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2018年1月21日 (日)

勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(その4)環濠を巡り、伊勢別街道を通って、一身田駅で「完」

 “勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”の話、長くなっていますが、今日は、その4として、再び一身田寺内町を取り上げます。一身田寺内町は、「環濠」によって囲まれています。東西約500m、南北約450m。寺内町を区画することに加え、町を防御する機能もあったのです(南側は毛無川を利用しています)。この一身田の環濠は、寺内町の周囲を巡る環濠としては、日本で唯一ほぼ完全な形で残る貴重なものだそうです。
Img_3165c  近鉄・高田本山駅から歩いてきた途中、毛無川沿いは、少し歩きました。そImg_1972c こで、専修寺の山門を出て、西へ。専修寺の南西の角からスタート。安楽橋が架かっているところです。右の写真は、1月11日の近鉄ハイキングの記事で使ったもの(左の写真では、向かって左側から撮ったことになります)。後ろ側がJR一身田駅。ここから北へ。
Img_3166c 位置関係は、ここに立つ「町並み探索マップ」がよく分かります。上の2枚のImg_3167c 写真は、このマップの「現在位置」のあたり。地図では左(北)の高田中学・高校の方へ進みます。進む先は、右の写真の通り。環濠はずいぶん細くて、単なる溝じゃないの?と思ったのですが、かつてはもっと幅広かったといいます。毛無川の幅くらいは合ったのかも知れません(こちらを参照)。
Img_3172c
Img_3174c 安楽橋から250mほど行くと(途中、納骨堂の裏手を通ります)、高田中学・ 高校があります。高田本山系の高田学苑が経営していますが、高校は県内有数の進学校です。環濠は、この高田中学・高校の建物の間で、直角に曲がって(右の写真)、背後のグラウンドなどの方へと続いています。
Img_3173c_2 左の写真のように、ちょっと珍しい光景を呈しています。渡り廊下で建物Img_3180c_2 がつながっていました。勝手に敷地内に入るわけにはいきませんので、ここはいったん環濠から離れて、さらに北へ行って、県道55号線に出て右折(東へ)、グラウンドと水泳場の間の道を南下(右の写真)。
Img_3181c 奥へ進むと、環濠に突き当たります。確かに、左の写真で、奥の方に高Img_3185c 田中学・高校の建物が見えます。ただし、一身田寺内町の館でいただいた「一身田寺内町」のマップを見ると、これは、新しい環濠のようで、この南に、高田本山の敷地に接して、「古い環濠」とあります。ここの環濠脇には、祠がありました。寺内町マップにもあるのですが、詳細は不明。気になりますが、先に進みます。
Img_3187c 祠の先に、もう1つの環濠。これが、マップにある「古い環濠」です。ちょうど、高田本山専修寺の真裏。「寺内町マIshindenmapc1 ップ」では(右の地図)、赤丸をつけたあたりまで進んできました(ルートは、赤いライン)。この先、「赤門跡」へ向かいます。
Img_3195c 角を1つ早く曲がってしまい、若干迷ったのですが、「赤門跡」に到着。案Img_3192c 内板には、寺内町の北東部に当たり、ここに朱塗りの門があり、濠にも橋が架かっていたとあります。一身田から江戸方面への出入り口となっていたそうです。
Img_3199c 赤門跡からは、環濠沿いに南下。それぞれのお宅に入るのに、小さな橋Img_3202c が架けられていましたが、昔はこういうものはなかったのだと思います。寺町通(山門前の通)に戻ります。環濠からは離れますが、寺町通で見たいところがあるのです。前回訪れた「一身田寺内町の館」前を通過。この立派な松の木が気になりましたが、やはり由緒書きはありませんでした。
Img_3211c 寺町通で見たかったのは、こちら「下津家住宅」。高田青少年会館の向かいにあります。近鉄ハイキングできた時は、この前に露店が並び、また、下津醤油さんが、ここでラーメンを販売していたので、ゆっくり見られなかったのです。専修寺の寺の警護に当たった江戸末期の寺侍宅の長屋門で、
その後、大正時代より下津家邸宅の一部として使用されています(こちらを参照)。登録有形文化財に指定されています。と書きながら思い当たったのですが、この「下津家」、下津醤油さんなのかも知れません(笑)。
Img_3214c 寺侍の屋敷だったからと思いますが、ここにも武者窓があります。また、Img_3213c この長屋門のところでも、「江戸の朝霧」という映画が撮影されたという案内板がありました。昭和17(1942)年の大映映画で、市川歌右衛門などが出演しています。勝海舟の少年時代を描いたものだそうです。
Img_3039c 専修寺の山門前まで戻り、再び釘貫門を通って、向拝前から仲之町通Img_2986c へ。来た時の道を逆に、百五銀行一身田支店の方へ向かいます。指示のあった土産を買わねばなりません(微笑)。「桜おこし」を所望されていましたが、近鉄ハイキングの時とは異なって、境内に店が出ていなかったので、岡田屋さんの店へ立ち寄って、購入。予告編で書いたように、ミックス(5個入り)を¥800で。ちなみに、その昔、このあたりには桜の木がたくさんあったということから、「桜おこし」だそうです。
Dscn5696c  おこしは、黒糖、落花生、青海苔の3種類。先に食べてしまってから、今日になって写真を撮りましたので、黒糖しか残っていません(苦笑)。個人的には、青海苔のものがベスト。昔風の、懐かしい感じのお越しで、美味しくいただきました。
Img_2968c この日、寺内町に入った黒門跡まで戻ってきました(左の写真)。環濠(毛無川)は、Img_2974c 西の方は、右の写真のようになっています。片や、町屋の裏手ですし、マップを見ても、この先は一身田小学校の裏手ですから、橋向通を南に行き、旧・伊勢別街道に出ることにします。
Img_2967c その1でも載せましたが、黒門跡から見た橋向通です。かつて歓楽街で、江戸時代には水茶屋が25軒もあったといいます。本山にお参りして、精進落としはやはり、環濠の外でということでしょう。明治の初年には遊女の数200近くに及んだといいます(こちらを参照)。この通から路地に入ると、遊郭らしい建物が残っていると書いてあるブログもありました。ご興味がおありの片は、こちらへ。
Img_3233c 黒門跡から300mほどで、旧・伊勢別街道に突き当たります。伊勢別街道は、関宿の東追分から津市芸濃町椋本(むくもと)、ここ一身田を通り、伊勢街道と合流する江戸橋まで。総距離およそ四里二六町(約22㎞)。「いせみち」「参宮道」「山田道」などと呼ばれ、江戸時代には京都方面からの参宮客で賑わったそうです。写真では、奥が江戸橋方面。
Img_3236c この橋向通と伊勢別街道が交差するところの角にあるのが、伊勢木綿のImg_3239c 臼井織布さん。「伊勢木綿」は、江戸時代から続く伝統の布なのですが、現在では臼井織布一軒だけが作っています。ここは、テレビの番組などでも何度か見たので、一度建物だけでもみたいと思っていたのです。品物はいくつか取り扱っている店があるようですが、観光三重のサイトでは、「衣 伊勢木綿 臼井織布」というところが載っています。
Img_3247c 臼井織布さんを見て、伊勢別街道を北西へ。寺内町マップを見ると、一Img_3249c 身田小学校の西に「目の神様」と「延命地蔵」とがあるとなっていましたので、これを見ようということです。小学校の南で伊勢別街道から離れ、北上。方角としては、専修寺の唐門に向かっていることになります。
Img_3250c 小学校の西出、適当に住宅の間の細い道を入ったらちょうどうまい具合にありました(笑)。同じ敷地に、「目の神様」と「延命地蔵」が祀られています。「目の神様」は「一心龍王大権現」とあります。「一心龍王」というのは、調べてみたものの、不明。延命地蔵は、もともとは、新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすという御利益があり、後世は、短命・若死にを免れるため信仰されたといいます。
Img_3253c こちらが「一心龍王大権現」のお社。社に右のような表示がありました。Img_3255c 「一心龍王大権現 目の神様」とあります。しかし、由緒書きなどはありません。ネットでいろいろ調べたものの、分かりませんでした。地元の片に伺うのが良いのでしょうが、あいにくどなたもいらっしゃいませんでした。
Img_3257c こちらは延命地蔵尊。両方とも、綺麗にしてありましたし、地蔵尊の赤いImg_3262c_2 幕は、平成26年8月に新しくしたとありましたから、地元の方々がお世話をしていらっしゃるものと思います。小学校の前に戻って、道を北へ行くと、再び、環濠(毛無川)になります。すべてたどったわけではありませんが、あともう少しで、環濠をほぼ一周となります。桜門跡を目指します。
Img_3271c  毛無橋で環濠を渡って、2つ目の角を左折(西へ)。鉤の手になったところImg_3270c_2 を曲がっていくと、武野薬局の前に出ます。ここに「左 キシャ 左 本山」と刻まれた道標がありました。薬局の方が設けられたもののような気がします。この薬局は、210年程前から高田本山の前で営業しているようです。「まちかど博物館」として、薬関係の昔の道具・資料等の展示もしていらっしゃるようですが、それは帰って調べて分かったことでした(苦笑)。
Img_3273c 武野薬局のすぐ西に桜門跡があります。これで寺内町の3つの門の跡をImg_3272c クリアしました。寺内町の西の端で、京都方面への出入り口。門の外に桜並木があったため、この名がついたということです。このあとは、環濠巡りをスタートした安楽橋へ。
Img_3284c 一身田駅の手前に古い建物がありました。近鉄ハイキング出来た時にImg_3287c は、あまり気にしなかったのですが、何と、Cafeがありました。「喫茶 tayu-tau」とあります。漢字で書くと、「揺蕩う」なのでしょうか。気になったものの、この日は定休日。
Img_3291c JR紀勢線・一身田駅。駅名は、「いしんでん」となっていますが、町名は、Img_3301c 「いっしんでん」という方がほとんどと思います。無人駅で、飲料とアイスクリームの自販機はあったものの、券売機もありません。
Img_3292c 明治24(1891)、 関西鉄道津支線の駅として開業。駅舎は、大正

Img_3295c_2

12(1923)年12月に竣功し、平成3(1991)年に改修されました。昔風の駅の風景で、懐かしい感じがします。13時頃、到着したものの、昼間の時間帯は、1時間に1本。30分待って、亀山行きに乗車。ワンマンです。ドア脇のスイッチを押して、ドアを開けて乗るのは、初体験(微笑)。
Img_3318c 亀山までは、2駅。明治23(1890)年、関西鉄道の柘植~四日市間の開Img_3320c 通にあわせてできた駅です。かつては、機関区や客貨車区などが置かれ、三重県内でも有数の鉄道の要衝でした。しかし、四日市~津間は、亀山を経由すると、大きく迂回するルートになることなどから、短絡ルートである国鉄伊勢線(現在の伊勢鉄道)が建設されました。名古屋から紀州、南紀方面に向かう特急は、伊勢線経由になり、また、京都方面へは、近鉄特急に客を奪われるなどで徐々に寂れてしまいました。予告編で書きましたが、昭和54(1979)年のゴールデンウィークにここに来た時には、イメージとまったく異なって、ローカル駅の雰囲気でがっかりした記憶があります。駅構内は今でも広く、東西方向は、1km以上あるそうです。
Img_3317c 亀山駅到着は、13時43分。紀勢線も、関西線も同じくJR東海ですから、Img_3324c すぐに乗り継げるだろうと思ったのですが、愕然としました。次の関西線名古屋行きは、14時24分! 40分も待ち時間があります(涙)。1番線ホームのベンチに腰を下ろし、あちこち眺めながら、時間つぶし。右の写真は、待っている途中に亀山に着いた、JR西日本の列車(1両でも列車とはこれ如何に?)。加茂駅(京都府)を12時42分に発車、亀山到着が14時5分。
Img_3328c 14時24分発、名古屋行き快速に無事乗車。快速とはいえ、途中の四日Img_3336c 市までは各駅停車。四日市から先が快速で、桑名に止まったら、次が名古屋。桑名着は、15時6分、¥840。一身田で歩いた距離は、7.5㎞。自宅から駅までの往復が2.2㎞で、計9.7㎞。
Ishindenmapc 予告編でも載せましたが、左の地図が、一身田寺内町マップ。右が、実180116ishindenc 際に歩いたコースです。南町の通は、今でも蔵が立ち並んでいるそうですが、見てきませんでした。橋向通も路地に入ると、昔の遊郭が偲ばれる建物があるそうです。専修寺でも見忘れたところがありますから、また出かけたいと思っています。
 あちこち寄り道ばかりの、まとまらない話にお付き合いくださった皆様には、厚く御礼申し上げます。間違いなどお気づきの点がありましたら、是非ともご教示ください。

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コメント

ひらいさん、おはようございます。

まとまりのない話にお付き合いくださり、ありがとうございます。
私も、鉄道会社のイベントがなければ、なかなか出かけられません(笑)。
実は土曜日(1/20)も、近鉄で松阪を訪ねるハイキングがあったのですが、うっかり失念していました(苦笑)。
松阪城跡や、御番長屋、岡寺など行ってみたかったのに!

行きたいところ、やってみたいことはたくさんありますね。
ひらいさんを見習って、四日市、楠、鈴鹿あたりの河口にもと思っていますが、今週は寒波のようですから、二の足を踏んでいます。

投稿: mamekichi | 2018年1月22日 (月) 06時55分

mamekichiさん、こんばんは!

JR・近鉄さわやかハイキングお疲れ様でした、行った事の無い所ばかりで、余りコメント出来ず申し訳有りません、もし行く機会が有れば、参考にさせて頂きます。
自分も乗り鉄を楽しんでいた時、このコースを利用しましたが、紀勢線と関西線の連携はイマイチですよね、と言いながら、撮り鉄しているとあっと言う間に時間が過ぎて行くので余り気にならなかった思い出です。(笑)

最後に、mamekichiさんに影響されて、自分も勝手に○○ウォーキング開催して来ました。(笑) まだ行きたい所がたくさん有って、次どこに行こうか悩んでいます。

投稿: ひらい | 2018年1月21日 (日) 21時15分

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