社です。延喜式神名帳は、延長5(927)年に完成した、律令体制下で神祇官また諸国国司のまつるべき神社(3132座)の名を記したもの。
Img_5431c 拝殿は2つの神社がつながっいます。向かって右が桑名神社。御祭神は天照大御神の第三御子天津彦根命(あまつひこねのみこと)と、その大神の御子天久々斯比乃神の2柱。天津彦根命は、その子孫がとくに繁栄した神様で、また、天久々斯比乃命は神徳霊妙な神で、桑名首(上代桑名の豪族)の祖神です。そのため、桑名の開祖として「繁栄の神様」と仰がれています。
Img_5430c こちらは中臣神社。中臣神社は神護景雲(じんごけいうん)3(769)年に常陸国鹿島社(茨城県の鹿島神宮)より建御雷神霊がこの地を通過された基址に祀られるようになっています。御祭神は、天日別命(あめのひわけのみこと)。天日別命は、天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)の子孫で、神武天皇が東征されたとき、伊勢を平定し、統治したといいます。「厄除けの神様」とされているそうです。もともと、中臣神社は山上にあったのですが、正応2(1289)年に桑名神社の境内に遷し、永仁4(1296)年に奈良の春日大社から春日四柱神建御雷神斎主神天児屋根命比売神)を勧請、合祀して以来「春日さん」と呼ばれています。
 ちなみに、比売神(ひめがみ)は、神道の女神で、特定の神の名前ではなく、神社の主祭神の妻や娘、あるいは関係の深い女神を指すものだそうです。
 神社は、織田信長や徳川家康からも神領を寄進されたり、本多忠勝、松平定綱などの歴代桑名藩主から篤く崇敬されて来ました。明治になってからも、明治元(1868)年の御東行、2年の東京遷都の際、明治天皇、勅使が宿泊になっています。
Img_5494c 青銅の鳥居(市指定文化財)。俗謡に「勢州桑名に過ぎたる者は銅の鳥居に二朱女郎」と歌われた、日本随一のもの。神社境内から東方25mのところ、片町通(旧東海道)に面して立っています。寛文7(1667)年、桑名藩主・松平定重公が寄進したもの。慶長金250両を費し鋳物師の辻内善右衛門尉藤原種次に命じて建立させています。高さ6m90cm、笠木長さ8m10cm。この鳥居は伊勢湾台風など何度か天災に遭っていますが、その都度辻内家によって修復されました。
Img_5498c 春日神社のものではありませんが、この青銅の鳥居脇には「志るべいImg_5500c 志」があります。明治18(1885)年、東京の蘆田政吉により建てられました。ここは、上述のように旧東海道沿いで、昭和初め頃まで賑やかな盛場であったそうです。正面に「志るべい志」 、左面に「たづぬるかた」 、右面に「おしゆるかた」と刻まれていて、行方不明の人を探すための伝言板でした。迷子を捜すときは、「たづぬるかた」に子どもの特徴や服装などを書いた紙を貼り、心当たりのある人が「おしゆるかた」に子どもがいた場所などを書いて貼ります。人々が多く集まる各地の寺社門前に建てられていたのですが、現存するのは全国でも珍しいといわれます。
Img_8152c  境内に戻ります。手水舎の南に御膳水があります。江戸中期から神供用Img_5428c_2 として用いられていました。明治元(1868)年9月20日、明治天皇が桑名にお泊まりになったとき、御膳水として供されたといいます。井戸は、戦災で埋没しましたが、その後復元されたもの。
Img_5434c 境内社を見ていきましょう。まずは、春日稲荷神社。御祭神は、倉稲魂命Img_5436c (うかのみたまのみこと)。文政8(1825)年に伏見稲荷大社から勧請されました。明治の末から大正の初めにかけて市内各町の稲荷社を合祀してきています。
 明治40(1907)年に合祀されたのは、次の稲荷社:
  • 南魚町 魚之棚稲荷
  • 殿町 稲荷社
  • 京町 稲荷社
  • 油町 八坂稲荷社
  • 吉津屋町 寿稲荷
  • 入江葭町 稲荷神社
 京町、油町、四ツ屋町、入江葭町の稲荷社は、この年、境内の母山神社に合祀されたのち、平成9(1997)年、稲荷社の新築移転の時、こちらへ遷しています。その他、次の神社も合祀されています:
  • 吉津屋町 鳥清屋敷神 幹守稲荷(昭和初期)
  • 伝馬町 水貝家屋敷神稲荷(昭和初期)
  • 川口町 井筒屋屋敷神稲荷(昭和48(1973)年)
Img_5440c 続いて桑名東照宮。御祭神は、徳川家康公。元和3(1617)年、千姫が東照宮を勧請し、徳川家康座像(市指定文化財)を祀っています。千姫はご存じ、2代将軍徳川秀忠の娘で、慶長8 (1603) 年、7歳で豊臣秀頼に嫁いでいます。元和1 (1615) 年大坂夏の陣で豊臣氏が滅んでから関東に帰り、本多忠政(桑名藩初代藩主本多忠勝の長男、2代藩主)の長子・忠刻と同2年9月再婚。
Img_5443c  忠刻と結婚する時に、エピソードがあります。大坂夏の陣で救出され、江戸に向かう途中、本多忠刻が桑名でもてなし、七里の渡しの船渡しの指揮を執ったのですが、忠刻は武芸の達人で眉目秀麗な美男子。指揮を執る忠敏に千姫が一目惚れしたというのです。千姫は、江戸に着くとすぐに祖父・家康の許しをもらい、翌年桑名へ嫁入りしました。千姫と忠刻が桑名で過ごしたのはわずか1年でしたが、幸せな新婚生活を過ごしたといいます。
Img_5446c 皇大神宮御分霊社。御祭神は、天照大御神。明治初年、北魚町に融通会社という庶民金融機関があり、神宮司庁に願い出て天照大御神の御分霊を勧請し、明治9(1876)年11月御鎮座。
Img_5457c 母山神社。拝殿南側にあります。桑名宗社のサイトなどを見ても詳しいことが書かれていませんが、神社前2F特設祭事場によれば、神社の南にある職人町の産土神で、神奈備というサイトによれば、御祭神は火之迦具土神。火の神様です。
Img_5461c 母山(もやま)神社の拝殿前にはさざれ石が奉納されています。あの君が代に謳われているさざれ石です。「君が代」の歌詞の由来となったといわれるさざれ石の産地である、現在の岐阜県揖斐川町春日のものです。平成2(1990)年8月に奉納されたもの。君が代の元になったのは、古今集に収録されている藤原石位左衛門の「天皇の御代の弥栄を言祝ぎ祈り此の石の如くましませ」という歌だそうです。
Img_8156c 拝殿前の玉垣の中にある石。今まであまり気にしなかったのですが、調べてみたら「陽石」だそうです。一説には「夜泣石」とも伝わっているといいます。終戦前まではこの陽石を前にして高さ約3m、周囲約3.5m程の空洞になった楠の枯木があって、その前面は大きく割れて、性器崇拝の神木として参詣する者が多かったそうです。なるほど、それで「陽石」。納得。
Img_5433c 陽石のすぐ側には、金龍桜(こんりゅうざくら)があります。かなりの古木。金龍桜は若葉が赤褐色、花が白に近い淡紅色、一重と八重との咲き分けで、八重の優れた一品種だといいます(そこまで意識してみたことはありませんでした)。この名木は桑名藩主・松平定綱公が、摂津国(大阪府)古曽部の金龍寺の原木から分植したものだそうです。定綱公が藩主だったのは、元和12(1635)年から慶安4(1651)年でした。
Img_5452c 拝殿前の狛犬。台座を見ると、「天保三年 壬辰初夏」とImg_5451c あります。天保3年は、1832年。将軍は家斉。天保の飢饉が始まった頃。
Img_5455c 玉垣の奉納者の名前を見ていると、諸戸家初代の諸戸清六氏の名前がImg_5432c あるなど、歴史を感じさせられます。
Img_5474c  境内には句碑などもいくつかあります。こちらは、山口誓子による「山車統べて 鎧皇后 立ち給ふ(だしすべて よろいこうごう たちたまう)」という句。昭和40(1965)年9月、桑名の門下生の集まりである絲遊俳句会建立。
Img_5472c_2 もう一つの句碑は、二川のぼるの「山車の燈に 夜は紅顔の 皇后よ(だしのひに よはこうがんの こうごうよ)」。二川のぼるは、「天狼」の同人。句碑は、平成10(1998)年9月、八風俳句会が建立。八風俳句会は、桑名俳句会としてスタートした天狼伊勢北支部のようです(こちらを参照)。
Img_5475c これらの二句に読まれているのは、いずれも神功皇后(じんぐうこうごImg_8218c う)。堤原の石取祭の祭車に神功皇后の飾り物が載っています。右の写真は、昨年の石取祭の時に撮影したもの(2017年8月6日)。こちらに石取祭保存会のサイトがあり、祭車の一覧が載っています。第八組の堤原のものをご覧くださると説明もあります。
Img_5469c 千葉兎月の句碑。兎月は汀庵千葉兎月、桑名間遠社を宰した美濃派の俳人(こちらに兎月について触れたものがあります。桑名文化財のサイト)。あれこれ調べてみたものの、ネットで得られる情報はほとんどありませんでした。句碑も、部分的に読める(と思う)文字はあっても、全体としてどういう句なのか、小生の力ではいかんともしがたい(苦笑)。なお、美濃派とは、江戸時代の俳諧流派で、芭蕉門の各務(かがみ)支考一派をいいます。
 以上、竜頭蛇尾といいますが、竜頭はアヤシいものの、蛇尾でオシマイ(苦笑)。春日神社のお祭りは、石取祭。日本一やかましい祭りといわれ、ユネスコの無形文化遺産に
「山・鉾・屋台行事」の一つとして登録されています。今年は、8月4、5日の両日に開催されます。詳しくは、石取祭保存会のサイトをご覧ください。
2 記事をいったん書き終えてから思い出しましたので、最後に載せておき1 ます。「久波奈名所図会」に「春日神社往古の図」が載っています。図の中に、「母山権現」が載っています。現在の母山神社と思われます。本文には、「母山権現 本社後ろにあり。当初の地主神なり。職人町の産沙神とす。」とあります。神宮寺も描かれています。神宮寺は、 神社に付属して建てられた寺院。神仏習合思想の現れで、社僧(別当)が神社の祭祀を仏式で挙行しました。春日神社の神宮寺は、仏眼院。仏眼院の住職が春日神社の別当を兼ねていました。神宮寺は、明治元(1868)年の神仏分離令により廃絶または分離されました。
 その3は、住吉神社について書いて、完の予定。

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コメント

おユキさん、こんにちは。

今日もまた35℃を超え、熱中症警報3日連続です。

「志るべい志」は、ふつうは「しるべ石」と書いてあります(申し訳ありませんが、導石というのはよく知りません)。
京都や東京にもわずかに残っているようで、北野天満宮の奇縁氷人石、八坂神社の月下氷人石、新京極の迷子しるべ石、浅草寺の迷子しるべ石があります。

伝言板ではなく、迷子捜しをするためのものです。

日本の昔の絵で、上の方が雲のようになっているのは、遠近法をよく知らなかったため、ある意味でそれをごまかす手段と何かで読んだ記憶があります。

今日は、近鉄ハイキングへ行ってきました。
「湖面を渡る風が心地よい夏の伊坂ダムを訪ねて」、約8㎞という設定なのに、今日も35度の猛暑。
湖面を渡る風は吹いておらず(苦笑)、実測距離は、10㎞あまり!という具合。
無事に帰宅しております。

ところで、エアコンが動かないのは非常事態です。
対応はなさいましたか?

投稿: mamekichi | 2018年7月14日 (土) 15時47分

mamekichi先生、おはようございます。

右大臣、左大臣のお写真は、拝見したことがあります。
なるほど、確かに普段の散歩コースをなぞるハイキングだったのですね。

「志るべい志」は、「導石」ということなのですね。
この名残が、携帯電話が普及する以前には、どこの駅にもあった、「伝言板」として残っていたのかなぁ、と思いました。

さざれ石のことも、以前コメントした覚えがあります(笑)。

「久波奈名所図会」。
この絵に限りませんが、絵の上方や端に、雲のようなものが描かれているものがけっこうありますよね。
これは何故なんだろう?と、思い出したように疑問が沸いてきました。
神社仏閣だけでなく、公家のお屋敷や町の様子を描いたものにも、雲のようなものが描かれていたように思うのですが。うーん。

と、はてなを残しつつ。

今日は「危険な暑さ」とのこと。恐ろしいです。
実は昨夜、エアコンをつけようとしたら、壊れているのか、リモコンを操作しても、まったく反応がなかったのです。
電池を換えてみても同様でした。
幸いなのか、今朝の新聞広告には、周囲にある全ての電気店から、エアコンを前面に打ち出した広告が入っていました。

お財布ばかりが涼しくなります。

先生は、アオサギさんを見ると元気が出るとのことですが、気持ちに負けて、あまりご無理をされないようにお祈りしています(笑)。

投稿: おユキ | 2018年7月14日 (土) 08時37分

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