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2018年2月28日 (水)

四日市市立博物館で「なつかしいくらしと昭和の元気な子どもたち」展を見る……鉄道図録とマンホールをゲットし、ちょっとだけ散歩

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 昨日も近鉄ハイキングに行ったばかりなのですが、今日も出かけてきました(苦笑)。こちら、四日市市立博物館であります。今日まで「なつかしいくらしと昭和の元気な子どもたち」という展覧会が開かれているのです。学習支援展示ということで、市内の小学生たちのために企画されている展覧会です。
Natsukasiikurashiten 恒例になっており、毎年見に行っています(去年(2017年)は、1月13日に「昭和のくらし・昭和の子ども」展へ……四日市市立博物館 )。今年は行きそびれていて、今日で終了ということで、慌てて出かけてきました。①昭和の元気な子どもたち、②館蔵資料による昭和の再現展示、③四日市の昭和の鉄道の3部構成。①は、人形作家・水澄美恵子さんが、昭和30年代をイメージして作られた子どもたちの人形の展示です。よくできていました。②も、実物が展示され、茶の間や台所、駄菓子屋などの再現もありました。どちらも懐かしさに浸れます。
Dscn6165c 鉄道も興味はありますが、24歳までは愛知県西三河で過ごしましたので、Dscn6167c その頃までの三重県の鉄道については、イメージも体験もありませんが、歴史的なものとして見てきました。今回、展覧会に併せて、写真のような「四日市の昭和の鉄道」という図録が、「むかしのくらし読本4」として作成され、¥600で販売されていましたのでゲットしてきました。写真31点と解説文が掲載され、32ページからなる冊子です。ちなみに、このあと常設展示の「時空街道」を見に行ったら、ボランティアの女性と意気投合し、色々とお話ししてきました。四日市に久留倍官衙(くるべかんが)遺跡がありますが、そこに「くるべ古代歴史館」が3月25日にオープンすることなど、知らなかったことをいくつか教えてもらえ、ラッキーでした。ちなみに、久留倍官衙遺跡は、「朝明郡役所」の跡で、飛鳥時代(7世紀後半頃)、郡の政治を行う中心的な建物として建てられたものです。
Dscn6160c 余談ですが、博物館の総合受付では、マンホール・カードをいただけるとDscn6161c いうことで、簡単なアンケートに記入して、四日市のマンホール・カードをいただいてきました。地元・桑名市のものに続いて、2枚目です。四日市のマンホールのデザインは3種類あるそうですが、このカードになっているのは、歌川広重が手がけた浮世絵「東海道五十三次・四日市(三重川)」を題材にしています。
Dscn6087c 博物館は、30分ほどで済ませるつもりが、結局1時間も滞在してしまいました。他にいくつか回るつもりが、時間が足らなくなりそうです。隣のアピタ四日市店にある宮脇書店で文庫、新書それぞれ1冊を購入。11時になります。旧・東海道沿いの「阿瀬知橋」と、作家・丹羽文雄の生家である崇顕寺を見て、JR四日市駅前の稲葉三右衛門像もと思っていましたが、ちょっと無理。
Dscn6094c 近鉄百貨店の南、中央通りを東へ。国道1号線に向かっていきます。途Dscn6095c 中、四日市のゆるキャラ・こにゅうどうくんをデザインした自販機に気をとられつつも、足を進め、1号線の手前で、右折。国道1号線から1本西の細いとおりが、旧東海道。中央通りを挟んだ北側は、「表参道 スワ栄(スワマエ)商店街」になっています。この奥は、諏訪公園や諏訪神社があるところで、そこへは、去年(2017年)11月28日に行っています (またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。このときも、博物館へ行ったときでした。
Dscn6098c こちらが、旧・東海道。南の方角です。この先に「阿瀬知橋」と、作家・丹Dscn6100c 羽文雄の生家である崇顕寺があるはず。歩いて行くと、何やらよい香りがしてきました。「たいやき 伊藤商店」のお店があります。小生は知らないのですが、「天然物の鯛焼き」を焼いているのだそうです。買ってくればよかったかも(微笑)。
Dscn6103c しばらく行くと、阿瀬知川にかかる阿瀬知橋がありました。「ホントに歩くDscn6105c 東海道」の地図に「阿瀬知橋標石」が載っていましたので、歴史的で、有名なところかと思ったのですが、そうでもなさそうです。調べたところ、明治39(1906)年に新しく開削された運河ということでした(こちら)。三滝川から引いた水路で、元は農業用水として用いられていたようです(こちら)。JR四日市駅の先で港に注いでいます(全長は5㎞ほど)。四日市の政財界の指導者であった九鬼紋七(くき もんしち、慶応2(1866)~昭和3(1928)年)の提言によって作られたという記述があります。
Dscn6112c さらに進むと、左(東側)、浜田郵便局の手前に、仏法山崇顕寺がありました。想像していたのは、かなり立派なお寺でしたが、旧・東海道の側から見ると、ご覧のようでした。浄土真宗高田派のお寺。ただし、ネットで見るともっと立派な本堂などがありました。保育園を併設していますので、自由には入れないようになっています。境内を拝見すると、小生の間違った印象も訂正されるはず。ストリートビューで国道1号線側からの画像を見ると、本堂その他が見えました。こちらへ回らなければなりませんでした(反省)。
Dscn6114c 東海道沿いには、このような立派な石柱が立てられています。正面には、仏法山崇顕精舎と刻まれています。「崇顕精舎」の部分は、丹羽文雄の筆によるもののようです。向かって左側には、「丹羽文雄誕生之地」とあります。丹羽文雄は、明治37(1904)年、崇顕寺の長男として生まれています(没年は、平成17(2005)年)。小説家で、文化功労者、文化勲章受章者です。近くの鵜の森公園には、句碑も建っています(またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。
Dscn6128c もう少し先まで行こうかとも思ったのですが、時間切れ。JR四日市駅前Dscn6137c へ行くのも諦め、鵜の森公園・鵜の森神社(浜田城跡)へ立ち寄って、一休みして帰宅の途へ。
Dscn6134c
 途中、四日市あすなろう鉄道の踏切で、これまたナロー電車を見ました。180228yokkaichic ここも昨日乗った、三岐鉄道北勢線と同じく、ナローゲージなのです。まだ乗ったことがありません。右は、今日歩いたコース。2.7㎞プラスアルファ。地図に東海道とあるのは、国道1号線。旧東海道は、その1本西の道。
Dscn6145c 余談。帰り、桑名駅で電車を降りて、国道1号線を歩いていたら、飲み屋Dscn6147c さん(ろばた お勝)の屋根にイソヒヨドリのオスを見つけました。先日は、この近くのビルでメスを見ています。まさか、こんなところに住んでいる??
 なお、昨日の近鉄ハイキング(昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ)の本編は、明日以降、掲載します。写真を800枚くらい撮ってきてしまい、整理が追いつきません(苦笑)。色々と調べるべきこともありますし、ブログの容量制限も迫ってきていて、課題がけっこうあります。

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