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2018年3月 4日 (日)

今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編)

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 今日は、JRさわやかウォーキングで「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちをKaniecoursec 散策」へ行ってきました。桑名駅を9時2分発の普通電車・名古屋行きに乗車。蟹江駅には、9時21分着。コースマップを受け取り、9時27分にスタート。曇天でしたが、寒くはなく、多少汗ばむほどでした。右は、今日のコースマップ。マップ上は、6.2㎞、約1時間半で、家族向きということでした。
20180304jrwalkkaniec 実際に歩いたコースは、こちらの地図の通り。いつものように若干寄り道をしましたので、7.1㎞。ゴールも蟹江駅で、11時53分に到着。ほぼ2時間半でした。今日も予告編です。
Img_2349c スタートは、こちら、JR関西線・蟹江駅。桑名駅からは、名古屋に向かって4駅目。関西線は、まだ単線区間が残っていますので、途中では「行き違い」があります。受付は8時半からでしたので、蟹江駅に着く前には、すでに歩いている方も多数見えました。
Img_2357c 最初の立ち寄りポイントは、漬け物屋さんの若菜。1㎞足らず。試食や、即Img_2366c 売会がありましたが、写真を撮っただけでパス。若菜さんを出ると、城のような建物が見えてきて、気になっていましたが、ここが2つめの立ち寄りスポットである、蟹江町歴史資料館が入っている産業文化会館。商工会なども入っています。
Img_2378c 蟹江町歴史資料館では、「子供と祭礼・行事」という企画展と、写真にあるような「ユニークな郷土ひなたち」というミニ企画展も開かれていました。ここには、蟹江町出身の探偵小説家である小酒井不木(こさかいふぼく:明治23(1890)年~昭和4(1929)年)に関する資料も展示されているはずでしたが、気づきませんでした。小酒井不木は、愛知一中、旧制三高を経て、東京帝国大学医学部へ入学。生理学・血清学を専攻し、東北大学助教授職を拝命しています。江戸川乱歩と交流を深め、探偵小説やSF小説を書きますが、持病の結核のため、39歳で亡くなっています。
 ちなみに歴史資料館の前には「蟹江町道路元標」ものこっていました。
Img_2387c 歴史資料館の南西には、蟹江城址があります。ここは是非見たかったところですが、ほとんどのウォーキング参加者はこちらに足も向けません。もったいないです。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時任(ときとう)が城塞を築いたのが初めと言われます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。
Img_2401c 次の目的地である銭洗尾張弁財天富吉神社に行くまでに、秋葉神社が2Img_2422c つありました。秋葉神社が多い地域なのでしょうか? この2つの秋葉さんの間には、名称不詳の神社や、地蔵堂もありますし、昔の商店街の後を通ってきました。
Img_2462c こちらが、銭洗尾張弁財天富吉神社。尾張で唯一の銭洗弁財天だそうでImg_2444c す。室町時代、永享年間、北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を粗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられています。
Img_2447c 勧められるままに、100円玉を取り出して洗ってきました。ここは、昭和Img_2440c 39(1964)年、海門寺大池を埋め立てることとなり、約400年ぶりに尾張弁財天富吉神社として祀られました。また蟹江合戦の犠牲者を祀る、「蟹江城主、先祖代々供養塔」があります。
Img_2472c 弁財天で2㎞を過ぎたくらい。このあとは、蟹江町役場の前など、町中を通り、こちらの「まちなか交流センター」へ。通称は、「みちくさの駅楽人:だそうです。8年ほど前に、町民が主体となった活動を町全体の活性化につなげるためという目的で設立されたところです。商工会の抽選スタンプがもらえると思っていたのですが、それは先着順、人数限定で対象外でした。もっと早く来なくてはなりませんでした。
Img_2481c まちなか交流センターの近くにある日吉神社へ寄り道です。江戸時代、天和2(1682)年以前に創建されたと伝えられています。祭神は大山昨命(オオヤマクイノカミ)で、または山王権現とも呼ばれています。この神社は、江戸時代を通して「山王社」であり、明治6年「村社日吉社」と改められました。
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 次のスポットは、ポンレヴェック。カフェを併設したパン屋ですが、ここは普段から大賑わいだそうで、今日は、店内に入れないくらいでしたので、パス。多い日には1日に400本近く焼く、1本100円(外税)のバゲットとそのバゲットを使った明太バゲットが一番人気だそうです。このあたりでちょうど4㎞くらい。
Img_2517c JR関西線の線路沿いに出て、1㎞半ほど、JR関西線の線路沿いを歩いImg_2531c_2 て行きます。踏切を渡って、一路山田酒造へ向かいます。蟹江川にかかる飾橋(かざりばし)を渡ると、山田酒造さんの向上が見えてきます(ホッと一息)。
Img_2536c 近鉄ハイキングの「酒蔵みてある記」と同様、たいそうな人気です。「日本Img_2541c_2 酒好き」の方が多いのか、試飲につられるのか、定かで。はありません。山田酒造さんでは、無料の試飲の他、大吟醸の試飲もありました。ただし、こちらは¥300でした。写真は、無料の試飲の方です。
Img_2556c 酒蔵では、甘酒の振る舞いもありましたし、他に即売会や、イベントも開Img_2681c 催されていました。自分用の土産と、ご近所さんに差し上げる土産を2つをお買い上げ。合計¥1,550なり。自分用の土産は、右の写真。「酔泉 しぼりたて 生原酒」でした。アルコール度数も19~20%と高く、濃いお酒でした。まったく勝手な好みを書かせていただくならば、三重県の酒の方が、良いなと思います。
Img_2604c 山田酒造さんの南に善敬寺というお寺があったものの、ルートをちょっと外れて歩いていましたので、寄り道はしませんでした。
Img_2623c 最後の立ち寄りスポットは、ここ三明神社でした。きれいに整備され、掃Img_2631c 除も行き届いている神社でした。由緒は定かではないものの、「慶長9辰年(1605年)再修造ス(西暦は、筆者が追加しました)」という文書が残っているそうですから、かなり古くからこのあたりの村で崇敬されていたものなのでしょう。
Img_2651c 三明神社を出ると、ゴールはすぐ間近。1㎞ほど。再びJRImg_2660c 関西線・蟹江駅に戻ってきました。11時53分に到着。いつもと同じ完歩記念のパネルがありました(微笑)。JRさわやかウォーキングは、これで3回目。
Img_2670c ちょうどタイミングよく、12時に四日市行きの電車がありましたので、これに乗って、帰宅の途へ。桑名駅~蟹江駅は、片道¥240。今日もほとんど電車賃だけで遊べました。詳細は、また明日以降書きます。
 なお、近鉄ハイキング“昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ”のその4(完結編の予定)も明日、記事を載せます。

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