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2018年3月17日 (土)

近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ(予告編)

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 風はややあったものの、よく晴れて、絶好の行楽日和(微笑)。「この写真、どこだ?」と思われるでしょう。鈴鹿市の鼓ヶ浦海岸です。海水浴場になっています。とはいえ、海水浴ではないのはもちろん。今日は、近鉄ハイキングで「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ。残念ながら、今回は、酒蔵みてある記ではありません。
Img_4172c 近鉄名古屋線・鼓ヶ浦駅から、子安観音寺、鈴鹿市伝統産業会館、大徳屋2018317kintetsuhiking 長久(和菓子屋さん)、語らい館よこた、油屋忠兵衛、芙蓉館(以上3ヶ所は、まちかど博物館)、江島若宮八幡神社、伊勢型紙資料館を回って近鉄名古屋線・白子駅がゴールというコース。最初の就職先が鈴鹿にあり、白子駅は出張でよく利用しましたが、このあたりは行ったことがありませんでした。コースマップでは、約6kmとなっていましたが、例によって寄り道、道草のお陰で、実際に歩いたのは約8.9kmでした(苦笑)。右は、距離測βで描いた、実際に歩いたルート。一部は、旧・伊勢街道で、昔の雰囲気や情緒も味わってきました(伊勢街道のウォーキングマップはここにあります)。今日は、いつも通り、予告編ということで、全体について。
Img_4175c スタートは、こちら鼓ヶ浦駅。桑名駅を9時2分の五十鈴川行き急行に乗り、白子駅で普通電車に乗り換えて、9時38分に到着。¥560。受付は9時半から始まっており、この時間さほど並んではいませんでした。マップをもらって、9時42分スタート。
Img_4187c 最初の立ち寄りスポットは、白子山観音寺。地元では、「白子の子安観音」で親しまれています。その名の通り、安産祈願で有名。高野山真言宗。聖武天皇の命令で藤原不比等が建立したと伝えられ、1250年以上の歴史があります。本尊は、「白衣観世音菩薩」。その昔、鼓ヶ浦の海の中から赤ん坊に背負われて現れたといい(鼓に乗って現れたという記述もあります)、安産にご利益があるとされています。
Img_4233c 境内には、不断桜があり、天然記念物に指定されています(大正Img_4235c 12(1923)年3月指定)。樹齢については諸説あるようですが、江戸時代にはすでに「一年中葉や花が途絶えない不思議な桜」として著名な木だったといいます。すずかし観光ガイドによれば、真夏以外は梢のあちらこちらにちらほらと花をつけ、四季を通じて桜の花が咲くことから不断桜と名付けられたそうです。3月~4月には薄桃色の花が一面満開となります。
Img_4256c 早くも道草を食うのですが、子安観音寺の南に比佐豆知神社(ひさずちじんじゃ)があります。主祭神は、五十猛命(イタケルノミコト)。素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子。木種(こだね)をもって天降り、大八洲国(おおやしまぐに)をことごとく青山にしたといいます。神社検索(三重)の説明では、「社伝によると、聖武天皇天平勝宝年間旧刹たる白子山子安観音寺と神域を共にし観音寺南側に位し」たそうで、「子安観音寺の地主神として 崇敬されてきたのではなかろうか」とあります。津市鳥居町にも同名の神社がありますが、そちらの御祭神は、火之迦具土神 (カグツチノカミ)ですから、関連性はないかと思います。
Img_4283c さらに道草を重ねます。ここは、西方寺。真宗高田派。境内に山口誓子Img_4290c の代表作「海に出て 木枯かえる ところなし」の句碑があります(昭和53(1988)年建立)。この句にちなんで誓子が命名した書院「木枯亭」が本堂に隣接してあります。
Img_4297c 西方寺から突き当たったところを右折(南へ)。ここは、伊勢街道。堀切川Img_4353c 排水機場のところまで伊勢街道を進みます。次の目的地は、鈴鹿市伝統産業会館なのですが、そこに行くまでに大回り。冒頭の写真に載せたように、鼓ヶ浦の海岸沿いの堤防道路を進みます。鼓ヶ浦は、大正9(1920)年に開設された海水浴場で、白砂の浜に美しい松、遠浅の海。海水浴シーズンにはたくさんの人でにぎわいます。昭和62(1987)年には、「日本松の緑を守る会」により、「白砂青松100選」に選定されるほどの絶景の地です(こちらを参照)。津市街や、知多半島、セントレアもよく見えます。
Img_4383c 鈴鹿市伝統産業会館です。ここまでで約1時間、2.7kmほど。鈴鹿市の伝統工芸は、鈴鹿墨と伊勢型紙がその代表。鈴鹿墨の発祥は、延暦年間ともいわれ、江戸時代には墨染め用、紋書き用としてより精度の高い高級な墨が開発され、その後文房(ぶんぼう)としての用途も多くなったといいます。現在も墨を作り続けているのは、進誠堂のみ。一方、伊勢型紙は本来、友禅、ゆかた、小紋など着物の柄や文様を染めるために用いる型紙で、1000年余りの歴史があります。和紙を柿渋で加工した型地紙に彫刻刀で着物の文様や図柄を丹念に彫り抜いていきます。
Img_4399c 鈴鹿市伝統産業会館から少し歩いて、また伊勢街道に戻ります。今度Img_4421c は、北に向かって行きます。このあたり、昔ながらの連子格子の家がまだけっこうたくさん残っています。唯信寺や、久留真神社近くの曲がり角に道標が残っています。このあたりは曲がり角が多いため、参宮客などが迷わないようにということで、道標を和田さんという方が建てたのだそうです。何度も倒され、立て直しを繰り返した結果、現在は(昭和30年代以降)、高さ2mあまりとなったそうです(説明板による)。
Img_4430c 道標のところを右折(東へ)すると、山中山唯信寺があります。真宗高田Img_4429c 派のお寺。ネットで検索する限り、特にこれという情報は出て来ませんでした。一応中に入って、本堂を拝見してきました。鉄筋コンクリート造りの立派な本堂です。
Img_4432c 唯信寺のすぐ近くにあるのは、久留真神社(くるまじんじゃ)。主祭神は、大己貴尊(オオアナムチノカミ)、大国主命(オオクニヌシノミコト)の別称だそうです。往昔は大已貴尊と須世理姫尊(スセリビメノミコト、大国主命の妻)の2柱の神さまを通称伊勢の森(現在の白子・御殿町一帯)という神奈備(神域)にお祀りして福徳さんと称え奉ったそうです。
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 元は福徳天王社と称し、白子小学校の東付近にあったのですが、寛永Img_4440c 11(1634)年、その地が白子代官所となったため現在地に移転しています。江戸期に和田の勝手明神との間に式内の本社を争う訴訟があり、文政4(1821)年に「福徳の宮久留真神社」と改称しました。淡路島に別宮(伊勢久留麻神社)がありますし、境内社が多数あり、なかなか興味深い神社でした。
Img_4481c 久留真神社の先に「大徳屋長久」さんがあります。今回、Img_4852c ここは是非立ち寄って、あるものを買おうと決意してきたのです(微笑)。それは、右の写真にある「小原木(おはらぎ)」というお菓子。最初に就職したのが鈴鹿と書きましたが、懐かしいお菓子なのです。休憩時間にいただいたことたびたび。1個¥100。
Dscn6388c 大納言小豆が使われています。甘さは控えめ。何と、300年変わらないImg_4847c 味だそうです。早速今日のおやつに家族揃っていただきました。娘にも大好評。ちなみに、娘が好きなのは、かりんとう饅頭。これも、大徳屋長久さんの名物。今日は、本来1個¥120のところ、¥100でしたので、ちょっとだけ奮発してこちらもゲット。「娘孝行」であります(爆)。
Img_4487c ここからは、3軒連続して、まちかど博物館ツアー。まず左の写真は、「語らい館よこた」。明治18(1885)年に造られた町屋づくりの家を、間取りを変えずにリフォームし、天井が低い、レトロなミニギャラリーになっています。「横田材木店」という看板が出ています。
Img_4507c 続いては、「油屋忠兵衛」。長らく無住であった古民家「伊達家 油屋忠兵衛家」を地元の有志が清掃し、2013年秋から地域のイベントなどに活用しています。油屋忠兵衛家は、仙台の伊達一族を先祖に持ち、油屋を営んでいた歴史ある町屋です。築100年以上。廻船問屋も営んでいたといいます。
Img_4532c 最後は、こちら「芙蓉館・勢松丸資料館(ふようかん・せいしょうまるしりょImg_4534c うかん)」。旧松野家の土蔵を改装したミニ美術館で、江戸から明治・大正時代の陶磁器、ガラス器、浮世絵、漆器、雛飾りのほか、「勢松丸」船額、おしろい製造販売の看板「芙蓉館」などを展示していました。右の写真にある雛人形、文化10(1813)年と書かれていました。ここ、87歳のおばあちゃんが、やっておられ、その元気に煽られ、建物の写真を撮り忘れ(苦笑)。
Img_4645c 続いて、江島若宮八幡神社へ。ここは、鈴鹿市内で2番目に広い境内を持つ神社(最も広いのは、椿大神社です)。主祭神は、大鷦鷯命(オオササキノミコト、仁徳天皇)、品陀和気命(ホンダワケノミコト、応神天皇)、息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト、神功皇后)となっています。
Img_4609c 平安時代初期、禁中(内裏)に奉祀されていた若宮八幡宮(京都石清水八幡宮の御分霊)を醍醐天皇が、神意に問いて伊勢宗廟(皇大神宮)の戌亥の方なる当地に奉遷なさり、息長帯比売命、品陀和気命、大鶴鷯命を主祭神に、17柱の神々を祀っているといいます。
Img_4587c 明治42(1909)年5月に大宝天社・湊守社・稲荷社・風の宮・愛宕社が合祀されています。上述のように境内は広く、多数の松の木があります。多数の絵馬が奉納されており、そのうち、江戸時代の71面は三重県指定有形民俗文化財です。弁財天、武者絵、町絵図、帆前船などの図柄のものに、廻船業で賑わった白子湊の繁栄と信仰が繁栄されているといわれます。まちかど博物館を兼ねていますが、絵馬がある宝物殿の拝観は予約制でした。
Img_4616c 境内には、稲荷社がありましたが、お社が石造りという珍しいものでしImg_4617c た。また改めて載せますが、稲荷社といえば、朱塗りの鳥居となりますが、それも石造のものがあったのです。お社の前に控えていた、眷属の狐さん、右の写真のように、これまたあまりお目にかかれないタイプでした(微笑)。
Img_4723c 江島若宮八幡神社からは、海沿い、白子漁港沿いの道を歩き、白子小学校の方へ戻ります。途中いくつか興味深いもの、ところはあったのですが、今日のところは割愛。次の目的地は、こちら、伊勢型紙資料館。江戸時代末期の建物で白子屈指の型紙問屋であった寺尾斎兵衛家の住宅を修復して、平成9(1997)年に開館したものです。寺尾家は江戸時代から伊勢型紙の生産から販売までを行ったそうです。寺尾家住宅は、型紙関係の商家としてまた町家建築の代表例として、市史跡に指定されています。
Img_4735c 伊勢型紙資料館の先を右折して、また寄り道(東へ)。瑞雲山龍源寺Img_4744c す。ここは、臨済宗妙心寺派の禅寺です。ご本尊は、拈華釈迦如来像(ねんげしゃかにょらいぞう)。開創は平安時代と伝わっています。ここは、平家ゆかりの「青葉の笛」に関わる旧跡[青葉の竹林]が伝承されていたり、臨済宗中興の祖・白隠禅師(はくいんぜんじ)が訪れたといわれたりで、訪ねてみたかったのです。枯山水のお庭もありました。
Img_4780c 最後の道草スポットは、ゴールの近鉄名古屋線・白子(しろこ)駅のすぐ近く、勝速日神社(かつはやひじんじゃ)です。通称、勝手さん(かってさん)。すぐ裏を近鉄名古屋線が通っていて、前からずっと気になっていた神社なのです。主祭神は、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命 (マサカアカツカチハヤヒアマノオシホミミノミコト)。なんだかややこしいお名前ですが、日本神話で、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の父で、「天忍穂耳尊」でも良さそうです。
Img_4798c 社伝によれば文明年間(1469~1486)の創建といわれ、「勝手大明神」と「牛頭天王」の2神を2社に祀っていたのを、元禄の頃(1688~1703)、勝手明神を主神とし他を椙殿の神とし、勝手大明神と称したと伝わっています。寛永11(1634)年、紀州藩の指示によって社地を移転以降、現在地に奉祀したといいます(当時、白子は、紀州藩領でした)。勝手神社と称したのは、寛文11(1671)年と伝えられている。参道が大変長い神社でした。
Img_4815c ようやくゴールイン(苦笑)。近鉄名古屋線・白子駅です。特急も停車し、鈴鹿サーキットなどの玄関口。到着は、13時13分。3時間半もかかりました(爆)。約6kmとありましたので、2時間もあれば余裕でゴールと思っていましたが、何事も思った通りには行かないものです(自分のせいですが)。13時29分発の名古屋行き急行に乗車。桑名には、14時3分着。¥490。
Img_4349c ハイキングで歩いたのは、約8.9km。自宅から桑名駅までの往復が2.2kmですから、合計11.1km。道草、寄り道のせいもあるのですが、よく歩きました。予告編がこんなに長くなると、先が思いやられますが、また色々と調べながら、少しずつ本編を書く予定です。写真は、鼓ヶ浦にたくさんいたカモメ。

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コメント

ひらいさん、おはようございます。

長い記事をご覧くださり、恐縮です。
昨日は、天気もよく、暖かく楽に歩けました。
が、途中、けっこう歩いているなとは思ったものの、9㎞近くも歩いたとは、我ながら驚きました(微笑)。

見所も、寄り道スポットも多数で楽しめました。

鈴鹿市伝統産業会館の東の堀切川にはアオサギ、マガモ、ヒドリガモなどがまだけっこういました。
真冬などもっと多いのではないかと思います。
鼓ヶ浦海岸ではカモメが多数。
超望遠コンデジをもっていくべきだったと反省しています。

ブログ、拝見しました。
三滝川、すごい数のカモメですね。
そして、ツバメも飛来。
私も、先日、1羽が飛んでいるのを見ました(写真は撮れませんでした)。

投稿: mamekichi | 2018年3月18日 (日) 08時01分

mamekichiさん、おはようございます!

近鉄ハイキング、お疲れ様でした、歩く距離が長いので大変だと思いますが、見所も多く楽しめそうですね。また昨日は天気も良く、最高のお散歩日和で良かったのではないかと。
子安観音の不断桜、自分も見に行った事が有ります、あの頃は撮り鉄だったので、近くの線路で車両撮影ばかりしておりました。(笑)
海岸コースも有り、カモメの仲間も大勢居たのではないかと思っています、自分も昨日、久しぶりに三滝川に行っておりましたが、大げさではなく1000羽くらいカモメの仲間が居たような気がします、凄い所でした。

投稿: ひらい | 2018年3月18日 (日) 07時40分

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