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2018年5月 2日 (水)

20180423勝手に近鉄ハイキング「名古屋線・津新町駅から松菱、お城公園など」(その3)……津観音から、蜂蜜まん本舗、千寿で天むすをゲットし、お城公園へ

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 勝手に近鉄ハイキング「名古屋線・津新町駅から松菱、お城公園など」のそ20180423tsuwalk の3です。津観音の途中です。右のマップでは、中央やや右上、スタートの津新町駅からは5㎞ほどのところ。時刻は、ちょうどお昼を過ぎた頃。
Img_2352c こちらは、境内の西にある護摩堂。Weblioの説明では、元は寛永18(1641年)年に創建されました。津観音は、昭和20(1945)年7月28日の夜、アメリカ軍による空襲によって、市街建造物の大半と共に一夜にして灰になっています。観音堂は、昭和43(1968)年に再建。この護摩堂は、平成6(1994)に再建されています。
Img_2362c 護摩堂の北隣には、地蔵堂と、お地蔵様が数体いらっしゃいます。さらにImg_2363c その北には、三十三ヵ所の観音さん巡りと思いますが、設けられていました。北端には、「弘法大師降誕千二百年 昭和48年6月15日」と台座に刻まれた弘法大師像があります。ただ、よく確かめて来ませんでした。
Img_2328c 境内には、「東町 三社宮」も祀られています。東側にあります。御堂の傍らImg_2330c には、「火守神 猿田彦神社 秋葉神社 阿多古神社」という立て札があります。秋葉さんは火除けの神様ですが、猿田彦神は、道案内の神様。阿多古神社は、愛宕神社(あたごじんじゃ)と思われます。愛宕神社は火伏せ・防火に霊験のある神社。3社のうち2社が火除けの神様ですから、「火守社」でまぁ、いいか。「東町」というのは、町名変更(昭和45(1972)年5月))までは、「津市大字大門字東町」というのがあったようですから、それと関係があるかも知れません(こちら)。
Img_2336c 三社宮のすぐ北には、「小津安二郎記念碑」があります。小津安二郎(1903Img_2334c ~63)については説明の要はないと思いますが、映画監督で、旧制・宇治山田中学の卒業。なぜ小津の碑がここにあるかというと、母方は代々旧一志郡竹原村の名家で、祖母・津志が、この津観音の近くに嫁いでいます。小津は、若い日の10年間三重県で育ったのですが、津観音境内の映画館にもなじんだからという縁があったためです。碑は、平成27(2015)年3月に建てられています。裏には協賛者名が示されていました。
Img_2342c こちらは、「清雲院於奈津の方顕彰碑」です。於奈津の方は、徳川家康の側室。伊勢北畠家の旧臣であった長谷川藤直の娘。慶長2(1597)年に17歳で二条城の奥勤めとなり、当時56歳であった家康の側室となりました。家康没後は、落飾し清雲院と号します。晩年は、唯一生存している家康の側室として大事にされたそうです。伊勢国山田(現在の三重県伊勢市山田)に清雲院を創建しています。万治3(1660)年、死去。享年80。この碑は、於奈津の方の母方の子孫の方が昭和56(1981)年3月に建てたとありました。
Img_2367c 境内の北西隅には、津八幡宮御旅所がありました。御旅所(おたびしょ)は、神霊の渡御 (神幸) のとき、神霊を仮に安置するところ。津八幡宮は、津市藤方にあります。応神天皇を祭神とし、藤堂藩歴代の崇敬が厚かった神社です。津観音も、明治維新までは、藩主や将軍家から保護されていました。津まつりのとき、八幡宮のご神体がこられます。
Img_2384c こちらは、本坊ともいうべき蓬莱山大宝院。以前は六大院と称し、後花園天皇以来、歴代天皇の勅願寺。また、その第9世長尭上人は、尾張出身で豊臣秀吉の手習学問の師をつとめた人です。現在は、観音寺の寺務所として境内西側に位置し、芭蕉の句碑や什物を収めた収蔵庫などがあるのですが、ここは前を通過したのみでした。
Img_2382c 大門商店街そのものが、昭和の雰囲気たっぷりのところなのですが、津Img_2389c 観音の境内西側には、その典型といえるところがあります。一つは、大門駐車場。家内曰く、「昔のまんま」であります。もう一つは、大門シネマ。ただし、2009年7月20日に閉館。前身は東宝系の封切館だったようです。閉館していたのをある方が借り受けて営業していらしたようです。大門シネマと同じビルに入っている喫茶サンモリッツ(ここも歴史があるようです)は、営業していました。
Img_2396c ここから平治煎餅の本店前を通って、国道23号線へ。出たところのややImg_2401c 南には岡三証券津支店。津は岡三証券発祥の地で、大正12(1923)年の創業以来の歴史があるそうです。1階には三重テレビのスタジオもありますし、4階には神楽洞夢というプラネタリウムまであるのです。
Img_2404c 23号線を少しだけ南に行くと、蜂蜜まん本舗があります。蜂蜜まんじゅうで有名。津のソウルフードの一つといってもよいでしょう。水谷養蜂場ゆかりの初代が「蜂蜜をもっと身近に」との想いから生み出した名物饅頭。焼き立てをほおばると皮はパリッ、中のこしあんはアツアツ、そしてほんのり蜂蜜の風味が広がる。1個60円。10個入りをゲット。
Img_2407c 蜂蜜まんを勝手から、お昼御飯にしようと思った千寿の天むすを探してImg_2410c ウロウロ。記憶では、蜂蜜まん本舗のすぐ東にあったと思ったのですが、通りの筋が違っていました。千寿にたどり着く前に、稲荷社を発見。大門西の交差点から東に入ったところ。お参りする人はあるようですが、何やら異界に入っていくような、ちょっと怖い雰囲気。
Img_2413c 勇気を出して入っていくと、このようなお社がありました。灯りもともっていImg_2408c ますし、お参りする人もあって、それなりに世話がされているようでした。一の鳥居をくぐったところには、日露戦争(明治37(1904)年、二○三高地で残り少なくなったという砲弾があります。「二八榴砲弾」とあります(リンク先のWikipediaでは、二十八糎榴弾砲(にじゅうはちせんちりゅうだんほう)となっています。朱く塗られ、無造作に置いてある感じで、ちょっと驚きます。
Img_2417c 稲荷社を出て、少し、無事に千寿を見つけ、天むす5個セImg_2419c ットをテイクアウト。お店でも食べられますが、お城公園でお昼にするつもりでした。右の写真は、千寿の手前で電柱にあったもの。「千寿 めいふつ 天むす」とある脇に「5m先」とあって、笑いました。確かにそうでした。
Img_2427c 国道23号線にもどって、津センターパレスビル のところで、国道を横断。センターImg_2432c パレスには、市民活動センターや、公民館、ホールなど公共施設が入っていますし、隣には都ホテルがあります。センターパレスビルから、23号線を隔てたところにあるのは、三重会館。みずほ銀行、三重交通などが入る合同ビル。以前は、津中央郵便局も入っていたのですが、今は、隣に独立したビルになっています。昔、ここには「三重会館のメリーさん」と呼ばれる女性が、1階にバス待合所のベンチに、毎日、赤い服を着て一日中座っていたという伝説があります。三重会館が改修(平成12(2000)年)される前の話です。
Img_2426c ここ三重会館前の交差点の南西角には百五銀行の本部もあります。明治11(1878)年11月に第百五国立銀行として創業。明治30(1897)年、普通銀行に改組、百五銀行として発足しています。
Img_2435c 百五銀行本部の前には、谷川士清の像が立っています。丸の内商店街が歴史モニュメントとして設置したもの(こちら)。松菱百貨店前の松尾芭蕉像もその一つ。谷川士清は、本居宣長と並び称される、伊勢の生んだ二大国学者の一人。宝永6(1709)年、八町で町医を営む谷川義章の長男として生まれました。享保15(1730)年頃から約5年間京都に遊学し、医の宗家福井丹波守に学び医師免許を受け、享保20(1735)年8月、津に帰郷。
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 父の跡を継いで医者となり、医業のかたわら学問にもうちこみ、宝暦元(1751)年には日本書紀の注釈書「日本書紀通証」(全35巻)を完成させています。また、わが国最初の五十音順にならべられた国語辞典、「和訓栞」(全93巻)もまとめました。
Img_2451c またこの百五銀行本部のすぐ北には、旧・津城の石垣が保存されていまImg_2444c す。津城は天正8(1580)年頃、織田信長の弟・信包が築城。この場所は、津城内堀の北東隅にあたります。発掘調査でみつかったもののうち、もっとも状態のよい約5m分を解体し、移築、復元整備したものだそうです。
Img_2463c ここまで来ると、津城跡のお城公園までは、ほぼ100m。このお城公園もImg_2527c 一度は訪れてみたかったところ。地元の桑名城跡・九華公園は、櫓も石垣もほとんど何も残っていませんので、こういう石垣や、再建されたとはいえ、櫓があるところにはあこがれます。
 というところで、切りがよいので、本日はここまで。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

ご丁寧に恐縮です。

走井山のお菊稲荷神社の話は、共通点があると思えます。
ありがとうございました。
この方も、交友範囲が広く、たくさんの知り合いがいらっしゃり、いろいろなことをご存じです。
こころんさんから伺った会社が、もともと西より、走井山近くにあったとなると、かなり確率が高いお話だと思います。

神社で何が祀られているかや、由緒がどうなのかは、なかなか難しいものがありますね。
言い伝えはあるものの、はっきりしないとか、昔の戦で文書が焼けてしまって不明とか、色々あります。
由緒書きに書かれていることが必ず正しいともいえないでしょうから、素人には手に負えないところもあります。
しかし、そのためかえって、あれこれ考えられて面白いのかも知れません。

投稿: mamekichi | 2018年5月 6日 (日) 18時05分

こんにちは
走井山の稲荷さんの話、共通する部分ありそうなんですね。
不確かな話で書いてよかったのか心配してましたが^^;
その方も昔の話をお詳しそうですね。
その会社、昔は別の場所にあったそうで
今より西の方だったとか。
今より走井山寄りだったようです。

神社でも何が祀られてるかわからない所もありますもんね。
お寺なら仏像の顔でわかるかも知れませんが
神様は見えませんからね^^;

投稿: こころん | 2018年5月 6日 (日) 17時09分

こころんさん、おはようございます。
家内の実家へ一泊で出かけていましたので、返事が遅れました。

スイレンは、この勝手にハイキングのとき、津松菱百貨店で買ってきました。
赤塚植物園が売っているセットです。
説明書に、「植え込む前に球根の『芽出し』をするとその後の生育がスムーズに行く」とありましたので、まず、ペットボトルを切った容器でこのようにしています。
葉が3枚ほど出て来ましたので、そろそろ植え付ける時期かと思っています。
多だ、6月に入ってからの方がよさそうなことも書いてあり、ちょっと焦ったかという気もしています(^^ゞ

大門商店街、私が行った日は定休日でしたが、閉店したと思われる店も多く、ちょっと残念でした。
ハイキングやウォーキングでもあちこちの商店街を通りますが、昔ながらの商店街はどこも苦戦していますね。
寺町商店街は頑張っていますが、三八市がないと、土日でも空いています。

お稲荷さんは、入るのにちょっと迷いました(苦笑)。
商店街の方がお世話なさっているようです。

メリーさんの話は、最初の職場で働いているとき、よく聞きましたし、先輩の車で三重会館の前を通るときに、「あれがそうだ」と教えてもらいました。
確かに全身真っ赤の衣装に身を包んだ女性がいましたよ。
今の時代なら、ネットを介してあっという間に広まるでしょうね。

ところで、走井山のお菊稲荷神社について、先日、九華公園の前管理人Oさんに伺ったら、走井山の下にある会社の人が祀ったという話を聞いたことがあるとおっしゃっていました。
こころんさんからのお話と一致するようですが、その方も詳しいことはご存じないそうでした。

投稿: mamekichi | 2018年5月 6日 (日) 07時40分

こんにちは
スイレンを育て始められたのですね(^^)
スイレンは土じゃなく水だけで育つのですか?
うちの蓮、種から育てて何年目かブログを遡らないとわかりませんが
今年は今の時点で浮き葉が5枚出て水面で開いてます。
今年こそ咲くといいなあと思ってます(笑)
メダカは暖かくなって30匹ぐらい元気に泳ぎ回ってます。

大門の商店街だったと思いますが、先日テレビで
古くなったアーケードを撤去するとかやってました。
桑名の一番街も昔に比べたら寂しいものですね。
寺町商店街は頑張ってますね。

お稲荷さん、よく入られましたね
自分にはちょっと雰囲気が無理でパスです^^;

メリーさんは初めて聞きました。
あるんですね。
今ならすぐツイッターやラインでシェアされてしまいそう^^;


投稿: こころん | 2018年5月 4日 (金) 17時10分

おユキさん、おはようございます。

津観音の観音堂、護摩堂などはもともと朱塗りであったと思います。
日に焼けて色あせたような感じです。
資料館は割愛しましたが、こちらはオレンジ色ですね。

お稲荷さんは、何ともいえない雰囲気を漂わせた空間でした。
「異界」に入り込むような感じですね。

それから、確かにこれからの季節、食中毒に気をつけなくてはなりませんね。
ありがとうございます。

投稿: mamekichi | 2018年5月 4日 (金) 05時57分

mamekichi先生、こんばんは。

予告編の時から気になっていたのですが、津観音の護摩堂、柱などの塗装が、ピンク色ですよね。
それで、津観音のHPを見てみたら、資料館はオレンジ色なのです。
光の加減か、朱色が変色してのことかとも思ったのですが、他の建物はそうでもなく。
これはどういうことでしょう?気になります。

天むす屋さんの近くの稲荷社、確かに、怖い感じがしますね。
天気の良い昼間から、このような雰囲気を醸し出すとは、スゴイです。
ここから、無事お帰りになったのですね、と、言いたくなります(笑)。

それと、老婆心なのですが、今ぐらいから食中毒の警報が出始めますので、お買い物の際は保冷バックなどをお持ちいただくのが良いかと思います。

投稿: おユキ | 2018年5月 3日 (木) 20時51分

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