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2018年2月19日 (月)

20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(その1)……一生吹山「登山」、一生吹配水池、毘沙門天を経て、東名阪自動車道の下まで

Sakaguramitearuki

 確定申告の準備やら、ブログの過去記事と写真の整理やらをしていたら、1日あいてしまいました。2月17日(土)に出かけた「20180217酒蔵みてある記「伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」、予告編に続き、本編のその1です。この画像は、近鉄のサイトから借りましたが、「蔵出しの一杯に、のどが鳴る。」のキャッチコピー、堪りませんねぇ(微笑)。
Uzume この日の目的地は、。三重県四日市市桜町にある伊藤酒造。不勉強にして、この酒蔵のことは知りませんでした。創業は、弘化4(1847)年といいますから、170年の歴史があります。「鈿女」「猿田彦」「鈴鹿山麓」「日本華」という地酒を醸造しておられます。ちなみに、三重県は地酒の醸造元が多いという話を何かで読んだ気がします。
20180217kintetsuhikingitohshuzoc コースは、この画像の通り、近鉄湯の山線・高角(たかつの)駅から桜駅まで。5.3㎞でしたが、難行・苦行とまでは申しませんが、天候の悪化もあって、大変でした(苦笑)。普段の行いが悪いという自覚はないのですが、「酒蔵みてある記」に参加すると、天候が優れないことが多いのです。
Img_9425c 近鉄湯の山線を利用しての「酒蔵みてある記」は、1月27日の「銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて」に続いて2回目。桑名駅を9時2分の松阪行き急行に乗車。近鉄四日市駅には9時14分着。湯の山線・湯の山行き普通(9時30分)発に乗り換えます。高角には9時41分着。¥420。左の写真は、高角駅到着直前に、この日のコースの方を撮ったもの。正面やや左に写っている山が、今日登る「一生吹山(いっしょうぶきやま)」のはず。
Img_9428c 近鉄・高角駅。近鉄四日市駅からは、4つめ。受付は、9時50分からとなっImg_9435c ていましたが、参加者が多かったのか、すでに受付は始まっており、歩き始めている方も多数。。いつものように地図を受け取り、あみま倶楽部の会員証にスタンプを押してもらい(これで5個。まだまだです)、スタート。スタートは9時48分。
Img_9439c 湯の山線の踏切を越え、南西の方角へまっすぐ。左の写真で、中央右に見えているのが、これから登る一生吹山。調べたら、標高は109mということでした。普段から歩いているし、楽勝と、この時点では、高を括っていました(苦笑)。
Img_9442c  途中、四日市市水道局の「三滝西水源地」の前を通ります。四日市市のImg_9440c_2 上水道の主な水源は、鈴鹿山脈の伏流水だそうです。この三滝西水源地も同様で、このあと立ち寄る「一生吹配水池」から配水されます。この水源地の前には、「震災時の応急給水拠点」の看板があったのですが、これは、一生吹配水池のことのようでした。
Img_9445c 三滝西水源地を過ぎると、徐々に登り坂になってくるのを感じます。前方Img_9447c には、エビノ園 という障害者支援施設があります。ここはけっこう歴史のある施設だった気がします。エビノ園の手前に、気になる看板がありました。「四日市友の会」というもので、さらに小さな文字で「幼児生活団」とありました。この「幼児生活団」の募集ポスターが散歩コースのあるところに貼ってあり、ずっと気になっていたのです。昭和5(1930)年、ジャーナリストで教育者の羽仁もと子を中心に「婦人之友」の愛読者によって始められた団体のようでした。
Img_9449c ここで振り返って、スタート地点の高角駅の方を眺めてみたら、少し上りImg_9451c 坂になっていました。先の方は、右の写真のようになっています。だんだんと上り坂がきつくなっていきます。ちょっと不安になってきます(苦笑)。
201802171c コースマップには、左の画像のように、「急な上り坂」と書Img_9453c いてあるとおり、かなり急な坂でした。写真を撮る余裕もあまりなく(苦笑)、息を切らしながら登る有様(爆)。右の写真模糊野坂の途中ですが、これはまだまだ楽勝のところ。
Img_9456c 一生吹山の、たぶん最高点には、四日市市水道局の「一生吹配水池」がImg_9458c あります。ここには、池(タンク)が2つあって、何らかの理由で取水ができなくなったとしても半日以上は水道水を供給できるようにしているそうです。ゆっくりと写真を撮りながら、小休止(苦笑)。ここが、先程、三滝西水源地のところに看板があった「応急給水拠点」。しかし、ここまで登ってくるのは大変です。
Img_9455c 一生吹配水池の西には、NTTドコモの四日市智積無線局がありました。Img_9461c 携帯電話の基地局なのでしょう。この手前を右折(北へ)。「一生吹山、毘沙門天王、七福神……」などの看板が出ています。
Img_9468c すぐに一生吹山毘沙門天に到着。鳥居には、「毘沙門天王」という神額がかかっています。皆さん、坂登りが堪えたのか、ここで一休みという方もたくさんいらっしゃいました。
Img_9484c この写真は、毘沙門堂。ここにあった「一生吹山 毘沙門天王由来」の案Img_9496c 内板によれば、「大正3(1914)年、浅間神社が椿岸神社に合併され同年桜智積の有志の各位により信貴山毘沙門天王を勧請し」たとあります(ただし、桜郷土史研究会の「検証 桜の重大事件」のサイトには、昭和3(1928)年に勧請したとありました)。
Img_9470c 毘沙門堂の脇には、毘沙門天以外の「六福神」を祀る御堂が並んでいまImg_9474c す。はじめは、「七福神なのに、どうして6つしか御堂がないのか?」などとトンでもないことを考えました(爆)。向かって左から、布袋尊、寿老神、福禄寿神、弁財天、恵比寿天、大黒天でした。
Img_9489c この一生吹山には、歴史がありました。「一生吹山由来」の案内板によれImg_9492c ば、天文8(1539)年、時の佐倉城主・小林備前守重則は18歳でしたが、この一生吹山に北西の南朝方の守りのため出城を築き、鈴鹿郡峯大和守盛定の来攻に備えたものの、戦に利なく、落城し、矢合川北方の殿腹で自刃したそうです。境内の南方には、崩れた土塁の後もあるそうです。その後、浅間神社が建てられ、近年まで「デジロ祭」が毎年7月1日、若くして逝った痛恨を慰めたといいます。明治44(1911)年、浅間神社は椿岸神社に合祀されます。大正3(1914)年に(異説あり)信貴山から毘沙門天王を勧請し、今日に至っています(桜郷土史研究会の「検証 桜の重大事件」のサイトに詳しい説明があります)。ちなみに、明治・大正の頃、ここは松茸山だったそうです。現在は、桜の名所となっています。
Img_9477c 毘沙門天の境内には、このほかいろいろなものがありました。その一つImg_9478c が、こちらの母子観世音菩薩像です。「母わ子を愛情をもって育成し 子わ母を慈しみ慕いて 恩を忘れじ」と刻まれています。由来は、ネット検索では分かりませんでした。台座の他の面に書かれていたかも知れません。
Img_9482c もう一つは、「御大典記念碑」。昭和3(1928)年10月に建てられたものでImg_9480c すから、昭和天皇のご即位を記念しての碑と考えられます。建てたのは、「帝国在郷軍人會櫻村分會東區班(石藤)」とあります。昭和天皇のご即位の式典は、大正天皇の喪が明けた翌年である、昭和3(1928)年11月に京都御所で行われています。それ故、この記念碑はそれに先だって建てられたということになります。
Img_9494c この境内の東の端に行くと、四日市市街地が眺められます。この頃から、時雨れてきましたので、はっきりとは見えていませんが、この写真の中央あたりが、近鉄四日市駅あたりになります。
Img_9503c 一生吹山毘沙門天で、出発から約1.5㎞。ここからはもう下り坂。10時20Img_9504c_2 分頃から下り始めました。が、だんだんと空模様が怪しくなってきました。ほんの2~3分歩くか歩かないかのうちに、雨やら霰やらがかなり激しく降ってきてしまいましたし、風もかなり強く、傘を差したら煽られるくらい(爆)。どうして、近鉄ハイキングの酒蔵みてある記に参加すると、こんな目によく遭うのでしょう? 日頃、さほど行いが悪いとは思っていないのですが、自覚が足らないのでしょうか?
Img_9509c 独りでぼやいたり、恨み言をつぶやいたりしながら、トボトボ歩いて行くImg_9511c と、1㎞ほど下っていくと、東名阪自動車道に突き当たります。トンネルで自動車道の下をくぐりますが、ちょうどよいとばかりに、このトンネルで一休み。右の写真では人は少なくなっていますが、着いた時は、数10人の方が雨宿りを兼ねて小休止中でした。
Img_9515c  ここまででスタートから2㎞半弱。40分ほど経過。東名阪自動車道の四日市インターチェンジの南西1㎞弱のあたり。今日は、ここまでにさせていただきます。明日は、この近くの大師堂のお話から続けます。

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