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2018年5月12日 (土)

近鉄ハイキング“四日市港ポートビルからの眺望と賑わう「四日市萬古まつり」を楽しむ」”へ(懲りずに予告編か?)【一部訂正しました(5/22)】

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 JRさわやかウォーキングの“「朝市、三滝川慈善橋市場」と「四日市萬古まつり」を満喫しよう”と、近鉄ハイキング“四日市港ポートビルからの眺望と賑わう「四日市萬古まつり」を楽しむ”とで若干迷ったものの、結局、近鉄ハイキングに参加してきました。どちらも萬古まつりがコースに含まれていたのですが、近鉄に軍配を揚げたのは、四日市港ポートビルに行けるからでした。冒頭の写真は、本日のスタートである、近鉄名古屋線・富田駅。桑名を9時22分発の松阪行き急行に乗り、9時30分到着。¥260。受付は9時40分開始予定が若干早め。到着時にはすでに100名以上が列をなしていました。
Img_3873c 左の写真は、今日のコースマップ。富田駅から、四日市港ポートビル、霞ヶ浦緑地、霞ヶ浦パークブリッジ、三滝公園を経て、萬古まつり会場へ。近くに20180512 は、ばんこの里会館萬古神社があります。ゴールは、近鉄名古屋線・川原町駅まで。約8㎞。右は、距離測βに描いた、実際に歩いたルート。約8.9㎞ありました。今日は、ほとんど寄り道はしていません。というよりも、ほとんど四日市港や、その周辺の緑地を歩きましたので、立ち寄るところがなかったのです(苦笑)。
Img_3880c 近鉄富田駅を9時40分にスタートし、東南へ。300mほど行ったところで、旧・東海道とクロスしまImg_3881c す。左の写真は、下り方面(南西)。右は、上り方向。旧・東海道のこのあたりは、昨年12月22日にも近鉄ハイキングで歩きました(近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1))。
Img_3895c 800mほど歩くと、今度は国道1号線に出ます。しばし下り方向に歩き、富田浜元Img_3898c 町で脇道に入るのですが、そこに富田一本松がありました。「伊勢軍記」による永禄3(1560)年の茂福合戦で、鈴鹿の神戸勢が海路から上陸する際、目印になったといいます。樹齢700年を数え、高さ12mの立派な松でしたが、昭和34(1959)年の伊勢湾台風などで遂に枯れてしまい、今見られるのは、その後に植えられた二代目の松だそうです。
Img_3905c 一本松の脇には、かつてこの地に居住していた俳人山口誓子の「町なかの 昔の松の 春の暮」の句碑が立っています。病気療養のため富田にしImg_3903c ばらく居を移していた時にこの一本松を詠んだもの。昭和22(1947)年7月に富田保勝会が建てたものです。句碑に並んで、やはり山口誓子による「史跡 一本松の碑」が立っています。こちらは、昭和49(19749年9月、富田文化財保存会が建てたもので、碑陰には「碑の謂われ」が刻まれています。
Img_3917c 冨田一本松の先には、赤煉瓦の塀があります。網勘製網株式会社といImg_3920c う看板が掛かっていますが、現在の社名は、アミカン。寛政6(1794)年に始まる老舗の漁網製造をする会社。現在は製網事業意外にも進出しています。この本社事務所は、昭和初期に完成した木骨タイル張りの2階建て一部3階建て塔屋付きの建物。ここは瓦屋根の木造建築が多い四日市富田地区でモダンな洋風の建物として国道1号線を通行する人々目印となったそうです。本社事務所・正門・煉瓦塀は、国の登録有形文化財(建造物)。
Img_3930c_2  富田浜の町を進み、Img_3938c 富田浜病院のある交差点を左折し、東へ。国道23号線を富田浜交差点で渡って、浜園緑地沿いの国道23号線を南下し、霞大橋に向かいます。このあたりで出発から2km。
Img_3948c 霞大橋を渡ると、霞埠頭に入っていきます。これまでのコースのところどImg_3950c ころからも見えていましたが、いよいよ四日市港ポートビルがよく見えてきます。四日市港ポートビルも、これまでに来たことがないのです。近くにいながら、行ったことのないところというのが、けっこうたくさんあります。そういうところへ行きたいということもあって、JRさわやかウォーキングや、近鉄ハイキングに参加しています。
Img_3963c 四日市港ポートビルには、10時20分到着。出発から2.8㎞ほど。今日のImg_3979c 近鉄ハイキング参加者は、無料入場券がもらえ、ラッキー(微笑)。このビルは、四日市港の開港100周年を記念して、平成11(1999)年8月5日に開館。14階建てですが、13~14階の間は18mの吹き抜け構造になっています。高さは地上100mで三重県内で最も高いビルです。
Img_3983c 14階の展望展示室は、愛称「うみてらす14(フォーティーン)」。地上90mImg_3984c で、昼は鈴鹿山脈からセントレア、名古屋方面まで見渡せます。夜は全国的にも有名になった四日市港の夜景が一望できるスポットです。今日は霞んでいて、遠くの眺望は今ひとつでしたが、それでも眺めは抜群。右は、ここに来るのに渡ってきた霞大橋が見える、西側。写真の左端あたりが、近鉄四日市駅あたり。鈴鹿山脈は、霞んでしまっています。
Img_3986c 左の写真は、南側の眺め。コンビナート地帯です。ここの夜景が素晴らしImg_3999c いのです。右の写真は、東側の眺め。伊勢湾の向こうには、細い筋のように、知多半島が見えています。セントレアも見えるはずなのですが、肉眼ではハッキリしませんでした。
Img_4002c そこでエイヤッとだいたいこの方角と思われる方向を、超望遠コンデジで撮ったのが、左の写真。結果オーライで、セントレアの管制塔と、滑走路、ジェット旅客機らしき姿が映っていました(微笑)。霞んでいなければ、当然もっときれいに見えたと思います。
Img_4028c 北側の眺め。右上に見える高い煙突があるところは、中部電力川越火力発電所。霞埠頭の先(ガントリークレーンの左あたり)に橋が見えます。こImg_4013c の橋は、4月1日に開通したばかりの愛称「四日市・いなばポートライン」です。伊勢湾岸自動車道の「みえ川越IC」から9分で来られるといいます。
Img_4019c わが家から、この四日市港ポートビルのうみてらす14あたりが見えますImg_4290c ので、逆も可能と思って探しました。これまた肉眼ではよく分からなかったものの、写っていました(微笑)。左の写真の通りです。ちなみに、わが家のベランダからは、右の写真のようにポートビルが見えています。ポートビル脇の2本の煙突は、中部電力四日市火力発電所のもの。
Img_4045c 中央は展示室になっており、四日市港のジオラマがあります。また、周囲Img_4057c には、四日市港の歴史などの紹介がされています。右の写真は、稲葉三右衛門の港づくりを紹介したもの。稲葉三右衛門は、四日市で廻船問屋を営んでいました。明治6(1873)年、四日市港の修築に着手し、私財を投じて明治17(1884)年に完成しました(現在、旧港とよばれるエリア;ここも去年11月25日(どういうわけか、JRさわやかウォーキングへ……~四日市市制120周年記念~ 家族みんなで楽しめる四日市旧港街歩き)と、今年3月23日(近鉄ハイキング「港町、四日市を散策 みやまどさんから四日市臨港をたずねて」へ……海山道稲荷を訪ねる)と2回訪れています)。
Img_4082c 無事に四日市港ポートビルを見学し終えましたので、個人的には今日のImg_4092c ハイキングの主要目標は達成してしまいました。このあとは四日市港にある公園沿いを三滝川の手前まで南下します。左の写真は、霞ヶ浦緑地脇にある「ロングビーチ通」。
Img_4097c ここですごいものを発見(微笑)。他の参加者は、どなたも気づいておらImg_4098c れなかったと思います。これは、おそらく「環水平(かんすいへい)アーク」。太陽と同じ方向に現れ、水平の帯の形状をしています。大気光学現象の一種で、太陽の下46度の水平線上の薄雲に虹色の光の帯が見えるもの出そうで、たぶん条件を満たしていると思います。過去に2回、見ています(2013年4月23日:これも虹?……「環水平アーク」という珍しい虹でした、そして、市博物館の”五霊硯と酔李白図”展……テレビロケで写ったかも!?、2017年5月15日:「環水平アーク」再び……ムクドリのバトルと、ツバメの巣の巡回結果も
Img_4119c その後、ずっとひたすら歩きました。霞ヶ浦緑地には、運動施設がたくさImg_4125c ん集まっています。これら2枚の写真は、四日市ドーム。内部は、人工芝のアリーナと観客席。サッカーなどのスポーツの他、各種展示会、フリーマーケット、コンサートなどが行われます。家内はここで行われた小田和正のコンサートに行ったことがあります。
Img_4128c 野球場も2つあります。夏の甲子園の予選の一部もここで行われます。Img_4131c 今日も、アナウンスなどが聞こえていましたので、第一球場をちょっと覗いたら、少年野球の試合が行われていましたが、暑かったので、先を急ぎました。
Img_4134c 霞ヶ浦緑地公園の先には、海蔵川。ここにかかる橋が、霞ヶ浦パークブImg_4138c リッジ。ブロ友のひらいさんが冬にバードウォッチングに来られるところ。来シーズンからは、小生もと思います。今日は、コサギ1羽と、カルガモ2羽の姿がありました。
Img_4157c このあとしばらく、国道23号線の一本東の道を歩きます。中部電力四日Img_4161c 市火力発電所の脇に、こんな空き地が。マサカ、ケリや、コチドリはいないよなと思ったのですが、あるものですねぇ、そのマサカが(微笑)。コチドリの親子を発見。何やら動くものが見えたので、超望遠コンデジで撮影したら、写っていました。このあたりで出発から6.2㎞。時刻は、11時50分頃。
Img_4187c 暑い中を歩いてきましたので、汗も掻き、いささかお疲れ。国道23号線をImg_4193c 渡り、三滝公園へ。正面入口に噴水があるそうです。テニスコートがたくさんあって、スポーツも楽しめるようですが、そのまま前を通過し、北西へ。8㎞地点で、国道1号線・川原町交差点を渡ると、いよいよ萬古まつりの会場に到着します。
Img_4196c 今日、明日と萬古まつりが開催中。好天とあって、人出もかなりありまImg_4199c す。萬古焼は、今では、四日市の代表的な地場産業になっています。耐熱性の特長を活かした紫泥の急須や土鍋が有名で、とくに土鍋の国内シェアは、7~8割を占めるといわれます。また、豚の形の蚊遣器「蚊遣豚」も有名です。ただ、小生は買い物の予定は、残念ながらありません。
Img_4200c 露店などを見ながら、ばんこの里会館へ。萬古焼は、もともと桑名の豪Img_4263c沼波弄山(ぬなみろうざん)が、元文年間(1736~1740年)に朝明郡小向(あさけぐん おぶけ、現在の三重郡朝日町小向;当時は桑名藩領)で創始したものです。弄山が、自身の作品に「萬古」または「萬古不易」の印を押したのが、名前の由来です(弄山の時代の作品は、現代では古萬古と呼ばれます)。弄山の没後、一時途絶えたものの、天保年間(1830~1843年)に森有節(本名は与五左衛門)らによって再興されました(桑名萬古焼)。四日市萬古焼は、山中忠左衛門の尽力によって興り、阿倉川や末広に最初の窯が建ったといいます。ちなみに、今年は沼波弄山生誕300年です。
Img_4268c ばんこの里会館の正面には、萬古神社があります。昭和10(1935)年にImg_4213c 創設されています。主祭神は、埴安彦神(はにやすひこのかみ;土を司る神)、埴安姫神(はにやすひめのかみ;土器・陶器の女神)、罔象女神(みずはのめのかみ;水の神)、火産霊神(ほむすびのかみ;火の神)。沼波寿山も合祀されています(沼波弄山命(ぬなみろうざんのみこと))。焼き物に関する御神徳があるとされます。
Img_4249c 境内にはいろいろな石碑などもあったのですが、まず目を引いたのは、Img_4261c こちらの灯籠。茶色をしています。陶器製に間違いありません。さすがというしかありません。また、右の写真にありますように、四日市萬古焼の礎となった山中忠左衛門(やまなかちゅうざえもん)を顕彰する碑もありました。山中忠左衛門は、幕末から明治の陶工。伊勢末永村(現在の四日市市)の人で、嘉永(1848~54年)の頃、森有節の万古製法をまねて急須などを製作し、その製品は新万古焼とよばれたといいます。碑は、昭和40(1965)年6月に建てられています。
Img_4212c さほど広くない境内は、イベントも行われていて大賑わい。いささか高齢Img_4247c のフラガールのダンスや、歌なども行われていて、なぜか小生もしばし見てしまいました(苦笑)。他にも句碑、石碑などがありましたが、今日のところは割愛。萬古神社についたのは、12時20分頃。露店では何も買いませんでしたが、ここで持参のコンビニおにぎりを1つ食べて、腹を満たしました。
Img_4272c ゴールの近鉄名古屋線・川原町駅。近鉄四日市駅から1駅名古屋方向。Img_4280c 12時40分到着。約8.9㎞。ホームの駅名表示板には、「萬古焼の郷」とあります。ウ~ム、もともと桑名発祥の萬古焼なのに、すっかりお株を奪われています。12時54分発の名古屋行き準急に乗車。桑名着は、13時11分。¥300。
Img_3875c あみま倶楽部のスタンプは、今日で11個目をゲット。今日は、お土産も、食レポもありません。それにしてもしかし、4月28日のの“20180428近鉄ハイキング「多度観音堂から美濃街道を歩き雨尾山飛鳥寺へ」”どころか、4月23日の“勝手に近鉄ハイキング「名古屋線・津新町駅から松菱、お城公園など」”も記事を書き終えていません。我ながら困ったもの(苦笑)。まぁ、慌てない慌てない(微笑)。
Dscn6951c それから、こちらも。うみてらす14のスタンプ。リーフレットの裏が台紙になっています。うみてらす14内の、各説明コーナーにありましたので、押してきました。あちこちの観光地や、お寺などにこういうスタンプがありますから、けっこうよく押してきます。ちなみにいつも行く九華公園にはこれがないですね。作ってもらいたいと思います。

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コメント

くろしばくろまるさん、おはようございます。

一昨年の母の日だったと思います。
家内が、友人2人と出かけていきました。
http://live-events.a-jp.org/soko/evg/2439.html

確か女性ファンがほとんどだったといっていたと思います。
ただし、家内がご想像通りの人物かどうかは……(苦笑)。

小田和正、私も以前はよく聞いていました(この頃は、音楽をあまり聴かなくなってしまっています)。

投稿: mamekichi | 2018年5月13日 (日) 08時21分

コメントのポイントがズレてしまいますが、四日市ド-ムに小田和正のコンサ-トがあったとは知りませんでした。毎年12月テレビ放送のクリスマスの約束を録画して観ています。そこに映る女性ファンは、綺麗な方ばかりなので、小田和正ファンは、心優しい人と、自分勝手に思いこんでいます。僕もファンですが♪

投稿: くろしばくろまる | 2018年5月12日 (土) 21時56分

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