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2018年3月 6日 (火)

JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(その1)……蟹江町歴史資料館、蟹江城址、秋葉神社他

Kaniecoursec  3月4日に出かけたJRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」のその1です。「老舗造り酒屋」は、山田酒造さんです。近鉄ハイキングの酒蔵みてある記でも、2月18日にあったのですが(歴史と文学のまち蟹江町散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」)、前日に伊藤酒造に行きましたので持ち越しという次第。お断りしておきますが、大酒飲みでもありませんし、山田酒造さんだけが目的ではありません。今回のコースには、蟹江城址など興味のあるところも含まれています(微笑)。

20180304jrwalkkaniec こちらが実際に歩いたコース。マップ上では、約6.2km、1時間50分となっていましたが、実際には約7.1km、ほぼ2時間半でした。曇ってはいましたが、寒くはなく、むしろ若干汗を掻いたくらいでした。
Img_2347c 桑名駅を9時2分に発車するJR関西線・名古屋行き普通に乗車。蟹江までImg_2349c は4駅。9時21分着、¥240。8時半から受付でしたので、蟹江駅につく直前にはすでに歩いている方多数が見えました。蟹江は、電車や高速道路で通るものの、訪ねるのは初めて。近鉄蟹江駅には降りたことがありますが、それは台風の影響で電車が止まったためでした(もう20年あまり前)。
Img_2353c 9時27分にスタート。南に向かって歩きます。まったく土地勘がありませんImg_2357c が、JRさわやかウォーキングでは、要所要所に「矢印」が掲出されており、道に迷うことはあり得ません(笑)。蟹江本町の交差点を右折(西へ)。1kmも行かないところに、最初の立ち寄りスポット「漬け物 若菜」がありました。試食もありましたが、人も多く、写真を撮っただけで通過してきました。
Img_2366c 若菜の前の県道29号を西へ。お城のような建物が見えてきて、気になっImg_2367c たのですが、実はここが次の立ち寄りポイントである蟹江町歴史資料館が入っている産業文化会館でした。
Img_2368c 右上の写真にも写っていますが、いきなり「蟹江町道路元標」を発見。とImg_2369c いってもこれに注目したのは、小生くらい(苦笑)。他の方々は、館内へ続々と入っていきます。この道路元標、これまでにみたものよりかなり低くなっています。碑陰に回ってみると、下の方に「旧道 新道」とあるのが見えますが、他の文字はありません。大半が埋まっているのかも知れないと思います。
Img_2372c 玄関脇には、「旧日光大橋 親柱飾『象』」が置かれていました。「旧日光大橋」は、町内を流れる日光川にかかる国道1号線の橋。「親柱」は、階段・垣根などの両端や曲がり角に立つ太い柱。これは昭和初期のもので黒川巳喜氏の創案とあります。黒川巳喜氏は、明治38(1905)年、愛知県生まれ。名古屋高等工業学校を昭和2(1927)年に卒業し、愛知県営繕課に奉職しています。
Img_2378c 資料館内は大賑わいというか、ごった返していましたので、ゆっくり見て回ることができません。折から開催されていた特別企画展「子供と祭礼・行事」と、ミニ企画展「ユニークな郷土びなたち」をざっと見ただけ。ここには、蟹江町出身の探偵小説家である小酒井不木(こさかいふぼく:明治23(1890)年~昭和4(1929)年)に関する資料も展示されているはずでしたが、見逃しました。庭には、江戸川乱歩の書による「不木碑」もあったのですが、それにも気づかずじまい(苦笑)。急いては事をし損じるです。
 ちなみに、小酒井不木は、愛知一中、旧制三高を経て、東京帝国大学医学部へ入学。生理学・血清学を専攻し、東北大学助教授職を拝命しています。江戸川乱歩と交流を深め、探偵小説やSF小説を書きますが、持病の結核のため、39歳で亡くなっています。
Img_2398c 歴史民俗資料館の近くに「蟹江城址」があると書かれていましたので、これを見逃す手はありません。ただ、今は住宅地の中になってしまい、細い道をクネクネ。もともと「鉤の手」になっていたのかどうかは不明。ちなみに、蟹江城址に向かう、物好きな人はほとんどありません(苦笑)。
Img_2382c 今は、このように「城址公園」として整備されています。右に建っている看Img_2384c 板は、「地名のいわれ(蟹江町城)」について。近くの河口部から海岸付近に蟹がたくさん住んでいたことからその名がついたとあります。
Img_2390c この奥に「蟹江城址」の石碑がありました。戦国時代(1500年代)には蟹Img_2392c 江錠が築かれていたものの(永享年間(1429~1441)に北条時任(ほうじょうときとう)が築城したといわれます)、天正12(1584)年の蟹江合戦により落城。蟹江合戦は、羽柴秀吉(豊臣秀吉)陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦いで、主に蟹江城における篭城戦でした。翌年の大地震で壊滅しています。予告編では、これを天正大地震としましたが、誤っていました。1585年7月31日(天正13年7月5日) に大阪・京都・伊勢で大震があったといいます(こちらを参照)。
 蟹江城址では、このほか、本丸井戸跡も残っているのですが、これまた見忘れました。
Img_2401c コースに戻って蟹江町蟹江本町城地内を南へ。1km半ほど来たところで秋葉神社Img_2404c を発見。秋葉さんですから、御祭神は、火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)で、火の神様。標柱(昭和三十年十二月建之)には、「従三位 二条弼基(にじょう たねもと)書」とありました。二条弼基(明治43(1910)年~昭和60(1985)年)は、工学者、政治家、華族、貴族院公爵議員だそうです。二條家は、「五摂家」の一つで、世が世なら摂政、関白になれる家柄です。しかし、他の石碑などでも思いますが、揮毫した方は地元と何か関係があるのでしょうかねぇ? よく分かりません。
Img_2409c 歩いた道は、昔からの道という感じで、古い民家や廃業した商店も多数Img_2412c ありました。右の写真のような町の電気屋さんなど、今ではほとんど見かけなくなりました。
Img_2414c 中の町・五の町商店街とあるあたりで、大木の根元にお社があるのを見Img_2417c つけました。しかし、どうも民家の駐車場にあるようで、敷地内に入るのははばかられました。それでも気になります(笑)。次の立ち寄りポイントである銭洗尾張弁財天富吉神社に着くまでに、さらにいろいろとあります。右は、大木があったところの先にあった神社。社名も、詳細も不明。Googleマップにもありませんし、愛知県神社庁のサイトからも検索できません。愛知県神社Mapのサイトでは、古い住所で今の地図では検索できません。愛知県の神社名鑑のような本があるようですが、¥19,000するという噂。買えません。その意味では、神社検索(三重)はありがたいサイト。
Img_2420c 上の不明神社(失礼)の近くには、お地蔵さん。お地蔵さんになるともっとお手上げ。オマケにここは、何地蔵かも掲げられておりません。よくよく探すと、どなたかがリストなどを作ってくださっているかも知れません。
Img_2422c 近鉄名古屋線の線路の手前で右折(西へ)。銭洗尾張弁財天富吉神社Img_2423c 次のポイントなのですが、その手前にまたもや、秋葉神社があります。秋葉さんが多い地域なのでしょうか? それはともかく、ここの社名の標柱には、「正一位」とあります。お稲荷さんでは、ほとんど「正一位 ○○稲荷」とあるのですが、秋葉さんで見たのは初めて。今日はここまでとし、その2に続きます。

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コメント

TAKUさん、こんばんは。
お忙しいのに、ありがとうございます。

蟹江の山田酒造さんを訪ねる企画は、近鉄ハイキングの酒蔵みてある記でもあったのですが、2日連続になりますので、見送って、今回のJRの方で行ってきました。
TAKUさんのご実家が、蟹江駅のすぐ近くなんですね。

蟹江を訪ねたのは初めてでした。

TAKUさんがおっしゃるように、自分が住んでいる地元のことは案外よく知らないものだと私もこの頃痛感します。
観光地に出かけるのもよいのですが、地元のことをよく知るのも、大切ですし、案外興味深いことですね。

投稿: mamekichi | 2018年3月 8日 (木) 20時55分

こんにちは!
蟹江へ行かれたのですね(^^)
JR蟹江駅のすぐ近くに約5年間住んでいたため(・・・というかいまでも実家はそこです(笑)、懐かしく拝見しました。
漬物のお店とかあったな~!と思い出しました。

といっても、今住んでいる川越町もそうですが、意外と地元をゆっくり見ていないので、もっと近所を散歩して見ていたらな~と思いました(^^;)

投稿: TAKU | 2018年3月 8日 (木) 16時20分

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