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2018年2月14日 (水)

20180211近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”へ(その3)……高松八幡社、山武食品に立ち寄って、川越富洲原駅にゴールで「完」

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 近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”のそのImg_8234c 3です。最大の目的である早川酒造部を訪ね、試飲も済ませ、土産も買いました(微笑)。早川酒造部は、この地図の右下に位置しています。残りは、2㎞あまり。ほろ酔い気分で、歩き続けます。
Img_8396c 次の立ち寄りポイントは、早川酒造部を出て、200mあまりのところにある高Img_8397c 松八幡神社。ただし、道路に面して、この鳥居があるものの、拝殿はさらに東に200mほど入ったところにありました。いきなりの余談になりますが、鳥居の北には「満腹キッチンでぶや」というお店がありました。右の写真のように、「でぶや」と大書してあり、インパクト抜群。食べログなどで調べると、かなりお値打ちにランチが食べられるようです。
Img_8457c 鳥居を入ったところの燈籠、いわゆる「春日燈籠」と言われる、ごく普通の燈Img_8459c 籠なのですが、「火袋」のところだけ、色が違っていました。もともとかなり古いもののようで、火袋のところだけ新しくしたと思われます。何となく違和感がありますが、年月が経てばなじむのでしょう。
Img_8399c 参道を東へ100m足らず進むと、また立派な燈籠があり、「村社 八幡神社」Img_8403c と書かれた標柱が立っています。にの鳥居はここからさらに50mほど先になります。参道のまわりには、民家などが建っていて、その向こうに鎮守の森が見えます。ここまで来て気づいたのですが、今回のハイキング参加者の方で、ここに立ち寄る方はほとんどゼロ。早川酒造部からの道を見ていると、皆さん目もくれず、スルーして行かれます(苦笑)。物好きしか立ち寄らないのかも知れません。
Img_8408c 二の鳥居の先、南側に真新しい地蔵堂がありました。覗いてみると、おImg_8410c 地蔵様が五体。お地蔵様は五体いらっしゃるのに、下がっている、名前を書いた提灯は4つ。さて、これ如何に? 地蔵堂を建て直したものなのか、新しくつくったのか? ネットでは情報は見つかりません。分からないことが多々あります。
Img_8411c 地蔵堂を過ぎると、狛犬が鎮座。この狛犬Img_8414c さん、お約束通り「子取り玉取り」になっていました。向かって左が「子取り」で、こちらは口を閉じており、右が「玉取り」で口を開けています。向かって右の「玉取り」の方が古そうな感じでしたが、しっかりと確かめては来ませんでした。
Img_8415c なかなか拝殿まで行き着きません(苦笑)。いろいろなものがあって、目をImg_8416c 引かれてしまうのです。狛犬の次は、この赤い鳥居。赤い鳥居ですから、お稲荷さんかと思ったのですが、御堂はありません。代わりに右の写真のような石に「○○○神」と刻まれていたのですが、読めませんでした。崩し字(あるいは、古文書)の読み方を勉強した方が良さそうです。
Img_8418c この神様、一の鳥居は南向きにくぐるのですが、その先で直角に曲がって、二の鳥居、賽銭箱などが置かれています。敷地の関係なのか、これまた不明。
Img_8419c さて、いよいよ拝殿が見えてきます。一の鳥居からここまで100数十m。八幡様ですから、御祭神は、応神天皇。その他に、菅原道真天目一箇神(あめのまひとつのかみ)、天照大御神火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)、罔象女神(みつはのめのかみ)、大山祇神(おおやまつみのかみ)、大日孁貴尊(おおひるめのむち:天照大神の別称)が祀られています。神様の名前、だいぶ慣れてきましたが、まだまだややこしい(苦笑)。
Img_8425c 神社検索(三重)には、「創祀については詳らかにし難い」とありました。Img_8426c 明治4(1872)年、村社に列格され、同40~41(1907~1908)にかけて、字亀崎の村社・神明社、字亀須の村社・神明社、字川下の無格社・葭野神社、字暗尾新田出の村社・神明社及びそれぞれの境内社を合祀したといいます。これは、明治時代に行われた神社合祀政策によるものなのでしょう(2/7:町屋川遠征3回目余談……大貝須神社と、古い看板の話など)。大正8(1919)年には、それまでの社名「八幡社」を「八幡神社」に改称しています。戦後の昭和30(1955)年に、亀崎、字亀須、字新関に神明社を分祀して現在に至っています。
Img_8422c 拝殿の前に、柱が立っており、一体何に使うのかと思ったのですが、帰宅して調べたら、伝統の神事である「足上げ祭」に使うものだということが分かりました。このお祭りは、8月14日の盆の晩に小学生が松明を担ぎ、青年は大太鼓と鉦をたたいて八幡神社まで参道を練り歩き、境内中央に設けられた、この「しんばしら」の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩くという特異な祭りだそうです。こちらに動画があります(三重県のサイト)。
Img_8428c 御祭神に、菅原道真公がありましたが、拝殿前には、この牛の象が奉納され(昭和60(1985)年10月)、鎮座していました。鎮国守国神社にある牛の象も、これによく似ている気がします。
Img_8436c 拝殿の東に、八幡竜神社という神額がかかった、もう一つの鳥居がありImg_8438c ます。奥に進むと、右の写真のような拝殿と本殿があります。罔象女神が、水の神様ということです。また、コースマップにあった説明では、「……竜宮神(水神、海神)を祀っていた村社が始まり……」とありました。拝殿に向かって左手には、「天下り 授け賜いし鈴の音 鳴るたひ毎に 心ひきしめ」と書かれています。
Img_8440c 拝殿の東南には、小さな池がありました。説明などは特にありませんでしたが、「竜宮神(水神、海神)」を祀っているからなのだろうと勝手に解釈しています。
Img_8443c 八幡竜神社のさらに東、チヨダウーテという会社との境界近くに、玉垣にImg_8445c 囲まれた燈籠らしきものがありました。正面にも文字らしきものが刻まれていたのですが、これまた読めません。一つは、「御」という文字のような気がします。向かって右(南側)には、「文政六年」とありました。文政6年は、1823年。異国船打払令(文政8(1825)年)や、シーボルト事件(文政11(1828)年が起きる前の頃。この高松八幡社、いろいろと謎めいた(少なくとも小生にとっては)ものがあり、まるで「ワンダーランド」です(微笑)。
Img_8432c 拝殿前に戻って、西側を見ると、歌碑があります。近づいてよく見たら、Img_8433c 明治天皇御製の歌碑。「目にみえぬ 神乃心に 通ふこそ人乃こころの まことなりけれ」 という、明治40(1907)年に詠まれた歌。「私心を去り、神の心に自分を近づけることができた状態こそが、人の心のまこと(まごころ)というものであろう」という意味でしょうか。大正時代に氏子の方が奉納されたものでした。
Img_8447c さあこれで、高松八幡社もコンプリートと思ったら、来るときには気づかなImg_8449c かった、忠魂碑を見つけてしまいました。三重県遺族会のリストによれば、川越町高松地区戦没者41柱を祀るものだそうです(こちら)。裏は、ほとんど文字が判別できませんでした。
Img_8453c コンプリートとは書きましたが、もう一つ気になるものがあります。二の鳥居の脇、北側にある、この塀です。今のところ、調べ方が足りず、不明。ご存じの方がいらっしゃれば、是非ともご教示ください(もちろん、他の内容についても是非ともお願いします)。
Img_8463c 11時45分。コースに戻ります。八幡神社のすぐに西は、もう四日市市。天Img_8466c カ須賀三丁目の交差点を右折し、北西に向かいます。次の立ち寄りポイントである山武食品までは、ほぼ1㎞。右の写真は右折してからの道。この道は、国道1号線・高松川原交差点と23号線・高松交差点を結んでいます。
Img_8468c 途中、コンビニに立ち寄り、20分ほどで山武食品に到着。本社工場内にImg_8473c 直売所があります。「海旬工房 矢馬竹」として営業しているのです。「何も買うな」という指令でしたが、こちらに載っていた「焼きそばバリバリ天」とか、「ばくだん揚げ」などが単品で売っていれば買おうと、密かに決意していたのです。しかし、これはどうもセット商品で、結局、中を一通り見てきただけです(苦笑)。
Img_8474c ちなみに、矢馬竹の店舗脇にお稲荷さんが祀られていましたが、こちらはパスしてきました。
Img_8481c 山武食品さんの前の国道1号線は、何度も通っていますImg_8482c が、ここに来たのは初めて。交差点を渡って、しばらく国道1号線を進みます。このあたり、川越町の繁華街。マックスバリュや、吉野家、マックなどの他、何故か焼き肉屋さんなど肉関係の店がたくさんあります。
Img_8487c 山武食品から500mほど、国道1号線を進み、スシローや、吉野家のあるImg_8489c ところを右折(西へ)すると、じきに近鉄名古屋線・川越富洲原駅が見えてきます。ここが本日のゴール。12時20分に到着。駅の東西の広場には、右のようなモニュメントがあります。これ、実は時計。夜になると内蔵されたLED照明が広場の街路灯と連動して点灯するようになっているそうです(こちら)。ここは、毎年年末になると、朝明商工会によってイルミネーションも設置されます。
Img_8497c 前回、ここ川越富洲原駅に来たときは(2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1))、西口に降りましたので、気づかなかったのですが、東口から上がったところに「川越町の物産品」を展示するコーナーがありました。昔はあちこちの駅にあったと思いますが、最近では珍しい。土産に買ってきたお酒の他に、乾麺、しぐれ蛤、あられ、かまぼこなども展示されていましたが、すぐに電車があったので、ゆっくりとは見てきませんでした。
Img_8502c 12時23分の普通電車名古屋行きに乗車。桑名着は、12時31分。¥260

Img_8506c

。電車賃は、往復の合計で¥470。いやぁ、これで半日しっかり楽しめます(微笑)。コースマップ上は7㎞でしたが、実測で8㎞。今回も、強風、時雨の中、めでたく完歩であります。今週末も、酒蔵みてある記はあります。2月17日には、「駅長お薦め酒蔵みてある記 伊藤酒造の銘酒「鈿女」と智積養水をたずねて」(近鉄湯の山線・高角駅)、18日には「駅長お薦め酒蔵みてある記 歴史と文学のまち蟹江町散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」」です。2日連続というのは、今まで試していません。「鈿女」・「醉泉」・「最愛」、いずれも味わったことはありません。どうしようか思案中。

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コメント

こころんさん、おはようございます。

いつもありがとうございます。
この日も寒く、冷たい時雨に見舞われましたが、お陰様で完歩できました。

スタンプをもらうというのは、小さな子どもが何かできたときにシールをもらって喜んでいるみたいで恥ずかしい気がします(苦笑)。

前日(2/10)は、桑名の後藤酒造(青雲)を目的地とした近鉄ハイキングがありました。
そちらへ行きたかったのですが、法事と重なってしまい、断念。
青雲は、去年、灯街道のイベントで飲んで、気に入りました。

酒蔵で「宴会」をしている人もありますが、私は試飲で十分に楽しめます。
たいていは、甘酒の振る舞いもありますよ。
こころんさんも、一度、ご一緒にいかがでしょうか?

甘酒は、最近、「飲む点滴」といっていますね。
滋養強壮にはよいようです。

同じ駅でも、出口の東西で雰囲気がまったく異なります。
こういうイベント、自分では生きそうもないところがコースにあり、楽しめます。

投稿: mamekichi | 2018年2月17日 (土) 08時10分

こんばんは
ゴールおめでとうございます。
あみま倶楽部のスタンプも増えてくると頑張り甲斐がありますね。

このハイキングの前日の土曜日も違うコースであったようですね。
北勢線の蓮華寺駅からスタートするコースで。
たくさんの人が強い風の中歩いてらっしゃるのを見かけました。

またお酒を楽しまれたようで(^^)
読ませていただいてるうちに甘酒が飲みたくなって
酒粕を買ってきてもらいました(笑)
でも、生姜がなくて作れずちょっとお預けです(笑)
今は缶や湯で溶かすのもありますが酒粕のを飲みたくなりました。
甘酒は飲む点滴らしいですね。

違うハイキングコースで乗り降りした同じ駅でも違った風景に見えますね。
今回のコースも楽しませていただきました。

投稿: こころん | 2018年2月16日 (金) 19時58分

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