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2018年2月13日 (火)

20180211近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”へ(その2)……豊田一色薬師堂、神明神社、道路元標を見つけて、いよいよ早川酒造部へ

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 近鉄ハイキング“駅長お薦め酒蔵みてある記 早川酒造部「天一」”の2回Img_8228c 目です。その続き。伊勢湾岸自動車道をくぐると、三重県立川越高校が見えてきます。
Img_8229c 川越高校を左手に見て、南西に曲がると、朝明川の堤防が見えてきます。Img_8246c 堤防に上がって、近鉄名古屋線の踏切を越えると、次の立ち寄りポイントである神明神社があります(右の写真で、踏切の向こうにある森がそれ)。が、ここで、小生は勝手により道(笑)。他はどなたも行く人はありませんでした。
Img_8249c 豊田一色薬師堂です。ネットで検索してみても、川越町のサイトに消防訓練Img_8251c をしたという記事が出てくるくらいでした。しかし、ここはなかなか由緒あるところのようです。
Img_8253c 「一色薬師由来」という案内板によれば、次のような由来があるということでした。すなわち、ここに安置されている薬師像は、天正2(1574)年春、南福崎の利助という百姓が海辺から拾い、山の神へ捨てた仏像が、庄屋の大塚久太夫の夢枕に立ち、お告げをなしたといいます。時を同じくして、希前武右衛門の枕元にも現れ、両人とも驚き、恐れて仏像を手に取ったところ、まさに夢に現れた薬師如来のお姿をしていたそうです。両人、歓喜の涙を流し、直ちに一宇を建立し、敬い奉ったのです。この薬師如来は、聖徳太子の御作と伝わっているそうです。なお、南福崎は、伊勢湾岸自動車道みえ川越インターチェンジと朝明川の間のあたり。
Img_8258c 御堂は、明治初年建立のものが修復も困難なほど痛んできたため、昭和Img_8277c 58(1983)年夏、再建を発願し、昭和60(1985)年5月に落慶開眼法要を厳修したとあります。ちなみに、再建を発願したとき、東大寺長老の清水公照師がこのことを聞知され、日光月光両菩薩の奉納など、力添えをいただいたそうです。
Img_8265c この豊田一色薬師堂の境内、本堂の西側に「神明社𦾔蹟」という石碑がImg_8267c 建っているのを見つけました。碑陰には、「大正十二年五月 氏子中 社當 大塚嘉太郞書」と彫られているように見えます。
Img_8264c 石碑のところには、古い神社の瓦や、屋Img_8269c 根の飾り(何というか、分かりませんので、ご存じの方がいらっしゃったら、ご教示ください)。
Img_8272c こういうものもありました。前の写真のものともども、なんだか気に入りました。前の写真のものなど、ユーモラスな感じがします。
Img_8284c 豊田一色薬師堂は、堤防道路から坂道を降りたところにありました。もう一度坂を登って、コースに復帰。神明神社であります。御祭神は、天照大御神(神明社ですから、当たり前といえば当たり前)。相殿神は、大山祇命(オオヤマツミノカミ)。大山祇命は、山をつかさどる神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子。
Img_8302c_2 神社検索(三重)の説明によれば(こちら)、創祀は、つまびらかではないものの、社伝よれば天正年間(1573~92)以前と伝えられているといいます。近世には、氏神として近郷の人々の崇敬を集めていたそうです。明治41(1908)年7月、豊田八十積椋(やそつみくら)神社に合祀されたものの、氏子崇敬者の熱意によって、昭和5(1930)年4月、現鎮座地に社殿等の設備を整えて分祀されています。豊田一色薬師堂にあった「神明社𦾔跡」と関係があるのかどうか、定かではありません。
Img_8308c この神明神社では、石取祭が行われています。7月の最終日曜日とその前日(土曜)です。豊田一色の祭車は、明治15(1882)年に桑名市の北本町祭車として造られたもので、大正6(1917)年頃、譲られたもの蛇そうです(こちらをご覧ください)。川越町の石取祭は、桑名の石取祭を取り入れて、約110年前に豊田一色地区が始めたことをきっかけに、現在では町内3地区に広まっています。3地区とも、五ツ拍子の鉦と太鼓を打ち鳴らしながら、地区内を練り歩きます。
Img_8299c この頃、神社へ行くと、狛犬が気になります。「子取り玉取り」が標準といImg_8300c うのを知ってからです。神明神社、拝殿前は、「子取り玉取り」ではなかったのですが、鳥居をくぐったところは、そのようになっていました。
Img_8309c 全くの余談ですが、神明神社を出たところで、西の踏切を近鉄特急・しまかぜが通過していきました。俄撮り鉄でありますが、やはりきちんと撮るには、準備と心構えが必要でした(苦笑)。それにしても、一度は乗ってみたい電車です。
Img_8319c 神明神社の次が、いよいよ早川酒造部なのですが、堤防道路を1㎞半ほど歩かねばなりません。途中、国道1号線・朝明橋を渡って、朝明川、右岸を歩きます。前方(東)には、わが家からも見える、中部電力川越火力発電所の煙突が見えています。
Img_8320c 神明神社から250mほど歩いた、川越北小学校の脇で、「道路元標」を発見。予習したときには、見逃していました。道路元標(どうろげんぴょう)は、道路の起終点を示す標識です。明治6(1873)年、各府県ごと「里程元標(りていげんぴょう)」を設け、陸地の道程(みちのり)の調査が命じられています。各県は府県庁所在地の交通枢要地に木標を建てて管内諸街道の起程とするものとされたといいます。
Img_8322c この「道路元標」には、「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十里廿八町Img_8325c  川越村」と記されていました。左側には、「富田町 三・〇五四米 貳拾八町 四日市々 七・五二七米 壱里丗三町」と、また、右側には、「桑名町 七・二〇〇米 一里丗町 富州原町 二・二九一米 弐十壱町」と刻まれていました。この道路元標は、大正13年、昭和天皇の御成婚記念として建てられたということでした(皇太子でいらした頃です)。
Img_8345c 参加者、いろいろな方がいらっしゃいます。こちらの女性が穿いているのImg_8342c は、どう見てももんぺ(笑)。むしろ、なかなかよさげです。朝明川沿いを歩いているのですが水鳥は見ません。その他にも、豊田一色薬師堂に行く直前、モズを見ただけ。
Img_8358c 南福崎の橋。ここで、右折(南下)。いよいよ早川酒造部に到着します。Img_8361c 11時半。スタートからは、1時間40分ほど。途中、強風で、時雨れていましたので、ここの試飲で暖まりたいと思っています(微笑)。
Img_8364c 早川酒造部は、江戸時代から米穀商を営んでいた初代早川半三郎が、明治6(1873)年に、現在の四日市市天カ須賀で酒造りを始めたのが最初。創業の地の地名の「天」と天下一品の酒を目指すという初代の願いから、主力銘柄は「天一」と命名されています。また、「天慶」というブランドもあり、それには愛でたく天からの賜物という意味があるそうです。大正6(1917)年に、現在の朝明川の辺りに蔵ごと移築し、 以来百年近くにわたって、日本酒を醸し続けていいす。水は、朝明川の豊富な伏流水を用いているということです。
Img_8366c その早川酒造部は、大賑わい。左の写真は、甘酒の振る舞いを待つ行列。小生も、いったんここに並んだものの、なかなか進まず、今回は、断念。
Img_8235c 今回の企画の一つ、「お楽しみ抽選会」の会場へ。抽選は、抽選箱に入Img_8371c れられた、清酒の瓶の蓋を引くというやり方でした。なかなか考えてあります。「赤」が出ると、「しぼりたて原酒720ml」が当たったのですが、残念ながら、外れ(苦笑)。
Img_8373v 気を取り直して、試飲会場へ。ありがたいことに、今回は試飲は2種類。Img_8516c 飲み比べとなっていました(微笑)。まずは、天一の絞りたて原酒。予告編では、「やや甘い感じで、濃いめという印象」と書きました。これ、土産に買ってきた「天一 蔵出し 生原酒」と同じと思います。濃いわけです。アルコール度数は、19度以上20度未満とありました。
Img_8375v もう一種類は、「天一 清酒」。こちらは、純米吟醸と思いImg_8376c ます。写真ではもう一つよく分からないかも知れませんが、色も少し違います。この「清酒」の方は、透明でしたが、「しぼりた手」の方はわずかに黄色っぽいという感じ。
Img_8519c 「天一 清酒」とあった方は、たぶん土産で買ってきたこちら(純米酒 天一 神の穂)と同じ。純米酒ですから、醸造用アルコールは添加されておらず、とても飲みやすい酒でした。家内には、こちらが大好評。ちなみに、720ml入りで¥980。「天一 蔵出し 生原酒」の方は、300ml入りで¥400でした。
Img_8384c 地場産品販売の店が、10店出ていました(早川酒造部をImg_8381c 除いて)。11時半を過ぎ、お腹も空いてきていましたので、鯛ちくわを¥300で購入。つまみ代わりに。ここで焼いて売っていたもので、熱々をいただきました。
Img_8390c 仕込み蔵の中で、「酒蔵コンサート」も催されていたのですが(10時40分~11時50分頃)、それは失礼しました。甘酒はパスしたものの、2種類の試飲をさせてもらい、鯛ちくわで小腹も満たせ、土産もゲットできましたので、満足。30分足らずの滞在で、次の目的地・高松八幡社へ。今日は、ここまで。以下、まだもう1回くらい、続きます。

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