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2018年6月 9日 (土)

今日は桑名で近鉄ハイキング……桑名九華公園花菖蒲まつりと文化・歴史を知る(概要編)

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 今日は桑名で近鉄ハイキングであります。「桑名九華公園花菖蒲まつりと文化・歴史を知る」に行ってきました。近鉄名古屋線・益生駅から桑名駅までというコース(左のコースマップ参照)。走井山公園(勧学寺・村正屋敷跡)、諸戸水道貯水池遺構、桑名市博物館、石取会館、六華苑といったなじみの場所(4月のJRさわやかウォーキングでも行きました)や、春日神社、九華公園、桑名七里の渡し公園などいつもの散歩コースを回って来たという次第。
Img_5263c 桑名駅を8時58分の塩浜行き普通電車に乗って、次の駅が益生。9時ちょうImg_5273c_2 ど着、¥160。9時から受付となっていましたが、早めに始まっ
たようです。コースマップのナンバーは163でした。益生駅の北には、JR関西線・近鉄名古屋線と、県道421号線を渡る歩道橋があります。それを渡って、北へ。三岐鉄道北勢線に沿って、西へ。
Img_5279c 三岐鉄道北勢線の馬道駅を過ぎた踏切を北へ渡って、走井山公園に入っImg_5281c て行きます。このあたりは何度も来ていますし、4月14日のJRさわやかウォーキングでも、逆コースで歩いたところ(徒歩にてJRさわやかウォーキングへ(笑)……桑名の山野辺散策とサンジルシ醸造をたずねて(予告編))。
Img_5284c 走井山公園入り口の「三猿像」。10年以上前からのお気に入り。台座には、Img_5288c_2 「此の心 我れができぬは 人?はせよとハそれハむり志や ?てくだされハ ありがたし」と刻まれています。三猿像を左手に眺めながら、公園への階段を上っていきます。階段沿いにはアジサイ。
Img_5290c 階段の途中に、「伝村正屋敷跡」という案内板があります。村正は、あの妖刀村正をつくった桑名の刀工。室町時代中期以後、代々活躍しました。文亀・天文年間 (1501~55年) に同名の刀工が数代あるのですが、永正年間 (1504~21年) の作品に傑作が多いといいます。あくまでも「伝」ということですが、この東にあるマンションのところに村正の屋敷があったと伝わっています。本多忠勝公入府以前は、この近くを町屋川が流れ、地下水が豊富であったので、作刀に適していたのかも知れません。
Img_5314c 走井山公園勧学寺を一通り見て来ました。JRさわやかウォーキングでImg_5324c 見逃したと思った「佐藤崋山翁遺愛碑」を探したのですが、結局分かりませんでした。あのお菊稲荷神社も再度見てきましたが、新しい発見はなし。勧学寺は、本堂に入ることができました。天井絵や、絵馬など古いものがたくさんあります。勧学寺は、市内に現存する寺社建築としては最も古いと推測されています。詳細は、改めて記事にしようと思っています。
Img_5353c 次の目的地である諸戸水道貯水池遺構に行くのに、徳成を通っていきまImg_5354c すが、途中で「徳成農園跡」という看板がありました。「35m先」となっていましたので見てきましたが、たぶん右の写真の公園。。明治30(1897)年に、近くに諸戸家の墓地が出来てから、その西に諸戸家が農園を開いたようです。諸戸農園の隣に明治43(1910)年に四日市の伊藤伝七が「徳成農園」を開いたといいます。伊藤は四日市の三重紡績の創立者であり、社長であった人。後で調べたら、公園には「徳成農園之記」という石碑があるようでしたが、見てきませんでした。
Img_5356c こちらは、諸戸徳成邸の跡地。諸戸家の墓所と、茶室などは残っていまImg_5358c すが、その他は、マンション建設工事が進んでいます。過去に見学に来た時の記事は、こちら:2013年11月30日;諸戸徳成邸特別公開へ行ってきました 、2015年5月17日;諸戸徳成邸特別公開 、2017年4月29日;「諸戸徳成邸」特別公開へ……「見納め」になるということで。3回見学しています。
Img_5367c この諸戸徳成邸の跡地の向かい(東)に諸戸水道貯水池遺構がありまImg_5362c す。ここも何度も来ているところ。ここにいらした歴史案内人の方が、降りていくと、近くにある「水源井」がチラッと見えるとおっしゃったので、探したのですが、分からず。草が生い茂っていたので、その陰になっていたかも知れません。
Img_5370c 水源井を探しているうちに、養泉寺というお寺の前に出ました。浄土真宗本願寺派。山号は蓮華山。郡代を務め、藩政に功労があったものの、譜代家老らの憎悪(私怨)によって滅ぼされた野村増右衛門の位牌と過去帳がここにあるそうです。
Img_5377c このあと、近鉄、JR、三岐鉄道と、3種類の幅のレールが見られる三崎跨線橋を渡り、桑名の市街地へ。写真は、南側(四日市方向)。ちょうど、三岐鉄道北勢線の電車と、近鉄特急がやって来たところ。
Img_5381c 桑名市中央町の国道1号線交差点。賑やかなあたりです。南東の角に大Img_5384c きな仏壇屋さんのビルがあり、その上に鳳凰が載っています。ここからさらに東へと向かいます。この交差点で、スタートからほぼ3㎞、時刻は10時頃でした。
Img_5388c 市民大学講座を受講する中央公民館や、桑名郵便局、体育館の前を通Img_5390c り、大央町交差点からさらに東へ。吉津屋堀のところで左折(北へ)。余談ではありますが、市営の体育館は、あの「ネーミング・ライツ」とやらで、ヤマモリ体育館になっています。ヤマモリは桑名にある、醤油、つゆ、レトルト食品などのメーカー。ヤマモリさんには他意はありませんが、このネーミング・来つとやら、どうも小生は馴染めません。
Img_5398c 吉津屋堀あたりも散歩に来ます。ここを北東に進むと、寺町商店街の南Img_5402c の入り口。ここはもう目をつぶっても歩けるくらい(微笑)。京町公園は、旧・東海道沿いにあり、京町見附跡であり、桑名が市政施行したときの市役所があったところ。
Img_5404c 京町交差点角には桑名市博物館があります。現在、「古萬古とそれを継ぐ者」の展覧会が開催されていますが、これは先日見てきたので(6月1日: :ツバメのヒナへの給餌シーンがすごい……博物館で古萬古も見てきました)、今日はパス。
Img_5408c 博物館のすぐ東には石取会館があります。あの石取祭について展示さImg_5410c れています。大正14(192)年に建てられた四日市銀行桑名支店です。登録有形文化財人っています。ただし、概観はほぼ当時の姿をとどめているものの、内部は改修されています。
Img_5413c 館内には、祭車が1台展示されています。この祭車は漆仕上げで、江戸時代末期の作だそうです。彫刻は、幕末期の桑名彫刻の一端を担った野々垣兵助により施された総牡丹彫り。諸戸家が所有、保存していたものを、平成元(1989)年12月に寄贈を受け、漆塗装、天幕等の補修を行い、当時のままに修復したものです。諸戸家は、もう1台の祭車を所有しておられ、諸戸氏庭園の祭車庫に保存されています(たとえば、桑名七里の渡し公園のオープニングセレモニーの時に引き出されていました:2015年11月3日:「桑名七里の渡し公園」オープニングセレモニー)。
Img_5494c このあとは、昨日も来たばかりですが、春日神社。桑名宗社が正式名称ですが、地元では「春日さん」と呼ばれ、親しまれています。桑名宗社は、桑名神社と中臣神社の両社をあわせた名称で、古来桑名の総鎮守として桑名首(くわなのおびと)の祖神を祀っているのです。
Img_5423c 桑名神社も、中臣神社も、平安時代の延喜式神名帳にその名がある歴史ある神社です。桑名神社は、天照大御神の第三御子天津彦根命と、その大神の御子天久々斯比乃神をお祀りしています。また、中臣神社は、神護景雲3(769)年に常陸国鹿島社(茨城県の鹿島神宮)より建御雷神霊が御通過になった址に祀られるようになったものです。御祭神は、天日別命。
Img_5430c 左の写真が中臣神社、右の写真が桑名神社です。中臣神社は、正応2(1289)年に桑名神社の境内に遷し、永仁4(1296)年に奈良春日大社から春日四柱神を勧請合祀しています。境内社もいくつかありますし、細石もありますので、それはまた別に書きます。
Img_5485c 春日神社の楼門前にある「とらや老舗」。酒饅頭の一種である「とらや饅Img_5489c 頭」を製造・販売しています。桑名の銘菓といってよいでしょう。宝永元(1704)年創業。江戸時代には桑名宿の土産物などとして武士や町人に親しまれたといいます。
Img_5483c こちらがそのとらや饅頭。薄皮で中に小豆のこし餡が入っています。なぜこれを手にしているかといいますと、今日は、通常1個¥170のところを¥150で売っていましたので、ここで休憩&おやつタイムとしたのです(微笑)。4枚前の楼門の写真、右下に写っているように、わずかな距離ではあるものの「出張販売」をしていました。
Img_5507c 春日神社からは、いよいよ九華公園。ここもよく通りますが、中橋という、Img_5509c 七里の渡し跡から続く堀に架かった橋を渡っていきます。いつもは、九華公園へは北門から入りますが、今日は、正門である西から。
Img_5514c 九華公園に毎日来ていらっしゃる方もたぶんほとんどご存じありませんが、このような立派な石碑に「九華公園」と刻まれています。陸軍中将・福原銭太郎によります。福原は、桑名藩士・福原資英の長男。慶応3(1867)年~昭和13(1938)年。陸軍士官学校を卒業し、日清、日露戦争に出征した後、桑名町長、三重県議会議員、長島村長を務めました。この石碑は、昭和3(1928)年5月に桑名町会議員一同が建てています。ここで4.7㎞ほど、10時40分。
Img_5523c 毎日のように来てはおりますが、きちんと花菖蒲園も見てきました(笑)。管理人さんにも挨拶し、知り合いにも会っておしゃべりもしてきました。このあたりはいつも通り。
Img_5533c 九華公園にある相撲場では、大相撲名古屋場所に備えて、土俵の準備が鎮国守国神社の氏子の皆さんによって行われていました。峯崎部屋が今年も宿舎を構えるのです。例年の様子からすると、6月24日に子ども相撲があって、それから朝稽古が始まるのではないかと思います。
Img_5536c 柿安コミュニティパーク入り口にいらっしゃる本多忠勝公の銅像を見てImg_5539c (この銅像は柿安が寄附しています)、七里の渡し跡へ行くのですが、今日のルートは、北大手橋経由。桑名城には、北大手橋と、南大手橋と2つの入り口がありました。南大手橋は、歴史を語る公園の南に架かっています。右は北大手橋の東。いわゆる「枡形」になっています。手前が御城側。
Img_5540c 北大手橋を渡った西側には、旧・東海道が通っています。右の写真は、Img_5542c 向かって右(北側)で、七里の渡し跡方面。突き当たりの右が七里の渡し跡。旧・脇本陣跡に立つ「旅館・山月」も見えます。
Img_5545c 七里の渡し跡。大鳥居は、ここから伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」といわれ、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられています。宇治橋の鳥居をいただくのです。東海道は、ここから右手に向かって行きます。右奥に見えるのは、蟠龍櫓。歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」でも、海上の名城と謳われた桑名を表すためにこの櫓が象徴的に描かれています。
Img_5551c 七里の渡し跡を揖斐川の方から見た写真。昔の旅人は、この景色を眺Img_5555c_2 めて桑名にやって来たのでしょう。いつもの散歩コースとは逆回りですから、このあと住吉神社へ(右の写真)。このあたりは廻船の舟溜りで、全国から多数の廻船業者が集まっていたそうです。そのため航海の安全を祈り、住吉神社から勧請してこの住吉神社が建立されました。神社前の常夜灯2基は、江戸時代の材木商達が寄進したものです。
Img_5570c 住吉神社の前から直接六華苑に行く参加者もたくさんあったのですが、Img_5571c コースは、こちら、桑名七里の渡し公園を通っていくようになっています。現在、拡張工事中で、7月末には修景池などができる予定。ここは、国営木曽三川公園の一部(住吉地区)。
Img_5575c 桑名七里の渡し公園の北隣が六華苑。二代目諸戸清六の邸宅として大Img_5577c 正2(1913)年に完成。鹿鳴館の設計で有名なイギリス人建築家ジョサイア・コンドル設計による4層の塔屋をもつ木造2階建て天然スレート葺きの洋館、和館や蔵、池泉回遊式庭園などがあります。ここが最終立ち寄りポイントですが、今日はパス(微笑)。周りを回って来ただけ。
Img_5256c このあと、本来であれば1.5㎞ほど歩いて、桑名駅がゴールになるのですImg_5592c が、六華苑とわが家は目と鼻の先。右の写真をご覧ください。わが家の玄関先から撮ったもの。毎日、この景色を見下ろして暮らしています(微笑)。そこで、本日の近鉄ハイキングは、六華苑の周囲を回ったところで、いわば「途中下車」(苦笑)。それでも益生駅からは、7.7㎞を歩いて、12時に勝手に自宅にゴール(爆)。朝、桑名駅までのほぼ1㎞を加え、本日の歩行距離は、8.7㎞、ほぼ3時間でした。
Img_5593c あみま倶楽部のスタンプは、14個目をゲットできました。ほぼ半年での成果。夏場はハイキングも少なくなりますが、現在の会員有効期間の12月までには20個は達成できそうです。今日のハイキングは、勧学寺、春日神社、住吉神社についての詳しい記事を別途書くつもりです。

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コメント

こころんさん、おはようございます。

スタンプ、20枚ためるとバッチと商品券1,000円分がもらえます(微笑)。
夏場は多分参加ペースが落ちるといいますか、落とさないといけないでしょうが、12月までの会員資格有効期間(1年更新です)の間に20個は達成できそうに思います。

おっしゃるように、九華公園の花菖蒲が見頃の間でせっかく参加してくださった方々にもよかったと思います。

JRさわやかウォーキングでは、ゴール受付でスタンプをもらわなくてはなりませんが、近鉄ハイキングはゴール受付はたいていの場合は、ありません(先日は、あみま倶楽部30周年記念の抽選会がありましたが、それは例外)。
今回は勝手に途中下車しました(微笑)。

投稿: mamekichi | 2018年6月11日 (月) 06時56分

おはようございます
着々とスタンプが貯まっていくお写真を拝見すると
こちらもワクワクしてきます(^^)
あと月1の参加ペースでもクリアできそうですね。
九華公園の花菖蒲もまだ見頃の時期に開催されて
参加された方にとっても良かったですね。
ゴールに行かなくてもいいんですね^^;

投稿: こころん | 2018年6月11日 (月) 06時44分

ミリオンさん、こんにちは。

地元開催でしたので、初めてというところはありませんでした。
益生駅が受付でしたので、桑名から一駅だけ乗りましたが、乗らなくても大丈夫ですよ。
4月のJRさわやかウォーキングの時は、歩いて桑名駅に行ってコースマップをちゃんともらえました。

諸戸徳成邸は、もう建物は、あの壊れかけた茶室しかありません。
諸戸家の墓地と茶室部分以外は、すべて取り壊され、整地済みです。
お屋敷や、何棟かあった蔵も全部なくなってしまいました。
昨日も工事が行われていました。
高台ですから、さぞ眺めのよいマンションが建つのだろうと思います。

ちなみに、あそこのすぐ北東側にシェルメール桑名東方というマンションがありますが、そこは諸戸家の使用人の方たちの長屋があったところだそうです。

体育館は、「ヤマモリ体育館」になり、大きな看板が出ていますね。
吉之丸コミュニティパークも「柿安コミュニティパーク」ですし、市民会館も「NTNシティホール」となりました。
覚えにくいですし、期間限定のネーミング・ライツですから、また数年すると変わるでしょう。
ネーミング・ライツは、個人的にはどうかと思います。

投稿: mamekichi | 2018年6月10日 (日) 15時58分

こんにちは、地元でのハイキングは知った所ばかりですね。
近鉄ハイキングだから1駅でも電車に乗らないといけないのかな。
桑高近くを通る時諸戸徳成邸(跡)が見えますが建物を壊してるのですね。
跡地にマンションができるのですね。
そうそう、私もこの間近くを通った時に桑名市体育館がいつの間にか「ヤマモリ体育館」
にかわっててびっくりしました、
名前は変わっても昔からあるネーミングの方がなじみがありますよね。
新しい名前はなかなか覚えにくいです。

投稿: ミリオン | 2018年6月10日 (日) 15時01分

ひらいさん、おはようございます。

昨日は、おっしゃるとおり、バリバリ地元コースでした。
目をつぶっていても歩けそうです(笑)。

走井山は、ベストは桜の季節と思います。
公園内には、石碑、庚申塔、勧学寺など見所もありますが、これは好みが分かれるかと思います。

三猿は、案外「隠れファン」がいらっしゃるようです(馬道駅西の踏切すぐ)。

諸戸徳成邸は、墓所と茶室を残してすでに建物は壊され、すっかり整地されてしまいました。
諸戸アイサン住拓が建設工事を行っていますから、まぁ、身内に売ったということかと思います。

ゴールの桑名駅まで行くと、もう2㎞ほど歩けましたが、ちょうどお昼でもあり、勝手に「途中下車」(笑)。

スタンプの件は、ご明察!

近鉄ハイキングでは、最初にスタンプをもらえますから、コースをすっ飛ばす人もいますし、途中で「私、もう帰るわ」といっている人もいます。
酒蔵巡りですと、駅でスタンプをもらったら、コースは無視して、酒蔵へまっしぐらという方もたくさんいますよ。

JRさわやかウォーキングでは、スタンプはゴールでくれますので、こういうわけにはいきません。

投稿: mamekichi | 2018年6月10日 (日) 11時08分

mamekichiさん、おはようございます!

近鉄ハイキング、バリバリのいつものコースでしたね、道に迷う事は無さそうですが、新たな発見も難しいかもしれませんね。(笑)
走井山公園、近くまでは良く行くのですが、未踏の地です。(笑) 三猿像や壊してる諸戸邸なども一度みておかなければと思っています。
最後は途中下車でしたか、スタンプを最初に押印してしまうので、もしかしたら全く歩かず帰ってしまう人も居たりするのでしょうか。(笑)

投稿: ひらい | 2018年6月10日 (日) 09時08分

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