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2018年3月 7日 (水)

JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(その2)……正一位秋葉神社と、銭洗尾張弁財天富吉神社

20180304jrwalkkaniec

 3月4日の“JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ”の2回目です。1回目では、蟹江町歴史資料館、蟹江城址などを見て南下し、地図上、2kmとあるあたりまで来ています。交差点を右折(西へ)したところで、2つめの秋葉神社があります。
Img_2422c その1の最後にも載せた、2つめの秋葉神社です。社名の標柱に「正一位Img_2423c とあるのを疑問に思ったところまで、その1で書きました。「正一位」は、「律令制における位階及び神階のひとつ。諸王及び人臣における位階・神社における神階の最高位」です。秋葉山本宮秋葉神社(浜松市)のサイトを見ると、「中世には「秋葉大権現」と称して、その御神徳は国中に知れわたり、朝廷からは正一位の神階を賜り」とありました。それ故、この秋葉神社にも「正一位」とあるワケです。
 ちなみに、お稲荷さんはどこも「正一位」となっています。伏見稲荷大社のホームページ(よくある質問)を見ると、「もともと天長4年(827)に淳和天皇より「従五位下」を授かってからだんだん上進し、天慶5年(942)に「正一位」になりました。因みに正一位の神階を授かっている神様は稲荷大神様だけではなく日本全国に多くおられます」とありました。伏見稲荷から勧請したお稲荷さんは、皆この「正一位」を名乗るようになった結果、現在では「正一位」がお稲荷さんの別称となっているようです。お稲荷さんはもっとも多い神社です。
Img_2426c 境内には取り立てて変わったものはありません。この改築記念碑が、鳥居脇に建っていただけ。「改築記念碑」と刻まれた脇には、「楽只○ ……」とあるのですが、小生には読めません。裏には芳名録が刻まれていますが、かなり風化してきています。
Img_2462c 秋葉神社の西隣にあるのが、次の目的地である「銭洗尾張弁財天富吉
Img_2431c 神社」です。富吉神社に鎮座する銭洗弁財天は、永享年間(1429~41年)、北条平八郎時満が蟹江城を築く際、城の鎮守社として鎌倉の銭洗弁財天宇賀神の眷属(けんぞく)である富吉龍大神を勧請したのが始まりと伝えられています(こちら)。時満は、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を洗い、この福銭をもって蟹江城を築城したといわれます。
Img_2441c 鳥居をくぐって正面にあるお社。こちらが、富吉神社かとImg_2436c 思います(確信はありません)。「富吉神社御由緒」(右の写真)によれば、北条時満が、築城にあたり、神のご加護をいただくため護法善神の中で神通力自在力最大である龍神を守護神として勧請したといいます。御祭神は富吉龍大神、御側神は大松大神(大松大神はよく分かりませんでしたが、伏見稲荷大社に同名のお社があるようです(こちら))。
Img_2444c 上のお社の東にあるのがこちら。ここが、銭洗弁財天。由緒書と「御誓願Img_2434c 文(右の写真)」などによれば、築城以降、龍神は蟹江城の大手門の堀に鎮座しておられたのですが、蟹江合戦で蟹江城が落城すると、堀を池として取り込んだ海門寺の境内となっています。その後、昭和39(1964)年、海門寺大池を埋め立てることとなり、富吉神社の境内に遷座し改めて尾張銭洗弁財天として信仰されるようになったということのようです。御由緒、御誓願文、ネット情報がスッキリとしませんでした m(_ _)m
Img_2447c 「1万円札を洗っても良いですよ」と門前で案内をしていた方はおっしゃっImg_2450c たのですが、謙虚に100円玉を洗ってきました。あまり欲張ると却ってよくないと思ったからであります(微笑)。100円玉は家内に渡してしまいましたが……。
Img_2440c ここの境内には、写真のように、「蟹江城主先祖代々供養塔」が立てられImg_2457c ています。こちらには蟹江合戦の犠牲者を祀るものと説明されています。境内には、このほかに右の写真にあるように、別のお社と、しめ縄がかけられた石もありました。詳しい説明はありませんし、ネットの検索でも情報は出て来ませんでした。お社は、由緒書にある御側神の大松大神でしょうか? 疑問は残りますが、先に進みましょう。
Img_2464c 銭洗弁財天から少し西に進むと、蟹江川を記念橋で渡ります。何かの記Img_2468c 念で掛けられたのでしょうが、詳細は不明。橋を渡った、西側のたもとに神社がありましたが、社名を示すものはありません。
Img_2470c 記念橋のすぐ上流、東側に「甘強」という文字が書かれた黒い建物が見えました。ひょっとしたらと思ったのですが、写真だけを撮って通り過ぎました。あとで調べたらやはり、みりんを作っている甘強(かんきょう)酒造さんでした。左側に写っている、黄緑がかった黄土色の美しいスクラッチタイル貼りの建物は旧本社事務所(昭和12年築)で、登録有形文化財(建造物)になっています。文久2(1862)年創業という歴史のある醸造元です。近鉄線沿線でしたか、「甘強みりん」という立て看板を見た記憶があります。
Img_2472c 蟹江町役場や、学戸小学校の近くを1km半ほど歩くと、次の立ち寄りポイントであるまちなか交流センターがあります。サークルの集まりや、作品展示、語学や料理などの講座・教室といった活動をするための場所だそうです。ここで「記念スタンプ台紙」があれば、スタンプを押してもらい、ゴールの時に抽選で粗品がいただけたのですが、小生が受付したときにはすでに記念スタンプ台紙の配布は終了。そのため、通過してきました。
Img_2481c このあとは、まちなか交流センターから信号を渡ってすぐのところにある日吉神社に立ち寄りました。ウォーキングコースとしては、立ち寄りポイントにはなっていません。今日は、ここまでとします。

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コメント

おユキさん、おはようございます。
朝明るくなるのも早くなりましたし、夕方、日も長くなりましたね。
太陽が出る方角も、北寄りになって来ています。

桜もおっしゃるようにウロウロしていると、咲いてしまっているかも知れませんよ(微笑)。
新しいところ、そんなにお近くに桜があるとは良いですね。
それは、「マイサクラ」に認定して下さい。

河津桜は満開、薄墨サクラも一気に開花、ハクモクレンも咲き、モクレンもたぶん咲いていますし、ミモザ、ミツマタ、サンシュユなどなど咲いています。

ところで、お稲荷さんのお話、ありがとうございます。
ネットで見たら、与次郎稲荷神社は、殿様に飛脚として仕えた狐の与次郎を祀っているとか、飛脚の道中安全を祈願し勧請された金網稲荷神社があるとか、そういう話が載っていますね。

昔と今の地図を重ねられるソフトとか、昔の地図が見られるソフトがいくつかありますね。
教えていただいたものは知りませんでしたので、また確認してみます。

神社は、明治時代に一村一社政策が施行され、合祀が強行され、そのときにかなりのものがいったんなくなっています(第二次大戦が終わって、復活したものものあります)。
神社にいらっしゃって、やたらたくさんの神様が一緒になっているときは、明治の合祀によるかも知れません。

投稿: mamekichi | 2018年3月16日 (金) 07時59分

mamekichi先生、こんばんは。

この時間、ついこの間までは暗かったのに、日が長くなりましたね。
今日はこの陽気で、うっかり桜が咲いていたらどうしよう?と危機感を感じて、見回りに行ってきました(笑)。
新しい仕事場は、部屋の中まで桜が入ってくるかと思うほど、近くに桜の枝があるのです。
ええ、これはもう、私の桜と言って差し支えないかと(差し支えます)。
ハクモクレンはつぼみが膨らんでいたものの、まだ咲いてはいませんでした。
もちろん、桜もまだまだの様子でした。

さて、前置きが長くなりましたが、記事でお稲荷さんのことを読んでいたら、あることを思い出しました。
確か、お稲荷さんは、江戸時代に「通販」で全国に広まったのだとか。
飛脚による流通です。

もしかしたら違うかもしれません、もうご存知かもしれませんが、思い出したので。

これまたご存知かもしれませんが、昔の地図と現在の地図を重ね合わせて見ることができるソフトがあるそうです。
当時の神社の名前も載っているのではないでしょうか。

・・と思って少し調べてみたところ、以下のサイトがみつかりました。
http://pasopia.velvet.jp/top/?p=420
私にはよくわからないので、見てみてください。

投稿: おユキ | 2018年3月15日 (木) 18時08分

こころんさん、こんばんは。

近鉄蟹江駅のすぐ西に銭洗尾張弁財天富吉神社があります。
尾張地方では唯一の銭洗弁天さんだそうです。

私自身は銭洗いは、ここが初めてでした。
学生の頃、実家近くにあった書店で、鎌倉の銭洗い弁財天で洗ったという五円玉を何かのイベントでもらったことがありました。

お稲荷さんの「正一位」、私もどこに行ってもお稲荷さんには「正一位」という幟が立っているのを不思議に思ったことがありました。

投稿: mamekichi | 2018年3月 8日 (木) 21時21分

こんばんは
富吉に銭洗弁財天があるんですね。
初めて知りました。
修学旅行の時に鎌倉で洗った記憶があります。
洗ってみたいと思いました^^;

稲荷さんの赤い旗に正一位と書いてあるので
なんでかな?と思ってましたが位なんてすね。

投稿: こころん | 2018年3月 8日 (木) 21時10分

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