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2018年6月15日 (金)

20180526JRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」へ、なぜか近鉄で(その1)……小津安二郎青春館、夢休庵で松阪撫子、原田二郎旧宅から松工、松坂神社【明治天皇樹敬寺御晝餐所を付記しました(6/17)】

20180526jrc  ウロウロしている内に日にちが経ってしまいました(苦笑)。5月26日に出かけたJRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」の本編、その1です。松阪へは、最初の勤務先で働いているとき、在宅の患者さんの家庭訪問や、保護者の方の集まりに行ったことがありましたが、それはもう30年以上も前ですので、一度は行きたかったのです。今回は、とくに松阪城跡と御城番屋敷を見たいと思って、出かけてきました。松阪撫子も、どんな花か興味がありました。コースマップでは、約7.4㎞となっていました。

180526jrmatsusaka こちらが実際に歩いたルートマップ。今回は暑かったせいもあって,ほとんど寄り道はしていませんが、それでもお城の中などを歩き回り、9.4㎞でした。しかし、時間をおいて改めてみてみると、9.4㎞歩いたなどと威張って書いていますが、実際にはほぼ1㎞四方ほどの中を回っただけですねぇ(苦笑)。
Img_3448c JRさわやかウォーキングなのに、どういうわけか近鉄の乗車券を買っていImg_3450c ます(苦笑)。JRの方にはナイショです。その理由は、近鉄で行けば¥940のところ、JRですと¥1,180かかるからです。近鉄急行では1時間10分ほど、JR東海の快速みえでは約50分。急ぐこともありませんから、時間的には許容範囲。桑名駅を9時1分の五十鈴川行き急行に乗車。松阪駅到着は、10時10分。
Img_3455c JR松阪駅(西口)の改札横のKIOSKの隣には、「あら竹」の売店があり、松Mregularmou 阪牛の弁当も売っていて,ちょっとばかり気になります(微笑)。右の写真(あら竹さんのサイトからお借りしました)の駅弁は「モー太郎弁当」。すき焼き肉がたくさん入っていて、日本初のメロディ駅弁~♪だそうです。¥1,350(税込)と、さわやかウォーキングのお昼にしては、ちと豪華すぎるかと買いませんでした。
Img_4037c JR松阪駅での受付は8時半から受付でしたので、空いていました。駅前ロータリー公園には、国学者本居宣長ゆかりの遺品「七古鈴(七種鈴)」の一つである「驛鈴」と呼ばれるものを模ったオブジェがあります。「驛鈴」とは、律令時代に朝廷が地方に行く役人に身分証として支給したものです。浜田(島根県浜田市)12代藩主・松平定康が「古事記伝」を著した松坂出身の本居宣長が鈴好きと知り、伊勢神宮参拝の途中、贈ったもの。松阪と浜田の縁は、浜田藩初代藩主で浜田城を築城した古田重治が、元和5(1619)年に江戸幕府の命で浜田に行くまで、伊勢国松坂城主だったことによります。10時15分にスタート。
Img_3473c 松阪駅から南西へ行き、松阪駅前交差点で左折。南東に向かい1㎞ほど。「垣鼻(かいばな)町」にある三角公園でほぼUターン。この地名、昔、家庭訪問に来た記憶がありますが、あたりの様子はまったく見覚えなし。三角公園近くに小津安二郎青春館。小津安二郎監督は、9歳(大正2(1913)年)で松阪に移住し、ほぼ10年間を過ごしました。第二尋常小学校から県立第四中学校(その後、宇治山田中学校と改称、現在の宇治山田高校)を卒業。小津作品に見られる「家族愛」などは、松阪での生活や体験と切り離せないものがあり、また、映画の場面や台詞、風景等は監督が体験した松阪の思い出とダブるところがあると考えられています。この記念館は、小津監督の青春時代にスポットを当て、関連資料などが展示されています。概観は、大正~昭和初期の映画館を再現しています。金・土・日・月曜日と祝日のみ開館。入場無料。
Img_3496c この日、松阪では「第12回松阪撫子どんな花?祭り」を開催していましImg_3490c た。コースマップには、「コース随所にて松阪撫子の花がお出迎え」と書いてありましたが、次の立ち寄り先のなでしこ館(夢休庵(むきゅうあん))で、松阪撫子を見られました。松阪撫子は、松阪三珍花の一つ(他は、松阪花菖蒲、松阪菊)。一般には、伊勢撫子として知られています。松阪三珍花保存会という会もあります。
Img_3899c 松阪撫子を初めて作り出したのは、江戸時代後期、松坂・殿町に住んでいた紀州藩士・継松栄二(1803~1866)です。河原撫子を栽培中、偶然にも花弁の深く切れて長いものを発見し、更に実生により改良を加え松阪撫子を作出したと伝えられています(1830年頃)。第119代光格天皇もたいそう愛でられたとか。
Img_3500c 垣鼻の三角公園から、小津安二郎青春館、なでしこ館(夢休庵)とたどっImg_3504c てきた道は、旧・伊勢街道。日野町交差点角にあるヒシナカ薬局の前に道標が立っています。写真は、南を向いて撮っています。「左 さんぐう道 八雲神社 右 わかやま道」と刻まれています。ここで左折し、伊勢街道から和歌山道に入りました。ちなみに、「日野町」という地名は、蒲生氏郷が近江国日野から移転してきた際、日野から連れてきた商人や住民がいたことから、町名になったといわれます。余談ですが、こういう昔からの地名が残っているのはよいことです。
Img_3508c 日野町交差点の先、左手に樹敬寺(じゅきょうじ)があります。浄土宗、山Img_3514c 号は法幢山。京都知恩院の末寺にあたり、建久6(1195)年、俊乗坊重源上人によって開かれました。ここは、代々、本居一族の菩提寺です。宣長墓(国史跡指定)もあるのですが……
Img_3517c 山門のところにあった、この案内図を見て、断念(苦笑)。この時点ですでに相当暑くて若干へばり気味、また、案内図をパッと見た印象では相当奥まで入っていかなければならないように見えたのです。今から思うと、惜しいことをしました。
Img_3511c 樹敬寺には、「明治天皇樹敬寺御晝餐所(ごちゅうさんしょ)」という石碑が建っていました。明治天皇は、明治13(1880)年7月7日、ここ樹敬寺にて昼食を摂られたということです。明治天皇は、この年、7月4日~6日、明治天皇は三重県庁、裁判所、師範学校、津中学校を御巡覧され、願王寺でご宿泊されました。津市の寒松院には、明治天皇行在所跡があります(4月29日:20180423勝手に近鉄ハイキング「名古屋線・津新町駅から松菱、お城公園など」(その1)……津新町駅界隈、松菱百貨店、藤堂家墓所の寒松院)。7日に伊勢神宮に御親謁されていますから、そのとき、ここでお昼を召し上がったということでしょう。その後は、名古屋、大阪に向かわれたといいます。
Img_3521c 樹敬寺から300mほど先、右(西)側にある歯医者さん、清水歯科。左のImg_3703c 写真(新町通から撮ったもの)ではわかりにくいのですが、御城のような建物になっています。玄関も、御城みたいなデザインになっています。右は、松阪城跡から見たもの。まるで天守閣と二の丸のようなイメージ。今は、閉院したようです(こちら)。
Img_3528c 松阪新町郵便局を過ぎて、右折を重ね、殿町へ入って行Img_3535c きますと、「松阪撫子発祥の地」という案内板がありました。松坂は、天正16(1588)年、蒲生氏郷が松坂城を築城。慶長5(1600)年、古田重勝が松坂藩を立藩しましたが、元和5(1619)年に古田氏は石見国浜田城に転封となり、紀州藩の藩領(飛び領地)になっています。殿町あたりは、紀州藩士が住んだところ。このあたりは、右の写真のように、今でも武家屋敷の雰囲気がよく残っています。松阪三珍花のうち、松阪撫子と松坂花菖蒲は、紀州藩士が始めたもの。
Img_3537c その中の一軒は、「松坂花菖蒲発祥の地」です。紀州藩士であった吉井Img_3538c 定五郎(1776~1818)がノハナショウブ(花菖蒲の原種)から品種改良したものが、松坂花菖蒲。リンク先の松阪三珍花のサイトには、「江戸・肥後花菖蒲と比較して女性的な優雅さを発現した美しい花であり、多くの人々に愛好されている」とありますが、実物は見ていませんし、小生ではそこまで詳しく区別できません。
Img_3543c その先にあるのが原田二郎旧宅(市指定有形文化財)。原田二郎は、紀Img_3558c 州藩松坂領の町奉行所の同心の家に生まれました。このあたりは、「同心町」と呼ばれ、紀州藩松坂領の町奉行所などにつとめる武士の家が並んでいたところだそうです。原田は、21歳のとき京都に上がり、さらに23歳のとき、東京に出て英語と医術を学んだ後、大蔵省に勤め、31歳で横浜の第74国立銀行(現在の横浜銀行の前身)の頭取となり手腕を発揮。34歳のとき松阪に戻ります。54歳の時、井上肇の依頼で大阪の鴻池銀行の整理、再建にあたりました。71歳で再建に成功した後、退職。
Img_3550c その時得た莫大な退職金、全財産をすべてつぎこみ、社会公益事業に対する助成団体、原田積善会を設立しました(大正9(1920)7月)。原田積善会は、現在も公益財団法人として、社会事業分野と学芸事業分野の2つを柱に継続して幅広く行っています。原田は、「天下の富は一家の私すべきものではない」との信念から社会福祉に貢献すべく、この財団を創設しています。それから98年間、助成事業活動が続いているというのは驚くべきことと思います。
Img_3566c 御城番屋敷へ行く前に、県立松阪工業高校の前を通ります。明治Img_3666c 35(1902)年に創立。その当時から木造校舎の外壁は実験に用いる硫化水素の影響を受けて黒変することがないようにと朱色に塗装されていたそうです。そのため、創立早々から松阪工業は「赤壁(せきへき)」と呼ばれ、親しまれてきたといいます。しかし、この御城番屋敷隣という立地条件は、いいですねぇ。
Img_3569c 松阪工業高校の北西には、松阪神社があります。ここもまた、一の鳥居Img_3572c からかなり奥まで行かねばならない感じで、立ち寄りはパスしてしまいました。創始については明らかではありませんが、社伝によれば延喜年間(901~923年)以前といいます。天正16(1588)年、蒲生氏郷が当地飯高郡矢川庄の宵の森(四五百の森)に松坂城を築城した際、城内南丘の小社を城の鎮守社に定め、新しく壇を設け社殿を造営して正八幡を勧請、奉斎したと伝わっています。主祭神は、誉田別命、宇迦之魂神の2柱。合祀されているのは、天照皇大神など33柱(こちらをご覧ください)。ここもきちんとお参りしてくればよかった(微笑)。と反省しきり。
 というところでキリもよいので、今回はここまで。次は、御城番屋敷から。

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コメント

おユキさん、こんにちは。

私の方は、忘れていたのではないのですが、講義準備などで後回しになっていました。
梅雨に入って、雨で散歩に行けないときに書こうというつもりもありましたが……。

御城番屋敷は次回ですので、乞うご期待。
ただ、余りよい写真は撮れませんでした。

このJRさわやかウォーキングの日は、蒸し暑くて、余り寄り道をする気になれず、今から思うと惜しいことをしたと思っています。
チャンスがあれば、きちんと見なかったところを再度訪れようと思います。

投稿: mamekichi | 2018年6月16日 (土) 18時09分

mamekichi先生、おはようございます。

松坂撫子の回、すっかり忘れていました(笑)。
御城番屋敷のところを、しっかり読もうと思っていたのでした。

ここ数日は、湿気が少なくて肌寒いくらいですが、この日は暑かったのですね。
そういえば、そうだったかも?
「今からこんなに暑くては、真夏に生きている自信がないわ」と、話していたように思います。

投稿: おユキ | 2018年6月16日 (土) 09時34分

こころんさん、おはようございます。

桑名-名古屋間のJRは、「近郊区間」といいましたか、割引料金が適用されていて、¥350。
近鉄は、¥440です。

ちなみに、岐阜へ行くときJRを使いますが、名古屋駅でいったん改札を出ていくと、どちらも近郊区間割引が適用され、通しで払うよりも¥150も安くなります。
ICカードならさほど手間もかかりません(微笑)。

駅弁はちょっと気になって、しばらく眺めていました。
何といっても本場の松阪牛ですからね。

撫子は、石取のおかっつぁんに歌われていますよね。
江戸時代、今でいう園芸はかなり広く行われていたのでしょうね。
それにしても、撫子の変種に気づいたのも立派ですし、それを増やそうというのもたいした試みだと思います。

松阪神社、きちんとお参りしてくればよかったと思っていますが、他にも行ってくればよかったと反省するところがあります。
この日は蒸し暑くて、参ったというのが真相です。

松阪神社、由緒書きを見てビックリしました。
主祭神とあわせると35柱も祀られているのです。
それに天照大神が、合祀神というのも余り見たことがありませんでした。
由緒書きの写真を追加しておきます。

投稿: mamekichi | 2018年6月16日 (土) 08時16分

おはようございます
たしか、名古屋行きはJRの方が安かったのではないですか?
今は違うかもしれませんが^^;

駅弁、スーパーなどで催される駅弁まつりと違い
できたてでおいしそう。

松阪なでしこというのがあるんですね。
石取の歌に町屋川のなでしこと歌われていますが
なでしこは生活の中に溶け込んで咲いていたのでしょうか。
クシャクシャとした花弁で変わった花ですね。

松阪神社、33柱ですか?
すごい数に驚き!
神職の方々、覚えるのたいへんそう^^;

投稿: こころん | 2018年6月16日 (土) 07時37分

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