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2018年2月

2018年2月28日 (水)

四日市市立博物館で「なつかしいくらしと昭和の元気な子どもたち」展を見る……鉄道図録とマンホールをゲットし、ちょっとだけ散歩

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 昨日も近鉄ハイキングに行ったばかりなのですが、今日も出かけてきました(苦笑)。こちら、四日市市立博物館であります。今日まで「なつかしいくらしと昭和の元気な子どもたち」という展覧会が開かれているのです。学習支援展示ということで、市内の小学生たちのために企画されている展覧会です。
Natsukasiikurashiten 恒例になっており、毎年見に行っています(去年(2017年)は、1月13日に「昭和のくらし・昭和の子ども」展へ……四日市市立博物館 )。今年は行きそびれていて、今日で終了ということで、慌てて出かけてきました。①昭和の元気な子どもたち、②館蔵資料による昭和の再現展示、③四日市の昭和の鉄道の3部構成。①は、人形作家・水澄美恵子さんが、昭和30年代をイメージして作られた子どもたちの人形の展示です。よくできていました。②も、実物が展示され、茶の間や台所、駄菓子屋などの再現もありました。どちらも懐かしさに浸れます。
Dscn6165c 鉄道も興味はありますが、24歳までは愛知県西三河で過ごしましたので、Dscn6167c その頃までの三重県の鉄道については、イメージも体験もありませんが、歴史的なものとして見てきました。今回、展覧会に併せて、写真のような「四日市の昭和の鉄道」という図録が、「むかしのくらし読本4」として作成され、¥600で販売されていましたのでゲットしてきました。写真31点と解説文が掲載され、32ページからなる冊子です。ちなみに、このあと常設展示の「時空街道」を見に行ったら、ボランティアの女性と意気投合し、色々とお話ししてきました。四日市に久留倍官衙(くるべかんが)遺跡がありますが、そこに「くるべ古代歴史館」が3月25日にオープンすることなど、知らなかったことをいくつか教えてもらえ、ラッキーでした。ちなみに、久留倍官衙遺跡は、「朝明郡役所」の跡で、飛鳥時代(7世紀後半頃)、郡の政治を行う中心的な建物として建てられたものです。
Dscn6160c 余談ですが、博物館の総合受付では、マンホール・カードをいただけるとDscn6161c いうことで、簡単なアンケートに記入して、四日市のマンホール・カードをいただいてきました。地元・桑名市のものに続いて、2枚目です。四日市のマンホールのデザインは3種類あるそうですが、このカードになっているのは、歌川広重が手がけた浮世絵「東海道五十三次・四日市(三重川)」を題材にしています。
Dscn6087c 博物館は、30分ほどで済ませるつもりが、結局1時間も滞在してしまいました。他にいくつか回るつもりが、時間が足らなくなりそうです。隣のアピタ四日市店にある宮脇書店で文庫、新書それぞれ1冊を購入。11時になります。旧・東海道沿いの「阿瀬知橋」と、作家・丹羽文雄の生家である崇顕寺を見て、JR四日市駅前の稲葉三右衛門像もと思っていましたが、ちょっと無理。
Dscn6094c 近鉄百貨店の南、中央通りを東へ。国道1号線に向かっていきます。途Dscn6095c 中、四日市のゆるキャラ・こにゅうどうくんをデザインした自販機に気をとられつつも、足を進め、1号線の手前で、右折。国道1号線から1本西の細いとおりが、旧東海道。中央通りを挟んだ北側は、「表参道 スワ栄(スワマエ)商店街」になっています。この奥は、諏訪公園や諏訪神社があるところで、そこへは、去年(2017年)11月28日に行っています (またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。このときも、博物館へ行ったときでした。
Dscn6098c こちらが、旧・東海道。南の方角です。この先に「阿瀬知橋」と、作家・丹Dscn6100c 羽文雄の生家である崇顕寺があるはず。歩いて行くと、何やらよい香りがしてきました。「たいやき 伊藤商店」のお店があります。小生は知らないのですが、「天然物の鯛焼き」を焼いているのだそうです。買ってくればよかったかも(微笑)。
Dscn6103c しばらく行くと、阿瀬知川にかかる阿瀬知橋がありました。「ホントに歩くDscn6105c 東海道」の地図に「阿瀬知橋標石」が載っていましたので、歴史的で、有名なところかと思ったのですが、そうでもなさそうです。調べたところ、明治39(1906)年に新しく開削された運河ということでした(こちら)。三滝川から引いた水路で、元は農業用水として用いられていたようです(こちら)。JR四日市駅の先で港に注いでいます(全長は5㎞ほど)。四日市の政財界の指導者であった九鬼紋七(くき もんしち、慶応2(1866)~昭和3(1928)年)の提言によって作られたという記述があります。
Dscn6112c さらに進むと、左(東側)、浜田郵便局の手前に、仏法山崇顕寺がありました。想像していたのは、かなり立派なお寺でしたが、旧・東海道の側から見ると、ご覧のようでした。浄土真宗高田派のお寺。ただし、ネットで見るともっと立派な本堂などがありました。保育園を併設していますので、自由には入れないようになっています。境内を拝見すると、小生の間違った印象も訂正されるはず。ストリートビューで国道1号線側からの画像を見ると、本堂その他が見えました。こちらへ回らなければなりませんでした(反省)。
Dscn6114c 東海道沿いには、このような立派な石柱が立てられています。正面には、仏法山崇顕精舎と刻まれています。「崇顕精舎」の部分は、丹羽文雄の筆によるもののようです。向かって左側には、「丹羽文雄誕生之地」とあります。丹羽文雄は、明治37(1904)年、崇顕寺の長男として生まれています(没年は、平成17(2005)年)。小説家で、文化功労者、文化勲章受章者です。近くの鵜の森公園には、句碑も建っています(またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。
Dscn6128c もう少し先まで行こうかとも思ったのですが、時間切れ。JR四日市駅前Dscn6137c へ行くのも諦め、鵜の森公園・鵜の森神社(浜田城跡)へ立ち寄って、一休みして帰宅の途へ。
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 途中、四日市あすなろう鉄道の踏切で、これまたナロー電車を見ました。180228yokkaichic ここも昨日乗った、三岐鉄道北勢線と同じく、ナローゲージなのです。まだ乗ったことがありません。右は、今日歩いたコース。2.7㎞プラスアルファ。地図に東海道とあるのは、国道1号線。旧東海道は、その1本西の道。
Dscn6145c 余談。帰り、桑名駅で電車を降りて、国道1号線を歩いていたら、飲み屋Dscn6147c さん(ろばた お勝)の屋根にイソヒヨドリのオスを見つけました。先日は、この近くのビルでメスを見ています。まさか、こんなところに住んでいる??
 なお、昨日の近鉄ハイキング(昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ)の本編は、明日以降、掲載します。写真を800枚くらい撮ってきてしまい、整理が追いつきません(苦笑)。色々と調べるべきこともありますし、ブログの容量制限も迫ってきていて、課題がけっこうあります。

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2018年2月27日 (火)

近鉄ハイキングで“昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ”(予告編)……マップ上9㎞なのに、12.4㎞も歩いたお話(笑)

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 今日は、近鉄ハイキングで“昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ”に行ってきました。今回は、「酒蔵みてある記」ではありません。念のため、お断りしておきます(苦笑)。2月17日から3月4日まで、いなべ市北勢町阿下喜(あげき)で「あげきのおひなさん」が開催されています。
Img_1199c こちら2枚が、今日のコースマップ。表裏になっています。マップ上は、約9Img_1198c ㎞。あまり大きな声で言うといけませんが、これまでに参加した中では、もっともよくできたコースマップでした。一度も迷うことがなかったからです。
180227walkingmapageki こちらが実際に歩いた地図。実測では、いつものように寄り道をしたせいもあって、12.4㎞。パッと見では、たいした距離ではないように見えますが、左下の縮尺をご覧ください。それに三岐鉄道北勢線で、楚原駅から阿下喜駅まで、2駅を歩いたのです。
Img_1147c 西桑名駅から、三岐鉄道北勢線のナロートレインに乗って行きます。ナローImg_1150c ゲージ(線路幅 が762mm。国内の鉄道では、JRが採用している1,067mmゲージよりも狭い線路幅)の電車。楚原(そはら)までは、¥390。9時53分着。
Img_1197c コースマップをもらって、10時に楚原駅からスタート。今回は、平日ですし、「酒蔵みてある記」ではありませんので、参加者は少なめ。コースマップのナンバーも66でした。ねじり橋、めがね橋を見て、八幡神社に寄り道。鈴鹿山脈と田園の風景を眺めつつ、麻績塚古墳・久保院八十八ヶ所道を経て、阿下喜の町へ。桐林館からウッドヘッドで大ひな壇を見てきました。このほか、100軒ほどのお宅でひな人形が飾られています。
Img_1201c_2 楚原駅からすぐのところでいきなり寄り道です(苦笑)。楚原神社。主祭神は、品陀和気命(ほんだわけのみこと)。天文7(1538)年、八幡社を勧請し氏神として尊崇していたのが、始まりと伝わっています。
Img_1235c コースに戻って、本来の目的地であり、個人的には最大の関心があったImg_1255c のは、こちら。三岐鉄道北勢線にある、ねじり橋とめがね橋です。日本土木学会の選奨土木遺産に指定されています。
Img_1287c ねじり橋(右の写真)には、10時20分頃到着。予め調べておいた時刻表Img_1315c によれば、10時45分を過ぎた頃、上り・西桑名行きと、下り・阿下喜行きが通過します。ここはせっかく北からには、電車が通るところを撮らねばと思い、待つことにしました。津市からいらしたという男性とご一緒に待って、この写真を撮りました。
Img_1353c 11時頃、八幡神社に寄り道。ここは、一の鳥居をくぐってから、三岐鉄道Img_1387c 北勢線の踏切を渡らないと行けません。主祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと)。ここにはいろいろと興味深いものがありました。今日は、予告編ですので、そのうち1つだけ。「神武天皇 明治天皇御陵遙拝御柱」というもの。西の方に向かって建っています。詳細は、これから調べますが、「紀元貳千五百九拾六年」とありました。始めて見ました。やはり、歩いて、実際に見て回るというのは大切です。
Img_1433c 「早春の鈴鹿山脈を眺め」とテーマにありますが、まさにその景色。いなべ市員弁町上笠田あたり。田園地帯をひたすら歩いています。前方左手には、藤原岳が見えています。このあたりで、鈴鹿からいらしたという、高齢の女性と一緒になりました。お年を聞いてびっくり、「80歳を過ぎました。連れがなくなりましたので、一人で来ています」と。
Img_1460c いなべ市北勢町中津原に入って、久保院というお寺に立ち寄ります。今は廃寺で、かなり荒れてしまっています。この手前には、戦没者記念碑があり、そこから「麻績塚(おみづか)古墳」と「久保院八十八ヶ所道」があります。「清少納言ゆかりの」というのは、行ってみ て初めて知りましたので、これから調べなければなりません。
Img_1497c 4世紀ごろつくられたと伝わっている「麻績塚古墳」。大小2つの古墳からなり、「王塚」または「茶臼山古墳」ともいわれますが、埋葬された人物の名をとって、一般に「麻績塚」と呼ばれます。墓の主の名は、伝承によれば「神麻績連」。天物知命(あめのものしりのみこと)の后、また、桑田玖賀(クワタノクガ)の姫ともいわれていますが、その名の通り、麻の栽培・紡織といった生産に深い関係を持っていたと思われます。
Img_1469c 久保院は、和波九十郎の二男、久保(ひさやす)の追善供養のためつくImg_1488c られたといいます。詳細はこれから調べます。ここには、上述のように、「久保院八十八ヶ所道」は、四国八十八か所を模倣しものです。しかし、管理状態が悪く、溝に落ちた石仏や壊
れかけた御堂がほとんどでした。

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 いなべ市北勢町麻生田などを歩いて、阿下喜に向かいます。左の写真Img_1562c では、奥の方に阿下喜の町が見えてきたところ。北勢線には、西桑名行きのレトロ電車が走っていきました。12時40分頃、ようやく「北勢町阿下喜」の看板に出会いました。藤原岳がよく見えてきました。
Img_1579c 「あげきのおひなさん」は、後述のように、桐林館(とうりんかん)や、ウッドヘッド(いなべ市商工会)にて大規模に行われていますが、その他に約100軒の焦点、民家、寺社などにもおひなさんが飾られています。こちらはとある模型屋さんの店頭で見せていただいたおひな様。
Img_1617c 桐林館は、国登録有形文化財。昭和11年に建築された旧阿下喜小学校校舎を復元したもので、戦前の木造小学校の姿を今に伝えています。ここにもおひな様が飾られていましたし、校長室、教室などが復元されていて、懐かしい感じに浸ってきました。また、ここでは、桐林館阿下喜美術室が、アート&カフェで活用し、作品の展示と、カフェを常時一般開放しています。
Img_1684c ウッドヘッド三重(いなべ市商工会)。ここが、「あげきのおひなさん」のメイン会場。冒頭の写真は、ここで撮りました。実際には、写真の3倍以上のおひな様が飾られています。余談ですが、「このお雛様が夜中に泣くとか、髪が伸びてるとか、それでお払いして貰ったとか」、嘘か本当かという類いの噂があるとかないとか……。
Img_1749c このあと、大西神社へ。主祭神は、建御名方神(たけみながたのかみ)。勧請年月は不詳だそうですが、文政7(1824)年の「村明細帳」に記載があるといいます。ここは、もう本当に藤原岳の目の前でした。このあと、通りかかって見つけた「イチガミ神社」と、「西念寺(浄土真宗本願寺派)」に立ち寄って、ゴールの阿下喜駅を目指しました。
Img_1842c その前に、こちら、阿下喜温泉あじさいの里に立ち寄って、土産をゲット。本当なら、ここで温泉に入りたかったのですが、この時点で14時25分。次の西桑名行きが、14時39分と思い込んでいましたので、温泉は泣く泣くパス。
Img_1847c 三岐鉄道北勢線・阿下喜駅にゴール。12.4㎞を完歩。14時32分着。駅でImg_1861c 時刻表を見て、勘違いに気づきました。10時~13時台は、39分発でしたが、14時台は29分発でした(苦笑)。次は、15時1分発。ちなみに阿下喜駅は、「日本最西端のナローゲージ駅」です。
Img_1850c 時間もありましたので、「軽便鉄道博物館」の方へ。ここは、第1・3日曜日の10時から16時だけ公開。226というナンバーがついた電車1両が置かれていました。公開日には、ミニ電車が運行されています(こちら)。ターンテーブルもあります。
Img_1871c 無事に15時1分発西桑名行きの電車に乗って帰ってきました。桑名着は、15時56分。¥420なり。昨年12月から「マイレール乗車券」を売り出していましたので、まだ残っていればそれが欲しかったのですが、小生の一人前の女性が、最後の1枚をゲット(涙)。
Img_1924c 最後に本日の土産。左は、草餅&大福。「草餅を買ってきて」という指令Img_1928c が下っていましたので、ウッドヘッド三重に出ていた出張販売所で購入。これで¥500とかなりおトクな気分。もう一つは、「いなべ石挽蕎麦」。こちらは、阿下喜温泉あじさいの里のあじさいの店で購入。¥350。いなべ市では、蕎麦の栽培が盛んなのです。どこかで蕎麦も食べたかったものの、うまくいかず、これを買ってきたという次第。
 以上、本日は、近鉄ハイキングで“昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ”に行ってきた話の予告編でした。いつものように、明日以降、順次、記事を書いていきますので、ご用とお急ぎでない皆様にはまたお付き合いくだされば、幸いです。

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2018年2月26日 (月)

ウメジロウ……鳥たちの行動は春めいてきています

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 本日の最高気温、16℃! 散歩して来たら、うっすら汗ばんでしまいました。8時半に出て、戻ってきたのは、昼前。歩いたのは、5.8㎞とフツー。あちこちで話をしてばかり(苦笑)。行った先は、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、寺町です。
Img_1103c まだまだ自分でも満足はしていませんが、今年初の「ウメジロウ」を撮ってきImg_1070c ました。「梅に鶯」はなかなか見られませんが、「梅にメジロ」で「ウメジロウ」なら、割とよく遭遇します。河津桜がもっと咲いてくると、「河津桜にメジロ」も狙いたい被写体です。
Img_0943c さて、鳥たちには一足早く春が巡ってきているようです。先週までは群れで移動いていたエナガ、今日はペアでいるところや、このように羽毛らしきものを咥えて飛んでいくところがよく見られました。ペアリングをして、巣作りを始めたように思えます。カワラヒワも群れではいなくなったようですし、カラスも巣材となるような枝を調達しているところを見ます。
Img_0934c 揖斐川の三の丸水門あたりには、このところずっとヒバリがいます。今日は、「揚げひばり」を確認しました。雄のヒバリが、さえずりながら高く舞い上がり、縄張りを宣言する行動です。渡り鳥たちの中は、北に帰るものも出始めたといいますが、一方では春の訪れも感じさせられる頃となったというわけです。
Img_0973c 春と言えば、九華公園の朝日丸跡でウグイスらしき鳥を見つけ、二の丸跡まで追いかけたのですが、ハッキリとは確認できませんでした。この写真の中央、ツツジの植え込みの中にその姿があります(微笑)。まだまだ「ホーホケキョ」とは鳴いていません。地鳴きです。こちらでウグイスの鳴き声を聞けます。
Img_0938c 九華公園、今日はアオサギはいませんでしたが、ゴイサギは4羽。いつもImg_1002c のように、鎮国守国神社の社務所裏のクスノキなどにいます。
Img_1116c ユリカモメは、今日も、21羽と少ないながらもやって来ていました。昨日は餌を与える人がいましたから、今日も様子見にやって来たというところかと思います。二の丸橋の欄干に並ぶところは久しぶりに見ました。
Img_7173c 九華公園で見かけたヒヨドリ。気のせいか、痩せているように見えます。この頃、九華公園では、以前のようにヒヨドリの声を聞かなくなっています。食べるものがないからなのでしょう。このヒヨドリさんのように、地面に降りて餌を探していたり、木の幹にとりついて皮の間をつついていたりと、餌探しには苦労しているようです。
 九華公園では、久しぶりに、ある野鳥好きの方にお目にかかりました。その方からは、「ヤマガラ、最近見る?」と聞かれましたが、昨シーズンからヤマガラはまったく見なくなっています。一昨年は少数ではあったものの、九華公園でも見たのですが、どこにいったのでしょう? ついでに昔のことも伺いましたが、町屋川の日の出橋あたりにタゲリがたくさんいたとか、いろいろと興味深いお話でした。

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2018年2月25日 (日)

アオサギさんに接近、ユリカモメも復活

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 最近、九華公園ではアオサギさんに遊んでもらっています(微笑)。今日は、朝日丸跡の南東の端に佇んでいました。左の写真は、超望遠コンデジの65倍ズームの威力のお陰。嘴はかなりピンク色になってきています。ブロ友のひらさんによれば、例のサギ山にはアオサギがかなり集まっているそうですから(2018.02.25 アオサギ大集合!)、このアオサギもそちらへ向かうかも知れません。
Img_0870c アオサギがいたのは、ここ。左は、EOS kiss x-5の55mmレンズで撮っていImg_0871c ます。右は、同じく、250mmズームで撮影。あまりにも自然に佇んでいるので、風景に溶け込んでいます。危うく気づかないまま近づきそうでした。
Img_0867c 今日のトピックスは、もう一つ。ユリカモメの姿を久しぶりに見ました。2月16日以来、9日ぶりです。暖かくなってきたせいか、餌をやる人が復活したためと思われます。今日は72羽。この写真は、吉之丸堀の東屋のところにて撮影。
Img_7067c 久しぶりの曇りで、夕方には雨という予報です。ソーラーパワーが得られないのはちょっとつらいところ。近鉄ハイキング、JRさわやかウォーキングは、パスしました。8時半からいつものコースを散歩し、6.1㎞。鳥はやや少なめ。九華公園の水門修理は無事に終わったそうで、今日中にも潮の干満を見て、堀に水を入れるということでした。
Img_0841c 揖斐川沿いも鳥は少なく、三の丸水門まで来て、ヒバリの鳴き声を聞きました。下流側で見つけ、写真を撮ろうと思ったら、水門の上流側へ。そちらへ行ったら今度はまた下流側に逃げられと、ヒバリのお陰でウロウロ(苦笑)。
Img_0844c ゴイサギは、いつものところ(社務所裏のクスノキ他)に、計4羽。肌寒いImg_0897c ですし、夜行性ですから、隠れてじっとしていました。左の写真は、例の色の薄いゴイサギさん。右の写真は、九華稲荷社の参道から(東から)撮ったもの。
Img_0860c カモたち、今日は53羽。ハシビロガモも、久しぶりに泳ぎ回って餌取りをしImg_0863c ているところを見ました。メンバーは、ホシハジロがおらず、ハシビロガモのオス3羽、メス2羽にキンクロハジロ。ハシビロガモのオス、左の個体は、エクリプスから脱却していますが、右の個体(もう1羽、同様のものがいます)は、まだ抜けきっていないまま春を迎えそうです。単に遅いだけなのか?
Img_7113c 本丸跡では、シメの姿。ここ何日か、見ていませんでしたが、健在のようです。このほか、ジョウビタキのメスも見たものの、ピンぼけ写真ばかりでした。
Img_0904c 貝塚公園でも、まだ1本だけですが、白梅が咲いてきて、梅の香りが、あImg_0914c たりに漂っています。鳥は少なく、ジョウビタキのメスと、シロハラ2羽、ツグミ1羽のみ。右のジョウビタキのメス、昨日見た個体と同じです。下半身の羽の乱れ方が同じ(昨日の最後から2枚目の写真もご覧ください)。
Img_0908c 「ツグミは、哲学者だ」と、昔、小生の叔父がいっていたことがあります。立ち止まって、遠くを見ている様子を目の当たりにすると、そんな気がしてきます。
Img_0889c オマケは、鎮国守国神社の拝殿にある薦被りの上にいた旅ネコトリオ。「トリオ」と書いたとおり、3匹います。寒いとき、ここによく乗っています。最近は、近寄っても逃げたりしなくなりました。「無害」であることが認知されたのでしょうか(微笑)。

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2018年2月24日 (土)

河津桜も咲き、春めいてきた感じ

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 待っていましたが、ようやく寺町商店街の河津桜がほころび始めました。去年は、2月20日(寺町の河津桜は、開花宣言できそう……鳥は少ないものの、コガモ、ヒドリガモ、エナガなど)に咲き始めています。例年通り、商店街の北にある荷捌き広場のところです。寺町商店街のFacebookを見ると、ぼんぼりを準備して、花見の用意は万端とのことです。
Img_6981c 九華招魂社の鳥居脇の梅もかなり咲いてきましたし(左の写真)、九華公園Img_0781c の管理事務所の前の白梅(右の写真)や、貝塚公園の白梅も咲き始めていました。河津桜も咲き始めましたから、これでいっきに春が来たという感じです。
Img_0642c 鳥たちの行動を見ても、春が来たという兆しが見られます。しばらく前から、蟠龍櫓の近く、三の丸水門のところでヒバリが見られます。2~3日前から、さえずりのような鳴き声が聞かれます。左の写真のヒバリ、嘴を開けていますが、これはさえずっているところ。堤防の、川側の法面(石が組んであります)からも複数のさえずりが聞こえてきます。
Img_6964c アオサギは、今日も九華公園・辰巳櫓跡近くの松の木に1羽がいましたが、Img_6958c_2 嘴はピンク色を呈してきており、繁殖期に入ってきていることが分かります。2月9日に弥富でサギ山を見てきましたが、少数ではあったものの、すでに集まってきていました(弥富野鳥園で猛禽類、サギ山、三ツ又池公園も見てきました)。
Img_0789c カワラヒワたちも、つい先日までは、集団で地面に降りてきて餌探しをしていましたが、今日は、集団のサイズが小さくなっていました。それに代わって、個別に樹上にいるところを何回も見ました。こちらも春近しということかも知れないという気がします。
Img_6903c さて、今日は8時半から散歩をスタート。住吉神社、九華公園、貝塚公園とまわり、寺町を通って6.9㎞。いつものコースなのに、九華公園、貝塚公園をウロウロしたので、少し長くなりました。揖斐川の堤防から見る多度山、何となく霞んでいるような気もします。
Img_6914c 揖斐川のあちこちには、カンムリカイツブリが浮かんでいたのですが、すでに夏羽に代わってきていると思われる個体もいました(はっきりそれが分かる写真は撮れていません)。
Img_6925c 九華公園の北門近くでは、ハクセキレイが食餌中。ミミズを加えて、振り回していました。苦手な方は、ご注意ください。このあと、細かくして食べていました。
Img_0676c カモたちは、計51羽。相変わらず水量が減っていますので、あまり泳ぎ回Img_6998c ってはいません。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽とキンクロハジロだけでした。ユリカモメの姿は、今日も見られません。まだ帰ってしまったということではないと思います。ちなみに、堀の水が減っているのは、今日、水門の修理が行われるからです。修理が終わったら、また、揖斐川から水を入れる予定だと伺っています(右は、吉之丸コミュニティパークのところで行われていた水門工事の様子)。
Img_0668c 九華公園の上空には、しばらくぶりに、ミサゴらしき猛禽類の姿が見えました。ただ、東側の堀のあたりを一回りして、そのまま飛び去ってしまいました。堀の水が少ないので、魚もいないのかと思います。
Img_0685c 二の丸跡では、コゲラ(左の写真)、ジョウビタキのメス(右の写真)の他Img_6946c に、エナガも見られました。エナガもこの間までは集団でいましたが、今日は、個別に行動しているように見えました。
Img_6967c このジョウビタキのオスは、本丸跡で撮ったのですが、この直前には、朝Img_0730c 日丸跡や、二の丸跡を移動していました。ツグミは、今日もあちこちで見かけました。例によって、「だるまさんが転んだ!」をしているようなパターンで移動。
Img_0756c 土俵の近くでは、シロハラ1羽と、シジュウカラ数羽の群れが見られましImg_0769c た。シジュウカラは樹上から、地面から、忙しく動き回り、餌を探しているようでした。木の洞にまで入り込んでいって、餌探しをしています。
Img_0723c 一昨日5羽を確認したゴイサギさん、今日見られたのは、3羽のみ。これImg_0725c ら2枚の写真は、いずれも稲荷社の参道から撮ったものです。5羽いることは分かったものの、ゴイサギは相変わらず「忍者」であります。
Img_0800c 貝塚公園は、とても静かでした。ヒヨドリがいないと静まりかえっている感Img_7006c じです。1周半して見つけられたのは、ツグミ1羽と、ジョウビタキのメス1羽。最初の一周では見えず、「今日はダメか」と思ったら、同情して出て来てもらった感じ(苦笑)。
Img_7041c わが家まで戻ってきたら、コサギが飛んできて、諸戸氏庭園との間の水路に降り立ちました。2月に入って、ごくたまに見かけます。
 明日も近鉄ハイキングや、JRさわやかウォーキングはあるのですが、今のところパスの予定。近鉄ハイキングの酒蔵みてある記は、JRさわやかウォーキングで行った(17/12/18、雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その2))神楽酒造なのです(コース沿いに神社仏閣はなさそうですし、四郷郷土資料館も見ています)。もう一つの近鉄ハイキングは松阪なのですが(祭りの賑わいに誘われて 武四郎まつりと伊勢街道めぐり)、「約14㎞ 健脚向き」となっていておじけづいています(苦笑)。松浦武四郎記念館は、一度は見てみたいと思ってはいます。JRさわやかウォーキングの方は、参宮線・二見駅で、「古き風情を楽しむ 夫婦岩 おひなさまめぐり」。こちらは、「家族向けコース 約6㎞」なのですが、二見までは快速みえに載っても1時間40分かかるのです。天候もスッキリしない予報ですし……。

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2018年2月23日 (金)

両ヶ池公園へ遠征して来ました

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 暖かくて、風もあまりなさそうでしたので、今日はこちらへ。両ヶ池公園(いなべ市大安町)です。わが家からは西へ、直線距離で約16㎞、クルマでは35分ほど。ちょうどよい遠征距離です。来週からは、クルマが自由に使えなくなることもあり、思い立ったということもあります。ここへは、昨年11月30日以来(ミコアイサ、カワセミなど……両ヶ池公園へ)。
Img_0583c 到着早々、「これは失敗だったか?!」と(苦笑)。去年11月30日ほどではなかったものの、水量が少なくて、カモなどとても少ないのです。冒頭の写真は、上池、この写真は下池の様子(ミルクロードの両側に池がありますので、両ヶ池なのです)。
Img_6757c 上池を眺めても、西側の岸の方にまん丸のカルガモたちが休んでいるのがImg_6765c 見えるだけ。アオサギもいません。他には、カイツブリが1羽だけ。いやぁ、やっぱり三ツ又池公園とか、サギ山を見に行けばよかったかという思いが頭をよぎります。
Img_0576c 気を取り直して、下池を覗いてみたら、2枚目の写真のように、少しは水鳥Img_0581c_2 の姿が見えましたので、こちらを一回りすることにしました。下池でももっとも多かったのは、カルガモ。休んでいるものもいましたが、元気に羽ばたいているものも。よくよく見てみると、数羽ではあったものの、オナガガモの姿も見られました。これにちょっとだけ元気づけられて、下池一周に出発。
Img_6792c 下池の南西に草競馬場があります。毎年5月にここで草競馬が行われます(昨年・2017年は、5月14日)。今日は、トレーニング目的か、ここを走っている男性がいらっしゃいましたが、小生は、馬場の外側を回って東へ向かいました。
Img_6802c  こちらでも、カイツブリ1羽に遭遇。眺めはよいのですが、下池の南東側Img_6798c には水鳥はほとんどいません。下池の方からも、藤原岳など、鈴鹿の山並みがよく見えますし、池は広々とし、空は青く、散歩コースとしては最適。
Img_0588c 東側から間近に見られたのは、オオバンのみ。池の東には、森が広がっていますので、これまでもジョウビタキ、ベニマシコ、トビなど野鳥をよく見たのですが、今日は静かなもの。
Img_6816c トボトボ歩いて、下池の中央、真東あたりまで来たところで、池の東北側Img_6820c に、何やら気になる鳥影が……。いやぁ、やりました! 遠征してきた甲斐があります。ミコアイサのオスが2羽。これが見たくて、ここまで来たのです(左の写真は、後ろ姿)。
Img_6828c 何度見ても良いものです。別名、「パンダガモ」とか、「宇宙ガモ」とも。メImg_6825c ムも1羽が見えました。
Img_0601c 下池でカモたちが集まっていたのは、池の北東側。森があって風が遮らImg_0604c れ、日当たりもよいので、ここに集まっていると思われます。キンクロハジロ多数の他、ホシハジロの姿も見えます。オカヨシガモらしきカモも混じっています。
Img_0602c 岸にあがっているカモは、カルガモが多かったのですが、コガモも混じっImg_6880c ていました。一周して、下池の西側に戻ってきました。チドリらしき鳥も見えたのですが、種類は判別できません(右の写真、中央)。
Img_6885c もう少し水量があったら、鳥も多かったとは思いますが、それでもミコアイサを見られましたから、それなりに満足であります。今日は、上池の方は、ミルクロードから眺めたのみです。
Img_0321c 余談でありますが、藤原岳の見え方。わが家からは、左の写真のようにImg_0574c 見えます。両ヶ池のところ(ミルクロード)からは、右の写真のように見えます。どちらも、Canon EOS kiss x-5の55mmで撮ったもの(ただし、左の写真は、傾きを修正するために回転し、わずかにトリミングしています。

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2018年2月22日 (木)

九華公園もワンダーランド……アオサギ2羽に、ゴイサギ5羽、ミサゴも飛来

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 今日は、木曽御嶽山がよく見えます。朝から昼前までずっとよく見えています。頂上あたりからはまだ白いものが上がっているようです。今日の散歩コースは、天気もよく、さほど寒くもありませんでしたので、住吉神社、九華公園から赤須賀漁港に回ってみました。8時40分から3時間ほど、6.4㎞。
Img_0507c いつもと同じようなコースでしたが、収穫大いにあり、でした(微笑)。まずは、九華公園のアオサギ。昨日の記事で「九華公園の2羽のアオサギは、別の個体でした」と書きましたが、今日は、左の写真のように、2羽を同時に確認したのです。場所は、本丸跡、辰巳櫓と神戸櫓の間の松の木です。
Img_6692c 左の写真のアオサギは、上の写真で向かって左の個体。右の写真は、向Img_6688c かって右のアオサギ。いずれも、超望遠コンデジ写真。65倍ズームの威力は偉大です(多少のトリミングあり)! それはさておき、これで九華公園に2羽のアオサギが来ていることが、確認されたということです。
Img_6659c 2羽同時にいるのを目撃したのは、九華公園を一回りして、赤須賀漁港へImg_6661c 向かおうとしたときでしたが、その前に公園内を回っているとき、2枚目の写真で向かって右にいるアオサギを先に見つけました。珍しいところにいるなと思っていたら、ちょうど出会った知り合いの方から、昨日は同じ木のもっと下にいたという話を伺っていました。これまで以上にあちこちに気を配って観察しないといけません。
Img_0472c さらにもう一つ、ゴイサギについての新情報。九華公園のゴイサギ、5羽Img_0477c いるのを確認しました! 左は、10時2分の撮影、右の写真は10時4分の撮影(いずれもカメラの記録)。左の写真は、いつもの、社務所裏のクスノキ、右の写真は、クスノキから北にある木。いずれも、堀を挟んだ対岸から撮影したもので、2分の間に、ゴイサギは移動していません。
Img_0490c ゴイサギが5羽いる可能性に気づいたのは、次のような経緯:九華公園に着いたとき、上右の写真のように、2羽がいるのをチェック。その後公園内をまわり、いつものように九華稲荷社の参道から西を見たら、左の写真のように、3羽がいるのが見えたことがきっかけでした。慌てて、社務所の反対側に回ってみたという次第です。
 ところで、今月に入ってからもゴイサギを目撃していたのですが、あれはどこに行ったのでしょうねぇ(2/1:久しぶりにゴイサギとホシゴイが勢揃い……梅のつぼみは一部でやや膨らむ 、2/7:公園の広場にホシゴイ、餌のないヒヨドリはサザンカの花を食べる )。それとも先日来あれこれ推測しているように、ゴイサギに変身中なのでしょうか? いきなりモデルチェンジも考えにくいのですが……。新しいことが分かると、さらに分からないことが増えます。研究と同じ。
Img_0524c さらに、ミサゴも久しぶりに飛来。2月4日以来です(今日もミサゴがやって来た)。ただし、今日は、通過していったという感じでした。
Img_6655c 実は、今日は、いつも通り九華公園に行こうか、他へプチ遠征にでも行こうか迷ったのですが、結果オーライではあるものの、九華公園を選んで大正解でした。九華公園の堀、清掃は終わったものの、吉之丸コミュニティパークの方にある水門を修理するということで(2/24に予定)、まだ水は入れていません。
Img_0369c そのため、カモたちは自由には泳ぎ回れないでいます。ただ、数はいつImg_0376c も通り、合計57羽が滞在していました。メンバーも同じ(笑)。ユリカモメは、このところまったく姿を見せません。2/16に4羽を見て以来、ゼロ続き。
Img_0386c 九華公園は、今日も賑やかでした。エナガは、二の丸跡の松の木に集まImg_0421c_2 っています。コゲラも2羽、他にシジュウカラも見えました。さらにこの木の下へそっと行ってみると、エナガ以外にも、ウグイスの姿もありました。この松の木、以前からエナガがよくいるところです。
Img_0400c 近くで、ヒヨドリ。今日は、九華公園の中でヒヨドリの鳴き声をよく聞きました。このヒヨドリ、嘴のまわりが黄色くなっています。花の蜜を吸ったか、花を食べたか、どちらかでしょう。
Img_0392c 二の丸跡では、他にジョウビタキのメスも。このジョウビタキのメスは、奥Img_0437c 平屋敷跡でもよく見かけます。両方の場所を縄張りにしているかも知れません。朝日丸跡では、ジョウビタキのオス。ジョウビタキのオスは、朝日丸跡から辰巳櫓跡あたりでよく見かけます。
Img_6706c 2羽のアオサギを確認しているとき(二の丸跡から)、ビンズイが餌を探しImg_6710c ていました。3羽ほどの小さな群れ。じっとしていたら、割と近くまで寄ってきました。が、何枚も写真を撮っていたら、気づかれ、睨まれました(苦笑)。
Img_6717c このあと、赤須賀漁港へ。ユリカモメがいないかを見ようと思ったのですImg_0543c が、残念ながら、オオバン、カワウ、キンクロハジロがわずかにいただけで、当てが外れました。セグロカモメらしきカモメの仲間が、上空を通過していったのみ。
Img_6719c やむなく、揖斐川沿いの堤防を戻ってきました。赤須賀漁港の先では、揖斐川と長良川が合流し、川幅は900m近くあります。こういう広々としたところは、気持ちよく感じられます。遠くにには、多度山、長良川河口堰、伊勢大橋なども眺められ、良い感じ。
Img_6728c 拙宅マンションまで戻ってきたら、マンションないの小公園にシロハラガイテ、盛んに餌を啄んでいました。以前から時々、シロハラが来ることがあります。

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20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(その4)……ようやく伊藤酒造で「鈿女」を試飲して「完」

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 5.3㎞しか歩いていないのに、「その4」まで引っ張ってしまいました。ご容赦ください。椿岸神社、智積養水、西勝寺、そして伊藤酒造とわずか1㎞あまりの範囲内なのに、2回半も使っております。今回で、これも最後、いよいよ最終目的地の伊藤酒造に到着します。
Img_9663c 西勝寺の本堂前から測っても400mほどで伊藤酒造に到着します。創業は、弘化4(1847)年。まだ江戸時代。将軍は、第12代徳川家慶の頃。伊藤酒造さんのサイトによれば、「山田錦」を始め、三重県産の米を、また、仕込み水には、「智積養水(ちしゃくようすい)の伏流水」を使用しているそうです。智積養水の水は、鈴鹿山脈から湧き出る水で、その3に書いたように、「名水百選」に選ばれています。
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 伊藤酒造さんは、この「鈿女(うずめ)」を始め、「日本華」「猿田彦」「鈴鹿山Img_9695c 麓」というブランドの醸造元です。とエラそうに書きながら、実は、今回の酒蔵みてある記に参加するまでは、あまりよく知りませんでした(苦笑)。
Img_9664c まずは、酒蔵を見学させてもらいます。3枚前の写真にも写っていますが、Img_9667c 酒蔵の玄関には、この看板。たぶん琺瑯看板だと思います。いかにも歴史を感じさせます。玄関を入って、順路にしたがっていくと、まずは左手に「釜場」がありました。「写真撮影可 立ち入り禁止」とあります。洗米や蒸し米などの造酒工程を行う設備と思います。
Img_9671c 次は、発酵タンクの見学。酒蔵みてある記でも、醸造工程を見せてもらえImg_9674c たのは、今回が初めて。パレットなどで臨時の足場が組んでもらってあり、そこを登ります。ただし、この写真で、正面のタンクを見せてもらうのではありませんでした。発酵が盛んに進んでおり(前日は、タンクからあふれるほどの状態だったそうです)、まともに香りをかげないということで、ピンクのダウンを着た女性がいらっしゃる、右手のタンクを拝見するのです。女性が団扇を持っていますが、これで香りを仰いでもらって、「味わう」という次第。
Img_9677c 「撮影可」と言ってもらえましたので、何枚か撮ってきました。テレビなどでは見たことがありますが、実際に目にするのは、初めて。ぷくぷくと発行が、現在進行形でした。お酒というか、アルコールというか、香りがしっかり感じられます。お酒に弱い方ですと、これで酔っ払うかも知れません。
Img_9673c 発酵タンクの先には、お待ちかね、試飲コーナー(微笑)。このために、Img_9679c 雨、風をものともせずにここまで歩いてきたのです(大げさな!)。右の写真通り、鈿女の「特別本醸造 搾りたて生原酒」であります。
Sakaguramitearuki まさに、近鉄ハイキング・酒蔵みてある記のPRの通り、「蔵出しの一杯Img_9680c に、のどが鳴る」です。ただし、お断りしておきますが、小生、決して大酒飲みではありません。若い頃でも、二人で一升がせいぜいでしたから。右が、その「蔵出しの一杯」。蔵の中で、暗いところでしたから(オヤジギャグではありません)、ちょっとピントが甘め。しかも、先に一口飲んでしまいました(爆)。
Img_9683c 伊藤酒造さん、なかなかの商売上手と思えます。発酵タンクの見学→試Img_9763c 飲→即売会となっていて、これはもう買うしかないという流れになっていました(苦笑)。酒蔵みてある記では、試飲をしたお酒を買うことにしています。それで、ここでお買い上げになったのが、右の写真の通り、鈿女の「特別本醸造 生原酒」720ml入り。¥1,200なり。アルコール度数18度ということもあり、濃くて、やや甘めという感じでした。お陰様で、すでにしっかりと味わい尽くしました。
Img_9689c お土産も無事にゲットし、順路に沿って行きますと、次に、甘酒の振る舞Img_9688c いをしていただきました。写真に撮れば、どこの酒蔵のものか、判別するのは難しいのですが、これなかなかのものでした。もちろん、伊藤酒造さんの酒粕を用いたもの。今までのところではありませんでしたが、「どれくらい飲みます? たくさん? ちょっとでいい?」と聞いてもらえました。
Img_9690c 試飲が、有り体に言えば、小さなコップでしたので、ちょっともの足らないImg_9693c 気がしていました。それ故、この掲示が気になって仕方ありません(爆)。飲食ブースがあり、「ショット原酒」やら、「300ミリビン」やらを売っているようですし、つまみもあると書いてあります。
Img_9697c 道を挟んで、参加者がたくさん集まっているのが見えました。アンテナショップ「慕蔵(ぼくら)」と「わみん」を運営しているというのが、ここのようです。「慕蔵」の方は、酒の試飲と販売、量り売り、さらには、酒器やグッズの販売もしています。「わみん」では、地酒風味のソフトクリームを販売しているといいます。
Img_9711c こちらが、「慕蔵」というアンテナショップ。古い建物を利用しているようでImg_9705c した。上述のように、ここでも伊藤酒造がつくっている、さまざまなお酒や、おちょこ、徳利、酒粕などを売っていました。ここでは、知り合いの方に差し上げようと思って、鈿女の吟醸を購入してきました。
Img_9706c 「慕蔵」の中には、この写真のように、振るいすぎ在の仕込み桶を使ってImg_9709c つくられた階段がありました。踊り場は桶をそのまま使い、段板には桶の底板を加工したものが使われています。さらに、段板を承ける材木は、百年以上前に使われていた桜の柱が用いられています。何も買わなくとも、こういうものを見るだけでも、ここを訪れる価値があります。
Img_9716c 慕蔵の西に「わみん」があります。「地酒アイス」や、「酒シフォン」という看Img_9718c 板が見えています。「飲食ブース」は、ここでチケットを購入し、品物と引き替えるという仕組みになっていました。さんざん迷ったものの、結局、試飲以上に飲むことは止めておきました。というのは、まだゴールまで1㎞はありましたし、昼間から飲むと、歩くのがイヤになるとよろしくないからです。どなたか連れがあれば、別ですが……(と書きつつ、同行してくださる方を密かに募集しています……微笑)。
Img_9719c 酒蔵みてある記ではおなじみの光景ですが、座るところも用意してもらっImg_9724c てあり、酒、つまみを買ってその場で楽しんでいる方もけっこうありました。またいつかは、自分もこうやって楽しもうと思いつつ、伊藤酒造を後にします。
Img_9728c 桜町の中を500mあまり歩いて、近鉄湯の山線・桜駅に到着。11時45分Img_9731c_2 頃。ところが、小生が桜駅に着くとほぼ同時に四日市行き普通電車が出て行ってしまいました(11時44分発でした)。次は、12時10分。時間が合ったので、近くを歩いてみたのですが、特にこれというところはありませんでした。
Img_9733c やむなく駅に戻り、ホームに上がって待つことにしました。右の写真は、

Img_9742c

湯の山駅の方角をみたもの。御在所岳などには、雪雲がかかって、山は見えません。この日のハイキング、歩いた距離は、実測で5.3㎞。9時48分に高角駅をスタートしましたので、歩いたのは2時間ほど。
Img_9747c_3
 12時10分の普通電車・四日市行きに乗車。四日市で、12時28分発名古屋行き急行に乗り換え、桑名到着は、12時40分着。帰りも¥420、往復で¥840。ハイキングで歩いたのに自宅から桑名駅往復2.2kmを加え、合計7.5㎞を歩きました。距離は、普段の散歩に毛が生えたくらいですが、一生吹山を登ったのはけっこうしんどかったですねぇ。普段から高低差のあるところを歩いた方が良さそうです。
Img_9770c 土産の鈿女の「特別本醸造 生原酒」、家内に大好評でした。キャップにImg_9767c は、右の写真のように、「生」と大書されていて、気合いが入っているのを感じました。
Img_9751c 余談であります。帰りの近鉄電車の車内で見た広告。パッと見たところ、「風神雷神図」のようで、どこかの美術館の広告かと思ったのですが、さにあらず。よくご覧ください。電車の乗車・降車についてのマナーを促すものでした。
Sakura もう一つ、オマケ。今回のハイキングの記事を書くのにもネットでいろいろと検索したのですが、この「桜郷土史研究会」のホームページがかなり参考になりました。四日市は、富田四郷など地区ごとにホームページがあって、それぞれの歴史、名所旧跡などの情報が載っていて、これまでもとても勉強になりました。地元のことを知るのにも有用ですし、最近の歴史ブーム、お城ブームに鑑みると、情報発信、観光客誘致という点でも見習うとよいと思えました。

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2018年2月21日 (水)

20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(その3)……椿岸神社の続き、智積養水そして西勝寺

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 近鉄ハイキング・酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」のその3です。椿岸神社には、いろいろ見所がたくさんありますので、今日もその続きです。昨日のその2では、御祭神、猿田彦社、神宮遙拝所、椿岸稲荷神社、皇居遙拝所を見てきました。
Img_9560c 拝殿に向かって左手(西側)にもお社があります。忠魂殿となっていました。

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詳細についての説明書きなどはありませんでしたが、三重県遺族会のホームページによれば、「桜地区出身159柱の戦没者を祀る」とあります。
Img_9565c 忠魂殿の南には、地蔵堂。延命地蔵尊が祀られています。延命地蔵は、延Img_9568c 命・利生(りしょう)を誓願する地蔵尊で、新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすといいます。ちなみに、「利生」は、「利益(りやく)衆生」の意味の仏語で、仏が衆生に利益を与えることだそうです。
Img_9617c そして、小生にとっては「新発見」が、この地蔵堂の陰(南西)にひっそりと建Img_9619c っていました。「橿原神宮遙拝所」です。当然、橿原神宮をはるかに拝むところなのですが、小生にとっては初めて見たものです。碑陰に回ってみると、「紀元二千六百年記念」と刻まれていました。建てられたのは、昭和十五年四月とあり、氏子総代として12名の方の名前が連記してありました。昨日の記事では、書き忘れましたが、「紀元二千六百年」は、昭和15(1940)年です。この年は、神武天皇即位紀元(皇紀)2600年ということです。地蔵堂の奥、木々に囲まれ、今では、訪ねる人もないのではないかと思えました。
 ちなみに、Googleで検索すると、他にも「橿原神宮遙拝所」はいくつもあるようでした。
Img_9547c 椿岸神社、まだ他にもいろいろなものがありました。まずは、こちらの「おImg_9549c 百度石」。「崇敬百度石」となっています。百度石は、百度参りをする際の標識として設けられている石のこと。百度参りは、社寺で、一定の距離を100回往復して、そのたびに礼拝・祈願を繰り返すことです。向かって右側には、「神徳発揚 天禄永唱 災悪厄除 福栄興産」と刻まれています。左側には、「八方開運 家業隆盛 交通安全 願望成就」の他、「昭和五十八年 吉日」とありました。昭和58(1983)年に建てた割には、「神徳発揚」のように、古めかしいことばや、「天禄詠唱」など、聞き慣れないことばがあります。「天禄永唱」は、普通の辞書には載っていないようですが(こちら)、「天から恵が限りなく降り注いでいる」という意味のようです。
Img_9598c 境内の東には、句碑が一基。「神苑の 照る日くもる日 さへ……祭」(……Img_9600c は、小生には読めませんでした。「祭」もアヤシいのです)。碑陰には、「昭和六十一年春 桜たのし句会」とあります。
Img_9604c_2 手水舎の背後には、鬼瓦などの他、石の輪に花が供えられているところもあります(写真、向かって左下)。これはもうお手上げ。小生ごときの知識では、太刀打ちできません。ご存じの方がいらっしゃれば、是非ともご教示をお願いしたいと思います。
Img_9608c もう一つは、土俵。相撲は神事といわれますから、土俵があっても不思議はありません。「神聖な土俵なので 上がらないでください」とありました。
Img_9614c これは、よく見られる「掟」を示した触書。小生の目を引いたのは、下にある石製の台座。「奉納 明治百年記念」とあります。今年が明治維新から150年ですから、ちょうど50年前(昭和43(1968)年)のものということです。
Img_9613c 最後になってしまいましたが、椿岸神社の由緒書き。ここには、御祭神は、天之宇受女命、猿田彦大神、天照大御神となっています。もとは、椿尾という奥地にあったものが、享禄2(1529)年兵火によって灰燼に帰したものの、戦乱の世の中で、30余年を経た永禄3(1560)年、奥七郷の氏子が新たに天照大神、八幡大神を勧請して、智積御所垣内の地に再建したとあります。ちなみに、七郷とは、智積、佐倉、桜一色、森、赤水、海老原、平尾であり、これらが一御厨をなしていました。明治になり、明治43(1910)年一村一社の方針に基づいて、旧桜村内の神社をすべてここに合祀したとあります(このあたり、その2にも若干記しました)。
Img_9628c 智積養水を見ていないなと思って、神社を後にし、コースをたどって西側Img_9629c に行くと、水路がありました。ここが、智積養水でした。次の目的地である、西勝寺の前にもこの智積養水が流れています。
Img_9631c 西勝寺の向かいに休憩所があり、そこに智積養水の案内図・説明板があります。智積養水は、江戸時代に敷設された灌漑施設で、隣町の三重郡菰野町神森にある湧水池「蟹池」の水を引いています。智積養水路の全長は1,784m、幅は1~2mあります。 ここに桜郷土史研究会による詳しい説明があります。
Img_9634c 智積養水は、昭和60(1985)年に環境省選定の「名水百選」に選ばれています。智積養水のお蔭で、稲作収穫量は安定しているといいます。昭和30年代(1955~64年)までは、住民の方は、この水を生活に用い、その恩恵をたくさん受けてたそうです。そのためいつからともなく、水田を潤し人々を養う恵みの水に対して「養水」の文字を当てて感謝の気持ちを込め、水路清掃も怠りなく、世代から世代へと大切に守り受け継いできたものです。高度経済成長にともない、生活様式が多様化するにつれ、智積養水も生活排水による汚染が広がった時期もあったのですが、自治会が昭和47(19729年、養水の美化を始め、コイの放流や、水路清掃を続けたお陰でかつての清流がよみがえり、「名水百選」に選ばれたのです。
 余談ですが、椿岸神社を出るとき、11時を過ぎていました。まだ雨も続き、先を急いでしまったので、近くにある智積公会所脇にある「延福寺跡」を見忘れました。けっこうよくこういう失敗をやらかします。が、なかなか反省が身につきません(苦笑)。
Img_9636c 桜岡山西勝寺(浄土真宗本願寺派)。山門の前を智積養水が流れてい

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て、なかなかよい雰囲気です。寺の創建を調べると、いくつかのデータが出て来ます。こちらのサイトでは、「寛正2(1461)年の創建と伝 えられる」としていますが、桜郷土史研究会のサイトを読むと、「1504(永正1)年、教尊法師、智積に一宇造立。(桜岡山西勝寺)」とあります。建物は、安政の大地震で倒壊後、再建され現在に至っているといいます。
Img_9642c 雨もようやく小降りになってきたのですが、伊藤酒造がすぐ近いこともあってか、椿岸神社よりも立ち寄る人は少ない有様。本堂も立派で、境内も広く、ゆったりしたお寺なのに、ちょっともったいない。
Img_9644c ここの境内には、「引石(ひきいし)」があります。桜地区の中央部には、Hikiisi 「矢合川」が流れています。江戸時代、智積村では「生水川(しょうずがわ)」と呼ばれていました。ここには、石橋が架かっていたのですが、欄干がなく、増水時には渡るのがかなり危険だったそうです。そこで、寛政7(1795)年、この「生水橋(しょうずばし)」の両岸に、石柱が一本ずつ建てられ、この石柱を当時の人々は「引石」と呼んだのです。この「引石」には、右図(桜郷土史研究会のサイトからお借りしました)のように普段から1本の綱が張ってあり、梅雨などで川が増水すると、橋の上を水が流れて通行上非常に危ないので、通行人がその綱を手摺りとして橋を渡れるようにしたといいます。
Img_9646c 引石は、2本が残っていますが、1本は完全な状態、もう1本は短くなっているように思えますImg_9648c 。向かって右の引石は、南岸にあったものといい、「高水の時なわ引石」とあります。裏には「南無阿弥陀仏」と彫ってあり、その縁でここ西勝寺に引き取られたそうです。当時の生水川は、深さ90cmと非常に浅い川で、増水するとすぐに橋も洗われるような状況だったようです。綱を握り、「南無阿弥陀仏」と唱えながら橋を渡ったと伝わっているそうです。短い方は、「北岸の引石」で民家で保存されていたものを平成25(2013)年、ここに移設しています。
Img_9653c 引石が建てられていたのは、四日市往還(東海道四日市宿から、智積村の生水橋を渡り佐倉村を通って、菰野藩城下を往来する道)にかかる生水橋で、人の往来も盛んだった、重要な橋だったようです。生水橋は、現在の矢合橋(コース途中で、矢合川を渡った橋)と花本橋の中間にありました。ちなみに、大正10(1921)年、国鉄四日市~湯の山間のバス運行(菰野自動車)開始に先立って、橋が架け替えられ、このとき、引石も無用となり、取り払われています。
 長くなりましたので、今日はここまで。その4でいよいよ最終目的地である、伊藤酒造のお話を。

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九華公園の2羽のアオサギは、別の個体でした

Img_6520c

 昨日とは一転、曇天で意気が上がりません(苦笑)。しかし、今日は昨日の課題が解決でき、気分的には上々とまでは行かないものの、少しよい気分。
散歩は、いつものように8時40分に出たものの、九華公園の管理事務所で話し込んでしまい(1時間以上も!)、5.5㎞。住吉神社、九華公園から寺町と回って、11時半帰宅。
Img_0253c さて、昨日の課題とは、「九華公園にアオサギが2羽いたかも!?」でありまImg_0265c す。左の写真のアオサギは、鎮国守国神社の社務所の裏にいたもの(9時6分撮影)。右は、奥平屋敷跡で見つけ、二の丸跡へ逃げたもの(10時22分撮影)。時間間隔が、1時間以上あいていますが、子細に比べると、別個体と思われたということです。
Img_0253c2 左の写真は、「社務所裏アオサギ」、右の写真が「二の丸跡アオサギ」でImg_0273c す。ご用とお急ぎでない方は、クリックして写真を拡大して、ご覧ください(写真は、両方とも、Canon EOS kiss x-5、250mmズームで撮影、トリミングありです)。目の上の青いところの模様の形が異なっています。「社務所裏アオサギ」の方は、輪郭がクリアではなく、眼と模様との間に白い部分があります。一方、「二の丸跡アオサギ」は、模様の輪郭がよりはっきりしていますし、眼のところまで模様が来ています。したがって、この2羽のアオサギは、別個体と結論づけられます。
Img_0229c 課題も解決しましたので、散歩コースに沿って。住吉入江には、この頃、ヒドリガモが来ていることは何度か取り上げました。今日もオス2羽とメス1羽。向かって左がペアと思われます。
Img_0242c 今日も蟠龍櫓近くの揖斐川の堤防には、ヒバリが4羽。堤防道路から覗Img_6540c き込んでも、すぐには逃げようとはしません。さえずりのような鳴き声もよく聞かれます。ツグミは、今日もあちこちで見かけました。右の写真は、やはり蟠龍櫓近くで撮ったもの。三の丸公園や、吉之丸コミュニティパークにもいます。
Img_0245c ヒヨドリ。こちらは、九華公園の北門のところで。この頃、食べ物が少ないためか、あまり姿を見かけませんし、見かけるヒヨドリも今ひとつ元気がないように見えてなりません。お腹が空いているのかも。
Img_6563c ゴイサギは、今日も3羽。いつものあたりに散らばっています。そういえImg_6564c ば、以前は、ゴイサギ3羽とホシゴイ1羽がいました。色の薄いゴイサギが、ホシゴイから進化途中のものだとすると、もう1羽ゴイサギがいてもおかしくはありません。しかし、今のところ4羽同時には見ていないのです。
Img_6558c 九華公園、昨日から堀の清掃作業が行われています。そのため、水をかImg_6590c なり抜いてあり、このような状況。カモたちも居場所に困っている感じでした。ハシビロガモたちは、泳ぎ回って採餌しますが、それが自由にできないようです。カモは合計59羽。メンバーは、毎日同じ(苦笑)。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽、キンクロハジロ。ユリカモメは、今日も来ていません。
Img_6575c 管理事務所で話しているうちに、10時20分を回ってしまいました。午前中Img_6586c の鳥の活動時間も終わりに近い時刻(苦笑)。それでも、奥平屋敷跡では、シメとシロハラを目撃。このほか、九華公園内では、ジョウビタキのオス、メスもみたものの、写真撮影は失敗。
Img_0289c 少し暖かい日が続きましたので、梅の開花が進んでいます。左は、鎮国Img_0306c 守国神社の拝殿の南にある紅梅(紅い花の梅は全部紅梅と呼んでいますが……)。真っ赤です。右は、南寺町の常信寺にあるミツマタのつぼみ。一部、花が咲きそうな感じもしてきました。
Img_0319c 帰り道、住吉入江で、イソシギのメスがチラッと姿を見せました。建物の上から眺めているような様子。イソシギには、こういう行動がよく見られます。イソシギのメスは、住吉ポンプ場から住吉入江にかけてよく現れます。

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2018年2月20日 (火)

20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(その2)……大師堂と、椿岸神社あれこれ

20180217kintetsuhikingitohshuzoc

 2月17日の酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」のその2です。昨日のその1では、東名阪自動車道をくぐるところまで書きました。東名阪自動車道を過ぎてすぐに大師堂があります。今日は、ここから。
Img_9519c こちらがその大師堂。ご本尊は、弘法大師坐像(高さ30cmの石像)。弘法大師として知られる空海は、平安初期(弘仁12(821)年)に、現在の香川県にある「満濃池」をはじめとして、各地に灌漑用溜池をつくり、水不足に悩む農民を救っています。これに因み、あちこちの溜池や掘り抜き井戸などの守り仏として「弘法大師像」が祀られています。この大師堂も同様です。
Img_9522c 江戸時代末期、一生吹山山麓の開発が行われ、山頂の北西にあった窪地に雨水を溜め、「雨池」をつくり、水路を通すなどして周囲を灌漑しました。この大師堂のあたりへは、川を利用するとともに、掘り抜き井戸を用いて給水しています。ここは、地形上も、地下水が集まるところで、豊富な清水が湧き出したといいます。説明板には、この水が永遠に絶えん事を祈って、昭和の初め頃、徳志(篤志か?)の人が弘法大師を祀り、今に受け継がれているとあります。こちらに、桜郷土史研究会の詳しい説明があります。
 大師堂を通った頃は、ちょうど雨・霰・風が強く、見ていく方はほとんどありませんでした。私も急いだため、大師堂の西にある「掘り抜き井戸跡」を見てくるのを失念。慌てるといけませんが、こんな天候ではねぇ……。
Img_9528c 大師堂から北西に向かうと、「矢合川」を渡ります。昨日の「その1」で触Img_9530c れた一生吹山の歴史に、天文8(1539)年、時の佐倉城主・小林備前守重則が、鈴鹿郡峯大和守盛定に攻められたとき、この矢合川北の殿腹で自刃したということがありましたが、その矢合川(元は、生水川(しょうずがわ)といったといいます)です。左の写真は、下流側、右は上流側。
Img_9537c 大師堂から1㎞ほどで、椿岸神社(つばきぎしじんじゃ)に到着。まだ雨がImg_9545c_2 降っていました。桜郷土史研究会のサイトによれば、創立年不詳ですが、社伝では、天平12(740)年頃、現・桜町西区字椿尾に創建とあるそうです。「延喜式(延長5 (927) 年完成)」にも椿岸神社の名が記されているといいます。
Img_9543c 神社検索(三重)によれば、御祭神は、天宇受売命(アメノウズメノミコト)の他、豊受姫命大御神(トヨウケビメ)、天児屋根命(アマノコヤネノミコト)、豊臣秀吉、素戔嗚尊(スサノオノミコト)、木花之開耶姫命(コノハナノサクヤビメノミコト)、倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)、品陀和気命(ホンダワケノミコト)、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコ)、八衢比古命(ヤチマタヒコノミコト)、八衢比売命(ヤチマタヒメノミコト)、大山祇命(オオヤマツミノカミ)、猿田毘古神(サルタビコノカミ)、天照大御神(アマテラスオオミカミ)となっています。なんだかややこしいというか、賑やかというか。
Img_9551c 桜郷土史研究会のサイトによれば、「『明治17年調伊勢國三重郡智積村地誌』には次のように記されています。祭神は、猿田彦大神、天受賣受命(天鈿女命)、天照大御神の三座を祭る。」ということです。その後明治政府の神社合祀により、次の神社が、椿岸神社に合祀されています:須佐社(智積字御所垣内)、浅間社(智積字一生吹)、桜神社(桜村字南垣内)、桜神社(桜村字武佐)と同境内社・浅間社、幸田神社(桜村字南垣内)、桜岡神社(桜村字山上垣内)と同境内社・稲荷社、稲荷社(桜村字砂子谷)、大谷神社(桜村字大谷)、稚瑳良神社(わかさくらじんじゃ。桜村字猪之峡)、そのほか桜地区内各地の「山神」10体。これだけの神社が合祀されたがために上記のように、多数の相殿神がおられるということかと思います。第2次大戦終了後などに、分祀された神社もいくつかあります。桜郷土史研究会のサイトのここに詳しく書かれています。写真は、椿岸神社の拝殿。
Img_9554c 境内社を見る前に、拝殿前の狛犬を確認します。向かって左が「子取Img_9552c り」、右が「玉取り」となっていました。このタイプ、けっこうよく見かけます。
Img_9569c こちらは、猿田彦社。境内の東側のエリアにあります。鳥居にある神額は、「宮司 Img_9577c 川島敏孝 謹書」とあります。お社は、右の写真の通り。北に向かって拝むように建っていました。猿田彦は、天孫降臨のとき、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した国津神。
Img_9574c 猿田彦社の脇には、「神宮遙拝所」の石柱が立てられていました。ここで、例によって、うっかり(苦笑)。裏に回って、いつ建てられたのかを確認することを忘れました。神宮遥拝所は江戸時代に建てられたこともあるようですが、今に残っているもののほとんどは、昭和12(1937)年、近衛内閣の時代に始まった「国民精神総動員」運動の最中に建てられたものが多いといいます。
Img_9580c  椿岸神社の拝殿の東、猿田彦社の北には、椿岸稲荷神

Img_9583c

社があります。慶長10(1605)年8月に、京都の伏見稲荷神社の祭神・倉稲魂神(うかのみたまのかみ)を勧請して、字大門(あざだいもん;現・桜町南公民館の南)に「幸田神社」として創建されました。そこに至る経緯については、右の説明板にもありますし、こちらにもあります。
Img_9592c
 明治政府の一村一社の方針にしたがって、幸田神社は、明治42(1909)年に椿岸神社に合祀されました。しかし、昔を懐かしむ人々の声によって、昭和35(1960)年に、幸田神社は椿岸稲荷神社と名を変えて椿岸神社本殿の東側に再建されています。
Img_9585c この椿岸稲荷神社の参道の東には、「皇居遙拝所」の石柱が立っています。裏Img_9590c に回って確認すると、「皇紀二千六百年紀念 昭和十六年菊月巳庚會建之」とあります。「皇紀」は、日本書紀の記述をもとに、神武天皇即位の年(西暦紀元前660年にあたる)を元年とする紀元です。亡父から、この「皇紀二千六百年」という事はよく聞かされた記憶があります。これを機会に、当時の日本政府は、日本が長い歴史を持つ偉大な国であることを内外に示し、また、国民生活の窮乏や疲弊感を晴らそうとして、大規模な行事を展開したようです(こちらを参照)。ちなみに、皇居遙拝所は、昨年12月22日に行った、近鉄ハイキングの「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」で、南伊賀留我神社にもあるのを確認しています(近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」(12/22)へ(その3で完))。
 椿岸神社、まだまだ他にもいろいろとありましたが、長くなりますので、今日は取り敢えず、ここまで。この記事に追記するか、その3として続きを書くか、いずれかにします。

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九華公園にアオサギが2羽いたかも!?

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 風はやや冷たい感じもしましたが、暖かい日でした。冒頭の写真は、九華公園の様子ですが、堀の水がかなり少なくなっています。東屋の基礎のコンクリートが見えるほどです。吉之丸堀の南あたりは、ヘドロやゴミがたまってしまい、それを取り除く作業をするための措置です。
Img_0190c 今日も今日とて、散歩三昧であります(苦笑)。8時45分から11時半、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から寺町と6.2㎞。左の写真は、九華公園内の九華招魂社にある枝垂れ梅。毎日のように確認に行っていましたが、今日、開花です。
Img_0084c さて、こちらは住吉神社の前。揖斐川の堤防から、川に降りられる階段があImg_0098c ります。ここ2~3日、コガモがやって来るようになりました。今日は、上陸しているものが6羽。近くには4羽が浮かんでいました。揖斐川の堤防、蟠龍櫓あたりには、しばらく前からヒバリをよく見るようになっています。
Img_6428c 九華公園では、久しぶりにカワセミを目撃。とはいえ逆光の位置でしたし、枝かぶりの全くの証拠写真。順光の位置に回り込もうとしたものの、逃げられました。残念。
Img_6450c 奥平屋敷跡、この頃、野鳥がよくいます。シメ(左)や、ジョウビタキのメスImg_0141c (右)、シロハラはほとんど常連さん。ビンズイや、エナガもこの2~3日連続して目撃しています。ビンズイ、エナガは、小生が九華公園につく、9時過ぎにはこのあたりにいて、その後、二の丸跡、本丸跡と移動していくことが多くなっています。
Img_0149c エナガの写真は、二の丸跡で撮りました。このところ、シジュウカラと一緒に移動しています。コゲラが混じっていることもあります。とても賑やかで、しかもチョコチョコよImg_0158c く動き回ります。
Img_0170c 昨日は、「ツグミ・デー」というタイトルをつけましたが、今日もツグミをあちこちでみました。ツグミは渡りの途中で、餌が豊富にあるとそこにとどまっている傾向があるそうです。遅れてやって来たということでしょうか。
Img_6484c アオサギは、珍しいところにいました。ここにいるのは初めて見ました。右Img_0196c の写真の通り、クスノキのてっぺんあたり。そして、アオサギについては、驚いたことにほぼ同じ時刻に、奥平屋敷跡にもいたということでした(鳥好きの方の情報ですから、確実と思われます)。しかし、小生が確認に行った時にはすでにそちらには姿はありませんでした。
Img_0205c ゴイサギは、3羽。これも、最近はいつも通り。前は、上の写真にある、アImg_6490c オサギがいるクスノキにいましたが、最近は、北側へ20mほどのこちらにいることがよくあります。アオサギ、ゴイサギを観察している、堀の西側には、シロハラがよくいます。
Img_6512c 貝塚公園は、今日も樹木の手入れが行われていました。今日は、枯れた枝などの伐採作業で、チェーンソーが使われていました。作業場所から離れたところにツグミや、シロハラがいました。モズのメスは、作業の合間にやって来たところを捉えられました。

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2018年2月19日 (月)

20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(その1)……一生吹山「登山」、一生吹配水池、毘沙門天を経て、東名阪自動車道の下まで

Sakaguramitearuki

 確定申告の準備やら、ブログの過去記事と写真の整理やらをしていたら、1日あいてしまいました。2月17日(土)に出かけた「20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」、予告編に続き、本編のその1です。この画像は、近鉄のサイトから借りましたが、「蔵出しの一杯に、のどが鳴る。」のキャッチコピー、堪りませんねぇ(微笑)。
Uzume この日の目的地は、。三重県四日市市桜町にある伊藤酒造。不勉強にして、この酒蔵のことは知りませんでした。創業は、弘化4(1847)年といいますから、170年の歴史があります。「鈿女」「猿田彦」「鈴鹿山麓」「日本華」という地酒を醸造しておられます。ちなみに、三重県は地酒の醸造元が多いという話を何かで読んだ気がします。
20180217kintetsuhikingitohshuzoc コースは、この画像の通り、近鉄湯の山線・高角(たかつの)駅から桜駅まで。5.3㎞でしたが、難行・苦行とまでは申しませんが、天候の悪化もあって、大変でした(苦笑)。普段の行いが悪いという自覚はないのですが、「酒蔵みてある記」に参加すると、天候が優れないことが多いのです。
Img_9425c 近鉄湯の山線を利用しての「酒蔵みてある記」は、1月27日の「銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて」に続いて2回目。桑名駅を9時2分の松阪行き急行に乗車。近鉄四日市駅には9時14分着。湯の山線・湯の山行き普通(9時30分)発に乗り換えます。高角には9時41分着。¥420。左の写真は、高角駅到着直前に、この日のコースの方を撮ったもの。正面やや左に写っている山が、今日登る「一生吹山(いっしょうぶきやま)」のはず。
Img_9428c 近鉄・高角駅。近鉄四日市駅からは、4つめ。受付は、9時50分からとなっImg_9435c ていましたが、参加者が多かったのか、すでに受付は始まっており、歩き始めている方も多数。。いつものように地図を受け取り、あみま倶楽部の会員証にスタンプを押してもらい(これで5個。まだまだです)、スタート。スタートは9時48分。
Img_9439c 湯の山線の踏切を越え、南西の方角へまっすぐ。左の写真で、中央右に見えているのが、これから登る一生吹山。調べたら、標高は109mということでした。普段から歩いているし、楽勝と、この時点では、高を括っていました(苦笑)。
Img_9442c  途中、四日市市水道局の「三滝西水源地」の前を通ります。四日市市のImg_9440c_2 上水道の主な水源は、鈴鹿山脈の伏流水だそうです。この三滝西水源地も同様で、このあと立ち寄る「一生吹配水池」から配水されます。この水源地の前には、「震災時の応急給水拠点」の看板があったのですが、これは、一生吹配水池のことのようでした。
Img_9445c 三滝西水源地を過ぎると、徐々に登り坂になってくるのを感じます。前方Img_9447c には、エビノ園 という障害者支援施設があります。ここはけっこう歴史のある施設だった気がします。エビノ園の手前に、気になる看板がありました。「四日市友の会」というもので、さらに小さな文字で「幼児生活団」とありました。この「幼児生活団」の募集ポスターが散歩コースのあるところに貼ってあり、ずっと気になっていたのです。昭和5(1930)年、ジャーナリストで教育者の羽仁もと子を中心に「婦人之友」の愛読者によって始められた団体のようでした。
Img_9449c ここで振り返って、スタート地点の高角駅の方を眺めてみたら、少し上りImg_9451c 坂になっていました。先の方は、右の写真のようになっています。だんだんと上り坂がきつくなっていきます。ちょっと不安になってきます(苦笑)。
201802171c コースマップには、左の画像のように、「急な上り坂」と書Img_9453c いてあるとおり、かなり急な坂でした。写真を撮る余裕もあまりなく(苦笑)、息を切らしながら登る有様(爆)。右の写真模糊野坂の途中ですが、これはまだまだ楽勝のところ。
Img_9456c 一生吹山の、たぶん最高点には、四日市市水道局の「一生吹配水池」がImg_9458c あります。ここには、池(タンク)が2つあって、何らかの理由で取水ができなくなったとしても半日以上は水道水を供給できるようにしているそうです。ゆっくりと写真を撮りながら、小休止(苦笑)。ここが、先程、三滝西水源地のところに看板があった「応急給水拠点」。しかし、ここまで登ってくるのは大変です。
Img_9455c 一生吹配水池の西には、NTTドコモの四日市智積無線局がありました。Img_9461c 携帯電話の基地局なのでしょう。この手前を右折(北へ)。「一生吹山、毘沙門天王、七福神……」などの看板が出ています。
Img_9468c すぐに一生吹山毘沙門天に到着。鳥居には、「毘沙門天王」という神額がかかっています。皆さん、坂登りが堪えたのか、ここで一休みという方もたくさんいらっしゃいました。
Img_9484c この写真は、毘沙門堂。ここにあった「一生吹山 毘沙門天王由来」の案Img_9496c 内板によれば、「大正3(1914)年、浅間神社が椿岸神社に合併され同年桜智積の有志の各位により信貴山毘沙門天王を勧請し」たとあります(ただし、桜郷土史研究会の「検証 桜の重大事件」のサイトには、昭和3(1928)年に勧請したとありました)。
Img_9470c 毘沙門堂の脇には、毘沙門天以外の「六福神」を祀る御堂が並んでいまImg_9474c す。はじめは、「七福神なのに、どうして6つしか御堂がないのか?」などとトンでもないことを考えました(爆)。向かって左から、布袋尊、寿老神、福禄寿神、弁財天、恵比寿天、大黒天でした。
Img_9489c この一生吹山には、歴史がありました。「一生吹山由来」の案内板によれImg_9492c ば、天文8(1539)年、時の佐倉城主・小林備前守重則は18歳でしたが、この一生吹山に北西の南朝方の守りのため出城を築き、鈴鹿郡峯大和守盛定の来攻に備えたものの、戦に利なく、落城し、矢合川北方の殿腹で自刃したそうです。境内の南方には、崩れた土塁の後もあるそうです。その後、浅間神社が建てられ、近年まで「デジロ祭」が毎年7月1日、若くして逝った痛恨を慰めたといいます。明治44(1911)年、浅間神社は椿岸神社に合祀されます。大正3(1914)年に(異説あり)信貴山から毘沙門天王を勧請し、今日に至っています(桜郷土史研究会の「検証 桜の重大事件」のサイトに詳しい説明があります)。ちなみに、明治・大正の頃、ここは松茸山だったそうです。現在は、桜の名所となっています。
Img_9477c 毘沙門天の境内には、このほかいろいろなものがありました。その一つImg_9478c が、こちらの母子観世音菩薩像です。「母わ子を愛情をもって育成し 子わ母を慈しみ慕いて 恩を忘れじ」と刻まれています。由来は、ネット検索では分かりませんでした。台座の他の面に書かれていたかも知れません。
Img_9482c もう一つは、「御大典記念碑」。昭和3(1928)年10月に建てられたものでImg_9480c すから、昭和天皇のご即位を記念しての碑と考えられます。建てたのは、「帝国在郷軍人會櫻村分會東區班(石藤)」とあります。昭和天皇のご即位の式典は、大正天皇の喪が明けた翌年である、昭和3(1928)年11月に京都御所で行われています。それ故、この記念碑はそれに先だって建てられたということになります。
Img_9494c この境内の東の端に行くと、四日市市街地が眺められます。この頃から、時雨れてきましたので、はっきりとは見えていませんが、この写真の中央あたりが、近鉄四日市駅あたりになります。
Img_9503c 一生吹山毘沙門天で、出発から約1.5㎞。ここからはもう下り坂。10時20Img_9504c_2 分頃から下り始めました。が、だんだんと空模様が怪しくなってきました。ほんの2~3分歩くか歩かないかのうちに、雨やら霰やらがかなり激しく降ってきてしまいましたし、風もかなり強く、傘を差したら煽られるくらい(爆)。どうして、近鉄ハイキングの酒蔵みてある記に参加すると、こんな目によく遭うのでしょう? 日頃、さほど行いが悪いとは思っていないのですが、自覚が足らないのでしょうか?
Img_9509c 独りでぼやいたり、恨み言をつぶやいたりしながら、トボトボ歩いて行くImg_9511c と、1㎞ほど下っていくと、東名阪自動車道に突き当たります。トンネルで自動車道の下をくぐりますが、ちょうどよいとばかりに、このトンネルで一休み。右の写真では人は少なくなっていますが、着いた時は、数10人の方が雨宿りを兼ねて小休止中でした。
Img_9515c  ここまででスタートから2㎞半弱。40分ほど経過。東名阪自動車道の四日市インターチェンジの南西1㎞弱のあたり。今日は、ここまでにさせていただきます。明日は、この近くの大師堂のお話から続けます。

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ツグミ・デーでした

Img_0014c

 鎮国守国神社の拝殿前にある白梅です。少しずつ咲いてきました。やはり、去年より半月ほど遅い印象です。朝は冷えていましたが、日が昇るにつれ、少し暖かくなりました。8時40分から11時半過ぎまで、まったくいつものように散歩(笑)。「判で押したように」とは、このことです。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園から京町、寺町と5.7㎞。
Img_6314c 今日はさながら「ツグミ・デー」でした。合計10羽を確認。昨年並みになってImg_6406c 来たという印象です。左は、揖斐川の堤防で、右は内堀南公園で。右の写真、背景には餌を啄むスズメたちも写っています。
Img_9926c こちらは、散歩に出たとき住吉入江にいたヒドリガモのオス。メスはいませImg_6319c んでしたから、単独オスの方と思います。このほか、住吉神社前の揖斐川には、コガモが9羽、ヒドリガモが22羽、カンムリカイツブリが1羽と賑やか。
Img_9934c 蟠龍櫓の東の堤防には、今日もヒバリの家族。枯れ草に紛れていて、なかImg_6318c なか見分けがつきません。地鳴きではなく、さえずりに近い鳴き声が聞こえていました。すでに春が来ているのかも知れません。
Img_0053c 九華公園のゴイサギは、いつも通り3羽。社務所裏のクスノキには1羽。こちら、社務所北のところに2羽。向かって右下のゴイサギは、羽の色が薄いと、まったく同じパターン。今日は、アオサギは不在。
Img_9951c カモも、数が64羽と多かったことを除けば、いつもと同じ(苦笑)。ハシビImg_0060c ロガモのオス3羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽、他はキンクロさん。もう2月も半ばですから、ヒドリガモや、ホシハジロのメスなどは来ないかも知れません。ちなみに、ユリカモメは今日もゼロ。餌がもらえないからというのがもっとも考えられる理由。
Img_6351c オオバンもすっかり、九華公園の堀に定着しています。左の写真は、甲羅干しスロープに上がったところ。あの、大きな「弁足」がよく見えています。オオバンは、ここに上陸して、身繕いをしています。
Img_6360c 今日は、いろいろな小型野鳥が出て来ていました。ビンズイ(左の写真)Img_0029c の他に、シメ(右)。ビンズイは、奥平屋敷跡や本丸跡で、シメは吉之丸コミュニティパークでも見ましたが、これは本丸跡で。何か、丸いものを食べています。よく見つけるものです。
Img_0050c シロハラは、3ヶ所で確認。奥平屋敷跡と、土俵近くで2羽。写真は、土俵近くにいたもの。ここでは、この2羽が互いに牽制し合うように鳴いていました。テリトリー争いかという印象があります。今日は、このほか、エナガ、シジュウカラ、コゲラ(以上は群れで移動)、ジョウビタキのメス、オスなども見たものの、きちんとした写真には撮れずじまい。
Img_6403c 貝塚公園、今日は、造園業者の方が入って、手入れの最中でした。ツグミ1羽を見たほかは、このシロハラ、カワラヒワくらいで残念。
Img_0073c 梅が咲いてきましたので、桜が気になります。これは、寺町商店街にある河津桜。つぼみは結構大きくなってきている感じがします。なばなの里では、ごく一部ですでに咲き始めているといいます(2018.02.12 アオサギ探しの旅、運が良いのか悪いのか(笑))。
Img_6336c 余談です。昨日、「桑名の城跡・47」のパネル展示などについて書きましImg_6341c たが、今日、Oさんがさらにこのような看板を設置してくださいました。恐縮です。ほとんどはOさんの手によるお仕事で、元ネタを提供しただけなのに、です。「九華公園を楽しく歩こう」の資料とともに、管理事務所前にファイルを置いていただいています(左の写真)。
Img_6347c 昨日も載せましたが、この「城跡マップ」は、Oさんの力作です。一目瞭然とはこのこと。お近くの方、機会がおありでしたら、是非実物をご覧にお立ち寄りください。

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2018年2月18日 (日)

九華公園のパネル展示を「桑名の城跡・47」に変えていただきました

Img_6252c

 九華公園のパネル展示を、「九華公園を楽しく歩こう」から「桑名の城跡・47」に変えていただきました(「くわなのしろあと・フォーティセブンとお読みください)。今回も前管理人・Oさんのお仕事です。この「桑名の城跡・47」は、ブログでは紹介していませんでしたが、桑名市の文化財のサイトにあるデータや、「桑名市文化財地図(遺跡編)」(桑名市教育委員会発行)などをもとにつくったものです。
Img_6241c こちら、桑名市内の城跡マップ。上記の「文化財地図(遺跡編)」を参考に、Img_6247c Oさんが苦労して、何度もやり直した上で仕上げてくださった力作です。いつものように、マルサン文具さんのご協力をいただいています。右の写真に市中心部のクローズアップを載せました。城跡とはいえ、戦国時代の頃の「砦」がかなりの割合を占めています。したがって、市内でも、丘陵地など、高いところにたくさんそれがあります。
Img_6244c 47ヶ所の城跡は、それぞれ1枚ずつ、別のパネルがあります。このパネルには、城跡の所在地、詳しい地図、簡単な説明が載せてあります。こちらは、小生が元をつくり、Oさんがバージョンアップしてくださったもの。
Dscn6063c 管理事務所には、元の資料をこのようにファイルしたものが置いてありまDscn6065c す。管理人さんが事務所にいらっしゃるときにご覧いただけます。120ページを越える「超大作(爆)」となっています。お願いすると、事務所内で診ていただけると思います。右は、「江場城跡」のページです。各城跡とも、このようなスタイルでまとめてあります。地図、索引(五十音別、地域別)もつけました。ちなみに、pdfファイルもありますから、ご希望があれば、差し上げます。
Img_9791c さて、今日も寒くなりました。多度山にはうっすらと雪が積もっていました。さすがに2日連続の酒蔵みてある記は断念(苦笑)。今日の近鉄ハイキングで行くところは、3月にJRさわやかウォーキングのコースになっていましたから、そのときにでもと思います。8時半から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園と回ったものの、鳥も、散歩友達も少なく、11時過ぎには帰宅。5.8㎞。
Img_9780c 拙宅近くの住吉入江、最近、賑やかです。住吉キンクロウズの他、ヒドリImg_9918c ガモのペアと、単独オスが1羽、たいていいます。オオバンも2羽くらいが居着いている感じ。さらに、今日は、帰ってきたときには、カイツブリが1羽。カイツブリは若い個体のようですが、時々来ています。

Img_9787c

 時々来るといえば、ジョウビタキのオスや、イソヒヨドリのメスも姿を見せることがあります。 イソヒヨドリの写真は、逆光でうまく撮れませんでした。そういえば、先日は、諸戸氏庭園の中から、ウグイスの地鳴きと思える鳴き声が聞こえてきました。
Img_6253c 今日は、冷たい北西の風がけっこう強く、こういう日は鳥は少ない傾向にImg_6257c あります。しかし、二の丸跡では、ジョウビタキのメスと、シロハラが1羽。
Img_9823c カモは、今日は、49羽。固定メンバー(苦笑)。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロ。オオバンも2羽。ハシビロガモは、最近、日当たりのよい、野球場の南あたりが好みの場所になっています。ユリカモメは、ゼロ。最近、餌をくれる人はあまりいないようです。
Img_6235c ゴイサギは、3羽。これも変わりなしです。最近、ホシゴイを見なくなっていImg_6275c ます。もう少し続けて観察しなければなりませんが、この左の写真のゴイサギは、ホシゴイから進化しているものかという気がします(証拠はありません)。他2羽のゴイサギは、いつものように社務所裏のクスノキにいます。
Img_9828c シメは、本丸跡の樹上。日陰になってしまっていますが、顔だけこちらにImg_6263c 向けています。嘴のまわりの黒いところが笑えます。ビンズイは、どういうわけか、今日は1羽のみしか見えませんでした。
Img_9853c エナガは、シジュウカラも含めた小集団で、公園内を移動しています。今の時期、松の木にいることが多くなっています。しかし、相変わらず賑やかで、よく動きますので、写真には撮りにくいこと。
Img_6290c 貝塚公園では、ツグミを1羽見て、コゲラの鳴き声を聞いただけ。内堀公園に寄ってみたら、ジョウビタキのオスが出て来ました。ごくたまにここに出て来ます。背景がよくありませんが、贅沢は言わないでおきます。
Img_9912c 今日は、来月予定されている支援員講座の資料を仕上げ送りました。「心理検査で分かること 検査結果の支援への活かし方」という、いつものテーマです。あとは、確定申告を済ませなければなりません。準備はほとんどできましたが、パソコンを更新しましたし、カードリーダも新調しましたので、ドライバや申告ソフトのインストールからやり直し。手間はかからないと思うものの、面倒な感じが先に立っています。紅梅は、南寺町の常信寺のものです。

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2018年2月17日 (土)

20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(予告編)

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 朝出かけるとき、多度山の方に虹が出ていました。これはなかなか幸先がよいと思ったものの、豈図らんや(笑)。詳細は、また追々書きますが、酒蔵みてある記に行くと、寒くて、天気が悪いという「ジンクス」が再現されてしまいました(苦笑)。
Uzume 本日も、予定通り、近鉄ハイキング・酒蔵みてある記に行ってきました。「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」であります。伊藤酒造さんは、三重県四日市市桜にあります。創業は、弘化4(1847)年といいますから、170年の歴史があります。「鈿女」「猿田彦」「鈴鹿山麓」「日本華」という地酒を醸造しておられます。
Img_9428c 集合は、近鉄湯の山線・高角駅。桑名発9時2分の松阪行き急行に乗車。Img_9425c 近鉄四日市で、湯の山線の普通電車・湯の山行き(9時30分)に乗り換え。車内は、近鉄ハイキングに行くと思われる人で賑わっています。高角駅到着は、9時41分。¥420。右は、高角駅に着く直前に撮った、今日歩くあたり。中央の山(一生吹山)に登るはず。
Img_9435c 近鉄・高角駅前。受付は9時50分からの予定でしたが、たぶん参加者が多かったのでしょう、すでに始まっていました。いつものように地図を受け取り、あみま倶楽部の会員証にスタンプを押してもらい(これで5個。まだまだです)、スタート。スタートは9時48分。
20180217kintetsuhikingitohshuzoc 今日歩いたコースは、この地図の通りです。赤丸をつけたのが、スタートの高角駅。南西から西に向かい、一生吹山(いっしょうぶきやま、標高109m)へ。水道局の配水池、毘沙門天を経て、東名阪自動車道をくぐります。くぐったところには、大師堂。北に向かい、桜町へ。ここでは、智積養水、椿岸神社、西勝寺を経て、目的地の伊藤酒造へ。赤い四角で囲んだ桜駅がゴール。2時間弱、実際に歩いた距離は、5.3㎞でした。余談ですが、いきなりコースから外れて、北西に向かう人がありました。向かった方角からすると、「山登り」を避けたか、あるいは、伊藤酒造へ直行したかと思われます。
Img_9451c 今日は、前回に倣って、予告編ということで、概要についてまとめます。Img_9456c 高角駅から次第に上り坂になります。目的地の一生吹山は、標高109mとはいえ、かなり急な坂道を登る羽目になりました(「羽目になった」と書きましたように、けっこうしんどかったのです)。登り切ったところに、四日市市水道局の「一生吹配水池」があります。ちなみに、坂を登る前には、「三滝西水源地」がありました。ここ一生吹山は、歴史的にいろいろな時券、エピソードがあるところです。詳しいことはまた本編にて。
Img_9468c 一生吹配水池のすぐ北には、一生吹毘沙門天。ここには、もともと、浅間神社(ご祭神は、木花佐久夜比賣命(このはなのさくやひめ):大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘、富士山の神とされ、浅間(せんげん)神社に祀られます)が祀られていたものの、明治42(1909)年に明治政府の政策で「一村一社の神社合祀」が実施されて椿岸神社に合祀されました。昭和3(1928)年、有志によって、信貴山より毘沙門天が勧請され、今日に至っています。
Img_9484c こちらが、毘沙門堂。山頂は小公園となっており、桜の名所にもなっているようで、4月3日の毘沙門天例祭の頃には桜が満開だそうです。ここには、御大典記念碑や、母子観世音菩薩像、七福神それぞれの御堂がありました。
Img_9504c 毘沙門天を10時15分を過ぎたくらいに出発し、ここからは、下り坂。ところが、この頃から、雨や霰がかなり酷く降ってきて、冷たい西風も吹きまくり(苦笑)。「ジンクス再現」というのは、このこと。結局、伊藤酒造に着く直前まで、こんな天気。やむなく傘を差して歩くことになりました。
Img_9509c 10時半頃、東名阪自動車道の下をくぐります。ここのトンネルでしばし休Img_9519c 憩。トンネルを出てじきに、左手(南側)に大師堂がありました。弘法大師を祀っています。江戸末期、このあたりを開墾し、田地化するさいに溜池をつくって灌漑しました。昭和初期、この水が永遠に絶えないことを祈って、徳志(篤志か?)の人が、水に縁の深い弘法大師をここに祀ったといいます。
Img_9515c このあたりは、東名阪自動車道の四日市インターチェンジの南西、5~600mほどのところ。雨・霰・風は相変わらず強く、傘を飛ばされそうになりながら歩き続けます。時々、「一体何をしているのか?」と思わないわけでもありませんが、リタイアして帰るにしても、ここからでは桜駅に行かざるを得ません(苦笑)。
Img_9537c_2 大師堂から800mほど。椿岸神社に到着。主たる御祭神は、天宇受売命(あめのうずめのみこと)。天照大神が天の岩屋に隠れたときに、その前で踊り、天照大神を誘い出した女神です。それ故、ここの御利益の一つには、「芸能」が揚げられています。ちなみに、天宇受売命は、「天鈿女命」とも書きます。これが、おそらく、伊藤酒造の「鈿女(うずめ)」の由来でしょう。
Img_9551c 前回の近鉄ハイキングで訪ねた「高松八幡社」のところで、「神社はワンImg_9617c ダーランド」と書きましたが、ここも同じでした。相殿神もたくさんいらっしゃいましたし、ここで初めて見つけたものもあります。それは、右の写真にある、「橿原神宮遙拝所」です。橿原神宮は、もちろんあの、奈良県橿原市にある橿原神宮でしょう。西を向いて遙拝するようになっています。ネットで少しだけ検索してみると、大分県にもあるという記述(こちら)もありました。地蔵堂の陰になっていて、今日の参加者の方もほとんど気づく方はありませんでしたので、ちょっとした「発見」をした気分です。
Img_9628c ところで、智積養水(ちしゃくようすい)は? と思ったら、椿岸神社の西、西勝寺の前に流れていました。江戸時代につくられた灌漑用水で、昭和60(1985)年に環境省選定の「名水百選」に選ばれています。
Img_9629c こちらが、桜岡山西勝寺(浄土真宗本願寺派)。ここは、境内に「引石」Img_9644c があります。近くの矢合川(元は、生水川)は、雪解けや浮きの増水時には、川水が橋上を流れて危険だったそうです。そこで、この「引石」を橋の両側に建て、その間に綱を張って手すり代わりにしたといいます。綱を頼りに「南無阿弥陀仏」を唱えながら橋を渡ったのでしょう。
Img_9663c 山登りからスタートして4kmほどで、伊藤酒造さんに到着。今日は、まさImg_9677c に「酒蔵みてある記」でした。酒蔵の見学ができたのです。今月仕込んだばかりの発酵用タンクを覗かせてもらえました(右の写真)。ぶくぶくと泡立っていました。昨日などは、タンクを乗り越えそうなくらい発酵が進んでいるということでした。香りだけで十分酔えそうでした。
Img_9679c 見学した後は、いよいよ待望の試飲(微笑)。「鈿女 特別本醸造 搾りたImg_9680c て生原酒」であります。蔵の中で試飲させていただきましたので、ちょっと暗く(オヤジギャグではありません)、ピントが甘い写真になりました。「搾りたて生原酒」ということで、アルコール度数は18度。甘めの感じで、濃厚という印象。私印のコップが矢や小ぶりで、ちょっと残念でした。
Img_9688c 試飲のあと、甘酒の振る舞い。今日は、前回とは異なり、無事に甘酒もいただけました(笑)。こちらは、「どれくらい飲みますか?」と尋ねていただき、コップ一杯に注いでもらいました(笑)。暖かく、美味しい甘酒。
Img_9690c 試飲がちょっともの足らず、ウロウロしました(微笑)。飲食ブースがあり、そこで<ショット原酒>を売っていたからです(爆)。「生原酒が200円」とありました。「300ミリ瓶」が¥400とか¥600円ですから、0.5合くらいなのでしょう。あまり飲むと、帰り道に差し障ります。誰か相手がいれば、もうちょっと飲んでもよいのですが、ここはグッと我慢することにしました(苦笑)。
Img_9728c 伊藤酒造さんから、ゴールの近鉄湯の山線・桜駅までは1km足らず。桜Img_9733c の町の中を歩いて、11時45分に無事到着。到着とほぼ同時に、四日市行き普通が出てしまい(11時44分発)、次の電車を待つことに(12時10分発、普通電車四日市行き)。
Img_9747c 写真は、湯の山の方向。雪雲に隠れて、御在所岳をはじめ、鈴鹿山脈は見えません。四日市で、12時28分発名古屋行き急行に乗り換え、桑名到着は、12時40分着。¥420ということで、往復で¥840。ハイキングで歩いたのが、5.3㎞。自宅から桑名駅往復が、2.2kmですので、合計7.5㎞。距離は、普段の散歩に毛が生えたくらいですが、一生吹山を登ったのはけっこうしんどかったですねぇ。普段から高低差のあるところを歩いた方が良さそうです。
Img_9763c 今日の土産は、試飲させてもらったこちら。「鈿女 特別本醸造 搾りたてImg_9767c 生原酒」720ml。ちなみに、¥1,200でした。右の写真のように、瓶のキャップにまで「生」と記されていました。まだ、今日は飲んでおりません。
 明日以降、また順次、詳しく書いて行きます。今日は、予告編ということで、ご了解ください。

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2018年2月16日 (金)

イカル再見……常信寺の梅、開花進む

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 常信寺の梅です。かなり咲いてきました。こうやってとってもそれなりに見らImg_9396c れる景色になりました。右の写真も、同じく、常信寺の白梅。散歩コースあたりでは、鎮国守国神社よりもこの常信寺の方が、梅がよく咲いています。今日は、8時半から11時過ぎまで、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、寺町と5.7㎞。暖かくて楽な散歩でしたが、鳥は思いの外少なかったのはちょっと残念。
Img_9307c 三の丸公園と、吉之丸コミュニティパークの間で、イカル1羽を発見。シメがImg_9312c 側にいて、互いに牽制しあっているような感じでした。イカルは、2月8日にここで見て以来です(イカルと、ヘンなゴイサギ)。
Img_6179c 九華公園では、アオサギが珍しいところにいました。ここ数年、見たことがなImg_9333c かった場所です。神戸櫓跡に生えている木の上。色・模様からして、昨日、奥平屋敷跡にいたアオサギと思います。10時頃いつもこの下にいらっしゃる女性が、興奮して、「ねぇねぇ、あの鳥なぁに? 大きくてビックリ。初めて見た」と尋ねてこられたくらい。初めて、間近でご覧になるとビックリされるでしょうね。
Img_6174c ゴイサギは、今日も3羽。ただし、そのうち1羽は、どう見ても色が薄め。すぐImg_6177c 近くにいたゴイサギは、右の写真。左の写真のゴイサギは、大人への変身中かと思い、あれこれ検索中。まだはっきりとしたことは分かっていません。分かれば、追記します。
Img_9343c カモたち、今日は57羽。メンバーはほぼ同じ。ハシビロガモのオス3羽、メImg_9346c ス2羽とキンクロハジロ。今日は、ホシハジロのオスは見当たりませんでした。左は、公園内の野球場の南。カルガモとハシビロガモが集まっていました。ちなみに、ユリカモメは、4羽ほどしか来ていません。
Img_9351c このほかには、ジョウビタキのオス(左の写真)や、メジImg_9367c ロ、シロハラ、エナガなどを確認したくらい。モズの鳴き声もしていたものの、姿は見えず。
Img_6204c 貝塚公園では、シロハラを目撃したものの、撮影できたのは、ジョウビタキのメスのみ。毎週、月・水・金は、シルバー人材センターの方が清掃に入っていらっしゃいますが、清掃の場所によっては、鳥はほとんど見られなくなります。このほか、アオジのメスか?と思う鳥も見たのですが、はっきりとは確認できませんでした。
 明日は、またまた、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記」がありますので、行こうかと思っています。四日市市内で、「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」が開催されます。日曜(2/18)は、蟹江駅で、「歴史と文学のまち蟹江町散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」」もあるのですが、連チャンはちょっと大変かと思っています。
【付記】 ブログの容量が、またもや減ってきました。大量の写真をアップしているので、当然ですが……。「お知らせ」にも書きましたように、2012年12月までのデータは削除しつつありますが、抜本的な対処が必要かも知れません。この2月4日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」の方にもあります。

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2018年2月15日 (木)

スズメのなる木にアオサギ……午後からは、鳥少なし

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 気温は12℃を超えたようですが、曇っていて、気温ほど暖かくは感じられません。午前中は、予定通り、市役所にて特別支援教育関係の会議に出席。特別支援教育にも課題はあるのですが、最近は、家庭の養育力に支障がある子どもたちや、親御さんたちに何らかの支援が必要と思われることも多いと感じられ、教育の枠組みの中だけでは解決が難しいことが増えてきています。自治体や、国として、子育てをどうするのかについて、新たなグランドデザインを描くことが必要と思います。ただし、単に「改革」を目指すということではなく、基本的に重要、必要なことをきちんと行うという意味で、原点に返った取り組みを着実に進めることが必要という気がします。
Img_6108c などという、身の丈に合わないような「大言壮語」はさておき(苦笑)、午後からは散歩であります。歩かないことには始まりません(微笑)。午後1時半から2時間ほど、住吉神社、九華公園、寺町と4.7㎞を歩いてきました。しかし、分かってはいたものの、午後のこの時間帯、鳥はいません。
Img_9204c はじめは、「スズメのなる木」です。七里の渡し跡にある桜の木にスズメがImg_9199c 集まっていたのです。チュンチュン、賑やかなこと。この下を通った時だけ静まりかえったのみ。逃げるかと思ったのですが、ちょっと意外でした。
Img_6118c 蟠龍櫓の南にある三の丸公園。今年は雑草が刈られないままで、ツグミもImg_6119c ほとんど来ません。今日は珍しく、ヒヨドリと、ツグミが1羽ずつ。ヒヨドリは、最近散歩コースでは少なくなっています。食べるものがないということでしょう。ツグミは、今日は、あちこちで見かけました。
Img_6131c 2時前に九華公園に到着。ゴイサギは、2羽。いつもいるクスノキではありImg_6132c ません。こちらの方が居心地がよいのでしょうか。右の写真のゴイサギ、目を閉じていますが、ほほえんでいるような、妖怪・子泣き爺のようなで、笑えます。
Img_6135c 気温が上がったせいか、あの「甲羅干しスロープ」にカメが1匹出て来ていました。ミドリガメではなく、イシガメのようです。しかし、今頃から出て来て大丈夫なのか、気になります。
Img_9228c カモは、いつもの固定メンバーが53羽。ハシビロガモのオス3羽、メス2Img_9234c 羽、ホシハジロのオス1羽、キンクロハジロたち。気温が高いせいか、皆、割と活発。
Img_9239c ユリカモメは、38羽ほど。二の丸堀、野球場のフェンスなどで「待機」(笑)。「待機」と書いたのには訳があります。小生が、九華橋などでカモの数を数えようとしたら、餌をもらおうと思って、スゴイ勢いで集まってきたのです。この写真はそのときのもの。
Img_6142c 管理事務所で、管理人Sさんとお話しし、外周遊歩道を回って寺町に向Img_9266c かっているとき、いったん何気なく通り過ぎたものの、気になって振り返ったら、そこにアオサギ(微笑)。奥平屋敷跡のステージの裏。いるならいるといって欲しいくらい(笑)。アオサギが経っている石垣を見ると、かなり白くなっています。これは、アオサギ汁などと思われます。とすると、最近、ここによく来ているという証拠です。
Img_6139c アオサギのいたあたりで、シロハラ2羽を目撃。1羽は、奥平屋敷の方で、もう1羽は、立教小学校側で。シメも一瞬出て来たものの、「枝かぶり」の位置でしたので、場所を変えようと思ったら逃げられました。
Img_9275c 住吉入江まで戻ってきて一休みしていたら、例のハクセキレイが登場。「餌、ちょうだい」という感じで寄って来ました(微笑)。もっと仲良くなりたいと思っています。

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2018年2月14日 (水)

20180211近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”へ(その3)……高松八幡社、山武食品に立ち寄って、川越富洲原駅にゴールで「完」

2010211kintetsuhikingiseasahic
 近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”のそのImg_8234c 3です。最大の目的である早川酒造部を訪ね、試飲も済ませ、土産も買いました(微笑)。早川酒造部は、この地図の右下に位置しています。残りは、2㎞あまり。ほろ酔い気分で、歩き続けます。
Img_8396c 次の立ち寄りポイントは、早川酒造部を出て、200mあまりのところにある高Img_8397c 松八幡神社。ただし、道路に面して、この鳥居があるものの、拝殿はさらに東に200mほど入ったところにありました。いきなりの余談になりますが、鳥居の北には「満腹キッチンでぶや」というお店がありました。右の写真のように、「でぶや」と大書してあり、インパクト抜群。食べログなどで調べると、かなりお値打ちにランチが食べられるようです。
Img_8457c 鳥居を入ったところの燈籠、いわゆる「春日燈籠」と言われる、ごく普通の燈Img_8459c 籠なのですが、「火袋」のところだけ、色が違っていました。もともとかなり古いもののようで、火袋のところだけ新しくしたと思われます。何となく違和感がありますが、年月が経てばなじむのでしょう。
Img_8399c 参道を東へ100m足らず進むと、また立派な燈籠があり、「村社 八幡神社」Img_8403c と書かれた標柱が立っています。にの鳥居はここからさらに50mほど先になります。参道のまわりには、民家などが建っていて、その向こうに鎮守の森が見えます。ここまで来て気づいたのですが、今回のハイキング参加者の方で、ここに立ち寄る方はほとんどゼロ。早川酒造部からの道を見ていると、皆さん目もくれず、スルーして行かれます(苦笑)。物好きしか立ち寄らないのかも知れません。
Img_8408c 二の鳥居の先、南側に真新しい地蔵堂がありました。覗いてみると、おImg_8410c 地蔵様が五体。お地蔵様は五体いらっしゃるのに、下がっている、名前を書いた提灯は4つ。さて、これ如何に? 地蔵堂を建て直したものなのか、新しくつくったのか? ネットでは情報は見つかりません。分からないことが多々あります。
Img_8411c 地蔵堂を過ぎると、狛犬が鎮座。この狛犬Img_8414c さん、お約束通り「子取り玉取り」になっていました。向かって左が「子取り」で、こちらは口を閉じており、右が「玉取り」で口を開けています。向かって右の「玉取り」の方が古そうな感じでしたが、しっかりと確かめては来ませんでした。
Img_8415c なかなか拝殿まで行き着きません(苦笑)。いろいろなものがあって、目をImg_8416c 引かれてしまうのです。狛犬の次は、この赤い鳥居。赤い鳥居ですから、お稲荷さんかと思ったのですが、御堂はありません。代わりに右の写真のような石に「○○○神」と刻まれていたのですが、読めませんでした。崩し字(あるいは、古文書)の読み方を勉強した方が良さそうです。
Img_8418c この神様、一の鳥居は南向きにくぐるのですが、その先で直角に曲がって、二の鳥居、賽銭箱などが置かれています。敷地の関係なのか、これまた不明。
Img_8419c さて、いよいよ拝殿が見えてきます。一の鳥居からここまで100数十m。八幡様ですから、御祭神は、応神天皇。その他に、菅原道真天目一箇神(あめのまひとつのかみ)、天照大御神火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)、罔象女神(みつはのめのかみ)、大山祇神(おおやまつみのかみ)、大日孁貴尊(おおひるめのむち:天照大神の別称)が祀られています。神様の名前、だいぶ慣れてきましたが、まだまだややこしい(苦笑)。
Img_8425c 神社検索(三重)には、「創祀については詳らかにし難い」とありました。Img_8426c 明治4(1872)年、村社に列格され、同40~41(1907~1908)にかけて、字亀崎の村社・神明社、字亀須の村社・神明社、字川下の無格社・葭野神社、字暗尾新田出の村社・神明社及びそれぞれの境内社を合祀したといいます。これは、明治時代に行われた神社合祀政策によるものなのでしょう(2/7:町屋川遠征3回目余談……大貝須神社と、古い看板の話など)。大正8(1919)年には、それまでの社名「八幡社」を「八幡神社」に改称しています。戦後の昭和30(1955)年に、亀崎、字亀須、字新関に神明社を分祀して現在に至っています。
Img_8422c 拝殿の前に、柱が立っており、一体何に使うのかと思ったのですが、帰宅して調べたら、伝統の神事である「足上げ祭」に使うものだということが分かりました。このお祭りは、8月14日の盆の晩に小学生が松明を担ぎ、青年は大太鼓と鉦をたたいて八幡神社まで参道を練り歩き、境内中央に設けられた、この「しんばしら」の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩くという特異な祭りだそうです。こちらに動画があります(三重県のサイト)。
Img_8428c 御祭神に、菅原道真公がありましたが、拝殿前には、この牛の象が奉納され(昭和60(1985)年10月)、鎮座していました。鎮国守国神社にある牛の象も、これによく似ている気がします。
Img_8436c 拝殿の東に、八幡竜神社という神額がかかった、もう一つの鳥居がありImg_8438c ます。奥に進むと、右の写真のような拝殿と本殿があります。罔象女神が、水の神様ということです。また、コースマップにあった説明では、「……竜宮神(水神、海神)を祀っていた村社が始まり……」とありました。拝殿に向かって左手には、「天下り 授け賜いし鈴の音 鳴るたひ毎に 心ひきしめ」と書かれています。
Img_8440c 拝殿の東南には、小さな池がありました。説明などは特にありませんでしたが、「竜宮神(水神、海神)」を祀っているからなのだろうと勝手に解釈しています。
Img_8443c 八幡竜神社のさらに東、チヨダウーテという会社との境界近くに、玉垣にImg_8445c 囲まれた燈籠らしきものがありました。正面にも文字らしきものが刻まれていたのですが、これまた読めません。一つは、「御」という文字のような気がします。向かって右(南側)には、「文政六年」とありました。文政6年は、1823年。異国船打払令(文政8(1825)年)や、シーボルト事件(文政11(1828)年が起きる前の頃。この高松八幡社、いろいろと謎めいた(少なくとも小生にとっては)ものがあり、まるで「ワンダーランド」です(微笑)。
Img_8432c 拝殿前に戻って、西側を見ると、歌碑があります。近づいてよく見たら、Img_8433c 明治天皇御製の歌碑。「目にみえぬ 神乃心に 通ふこそ人乃こころの まことなりけれ」 という、明治40(1907)年に詠まれた歌。「私心を去り、神の心に自分を近づけることができた状態こそが、人の心のまこと(まごころ)というものであろう」という意味でしょうか。大正時代に氏子の方が奉納されたものでした。
Img_8447c さあこれで、高松八幡社もコンプリートと思ったら、来るときには気づかなImg_8449c かった、忠魂碑を見つけてしまいました。三重県遺族会のリストによれば、川越町高松地区戦没者41柱を祀るものだそうです(こちら)。裏は、ほとんど文字が判別できませんでした。
Img_8453c コンプリートとは書きましたが、もう一つ気になるものがあります。二の鳥居の脇、北側にある、この塀です。今のところ、調べ方が足りず、不明。ご存じの方がいらっしゃれば、是非ともご教示ください(もちろん、他の内容についても是非ともお願いします)。
Img_8463c 11時45分。コースに戻ります。八幡神社のすぐに西は、もう四日市市。天Img_8466c カ須賀三丁目の交差点を右折し、北西に向かいます。次の立ち寄りポイントである山武食品までは、ほぼ1㎞。右の写真は右折してからの道。この道は、国道1号線・高松川原交差点と23号線・高松交差点を結んでいます。
Img_8468c 途中、コンビニに立ち寄り、20分ほどで山武食品に到着。本社工場内にImg_8473c 直売所があります。「海旬工房 矢馬竹」として営業しているのです。「何も買うな」という指令でしたが、こちらに載っていた「焼きそばバリバリ天」とか、「ばくだん揚げ」などが単品で売っていれば買おうと、密かに決意していたのです。しかし、これはどうもセット商品で、結局、中を一通り見てきただけです(苦笑)。
Img_8474c ちなみに、矢馬竹の店舗脇にお稲荷さんが祀られていましたが、こちらはパスしてきました。
Img_8481c 山武食品さんの前の国道1号線は、何度も通っていますImg_8482c が、ここに来たのは初めて。交差点を渡って、しばらく国道1号線を進みます。このあたり、川越町の繁華街。マックスバリュや、吉野家、マックなどの他、何故か焼き肉屋さんなど肉関係の店がたくさんあります。
Img_8487c 山武食品から500mほど、国道1号線を進み、スシローや、吉野家のあるImg_8489c ところを右折(西へ)すると、じきに近鉄名古屋線・川越富洲原駅が見えてきます。ここが本日のゴール。12時20分に到着。駅の東西の広場には、右のようなモニュメントがあります。これ、実は時計。夜になると内蔵されたLED照明が広場の街路灯と連動して点灯するようになっているそうです(こちら)。ここは、毎年年末になると、朝明商工会によってイルミネーションも設置されます。
Img_8497c 前回、ここ川越富洲原駅に来たときは(2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1))、西口に降りましたので、気づかなかったのですが、東口から上がったところに「川越町の物産品」を展示するコーナーがありました。昔はあちこちの駅にあったと思いますが、最近では珍しい。土産に買ってきたお酒の他に、乾麺、しぐれ蛤、あられ、かまぼこなども展示されていましたが、すぐに電車があったので、ゆっくりとは見てきませんでした。
Img_8502c 12時23分の普通電車名古屋行きに乗車。桑名着は、12時31分。¥260

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。電車賃は、往復の合計で¥470。いやぁ、これで半日しっかり楽しめます(微笑)。コースマップ上は7㎞でしたが、実測で8㎞。今回も、強風、時雨の中、めでたく完歩であります。今週末も、酒蔵みてある記はあります。2月17日には、「駅長お薦め酒蔵みてある記 伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(近鉄湯の山線・高角駅)、18日には「駅長お薦め酒蔵みてある記 歴史と文学のまち蟹江町散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」」です。2日連続というのは、今まで試していません。「鈿女」・「醉泉」・「最愛」、いずれも味わったことはありません。どうしようか思案中。

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アオサギ、珍しいところに登場……梅の開花、進む

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 天気予報のように10℃には達しませんでしたが(9.2℃、14:30)、それでも久しぶりに暖かい日になり、散歩もずいぶん楽でした。冒頭の写真は歩き始める前のものですが、遠くを見ると、霞んでいるような感じさえあります。8時45分から2時間半ほど、いつものコースを歩いて、5.8㎞でした。
Img_6042c 最初は、アオサギです。珍しくはありませんが、これまでいなかったところでImg_6046c 見つけたのです。場所は奥平屋敷跡でしたが、いつもようにステージの裏ではなく、立教小学校の体育館に近いところ。ここにいたのは初めて。危うく見逃すどころか、気づかずに近づくところでした。
Img_6044c 直前にジョウビタキを見つけ、そっと追いかけていて、慎重だったこともあっImg_6048c て、かなり近づくこともできました。アオサギ、このあと、体育館側を通る人があって、二の丸跡へ(右の写真)。さらに二の丸橋に移動した後、いつものステージ裏に戻ってきました。
Img_8981c さて、いつものように住吉神社、揖斐川の堤防と歩いたのですが、三の丸Img_6021c 水門のところで、ヒバリの家族連れ。合計5羽でしたので、このあたりによくいる家族と思います。今日は、鳴き声も聞かれていました。
Img_6081c ゴイサギは、朝一番には2羽しか見つからなかったのですが、10時過ぎにImg_9121c は3羽を確認しました。1羽は、いつものクスノキの奥。もう2羽は、そこから20mほど北にある木に(右の写真)。
Img_6073c 上右の写真で、向かって左下にいるゴイサギさん、なんとなく背中のブルーの色が薄いような気もします。肉眼で見てもそうでしたし、他の写真でも同様。
Img_6032c ゴイサギを見ていた近くにはシロハラ。土俵があるところですが、このあImg_9022c たりによくシロハラがいます。右の写真のコゲラは、奥平屋敷跡の入り口にて。木に産み付けられた虫の卵をつついていました。
Img_6041c そして、アオサギを見つけるのを助けてくれた、ジョウビタキのメス(微Img_6069c 笑)。奥平屋敷跡の中を移動していました。2日ほど見かけなかったシメも、今日は、定位置の本丸跡の中央で、餌探し中。人間の目で見ると、餌があるのかと思うのですが、丁寧に拾って食べています。
Img_9132c 10時過ぎにゴイサギを再び見に行ったとき、近くに出て来たメジロ。1羽のみ。今日は、九華公園ではこのほか、ジョウビタキのオス、モズのオス、エナガの群れにも出会ったのですが、きちんとした写真は撮れず。ユリカモメはゼロ。カモは、68羽とかなりたくさんいました。メンバーは、同じく、ハシビロガモのオス3羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽にキンクロハジロ。
Img_9162c 貝塚公園で撮影できたのは、ジョウビタキのメスだけでした。エナガ、メジロ、シジュウカラの交じった群れにも出会ったのですが、うまく撮れず。この群れ、九華公園から移動してきたのかという気もします(九華公園から貝塚公園は、直線距離で200~300mほどです)。今日はシロハラは、見られませんでした。梅は、ここはまだつぼみが堅いまま。
Img_9166c 入江葭町に行く途中の内堀南公園には、たまにツグミがいます。「いかにもツグミ!」というポーズで1枚。このあと、京町を通って、寺町へ。寺町では、常信寺の梅を確認に。
Img_9170c 常信寺では、紅梅はかなり咲いてきて、これなら「梅も咲いた」といえるくImg_9176c らいの感じになって来ました。また、白梅といってよいのでしょうか、これも咲き始めてきていました。2~3日は暖かいそうですから、これで散歩コースあたりも梅の開花が進んでくれるものと期待しています。
Img_9185c オマケは、こちら(笑)。今迄あまり意識しませんでしたが、常信寺の睡蓮鉢のところにあります(存在そのものは、知ってはいましたが)。撮影にもっとも協力的なカモさんです(微笑)。明日は、午前中、教育委員会の仕事。午後、散歩に行けたら出たいと思っています。

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2018年2月13日 (火)

20180211近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”へ(その2)……豊田一色薬師堂、神明神社、道路元標を見つけて、いよいよ早川酒造部へ

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 近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”の2回Img_8228c 目です。その続き。伊勢湾岸自動車道をくぐると、三重県立川越高校が見えてきます。
Img_8229c 川越高校を左手に見て、南西に曲がると、朝明川の堤防が見えてきます。Img_8246c 堤防に上がって、近鉄名古屋線の踏切を越えると、次の立ち寄りポイントである神明神社があります(右の写真で、踏切の向こうにある森がそれ)。が、ここで、小生は勝手により道(笑)。他はどなたも行く人はありませんでした。
Img_8249c 豊田一色薬師堂です。ネットで検索してみても、川越町のサイトに消防訓練Img_8251c をしたという記事が出てくるくらいでした。しかし、ここはなかなか由緒あるところのようです。
Img_8253c 「一色薬師由来」という案内板によれば、次のような由来があるということでした。すなわち、ここに安置されている薬師像は、天正2(1574)年春、南福崎の利助という百姓が海辺から拾い、山の神へ捨てた仏像が、庄屋の大塚久太夫の夢枕に立ち、お告げをなしたといいます。時を同じくして、希前武右衛門の枕元にも現れ、両人とも驚き、恐れて仏像を手に取ったところ、まさに夢に現れた薬師如来のお姿をしていたそうです。両人、歓喜の涙を流し、直ちに一宇を建立し、敬い奉ったのです。この薬師如来は、聖徳太子の御作と伝わっているそうです。なお、南福崎は、伊勢湾岸自動車道みえ川越インターチェンジと朝明川の間のあたり。
Img_8258c 御堂は、明治初年建立のものが修復も困難なほど痛んできたため、昭和Img_8277c 58(1983)年夏、再建を発願し、昭和60(1985)年5月に落慶開眼法要を厳修したとあります。ちなみに、再建を発願したとき、東大寺長老の清水公照師がこのことを聞知され、日光月光両菩薩の奉納など、力添えをいただいたそうです。
Img_8265c この豊田一色薬師堂の境内、本堂の西側に「神明社𦾔蹟」という石碑がImg_8267c 建っているのを見つけました。碑陰には、「大正十二年五月 氏子中 社當 大塚嘉太郞書」と彫られているように見えます。
Img_8264c 石碑のところには、古い神社の瓦や、屋Img_8269c 根の飾り(何というか、分かりませんので、ご存じの方がいらっしゃったら、ご教示ください)。
Img_8272c こういうものもありました。前の写真のものともども、なんだか気に入りました。前の写真のものなど、ユーモラスな感じがします。
Img_8284c 豊田一色薬師堂は、堤防道路から坂道を降りたところにありました。もう一度坂を登って、コースに復帰。神明神社であります。御祭神は、天照大御神(神明社ですから、当たり前といえば当たり前)。相殿神は、大山祇命(オオヤマツミノカミ)。大山祇命は、山をつかさどる神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子。
Img_8302c_2 神社検索(三重)の説明によれば(こちら)、創祀は、つまびらかではないものの、社伝よれば天正年間(1573~92)以前と伝えられているといいます。近世には、氏神として近郷の人々の崇敬を集めていたそうです。明治41(1908)年7月、豊田八十積椋(やそつみくら)神社に合祀されたものの、氏子崇敬者の熱意によって、昭和5(1930)年4月、現鎮座地に社殿等の設備を整えて分祀されています。豊田一色薬師堂にあった「神明社𦾔跡」と関係があるのかどうか、定かではありません。
Img_8308c この神明神社では、石取祭が行われています。7月の最終日曜日とその前日(土曜)です。豊田一色の祭車は、明治15(1882)年に桑名市の北本町祭車として造られたもので、大正6(1917)年頃、譲られたもの蛇そうです(こちらをご覧ください)。川越町の石取祭は、桑名の石取祭を取り入れて、約110年前に豊田一色地区が始めたことをきっかけに、現在では町内3地区に広まっています。3地区とも、五ツ拍子の鉦と太鼓を打ち鳴らしながら、地区内を練り歩きます。
Img_8299c この頃、神社へ行くと、狛犬が気になります。「子取り玉取り」が標準といImg_8300c うのを知ってからです。神明神社、拝殿前は、「子取り玉取り」ではなかったのですが、鳥居をくぐったところは、そのようになっていました。
Img_8309c 全くの余談ですが、神明神社を出たところで、西の踏切を近鉄特急・しまかぜが通過していきました。俄撮り鉄でありますが、やはりきちんと撮るには、準備と心構えが必要でした(苦笑)。それにしても、一度は乗ってみたい電車です。
Img_8319c 神明神社の次が、いよいよ早川酒造部なのですが、堤防道路を1㎞半ほど歩かねばなりません。途中、国道1号線・朝明橋を渡って、朝明川、右岸を歩きます。前方(東)には、わが家からも見える、中部電力川越火力発電所の煙突が見えています。
Img_8320c 神明神社から250mほど歩いた、川越北小学校の脇で、「道路元標」を発見。予習したときには、見逃していました。道路元標(どうろげんぴょう)は、道路の起終点を示す標識です。明治6(1873)年、各府県ごと「里程元標(りていげんぴょう)」を設け、陸地の道程(みちのり)の調査が命じられています。各県は府県庁所在地の交通枢要地に木標を建てて管内諸街道の起程とするものとされたといいます。
Img_8322c この「道路元標」には、「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十里廿八町Img_8325c  川越村」と記されていました。左側には、「富田町 三・〇五四米 貳拾八町 四日市々 七・五二七米 壱里丗三町」と、また、右側には、「桑名町 七・二〇〇米 一里丗町 富州原町 二・二九一米 弐十壱町」と刻まれていました。この道路元標は、大正13年、昭和天皇の御成婚記念として建てられたということでした(皇太子でいらした頃です)。
Img_8345c 参加者、いろいろな方がいらっしゃいます。こちらの女性が穿いているのImg_8342c は、どう見てももんぺ(笑)。むしろ、なかなかよさげです。朝明川沿いを歩いているのですが水鳥は見ません。その他にも、豊田一色薬師堂に行く直前、モズを見ただけ。
Img_8358c 南福崎の橋。ここで、右折(南下)。いよいよ早川酒造部に到着します。Img_8361c 11時半。スタートからは、1時間40分ほど。途中、強風で、時雨れていましたので、ここの試飲で暖まりたいと思っています(微笑)。
Img_8364c 早川酒造部は、江戸時代から米穀商を営んでいた初代早川半三郎が、明治6(1873)年に、現在の四日市市天カ須賀で酒造りを始めたのが最初。創業の地の地名の「天」と天下一品の酒を目指すという初代の願いから、主力銘柄は「天一」と命名されています。また、「天慶」というブランドもあり、それには愛でたく天からの賜物という意味があるそうです。大正6(1917)年に、現在の朝明川の辺りに蔵ごと移築し、 以来百年近くにわたって、日本酒を醸し続けていいす。水は、朝明川の豊富な伏流水を用いているということです。
Img_8366c その早川酒造部は、大賑わい。左の写真は、甘酒の振る舞いを待つ行列。小生も、いったんここに並んだものの、なかなか進まず、今回は、断念。
Img_8235c 今回の企画の一つ、「お楽しみ抽選会」の会場へ。抽選は、抽選箱に入Img_8371c れられた、清酒の瓶の蓋を引くというやり方でした。なかなか考えてあります。「赤」が出ると、「しぼりたて原酒720ml」が当たったのですが、残念ながら、外れ(苦笑)。
Img_8373v 気を取り直して、試飲会場へ。ありがたいことに、今回は試飲は2種類。Img_8516c 飲み比べとなっていました(微笑)。まずは、天一の絞りたて原酒。予告編では、「やや甘い感じで、濃いめという印象」と書きました。これ、土産に買ってきた「天一 蔵出し 生原酒」と同じと思います。濃いわけです。アルコール度数は、19度以上20度未満とありました。
Img_8375v もう一種類は、「天一 清酒」。こちらは、純米吟醸と思いImg_8376c ます。写真ではもう一つよく分からないかも知れませんが、色も少し違います。この「清酒」の方は、透明でしたが、「しぼりた手」の方はわずかに黄色っぽいという感じ。
Img_8519c 「天一 清酒」とあった方は、たぶん土産で買ってきたこちら(純米酒 天一 神の穂)と同じ。純米酒ですから、醸造用アルコールは添加されておらず、とても飲みやすい酒でした。家内には、こちらが大好評。ちなみに、720ml入りで¥980。「天一 蔵出し 生原酒」の方は、300ml入りで¥400でした。
Img_8384c 地場産品販売の店が、10店出ていました(早川酒造部をImg_8381c 除いて)。11時半を過ぎ、お腹も空いてきていましたので、鯛ちくわを¥300で購入。つまみ代わりに。ここで焼いて売っていたもので、熱々をいただきました。
Img_8390c 仕込み蔵の中で、「酒蔵コンサート」も催されていたのですが(10時40分~11時50分頃)、それは失礼しました。甘酒はパスしたものの、2種類の試飲をさせてもらい、鯛ちくわで小腹も満たせ、土産もゲットできましたので、満足。30分足らずの滞在で、次の目的地・高松八幡社へ。今日は、ここまで。以下、まだもう1回くらい、続きます。

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貝塚公園でモズのカップル発見……春めいてきたのか?

Img_6001c_2  寒気は今日までと朝のテレビの天気予報でいっていましたので、期待しています(微笑)。しかし、今日も風は冷たく、時々日が陰って、寒い散歩でした。8時半から11時過ぎにかけて、住吉神社から九華公園、貝塚公園と来て京町交差点まで4.8㎞。中途半端ですが、ここにある博物館の前で家内に拾ってもらって、買い物へという次第。
Img_8946c 今日のスクープ画像は、こちら。モズのカップル。貝塚公園で撮影。どこかでモズの鳴き声がすると思って探したところ、ペアでいたのです。モズがペアでいるところは初めて見ました。
Img_8784c_2  住吉入江のところで、ハクセキレイ。時々パンくずを与えているハクセキレイのような気がします。最近、寄ってくるようになった気さえします(微笑)。ワンちゃんにも好かれますが、ハクセキレイにも好かれるようになったとすれば、大変喜ばしいことです。住吉入江には、このほか、ヒドリガモのオス2羽、メス1羽、オオバンなど。
Img_5946c_2  住吉水門の下流側にはツグミが1羽。去年よりは少ないものの、最近、ツグミは割とよく見るようになりました。このあとも、蟠龍櫓や、吉之丸コミュニティパークなどでも見ました。揖斐川には、ヒドリガモが16羽。
Img_8793c_2  七里の渡し跡では、コガモのオスが2羽、メスが1羽。他にオオバンや、ハクImg_8797c_2セキレイも。
Img_8813c 九華公園では、北門のところにあるサザンカの木にメジロ1羽。メジロは、まったく見ないわけではありませんが、昨シーズンよりも少ない気がします。しかし、これから、梅がもっと咲いたら、復活してくれないかと期待しています。
Img_8819c カモは、今日も大半が、九華橋の南のところに集まっています。合計63Img_8825c 羽。メンバーはいつもの通り、ハシビロガモのオスが3羽、メスが2羽、ホシハジロのオスが1羽で、他はキンクロハジロ。ユリカモメは、一時的に飛来したものの、すぐに姿を消してしまいました。
Img_5953c 今日の九華公園は、小型の野鳥がたくさん。しかも移動していく先と、小Img_5955c_2 生が歩くところがほぼ同じで、あちこちで何度も出会うという幸運。まずは、ビンズイ。奥平屋敷跡で出会い、本丸跡・辰巳櫓や、外周遊歩道でも。
Img_5962c シロハラにも何回も遭遇しました。奥平屋敷跡、朝日丸跡、外周遊歩道Img_5977c の東など。1羽ではなく、少なくとも2羽はいたと思います。ジョウビタキのオスにも、あちこちで。朝日丸跡や、本丸跡でです。こちらは同一個体が移動していたような感じです。ちなみに、メスも奥平屋敷跡で出会ったのですが、写真は撮れませんでした。
Img_8879c そして、エナガ。エナガも同様に、奥平屋敷跡、二の丸跡、辰巳櫓跡、本

Img_8885c

丸跡、外周遊歩道と、ずっと一緒に移動していたような気がするくらい。今日は、写真にもありますように、松ノ木によく来ていて、松の何かを食べていました。
Img_8956c  貝塚公園では、モズのカップルの他には、ツグミ1羽(写真はありません)Img_8963c_2 と、シロハラ2羽。右のシロハラは、警戒心が薄いのか、2~3mのところまで近寄っても逃げませんでした。
Img_8896c 少しずつ梅が咲いてきています。今日は、鎮国守国神社の参集殿の南Img_8899c にある紅梅が何輪か咲いていました。ここは、一昨年、参集殿が新築された後に新しく植えられたものです。梅がもっと咲いて、メジロなどが集まってくるようになってもらいたいものです。

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2018年2月12日 (月)

20180211近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”へ(その1)……朝日町歴史博物館、若松園を経て、朝日町の水田地帯を、寒風に震えながら行く

Image_1510833206_2  2月11日(日)に、近鉄ハイキングで、“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川Dscn6043c造部「天一」”に行ってきました(昨日の記事とタイトルが違いますが、よく調べたら、こちらが正式名称でした)。「駅長お勧め」の駅長さんは、桑名駅長さんです(笑)。右は、あみま倶楽部の会員証に押していただいたスタンプ。ここに「桑名駅」とあります。ちなみに、スタンプは、10個集めないといけません。
2010211kintetsuhikingiseasahic  コースは、こちらの地図に示したとおり。近鉄名古屋線・伊勢朝日駅をスタートし(赤丸を付したところ)、名古屋線・川越富洲原駅がゴール(緑丸の場所)。コース・マップ上は、7㎞でしたが、「キョリ測β」で実測すると、8㎞でした。何故か、酒蔵みてある記に行くと、寒くて、天気が悪いのです。しかし、こういう芯まで冷えるような日の方が、日本酒を試飲させてもらうには絶好かも知れません(苦笑)。
Img_8136c 伊勢朝日駅。桑名駅からは2駅。桑名を9時10分の白塚行き普通に乗って、Img_8138c 9時15分着。運賃は¥210なり。伊勢朝日駅は、東芝三重工場(三重郡朝日町縄生)のすぐ前。三重工場は、モーターなどを造っているようです。ちなみに、半導体や、メモリーは四日市工場(四日市市山之一色町)。
Img_8143c 駅前は狭くて場所がありませんので、受付は、伊勢朝日駅のすぐ南東にあるポケットパーク。受付は9時半からなのに、小生が着いた時には、すでに100人以上と思われる人が行列! 休日で、しかも酒蔵みてある記となると、すごい人気です。受付は9時半きっちりにスタート。コースマップをもらうまでに要した時間は10分。それ故、スタートは、9時40分となりました。
Img_0092c 伊勢朝日駅がある朝日町は、県内でもっとも小さな自治体。北は、員弁川(町屋川)を挟んで桑名に、南は朝明川を隔てて四日市に隣接。東は、川越町を経て、伊勢湾が見えます。町名は、壬申の乱の時(672年)、大海人皇子(後の天武天皇)が、朝日を望拝したという故事に因みます(この写真は、2017年11月9日に撮影)。
Img_8145c 伊勢朝日駅も、このポケットパークも、旧・東海道に面しています。右のImg_0099c_2 写真は、東海道が通っていたことを示す説明板。焼蛤のイラストが載っていますが、これには理由があります。焼蛤は、現在の桑名市内ではなく、朝日町縄生、小向や、四日市市富田あたりで売られていたのです。それでは何故「その手は桑名の焼蛤」ということばができたかといいますと、縄生も、小向も富田も、江戸時代は桑名藩領だったからです。焼蛤を名物として商う茶屋では、火鉢に松かさを燃やして蛤を焼いて売っていたといいます。
Img_8153c_2 このポ ケットパークには、推定樹齢300年のエノキが残っています。東海道をImg_0107c 往き来した人々を見てきたのでしょう。街道の並木としては、松が一般的です。ここ旭町内も同様だったそうですが、榎木のような「雑木」に類するものものも混じっていたそうです(右の写真、これは、昨年11月9日に撮影)。ところが、松は、太平洋戦争末期、松根油をとるために傷つけられたり、その後の松食い虫の被害などによって激減したのです。
Img_8154c ポケットパークをスタート。500mほど、旧・東海道を西に向かって歩きまImg_8156c す。ここは、昨年11月9日に「旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ」で歩いたところ(ブログ記事は、前編後編に分けて書きました)。朝日町資料館や、町役場に入る交差点(小向神社を案内する標柱があります)で、右折(西へ)。
Img_8158c 東芝三重工場の間を進み、JR関西線の踏切を渡ってすぐに南へ。このImg_8162c あたりは何度も来ていますから、コースマップも不要。JR関西線に沿って朝日町体育館のところで、右折して、西へ。この頃までは、まだ天気もよかったのですが、体育館のところを曲がったくらいから、時雨れてきました。
Img_8166c 最初の目的地、朝日町歴史博物館に到着。スタートからは1.5㎞ほど。こImg_8168c こは、何度か来ています(たとえば、昨年1月に真田幸村の手紙を見に来ています:2017/1/24、朝日町歴史博物館へ真田信繁(幸村)の書状を見に行く)。今回は、「美し(うまし)国と食の文化史」展が開催されています(2月18日まで)。この展覧会も見たかったので、今回のハイキングは、まさにグッドタイミングでした。
Umashikunic  ただ、残念なことに、今回は、ハイキング参加者で、館内はごった返していました。それ故、ゆっくりと見て回ることができずじまい。2月18日までなのですが、できればもう一度出かけて、ゆっくり見てきたいと思いました。
Img_8174c ちなみに、ここ朝日町には、縄生廃寺という遺跡があります。江戸時代から「金光寺跡」として知られたところで、戦前には土取りの際に瓦片が多量に出土したと伝えられています。昭和61年9月から翌年3月に行われた発掘調査で、7世紀末から8世紀初頭に造営された白鳳時代の古代寺院塔跡の存在が確認されています。朝日町歴史博物館には、その三重塔の復元模型が展示されています。
Img_8172c 館内のもう一つの目玉展示は、床面にある縄生廃寺の瓦の出土状況の立体展示です。これはレプリカですが、出土状況が実によく分かります。初めて行ったときは、この上(ガラスで覆われ、展示物の上を歩けるようになっています)を通るときは、ちょっとビビりました。
Img_8164c  朝日町歴史博物館の南に小高い丘があります。ここは、柿城跡。室町時Img_8180c 代に沢木宗政によって築かれたと云われます。弘治3(1557)年、近江国の六角氏家臣・小倉三河守が伊勢に侵攻したときに滅ぼされたといいます。現在、周辺住宅地となり、城跡は公園として整備されていますが、残っているのは本丸部分だけで、わずかに土塁跡が確認できます。朝日町歴史博物館から南東へ。JR関西線の踏切を越え、次の目的地へ。
Img_8182c 稲垣酒造場の看板もありましたが、ここは今回の立ち寄りスポットではあImg_8184c りません。建物の前に、地酒の自販機もあったのですが、あえてパス。「御山杉」という清酒を造っています。稲垣酒造場の向かいにある若松園が、立ち寄りスポット。ここは和菓子製造販売をしておられるのと同時に、まちかど博物館も兼ねています。和菓子の道具を展示しているのと同時に、地域の文化・習慣の一端も紹介されています。
Img_8187c 若松園さんでは、和菓子の割引販売もされていましたが、それはいつも通り、パス(買うなという厳しい指令が下っているのです……苦笑)。サービスで提供していただいた、熱いほうじ茶をいただいて、一息。寒い中、ありがたいことです。
Img_8189c ここで、ワンちゃんを連れた参加者を発見。受付のポケットパークでも、犬の鳴き声がするなと思っていたのですが、電車に乗ってきたのでしょうか? ご夫婦連れのようでした。リュックに入っていましたが、なかなかカワイイ光景で、和みました(微笑)。
Img_8195c 若松園さんから100m足らず進み、再び旧・東海道に出ます。左(北東)に曲がり、200mも行かないうちに、県道66号線に出て、右折し、南東に進みます。交差点の近くには、小向山浄泉坊があるのですが、ここは訪れたことがありますので(2017年10月5日:朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼)、今回はパスして、コース通りに進みます。
Img_8204c 町立朝日小学校の円形校舎が見えます。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています(登録年月日は、平成25(2013)年12月24日)
。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。設計は、坂本鹿名夫さんだそうです。坂本さんは、円形校舎をたくさん設計していますが、この朝日小学校のそれは、最盛期の作といいます。
Img_8208c 朝日小学校を過ぎると、近鉄ハイキングおなじみの水田地帯をひたすらImg_8210c 歩くことになります。向こうに見えるのは、伊勢湾岸自動車道。右手(西側)には、鈴鹿山脈が遠望できます。鈴鹿の山は、雪景色。鈴鹿おろしの、冷たい風が吹きまくり(苦笑)。体は芯まで冷えていくのであります。
Img_8215c 若松園を出てから1㎞あまりで、伊勢湾岸自動車道をくぐります。このあたり、写真が暗いのですが、時雨れていたからです。伊勢湾岸自動車道をくぐると、川越町に入ります。次の立ち寄りポイントである神明神社までは、700mほどですが、その前にも見たもの、寄り道したところがありますが、それはまた明日に続きます。

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朝一番にコメダ珈琲へ(微笑)

Img_5840c

 今日の散歩は、ここからスタート。コメダ珈琲桑名中央通店であります。8時半過ぎには、ここに来ていました。訝しく思われる方もいらっしゃるでしょう(笑)。滅多にこういうことはありませんから。
Img_5806c2 種明かしをすれば、このシロノワールを食べに来たのです。などというと、さらに珍しいと思われること必至です(微笑)。このシロノワールキュートを食べようということで、家内・娘と連れだってやって来たのです。シロノワールキュートは、1月29日からの限定商品。しかも、今日から3日間は、ドリンクを注文すると、ミニサイズの価格で、フルサイズがいただけるのです。
Img_5833c_2
 「あまおう」と白餡を合わせた苺のこし餡を、あのほかほかのデニッシュパンImg_5822c に挟んであります。ソースは、まろやかな酸味のラズベリーソースとコクのあるソフトクリーム。さらには、ふんわりかつサクサクのフィアンティーヌと、桜色の花びら型チョコレートが添えられています。フツーのシロノワールもいいのですが、こちらも甘すぎず、抜群でした。 
Img_5841c という次第で、コメダ珈琲桑名中央通店から散歩をスタートし、九華公園、貝塚公園、京町、寺町と回って、2時間半弱、6㎞の散歩でした。左の写真は、九華公園西側の入り口。たぶんここが正門。扇橋を渡って入っていきます。
Img_5851c まずは、アオサギさん。珍しいところといいますか、ずいぶん久しぶりのImg_8561c 場所にいました。奥平屋敷跡にステージがありますが、その東側。昔は、ここによくいたもので、「お立ち台」と勝手に命名していたところ。
Img_5857c いつもは、鎮国守国神社の社務所裏に来ているアオサギのように思うのですが、確認する術はありません。光の当たり具合にもよるのかも知れませんが、嘴はピンク色を呈してきているように見えます。だとすれば、そろそろ繁殖期で、どこかのサギ山に行くのも近いかと思います。
Img_5843c 今日はかなりの強風。こういう日、九華公園のカモたちは、たいてい左のImg_8566c 写真の場所、九華橋の南というか、管理事務所の東あたりに集まっています。今日は、ここに51羽。他に4羽で、計55羽。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽にキンクロさん。4日ぶりに九華公園に来ましたが、固定メンバーでした。ユリカモメは、2羽だけがこの近くに浮いていただけ。
Img_8549c この強風では、鳥はいません。アオサギもこのあと、飛び立ったものの、野球場あたりで風に煽られてしまっていたくらい。シロハラは、奥平屋敷跡にて。このほか朝日丸跡でももう1羽、シロハラを見ました。
Img_5885c 本丸跡では、シジュウカラ2羽とコゲラ。シジュウカラ、枝が折れた後の穴Img_8654c などに顔を突っ込んで餌探し。左の写真、ちょっとピントが甘いのですが、虫か何かを見つけてきていました。コゲラ(他の写真で、オスと確認)も動き回って餌探し。
Img_5891c ジョウビタキのオスも、本丸跡に出て来ました。ちょっと距離がありましたので、これくらいの写真。今日は、シメの姿はありませんでした。しばし待っても、現れません。いつもいるのにいないと、ちょっと寂しい気がします。
Img_8669c 貝塚公園に行く途中、立教小学校・立教幼稚園の東を通ります。中を覗Img_5897c いたら、幼稚園舎の前庭に、ツグミと、ジョウビタキのメスが1羽ずつ来ていました。
Img_8678c 貝塚公園は、実に静かでした(苦笑)。ヒヨドリもいません。1周半して見つけたのは、このシロハラ1羽のみ。梅もまだ咲きそうな感じはありませんでした。
Img_8715c 散歩の終わりに、拙宅前の住吉入江。今日は、賑やかでした。まずは、Img_8729c オオバン2羽。オオバンは、今シーズンほぼ毎日来ています。そして、ハクセキレイ。時々パンくずを与えていますが、同じハクセキレイかも知れません。向こうから近づいてきました。右の写真、250mmズームで撮ってノートリミング。かなり近くまで来るようになっています。
Img_8727c 先週くらいからは、ヒドリガモのオス2羽とメス1羽が来ていることがありまImg_5927c す。向かって右がペア。左のオスは、独り。そして、ホシハジロのオスも1羽の姿を割とよく見ます。
Img_5923c もう1羽は、珍客。カイツブリです。色が薄いので、昨年生まれた若いカイツブリのように思います。今シーズンは、ここで初めてカイツブリを確認しました。
Img_8580c ところで、4日ぶりに九華公園に出かけたのですが、梅が咲き始めていました。いずれも鎮国守国神社の境内にて、です(九華公園内の方には、梅の木は、管理事務所の東に1本あるのみ)。左は、拝殿の西にある白梅。日当たりがよいのでい、いつも早めに咲く木です。ただ、残念ながら、立ち入れるところからは、花は横向きにしか撮れませんでした。
Img_5876c もう一つは、九華招魂社の鳥居の脇にある枝垂れ梅。ここは日陰なのですが、いつも割と早くから咲きます。
Img_5902c こちらは、散歩コースで今年もっとも早くから咲いた、常信寺の紅梅。少Img_8697c しずつ花が増えてきました。「花が咲いて、春が来る」といつか、書きましたが、是非とも早くそうなってもらいたいものです。今週は、木曜日に教育委員会の会議、週末には、来月の研修会のレジメの締め切りがあります。

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2018年2月11日 (日)

20180211近鉄ハイキングの酒蔵みてある記“早川酒造部「天一」”へ(予告編)

 今日は、またもや近鉄ハイキングの酒蔵みてある記へ行っておりました。今回は、三重県三重郡川越町大字高松にある早川酒造部が目的地。ここで、「天一」を味わうことになっています。

2010211kintetsuhikingiseasahic 今日、歩いたルートは、左の地図の通り。近鉄名古屋線・伊勢朝日駅をスタートし、旧東海道を通って、まずは、朝日町歴史博物館へ。次いで、和Img_8375v 菓子製造販売の若松園さん。ここはまちかど博物館を兼ねています。若松園さんからは、再び旧東海道を少し歩き、川越町へ。本来、次の目的地は、神明神社なのですが、その前に、例によって、ちょっと寄り道。豊田一色薬師堂を見てきました。コースに戻って、神明神社に参拝。川越北小学校近くで道路元標を見つけ、確認。国道1号線の朝明大橋から、朝明川右岸を歩き、11時半に早川酒造部に到着。ここでは、酒蔵見学、試飲があります! さらに、高松八幡社、山武食品と回って、名古屋線・川越富洲原駅がゴール。12時20分に到着しました。コース・マップ上は、7㎞でしたが、「キョリ測β」で実測すると、8㎞でした。今日も雨模様でしたが、なぜだか、酒蔵みてある記に行くと、寒くて、天気が悪いのです。しかし、こういう芯まで冷えるような日の方が、日本酒を試飲させてもらうには絶好かも知れません(苦笑)。
 今日のところは、予告編ということで、取り敢えず今日回ったところをざっと紹介し、明日以降、これまでのように詳しく書くことにします。
Img_8136c スタートの近鉄名古屋線・伊勢朝日駅。桑名駅を9時10分発の普通・白塚Img_8143c 行きに乗車。伊勢朝日は、2つめの駅で9時15分着。¥210。受付は、9時半からなのに、近くの公園に設けられた受付にはすでに長蛇の列。100人以上と思われます。
Img_8154c 旧・東海道を少しの距離、西へ。まずは、朝日町歴史博物館へ向かいまImg_8166c す。2㎞弱。ここはこれまでに何度も来ていますが、今回は、現在開催されている「美し(うまし)国と食の文化史」を見たかったので、ちょうどタイミングよく、この近鉄ハイキングが開催されたという次第。
Img_8184c 朝日町歴史博物館から坂を下って、JR関西線の踏切を越えたところに次の目的地である若松園さんがあります。和菓子製造販売をしておられますが、まちかど博物館も兼ねていらっしゃいます。ここでは温かいほうじ茶をいただいて、次へ。
Img_8204c 再度、旧・東海道を少し歩き、朝日町立朝日小学校の円形校舎を左手Img_8208c (北)に眺め、水田地帯を通り、伊勢湾岸自動車道の下をくぐって、川越町へ。水田地帯、近鉄ハイキングではおなじみのコースですが、この季節、季節風をまともに受け、寒いこと。右の写真、右手には鈴鹿山脈があります。
Img_8249c 朝明川左岸の堤防道路に上がり、近鉄名古屋線の踏切を渡って、寄り道(微笑)。予習の成果ですが、ここに立ち寄ったのは、小生だけ(苦笑)。豊田一色薬師堂です。聖徳太子の作と伝わる薬師如来が安置されています。
Img_8308c 豊田一色薬師堂のすぐ南にあるのが、神明神社。このあたりは、もう川Img_8309c 越町豊田一色というところ。この神明神社では、7月の終わりに「石取祭」が行われます。本家・桑名から100年以上前に伝わったといいます。余談ですが、神明神社を出たところで、近鉄・しまかぜが通過していきました。
Img_8320c 次の目的地が、いよいよ早川酒造部ですが、神明神社からは、堤防道路を1㎞半ほど、黙々と歩かねばなりません。が、途中、川越北小学校近くで大正13年に建てられた「道路元標」を発見。これまでにも、あちこちで見えていますが、これには、「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十里廿八町 川越村」と記されています。昭和天皇の御成婚記念でした。
Img_8364c スタートから1時間50分。ようやく早川酒造部に到着。しかし、大賑わい。Img_8366c
右は、甘酒振る舞い待ちの行列。いったんは並んだものの、あまりの長さに、今回は、甘酒は断念(苦笑)。抽選会と、日本酒の試飲へ。
Img_8373v 日本酒の試飲、今回は、無料(コースマップに試飲券がついていましImg_8381c た)。しかも、2種類。左の写真は、天一の絞りたて原酒。冷えた体には大変ありがたいことです。やや甘い感じで、濃いめという印象。時間が時間だけに、お腹も空いていて、即売の「鯛ちくわ」(¥300)も購入。会場で焼いていたものです。
Img_8399c 早川酒造部から数100m。高松八幡社です。コースからちょっと奥に入らImg_8422c なければならないのと、皆さん試飲で良い気分になったためか、ほとんどの方がパス(微笑)。けっこういろいろとあって面白いスポットでした。8月14日の盆の晩に「足上げ祭」という奇祭があるそうです。
Img_8468c 最終の立ち寄りスポットは、国道1号線・高松川原交差点のところにあるImg_8473c 山武食品さん。直売所が、「海旬工房 矢馬竹」として営業。「何も買うな」という指令で、一通り、中を見てきただけです(苦笑)。山武食品さんの前の国道1号線は、何度も通っていますが、ここに来たのは初めて。
Img_8483c 山武食品さんからはいったん国道1号線に出ます。ここは、クルマでよくImg_8487c_2 通るところ。四日市にあるイオンモール四日市北などに行くときに使う道。1㎞足らずで、ゴールの近鉄名古屋線・川越富洲原駅に無事到着。到着は、12時20分。12時23分に名古屋行き普通が来ましたので、それにて桑名へ。12時31分着。¥260。
Img_8516c 本日の戦利品ではなくて、お土産は、2種類。「天一 蔵出し生原酒」と、Img_8522c 「純米酒 天一 神の穂」。まだ味わっておりませんので、食レポは、またいずれ。ということで、本日は、以上、予告編にて、ご容赦ください。明日以降、いつものようにあれこれ屁理屈、講釈付きの記事を書こうと思っております。

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2018年2月10日 (土)

法事のついでに「應仁寺(おうにんじ)と三河の蓮如上人展」へ

Dscn5992c

 親戚の法事のため、実家方面へ行ってきました。法事は、こちら、解脱山光輪寺(浄土真宗大谷派)にて執り行われました。わが家もこの光輪寺様でお世話になっています。昔はまったく知りませんでしたが、かなり古いお寺で、いろいろと由緒があります。観光協会のサイトにある説明を引用すると、次のようです:
  • 天台宗の霊場で棚尾総道場であった
  • 応仁2(1468)年、蓮如上人が巡行されたとき、浄土真宗に帰し、六字名号を賜り真宗総道場になった
  • 寛文年間(1661~1673年)、休無が道場再興
  • 元禄15(1702)年、解脱山光輪寺と称す
  • 文政9(1826)年、本堂再建
  • 大正11(1922)年、永井賓水の師・高浜虚子が棚尾に来て当寺で句会を開いた
 ちなみに、永井賓水(明治13(1880)~昭和34(1959)年)は、リンク先の説明によれば、当時の碧海郡大浜町(現在の碧南市)出身で、大浜三鱗支配人。大正2(1913)年高浜虚子に入門とあります。こちらには永井のもっと詳しい人となりがありました。大浜三鱗は、練炭会社です。小生が子どもの頃はまだ存在していた記憶があります。「ちびまる子ちゃん」を提供しているミツウロコとは関係がないと思います。
 また、寛文年間に再興された経緯について、「トボトボ歩く碧南」の「光輪寺」の項には、つぎのようにあります。この安藤氏が、休無ということでしょうか。
  • 吉浜(高浜市)の安藤氏が出家、道場を再興し開基となる。
Dscn5994c こちらが、光輪寺の本堂。上記のように、文政9(1826)年に再建されたものDscn5998c で、大変立派な本堂です。今日の法事ももちろん、ここで。お昼は、向かって左にある信徒会館でいただいてきました。本堂に向かって右手には、右の写真のように、「本堂会館修築記念」碑が建っています(平成4(1992)年4月)。本堂の旧・鬼瓦でしょうか。また、平成4(1992)年に修築されたことが分かります。
Dscn5996c ここには、市の文化財に指定された「木造 阿弥陀如来立像」があります。観光協会のサイトには、「快慶作」とありましたが、この教育委員会の説明板では、「鎌倉時代の快慶による作風を踏まえた安阿弥様」とされています。
Dscn5992c_2 その他、冒頭の写真ではクルマの陰になってしまっていますが、山門に向Coringe003 かって右手には、石造りの通用門があります。開口部は高さ1mあまりですから、体を縮めないとくぐれません。また、山門に続く石垣には、レリーフがはめられていたりします。なかなか興味深いところです。左は今日撮影してきたもの、右は、「トボトボ歩く碧南」の「光輪寺」の項からお借りしたもの。
Dscn6019c さて、法事も無事に終わりましたので、安心して、こちらに立ち寄って来ました。碧南市藤井達吉現代美術館です。藤井達吉(明治14(1881)~昭和39(1964)は、近代工芸の革新を志した工芸家、図案家。碧海郡棚尾村(現・碧南市源氏町)出身。戦後は愛知県小原村(現・豊田市)で和紙工芸を振興した人です。この美術館は、(平成20(2008)年に、藤井達吉の業績を記念して開館しています。
Rennyo 見てきたのは、この「應仁寺(おうにんじ)と三河の蓮如上人展」です。松光山應仁寺は、碧南市油渕町にあります。蓮如上人(応永22(1415)年~明応8(1499)年)がこの地方で布教の拠点とした寺で、蓮如上人を西端に迎えた応仁2(1468)年を創建とし、その年号を名としました。地元では、蓮如上人ゆかりの寺として知られています。上人が去った後は、村方の有髪の僧によて無壇無住を原則にして現在に受け継がれてきています。 小生は、子どもの頃に一度、オヤジと行ったような、あやふやな記憶があるくらいです。
 蓮如上人は、多くの「御文」(御文章)を作り、真宗教義を簡潔にして民衆に広め、本願寺中興の祖といわれます。本願寺八世。七世存如上人の長男。
 蓮如上人は、上記のように、応仁2(1468)年に三河に巡化(じゅんけ)したとされ、それにより、開創・転宗したと伝える寺院が、西三河にはたくさんあるそうです。この記事ではじめの方に書きましたが、光輪寺も、このとき、天台宗から浄土真宗に帰しています。展覧会の会場の最初のところには、蓮如上人が、西端道場(後の應仁寺)に授与された法宝物が展示されていました。
  • 蓮如上人寿像(じゅぞう)(延徳3(1491)年) 應仁寺蔵 市指定文化財
  • 方便法身尊像(ほうべんほっしんそんぞう)(長享3(1489)年) 本願寺文化興隆財団蔵
  • 六字名号(ろくじみょうごう)(応仁2(1468)年) 應仁寺蔵 市指定文化財
 「寿像」は、存命中につくっておく肖像彫刻・肖像画です。また、「方便法身尊像」は、中世後期の浄土真宗が生み出した独自の尊像で、蓮華座上に直立し、48条の光明が覆う阿弥陀如来を正面向きに描いたもののこと。
 「六字名号」は、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の六文字をいいます。「南無」は、「礼する」という意味で、「阿弥陀仏」(浄土系の宗派の本尊)への帰依(きえ)を表します。この六字名号を唱えると、浄土に往生できるとされ、真宗では六字名号が本尊とされることが多いようです。ちなみに、九字名号「南無不可思議光如来(なむふかしぎこうにょらい)」、十字名号「帰命尽十方無礙光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」もあります。
 展覧会は、次のように3部構成となっています。
  1. 應仁寺と蓮如上人~應仁寺の歴史とゆかりの法宝物~
  2. 蓮如上人と如光(にょこう)~蓮如上人の三河巡化とその後の展開~
  3. 「蓮如さん」~語り継がれる蓮如上人伝承~
 ところで、明日はまたもや近鉄ハイキングに出かけようと計画中。天候回復を願っているところです。

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2018年2月 9日 (金)

弥富野鳥園で猛禽類、サギ山、三ツ又池公園も見てきました

Img_5645c

 天気もよく、暖かくなるという予報で、弥富方面へプチ遠征。三ツ又池公園Img_5737c と、某所のサギ山の様子を偵察。ついでに弥富野鳥園にも立ち寄って来ました。三ツ又池公園では、いつものように、ウォーキングコースに沿って一周。しかし、期待したほど野鳥はおらず、ちょっと残念。サギ山も、右の写真のように、まだボツボツと集まり始めたかな、という印象でした。
Img_8104c 今日は、こちらから。弥富野鳥園の上空を旋回していた猛禽類(笑)。オオタカか、ハイタカか??と、迷っています。弥富野鳥園の昨年の観察記録を見ますと、2月前後にはどちらも記録に載っています。 2月4日に行われたミニ観察会では、オオタカが観察されています。

Img_8108c

Img_7999c さて、三ツ又池公園。昨年末や、昨シーズンは、ミコアイサが来ていました。最近はいないようですが、淡い期待を抱いて、久しぶりにやって来ました。12月28日以来です(三ツ又池公園でミコアイサのオス、ミサゴ……アクアプラザながらへも(微笑))。このときは、ミコアイサのオスを確認しています。結論から書きますと、ミコアイサは不在。それどころか、カイツブリ、カンムリカイツブリ、オオバン、コガモ、カルガモくらいしかいませんでした(涙)。
Img_5655c カイツブリは、合計で10羽以上はいたと思います。小さい体ではあるものImg_5656c の、あの独特の鳴き声が響き渡っており、元気いっぱいという様子です。カンムリカイツブリ、今日見たのは、この1羽のみ。
Img_5658c 中之島の南側、日当たりのよいところは、ほとんどカルガモが日向ぼっこ。ごくわずか、コガモとカワウが混じっていました。ただ、ここも一回りしてきたら、誰もいなくなってしまっていました。ゴミ収集の小舟が通ったからかも知れません。
Img_5683c 今日最も多かったのは、こちら、コガモ。数10羽は確実。それ以上いたかImg_5679c も知れません。歩いて見て回っているうちに他からもかなりたくさん、飛来していましたし。
Img_5707c 池の南の方や、ここ蓮池では、薄く氷が張っていて、近くの水路の堤防Img_8019c の上にコガモが集まっていました。凍ってしまって、居所がなくて、困ったという感じです。
Img_5696c 公園の周囲の水田にも、ツグミとムクドリがいたくらいで、一周2㎞あまりのウォーキングコースを45分ほどでクリア(いつもは、野鳥を見て、写真を撮りながら1時間~1時間半くらいかかるのに!)。
Img_5766c 弥富野鳥園へ移動。ここの駐車場にクルマを置いて、徒歩でサギ山を見Img_8040c_2 てきました。往復1.3㎞ほど。現地に着いたときには、サギ山上空を、アオサギが10数羽、舞っていました。サギ山に降りたものもいますし、どこかへ飛び去ったものもいました。サギ山にいたアオサギは、道路を挟んだところから見える範囲では、10羽ほど(9カ所)。例年、コロニーができると、ダイサギなども混じりますが、今日はアオサギのみ。
Img_5716c 左の写真の2羽のアオサギは、すぐ近くにいましたので、ペアのような気Img_5723c がします。向かって右側のアオサギさん、嘴のピンク色が一段と濃いような感じ。右の写真のアオサギは、かなり高いところに陣取って、あたりを睥睨しています。
Img_8056c 去年は、2月8日に来ていますが(ミコアイサ、三ツ又池公園に再登場……弥富のサギ山も)、そのときとほぼ同じような印象です。最盛期は、まだ1ヶ月も2ヶ月も先でしょうが、また、折を見てチェックに来ようと思います。
Img_8080c 野鳥園からサギ山へ往復する途中、モズ1羽と、このオスのジョウビタキImg_5763c 1羽を目撃。野鳥園の中では、ツグミが何羽かいました。もう少し丁寧に見て回ると、たくさんの野鳥を見つけられるのだろうと思います。また一度、ゆっくり来た方がよさそうです。
Img_5771c 野鳥園の中にある池。その側まで降りていけますし、行った先には、水Img_5777c 鳥たちを刺激しないで観察できるよう、シートに覆われた観察場所があります。ここまで行ってみたのですが、残念ながら、水鳥はほとんどいませんでした。
Img_5775c アオサギ3~4羽、カワウなどが見えただけでした。ここから建物に戻るときに、はじめに載せた猛禽類が飛んでいるのに気づいたのです。
Img_5715c 明日は、実家方面で所用があり、出かける予定。ついでに美術館に立ち寄って、展覧会を見てきたいと思っています。さらに、日曜日は、またもや(苦笑)、近鉄ハイキングに出かけようと企んでおります(微笑)。

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2018年2月 8日 (木)

イカルと、ヘンなゴイサギ

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 昨日まで、何日か最低気温が-3℃を下回っていたのですが、今日は-1.5℃。風もあまりなく、日中も昨日より暖かい感じがします。空と雲も、昨日とは違う様子。去年の今日は、三ツ又池公園へミコアイサ(パンダガモ)を、弥富へアオサギのコロニーの様子を見に行っています。そちらも気になったものの、いつものように、住吉神社、九華公園、貝塚公園へ。6.1㎞。結果論ではありますが、これが正解。
Img_5501c ところは吉之丸コミュニティパークと、三の丸公園の間。「キコキコキー」と鳴く主役は、こちら、Img_5521c カル(鵤)。カワラヒワや、シメと同じく、アトリ科。全長23cm(シメよりはやや大きい)。黄色く太い嘴で堅い木の実や草の実をくだいて餌にします。これまで知ってはいたものの、見たことがありませんでした。
Img_7816c 冬には数百羽の群れになることもあるそうですが、今日は7羽連れ。樹上にImg_5527c 移動したり、地面に降りて餌を啄んだり、群れの中で揉めたりと、賑やかなこと。15分あまりも見とれていました(微笑)。
Img_7812c イカルの群れの近くには、ツグミ1羽と、シメ1羽もいます。ツグミがやって来Img_7803c たときには、攻撃というか、警告というかそういう行動も見られました。あまり仲はよくなさそうです。
Img_5601c こちらは、ゴイサギのスクープ画像(笑)。遠くから、超望遠コンデジで撮Img_5597c ったといいますか、何枚か撮った中にこういうショットがあったのです。一体何をしていたのでしょう? 「ワァォッ!」とか「ギャオッ!」とか叫んだ訳ではありません。ちなみに、フツーの状態のゴイサギは右の写真の通り。
Img_5489c さて、話を戻して、こちらは七里の渡し跡。今日は、コガモのオスが2羽Img_7782c と、ヒドリガモのペアが1組。ここに来るまでに見たのは、住吉キンクロウズのオス2羽のみ。蟠龍櫓と三の丸水門のところで、それぞれツグミ1羽。右は、蟠龍櫓近くで見たツグミ。
Img_7785c 三の丸水門の下流側の堤防では、ヒバリ。ちょっと不用意に覗き込んでImg_7829c しまい、すぐに逃げられました。4羽。先日来、時々このあたりで見ているファミリーだろうと思います。そして、このあと、イカルに遭遇したのです。
Img_7872c 9時10分、九華公園に到着。静かです。ヒヨドリが少ないからでしょう。定Img_5538c 位置には、アオサギとゴイサギ1羽。ゴイサギは、クスノキの奥で太陽を背中に浴びて、目を閉じていました。
Img_7903c カモは、56羽。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽とホシハジロのオス1羽Img_5560c の他は、キンクロハジロばかり。ほぼ固定メンバーです。ハシビロガモのオスのうち、エクリプスからほぼ脱却したのは、1羽のみ(右の写真)。
Img_7948c ユリカモメは、今日は少なくて、9羽のみ。揖斐川方面から飛来して、二のImg_7951c 丸橋の欄干に。どういうわけか、1羽のみ、欄干にべったりと座り込んでいます。他のユリカモメたちが飛び去っても右の写真のように、そのまま。
Img_5551c 二の丸跡でジョウビタキのメス1羽。けっこうあちこち移動したので、振り回されました。ここでは、コゲラの鳴き声もしたのですが、姿は確認できませんでした。
Img_5573c シメは、まったくいつも通り、本丸跡の定位置で餌探し。感心するくらい、Img_5585c 規則正しい日課と行動パターンです(苦笑)。見習わないといけません。昨シーズンは、3羽くらい来ていたと思いますが、今年定着しているのは、この1羽のみ。
Img_7932c シメを見ていたら、ジョウビタキのオスが一瞬だけ、姿を見せてくれましImg_5591c た。このジョウビタキも、本丸跡で最近よく見かけます。このあと、もう一度、アオサギなどを確認に。アオサギはそのまま。
Img_5583c ゴイサギは、3羽。左は、稲荷社の参道から見たもの。うまく隠れていまImg_5593c す(ゴイサギからすれば、隠れているつもりはないのでしょうが……)。右は、西側に回って見つけた1羽。このゴイサギは、立っている位置から見て、公園に来たときに見たゴイサギだろうと思います。そして、もう1羽は、8枚目の写真のスクープ画像のゴイサギ。
Img_7957c 貝塚公園に回ってみたものの、こちらも静か。カワラヒワとヒヨドリ、キジバトが少しいたくらい。シロハラを1羽見ただけで、ほとんど通過。
Img_7971c わが家まで戻ってきて、たまたま諸戸氏庭園との間にあImg_7980c る水路を覗いたら、何と、コサギがいるではありませんか! 昨日午後から近くのスーパーへ行った帰りにもここでコサギを見ています。足下に白い筋が何本もありますが、これ、たぶんコサギの糞でしょう。ここにある程度以上の時間いると思われます。

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2018年2月 7日 (水)

町屋川遠征3回目余談……大貝須神社と、古い看板の話など

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 昨日の「町屋川でウミアイサ……町屋川遠征3回目は、川越町へ進出」の余談です。帰りのバス(11時34分発)まで30分弱、時間がありましたので、バス停1つ分を歩いて、大貝須神社を見てきました。その他、途中で見かけた古い看板などのお話。
Img_7505c 大貝須のバス停のところに、「春日 三崎神社旧蹟地」という碑が建っていImg_5365c ます。去年の12月14日に来たとき(町屋川にて、ミサゴ、セグロカモメ、オナガガモ、オカヨシガモなど……マンホールカードもゲット)、慌てていてよく確認できなかったところです。このときのブログ記事には、「途中、大貝須のバス停のところで、こんな石碑を見ました。あとで調べたら、ここには大貝須神社があったのでした。急いでいたのでよく確かめず、この石碑だけ写真に撮ってきただけ(苦笑)」と書いています。
Img_5352c よく見ると、バス停の南に燈籠が2基建っていました(冒頭の写真の中央あたりのところ)。溝を渡った向こう側です。その奥には、玉砂利のようなものが敷かれていましたので、そちらを見に行ってみました。
Img_5355c そうしますと、神社があったのです。「なぁんだ、ここにあったのか」という、いかにもあっけないようなことでした。12月14日に書いた大貝須神社がここ(バス停の裏)にあったのです。東に向かって鳥居、拝殿があります。
Img_5357c 「神社検索(三重)」の説明によれば、御祭神は、天照大御神。相殿神は、市寸島比売命(いちきしまひめのみこ;天照大神と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた三女神の一)、天津日子根命(あまつひこねのみこと:天照大神の子)、建御雷之男神(たけみかづちのかみ;伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が火神を切り殺したとき、剣に付着した血から化生(けしょう)した神)、天久之比命(あまくしひのみこと;製鉄・鍛冶の神である天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の別名)となっています。
 大字大貝須に御鎮座の春日神社、境内火産霊社、同山神社が、明治41(1908)年4月に、また、同地にあった水神社は、明治45(1912)年4月に城南神社に合祀になりました。しかし、その後、昭和30(1955)年10月に、氏子の総意により現社地に分祀、御鎮座になったといいます。この経緯は、1月23日に書いた記事(町屋川第2回遠征(寄り道編)……神社、古い看板、ホーロー看板など)で触れた、福地神明社、福江神明社とほとんど同じ経緯となっています。この1月23日の記事では調べ切れていませんでしたが(追記予定あり)、萱町神明社(日の出橋バス停の脇にあります)とも同じでした。
 少し調べてみましたら、明治末期に、神社の数を減らし残った神社に経費を集中させることで一定基準以上の設備・財産を備えさせ、神社の威厳を保たせて、神社の継続的経営を確立させることを目的に「神社合祀」が、政策的に進められたということでした(Wikipediaの説明は、こちら)。地方公共団体から、府県社以下神社に公費の供進を実現させるために、財政が負担できるまでに神社の数を減らすという狙いもあったようです。
 神社合祀政策は明治39(1906)年から進められ、当初は地域の実情に合わせかなりの幅を持たせたものであったものの、その後、厳しく適用されるようになり、全国で大正3(1914)年までに、約20万社あった神社の7万社が取り壊されたといいます。三重県では、この合祀政策がとくに甚だしく、県下全神社のおよそ9割が廃されることとなったそうです。これは、政策の推進が、知事の裁量に任されたためです。
 この神社合祀政策は、必ずしも氏子崇敬者の意に即して行なわれなかったため、ところによっては合祀で氏神が居住地からはほど遠い場所に移されて、氏子が氏神参拝に行くことができなくなった地域もあるようです。
 第2次世界大戦終了後は、それまでの宗教体制が解体され、神社もすべてが宗教法人となり、いったん合祀されたものの、復祀された神社も少なくなかったといいます。この大貝須神社などの合祀、分祀の経緯もこれに沿ったものだろうと思います。
Img_5342c さて、話はまったく変わりますが、ここ大貝須、南福江などのあたりは古Img_5339c い建物がそのまま残っていることも多く、あちこちに古い看板があります。まずは、南福江のところには、古い消火栓とその説明板があります。「開き方=右廻し」と書いてあります。この消火栓は、入れ物だけが置かれている感じです。なお、この左の方に、1月23日の記事(町屋川第2回遠征(寄り道編)……神社、古い看板、ホーロー看板など)で書きましたように、「桑名市防火協會」と書かれた、赤い消火栓の看板が置かれています。
Img_7485c この地方ではおなじみ、「結納品 宝石 羽田」のホーロー看板。大貝須あたりだけでもあちこちに残っています(近鉄酒蔵みてある記で先日訪ねた、四日市の川島地区でもいくつか見てきました:1/30:酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その3)……河島神明神社、西福寺そしていよいよ松彦酒造へ(完))。この店、ネットで検索してみても出て来ませんから、もう存在しないのだろうと想像しています。「桑名店 寿町パル東」とありますが、パルそのものが平成9(1997)年に閉鎖されています。もう20年も経っています。
Img_7486c それにしてもこの看板、当時、一体どれだけの数設置したのでしょう? 費用もかなり嵩んだと思います。商売熱心というか、何か特別な熱意のようなものさえ感じます。三重県には、こういうローカルな琺瑯看板がたくさん残っているという指摘もあります(こちら)。なかなか興味深いところですが、あまり深入りするのも……と思っています。
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Img_5367c その他、町内案内図や、町名表示板、避難所を示すものもあります。避難所を示すものは、比較的最近のものですが、町内案内図(以前はあちこちで見ました)は、かなり古くて、もう内容は判別できません。
Img_7507cc 別のところ、あるお宅のブロック塀の角部分にもあります。ここにも、あの「結納品 宝石 羽田」のホーロー看板。笑えてくるくらいたくさん残っています。よく見ると、上に載せたものには、「富州原店 東洋町」とあったのが、こちらにはなく、「桑名店 寿町パル東」だけになっています。いくつかバリエーションがあると思われます。などと興味を出してはいけません。深入り禁物であります(苦笑)。
Img_7385c 寄り道ばかりの話ですが、ついでにもう一つ。屋根の上の鍾馗さんを見Img_5280c つけました。場所は、川越町営の「ふれあいバス」、亀崎堤防西のバス停近く。鬼瓦も、邪気から家を守るものですが、鬼よりも強いのが、この鍾馗さんなのだそうです。ちなみに、次のような、いわれがあるようです(こちら)。
 昔、京都の三条の薬屋さんが大きなお店を建てて立派な鬼瓦を屋根に葺いたそうですが、その鬼瓦に向かい合った家の人が突然原因不明の病に倒れてしまい、どうやらこれは向かいの薬屋さんの屋根の鬼瓦が払った邪気が向かいの人に悪い影響を与えているからに違いないと考えて、鬼よりも強い鍾馗さんを向かいの鬼瓦と向かい合わせておいたところたちまち病が治ったという話から鍾馗さんを屋根に置くという風習が伝わったとされています。
Img_5377c 以上、脈絡のない話でしたが、町屋川遠征3回目余談です。さらに脈絡のなさを深めますが、左の写真は、桑名駅東にある「桑栄(そうえい)メイト」ビル。年末にNHKで放送された「マチ工場のオンナ」でもロケに使われていました(舘ひろし扮する父親がここから出て来たのです)、ここも古いビルです。桑栄町にあるために「桑栄メイト」。飲食店・物販店・サービス店・事務所・診療所など商業店舗と、住宅が入居する複合用途ビルです。昭和48(1973)年10月に供用開始された、昭和レトロ感たっぷりのところ。

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公園の広場にホシゴイ、餌のないヒヨドリはサザンカの花を食べる

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 今朝も氷点下(-3.4℃)でしたが、朝の天気予報では、寒いのも今日までといっていました。期待しましょう(微笑)。冒頭の写真、今朝、揖斐川沿いで撮ったもの。冬の典型的な空で、こういう日は寒いのです。寒くとも、いつも通り、8時45分から11時半過ぎまで散歩。住吉神社、九華公園、京町、寺町と5㎞。今日もあちこちでしゃべっていて、あまり距離が伸びていません(苦笑)。
Img_7550c まずは、こちら。三の丸公園にて。この冬はツグミもほとんど来ないので、いImg_7556c つもは横目で眺めて、素通りするようになっていました。「こんな大きな鳥がいる!」と思ったら、何と、ホシゴイ(ゴイサギの幼鳥)でjはありませんか。こんな、いわば「原っぱ」にホシゴイがいるとは、目を疑いました。
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 確かにホシゴイです。鎮国守国神社の社務所裏にいるホシゴイかも知れまImg_7559c せんが、確かめる術はありません。もっと近寄ろうと思ったら、案の定、逃げられました。吉之丸コミュニティパークの方へ飛び去って行ってしまいました。
Img_7598c もう一つは、ヒヨドリ。九華公園の北門を入ってすぐのところにサザンカの木が2本あります。今日は、ここにヒヨドリが2羽来ていて、サザンカの花びらを食べていました(微笑)。毎年、今頃、こういう光景が見られます。他に食べるものがなくなって、困っているのでしょう。
Img_7701c さらに。九華公園からの帰り道、外周の遊歩道のところで、エナガの集団Img_7716c に遭遇。賑やかなこと。しかし、エナガはちっともじっとしていてくれませんので、写真を撮るのが難しいのはいつも通り。
Img_7525c さて、話を戻して、散歩に出てすぐ、拙宅前の住吉入江に出たところで、シロハラがやって来ました。拙宅あたりから、桑名七里の渡し公園付近で時々、シロハラを見ます。7~8年前には、マンションの植え込みの中で何度も見かけました。住吉入江には、オスのキンクロハジロ1羽、オオバン、オスのヒドリガモ1羽なども。
Img_7538c 揖斐川、住吉神社前や、船津屋前には、久しぶりにカンムリカイツブリのImg_7548c 姿。他にも、コガモや、ヒドリガモの小集団が浮いていました。しかし、シジミ漁の漁船に驚いて、逃げていきます。この頃、シジミの水揚げは減って、あまり漁には出なくなったそうですが、それでも、赤須賀漁港の出漁日には数隻の船が漁をしているのです。
Img_7581c 九華公園は、静かでした。というのも、ヒヨドリが少ないからです(餌がないので、集まってこないのでしょう)。ドバトはいたりいなかったり。今日は、陽だまりでふっくらしながら、じっと日向ぼっこの様子。
Img_7600c アオサギはいませんでしたが、ゴイサギは3羽とも揃っていました。しかImg_7605c し、写真に撮りにくいところにばかりいて、参ります。とくに右のゴイサギ、なぜかデジイチも、超望遠コンデジもピントが合わなかったのです。
Img_5424c もう1羽は、いつものところ。西側から、堀越しに見ると、後ろ姿ばかり。急いで、鎮国稲荷社の参道に回ったのですが、そこからは見えずじまい。なかなか思うとおりにはいきません。
Img_7631c カモたち、実は、カウントして回る途中に、管理事務所に立ち寄ってついつい話に夢中になり、1時間経過(苦笑)。その間に暖かくなってきて、カモたちは活動をし始め、やり直しとあいなりました。結局、今日の公式記録は47羽。ホシハジロのオスが2羽、ハシビロガモオスが3羽、メスが2羽にキンクロさんでした。オオバンは今日もいました。ユリカモメは、来ていません。左は、ホシハジロのオス。
Img_5430c 時間的に遅くなってしまい、もうあまり鳥はいないかと思ったのですが、Img_7668c 二の丸跡でメスのジョウビタキを一瞬見られ、その後、朝日丸跡でこのオスのジョウビタキ。本丸跡では、シメもまだ餌を食べていました。
Img_7673c このあと、またゴイサギ、アオサギを確認に行ったら、本命は見当たらImg_5460c ず、代わりにシロハラ。何かの実のようなものを啄んでいました。実質的に歩いた距離は短く、鳥を見た時間も少なかったのですが、まぁそれなりの成果でした。
Img_7742c 鎮国守国神社では梅はまだ咲き始めていません。先日行った、南寺町Img_5465c_2 の常信寺をまた見てきました。少しだけ花が増えていました。とはいえ、まだまだ右のような様子で、梅はこれからです。

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2018年2月 6日 (火)

町屋川でウミアイサ……町屋川遠征3回目は、川越町へ進出

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 日本海側は大雪で、福井では37年ぶりの豪雪というニュースを見ました。おImg_5129c 見舞い申し上げます。このあたりでは、最低気温-2.8℃、最高気温5.7℃と厳しい寒さではあるものの、雪は鈴鹿の山の方だけ。風はなさそうでしたので、プチ遠征。1月23日に引き続き、町屋川へ(町屋川へ第2回遠征……セグロカモメ他、水鳥は少なく、対岸に)。町屋川、気に入っています(微笑)。
180206machiyagawac 前回は、満潮で強風という条件で、水鳥たちのほとんどが、対岸の川越町Img_5243c 側に集まっていました。そこで、今日は、前回同様、日の出橋までバスで行って、橋を渡り、川越町亀崎新田の方へ。歩いたルートは、地図の通り。日の出橋を渡って、亀崎新田へ。川越漁業組合が管理する小さな港まで往復。時間がありましたので、大貝須まで歩いて戻り、神社を1つ確認して、日之出橋バス停へ。合計4.5㎞。
Img_5309c 港まで行って、日の出橋方面に戻る途中、何やらアヤシいカモらしき姿を発Img_7457c 見。かなり遠かったので、最初は、ハシビロガモのオスかと思ったのですが、違いました。ウミアイサ(海秋沙)のオスでした。初見、初撮影。「アイサ」は、「ミコアイサ」と同じく、「秋沙」。「秋去り」から変わったものといわれます。つまり、「秋が去ると来る」という意味。ウミアイサのオス、2羽確認してきました。
Img_5145c さて、日の出橋を始めて渡って、川越町へ。わが家からも見える、中電川越Img_5147c 火力発電所がある町です。町屋川の右岸を、河口や、伊勢湾岸自動車道に向かって、1㎞あまり一直線。クルマはたまに通りましたが、散歩する人はほとんどゼロ。
Img_5151c 橋を渡る時、中州から鳥の鳴き声もしましたが、姿は見えず。川越町にImg_7264c 入ってしばらくすると、カイツブリや、カルガモの姿が。こういう流れや、潮の満ち引きがあるところでカイツブリは珍しい気がします。カルガモは、葦の間などに20羽以上。
Img_7266c しばらくすると、オカヨシガモ。オカヨシガモは、このあともたくさん見ましImg_7267c た。さらに行ったところの中州近くでは、ヒドリガモ、コガモ、オオバン、オカヨシガモなど多数。
Img_7276c そこへ下流の方から、アオサギが飛来。中州に降り立ちました。アオサImg_5168c ギが見られましたので、かなり満足度は高まりました(微笑)。上右の中州の、下流側の先では、セグロカモメ。今日は、成鳥2羽と、幼鳥(たぶん)2羽。後で写真を載せます。
Img_5190c 亀尾新田から亀崎新田に入るあたり。道がカーブしています。この先にImg_5194c は、川越漁業組合が管理する小さな港があります。地図で見た時には、ここにけっこう水鳥がいるのではないかと期待したのですが、オオバン1羽とハクセキレイ1羽を確認したのみで、ちょっとガッカリ。
Img_5199c この先に公園らしきものがありましたので、行ってみます。これは、前回Img_5201c町屋川へ第2回遠征……セグロカモメ他、水鳥は少なく、対岸に)、この前の川に水鳥が集まっていたと思われるところで、是非行ってみなくてはと思ったのです。護岸のところまで降りていけないかと期待したものの、残念ながら、フェンスで遮られ、川までは行けませんでした。
Img_5203c フェンスから町屋川を見ると、左の写真のとおり。この向こうにカモなどがImg_7315c いるはずなのに! ここまで来ると、中電川越火力発電所は、ほとんど目の前(ただし、直線距離は2㎞弱あります)。発電所の手前は、伊勢湾岸自動車道。
Img_5215c やむなく引き返します。港の入り口は、小さな水門になっていました。そこImg_5213c まで行けたので、除いたら、オナガガモのオスの後ろ姿が見えました。ピンと伸びた尾がカッコイイ。
Img_5219c 来た道を戻ります。カーブのところに、「建設海岸基標」という標柱が建っImg_5217c ていました。「川越海岸堤1,419米 昭和36年9月竣功 建設省 飛島土木株式会社」という表示板が、この基標の下にあります。
Img_5222c こちらがその表示板。竣功年月(昭和36(1961)年)から考えると、伊勢湾台風(昭和34(1959)年9月)からの復旧工事でこの堤防や、道路が整備されたように思えます。ちなみに、伊勢湾台風の時、小生は4歳。父親がなかなか仕事から帰ってこず、実家にあった足踏みミシンの下に潜っていた記憶があります。
Img_5225c このカーブをほとんど曲がって、下流側を覗いてみると、このように水鳥やカワウの集団が見えます。この集団を写真に向かって右手(南側)から見られないかと思って、ここまで来たのです。水鳥は、ヒドリガモ、コガモがほとんどのように思います。
Img_7329c 帰宅してパソコンで見てから気づいたのですが、このあたりでもウミアイサを1羽、目撃していました(微笑)。「見れども見えず」の極致かも(苦笑)。
Img_5230c 堤防の切れ目があり、川まで降りていける道がついていました。こういうImg_5231c ところは、行ってみない手はありません(微笑)。行きに通った時は、後でと我慢したのですから。
Img_5235c 超望遠コンデジで65倍ズームの上にトリミングしましたので、画像は今ひ

Img_5241c

とつですが、中央にセントレアの管制塔が見えました。視線を少し北側(左)に降ると、右のような景色。知多半島も見えますが、その手前に細い堤防のようなものがあり、鳥がいるようでした。揖斐川導流堤かなと思います。全長は約5,480mで、2,640mの土堤と、2、840mの石堤でできています。
Img_7347c ヒドリガモが飛ぶのを見ながら、日の出橋に戻っていきます。他には、カImg_7359c ンムリカイツブリの姿も見えます。
Img_5271c 少し上流の中州の端あたりには、セグロカモメ。向かって右は、成鳥。左Img_5261c の2羽は幼鳥のように思います。右の写真は、成鳥と幼鳥のうちの1羽。
Img_5277c オカヨシガモや、オオバンを見ながら、さらに歩きます。堤防の上を歩いImg_5296c ている人はほとんどゼロ。途中、1カ所、堤防下の住宅地から歩いてきた方に一人出会っただけ。
Img_5298c はじめの方で触れた、飛んできたアオサギさんは、中州にそのまま。その南には、ヒドリガモ。写真にはありませんが、コガモやオオバンも周囲にいました。
Img_7403c 堤防にはところどころ、切れ目があって、川へ降りる階段がついていまImg_7406c す。あるところで不用意にそこから覗いたら、オオバンを驚かせてしまいました。20羽くらいが大慌てで逃げていきました。オオバンは、水面からそのまま飛び立てません。助走がひつようです。
Img_7422c オカヨシガモの群れも見えました。このあと、ウミアイサを見つけたのでImg_5328c す。もう少し上流のところでは、アオサギが2羽。少し離れて、葭原の陰にいました。風が当たりにくいのでしょうね。
Img_5344c 日の出橋バス停に戻ったのが、11時5分。まだ30分近くありますので、バImg_7512c ス停1つ分を歩いて、大貝須バス停近くの神社を確認に行ってきました。途中、田んぼではケリ1羽。今年初めて見たかもしれません。神社を見て、まだ時間がありましたので、日の出橋バス停まで戻ってきたところで、モズに遭遇。
Img_5376c この路線で運行されているのは、こちらのバス。普通路線バスに使われるバスよりも、全長がかなり短いもの。密かに「チンチクリンバス」と呼んでいます。11時34分の桑名駅行きに乗って、帰宅へ。朝は、桑名駅を9時10分のバスで来ました。運賃は片道¥340。
Img_7513c 桑名駅から歩いてくる途中、参宮通近くで、メスのジョウビタキに遭遇。今日は、上述のように、神社も見てきましたが、長くなりましたので、その話しや、その他見つけたものは、別の記事に書きます。

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2018年2月 5日 (月)

紅梅、咲く……シメとヒヨドリのにらみ合いも

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 毎度同じようなことを書いてしまいますが、寒い日が続きます。今朝など、曇っていた上に、風があって、冷え冷えとしていました。しかし、季節は着実に進んでいました。常信寺(桑名市南寺町)で、ようやく紅梅が3輪開花しているのを確認! 「春が来ると梅が咲く」のではなく、「梅が咲くと春が来る」のです。
Img_4967c とはいえ、ベランダから見える御在所岳は、雪景色。山の向こうには、雪Img_4985c 雲。夕方、一時的に雪がちらつき、地面が白くなっていました。揖斐川では、シラウオ漁が行われていました。漁船2隻で大きな網を引いていきます。小舟がいるところまであるくらいの網です。
Img_7092c 寒くても散歩であります。8時45分から3時間。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、京町、寺町と定番コースを6.1㎞。鎮国守国神社ではまだ梅は咲いていませんでしたが、拝殿前の紅梅のつぼみが膨らんできていました。ここは日当たりが良く、いつも早く咲きます。しかし、梅は、いつもの年に比べ10日ほど遅い感じです。
Img_4995c 今日のトピックスは、こちら。シメさん。といっても、いつもの九華公園のシメImg_5000c_2 ではありません。三の丸公園の東の端でシメが盛んに鳴いていたので、探しました。見ていると、右の写真のように、下を向いて、何か、威嚇しているような様子。
Img_7016c その相手は、ヒヨドリでした。ヒヨドリ、今年はそういうシーンを見ていませんが、小型の野鳥を蹴散らします。そのため、小生はヒヨドリを「暴れん坊」と呼んでいます。このシメとヒヨドリ、トラブっていたようです。餌が少ない時期ですから、餌を巡ってのトラブルが起きても不思議はありません。この結末、シメが逃げてオシマイという、何ともあっけない幕切れ。やはりヒヨドリの方が強いようでした。
Img_6997c 揖斐川、住吉水門のすぐ下流にヒドリガモ。3枚目のシラウオ漁の漁船にImg_4991c 驚いて逃げたヒドリガモもいました。九華公園にも来て欲しいものです。客観的にはたいしたことではないのですが、個人的にはそれなりのニュース。右の写真、忠のツグミなのですが、これは、今シーズン、三の丸公園で初めて確認したツグミです。いつもはツグミがたくさんいるところなのですが、今年は初めて。
Img_5003c 九華公園、アオサギはいませんでしたが、ゴイサギは3羽揃って、オールImg_5006c スター。しかしながら、3羽とも、クスノキの奥に隠れていました。枝かぶりになってしまうのと、顔が写らないのは、難点。
Img_5010c こちらのゴイサギさんは、いつも南の端にいて、西から見ると、後ろ姿。

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後から、稲荷社の参道に回って採ったのが、右の写真。左のゴイサギさんのはず。目つきがアヤシくて、眠そう。
Img_5014c こちらキンクロさん。それもオスばかりのむさ苦しい写真。メスは、左上にいる1羽だけ。九華橋からカウントしていたら、オスばかりが集まってきたのです。カモ、今日は合計58羽。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽と、ホシハジロのオス1羽の他は、キンクロハジロばかり。
Img_7049c ハシビロさんのほとんどは、奥平屋敷跡への入り口脇に集合。ここ、日Img_7051c 当たり良好で、風も遮られ、絶好の日向ぼっこスポットなのです。メスの1羽が、上陸。左の写真にあるように、石などの上に乗っているところはよく見ますが、これだけ上まで上がってくるのは珍しい。
Img_7068c 陽が当たって、暖かくなってくると、カモたちも動き始めます。左は、ハシビロガモのオス。この体制で泳ぎ回っています。前にも書きましたが、これは餌を採りながら泳いでいるところです。マシーンが動き回っているようにも見えます。
Img_5026c ジョウビタキのメス、最近は、必ず奥平屋敷跡で見ます。寒いのでふっくImg_5028c ら。右は、後ろ姿。後ろ姿、なかなか良い色合いだと思います。
Img_5040c 本丸跡では、今日もシメ。定時出勤、定時退勤のようです。隠れて写真をImg_5056c 撮っていたつもりですが、見つかったかも知れません。右は、カワラヒワの集団。鎮国守国神社の境内で、餌探し。今の時期、どの鳥も餌探しに苦労しています。
Img_5078c ユリカモメ、今日は何と81羽。もっといたかも知れません。餌をやる人もImg_5084c あったのですが、写真は二の丸橋で撮りました。全体像は、右の写真のような具合。
Img_7154c 毎度同じパターンではよろしくないと思うのですが、なかなかバリエーションをつけるのは、難しい。もっと自由な発想ができるようになるといいのですが……。
Img_5085c このあと、貝塚公園へ。最近、ここにもヒヨドリはいません。食べ物がないImg_7189c のでしょう。今日はシロハラも見つけられませんでした。ジョウビタキのメスがちょっとだけ姿を見せてくれましたが、後ろ姿だけ(苦笑)。寒かったのでほとんど通過しただけでしたが、右のような枯れ木を発見。コゲラが穴を開けたような気がします。
Img_7232c わが家前の住吉入江。いつも遊んでもらうハクセキレイ。今日もまた、パンくずをやってしまいました。「アラよっ」とばかりに咥えなおし、飲み込むところ。
Img_7095c オマケは、九華公園の旅ネコさん。鎮国さんの拝殿前にある薦被りで日向ぼっこしながら、居眠り。ちなみに、旅ネコさんは登録商標ではありません。

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2018年2月 4日 (日)

今日もミサゴがやって来た

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 立春を迎えましたが、風は冷たく、九州や四国でも雪が降っているそうでImg_6974c す。「立春寒波」など、歓迎しておりません(苦笑)。しかし、今日もまた懲りずに、飽きずに散歩であります。8時40分から11時45分まで、住吉神社から九華公園を往復。往復しただけというのには、訳があります。管理事務所に立ち寄って、管理人さん、知人と話し込んでしまっていました(苦笑)。4.8㎞。
Img_6869c 9時15分を過ぎた頃、九華公園の二の丸堀の上空に、またもやミサゴが飛Img_6871c 来。7~8分、上空を旋回したり、ホバリングしたりしていました。獲物を物色していたようなのですが、結局、見つからなかったようで、揖斐川の方へ飛び去ってしまいました。今年に入ってから1度は、ボラらしき魚を鷲づかみにして飛ぶのを、またもう一度は、ダイビングするところを目撃した(ダイビングそのものは、二の丸橋の陰になって、見えませんでしたが)ので、今回も期待したのですが、そうそううまくはいきません。
Img_4910c この写真は、二の丸堀を、奥平屋敷跡から見たもの(東の方向を撮影)。赤Img_6877c 丸で囲んだところにミサゴがいます。橋は、二の丸橋。ほとんどの方は、こんなところに猛禽類が来ているとは想像もされないでしょうね。
Img_4886c さて、話を戻して、住吉神社前。揖斐川にはオオバンが1羽飛来し、着水。Img_4890c その他、住吉水門の下流には、ヒドリガモのペアが5組。一頃は、カンムリカイツブリの姿をよく見たのですが、最近はサッパリ。揖斐長良川の中州も、今シーズンはアオサギの姿はありません。
Img_4894c その後も、ドバトを除いて、三の丸水門まで鳥影はなし。ここまで来てようImg_6800c_2 やく、ツグミ1羽。天気が良いと、却って鳥がいないのです(苦笑)。吉之丸コミュニティパークの西の堀には、キンクロハジロのメスばかり6羽(ここでは、オスは滅多に見ません)と、オオバンが2羽。
Img_6803c 九華公園には9時過ぎに到着。ここも静かです。というのも、一時賑わせていたヒヨドリがこの頃、あまりいなくなったのです。ここでは食べ物が見つからなくなったということでしょう。北門を入った堀の側でツグミが1羽、出迎え(微笑)。ふっくらしています。
Img_6811c アオサギ、今日はいないのかと思ったのですが、よくよく見たらクスノキImg_4897c の葉っぱの陰に。西側からはよく見えず、南の方へ回り込んでようやく、全身を確認。なんだか良いようにあしらわれている気もしないではありません。ゴイサギも1羽いたのですが、堀の対岸からはうまく撮れません。
Img_6828c カモたち、今日はまた少なく、39羽。ハシビロガモのオス2羽とキンクロハImg_4901c ジロのみ。オオバン、今日もいます。2羽でした。
Img_6894c
 ハシビロガモのオス2羽は、まだまだエクリプス状態のものたち。奥平屋敷跡の東で休んでいたのですが、目はしっかり開いていて、こちらを注視(苦笑)。未だに危害を加えない相手だとは認識されないようです。
Img_6908c 日曜でしたが、餌をやる人はきわめて少なく、ユリカモメも少なめ。野球場のフェンスに27羽。それにしても、餌がもらえないと来ないとは、現金なものです。
Img_4912c シメは、今日も本丸跡にいました。10時に見た時はすでに降り、11時過ぎImg_6929c にはいなくなっていました。ほぼ同じ場所で餌を探しておりますし、まるでお役人のようです(笑)。
Img_4921c ゴイサギは、まずは、九華稲荷社の参道から見たもの(左の写真)。これImg_4927c では、西側から見てもまともには見えません。今日は、この1羽しか見えませんでした。右は、このあと西に回って、再度確認した時の写真。
Img_6940c ビンズイは、証拠写真(苦笑)。公園の外周遊歩道の南にて。遊歩道では、モズもいたものの、これは超枝かぶり写真で、使えませんでした。管理事務所で話し込んでいて、この時点で11時20分頃。他へ回るのは諦め帰宅の途へ。
Img_4940c 帰宅途中、桑名七里の渡し公園と住吉ポンプ場の間でイソヒヨドリのメスに遭遇。最近、たまにここで見かけます。メスも良いのですが、久しぶりにオスの姿も見たいもの。
Img_6964c 住吉入江でキンクロハジロを見ていたら、ハクセキレイがどこかからパンくずを咥えてやって来て、食べていました。250mmズームでノートリミングの写真。知り合いの方に聞くと、住吉キンクロウズに餌をやる人は案外あって、そのおこぼれをハクセキレイがもらっているようです。
Img_4885c これは、出がけにとった住吉入江。キンクロハジロのオス2羽も写っています。「ゆる鉄写真」ならぬ、「ゆる鳥写真」ができないかと思うのですが、鳥は被写体としては小さいので、「ゆる鳥写真」はもっと工夫しないと成り立ちませんねぇ(笑)。

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2018年2月 3日 (土)

名古屋国際センタービルからの眺め……相談会でした

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 天気も良く、散歩日和ではありますが、本日は、名古屋にて相談会。会場は、名古屋国際センタービル。相談会終了後、いつものように、コーディネートしてくださるYさんと25階にある東天紅でランチ。料理はもちろん美味しいのですが、小生が気に入っているのは、ここからの眺め。まずは、すぐ目の前にある、名古屋駅前の高層ビル群。今では、これらにはほとんど用事はありませんが、眺めるのは良い気分。
Dscn5979c こちらは、名古屋ルーセントタワーと、その向こうに見えるのは養老山地。養老山地は、わが家から毎日眺めている多度山からつながる山地。ずっと平野が広がっているのがよく分かります(濃尾平野、小学校で習ったはず)。国際センターからは北西方向を見ています。多度山は、もっと左手。
Dscn5980c 上の写真からさらに右手を眺めたもの。中央に小さく見えているのは、国営木曽三川公園の138タワー。ということは、その少し左手あたりに伊吹山なども見えているはず。左端、奥がそうでしょうか? 高いところから、こういう広々とした景色を眺めるのは、本当に気持ちの良いもの。
Dscn5984c 見下ろした景色も。こちらは、国際センタービルと、名駅前のビル群との間の様子。普段は、地面の上を歩き回っていますから、こういう眺めは新鮮な感じがします。解体工事中のビルも見えるのですが、パワーショベルが3台も載って、作業をしていました。街の真ん中では、このようにして解体せざるを得ないのでしょうね。
Dscn5986c あちこち眺めていると、駐車場のビルの上に稲荷社を発見。都会では、このようにビルの上にお稲荷さんがあるのを見ますが、商売繁盛を祈ってなのでしょうね。
 相談会は終わりましたが、クライエントの方には、その内容をまとめた報告書を差し上げなければなりません。家庭で、また、学校での支援や工夫についても助言を差し上げています。桑名発達臨床研究室では、知能検査の結果の解釈と、その学習や日常生活、仕事への活かし方についてのご相談(コンサルテーション)を承っています。ご関心がおありの方は、リンク先をご覧ください。

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2018年2月 2日 (金)

紅梅がほころび始めました

Img_4815c

 風もなく、陽もよく当たって、暖かい日となりました。寺町にある常信寺で、Img_6754c 紅梅がほころびかけているのを見つけてきました。去年より1週間ほど遅い感じです。ただ、来週はまた寒波襲来といいますので、これで油断はできません。
Img_6741c 京橋町のあるお宅のハクモクレン。つぼみではなく、花芽のようですが、春Img_6743c を少しだけ感じさせてくれます。右は、ミツマタ。まだつぼみともいいがたいところですが、1ヶ月もすると咲くことと思います。ミツマタも、常信寺にあります。
Img_6766c こちらも常信寺にて。ミモザ(正しくは、ギンヨウアカシアでしょうか)。つぼみが出て来ていました。今日は、散歩の帰り道、梅が咲いていないか見て回るついでに、これらをチェックしてきたのです。散歩は、いつものように、8時40分から11時45分、コースもいつも通り(笑)。住吉神社、九華公園、貝塚公園、京町、寺町と6.2㎞。プチ遠征もしたいところですが、明日の名古屋での相談会が終わってからの楽しみにしています。
Img_6598c さて、住吉入江にはキンクロハジロのオスが2羽いたほか、ヒドリガモのオスが、単独でいました。オスだけというのは珍しいです。揖斐川にも、ヒドリガモのペアが3組いましたが、他にはツグミくらいでした。最近、揖斐川には水鳥があまりいません。
Img_4832c 九華公園には、はかったように9時頃到着。今日もアオサギは、定位置Img_4827c のセンダンの木の枝にいました。近くにいたのは、ツグミ。先だって雪が降って以来、ツグミがよく出てくるようになりました。
Img_6615c ゴイサギは、今日も3羽が揃っていましたが、大変見つけにくいところにいImg_4836c ました。左の写真は、ようやく見つけて、それなりに見えるところを探して撮ったもの。こういう一にいては、見る場所によっては、木の幹に隠れて、見つけられません。右のゴイサギはいつものところ。
Img_6628c カモは、合計52羽。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽にキンクロハジロ。Img_4838c ホシハジロは今日は不在。写真は、ハシビロガモたち。右はオス。水面が朱色なのは、橋の色が映っているため。左の写真、オス・メスが交互に並んでいます。オスも色がまだくすんでいますが、目の虹彩が黄色いのがオス。オスはどちらも目を大きく開けて、こちらを警戒しているような感じです。
Img_6643c ユリカモメは、28羽。平日で、餌はほとんどもらえないのですが、その割Img_6645c にはたくさん来ていたと思います。
Img_4841c 二の丸跡では、ジョウビタキのメスと、モズのオス。モズのオスは、かなりImg_4844c 距離がありましたが、超望遠コンデジのお陰で、これくらいの写真が撮れました(トリミングあり)。なんだかかわいらしい止まり方をしています。
Img_6654c シメ、今日も来ました。本丸跡の大きなクスノキの下。9時半過ぎくらいには「ご出勤」のようです。今日は、嘴のまわりに黒いものをたくさんつけていました。雨が降った後ですから、餌探しをした時に泥がついたのかという気がします。
Img_6692c 10時を過ぎてから、いつものようにもう一度、アオサギ、ゴイサギを確認してきました。ゴイサギのうち1羽が、移動。それも今迄は見たことがなかったところに、いつもいるクスノキから20mほど北の木に。日当たりを求めてでしょうか。他のゴイサギ2羽と、アオサギはそのまま動かず。
Img_6673c 足下には、シロハラが1羽。最近、このあたりでよく見ますが、こちらの姿を見つけると、スタコラサッサと逃げるのは、何とかしてもらいたいもの。姿を確認して、写真を撮るだけなのですから。
Img_6649c 公園内の野球場の南の堀で、カワウが6~7羽。休んでいたり、羽を乾かしたりしていたのですが、そのすぐ上の遊歩道には旅ネコの姿が。ネコちゃん、何を考えていたのでしょう? この頃、小型野鳥を狙っていると思われるところをよく見かけますが、まさかカワウ狙い?
Img_6712c 貝塚公園にも立ち寄って来ました。掃除を担当していらっしゃるシルバー人材センターの方が、「何もおらんぞ」といわれたのですが、すぐにジョウビタキのメスがやって来ました。存在をアピール? この間からここにいるジョウビタキでしょう。
Img_6723c シロハラは2羽、見かけました。ちょっとインチキをして、パンくずでつり出して撮影(微笑)。パンくずを投げて、しばし待ったら、やって来ました。
Img_4870c ところで、わが家の隣、諸戸氏庭園では、主屋の解体修理作業が続いてImg_4872c います。今朝は、大型クレーンが来ていました。一体何をするのかと思っていたのですが、主屋の東に付属していた洋室を解体し終えて、そのための足場を撤去しているようでした。諸戸氏庭園のFacebookに時々その様子が載っています。
Img_6697c 明日は、午前中、名古屋で相談会を開催し、お二人の方のご相談を承ってきます。散歩には行けません。

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2018年2月 1日 (木)

久しぶりにゴイサギとホシゴイが勢揃い……梅のつぼみは一部でやや膨らむ

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 曇天、夕方には雨か雪という予報。2月に入りましたが、寒い日のにかわりはありません。節分過ぎからは、また寒波とか。まぁ、散歩に出ることには変わりありません(微笑)。8時40分から11時45分、時間が長いのはあちこちでいろいろな方としゃべっていたから(苦笑)。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町から京町、寺町を経て、5.7㎞。ほぼいつも通りであります。
Img_4729c 最近、住吉入江から揖斐川あたりではあまり鳥を見かけません。寒さが厳Img_6371c しいせいでしょうか。揖斐長良川の中州にもアオサギは来ません。七里の渡し跡で、ヒドリガモのペア3組と、コガモのオス2羽。上陸したヒドリガモ、何か小競り合い。左下のメスに向かって、他の3羽が何か文句をいっているように見えました。
Img_4732c コガモ。久しぶりに見ました。昨シーズンは時々大山田川に出かけ、コガモを見ていました。しかし、今シーズン、大山田川にはあまりコガモは来ていません。
Img_6386c 蟠龍櫓東の揖斐川の堤防、今日もまた、ヒバリが5~6羽。目をこらさないとImg_4725c_2 見逃しそうでした。家族なのかという気がします。あちこち移動しながら、餌探しをしているようです。近くには、ツグミ。ここや、少し上流の住吉水門、船津屋裏あたりでもツグミがいます。
Img_4752c 九華公園。ヒヨドリの声が聞こえ、ハクセキレイの姿を見て、ゴイサギとアオImg_4755c サギを確認に行きます。アオサギはまだいなかったものの、ゴイサギたちは勢揃い。左のゴイサギ、モコモコになっています。ゴイサギも、寒いのでしょう。
Img_4758c 昨日、知り合いの方と、「ホシゴイもいるハズですが、最近見ません」と話Img_4762c したばかり。聞こえたのか、ひっそりと後ろ姿を見せていました(微笑)。右の写真のゴイサギは、いつものところに、いつものスタイルでいました。
Img_6418c カモたちも寒いためか、不活発。九華橋からの光景ですが、橋に立って数え始めると、餌をもらおうとよってくることが多いのですが、今日は、休んだまま。カモの数は合計46羽。ホシハジロのオス1羽、ハシビロガモのオス3羽、メス2羽に、キンクロといつものメンバーでした。
Img_6434c 奥平屋敷跡への入り口では、ジョウビタキのメス。ただし、今日はちょっとImg_4769c 遠いところ。同じあたりにビンズイの群れ、7~8羽くらいと思われます。ビンズイも寒くて、ふっくらしています。
Img_4773c さらに進もうと思ったら、シロハラが登場。追いかけたら、樹上へ逃げましImg_6473c た。ご覧のように、腹が白いので、シロハラであります。ユリカモメは、今日は意外に多く、88羽も来ていました。右は、二の丸橋の欄干に並んだところ。
Img_6504c 朝日丸跡では、一瞬だけジョウビタキのオス。追いかけようとしたら、二Img_4804c の丸跡の方へ逃げられました。ちょっと慌てすぎたためかも知れません。本丸跡では、いつものところにシメ。10時前に出て来て、11時頃までこのあたりにいます。朝の食事タイムというところでしょうか。
Img_6542c 最近話をするようになった、鳥にも関心がおありの女性と、アオサギ、ゴImg_6544c イサギの話になり、一緒に見に行ったところ、アオサギが登場していました。今日は、嘴はさほどピンクがかってはいませんでした。昨日そう見えたのは、光線の当たり具合によるのかも知れません。
Img_6549c この、2回目に見に行ったとき、ホシゴイはこちらを向いていました。ちょっと枝がかぶってはいますが、まぁよしとしましょう。このあと、管理事務所に立ち寄って、しばしおしゃべり。11時近かったのですが、貝塚公園へ。
Img_6588c 貝塚公園では、今日もウグイスを確認。地鳴きしながら、移動していました。それもたぶん2羽。シャッターは押したものの、何も写っていなかったり、ピンぼけだったり(苦笑)。その他、モズ、ツグミを見たものの、まともに撮れたのは、シロハラのみ。
Img_6524c 九華公園、梅があるのは鎮国守国神社の境内がほとんど。こちらは、招魂社の鳥居脇の紅梅。やっと咲きそうかな、というくらいになって来ていました。他はまだつぼみが堅いままです。

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