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2018年3月26日 (月)

20180323近鉄ハイキング「港町、四日市を散策 みやまどさんから四日市臨港をたずねて」へ(オマケ)……四日市旧港の「波止改築記念碑」、諏訪神社の伊勢神宮遙拝所、諏訪公園の「誓文御柱」

Img_5348c  3月23日に行ってきた“近鉄ハイキング「港町、四日市を散策 みやまどさんから四日市臨港をたずねて」へ”のオマケ(補遺)です。四日市港で見たものを1つ書き忘れていましたし、諏訪神社で新たに見つけたものもあります。さらにもう1つは、諏訪公園で、前回行ったときに見つけた「五箇条のご誓文碑」を詳しく見てきたのです(2017年11月28日;またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。相変わらずの屁理屈、講釈で恐縮に存じます。

Img_5576c 四日市旧港の稲葉翁記念公園近くで見たのは、この「波止(なみどめ)改築Img_5575c 記念碑」です。この裏のプロムナードの方から来ましたので、「何やら石が立っている」と思って、こちらへ回ってみたら、「波止改築記念碑」でした。これは、防波堤改築を記念して明治27(1894)年に作られた碑です。稲葉三右衛門君彰功碑、潮吹防波堤とともに国の重要文化財に指定されています。潮吹防波堤に近づいていける突堤の根元に立っています。前回来たときは(2017年11月25日、どういうわけか、JRさわやかウォーキングへ……~四日市市制120周年記念~ 家族みんなで楽しめる四日市旧港街歩き)、突堤の方へは来ず、気づかなかったものです。
Img_5691c 続いて、諏訪神社と諏訪公園。ここも去年(2017年)11月28日に来ています(またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。諏訪神社は、鎌倉時代初期の建仁2(1202)年に、信州の諏訪大社から勧請し、創祀されています。御祭神は、建御名方命(タケミナカタノミコト)と八重事代主命(ヤエコトシロヌシノミコト)。四日市の歴史とともに歩んできた総産土神とされます。
Img_5679c 境内社は、山津見神社、政成稲荷神社、天神社の3社。前回は、まださImg_5702c ほど神社を詳しく見る習慣がありませんでした。今回、このうち、山津見神社(右がその拝殿)で「お約束の場所」を見つけたのです。
Img_5710c それは、こちら、伊勢神宮遙拝所。山津見神社の拝殿に向かって、右手Img_5711c に建てられていました。JRさわやかウォーキングや、近鉄ハイキングに行くようになってからの印象ですから、きわめて限られた経験に基づいて書けば、四日市市内の神社には、こういう遙拝所が多いような気がします。ただし、これはさらに調べを続けなくてはなりません。
Img_5735c なお、去年来たときにもブログに書きましたが、諏訪神社の境内には、明治神宮遙拝所が設けられています。昭和9(1934)年1月に建てられたものです。
Img_5757c そして、こちらは諏訪公園内になると思いますが、「五箇条のご誓文碑」。まわりを何度も回った上で、登ることができるようになっていましたので、登ってきました(微笑)。五箇条の御誓文は、慶応4(1868)年4月6日に明治天皇が天地神明に誓約する形式で、公卿や諸侯などに示した明治政府の基本方針です。
Img_5747c
 台座の南側には、このように「誓文御柱」と刻まれていました。したがっImg_5744c て、この石碑は、南が正面だと考えられます。この上に石柱が載せられています。石柱のすぐ下のところには、菊の御紋章、さらにその下には、「彌榮」などのことばがそれぞれ入れられています。
Img_5742c 左の写真は、南および南東側の石碑に刻まれた五箇条の御誓文。左にImg_5748c は「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」と、また、右には「智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スべシ」とあります。右の写真は、西側から撮ったもの。2つめの文が刻まれています。五箇条の御誓文は、下に引用するとおりの内容ですから、南を正面にして時計回りに御誓文が刻まれていることになります。
  • 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
  • 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フべシ
  • 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
  • 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クべシ
  • 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スべシ
Img_5752c 5つの面、すべて確認してきました。上述の通り、南の面から順番にご誓Img_5753c 文が刻まれています。
Img_5759c この「誓文御柱」は、四日市で肥料・製Img_5763c 油・石炭・運送などの事業を手がけた村山清八氏により、市民壇(今は南部丘陵公園に移築)・国旗掲揚塔とともに私財を投じて昭和9(1934)年3月につくられたものです(こちら)。村山清八氏は、明治17(18849年、宇治山田に生まれ、縁あって村山家を継いだといいます。
 

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