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2018年1月

2018年1月31日 (水)

20180131皆既月食

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 今日、平成30(2018)年1月31日は、皆既月食。天気予報では、曇りということで心配しましたが、何とか観察できました。冒頭の写真は、20時13分撮影(時刻は、カメラの記録によります)。撮影場所は、拙宅マンションの9階フロア(北側)。以下の写真も同じところ、もしくは、9階から10階への階段途中の踊り場です。撮影には、超望遠コンデジ(Canon PowerShot SX60 HS)を使用しました。三脚は使用せず、手持ちあるいは階段の手すりに肘などを固定して撮ったものです。
Img_4670c 20時48分頃、左下から欠け始めるということでした。左の写真は20時50分Img_4678c に、また、右の写真は21時4分に、それぞれ撮影。日本で皆既月食が見られるのは、平成27(2015)年以来、ほぼ3年ぶりだそうです。寒いので、時々、外に出て短時間撮影するというのを繰り返しました。
Img_4686c 4枚目は、21時19分に撮りました。かなり欠けてきていました。拙宅マンション、ほぼ東西方向に横長に建っていますので、時間帯によっては月は建物の陰に入ってしまい、見えなくなりますが、何とかすべて欠けるまで観察できました(建物から出て、住吉入江のところにでも行けば良いのですが、この寒さ
Img_4703c  21時47分の写真。皆既月食となる直前の写真です。ほとんど一筋の光で、撮影にはかなり苦労しました。皆既月食になってからはさすがにもう撮れません(マニュアルモードで調整すると何とかなるのかも知れませんが、スキル不足と、寒さに耐えられなくなりました……苦笑)。本日は、これにて退散としました。皆既月食は、23時8分頃までおよそ1時間17分にわたって続くといいますが、その時間帯、わが家から、月は、マンション本体の陰になって見られなくなります。しかし、さすがに寒くて耐えられませんし、最近は遅くまで起きていられる自信もありません。

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セグロカモメ再来、アオサギは早くも婚姻色

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 風もなく、日中は暖かくなっていますが、今朝も-3.1℃だったようで、九華公園の堀Img_6168c には薄く氷が張っていました。これにはカモたちも困ったようで、いつも集まっている九華橋の南あたりにはほとんどいませんでした。散歩は、8時40分から11時半、住吉神社、九華公園、京町、寺町と4.8㎞。あちこちで話していたのと、鳥をじっくり探していましたので、割と短め。
Img_4640c しばらく姿を見ませんでしたが、今日は11時頃、セグロカモメが登場。二のImg_4644c 丸堀の東、キッチン寿さんの北で魚を食べているところに遭遇。それまで管理事務所で話をしていたのですが、これが幸いしました(微笑)。見つけた時には、かなり食べ進んでいましたが、けっこう迫力がありました。
Img_6318c 途中、こんな羽ばたきの様子も見せてくれ、サービス満点(笑)。右の写真、Img_6323c これが本当の「ガル・ウィング」。実は今日は、昨日、一昨日に比べ、鳥が少なく、わずかに出て来たジョウビタキのオスも、うまく撮れなかったのですが、これで元気が出ました(微笑)。
Img_6172c さて、九華公園には久しぶりにアオサギが来ていました。よく見ると、嘴の根元あたりが、ほのかにピンク色を呈しているようです。これは、婚姻色。そろそろ繁殖期が近づいてきているということ。弥富や、治水神社のコロニーを一度見に行った方が良いかも知れません。
Img_4585c ゴイサギ、朝9時過ぎの時点で見えたのは、2羽。いつものように、鎮国守Img_4589c 国神社の社務所裏にあるクスノキ。太陽の方角を向いているのか、ここ(西側)から見ると、朝一番はたいてい後ろ姿となります。
Img_4592c 近くのツツジの植え込みの影には、シロハラが1羽。最近、このあたりにいるのが、定着。ただし、今日は、すぐにこちらに気づかれ、この1枚しか撮れずじまい。
Img_6193c 最近、九華公園で増えているのは、こちら、オオバン。半月くらい前までは、2~3羽でしたが、気づいたら少しずつ増え、今日は、10羽ほど。オオバン、九華公園ではけっこう活発に泳ぎ回りますので、きちんとカウントできていません。
Img_4591c カモたちは、氷が張った北側の堀や、九華橋近くを避けて、南西の、三之Img_6194c 丸町内側や、甲羅干しスロープ近く、二の丸堀の西側にいました。いずれも、日が早くから当たるところ。数は、合計55羽。ハシビロガモのオス1羽、メス1羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロ。
Img_6219c ユリカモメは、少なく、10羽ほど。平日は餌をくれる人はほとんどありませんので、野球場のフェンスの上や、二の丸堀などに浮かんで、時間つぶしというように見えます。
Img_4624c このほかは、シメや、ハクセキレイ。シメは、本丸跡にて。目立ちませんImg_6256c ので、近寄っていくのは小生くらい(苦笑)。ハクセキレイは、野菜のようなものを咥えて飛んできました。このほか、ジョウビタキのオスもいて写真を撮ったものの、画面の片隅に飛んでいく姿が、ピンぼけで(笑)。
Img_4615c カワラヒワたちは、鎮国守国神社の境内や、鳥居の近くに集団で降りてImg_4598c きて、餌探し。ツグミも野球場のグラウンドや、神社の境内で見たものの、これくらいの写真。
Img_6226c 鎮国さんにお参りし、稲荷社の参道から西を見て、ゴイサギを確認。3Img_6229c 羽、いました。いずれも宮司さんのお住まい近くですので、参道から庭木越しに見る以外に方法がありません。
Img_6233c もう1羽はかなり見えにくいところ。ピントもオートフォーカスでは合いませんので、マニュアル。この3枚、連続して撮影していますので、ゴイサギが3羽いることは間違いありません。ただし、この頃、ホシゴイの姿は見られません。
Img_4569c 余談です。今朝の中日新聞北勢版によれば、桑名市は公園や歩道橋の命名権を売り出し、こちら、吉之丸コミュニティパークは、あの柿安さんが落札したというニュースが載っていました。「柿安コミュニティパーク」になるそうです。年間30万円で7年契約。まぁいいのですが、本社ビルの真ん前にあって、駐車場もついているところ。いろいろ勘ぐると、ホントに良いの?という気もします。

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2018年1月30日 (火)

酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その3)……河島神明神社、西福寺そしていよいよ松彦酒造へ(完)

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 酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”も、その3となりました。左の地図では、ようやく青丸をつけたあたりまで進んできました。スタートから4㎞あまりを歩いてきたところです。伊勢三郎首塚まで見てきましたので、今日は、河島御厨神明神社から。
Dscn5921c 川島には、2つの神社があります。「河島御厨神明神社」と、「御園川島神社」です。この日訪れたのは、「河島御厨神明神社」の方です。こちらは、俗に「東の宮さん」と呼ばれているようです。「御園川島神社」は、700年ほど前、分村に伴って建立された神社で、「西の宮さん」と呼ばれています(こちらを参照)。
Dscn5924c 河島御厨神明神社は、「御厨」とありますように、伊勢神宮の神領でした。Dscn5926c 御祭神は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)、大山祇神(オオヤマツミノカミ)、大日孁貴命(オオヒルメムチノミコト)。大日孁貴命は、天照大神の異称です。重複しているように思うのですが、後述の事情によるのかも知れません。一の鳥居の奥、参道の途中に道が横切っています。
Dscn5927c こちらが拝殿。拝殿には、江戸時代、3つの算額が奉納されていて、市指定の有形文Dscn5930c 化財になっています。算額は、ご存じと思ういますが、数学の問題を解いて、神社仏閣に奉納した絵馬の一種です。このあたりの人たちが、和算を学んでいたことを示しています。
Dscn5946c  右は、もっとも古い寛政2(1790)年のもの。三重県最古のものだそうですDscn5934c_2こちら)。寛政二年の額には3問が取り上げられ、第1問は『闡微算法(せんびさんぽう)』(武田濟美著、寛永3(1750)年)にある問題を解いたものだそうです(数学苦手の小生には、詳しい説明は困難です。こちらにこれを論じたものがあります)。第2問は、菱形に3つの縁を内接させた図形に関するもの、第3問は、直角三角形に5つの縁を内接させた図形に関する問題で、いずれも三平方の定理を繰り返し用いて、解答しているといいます。
Dscn5937c 左の天保15(1844)年の額は「當社産子 柳川安左衛門」の奉納で出題Img_5144c した問題を門人の「清水中治」が文久4(1864)年に回答したことが裏面に記されているそうです。右の文久3(1863)年の額は、文久三年の額は清水貞信が出題したものですが、題意は不明ということです。
Img_5143c もう一つ、新しい算額もありました。四日市大学関孝和数学研究所が、平成29(2017)年に奉納したものです。「小川粋直門人六名」という名前になっています。6名の方が、1問ずつつくったようで、6問が載っていました。ただし、小生には理解困難(爆)。
Dscn5948c 御祭神に大山祇神がいらっしゃいますが、拝殿に向かって左に山神社がありました。ここの相殿神が、大日孁貴命。神社検索のサイトに載っていた御祭神で、天照大神と大日孁貴命(天照大神の異称)が重なっているように思ったのですが、山神社に相殿神として大日孁貴命が祀られているためかと考えられます。
Img_5152c 河島御厨神明社から200mほど行くと、浄土真宗大谷派の永角山西福寺がありImg_5155c ます。創立年代は不明ですが、もとは金剛寺といい、浄土真宗大谷派に改宗して西福寺というようになったそうです。こちらには、「一度焼かれたともいわれるものの、実際のことかどうか分からないとありました。
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 ここで一つ失敗(苦笑)。ここに伊勢三郎義盛の墓があることを予習していたのですが、雪と寒さもあって、見てくるのを失念してしまったのです。ここ三重郡川島村は、江戸時代初期には亀山藩領であり、藩主の石川昌勝の命によって慶安4(1651)年に、ここに伊勢三郎義盛の墓が作られたといいます(こちら)。中には宝篋印塔(宝篋印陀羅尼という呪文を収めた塔。のちに供養塔,墓碑塔として建てられた)が納められています。義盛の命日である6月25日には、義盛をしのんで義盛忌の俳句会が行われているそうです。
Img_5151c  西福寺には、忠魂碑(明治39(1906)年3月)(従軍人建之)や、「真実之Img_5150c_2 利」という、太平洋戦争の戦没者98柱を祀る碑(川島地区遺族会建立)もあったのですが、これらも見逃していました。忠魂碑がもともと建立された場所が、「明治二十七年三十七年戦」の「記念康休園」(明治39(1906)年3月)であったことを示す門柱だけ写真に収めてきました。ちょっと中途半端でした(苦笑)。予習をしっかり行い、チェックポイントのリストをつくってハイキングに行くようにしなければなりません。
Img_5165c 西福寺には、これら以外にも石碑などがいくつかありました。ただし、古Img_5167c いものや、小生には容易には読めないものばかりで、取り敢えず、今日のところは2つの写真を載せるだけにしておきます。ちょっと余裕ができたら「解読」したいと思っています。
Img_5174c さて、西福寺を後にして、河島の町を進Img_5172c_2 みます。相変わらず雪は降っていますし、あたりの民家の軒先には雪解け水がつららになったものがありました。寒いのです。
Img_5176c 古い町並みで、この間、町屋川に行った時以来(1月23日:町屋川第2回

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遠征(寄り道編)……神社、古い看板、ホーロー看板など)、古い看板が目につくようになってしまいました。右の写真の結納店の看板、桑名にもたくさん残っています。
Img_5182c 西福寺から東へ500mあまり、ようやく本日の主たる目的地である松彦酒造Img_5207c2 さんに到着。歓迎してもらっていて、ありがたい限りです(微笑)。抽選会のところが空いていたので、まずはそこへ。右の写真、ちょっと見にくいのですが、その1にも書きましたように、「三重の寒梅」のワンカップが当たりました。下1桁が「1」番が当選番号。
Img_5285c ハイキング当日の晩酌にいただきました(微笑)。何度もくどいのですが、Img_5288c 当選番号は、右の写真。このワンカップは、アルコール分 15度、原材料は、 米(国産)・米こうじ(国産米)としか書かれていません。また、醸造アルコールも添加されています。やや端麗で、ほんのり甘みがありました。苦みとか、雑味といわれるものはないように感じました。
Img_5195c_2 さて、ワンカップもいただけましたので、安心してこちらに進めます。甘酒Img_5191c は無料でいただけますし、「三重の寒梅 大寒しぼり」はコップ1杯100円で試飲できます。右の写真のように、けっこう賑わっていました。
Img_5189c 甘酒、ちょっと冷めていましたが、それでも冷え切った体にはありがたいImg_5198c 飲み物でした。そして、「大寒しぼり」の試飲。右の写真のように、有料だということもあってか、コップにかなりたくさんついでもらえました(微笑)。ここにも書きましたように、辛口で、ややフルーティ。後口を引かず、美味しいお酒でした。
Img_5283c 試飲で気に入りましたので、その1にも書きましたように、この「三重の寒梅 大寒しぼり」を土産に買ってきたという次第。即売会でいろいろな種類の酒を売っていましたが、たいてい、試飲したものを買ってきます。他の方を見ていると、何本も買っていく方もありますが、小生は1本限定。まぁ、大酒飲みではありませんし(たぶん)、少しずつ楽しめれば良いと思うのです。
Img_5202c ちなみに、小生が松彦酒造さんにいた頃の混み具合はImg_5204c これくらい。ただし、小生は立ち寄りポイントをけっこうしっかり見てきますから(中には、素通りという方もたくさんあります)、遅めの時間帯ということになります。右の写真のように、つまみを用意してきて、その場で試飲の1杯や、即売会で購入されたお酒で楽しんでいる方もけっこうありました(笑)。
Img_5209c 目的を達成し、試飲で体も温まりましたので、後はゴールを目指すのみ。Img_5219c 河島の昔からの町を通り抜け、三滝台という30年あまり前に開発された団地を歩いて、近鉄湯の山線・伊勢川島駅へ1㎞半弱。
Img_5233c ゴールの伊勢川島駅。12時5分に到着。スタートから2時間20分。歩いたImg_5244c のは、実測で7.1㎞。雪も降って、冷えた中でしたが、お陰様で今回も完歩できました。12時16分発四日市行き普通電車に乗車。四日市で名古屋行き急行に乗り換え、桑名には12時41分着。帰りは、¥420。右の写真、奥が四日市方面。
Img_5262c ほとんど余談ですが、湯の山線の電車には、「湯の山温泉開湯千三百年」のヘッドマークが付いています。この4月から1年間にわたってイベントが開催されるようです。湯の山温泉は、養老2(718)年、浄薫和尚が薬師如来のお告げにより発見したと伝えられ、傷ついた鹿が傷を癒したという伝説から別名「鹿の湯」とも言われています。
【付記】 読み直して、誤りや誤解を訂正するかも知れません。また、西福寺の石碑など、もう少し調べて、追記することもあります。

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今日も多彩……ジョウビタキはオスもメスも、モズのオス、シロハラ、コゲラ、カンムリカイツブリなどなど

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 相変わらず寒いというか、冷える日が続きます。今日も最低気温はマイナImg_4479c ス、最高も6℃ほど。わが家からの眺めは良くなりましたが、藤原岳の積雪を見ると、寒さが募る感じがします。大規模修繕工事のシートがなくなってから、寒さが厳しくなった気がします。目障りでしたが、保温効果はあったようです(苦笑)。右は、三の丸水門から見た景色。雪雲のようで、見るからに寒そうでした。
Img_6036c 寒さにめげず(苦笑)、まるで仕事に行くかのように(爆)、今日も散歩であります。午前中に動き、午後からは読書や、あれば仕事というのが日課です。8時40分から11時半にかけ、いつものように、住吉神社、九華公園、貝塚公園、京町、寺町と5.9㎞。
Img_5787c このところ、揖斐川ではあまり鳥たちを見なくなりました。一段と寒くなってImg_5807c からのことです。そういう中、今日は、住吉神社のすぐ前でカンムリカイツブリ1羽。このほか、オオバンが1羽飛んでいくのも見ました。以前は翌アオサギがいた、揖斐長良川の中州は、この頃アオサギはまったく見ません。
Img_5795c 七里の渡し跡、久しぶりにヒドリガモのペア1組と、コガモ6羽が来ていましImg_5801c た。年が明けてから、ここにも、赤須賀の漁船が入ってきて、シジミ漁をしていますので、カモたちには嫌われたのかも知れないと思っています。
Img_4476c 蟠龍櫓から三の丸水門あたり、今日は、ツグミ2羽と、ハクセキレイを見たのみ。ヒバリや、ホオジロの姿はありません。厳しい寒さのせいかと思えます。
Img_5814c 九華公園の北門を入ったところで、シロハラがお迎え。最近、北門を入っImg_4482c たところから、土俵の近くにいます。北門を入ったところの堀には、オオバンやキンクロハジロもいましたが、ハシビロガモのオスの連れがいました。容姿も、動きもなんとなくシンクロしていて笑えます。が、一体どういう関係なのか、気になります。
Img_4484c 鎮国さんの社務所裏には、取り敢えず、ゴイサギ1羽の姿。例によって例のごとく、保温姿勢。一度間近で見て、どのようになっているのか、確認したいと思っていますが、まぁ無理でしょうね。
Img_5822c カモたちは、九華橋の南あたりに集まっていました。寒いとここにいるようImg_4492c な気がします。カモ、今日は合計60羽。ハシビロガモのオス3羽、メス2羽、久しぶりにホシハジロのオス1羽(右の写真)と、あとはキンクロ。ユリカモメは、冒頭の写真にも写っていますが、今日は40羽ほど。
Img_4496c 今日もさまざまな小型野鳥が姿を見せてくれ、楽しめました。まずは、ジョウビタキのメス。奥平屋敷跡から二の丸跡へ飛んだのですが、二の丸跡で撮れました。そっと、うまく近づくと、数mのところまで行けます。
Img_4502c モズのオスは、公園内の野球場のフェンスから、近くの木へ移動。超望遠コンデジで、65倍ズームの画像です。こんなに綺麗に写るとは、感動ものです。この写真、1360mmズームで、ノートリミングです。ちなみにこのモズ、管理人さんがすぐ近くでブロワーを使って落ち葉を集めておられたのですが、それには頓着しないようでした。
Img_5868c 昨日と同じメンバーが続きますが、シメは、今日も本丸跡で食事に専念しImg_4505c ていました。笑えます。いつもムシャムシャですから。同じく本丸跡や、鎮国さんの境内では、今日もカワラヒワが集団で降りてきて、餌探し。昨日も書きましたが、今頃は鳥たち、毎年、餌探しに苦労しています。
Img_5898c 餌といえば、メジロも苦労しているようです。花の蜜が好みなのですが、Img_5972c 今日は、松の木に来ていました。木についたままの松ぼっくりのあたりでウロウロ。何か食べられるものがあるのでしょうか。コゲラも、公園内のあちこちを移動して餌探し。右の写真は、神戸櫓跡近くで木をつついて、餌を探しているところ。
Img_4528c ジョウビタキのオスも、昨日と同じく、神戸櫓跡のところに出て来ました。Img_5948c 割と人懐っこいので、ソーッと行くと、かなり近づけます。鳥に近づく時は、ゆっくりゆっくり行くか、姿勢を低くしていくかです。近くの植え込みのあたりでは、シジュウカラも餌探し。
Img_4535c 社務所裏をもう一度見に行くと、ゴイサギが2羽に増えていました。稲荷Img_5877c 社の参道から見ると、もう1羽がいましたので、ゴイサギはやはり3羽いるのは、間違いなさそうです。
Img_6042c このあと、貝塚公園へ。まずは、ムクドリ。パンくずのようなものを咥えてImg_6053c いました(小生が与えたのではありません)。そして、シロハラ。こちらには、パンを与えてみました。それを前に首を捻っていて、「食べ物か?」と迷っているような感じでした。
Img_6073c 貝塚公園、今日もジョウビタキのメスが1羽。あちこち移動はしますが、たぶん1羽です。かなり遊んでもらいました。ここで、いつも散歩の途中で出会い、挨拶を交わすだけだった男性から、「良い写真が撮れるか?」と声をかけられました。野鳥を撮っているのはご存じだったようで、ご自身がご覧になった鳥について、あれこれ聞かれました。ここにシロハラやジョウビタキがいるのはご存じでした(ただし、名前までは承知していらっしゃらなかったようです)。
Img_6111c 京町から寺町のあたりでも、ハクセキレイを何羽も見ました。餌探しで、こImg_6124c ういう町中にも出て来ていると思われます。このハクセキレイは、住吉入江まで戻ってきた時に見かけました。パンくずを咥えていました。ハクセキレイを見ていたら、住吉入江にカモが2羽飛来。ヒドリガモのペアです。ここにヒドリガモが来るのは、滅多にありません。
Img_4523c このところ毎日、行く度に鎮国守国神社の梅を確認していますが、まだまだつぼみはこんな状態。去年は、1月27日に白梅が咲き始めていました(九華公園へ「なぁんちゃって散歩」(笑)……ジョウビタキのメス、シメ、シロハラなど)。開花が待ち遠しいところです。
Img_5829c 余談は旅ネコさん。ご覧いただくとお分かりになるかと思いますが、何かを狙っているような雰囲気。実は、視線の先には、ちょっと元気のないヒヨドリがいたのです。九華公園の旅ネコさんたち、野生も取り戻しているようで、時々小型の野鳥を狙っているところを見ます。管理人さんの中には、カモを咥えて走って行くところを見たとおっしゃる方もあります。鎮国さんの大奥様に伺うと、飼い猫が鳥を捕まえたのを見せに来たことがあったそうです。たくましく生きているようです。

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2018年1月29日 (月)

酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その2)……鹿化川沿いを3キロ、さくら公園、歴明寺、伊勢三郎首塚

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 酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”の2回目です。その1では、伊勢松本駅をスタートし、松本神社、建正山正一位稲荷大明神あたりをウロウロして終わってしまいました。松本神社その他を調べるのに労力を使い果たしてしまったということです。その1は、左の地図で、緑の丸をつけたあたりで、実は、1㎞も歩いていません(苦笑)。
Img_5106c その1の終わりでは、この写真まで載せました。9時45分にスタートして、10Dscn5853c 時頃です。ここからは、鹿化(かばけ)川に沿ってというか、つかず離れずで、3㎞ほど歩きます。右は、常磐西小学校や常磐中学校の北あたりの水田。まだけっこう雪が残っていました。ひたすら歩きます。
Dscn5855c 鹿化川沿いにで500mほど、松本の3差路のところに、「上布田遺跡(じょうDscn5854c ふでんいせき」という看板が立っていました。「常磐のまちをかんがえる会」が立てたもので、須恵器、土師器、山茶碗などが出土したそうです。土師器は、古墳時代に属する可能性があるようですが、他は、平安時代後期から鎌倉時代にかけての遺跡と考えられています。「上布田」というなは、松本御厨(松本町付近にあったと推定)から、神宮に納められた「上分米(じょうぶんまい)」を収穫する水田を意味すると考えられているということです。ただし、この看板があるだけで、いわゆる遺跡らしきものは見当たらず、また、ネットで検索しても、詳しい情報は出て来ません。
Dscn5860c 鹿化川沿いには、桜がずっと植えられています。「鹿化川千本桜」といい、Dscn5864c 鹿化川沿いに約5㎞にわたって、本当に千本の桜が植えられているそうです。春には、桜まつりも開催され、ライトアップされます。「鹿化川の清流と千本桜を守る会」が平成13(2001)年に立てた看板によれば、20数年前(ということは、1980(昭和55)年より以前に行われた改修工事の時、老人会が千本の苗木を植えて以来、丹精込めて育てられたものだそうです。
Dscn5865c 桜の季節にもう一度来ると、見事な桜並木を楽しめそうです。しかし、今Dscn5865c_2 の季節は、想像するしかありません。想像しながら、雪の残った田んぼを見つつ、ひたすら歩きます。鹿化川というと、ブロ友のひらいさんが鳥見に行かれますが、それは、四日市港に注ぐあたり。この川沿いでは、ツグミ、3種のセキレイ(ハクセキレイ、セグロセキレイ、キセキレイ)そしてメジロが見られたくらい(写真は割愛します)。
Dscn5884c 途中、「カワセミが住む鹿化川」という看板があったものの、カワセミの影Dscn5867c_2 も形もありませんでした。このあたりまで、空は晴れているものの、西の方には、雪雲らしき雲が出て来ています。ちょっとヤバいかも知れません。
Dscn5872c ここでリタイアしては何もなりませんから、そのまま進みます。鹿化川沿Img_5128c いに出て2㎞あまり進むと、今日の目的地である「丸彦酒造」の裏手を通りました。この「三重の寒梅」と書いてあるのが、そうです。先日の高田本山の近鉄ハイキングでもそうでしたが、目的地を見つつ、大回りするというのが、定番のようです(苦笑)。鹿化川、ところどころにコイが集まっていました。かなり大きく、見事なコイもいます。これに励まされ、さらに西へ。
Dscn5880c 鹿化川に架かる橋のいくつ目でしょうか、「玄若(げんじゃく)橋」に来ましDscn5879c た。川島小学校の東方一帯の古い地名に由来するようです。これもネット検索では情報が出て来ませんが、看板によれば、「玄若」のあたりは、昔、別名を「スズカ谷」あるいは「玄谷(げんに)」と呼んだといいます。「玄」は「クロ」であり、畦(くろ)とか、奥深いところや、田畑の境にあるしきりを意味します。「若」は、この村としては、新しい(若い)開墾地であることを示すということでした。
Img_5130c 途中、こんな風に、「つらら」ができているのを見ながら、「さくら公園(Dscn5890c_2 山二号公園)に到着。このあたりに来る頃には、雪がかなり降ってきました。傘を差すかどうか、迷うくらいの降り方です。
Dscn5886c 公園内には、「名勝地 鹿化川千本桜 美しい自然を未来につなごう 祝市制百周年」という石碑も建っていました。四日市市の市制施行は、明治30(1897)年8月1日です(全国で45番目)。この石碑は、平成9(1997)に立てられたということ。
Dscn5892c 「さくら公園」の北に「悠彩橋」という木製の橋が架かっています。ここからDscn5894c 進路を北にとります。「悠彩」というのは、この南、四日市市別山にある団地「悠彩の里」に由来する名前です。橋のたもとにある説明板には、「悠とは、里山ののびやかな風景と人々の穏やかな心。彩とは発見・工夫・驚き・不思議。
暮らす人訪れる人を楽しませるまちの魅力。この新しき地を「悠彩の里」のなにふさわしいまちに育てていきたい。そんな思いが込められています。
そしてこの橋が古きまちと新しきまち、古き人の心と新しき人の心の
かけはしとなることを願って。」とありました。
Dscn5896c
 悠彩橋の北東、100m足らずのところに浄土真宗大谷派の歴明寺(れきDscn5898c みょうじ)。10時48分に到着。ここは、由緒書、案内看板など葉見当たりませんでしたし、ネットで検索してもめぼしい情報は出て来ません。
Dscn5900c 写真をよくご覧いただくとお分かりになりますが、かなり雪が降ってきました。本堂の軒先を借りて一休みしつつ、持参した折りたたみ傘を用意。傘を差しつつ、カメラも持って撮影というのは、なかなか難儀でした。
Dscn5907c この歴明寺の山門の脇には、神社のあとと思われる鳥居などがありましDscn5904c た。石碑が建っていたのですが、フェンスの奥にありましたし、古びていて今ひとつ鮮明ではありません。「二貴神社𦾔跡」と彫られているように見えます(間違っているかも知れません)。
Dscn5905c 鳥居も、ご覧のように、額束や貫がなくなっています。フェンスの中にありましたし、雪も降っていましたので、これだけ写真を撮っただけでした。ちょうど、ここを調べていらっしゃる方がありましたが、「神社の跡です」というお返事でした。
Img_5135c  この神社跡の横、かわしまふれあいセンターのところには、「表忠碑」がありました。三重県遺族会のサイトにあるリストによれば、川島地区遺族会が建立されたもののようです。「第三師団長大庭二郎書」とありました。ちなみにここは、歴明寺の境内のようです。このあたりからは、川島町の昔からの町の中に入っていきます。JAみえきた川島などの前を東へ進みます。
Dscn5912c ほどなく「伊勢三郎首塚」のところに出ます。道沿いにあDscn5913c るのは、説明板。左の写真にあるように、皆さんこの説明板は見て行かれるのですが、「首塚」があるのは、ここではありません。右の写真のように、説明板の南の水田の中にあるのです。ほとんどの方は、それに気づかずなのか、面倒なのか、首塚の方はパスして行かれます。
Img_5137cc 伊勢三郎(?~文治2(1186)年)は、小生も不勉強で、このハイキングのDscn5915c_2 下調べをするまで知りませんでした。平安時代後期の武士。源義経の家来で、四天王の一人と言われたのが、伊勢三郎(伊勢義盛)です。屋島・壇ノ浦の戦いなどで活躍し、平宗盛・清宗父子を生け捕りにしました。源頼朝と不和になった義経の西国落ちに随行するが、途中でわかれ、のち伊勢守護の首藤経俊(すどうつねとし)を襲撃したものの、敗れ、文治2(1186)年7月に自害したといいます。出身は伊勢とも上野(こうずけ:群馬県)ともいわれるようですが、ここの案内板には、「平安時代末期に三重郡郡司・俊盛の子として、菰野町福村に生まれた」とあります。三郎は、通称で、名は能盛とも書きます。戦に敗れて自刃した伊勢三郎の首を家臣の川島村の者が生地に持ち帰り首を埋めたとのことです。
Img_5140c 首塚のクローズアップ。首塚は、その後、「雑草に覆われ、群蛇続出したという。甚だ気味悪く、この墳墓を傷つけし者、祟りありと、そのまま放置されていた」そうですが、「慶安4(1651)年、時の領主で亀山藩主・石川主殿頭昌勝(のちに憲之と改名)が耕地整理を行い、この三郎塚を発掘、中より五輪塔などを発見した」そうです。それにしても、数百年に渡って、地元の方々がお世話をしてくださっているようですから、頭が下がる思いです。
Dscn5921c 「伊勢三郎首塚」のすぐ間近に、河島神明御厨神社があります。神明社ですので、御祭神は天照大神。ここには、文化財に指定された算額が3点あります。それを見ていくと長くなりますので、その2はここまで。また明日以降。

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寒い中散歩に出たらご褒美がありました……ウグイス、ジョウビタキ、シメ、ビンズイなどなど

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 大規模修繕中のわが家、北側の足場の解体も進み、ようやく玄関先がスッImg_4461c キリしました。この眺めが帰ってきたということです。諸戸氏庭園もよく見えるようになりました。現在、主屋の半解体修理作業が進められています。
Img_5759c 今日の最大のトピックスは、こちら。ウグイスです。貝塚公園で撮ることができました。普段は、藪の中にいることが多いのですが、今日は珍しく、梅の木の枝に出て来ているのを見つけられたのです。側でシロハラが鳴いていたので、そっと近づいて、発見!
Img_4451c  日が当たると暖かく感じるのですが、まだまだ厳しい寒さです。寒さにめげずと気合いを入れたわけでもありませんが、いつも通り、8時45分から散歩。住吉神社から九華公園、貝塚公園と回って来ました。11時半まで6.1㎞。今日は、寒さの中、散歩に出かけた甲斐がありました。上に載せたウグイスの写真が撮れたのももちろんですが、九華公園でもさながら「オールスター」といえるほど、たくさんの鳥が出て来たのです。
Img_4335c 九華公園ではまずは、ゴイサギ2羽。このところ、よく姿を見せてくれます。

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場所はいつもの鎮国守国神社の社務所の裏。寒さが厳しいので、いつものように、「保温姿勢」。これ、どうなっているのかよく分からなかったのですが、胸のあたりの羽を膨らませているように見えます。
Img_5681c 1時間あまりあと、もう一度見に行ったら、上左の写真のゴイサギが、身Img_5692c 繕い。これまで見たこともないシーンを展開してくれました右の羽を大きく開いて見せてくれたのです。羽の重なり具合が何ともいえません。冠羽もピンと立っていました。すぐに普段の姿に戻ってしまいましたので、ほんの短時間の出来事でした。
Img_4345c カモたちは、久しぶりに九華橋のところにたくさん集まっていました。そこで、これまた久しぶりにカウンタを取り出して数を数えました。ダイソーで購入した¥108のものですが、長持ちしていますし、十分役に立っています。ここにキンクロハジロが60羽。他のところにハシビロガモのオス3羽、メス2羽。さらにキンクロハジロが2羽で、合計67羽。
Img_4356c 奥平屋敷の入り口のところでは、今日もシロハラが1羽。花菖蒲園の南Img_4363c 側あたりによくいます。奥平屋敷の東の二の丸堀では、オオバン2羽が、何やらきわめて親密な雰囲気を醸し出していました。オオバンは、外見では性別が分かりませんが、どう見てもペアのように思えます。
Img_4366c 二の丸跡へ渡る橋から、「甲羅干しスロープ」を見ると、カワウが大口をImg_5569c 開けていました。舌まで見えます。カワウの舌など、ほとんど見たことがありません。身繕いをする途中でしたが、いったいどうしたのかは、不明。橋の上には、珍しくヒヨドリが降りて、餌探しの最中のようでした。地面にはあまり降りてきませんから、よほど餌に困っているのだろうと思います。
Img_5554c 二の丸跡に入ってすぐに、セグロセキレイに遭遇。九華公園にいつもいImg_4382c るのは、ハクセキレイだけで、セグロセキレイはたまに見かけます。二の丸跡では、ジョウビタキのメスにも出会いました。寒いのでふっくら、「ジョビボール」になっています。
Img_5600c いつものように本丸跡へ。ここでまずは、ジョウビタキのオス。実は、奥平Img_4393c 屋敷跡へ行く途中で見かけたものの、逃げられていたのです。ピントは甘いのですが、右のように何か虫(カメムシのようにも見えます)を捕まえていました。
Img_5632c 本丸跡の中央には、シメ。2枚の写真は、同じ個体です。小生には、シメImg_4426c はいつもムシャムシャ何かを食べているというイメージがありますが、まさにその通りの写真になりました。
Img_4404c 最近お話をするようになった、鳥にもご興味がおありの女性が散歩で通Img_5657c りかかられたので、ジョウビタキやシメのことを話していたら、ツグミも来ました。「寒い中散歩に来たら、ご褒美をもらいました」とおっしゃいました。本当にそうです。
Img_5651c お話をしている最中、西側のツツジの植え込みの下で動き回るものが見えました。ビンズイです。このところ10羽弱の群れで九華公園にいるのです。あまり明るいところには出て来ませんが、移動の途中をうまく捉えられました。この女性、「鳥の説明も伺えましたし、たくさん見られたので満足です」と感謝されました。
Img_5714c このあと貝塚公園へ。ウグイスの他に、シロハラ3羽(たぶん実数で)と、Img_4444c ここでもジョウビタキのメス1羽を確認。いやぁ、今日は久しぶりにかなり充実した鳥見散歩となりました。地道に続けるのがやはり大切のようです。
Img_5492c オマケは、ネコたち。左の写真は、七里の渡し跡に観光に来ていたネコImg_5663c ちゃん。首輪が付いていますから、飼い猫のようです。柵の間から顔を出して、川の水面を見ていました。右は、九華公園の旅ネコさん。九華招魂社の回廊の、丸い手すりの上に器用に乗って、目を閉じていたのです。
Img_5751c 今週は、土曜日に名古屋で相談会の予定。そろそろ準備も佳境に入らないと行けません(日本語がヘンですが……)。スーパーヴィジョンを承ったものもありますから、マジメに取り組むことにいたします。

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2018年1月28日 (日)

地面から冷えてくるような日……朝は鳥見、午後は研究会へ【「三重の寒梅 大寒しぼり 限定酒」について付記しました】

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 今日も、冷える日でした。最低気温は-3.5℃、最高も2.8℃にとどまったようです。拙宅マンションの大規模修繕工事も終盤となり、北側のシートや足場もかなり解体され、玄関先からまた、藤原岳などがよく見えるようになりました。今朝は、ご覧のとおり、かなりの積雪。
Img_4276c 午後から出かける予定がありましたので、8時40分から10時半過ぎまで、住吉神社から九華公園、江戸町、本町あたりを散歩して来ました。4.4㎞。九華公園では、地面が冷たい感じで立ち止まって話していると、足の裏から冷えてくる気がしました。江戸町、本町あたりを歩いたのは、あることを調べようと思ってですが、それはもう少しきちんとしてから、書くに足りる内容があれば、書くつもりです。
Img_5317c 三の丸水門まわりの堤防では先日から、ヒバリの姿が見られるようになっImg_5312c ています。今日は、これまでで最も多く、6羽が一所懸命に餌を探していました。割と近くまで行っても、気づかないくらい。その側には、メスのホオジロが1羽。ホオジロもこのところ時々見かけます。
Img_4265c 9時頃九華公園到着。しかし、この寒さのせいか、ドバトやスズメはそれなりImg_5470c にいたものの、ヒヨドリの声もあまり聞こえません。鎮国守国神社の社務所裏には、ゴイサギが1羽。いかにも寒そうな感じでした。1時間ほど後にもう一度見に行くと、2羽になっていました。右の写真では、右上にいるのが、9時過ぎからいた方のゴイサギ。
Img_5333c カモは計49羽。メンバーは、相変わらずハシビロガモのオス1羽、メス2羽Img_5338c の他は、キンクロハジロ。ヒドリガモはすっかり、お見限り(笑)。ホシハジロも、来なくなりました。ユリカモメは、日曜の今日は餌をもらえることを学習したのか、かなりたくさんいました。が、きちんと数えられたのは、74羽まで。数えている途中から、餌をやる人が2人。大騒ぎで、とてもカウントできません(苦笑)。
Img_5357c 管理事務所の南で、久しぶりにジョウビタキのメス。寒いせいか、ふっくらしています。人呼んで「ジョビボール」。割と人懐っこい鳥なので、しばらく相手をしてくれました(微笑)。寒かったものの、気持ちはちょっとほっこり。
Img_5361c 近くの「カメの甲羅干しスロープ」には、オオバンが1羽上陸。オオバンは、今年は、九華公園に常に2~3羽はいます。定着というか、常駐というか。カモたちの側にいたり、あちこち泳いで餌を探したり。独自の行動パターンです。
Img_5382c 奥平屋敷跡では、シロハラが1羽。例年、鎮国守国神社の境内にある森Img_5395c にいることが多いのですが、今年は、ここ奥平屋敷跡や、北門を入った土俵の近くでよく見ます。奥平屋敷跡への入り口では、ビンズイが数羽。ビンズイは、少しずつ移動し、二の丸跡や、本丸跡でも見ました。これで九華公園に居着いてくれると楽しめるのですが……。
Img_5436c 朝日丸跡では、こちら、ハシボソガラスさん。割と近くを歩いても、ここから動きません。はじめの方にも書きましたが、地面から冷えてくる感じでしたので、このカラスさんも同じようなことを感じていたのかも知れません(苦笑)。地面に出た木の根っこの上にずっといました。
Img_5457c ハクセキレイは、相変わらず九華公園内のあちこちで見かけます。ハクセキレイも、餌には苦労しているようですが、こちらは何かを嘴で啄んでいました。
Img_5448c 九華公園、去年は今頃、すでに白梅も、紅梅も咲き始めていたのですが、今年はまだこんなつぼみ(写真は、九華招魂社の前の白梅。紅梅も同様です)。椿も少ししか咲いていません。乙女椿もまだまだです。次の土曜は、節分。そろそろ、椿や梅の花が見たいところです。
Dscn5963c ところで、午後からは、こちら、愛知県日進市にある某女学園大学へ。心理アセスメントの研究会に行ってきました。WISC-Ⅲを用いた、小学校6年生の男のお子さんの事例。報告してくださった方は、まだお若い先生でしたが、よく考えておられ、アセスメント結果をきちんと踏まえた支援を実践していらっしゃいました。ついついあれこれと講釈を申し上げてしまいましたが、多少ともお役に立てたのであれば、幸いです。
 “酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”の続編は、また明日以降、書くつもりです。
Img_5283c 【付記(1/28)……「三重の寒梅 大寒しぼり 限定酒」について】
 危うく書き忘れるところでした。昨日の土産である「三重の寒梅 大寒しぼり 限定酒」、夕食の時に味わいました。辛口で、ややフルーティ。後口を引かず、美味しいお酒でした。米は山田錦。アルコール度数は17度。「純米吟醸原酒」なので、醸造用アルコールは添加されていません。いやぁ、堪りませんねぇ(微笑)。

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2018年1月27日 (土)

酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その1)……伊勢松本駅をスタートし、松本神社、建正山正一位稲荷大明神あたりをウロウロ

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 寒い日が続きますが、今日は、近鉄ハイキングの“酒蔵みてある記 銘酒Img_5060c 「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”に行ってきました。丸彦酒造さんは、四日市市川島町にある蔵元で、タイトルにもありますように、「三重の寒梅」というお酒を造っています。今日のコースは、近鉄湯の山線・伊勢松本駅をスタート、松本神社、鹿化川桜並木、歴明寺、伊勢三郎首塚、川島神明神社、西福寺と回って、最後に丸彦酒造さんを訪ね、湯の山線・伊勢川島駅がゴールというもの。約7㎞。丸彦酒造さんでは、抽選会、甘酒振る舞い、試飲会(コップ1杯100円)という大盤振る舞い(微笑)。雪がけっこう降る中、実測で7.1㎞を完歩!
20180127kintetsusakaguramatuhikoshu こちらが実際に歩いたルート。2枚目に載せたコースマップは、上が南、下が北となっていて、この実測ルート図とは、上下逆さになっています。このルート図では、右(東)が近鉄・四日市駅、左上(北西)が湯の山温泉駅となっています。田園地帯や、鹿化川沿い、古くからの町、開発された住宅団地などを通ります。途中、ルート図にある「おばたレディースクリニック」あたりから、霰や雪が降り始め、鹿化川沿いに進み、川島小学校近くでは傘が必要なくらい雪が降ってきました。
Img_5285c 先に喜ばしいことから(笑)。丸彦酒造さんで抽選会があったと書きましたImg_5288c が、何と、「三重の寒梅」のワンカップが当たりました(微笑)。調べてみたら、1本¥350もしていました。コースマップに、右の写真のように、個別の番号が割り振ってあり、下1桁「1」番の当選賞品がこれでした。下1桁「8」番は、とっくり1個。う~ん、やはりワンカップの方がありがたいです。ちなみに、1等賞は、金粉入りの三重の寒梅でした。
Img_5283c 気になる方もいらっしゃるかと勝手に思い(苦笑)、丸彦酒造さんでゲットImg_5183c してきたのは、こちら「三重の寒梅 大寒しぼり 限定酒」です。税込み¥1,771のところ、本日限定で¥1,500でした。これ、試飲で飲んだものです。「杜氏気合いの酒」と書いてあるのも、気に入りました。
Img_5054c 自宅を8時40分に出て、桑名駅を9時2分の松阪行き急行に乗車。四日市Img_5052c には9時14分着。ここで、湯の山線に乗り換え。9時30分発の湯の山温泉行き普通に乗車。かつては湯の山特急が近鉄難波駅(現在の大阪難波駅)・近鉄名古屋駅から運行されていましたが、平成16(2004)年3月に全廃されています。伊勢松本駅までは2駅。¥370。
Img_5059c 伊勢松本駅到着は、9時34分。受付は9時40分からというのに、すでに長Dscn5953c 蛇の列で、驚き。あとで聞いたら、大阪から来て、湯の山温泉で前泊して参加されたご夫婦もいらっしゃいました。気合いの入り方が違います(苦笑)。ここで、2枚目の写真として載せたコースマップを受け取り、「近鉄あみま倶楽部」の会員証にスタンプを押してもらいます。
Img_5066c コースマップをざっと確認し、9時45分にスタートします。昨日、一昨日降Img_5069c った雪が、まだ日陰には残っていて、凍っているところもありました。伊勢松本駅から南へ。すぐにいわゆる「松本街道」を越えます。このあたり、昔四日市に住んでいた頃、たびたび車で通ったところではありますが、土地勘はあまりありません。右の写真が、松本街道。左(西)に進むと、四日市の西部から、菰野、湯の山温泉の方向。
Img_5071c 最初の目的地である「松本神社」へ向かいます。駅からは500m弱。スタImg_5075c ートしたばかりですから、みんなゾロゾロという状態。前方の森が、その松本神社。伊勢松本駅の南の丘陵にあります。
Img_5077c 丘陵にありますので、社殿に向かうには、左の写真のように、階段をかImg_5078c なり上らなければなりません(涙)。階段はほとんど大丈夫でしたが、境内には雪が残っています。松本神社は、神明松乃神社と、松井須賀神社の2社からなっています。神明松乃神社の御祭神は、天照大神(あまてらすおほみかみ)と豊受毘売之命(とようけひめのみこと;伊勢外宮に奉祭されている神様) 、松井須賀神社の御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと:須佐之男命が、地球上を守護される時の神名)。この神社、由緒書は見当たりませんし、ネットで検索してもなかなか情報が出て来ませんでした。
Img_5083c 境内の南側(拝殿に向かって左手)に、「稲荷社 100m」という案内板があります。早速の寄り道です(微笑:といっても少し予習してあり、ここは城跡で、稲荷社もあるらしいというのは承知していました)。何人かの方が、同様に寄り道。同好の士があると、ちょっと心強い。
Img_5085c 案内にしたがって登ったところは、広場になっており、北側に「松本城跡」という、小さな石碑がが立っていました。神社の境内地は、三重県教育委員会編「三重の中世城館」で、松本城跡に推定されているといいます。「城があった」といわれて見ると、そのような気もしますが、遺構は何も発見されていないそうです(上掲書には「松本の西方丘陵の末端、団地造成のため丘陵も削平され、残る丘陵の上にも遺構はない」とあります)。
Img_5086c こちらは、石碑から南の写真。松本城は松本盛光が築城したもので、元久元(1204)年の春の「三日平氏の乱」で、松本氏がこの城を本拠にして戦ったが落城したといいます。 「三日平氏の乱」は、伊勢平氏最後の反乱。平家方の残党が伊勢、伊賀両国で蜂起し、両国守護・山内首藤刑部丞経俊を追却したのに対し、鎌倉幕府は平賀朝雅を派遣し鎮圧するものの、伊賀国では名張郡六箇山に数日間立てこもり、根強い抵抗を示したといいます。元久元(1204)年4月10日から12日の間に鎮圧されたことから「三日平氏の乱」と称されます。
Img_5087c この松本城跡とされる、丘陵頂上部の広場の西には、Img_5089c赤い鳥居があります。ここを下っていくと、赤い鳥居がいくつも並んだ先にお社があります。幟には、「建正山正一位稲荷大明神」とあります。こちらにも由緒書などはありませんでした。
Img_5092c 拝殿には、これが掲げられていましたが、由緒書きではなく、「建正山正一位稲荷大明神 御神殿屋根銅板葺替修理」とあり、還暦、古希、喜寿をお迎えになった方々が寄付をなさったという内容のようでした。なお、この稲荷社を「神明松乃神社」としているサイトもありますが(たとえば、上記の松本城跡のサイトや、こちらのサイト)、神明社は、天照大神や、伊勢の内・外宮の神を祀った神社ですから、正しくないと考えられます。
 余談でありますが、帰宅してから、この松本神社、建正山正一位稲荷大明神、松本城跡について、さらに調べてみたところ、この場所が所属する「四日市市常磐地区」のホームページに行き当たりました。ここに松本神社と稲荷神社の説明がありました。たぶんこれが正解(上述の内容で、大きな間違いはないと思われます)。ちなみに、この松本城跡は、「松本建正山こども広場」となっていました。マップには、ここは「松本山」と書かれています。
Img_5101c 寄り道をしましたので、若干ルートを外れていますが、稲荷社からそのまま南へ。道路に出て振り返ると、ここに「神明松乃神社」という標柱がありました。この標柱の奥に、まず稲荷社がありますから、ややこしいのかも知れません。ちなみに、「神社検索(三重)」のサイトには、松本神社も、建正山正一位稲荷大明神も載っていません。神社庁に所属していないためかも知れません。
Img_5106c この標柱から東へ数10mで、指定されたルートに戻れました。南へさらに150mほどでT字路に突き当たります。ここが鹿化川。西へ向かいます。川につかず離れず、住宅団地の南をひたすら西へ。
 松本城跡、松本神社、稲荷社を調べるのに労力を使い果たしました。今日は、ここまで。明日は、午後から某研究会で、とある女子大へ行く予定。酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”の続きを書く余裕はないかも知れません。散歩は行きたいと思っています。

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2018年1月26日 (金)

ミサゴ、ビンズイ、ジョウビタキ、カワラヒワと雪中散歩は、充実

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 夜は降らなかったようですが、朝7時過ぎからまた雪。「今日も散歩はダメImg_4182c か」と諦めかけたのですが、9時を過ぎてから晴れてきました! そこで、9時5分から11時にかけて、出かけてきました。住吉神社から九華公園を半周、田町、三崎見附を経て、3.87㎞。11時まで。右の写真は、桑名七里の渡し公園。
Img_4832c まだ雪の残る中、出かけていった甲斐がありました。九華公園の二の丸堀の上空、ミサゴが旋回。餌となる魚を物色していたようです。しかし、何度か旋回した後、揖斐川の方へと飛び去ってしまいました。それにしても、迫力があります。この頃、時々九華公園上空に来ます。ダイビングシーンを久しく見ていませんから、今度は是非ともそれを見たいものです。
Img_4185c 今朝の雪は一時的なもので、日当たりの雪はかなり溶けていました。寒さImg_4193c も、昨日の方が厳しかった感じです。昨日は、指が痛いくらいの冷たさでしたから。左は住吉神社、右は蟠龍櫓
Img_4746c その蟠龍櫓、樋が壊れたところにつららができていました。折から陽が当たImg_4762c って、溶け始め水滴が垂れているところが撮れました。櫓の揖斐川の方には、「蟠龍」が鎮座していますが、これまた雪化粧。
Img_4197c こちらは、吉之丸コミュニティパーク。金曜日はいつもグラウンド・ゴルフImg_4767c が行われていますが、今日は休み。大きな雪だるま(とその残材)が、6体。雪が降った時には、おなじみの光景。1体だけきちんと残っていましたが、葉っぱで髪の毛や口が上手につくってあり、微笑ましい感じ。
Img_4198c さすがに散歩している方は、ほとんど見かけません。日陰や、橋の上はImg_4199c_2 凍っているところもあります。吉之丸コミュニティパーク脇でモズが出てきたものの、遠かった上にしかも後ろ姿の証拠写真で、残念。
Img_4203c 九華公園に到着。カモたち、今日はほとんどが、九華橋の南の吉之丸堀Img_4779c に集まって、お休み中。あの「保温姿勢」です。今日は、案外多くて、計53羽、ハシビロガモのオスが4羽とメスが1羽。他はキンクロさんたち、動きは鈍い感じでした。ちなみに、ユリカモメとカワウはゼロ。
Img_4205c 公園内には、けっこう雪が残っていました。これでは、鳥はいないだろうとImg_4212c 思えたのですが、奥平屋敷跡や、右の橋を渡った、二の丸跡でシロハラを見ました(ただし、写真はピンぼけでした)。そして、二の丸跡に渡った時に、ミサゴを発見したのです。
Img_4844c 二の丸跡では、けっこうたくさんの鳥たちが姿を見せてくれました。ハクセImg_4899c キレイもいつもより多い感じ。ただし、左の写真のように、雪に戸惑っているように見えました。右のハクセキレイには、朝日丸跡で出会ったのですが、歩き方がヘンでした。よくよく見ると、右足に松葉が絡んで取れなくなっていました。取ってやりたいと思っても、その気持ちは通じませんでした。
Img_4849c 二の丸跡の話に戻ります。ツグミ、シロハラがあちこちに。今迄ツグミをImg_4863c 見なかったのを一気に取り戻した感じ。雪が降った影響が大きいようです。シロハラ(右の写真)も、今迄1羽くらいしかいなかったのが、3~4羽いるように思えました。
Img_4850c そしてビンズイも、7~8羽。二の丸跡の東側のあちこちにいました。ただImg_4870c し、よく動き回りますし、やや神経質なところもあって、なかなか写真に収まってくれません。二の丸橋のたもとには、ジョウビタキのメスも出て来ました。雪のお陰で、なかなかの鳥見になりました(微笑)。ジョウビタキの背景には、ビンズイも写っています。
Img_4884c 雪の上に鳥の足跡が残っていないか、ずいぶん探してみたのですが、なImg_4886c かなか見つけられませんでした。この2枚は、二の丸橋の北側のたもと近くで見つけたもの。右の足跡は、ピョンピョン跳んで移動したあとと思われます。左は、歩いたのか走ったのか?地上や水辺で暮らす鳥は左右の足を交互に出して歩き、木の上で暮らす鳥は、ホッピングといって両足をそろえて飛び跳ねるように歩くというのは知っていますが……。
Img_4919c 鎮国守国神社の境内では、カワラヒワたちが地上に降りて餌探しの真っ最中。よく見ると、若い個体が大半のように見えます。去年生まれたカワラヒワたちでしょうか? 厳しい冬を無事に乗り切ってほしいものです。
Img_4981c 管理事務所に立ち寄って、水鳥の数を報告。出て来たら、すぐ東の木にImg_5004c コゲラ2羽とシジュウカラ2羽。コゲラは木を盛んにつついて餌探し。シジュウカラは、餌となる虫を引っ張り出してきて、食餌中。右のシジュウカラの写真には、虫が写っていますので、苦手な方はご注意ください。
Img_4227c 九華公園に来た時には見えなかったのですが、11時前になってゴイサギImg_5042c が1羽、姿を見せていました。木陰ではあるものの、陽が当たるところ。鳥たちもやはりソーラーパワーが必要なようです。北門近くでは、またもやツグミ。何かを拾って食べていました。
Img_4933c 遅めの時間から出かけ、短い距離の散歩でしたが、けっこう充実していImg_4223c ました。雪のお陰です(微笑)。これら2枚は、鎮国稲荷社の境内で撮ったもの。明日は、近鉄ハイキングで「酒蔵見て歩き(銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて)」がありますから、できれば参加したいと思っていますが、まだ寒そうですし、雪はどうなるか、気になっています。

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2018年1月25日 (木)

積雪10cmあまり、最高気温1.5℃(笑)……散歩は禁止されました

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 今朝6時8分の写真です。9階のベランダから下を通る道を見下ろした光景。Dscn5751c 街灯が照らす中、すでに足跡も、タイヤの跡もあります。朝3時過ぎに大雪警報が出たようですし、右のテレビ画面にあるように、ちょうど桑名、いなべ、四日市あたりに雪雲が流れ込んでいます。
Dscn5769c 6時50分を過ぎた頃の様子。左は、ベランダから南東の方角を見たもの。手Dscn5781c すりにも雪が積もっていますし、空は雪雲のようです。右は、7時頃の北側の景色。右に見えるのは諸戸氏庭園、左の方にはわずかに多度山が写っています。藤原岳など、鈴鹿山脈はずっと雪雲がかかっていて見えません。
Dscn5817c 終日、雪模様という予報でしたが、日中は晴れてきて、もう雪は降っていまDscn5821c せん。郵便を出しに行ったついでに近くを見てきました。住吉入江の北にあるベンチには、雪だるまが2体、鎮座。最近の雪だるまは、ベンチに座っているようです(微笑)。
Dscn5825c 住吉入江辺りの景色は、ご覧の通り。お子さん連れのお母さんがお二人。Dscn5830c お母さんたちは「もう帰るよ」とおっしゃるのですが、子どもたちは「イヤだ」「帰りたくない」と(微笑)。わが家の子どもたちが小さかった頃も同じでした。あまりにも冷たくて、指がジンジンしてくるくらいで、オッサンは早々に退散(苦笑)。
0125weatherc アメダスを見たら、外に出た11時頃は、気温0.3℃! 「散歩は禁止」と言明Img_4149c されましたので、おとなしく、ご依頼をいただいた仕事に専念していました。昼過ぎの室内、陽が当たっていると暖房を入れなくとも23.7℃にもなります。最高気温は1.5℃でしたが、お陰でぬくぬくと過ごせています。ただ、仕事の能率は昔よりも明らかに低下しており、困ります(苦笑)。
Img_4151c 夕方の光景。鈴鹿の山の方は相変わらず雪雲の中。南の方(四日市方Img_4154c 面)も、雪雲のような雲。また夜から明日の朝にかけて雪が降るのでしょうか? 散歩の虫、鳥見の虫がウズウズしています(笑)。

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2018年1月24日 (水)

ジョウビタキのオス、コゲラのオスにシメ……カモは20羽とさらに減少

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 冷えて、強風。夕方くらいから雪で、降雪量10cmという予報。いきなりの余談ですが、「降雪量」というのはあくまでも「降る量」で、積もる量ではないそうです(数日前、テレビの天気予報で聞いたのです)。冷たい強風をものともせず(笑)、8時40分から11時まで散歩。住吉神社、九華公園、京町、寺町と5.1㎞。
Img_4110c 今日の九華公園。左の写真は九華橋から見た吉之丸堀、右の写真は、奥Img_4112c 平屋敷跡から見た二の丸堀。一瞬、「エッ!?」と思いました。お分かりになるでしょうか? いつもなら、カモたちがたむろしているところなのです。北の堀にも、西側の、三之丸町内側の堀にもゼロ。
Img_4712c 結局、今日のカモの数は、こちらの通り。20羽。去年1月の大雪の時に、5羽Img_4656c ということがありましたが、それは例外。少なくとも40羽はおり、たいていは60~80羽くらい。大雪を予想しての行動でしょうか? カモたちがいたのは、あの「カメの甲羅干しスロープ」の南側。ここなら日当たりも良好、風もあまり当たりません。シベリア方面から、「避寒」に来ているのですから、やはり寒いのはイヤなのかも知れません。
Img_4098c さて、散歩のはじめ、住吉神社前の景色。見るからに寒い感じ。揖斐川はかなり波立っていて、見られた鳥はカンムリカイツブリ1羽のみ。最近、揖斐長良川の中州には、アオサギはまったく集まりません。ブロ友のひらいさん情報によれば(2018.01.13 いつものコース)、長良川河口堰のすぐ下流あたりの中州にいるようです。
Img_4622c 住吉神社近くの住吉入江では、なぜかハクセキレイが寄って来ました(微笑)。時々、餌を与えているハクセキレイさんかも知れません。住吉キンクロウズは、いつもとは違って、住吉水門の内側にオスが3羽。他にオオバンが3羽。
Img_4628c 揖斐川に何もいないなと思ったら、住吉水門のすぐ外にヒドリガモの群れImg_4630c が休んでいました。数えたら19羽。ヒドリガモはたいていペアでいますから、奇数はヘンだと思ってよくよく見たら、ホシハジロのオス1羽が混じっていました(右の写真、右端)。ヒドリガモは、久しぶりに見ました。
Img_4105c 蟠龍櫓東の堤防には、ツグミが1羽。いつもここで見ますから、常駐しているのかと思えるくらい。しかしさすがに、風が強くて寒いためか、ふっくらしていました。
Img_4646c こちら、久しぶりのジョウビタキのオス。鎮国守国神社にお参りしようと鳥居をくぐったところに出て来ました。メスはたまに見ていましたが、オスはいつ以来か、記憶がないほど。
Img_4651c 鎮国さんの拝殿近くでは、コゲラの鳴き声が聞こえていました。風が強かったため、頭の羽がめくれ、赤い斑が見えていました。これはオスの印。条件が整わないと、滅多に見られません。ラッキーでした。
Img_4673c ユリカモメも極端に少なく、7羽。野球場のグラウンドのフェンスにいます。Img_4689c 飛び立ったものの、折からの強風に煽られたりして、大変そうでした。今日は、ヒヨドリや、ムクドリもほとんどおらず。風の強い日は、どうしても鳥は少なくなります。
Img_4127c そういう中、シメが地面で餌を探して、啄んでいるところが見られました。はじめは、奥平屋敷跡で、次いで、本丸跡で見ましたが、同じシメかも知れません。ただ、明るいところには出て来ませんでした。
Img_4114c 公園の堀も、ご覧のように波立っていました。このように風が強くて寒かImg_4643c ったため、貝塚公園などに行くのは諦め、早々に撤退(苦笑)。用事を済ませて帰宅のつもりでしたが、相手先はお留守。出直しです。午後は、依頼いただいた仕事をボツボツと片付けることにしましょう。三重県北勢地方は、明日の朝まで雪という予報。去年の大雪では、大風邪を引きましたから、気をつけなくては……。

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2018年1月23日 (火)

町屋川第2回遠征(寄り道編)……神社、古い看板、ホーロー看板など【萱町神明社について付記しました(2/7)】

 町屋川に鳥見に行きましたが、本編(鳥見編)とは別に、こちらでは「寄り道編」として、神社その他について。
Img_4037c_2  町屋川の堤防から降りて、福岡町と福地の境あたりで、神社を発見してしまいました。こうなると、Img_4052c_2 「寄り道」せざるを得ません(苦笑)。「福地神明社」ですが、地図を見ると、場所は福岡町にありました。由緒書き、案内板などはありませんでしたが、リンク先を見ますと、御祭神は、天照大御神、豊受比賣神(トヨウケヒメノカミ)及び天目一箇命(アマノマヒトツノミコト)のご三伸。豊受比賣神は、伊勢神宮外宮に奉祀される豊受大神のこと、天目一箇命は、製鉄・鍛冶の神で、岩戸隠れの際に刀斧・鉄鐸を造ったといいます。
Img_4042c_2  神社検索(三重)のサイトを見たら、詳細が載っていました(こちら)。明治Img_4044c_2 41(1908)年4月に、福地に鎮座していた一目連社と神明社が、城南神社に合祀になったものの、昭和30(1955)年10月、氏子の方の総意により、旧社地に分祀されたといいます。その後、伊勢湾台風(昭和34(1959)年9月)によって境内地が流失したため、現地に移転し、昭和38(1963)年12月に本殿遷座祭を斎行し、現在に至っているといいます。古来福地の産土神です。燈籠に「昭和39(1959)年10月」と刻まれていたので、新しいのかと思ったのですが、こういう経緯があったということです。
Img_4053c_3  この神明社の鳥居の脇には、お地蔵様が祀られていました。四体、いらImg_4055c_2 っしゃいましたが、様子を見ると、他にあったものをここに集めたという感じでした。賽銭箱があったり、お水が供えられたりしていますので、地元の方がお世話をしていらっしゃるのでしょう。
Img_4057c_2 福地の集落を歩いていたら、このように、昔の看板が10あまり並んでいImg_4062c_2 るところがありました。看板が取り付けられていたのは、トタン板ですから、建物自体もかなりの年代物です。看板も、「ホーロー看板」が含まれています。もう読めないものもいくつかありますし、店がすでにないものもあります。ちなみに、このあたり、海抜はマイナス1m。余談ですが、「ローカル琺瑯看板」というサイトを見つけました。
Img_4068c_2  日之出橋バス停には、11時15分過ぎに到着。まだ時間がありましたので、すぐ近くにある福江神明社を見に行くことにしました。主祭神は、天照大御神、相殿神は火産霊神(ホムスビノカミ)。ちなみに、神明神社、神明社は、天照大御神を主祭神とし、伊勢神宮内宮(三重県伊勢市)を総本社とする神社です。火産霊神は、迦具土神(かぐつちのかみ)ともいい、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で、火の神です。
Img_4071c_2  民家の間に、こぢんまりと立つ神社です。福江には神明社、境内社火産Img_4078c_2 霊社が鎮座していたのですが、明治41(1908)年4月、城南神社に合祀されました。後、昭和30(1955)年10月、氏子の総意により旧社地に分祀御鎮座になったといいます。福地神明社と同じ経緯をたどっています。常夜灯のような立派な「御神燈」が2基、立っています。
Img_4081c_2  バス停から来たのとは、別の道を通って戻ります。途中、Img_4085c_2 やはり古い看板がそのまま残っているところもありましたし、消火栓の看板が置かれていたりしました。「羽田」という結納店の看板、未だによく見ますが、ネット検索ではヒットしません。「ヨツヤ」は、桑名・吉津屋通に「ザ・ヨツヤ」という住宅設備、建築工事の会社があります。消火栓の看板、「桑名市防火協會」とありますが、「會」の時が、いかにも古い。この防火協会、今は、桑名防火協会・桑名危険物安全協会となっているようです。
Img_4088c_2  日之出橋バス停に戻りました。バス停横には、萱町神明社があります。Img_4092c 前回も立ち寄りましたが、詳細は調べていません。主祭神は、天照大御神、相殿神は、市寸島比売命(イチキシマヒメノミコ)、天津日子根命(あまつひこねのみこと)、建御雷之男神(タケミカヅチノカミ)、天久之比命(あめのくしひのみこと;天目一箇命の別名)となっています。神様の説明、煩雑になりますので、リンク先をご覧ください。
 それにしても、神様のお名前はなかなか頭に入ってきません(苦笑)。それ以上に、それぞれの神様が、それぞれのところに祀られているには、それなりに理由や、経緯があるのでしょうが、そこまで立ち入るのは、当面は控えておきます。あちこち手を出しすぎたり、広げすぎたりするのはどうかと思うからです。
【萱町神明社について(18/2/7)】
 萱町神明社について、神社検索(三重)のサイトで確認しました。御祭神は、上記の通り。大字萱町には伊津久志御前社と神明社が鎮座していたのですが、明治41(1908)年4月に城南神社に合祀になりました。その後、昭和30(1955)年5月、氏子の総意により旧社地に分祀御鎮座となっています。これらの合祀、分祀の経緯については、2月7日の「町屋川遠征3回目余談……大貝須神社と、古い看板の話」に補足説明があります。
 

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町屋川へ第2回遠征……セグロカモメ他、水鳥は少なく、対岸に

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 天気は回復。朝のうちは風もなさそうでしたので、こちらへプチ遠征。町屋Img_3906c 川であります。12月14日以来です(町屋川にて、ミサゴ、セグロカモメ、オナガガモ、オカヨシガモなど……マンホールカードもゲット)。今日は、バスで城南口まで行き、伊勢湾岸自動車道あたりまで歩き、日の出橋へ引き返し、そこからバスで戻るという予定。
0123machiyariverc 歩いたルートはこの地図の通り。左上の「安永交差点」近くでバスを降り、町屋橋のたもとから町屋川左岸を歩いてきました。6.1㎞。湾岸道近くで堤防道路を降りて、福岡町、萱町、福江あたりの町を通って、日の出橋のバス停まで。バス代は、行き¥210、帰りは¥340。8時40分に出て9時10分のバスに乗車。帰りは、11時34分に乗って(これを逃すと3時間後!)、帰宅は12時20分頃。
Img_4458c 期待したほどの鳥果は上がらなかったのですが、日の出橋の下流あたりImg_4481c で、セグロカモメが3羽飛来。歩いていた小生のすぐ上を何回も旋回してくれ、それなりの写真が撮れ、まぁ満足です(微笑)。
Img_4523c このあと、ミサゴの姿も国道23号線町屋川橋の方に見えたのですが、いかんせん、距離が遠すぎました。一応、写真には収められたものの、これくらいのものでした。
Img_3917c さて、見てきた順にそって。国道1号線の町屋橋。橋の上流から下流にかImg_4369c けて、大きな中州がありますが、このあたりにいた鳥は限られました。まずは、オオバンが2羽。
Img_3912c その他は、このセグロセキレイや、ハクセキレイ、キセキレイなど。ハクセImg_4380c キレイは3羽ほどを見ました。散歩する方の姿もありました。川の方を見つつ、クルマに注意しながら、ほとんど黙々と歩いて行きます。右前方に見えるのは、中電川越火力発電所。
Img_4381c しばらく行くと、町屋川緑地公園があります。ここには、ツグミ、ムクドリなImg_3927c どがいました。川の方には、まずは、カルガモが1羽。集団でいることが多いのに、この1羽のみ。
Img_4385c そこへ、アオサギが2羽、上流側からやって来て、あとから来た1羽だけが川に降り立ちImg_3930c ました。アオサギが見られたので、少しだけ満足(苦笑)。遠征に来て、アオサギが見られると、気分も少し良くなるのです。
Img_3922c 河原の草木の中などでは、ツグミの姿がよく見られました。原っぱに来なImg_4394c_2 いでこういうところにいるのかも知れません。その他には、ホオジロ。肉眼では、逆光の位置だったこともあって、よく分かりませんでした。
Img_4403c この緑地公園のあたりからしばらくは、アオジが河原の茂みにたくさんいImg_3938c ました。しかし、背景が背景ですから、なかなかうまくピントが合いません。
Img_3940c 河原の木には、カワラヒワの群れ。まさに正真正銘の「カワラヒワ」です(河原鶸)。思わずうなってしまいました(微笑)。リンク先にその説明があります。
Img_3966c まもなく国道23号線の町屋大橋をくぐります。1号線は、「町屋橋」で、

Img_3960c

名前だけ見ると、ちょっと紛らわしい。歩いていた時間帯満潮だったようで、水が多くなっています。低い中州は、川の中。 川幅も広く感じます。町屋大橋のあたりには、カンムリカイツブリが2羽、点在。
Img_3974c 町屋大橋から300m足らずで日之出橋に来ます。橋を渡ると(右岸側)、

Img_4433c

向こうは川越町。こちらには、「桑名市」という表示板があります。町屋大橋からこのあたりまでは、鳥影なし。ちょっと不安になってきたのですが、ここで冒頭に載せたように、セグロカモメや、ミサゴが登場してくれました(微笑)。
Img_3976c 前回来た時には、日之出橋の下流の中州あたりから、カモやオオバン、Img_4013c_2 チドリの姿が見られたのですが、今日はなかなか。もう少し下って、目をこらしてみると、右岸側に水鳥の姿が見えてきました。前回は、川の中央や、左岸に近いところにもいたのですが、今日は様子が違いました。風向きや、潮の満ち干にも影響されるのかも知れません。
Img_4534c 超望遠コンデジの威力を借りた上で(駆使してと書きたいところですが、Img_3992c このあたり川幅が180mほどで、距離がありすぎ)、さらにトリミングの助力を得て、これくらいの写真。ヒドリガモ、オオバン、オカヨシガモ、オナガガモらしき姿が見えます。
Img_4007c 対岸の右岸堤防したに上陸しているのは、コガモや、ヒドリガモがほとんImg_4013c_3 どのようです。水に浮いているカモの中には、キンクロハジロも混じっているようでした。
Img_4568c 川の中に橋桁の遺稿のような構造物がありましたが、この上には、カワImg_4030c ウと、カモメらしき姿が見えます。さらにその向こうの水面には、マガモも浮いていました。この構造物の近くには、セグロカモメと思われるカモメがたくさん浮いていました。皆、風上の北西方向を向いています。
Img_4020c その中に、1羽だけ、もっと小型のカモメが混じっていました。ユリカモメのImg_4546c ようです。ユリカモメが何気なく混じっているという雰囲気。それにしても、歩いた左岸側や、川の中央に水鳥がいてくれないと、よく見えませんし、写真もきちんと撮れません。今度は右岸側を歩くか、潮汐表を確認してから来ないといけません。
Img_4026c 9時25分に1号線の町屋橋をスタート、10時45分頃に伊勢湾岸自動車道あたりに到着。この頃には北西の風がかなり強くなってきましたし、期待したほど鳥もいませんでしたので、ここらで堤防道路を降りることにしました。田んぼでケリなどを見たいと思ったのですが、バスは11時34分。これを逃すと大変なことになりますので、集落の中を行くことにしました。時計を眺めながらです(苦笑)。
 このあと、福岡町、萱町、福江あたりの町を通って、日の出橋のバス停まで戻ったのですが、あちこち寄り道をしていました。それを書くと長くなりますので、別の記事にします。

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2018年1月22日 (月)

勇気あるユリカモメは、セグロカモメの餌を横取り……貝塚公園で、今シーズン初のツグミ(イソシギのお尻フリフリダンス動画を追加)

Img_4154c

 昨日までの暖かさとは一転、冷たい日になっています。あの(どの?)ヒヨドリまでもが、ふっくらしていました。風がないので、まだ助かります。いつも通り、判で押したように、8時40分から11時半まで、住吉神社、九華公園、貝塚公園、京町、寺町と5.8㎞の散歩。どこかから皆勤賞でももらえないでしょうか(笑)。
Img_4196c さて、今日も九華公園にセグロカモメが来ていました。揖斐川の上空を飛んImg_3853c でいるところも見ましたので、ひょっとしたらと期待したら、その通りでした。今日は、餌を食べているところに遭遇。二の丸堀の南東、キッチン寿さんの前あたりです。二の丸橋から見つけ、近くまで行ってみました。迫力があります。
Img_4211c とそこへ、ユリカモメが1羽接近。見ていると、セグロカモメが食べている魚Img_4214c が気になって仕方ない様子。セグロカモメが魚から離れた隙に、横取りというとちょっと大げさですが、何回か、つまみ食い。よほど腹が減っていたのか、勇気があるというか(笑)。
Img_4246c しばらくは、セグロカモメも、悠然と見逃していました。さすがに図体が大きImg_4249c いだけでなく、太っ腹のようです。と、そこへ、さらにもう1羽、ユリカモメが参入してきたのです。これに怒ったのは、セグロカモメではなく、つまみ食いをしていたユリカモメ。このあと、闖入者を追いかけ、追い払いました。その間、セグロカモメは、我関せず。
Img_4254c つまみ食いをしていたユリカモメ、セグロカモメが何もアクションを起こさないのを良いことに、さらに食べ始めたら、とうとう、セグロカモメの堪忍袋の緒が切れたようで、威嚇して、追い払いにかかりました。これにはさすがにユリカモメもビビったようで、そそくさと退場(苦笑)。揉めた時は、体の大きさがものをいうようです。それにしても、ユリカモメのえげつなさを改めて確認したシーンでした。
Img_4079c 九華公園に着く前、七里の渡し跡で久しぶりにヒドリガモの姿を見ましImg_4080c た。ペアが4組、いたのです。12月末くらいから、揖斐川右岸や、九華公園ではサッパリ見なくなっていたのです。これを機会に、九華公園にも戻ってほしいもの。
Img_4083c 揖斐川は、シラウオ漁の船が2隻出ていたためか、鳥の姿はありません。蟠龍櫓東の堤防では、ツグミが1羽。このところここによくいます。他にも小型野鳥が数羽いたのですが、すぐに逃げられ、何かは不明。
Img_3812c 9時に九華公園に到着。北門のところでは、最近おなじみになって来たイImg_4109c_2 ソシギさん。今日も濠から上がり、東屋近くで餌探し。「水辺の鳥」というイメージを変えつつあります(笑)。お尻ふりふりしながら、歩き回る姿はユーモラスです。

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Img_4119c 鎮国守国神社の社務所裏、今日は、ゴイサギ1羽と、アオサギ1羽。どちImg_4115c らも寒いせいか、お休みスタイル。たぶん、これ、体温が逃げないようにしているのだろうと思います。アオサギは時々顔を上げますが、ゴイサギはずっとこの体制。
Img_4116c 場所は、この写真のように、それぞれの「定位置」。他のゴイサギ、ホシゴイは、何度見ても、また、稲荷社の参道から確認しても、見つけられませんでした。
Img_4129c 九華橋でカモの数を数えようとしたら、西側にある扇橋の方から、コゲラImg_4145c やシジュウカラの鳴き声が聞こえて来ました。濠の西にある桜並木に、それぞれ2羽。コゲラ、鳴き声は時々聞いていましたが、姿を見たのは久しぶり。
Img_4152c カモは、昨日同様、激減したまま。今日は31羽。ホシハジロのオス1羽、Img_4169c ハシビロガモのメス2羽とキンクロハジロ。昨日午後は、50~60羽いたという情報もありましたが、未確認です。餌がないのでしょうか、それとも大勢来ているユリカモメに嫌気がさしたとか(微笑)。
Img_3840c そのユリカモメ、昨日たくさん餌がもらえたのに味を占めたか、今日も大Img_4258c 挙してやって来ていました。その数104羽。二の丸堀に浮いていたり、二の丸橋の欄干に集まったり。
Img_3872c 吉之丸堀には、カイツブリがいました。カモたちとは少し距離を置いています。いつもの若い個体です。何度も潜っていましたので、餌をとっていたのでしょう?
Img_3835c シロハラ、鎮国さんの社務所裏あたりでも鳴き声は聞こえましたが、今日見たのは、奥平屋敷跡への入り口。例年ですと、鎮国守国神社の境内出見ることが多いのですが、今年は少し様子が異なります。
Img_3857cc カワラヒワが集団になって、地面に降りてきて餌探しをするところが見られるようになりました。左の写真は、鎮国守国神社の境内で撮ったもの。毎年、今頃になるとこういう行動を見ます。
Img_3884c 11時に貝塚公園。ここで、今年初めてツグミを見ました。「ようやく」という感じ。BIRDERの1月号を見ていたら、「ツグミは、食べ物である木の実が北の方にたくさんあれば、そこで滞在し、木の実が少なくなったり、雪で覆われるようになると徐々に南下してくる」のだという記事がありました(規則正しいジョウビタキの渡り)。ジョウビタキは、毎年ほぼ同じ時期に来ますが、それは縄張りを確保するためで、ツグミはのんびりなのだそうです。
Img_4362c 貝塚公園では、他には、シロハラが1羽のみ。今日は、ヒヨドリもほとんどいませんでした。
Img_4086c 午後からは雨が降ってきました。このあたり、今日は、雪ではなく、雨かみぞれという予報。明日はいったん天候が回復するものの、水曜は雪、水・木はかなり寒くなるといいます。寒さが身にしみるようになってしまいました。体調管理に気をつけないといけません(苦笑)。

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2018年1月21日 (日)

勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(その4)環濠を巡り、伊勢別街道を通って、一身田駅で「完」

 “勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”の話、長くなっていますが、今日は、その4として、再び一身田寺内町を取り上げます。一身田寺内町は、「環濠」によって囲まれています。東西約500m、南北約450m。寺内町を区画することに加え、町を防御する機能もあったのです(南側は毛無川を利用しています)。この一身田の環濠は、寺内町の周囲を巡る環濠としては、日本で唯一ほぼ完全な形で残る貴重なものだそうです。
Img_3165c  近鉄・高田本山駅から歩いてきた途中、毛無川沿いは、少し歩きました。そImg_1972c こで、専修寺の山門を出て、西へ。専修寺の南西の角からスタート。安楽橋が架かっているところです。右の写真は、1月11日の近鉄ハイキングの記事で使ったもの(左の写真では、向かって左側から撮ったことになります)。後ろ側がJR一身田駅。ここから北へ。
Img_3166c 位置関係は、ここに立つ「町並み探索マップ」がよく分かります。上の2枚のImg_3167c 写真は、このマップの「現在位置」のあたり。地図では左(北)の高田中学・高校の方へ進みます。進む先は、右の写真の通り。環濠はずいぶん細くて、単なる溝じゃないの?と思ったのですが、かつてはもっと幅広かったといいます。毛無川の幅くらいは合ったのかも知れません(こちらを参照)。
Img_3172c
Img_3174c 安楽橋から250mほど行くと(途中、納骨堂の裏手を通ります)、高田中学・ 高校があります。高田本山系の高田学苑が経営していますが、高校は県内有数の進学校です。環濠は、この高田中学・高校の建物の間で、直角に曲がって(右の写真)、背後のグラウンドなどの方へと続いています。
Img_3173c_2 左の写真のように、ちょっと珍しい光景を呈しています。渡り廊下で建物Img_3180c_2 がつながっていました。勝手に敷地内に入るわけにはいきませんので、ここはいったん環濠から離れて、さらに北へ行って、県道55号線に出て右折(東へ)、グラウンドと水泳場の間の道を南下(右の写真)。
Img_3181c 奥へ進むと、環濠に突き当たります。確かに、左の写真で、奥の方に高Img_3185c 田中学・高校の建物が見えます。ただし、一身田寺内町の館でいただいた「一身田寺内町」のマップを見ると、これは、新しい環濠のようで、この南に、高田本山の敷地に接して、「古い環濠」とあります。ここの環濠脇には、祠がありました。寺内町マップにもあるのですが、詳細は不明。気になりますが、先に進みます。
Img_3187c 祠の先に、もう1つの環濠。これが、マップにある「古い環濠」です。ちょうど、高田本山専修寺の真裏。「寺内町マIshindenmapc1 ップ」では(右の地図)、赤丸をつけたあたりまで進んできました(ルートは、赤いライン)。この先、「赤門跡」へ向かいます。
Img_3195c 角を1つ早く曲がってしまい、若干迷ったのですが、「赤門跡」に到着。案Img_3192c 内板には、寺内町の北東部に当たり、ここに朱塗りの門があり、濠にも橋が架かっていたとあります。一身田から江戸方面への出入り口となっていたそうです。
Img_3199c 赤門跡からは、環濠沿いに南下。それぞれのお宅に入るのに、小さな橋Img_3202c が架けられていましたが、昔はこういうものはなかったのだと思います。寺町通(山門前の通)に戻ります。環濠からは離れますが、寺町通で見たいところがあるのです。前回訪れた「一身田寺内町の館」前を通過。この立派な松の木が気になりましたが、やはり由緒書きはありませんでした。
Img_3211c 寺町通で見たかったのは、こちら「下津家住宅」。高田青少年会館の向かいにあります。近鉄ハイキングできた時は、この前に露店が並び、また、下津醤油さんが、ここでラーメンを販売していたので、ゆっくり見られなかったのです。専修寺の寺の警護に当たった江戸末期の寺侍宅の長屋門で、
その後、大正時代より下津家邸宅の一部として使用されています(こちらを参照)。登録有形文化財に指定されています。と書きながら思い当たったのですが、この「下津家」、下津醤油さんなのかも知れません(笑)。
Img_3214c 寺侍の屋敷だったからと思いますが、ここにも武者窓があります。また、Img_3213c この長屋門のところでも、「江戸の朝霧」という映画が撮影されたという案内板がありました。昭和17(1942)年の大映映画で、市川歌右衛門などが出演しています。勝海舟の少年時代を描いたものだそうです。
Img_3039c 専修寺の山門前まで戻り、再び釘貫門を通って、向拝前から仲之町通Img_2986c へ。来た時の道を逆に、百五銀行一身田支店の方へ向かいます。指示のあった土産を買わねばなりません(微笑)。「桜おこし」を所望されていましたが、近鉄ハイキングの時とは異なって、境内に店が出ていなかったので、岡田屋さんの店へ立ち寄って、購入。予告編で書いたように、ミックス(5個入り)を¥800で。ちなみに、その昔、このあたりには桜の木がたくさんあったということから、「桜おこし」だそうです。
Dscn5696c  おこしは、黒糖、落花生、青海苔の3種類。先に食べてしまってから、今日になって写真を撮りましたので、黒糖しか残っていません(苦笑)。個人的には、青海苔のものがベスト。昔風の、懐かしい感じのお越しで、美味しくいただきました。
Img_2968c この日、寺内町に入った黒門跡まで戻ってきました(左の写真)。環濠(毛無川)は、Img_2974c 西の方は、右の写真のようになっています。片や、町屋の裏手ですし、マップを見ても、この先は一身田小学校の裏手ですから、橋向通を南に行き、旧・伊勢別街道に出ることにします。
Img_2967c その1でも載せましたが、黒門跡から見た橋向通です。かつて歓楽街で、江戸時代には水茶屋が25軒もあったといいます。本山にお参りして、精進落としはやはり、環濠の外でということでしょう。明治の初年には遊女の数200近くに及んだといいます(こちらを参照)。この通から路地に入ると、遊郭らしい建物が残っていると書いてあるブログもありました。ご興味がおありの片は、こちらへ。
Img_3233c 黒門跡から300mほどで、旧・伊勢別街道に突き当たります。伊勢別街道は、関宿の東追分から津市芸濃町椋本(むくもと)、ここ一身田を通り、伊勢街道と合流する江戸橋まで。総距離およそ四里二六町(約22㎞)。「いせみち」「参宮道」「山田道」などと呼ばれ、江戸時代には京都方面からの参宮客で賑わったそうです。写真では、奥が江戸橋方面。
Img_3236c この橋向通と伊勢別街道が交差するところの角にあるのが、伊勢木綿のImg_3239c 臼井織布さん。「伊勢木綿」は、江戸時代から続く伝統の布なのですが、現在では臼井織布一軒だけが作っています。ここは、テレビの番組などでも何度か見たので、一度建物だけでもみたいと思っていたのです。品物はいくつか取り扱っている店があるようですが、観光三重のサイトでは、「衣 伊勢木綿 臼井織布」というところが載っています。
Img_3247c 臼井織布さんを見て、伊勢別街道を北西へ。寺内町マップを見ると、一Img_3249c 身田小学校の西に「目の神様」と「延命地蔵」とがあるとなっていましたので、これを見ようということです。小学校の南で伊勢別街道から離れ、北上。方角としては、専修寺の唐門に向かっていることになります。
Img_3250c 小学校の西出、適当に住宅の間の細い道を入ったらちょうどうまい具合にありました(笑)。同じ敷地に、「目の神様」と「延命地蔵」が祀られています。「目の神様」は「一心龍王大権現」とあります。「一心龍王」というのは、調べてみたものの、不明。延命地蔵は、もともとは、新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすという御利益があり、後世は、短命・若死にを免れるため信仰されたといいます。
Img_3253c こちらが「一心龍王大権現」のお社。社に右のような表示がありました。Img_3255c 「一心龍王大権現 目の神様」とあります。しかし、由緒書きなどはありません。ネットでいろいろ調べたものの、分かりませんでした。地元の片に伺うのが良いのでしょうが、あいにくどなたもいらっしゃいませんでした。
Img_3257c こちらは延命地蔵尊。両方とも、綺麗にしてありましたし、地蔵尊の赤いImg_3262c_2 幕は、平成26年8月に新しくしたとありましたから、地元の方々がお世話をしていらっしゃるものと思います。小学校の前に戻って、道を北へ行くと、再び、環濠(毛無川)になります。すべてたどったわけではありませんが、あともう少しで、環濠をほぼ一周となります。桜門跡を目指します。
Img_3271c  毛無橋で環濠を渡って、2つ目の角を左折(西へ)。鉤の手になったところImg_3270c_2 を曲がっていくと、武野薬局の前に出ます。ここに「左 キシャ 左 本山」と刻まれた道標がありました。薬局の方が設けられたもののような気がします。この薬局は、210年程前から高田本山の前で営業しているようです。「まちかど博物館」として、薬関係の昔の道具・資料等の展示もしていらっしゃるようですが、それは帰って調べて分かったことでした(苦笑)。
Img_3273c 武野薬局のすぐ西に桜門跡があります。これで寺内町の3つの門の跡をImg_3272c クリアしました。寺内町の西の端で、京都方面への出入り口。門の外に桜並木があったため、この名がついたということです。このあとは、環濠巡りをスタートした安楽橋へ。
Img_3284c 一身田駅の手前に古い建物がありました。近鉄ハイキング出来た時にImg_3287c は、あまり気にしなかったのですが、何と、Cafeがありました。「喫茶 tayu-tau」とあります。漢字で書くと、「揺蕩う」なのでしょうか。気になったものの、この日は定休日。
Img_3291c JR紀勢線・一身田駅。駅名は、「いしんでん」となっていますが、町名は、Img_3301c 「いっしんでん」という方がほとんどと思います。無人駅で、飲料とアイスクリームの自販機はあったものの、券売機もありません。
Img_3292c 明治24(1891)、 関西鉄道津支線の駅として開業。駅舎は、大正

Img_3295c_2

12(1923)年12月に竣功し、平成3(1991)年に改修されました。昔風の駅の風景で、懐かしい感じがします。13時頃、到着したものの、昼間の時間帯は、1時間に1本。30分待って、亀山行きに乗車。ワンマンです。ドア脇のスイッチを押して、ドアを開けて乗るのは、初体験(微笑)。
Img_3318c 亀山までは、2駅。明治23(1890)年、関西鉄道の柘植~四日市間の開Img_3320c 通にあわせてできた駅です。かつては、機関区や客貨車区などが置かれ、三重県内でも有数の鉄道の要衝でした。しかし、四日市~津間は、亀山を経由すると、大きく迂回するルートになることなどから、短絡ルートである国鉄伊勢線(現在の伊勢鉄道)が建設されました。名古屋から紀州、南紀方面に向かう特急は、伊勢線経由になり、また、京都方面へは、近鉄特急に客を奪われるなどで徐々に寂れてしまいました。予告編で書きましたが、昭和54(1979)年のゴールデンウィークにここに来た時には、イメージとまったく異なって、ローカル駅の雰囲気でがっかりした記憶があります。駅構内は今でも広く、東西方向は、1km以上あるそうです。
Img_3317c 亀山駅到着は、13時43分。紀勢線も、関西線も同じくJR東海ですから、Img_3324c すぐに乗り継げるだろうと思ったのですが、愕然としました。次の関西線名古屋行きは、14時24分! 40分も待ち時間があります(涙)。1番線ホームのベンチに腰を下ろし、あちこち眺めながら、時間つぶし。右の写真は、待っている途中に亀山に着いた、JR西日本の列車(1両でも列車とはこれ如何に?)。加茂駅(京都府)を12時42分に発車、亀山到着が14時5分。
Img_3328c 14時24分発、名古屋行き快速に無事乗車。快速とはいえ、途中の四日Img_3336c 市までは各駅停車。四日市から先が快速で、桑名に止まったら、次が名古屋。桑名着は、15時6分、¥840。一身田で歩いた距離は、7.5㎞。自宅から駅までの往復が2.2㎞で、計9.7㎞。
Ishindenmapc 予告編でも載せましたが、左の地図が、一身田寺内町マップ。右が、実180116ishindenc 際に歩いたコースです。南町の通は、今でも蔵が立ち並んでいるそうですが、見てきませんでした。橋向通も路地に入ると、昔の遊郭が偲ばれる建物があるそうです。専修寺でも見忘れたところがありますから、また出かけたいと思っています。
 あちこち寄り道ばかりの、まとまらない話にお付き合いくださった皆様には、厚く御礼申し上げます。間違いなどお気づきの点がありましたら、是非ともご教示ください。

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ユリカモメは160羽越え、ゴイサギは3羽を確認……九華公園のパネル展示は「桑名の城跡・47」を準備中

Img_3993c 今日も暖かく、散歩日和です。猛烈な寒波が来るという話は、俄には信じがImg_4048c たい気がします(笑)。九華公園も平穏。暖かい日曜日ということもあってか、ユリカモメに餌をやりに来る日と、多数。皆さん、ユリカモメがカワイイと思ってこられるようですが、まだまだだまされている方(失礼ながら)も多いようです(苦笑)。今日、ユリカモメは、160羽以上集まっていました。最多記録を更新です(これまでは、2016年1月2日の124羽が最多)。

Img_3972c 餌をやりに来る方を見ていますと、買ってきたままの食パンの袋を3つも4つも持って来る方あり、公園の堀のまわりを走り回りながら、パンを投げていく方あり、パンを放り投げながらコンデジで写真撮影を試みる方あり。実にさまざまです。それにしても、ユリカモメたち、餌がもらえるとなるとこれだけ集まってくるのですから、現金なものというか、貪欲というか(苦笑)。
Img_3914c さて、散歩は、8時半から11時半過ぎまで。3時間もかかったのに、住吉神Img_3916c 社から九華公園を往復しただけの4.8㎞。九華公園でやたらたくさんの知り合いに会い、あちらでもこちらでもしゃべってばかり(苦笑)。何をしにいったやら。住吉入江にはいつものメンバー。ハクセキレイに、住吉キンクロウズ(オスばかり3羽)、ホシハジロのオスも1羽。
Img_3696c 揖斐川にも、七里の渡し跡にも赤須賀の漁船が出て、漁。こうなると鳥はいImg_3707c ません。揖斐川の方には、今日も、シラウオ漁をしているらしき船も。七里の渡し跡(川口水門)のところには、3隻も小型の漁船。3隻も来ているのは珍しい。ここにも貝がいるということなのでしょうね。
Img_3703c 蟠龍櫓の東の堤防にはツグミ。例年、このあたりによくいます。今日は、カワラヒワらしき姿もチラッと見えましたが、ヒバリはいません。ヒドリガモが上がっていることもありますが、ここ最近はその姿を見ません。昨日、大山田川でもコガモを見ませんでしたので、今シーズン、冬鳥の様子はいつもとことなります。
Img_3710c 九華公園では、今日もまた、北門近くの堀端にイソシギの姿がありました。すっかり定着した感じがあります。あたりを歩き回って、地面をつついています。カワセミも一瞬だけ見えたのですが、写真には撮れず。すぐにどこに行ったか分からなくなりました。
Img_3718c
 鎮国守国神社の社務所の裏、今日はフルメンバーでした。アオサギ、ゴImg_3942c イサギ、ホシゴイと揃っていました。社務所裏のクスノキに勢揃い。
Img_3728c ホシゴイは、久しぶりに姿を見せました。ゴイサギは、後からも述べますImg_3741c が、この1羽だけではありませんでした。以前は、ゴイサギ3羽、ホシゴイ1羽がいましたが、やはり、ここに居着いているように思えます。
Img_4027c 上の4枚は、9時前の写真。左は、公園内を回ってから、10時15分過ぎのImg_3775c 写真。右下のゴイサギには気づいていたのですが、パソコンでよく見たら、左上の枝の陰にも1羽がいました。そして、右は、左の写真を撮った直後、隣のセンダンの木にいたもの。ゴイサギは3羽いるということです。昨シーズンの今頃も、ゴイサギ3羽、ホシゴイ1羽でしたから、今年も同様ということです。
Img_3769c_2 1つ前の写真のゴイサギ、こんなシーンも見せていました。首筋を掻いているのです。それにしても大きな足ですし、冠羽もピンと立っています。いや、気持ちよさそうです。
Img_3973c ところで、九華公園のカモたち、今日は、激減。何と29羽。一昨日の半分Img_3991c でした。一通り数えてから合計したのですが、数え間違えたか、見落としたかと思い、もう一度回ってざっとチェックしてきたくらい。ホシハジロのオス1羽、ハシビロガモのオス1羽、メス2羽とキンクロハジロ。とくにキンクロが少なかったということです。
Img_3987c その他は、奥平屋敷跡でシロハラ。ツグミは奥平屋敷跡や、立教小学校Img_4058c の体育館脇にいました。右は、体育館脇で撮ったもの。
Img_4060c 帰り道、三崎見附から住吉入江沿いを歩いていたら、ジョウビタキのメスImg_3792c と、イソヒヨドリのメスに遭遇。イソヒヨドリは、このあと別の鳥(シロハラのように見えました)を追いかけていました。イソヒヨドリのメスは、先だってもこのあたりで見かけています。
Img_3780c オマケの話。九華公園では、旧鳥舎のところに「九華公園を楽しく歩こう」というパネルを掲示していただいています(昨年6月13日から設置してもらっていました(「九華公園を楽しく歩こう」パネルを展示していただきました))。このたび、新しいものの準備を進めていただいており、近いうちに展示替えとなる見込みです。「桑名の城跡・47」となります。
Img_3749c 元の資料を小生が用意し、管理人Oさん(今は、他の公園に異動)が休Img_3784c みを利用して、内容のバージョンアップとパネル化の作業をしてくださっています。タイトルの「47」は、多度・長島を含めて、桑名市内にある城跡(城館跡も含みます)の数です。こんなにあるとご存じの方も少ないと思い、数字を強調するタイトルにしました。入れ替え作業が済みましたら、またお知らせします。今日は、予告です。
 なお、元の資料をご覧になりたいということでしたら、pdfファイルを差し上げます(ただし、展示されるものと多少、内容が異なります)。

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2018年1月20日 (土)

勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(その3)専修寺の境内を歩く(後半)

Senjujimap  “勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”は、その3です。専修寺の境内を歩いています。山門前の智慧光院、玉保院から始まり、山門、明治天皇一身田行在所、御影堂、通天橋、如来堂をまわり、食堂で御非時をいただいてから、宝物館、殿舎、長屋門そして山口誓子句碑と歩いてきました。
Img_2025c 山口誓子の句碑近くに鐘楼があります(写真は、1/11のもの)。1間4方で、Img_2026c 入母屋造の屋根を乗せています。一般的な鐘楼と同じ造りだそうです。棟瓦から正徳3(1713)年の刻銘が発見され、そのころ再建されたものと考えられています。銅鐘は、専修寺第15世住持堯朝上人の夫人高松院が、堯朝の7回忌を迎えるにあたって、慶安5(1652)年、辻越後守重種と一族の氏種に鋳造させたものです。
Img_3111c 鐘楼の南西、山門に近いところにあるのが、進納所・茶所(しんのうしょ・ちImg_3110c ゃじょ)です。院號・法名を下げて頂く場所で、参詣する方々が懇志を納めるところだそうです。建物は「茶所」として重要文化財に指定されています。間口18.54m、奥行13.21m、木造平屋建てとなっています。教育委員会の説明板によれば、「茶所」は、真宗寺院に特有の施設で、大規模な伽藍を持つ寺院にまれに設けられるもの。参拝者への接待や休憩の場所として用いられるところです。宝暦10(1760)年の建立と考えられています。
Img_3123c 再び御影堂、如来堂の前を通って、境内の西側のエリアへ。如来堂の西(向かって左手)に、この建物がありました。説明板は立っていません。冒頭の案内図を見ると、太子堂となっています。太子堂は、聖徳太子の像を祀った仏堂です。
Img_3125c 太子堂の西、小さな石橋を渡って堀の間を抜けたところに、真宗の開祖Img_3129c 親鸞聖人の御廟があります。御廟拝堂、御廟唐門及び透塀(ごびょうはいどう・ごびょうからもん・すきべい)からなっていますが、これも重要文化財。唐門と透塀の向こうが御廟拝堂。拝堂の奥に親鸞聖人のお墓である「御廟」があります。
Img_3130c 御廟から門は文久元(1861)年の建築。屋根は檜皮葺(ひわだぶき)。扉などには、美しい彫刻で隅々まで埋められていました。左右には透塀が連なっています。透塀も同時期につくられたもの。腰廻にはスイセン、ハス、タンポポなどの彫刻がつけられています。 
Img_3132c 御廟拝堂。瓦の銘文から、安政5(1858)年の建築と考えられています。Hafu 屋根の4面には「千鳥破風」が、正面の軒には「唐破風」がつけられています。この奥に御廟があり、そこには、専修寺に伝えられていた親鸞聖人のご遺骨5粒が納められているそうです。寛文12(1672)年につくられています。破風の説明図は、「歴史散歩事典(山川出版社)」から借りました。
Img_3135c 太子堂と御廟の間から、この門をくぐって、庭園、納骨堂に行けます。こImg_3144c の奥、御影堂と如来堂の背面に、「雲幽園(うんゆうえん)」と呼ばれる庭園があります。いわゆる、池泉回遊式の庭園です。庭園には、「安楽庵」という茶席がありますが、残念ながら、庭園も、安楽庵も見学には、事前の申し込みが必要。茶席は、千利休の長男・道安と織田信長の弟・有楽齋の合作で、安楽庵の名前もこの二人の名前から取られた、という言い伝えもあるそうです。江戸時代初期の名席とされます。
Img_3137c ほとんど余談ですが、門をくぐった、右手にコイが集まっていました。右上の茶色い石のところから水が落ちてくるのですが、その直下にずっととどまっているコイがいました。まるで「滝行」でもしているかのよう(微笑)。カメラを持った方々も集まって、盛んにシャッターを切っておられたので、小生も1枚。
Img_3149c もう一つ、ついでに余談。雲幽園の池には、カルガモの姿がありました。Dscn5673c 普段、人も入って行きませんから、カルガモたちにとっては、安心の場所、楽園になっているような気がしました。
Img_3145c そのさらに奥、境内のもっとも北西のところに納骨堂が設けられています。先だっても書きましたが、家内の父の遺骨をここに納めてあります。先だっての近鉄ハイキングの時は、ここまで行きませんでした。久しぶりに訪れ、手を合わせてきました。ホームページには、「ご先祖を通してほとけ様に出遇うところです。いま生かされていることを感謝し、ほとけ様に手を合わせましょう。」とあります。
Img_3160c これで専修寺の境内をすべて歩いたと思ったのですが、後から落ち着いてよく考えてみると、御対面所賜春館大玄関、大講堂などを見ていないことに気づいて、ガックリ(苦笑)。しかし、まぁ、また行く口実が出来たと考えることにします。いずれにしても、今回の専修寺のお話は、ここまで。明日以降、一身田寺内町から、旧・伊勢別街道方面の話に進む予定です。長々とお付き合い願って、恐縮に存じます。
Dscn5692c 最後にもう一つだけ余談。専修寺では何も土産は買いませんでしたが、Dscn5694c わが家には、この、専修寺土産の文鎮があります。鋳物製で、直径8cm、重さ344gとしっかりしたものです。これ、実はオヤジが、専修寺で買い求めたもの。
Senjujitenc 平成3(1991)年5月10日から6月16日に三重県立美術館 で、「高田本山専修寺展」が開催され、それにオヤジを連れて行った帰り、専修寺に立ち寄ったのです。そのとき、オヤジが買ったものがこの文鎮。生前、愛用していました。展覧会では、親鸞聖人のご真筆もたくさん見られ、また、専修寺にもお参りできたと喜んでいたことを思い出します。

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播磨中央公園でカワセミと、カイツブリの暴走(笑)……大山田川には鳥影少なし

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 先週の土曜日に引き続き、播磨中央公園へ行ってきました。広くて見通しがきき、高低差もあって眺めもよいので、気に入ったということもあるのですが、ここで見られる鳥のパンフレットもつくってみて欲しいと、旧知のOさん(九華公園の元管理人、現在はこちらに異動)から頼まれたのです。今回は、九華公園でつくったような「野鳥アルバム」ではなく、片面印刷、1ページのものをつくって、掲示することをお考えです。
Hidamarimapc_2  播磨中央公園は、陽だまりの丘にあります。最初の看板の写真ではわかりにくいかも知れませんが、地図で示すとこのようになっています(赤いラインで囲んだ範囲が公園)。北西側がもとも高く、南東にかけて低くなり

Img_3543c

、もっとも低まったところに調整池、管理棟、駐車場などが設けられています。調整池の北西のところは、かなり規模の大きな雑木林がそのまま残されています。しかし、この中にはほとんど道はつけられていません(緑の矢印をつけたところだけ道があります)ので、内部の探鳥はほとんど不可能です。右の写真は、地図で赤丸をつけた管理棟のあるところから北西を見たもの。
Img_3537c 8時55分に到着。Oさんが仕事の準備をしていらっしゃるところで、少しだけお話。調整池に向かったら、いきなりカワセミ嬢がお出迎え! ラッキーです。カワセミがいるとは思いませんでした(微笑)。これで播磨中央公園も、「カワセミが見られる公園」としてアピールできます。
Img_3752c 調整池には、前回同様、カルガモと、カイツブリの姿がありました。ただImg_3565c し、カルガモは6羽に減り、カイツブリは4羽に倍増していました。カイツブリは、公園内に響き渡るような鳴き声を上げています。カイツブリは、やはり成鳥と、若い個体とがいます。
Img_3570c 調整池の南西のところには、セグロセキレイ。調整池のまわりで、何度か見かけました。
Img_3550c 調整池の北にある多目的広場では、ホオジロ。オス(左)とメス(右)がペImg_3751c アでした。ホオジロは、今日、公園内のあちこちで見られ、もっともたくさん見た鳥です。
Img_3573c 多目的広場では、地面に降りて、餌を探している様子のホオジロも目撃しました。左のホオジロも、2羽が一緒でしたので、ペアだろうと思います。
Img_3559c ホオジロがいた近くの木には、カワラヒワが2羽。実を啄んでいました。今の時期、貴重な餌だろうと思います。
Img_3771c 多目的広場から北西に向かうところには、せせらぎがつくられています。Img_3579c_2 その南端のところで、メスのモズに遭遇。前回来た時も、このあたりでモズを見ています。せせらぎに沿ったところでは、あちこちでハクセキレイを見ます。何羽もいるようです。
Img_3585c 公園の北側のエリアには、子供広場があり、滑り台などの遊具が設けられています。そのさらに北、地図で別の調整池が写っています。そこから見下ろした写真。陽だまりの丘から大山田にかけての住宅団地が一望できます。それにしてもたくさんの住宅があるものです。この別の調整池も覗いてきましたが、カイツブリが1羽だけいました。
Img_3596c 子供広場から道をくぐって、雑木林を抜けると、地図にはありませんが、Img_3799c 第3駐車場があります。その脇でも、ホオジロが鳴いていました。今日は本当にたくさん見ました。さらに、住宅地の下を東に進むと、東屋や、防災倉庫のある広場に行きます。その途中で、ビンズイ1羽と遭遇。
Img_3610c 公園の東側からは、ジグザグのルートで降りてきます。前回は、このあたImg_3618c りでシロハラを見たりしたのですが、今日はほとんど何もいません。途中で見たのは、メジロ(ただし、ピンぼけ写真なので、割愛)。ジグザグのルートの途中から、調整池の方を見下ろすと、こういう景色。多目的広場まで降りてきたら、ホオジロ夫婦が食餌中。
Img_3838c 再び、調整池へ。詳細が不明ながら、カイツブリ同士が揉めたようで、追Img_3848c いかけあっていました。普段の様子から想像できないような行動で、笑ってしまいました。忍者のように水の上を駆けていくのです。
Img_3813c 挙げ句の果ては、遠くにいて、無関係のハズのカイツブリまで、参入してきたこと。左の写真のカイツブリも、水上を駆け抜けてきて、当事者のいる近くに着水したところ。
Img_3644c 10時半頃までいましたが、帰る頃には、かなり暖かくなり、カルガモさんImg_3646c たちは、調整池の中央に出て来ていました。オマケは、カイツブリのお尻(微笑)。
 今日、播磨中央公園で見た鳥のリストは、次の通りです(観察順):
  1. カワセミ(メス)
  2. カイツブリ
  3. カルガモ
  4. ハクセキレイ
  5. ホオジロ
  6. カワラヒワ
  7. ツグミ
  8. セグロセキレイ
  9. モズ(メス)
  10. キジバト
  11. ハシボソガラス
  12. ヒヨドリ
  13. ムクドリ
  14. コゲラ(鳴き声のみ)
  15. ビンズイ
 前回(1/13)のものも参考までに掲げておきます:
  1. ムクドリ
  2. キジバト
  3. ハクセキレイ
  4. ホオジロ
  5. モズ
  6. シロハラ
  7. カワラヒワ
  8. セグロセキレイ
  9. ジョウビタキ(メス)
  10. ツグミ
Img_3666c 帰り道、久しぶりに大山田川に立ち寄って来ました。新宮西橋、JR・近鉄Img_3671c_2 鉄橋、沢南橋でチェック。11時を過ぎていたということもあるかも知れませんが、サギ類はまったくいません。新宮西橋では、コガモがいた気もしたのですが、よそ見した隙にいなくなっていました。ハクセキレイ、セグロセキレイを見ただけ。トビも1羽飛んでいきました。
Img_3895c 大山田川が揖斐川に流れ込むあたり、甚内ポンプ場の樋管、大山田Img_3901c 川、沢北川と3つの流れが注いでいます。以前は、アオサギ、コガモその他がたくさんいたのですが、今日はオオバンのみ。遠く、猛禽類が1羽通過していったのですが、誰でしょう?

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2018年1月19日 (金)

勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(その2)専修寺の境内を歩く(前半)

Img_3006c  “勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”も、昨日の記事で、釘貫門を越え、聖なる地へと足を踏み込みました。左の写真で奥に見えているのが、専修寺の山門。正門というか、総門というか。石畳が続きます。山門に向かって、両側には高田派のお寺が向かい合っています。智慧光院と、玉保院(ぎょくほういん)。
Img_3026c 山門に向かって左にあるのが、智慧光院。「西院(さいいん)さん」とも呼ばれるそうです。山門前の通りを寺町通といいますが、その雰囲気を増す様子を呈しています。昭和17(1942)年、「磯川兵助功名噺(いそかわひょうすけこうみょうばなし)」という、東宝映画の1シーンが門前で撮影されています。
Img_3029c この映画は、野村胡堂原作、榎本健一(エノケン)が主役です。野村胡堂Img_3031c は、「銭形平次捕物控」の作者です。ストーリーは、こちらにあります。左の案内板と、実際の風景(右の写真)を比べると、確かにここだと思えます。
Img_3024c 向かい側には、玉保院。こちらは、東にあるので、「東院さん」。玉保院にImg_3034c は、「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)阿弥陀如来像」が伝わっています。製作年代は、作風などから鎌倉時代(13世紀後半)とされています。もとは松禅院(しょうぜんいん)(比叡山)にあったものが、修理された後(明応5(1496)年)、専西寺(せんせいじ)(福井県大野市、現在は廃絶)へ入り、そして、元禄年間( 1688 - 1704 )になり、玉保院ぎょくほういんへ移されたものであると考えられています。ちなみに、この玉保院でも、、「磯川兵助功名噺」の撮影が行われています。
Img_3039c 前置きが長くなりましたが、専修寺へは、山門から入ります。1月12日の近鉄ハイキングの記事でも書きましたが、2階建、間口20、奥行9m、高さ15.5m。瓦の刻銘そのなどによれば、元禄6(1693)年ごろから建築にとりかかり、宝永元(1704)年頃に完成したものといいます。重要文化財の指定を受けています。
Img_3045c 山門に向かって左手(西)には、「明治天皇一身田行在所」の石碑が建っています。これについては、1月17日に書きましたので、そちらをご覧いただければ幸いです(パソコントラブルでがっかり……“勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”の続きを書き始めたのに)。明治天皇は、明治13(1880)年7月9日、専修寺の賜春館に宿泊されました。ただし、石碑は、昭和10(1935)年10月に建立されています。
Img_3048c 山門をくぐると、正面に御影堂。昨年11月、国宝に指定されました。県内の建物では初めてです。宗祖親鸞聖人の木像を中央須弥壇上に安置しています。725畳敷で、全国の現存木造建築の中でも5番目の巨大な堂だといいます。高田本山は、この日まで「お七夜」。最終日で、平日ということもあってか、境内も周辺も大変空いていて、ゆっくりと拝観できました。御影堂に着いたのは、10時半少し前で、お勤めの最中。この日、御影堂にいらっしゃる親鸞聖人のお像の前の御簾があげられ、拝見できました。近くにいらした僧職の方が、「印刷して配ったり、ネットに出したりしなければ、写真を撮って良いですよ」といってくださったので、お勤めの様子と、親鸞聖人のお像を撮らせていただきました。大変ありがたいことです。
Img_3121c 御影堂と如来堂は、通天橋という廊下でつながっています。せっかくの機Img_3060c 会ですから、この通天橋を渡って、如来堂にもお参りすることにしました。通天橋も、重要文化財。右の写真は、御影堂から、通天橋と如来堂を撮ったものです。
Img_3061c 通天橋の内部、御影堂から見ています。全長31.86m、幅6.79m、唐破風造、本瓦葺です。御影堂と如来堂を結ぶ廊下で、両御堂の縁側にかかっていますので、高床、板張りで、柱間はすべて吹抜けになっています。寛政12(1800)年11月に上棟、享和2(1802)年に渡り初めが行われたといいます。
Img_3115c こちらが如来堂。御影堂とともに、国宝に指定されています。「証拠の如来」と呼ばれる阿弥陀如来立像を本尊とし、教義上は、こちらが本堂だそうです。「証拠の如来」についてはこちらの第42話に書かれています。
Img_3074c お参りを済ませて、時刻は10時40分。早速、こちらへ。「食堂(じきどう)」であります。今日の楽しみの一つ、「御非時」をいただきに、であります。「1月11日の近鉄ハイキングでも食べただろう!?」といわれるでしょうが、御非時は2カ所で提供されています。前回は、御飯講という方でいただきました。どちらに行こうか迷っていたら、近くにいた方が「こっちが美味しいらしい」というのが聞こえて、御飯講に行ったのです。食べ比べ(というと失礼ですが)と、お盆に乗った御非時も是非と思ったのです。この日の御非時は、10時~12時となっていましたので、早めに(爆)。
Img_3080c これが、「食堂」の御非時。御飯講の方とはお菜が異なります。用意してくださるのは、檀家の方とのことでした。御飯、味噌汁は、先日の方が美味しかった気がしますが、ひりょうずの味付けはなかなかのものでした。結論としては、甲乙つけがたく、ありがたく頂戴するものだということです。「食堂」も、空いていて、ゆっくりといただくことが出来ました。
Img_3093c 早めのお昼をいただいてからは、宝物館へ。お七夜の期間中は、無料公開をしています。普段は、事前の申し込みが必要とのこと。専修寺には、親鸞聖人のご真蹟がたくさん残っています。ただ、拝観できるのは、影印bのものがほとんど。特別展示としては、御影堂、如来堂関連資料が14点ほどでした。個人的には、「伝 親鸞聖人 うらぎぬ(裏絹)の御書」が気になりました。親鸞聖人が桑名・赤須賀にいらした時、漁師の方たちが殺生に関わる仕事に就いていることを嘆いたため、この書を与えたという説明でした(記憶で書いていますので、誤りがあるかも知れません)。ネット検索しても、情報は出て来ませんでした。「伝」ということですから、事実ではないかも知れません。
Img_3087c 宝物館の前庭に「仏足石」がありました。仏陀の足の裏の形を石の上に刻んだもので、インド初期仏教では、仏像がまだつくられず、法輪、菩提樹、塔などを拝んだそうですが、仏足石もその一つです。年配の女性が、「大きな足。どなたの足?」とつぶやいておられました。
Img_3088c 説明によれば、インド・ビハールのR.プラサド氏の寄贈。ブダガヤ(ブッダガヤともいうようです。仏陀伽耶。歴史で習った、アショーカ王が建立された寺院を発祥とするとありました)の金剛宝座にある仏足石をそのままかたどって彫られたものを、インドから空輸してきたとあります。昭和59(1984)年3月設置。600㎏あまり。
Img_3095c 境内をあちこちウロウロ(体よく書けば、探索)していますが、宝物館の東に門がありましたので、外に出てみました。専修寺の施設案内にはありませんが、こちらのサイトを見たら、長屋門とありました。もともとは、武家屋敷で敷地の周囲に家臣を住まわせる長屋を建て、その一部に扉をつけて門としたもので、地方の名士や旧家などにも長屋門をもつことが認められたようです。
Img_3098c この長屋門、両脇にあるのは、武者窓と思われました。武者窓は、門を開けることなく、表の通りに誰が居るのか確認する為に用いられたものです。検索しても出て来ませんが、寺侍でもいたということでしょうか。
Img_3100c この長屋門の西にある建物。こちらのサイトには、殿舎とありますが、専修寺のサイトにはありません(こちら)。「殿舎」は、御殿、館(やかた)のことですから、固有名詞ではないかも知れません。場所的には、この背後(西)に御対面所や、賜春館があります。
Img_3107c 境内の中心部に戻ってきました。高田会館の裏(北)あたり、鐘楼の近くに山口誓子の句Img_3106c 碑があります。「佛恩に浸る銀杏の大緑蔭」と刻まれています。誓子が、昭和50(1975)年6月に本山を参詣した時、御影堂東の銀杏を詠んだものです。
Img_3108c 句碑は、桑名俳句会としてスタートした天狼伊勢北支部の八風俳句会結成100回目の句会記念として、昭和51(19769年4月10日に山口誓子ご夫妻臨席のもと、除幕式が行われています。山口誓子(明治34(1901)~平成6(1994)年)は、著名な俳人。三重県とゆかりがあります。昭和16(1941)年、伊勢冨田(現在の四日市市富田)に移り、療養をしているのです。
Img_3109c この句に詠まれた銀杏を探してみたら、ありました。たぶんこれでしょう。御影堂の東にある木。葉っぱの落ちた銀杏の木と思います。
Senjujimap 専修寺、さすがに真宗高田派の本山。境内は広く、建物もたくさんあります。まだまだ先がありますので、今日はここまで。「境内を歩く」は、後半に続きます。なお、左は、専修寺の境内案内図。赤丸をつけたところは訪ねたところ、黄色い丸は眺めたところです。

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セグロカモメは狩りをしているのか?

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 今日も良い天気で、暖かい日です。来週は寒波が襲来するというので、恐ろしい気もしますが、まあ、今は楽しむことにしましょう(微笑)。ということで、いつものように8時40分から11時半まで、住吉神社と九華公園へ。5.2㎞。このところ、鳥たちもそれなりに来て、面白いシーンにも遭遇しました。
Img_3500c 今日の主役は、こちら、セグロカモメ。9時半過ぎに九華公園上空に飛来、いったん北の方へ飛び去ったものの、二の丸堀の東側に戻ってきました。九華公園では、この二の丸堀の東でよく見ます。
Img_3653c 80~90m離れたところから、逆光という条件のもとで見ていましたので、詳細はImg_3654c よく分からなかったのですが、獲物となる魚を攻めていたように思えました。これら2枚の写真にあるように、何度もジャンプし、足で何かを押さえ込むような動作を繰り返していたのです。
Img_3655c 時には、このように、頭を堀に突っ込んで、嘴で攻撃しているようなシーンもありました。2枚目の写真は、このあと撮ったもので、そのときには悠然と泳いでいましたので、この「狩り」は、結局は成功しなかったようです。1月5日には、食餌シーンを見られましたが、このときも事前にこうやって狩りをしたと思われます(今日もセグロカモメ、カイツブリやイソヒヨドリも登場……ゴイサギ&ホシゴイは久しぶりにフルメンバー)。
Img_3509c 次いでの話題はこちら。「忍者ゴイサギ」です(笑)。今日も、いつもいるクSagic_2 スノキから堀を挟んで対岸からは、見えなかったのですが、稲荷社の参道などからよく見たら、2羽いるのが分かりました。右の地図で赤丸のところに、アオサギ、ゴイサギがいる木があります。「宮光稲荷大明神」とあるのが、稲荷社。その南の参道から、社務所ともう一つの建物の間から見ると(朱い矢印)、左の写真のようにゴイサギが1羽見えました。
Img_3694c 堀を挟んだ西側に移動してみると、左の写真のように見えます。上の赤Img_3517c 丸で囲んだところにいるのが、稲荷社参道から見えたゴイサギ。ところが、南側から撮った写真(ほぼ黄色い矢印の視線)をよく見たら、アオサギの背後にゴイサギが写っていました。左の写真をもう一度よく見直したら、黄色い丸の仲にわずかにゴイサギらしき姿が見えていました。やはり、昨日考えたように、ゴイサギ・ホシゴイはここにいて、上手に隠れているものと思われます。これからは、場所を変え、目を皿のようにして見てこないといけないということです。
Img_3662c もう一つ、九華公園でのエピソードは、コサギの登場です。年に1回くらいImg_3504c_2 の出来事です。朝日丸跡から、セグロカモメを見ていて、ふと横を見たら、コサギがいたのです。刺激しないつもりでしたが、20mほど先にいたので、当然逃げられました。堀を挟んだ、南側の外周遊歩道へ逃げ、さらにどこかへ姿を消してしまいました。
Img_3458c さて、散歩のはじめから。住吉入江には、キンクロハジロのオス1羽と、オオバン1羽。揖斐川にもキンクロハジロのメス1羽、ヒドリガモのペア1組などを見ましたが、他の鳥はおらず。蟠龍櫓東の堤防に来て、ツグミが1羽。吉之丸コミュニティパークでは、グラウンド・ゴルフが行われる日で、鳥影はなし。
Img_3467c 九華公園では、上の写真にも写っていますが、定位置にアオサギ。アオImg_3465c_2 サギを見ていた足下あたりには(地図で、青い矢印のスタート地点あたり)、シロハラが1羽。このところ、この辺でシロハラをよく見ます。気に入った場所なのでしょう。
Img_3469c 九華橋から見た吉之丸堀の西側付近。カモはのんびりしています。奥に見える小屋は、「甲羅干しスロープ」のあるところ。カモは、今日は、57羽。メンバーも変わりなく、ホシハジロのオス1羽、ハシビロガモのオス2羽、メス2羽とキンクロハジロ。ハシビロガモは、相変わらずオスはオス、メスはメスでつるんで行動しています。オオバンの姿も2羽見かけました。九華公園の常連になっています。
Img_3631c ユリカモメは、久しぶりに100羽を越え、106羽をカウント。餌に苦労していImg_3637c るのか、九華橋に立って、カモを数えていたら、凄い勢いで集まってきました。そのときの写真が左のもの。餌がないと分かってからも側のガードレールで物欲しそうな顔をしていました。
Img_3651c 最近お話しするようになったある女性(この方は、毎日のように散歩にいらっしゃり、鳥にもご興味がおありです)、「ユリカモメって、見かけはかわいいけど、けっこうエゲツないですよね?」とおっしゃいます。最近、正体がばれてきているようです(苦笑)。
Img_3644c 奥平屋敷跡への入り口に歩きには、シメがいました。この直前、シメの鳴き声が複数、それもちょっと険しい感じの声が響き渡っていました。縄張り争いでもしていたような気がします。1つの鳴き声は次第に南に遠ざかっていったのですが、確認できたのは、このシメ1羽。
Img_3496c 吉之丸堀の西側には、カイツブリ。色から見て、若い個体で、先日からImg_3674c 時々見る個体のように思います。「カモの子どもですか?」と聞かれることもあります(もちろん、違います)。右のハクセキレイは、公園の外周遊歩道の東、桜の木に止まったところ。小首をかしげるような仕草も見せてくれ、和みます。
Img_3700c 枝かぶりで、ピントもアヤシいのですが、ツグミ。この頃ようやく少し見かけるようになりましたが、去年に比べると、「激減」という印象。いつもであれば、揖斐川の堤防や、吉之丸コミュニティパーク、貝塚公園のそこかしこにいるのですが、どうなっているのでしょう?
Img_3710c 帰り道、玉重橋のところでハクセキレイ。何か上の方が気になるようでした。持っていたパンくずを与えたら、寄って来て食べてくれました。オオバンなどは逃げていきますが、キンクロハジロやハクセキレイは寄って来て、楽しませてくれます。

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2018年1月18日 (木)

勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(その1)一身田寺内町に入り、聖俗の結界を超えるまで

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 気を取り直して、“勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本180116ishindenc 山専修寺と一身田寺内町散歩”に再度、取り組みます(笑)。スタートは、当日(1/16)にも書きましたが、近鉄名古屋線・高田本山駅。ルートは、これも1/16に載せたように、右の地図の通り。いつもように、歩いて見てきた順に沿って書いていくことにします。
Img_2950c 高田本山駅から、田園地帯や、小さな集落を抜けて、伊勢鉄道毛無川橋梁に出ると、毛無川が流れています。後でも触れますが、この毛無川は、高田本山専修寺の環濠の一部にも使われています。それにしても、最近の我が身を振り返ると、この「毛無川」という響き、なんだか気になります(苦笑)。ちなみに、この毛無川、小生がお世話になっている非常勤先の短大近くまで流れ、志登茂川に合流しています。
Img_2963c さて、第2岩崎病院や、一身田南公園の脇を抜けると、寺内町に入る手前に、小さな石碑があります。「山の神」さまです。近鉄のウォーキングマップや、一身田寺内町の案内マップにも載っていますが、詳細は不明。
Img_2968c 山の神を過ぎると、毛無川にかかる、朱く塗られた橋があります。常盤橋でImg_2969c す。寺内町の主な橋は、皆、この色、デザインに統一されています。この橋から北が寺内町になります。常磐橋は、伊勢方面からの入口です。毛無川は、灌漑用水路でもありましたが、町の外壕としての役割もありました。かつてはこの北岸に有力な商店の蔵が建ち並び、江戸時代の風情が残っていたといいます。
Img_2972c 常盤橋の北のたもとには、番小屋と門があり、明け六つImg_2974c に開き、暮れ六つに閉じられ、夜は人は通れなかったそうです。これによって、町の治安を守った訳です。この常盤橋のたもとの門は、黒く塗られていたということで、「黒門」と呼ばれたといいます。寺内町には、このほか、赤門、桜門の2つの門がありました。右の写真は、常盤橋から西の毛無川を見たもの。
Img_2975c 黒門跡の北、30m足らずのところに百五銀行一身田支店があります。こImg_2977c_2 の敷地の南東角に道標が立っています。道標の東側には「右 江戸みち」、南側には「左 御堂並京道」と刻まれています。
Img_3225c 裏に回って、西側には「右 さんくう道」、北側には「天保Img_3227c 八年酉九月」とありました。天保8年は、1837年。干支は丁酉(ひのととり)、大塩平八郎の乱があった年です。天保元(1830)年には、伊勢御蔭参りが大流行したそうですから、その頃、ここも旅人で賑わったかも知れません。
Img_2967c 百五銀行に面した南北の通りを「橋向(はしむかい)通り」と呼ぶそうでImg_3229c す。かつて歓楽街で、江戸時代には水茶屋が25軒もあったといいます。滝沢馬琴は、旅行記で「伊勢の古市、松阪に次いで、伊勢国で第3位の遊郭街だった」と記しています。遊郭であったという印象は持ちませんでしたが、確かに古い建物がいくつも残っていました。
Img_2979c うっかり見逃すところでしたが、この道標の脇に「高札場跡と道標」という看板がありました。それによれば、ここは、一身田寺内町では交通の要衝で、高札が建てられる場所であり、また、火の見櫓も建っていたところです。
Img_2985c まずは、ここを西に曲がります。仲之町通という商店街です(こちらに一身田の商店街の紹介があります)。和菓子屋、Img_2982c 仏壇屋など、多くの店が現役。曲がってすぐの北側には、「和菓子 京林堂」というお店があり、賑わっていました。看板に「カレー焼」とあり、気になりましたが、先を急いだので、パス(ただ、後で失敗したかと反省)。カレー焼は、小ぶりのバナナくらいの大きさをしたカレー味の回転焼きだそうです。午後から、再度ここを通ったら、女子高校生で大賑わいでした。
Img_2989c 仲之町通で見たかったのは、この「旧・村界水路」です。読んで字のごとImg_2988c く、「村の界をなした水路」です。昔の一身田村と、窪田村の境界がこの溝だったといいます。ただし、この看板、ある衣料品店の店頭にひっそりと置かれていて、これまた見逃しそうで、戻って確認したくらいです。
Img_2990c 「水路」というと、立派なものをイメージしますが、上述のように「溝」といった方が正確でした(笑)。ちなみに、万治元(1658)年に津藩二代藩主藤堂高次が娘を専修寺に輿入れさせるにあたり、この溝の西側の窪田村領地を専修寺に寄進しました。
この溝を境に、寺内町の地番は三桁と四桁に分かれるなど、今も村境であった名残が垣間見えます。
Img_3222c_2 仲之町通にも古い建物が残っています。こちらは、「鮮魚Img_3223c_2 料理 仕出し 魚松」という名前が見えます。「内田氏宅(魚松)」です。このお宅は、明治中頃に建てられ、ほとんど改造されず、古いまま現存しているそうです。
Img_3000c_2 魚松さんから100mあまり行くと、専修寺の山門の正面に出ます(南側)。このあたりは、「向拝前(こうごまえ)」と呼ばれます。「向拝(こうはい)」は、御拝 (ごはい) ともいい、社寺の堂や社殿の正面階段上にふきおろしの屋根、ひさしをつけたところで、ここで参詣者が礼拝します。かつては旅籠や店が並び賑わったところだそうです。いかにも本山の前という雰囲気を感じました。
Img_3006c_2 石畳の道を山門に向かって進むと、石橋と「釘貫門(くぎぬきもん)」があImg_3015c_2 ります。「釘貫門」は、柱を立てて並べ、横に貫を通しただけの簡単な門です。町の入り口に設けられた木戸を示すこともあるようです。現在は、この山門前の釘貫門だけが残っていますが、宝暦年間(1751~63年)の絵図には、他に3カ所の矢来(釘貫門)が描かれています。その1カ所は、1月11日の近鉄ハイキングで見てきたところです(1/13:近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ(その3)……一身田寺内町、一御田神社、下津醤油、おぼろタオル、江戸橋常夜灯と道標そして江戸橋で「完」)。
Img_3009c_2 釘貫門は、道を挟んで東西に同型同大の2棟からなっています。両方をImg_3022c_2 つなぐ構造や、開閉装置はないものの、専修寺では釘貫門と呼ばれています。この門は、山内寺院と町屋を隔てる堀の北に位置し、堀に架けられた石橋と併せて「聖俗の結界」をなす役割を担っています。
Img_3020c_2 石橋は、上記のように、山内寺院と町屋とを隔てる堀にかかっています。石造の反り橋です。東側では、一部の部材が欠いており、新しい部材になっています。つくられたのは、宝暦10(1760)年3月という記録があります(松山忍明、高田史料第3巻)。
 この釘貫門を通ったことで、俗の世界から聖の世界に入りましたので、今日はここまで。

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ミサゴ3羽飛来、イソシギ、モズ、シロハラ

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 最高気温が14℃と暖かい日になりました。今日は、ほぼいつも通りのコースで散歩。8時半過ぎに出て、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町から吉津屋町を経て、寺町を通過して、11時50分帰宅。途中、複数の知人に出会い、しゃべっておりましたが、6.7㎞を歩いてきました。
Img_3528c 九華公園には、今日もミサゴが飛来してきました。それも3羽同時に、でしImg_3504c た。九華公園でミサゴを見るのは、正月明け、1月4日以来、4回目です。公園東側の堀の上空を舞って降り、ダイビングを期待したのですが、それはありませんでした。獲物がなかったのか、3羽とも赤須賀漁港の方角に飛び去ってしまいました。
Img_3364c さて、散歩に出てすぐ、諸戸氏庭園前でオスのジョウビタキに遭遇しました。住吉ポンプ場のフェンスから、住吉入江前の桜の木に移動したところ。この桜並木から桑名七里の渡し公園にかけてのあたりで、ジョウビタキのオスをよく見ます。諸戸さんの庭園にでも居着いているような気がします。
Img_3381c 揖斐川や、中州には鳥の姿はありませんでした。今日は、赤須賀の漁船が漁に出ていましたので、そのためと思われます。三の丸水門のところで、ヒバリが3羽。一昨日も、同じところでヒバリを見ています(1/15:ミサゴ、シロハラ、ビンズイ、エナガ、モズ……今日は鳥に恵まれました(微笑) )。
Img_3412c 9時に九華公園到着。北門近くの堀にイソシギ。このイソシギ、すぐに上Img_3392c 陸してきて。地表を歩き回って、餌探しをしています。地面に嘴をさして、餌を探していました。この近くにサザンカの木があり、散った花びらとのコラボ写真が撮れました.イソシギとサザンカの花びらというのは、珍しいかも知れません。
Img_3402c アオサギ、今日は、いつものセンダンの木ではなく、1本北にあるクスノキImg_3401c にいました。最近、時々このクスノキにいるのを見ます。上空が気になるのか、上を見上げていました。アオサギを見ていた足下近くには、シロハラ。先日も、このあたりでシロハラを見ています。
Img_3411c 奥平屋敷跡では、オスのモズが、ハチのようなものを食べていました。ピImg_3413c ントが合ったのが、このやや向こう向きのシーンだけなのは、残念。このあと近くの樹上に移動した写真が右のもの。さすがに小さな猛禽類、なかなか精悍な顔つきです。
Img_3415c 奥平屋敷跡でも、シロハラを目撃。堀を越えた、南にある遊歩道との間を移動していました。左の写真は、その遊歩道に行ったところ。九華公園ではなかなかシロハラが見られませんでしたが、年明けからは定着しているようです。
Img_3461c 二の丸跡でバールフレンドのYさんと話していたら、モズがやって来ましImg_3464c た。何やら様子が変。そのうち、口を大きく開け、右の写真のような有様。のどの奥から黒いものが見えています。苦手な方は、写真をクリックなさらないでください。
Img_3465c どうやら食べたものをはき出そうとしているのでした。右の写真には、はImg_3466c き出して、その出てきたものが落下していくところが写っていました。どうしたのでしょう? 不味かったのか、食べられるものではなかったのか? このあとは、スッキリした様子で飛び去っていきました。
Img_3420c カモは、九華橋あたりや、二の丸堀の西側などに散らばっていました。合Img_3426c 計66羽。ホシハジロのオス1羽が戻ってきていました。他は、ハシビロガモのオス2羽、メス3羽とキンクロハジロ。暖かかったのに、あまり活発ではありませんでした。
Img_3541c ユリカモメは、65羽ほど.飛び回ったり、最初の写真のように堀に浮いていたり。今日は、餌はもらえなかった様子。このほか、水鳥は、カイツブリが1羽と、オオバンが2羽。いつものメンバーです。
Img_3555c ゴイサギは、鎮国稲荷社の参道から見たら、クスノキの中に1羽いるのが見えました。上手に「隠れて」います。これまであれこれ書いてきたのですが、やはりここにゴイサギが複数と、ホシゴイが1羽はいるようです。
Img_3408c 九華公園では、この暖かさにつられてか、カメが2匹、甲羅干しImg_3436c をしていました。左の写真は、いつもの「甲羅干しスロープ」のところ。ミドリガメではなく、イシガメのように思います。右は、九華橋北の堀の石の上。まだ若いミドリガメのようです。来週になるとまた寒波が襲来するといいますが、大丈夫でしょうか。
Img_3572c 10時半に貝塚公園。最近は、静かです。ヒヨドリも少なく、例年なら掃いImg_3576c て捨てるほど(というのは、ちょっと大げさ)いるツグミも、今シーズンは、これまでのところ未確認。ここでは、まずは、モズと、メジロの群れ。
Img_3593c シロハラには、何度も遭遇したものの、写真が撮れず、公園内を2周してしまいました。ただ、そのお陰で、2羽のシロハラがトラブっているところも目撃できました。シロハラは、少なくとも2羽は確実で、ひょっとすると3羽いる可能性があります。
Img_3550c ところで、鎮国守国神社の境内には、椿が何種類かあります。去年の今Img_3551c 頃は、乙女椿がすでに咲いていたのですが、今年はまだ。普通の椿も、つぼみは膨らんできたものの、ほとんど咲いていません。この暖かさで咲くかと期待したいところ。梅はまだまだという印象でした。

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2018年1月17日 (水)

パソコントラブルでがっかり……“勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”の続きを書き始めたのに

 “勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”のその1を書き始めたのですが、他のソフトの不具合で、パソコンが止まってしまいました(涙)。「Ctrl+Alt+Delete」キーの同時押しで、「タスクマネージャー」が起動するのですが、それも不可。泣く泣く電源スイッチを切って、強制的再起動。

 調べてみると、pdfを印刷するソフトか、結合するソフトの不具合で、パソコンが止まってしまうようでした。pdfファイルをつくるのに、印刷ではなく、WordやExcelから「pdfファイルで保存」を指定すると、トラブルは生じません。パソコン使用歴30数年なのですが、未だに時々、振り回されています。私見では、スキル不足というよりも、パソコンがまだまだ成熟した「電化製品」ではないということです。Androidのタブレットも使っていますが、こちらはたくさんのソフトが起動していても、動かなくなるということは経験していません。Microsoftも、是非ともGoogleを見習って欲しいと切望します。
 「心が折れた」というといかにも大げさですが、たまにある仕事のことや、歯科受診その他もあって、もう一度書き直そうというモチベーションが湧いてきませんでした。年をとったせいかも知れません(苦笑)。「歯が少しずつなくなっていって、だんだんジジイになる」というのは、高校の同級生であるS氏の名言ですが、その通りかも知れません。若い頃でしたら、何かうまくいかなくとも、「ムキになって」やり遂げていました。今はそういうことはありません。加齢効果なのか、人間が成熟したのか、自分では判断しかねています(苦笑)。
Img_3043c_2 何もなしでは、愛想もありませんので、昨日の散歩から一つだけ。「明治天Img_3039c_2 皇一身田行在所」の石碑について。先だっての“近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」”で見逃したものです。高田本山専修寺の山門に向かって、左手にありました。明治天皇は、明治13(1880)年7月9日、専修寺の賜春館に宿泊されました。それを記念しての石碑と思います。ただし、石碑は、昭和10(1935)年10月に建立されています。明治天皇は、この年の7月11日・12日に、亀山で行われた、大阪鎮台・名古屋鎮台の合同演習(軍事訓練)をご覧になっています。その際に、専修寺に立ち寄られたと思われます。賜春館は、明治11(1878)年に貴賓接待用として新築された書院ですが、完成したころ、明治天皇行幸の行在所にされることが通知され、それを祝って「賜春館」と命名されたといいます。
 明日は、晴れて、かなり暖かくなるという予報です。散歩にも行って、また、気を取り直して、“勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩”の本編を書き始めますので、今日はこれでご容赦ください。

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2018年1月16日 (火)

勝手に「JR・近鉄さわやかハイキング(笑)」……高田本山専修寺と一身田寺内町散歩(予告編)

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 笑われること覚悟で(微笑)、今日は(も?)こちらへ。近鉄名古屋線・高田本山駅。そうなのです、1月11日に近鉄ハイキングで「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」に行ったのですが、またもや出かけてきたという次第です。高田本山で見てきた範囲が限られていたのと、一身田寺内町がなかなか興味深いところだったので、もっと見て回ろうと考えたのです。それと、小声で言いますが、「御非時」、もう1カ所でも食べてみたいという気もありました(苦笑)。
Img_2931c 当初の予定では、JR関西線から紀勢線で一身田駅まで行くつもりでしたが、今朝は、関西線井田川駅あたりで事故があり、四日市駅から亀山駅の間が運転停止。やむなく、近鉄で高田本山まで。9時2分桑名駅発、松阪行き急行に乗り、白子駅で普通電車に乗り換え。高田本山駅には9時51分到着。¥690。ここから専修寺まで徒歩。近鉄てくてくマップの「津・一身田寺内町コース」を逆にたどりました。
Img_2935c 田園地帯を歩き、先日の「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」で歩いImg_2949c た、伊勢鉄道付近を通って一身田寺内町へ。左はコース途中にあった保育園。この南を歩きます。右の写真は、先日通った伊勢鉄道毛無川橋梁のところ。
Img_2938c 遠くに津駅前のアスト津を眺めながら、毛無川沿いを北西へ。20分ほどでImg_2968c 一身田寺内町の南東の端にある「黒門跡」に着きます。今日は、専修寺の境内と、寺内町を一回りする予定。先日、見られなかったところや、見忘れたところがかなりあるのです。
180116ishindenc 本日、歩いたのは、左の画像にあるルート。右下にある高田本山駅をスIshindenmapc タートし、専修寺、一身田寺内町を回り、JR紀勢線・一身田駅まで。これで7.5㎞を歩きました。一身田寺内町は、右の地図のようになっています。高田本山は、その内部も、周囲も一周。さらに、寺内町のあちこちや、旧・伊勢別街道まで回って来たのです。
Img_3048c 高田本山のお七夜は、今日が最終日。平日ということもあってか、境内もImg_3160c 周囲も空いていました。本山の周辺の道路に出ていた露店も、今日はまったくありませんでした。お陰でゆっくり見て回ることが出来ました。
Img_3080c 御非時、今日は、前回とは別のところでいただいてきました。右の写真にImg_3074c ある「食堂(じきどう)」です。今日は、写真のように、「高田山」と書かれたお盆に乗せてありましたし、お菜も若干異なりました。用意してくださるのは、檀家の方とのことでした。御飯、味噌汁は、先日の方が美味しかった気がしますが、ひりょうずの味付けはなかなかのものでした。
Img_3093c お七夜期間は、無料で拝観できるということで、宝物館も見てきましたImg_3145c し、家内の父のお骨が納めてある納骨堂にも出向いて来ました。
Img_3165c その後、環濠に沿って専修寺のまわりを歩き、さらに、寺内町も探索してImg_2985c きました。昔ながらの町並み、家屋もたくさん残っていて、のどかな気分で見て回ることが出来、良い時間を過ごせました。
Img_3301c 13時頃、一身田駅に到着。昼間の時間帯のJR紀勢線、列車は1時間に1Img_3318c 本。13時30分発に乗って、亀山駅へ。13時43分着。亀山駅は、最初の職場に就職した、昭和54(1979)年のゴールデンウィークに来たことがあります。宿直にあたり、帰省できなかったので、遊びに来たのですが、何もなくてビックリした記憶があります(失礼な言いぐさですが、もっといろいろあると期待が大きかったためです。心理学用語でいえば、要求水準が高かった、ということ)。そのときは、亀山城跡などに行きました。
Img_3317c 亀山駅で、JR関西線に乗り換えるのですが、こちらも、この時間帯、名古Img_3336c 屋行きは1時間に1本しかありません。それも、14時24分発まで、41分待ち! 急いでいた訳ではありませんが、「乗り継ぎも考えていないのか? JRはやる気があるのか?」などと、毒づいてしまいました(苦笑)。乗客が減るのと、列車の本数が減るのとは、悪循環に陥っているのでしょう。ホームのベンチであたりを眺めながら、時間つぶし。乗った電車は快速名古屋行き。とはいえ、四日市までは各駅停車。桑名着は、15時6分。\840。ちなみに運転士さんは、女性でした。
Dscn5675c 今日は、土産、それも、「桜おこし」を買ってくるようにという指令で、一身Img_2986c 田寺内町の岡田屋さんでお買い上げ(笑)。\800なり。任務を無事に果たすことが出来ました。今日の散歩は、明日以降また、詳しく書くことにします。内容的には、今日のものと重複も生じると思いますが、ご容赦を。今日のところは予告編であります。ちなみに、タイトルは、「JRさわやかウォーキング」と「近鉄ハイキング」をない交ぜにした、勝手な造語です。

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2018年1月15日 (月)

ミサゴ、シロハラ、ビンズイ、エナガ、モズ……今日は鳥に恵まれました(微笑)

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 割と暖かく感じたのですが、アメダスを見たら、-2.7℃~8.8℃でした。8時40分スタート、11時半過ぎ帰宅でしたが、歩いたのは、4.0㎞(笑)。鳥がたくさんいたのと、あちこちで知り合いの人やら、初めての人やらとしゃべっていたからです(苦笑)。住吉神社から九華公園を往復しただけ(笑)。九華公園も、外回りには行きませんでした。まぁ、これも良し。
Img_2857c まずは、こちら、ミサゴ。今日も九華公園内野球場のグラウンドの上空で見Img_2846c ました。気づいた時には、獲物を鷲づかみして、北に向かって飛んでいくところ。獲物は、鯉のように見えます。ただし、左の写真の直前から背後を気にしていたのですが(右の写真、後ろをチラッと見ています)、カラスに襲われ、せっかくの獲物を落としてしまったようでした。その決定的瞬間は、残念ながら照明灯の陰になって見えませんでした(涙)。
Img_3286c 他にもいろいろとありますが、ここからは見てきた順に。ドバトですが、諸戸氏庭園の煉瓦蔵の鬼瓦の上で身繕いの途中の様子。芸の練習ではありません。余談ですが、諸戸氏庭園の建物の瓦には、ここにあるように、「モロト」とカタカナが入っています。
Img_3293c 同じドバトでも、こちらは朝早くから(8時45分)、公衆の面前、それも住吉神社のすぐ前で、何やらアヤシげな雰囲気を漂わせていました(微笑)。邪魔にならないよう、遠回りして住吉神社にお参りしてきました。
Img_3299c_2 揖斐川の堤防、三の丸水門のすぐ上流のところ。スズメよりやや大きいくImg_2737c らいの鳥が3羽。そーっと、そーっと近寄ってみたら、ヒバリでした。懸命に餌を啄んでいる様子で、こちらのことは、気にする余裕がない感じでした。今年、ヒバリを見たのは初めて。
Img_2743c 三の丸水門を超えたところには、ツグミが1羽。この揖斐川の堤防あたりには、例年ツグミがよくいるのですが、最近になってようやく見られるようになりました。
Img_3314c 九華公園には9時過ぎに到着。いつものように北門から入り、土俵近く。西側の堀端に動く鳥影あり。シロハラでした。ツツジの根元で、いかにもシロハラが好みそうな場所でしたが、このあたりで見るのは珍しい。
Img_3321c  アオサギは本日、不在。代わってゴイサギが2羽。といってもすぐに気づ
Img_2752c_2 いたのではなく、よくよく見たらいたという感じ。場所は、いつものクスノキなのですが、見逃しそうでした。どこかにいるはずと思って探さないと見つけられないと思います。左の写真を見ると、眠っているように見えます。
Img_2756c もう少し引いて撮ると、こんな具合でした。去年の今頃の事を思い出してみても、ゴイサギ&ホシゴイは3~4羽くらいいたのですが、こんな風に上手に隠れていることが多かった気がします。
Img_2868c このあと、鎮国さんにお参りした後、稲荷社の参道からは、ホシゴイがいImg_2867c るのが見えましたし、さらによく見ると、ゴイサギも隠れていました。今日は、ホシゴイ1羽と、ゴイサギ2羽は確実にいました。
Img_2767c 管理事務所に来たら、その上の電線にビンズイが3羽やって来ました。去年も、一昨年も、今頃はすっかり居着いていて、神戸櫓跡、辰巳櫓跡などでよく見たものです。これから期待できるでしょうか?
Img_2797c エナガ。奥平屋敷跡への入り口のところで遭遇。10羽あまりの群れ。シジュImg_2815c ウカラも混じっていました。このあと、小生は、二の丸跡、朝日丸跡、本丸跡と移動したのですが、このエナガたちもほとんど同じルートで移動してきました。こちらがいるすぐ上にある枝にも平気でやって来ます。もう少し落ち着いてくれると良いのですが、賑やかな上によく動きますので、写真に収めるのは容易ではありません。

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 カイツブリ、今日もいました。今日は、吉之丸堀の西側。キンクロハジロImg_3334c たちがいる側。右のような写真をご覧になると、カモの子どもと思われる方もいらっしゃるようですが、そうではありません。このカイツブリ、先日も書きましたが、若鳥と思います。
Img_3331c カモは今日も、どういうわけか67羽。昨日と同じ。メンバーは、ホシハジロのオス1羽がカムバックしたほかは、ハシビロガモのオス2羽、メス4羽とキンクロハジロ。いつも同じ写真では能も、芸もありませんから、身繕い中のキンクロハジロの写真です。そういえば、後できちんと数えようと思っただけで、ユリカモメの数をカウントし忘れました(爆)。いろいろな人とあれこれしゃべっていたからです(他人様のせいにしているわけではありません)。
Img_3349c こちらは、モズ。マジックではありません。モズやスズメなど、ここ野球場のフェンスにこのように止まることがあります。もう少し近くで撮れたら面白かったのに、残念。
Img_2881c 帰り際、九華公園の土俵近くのサザンカにメジロが数羽来ていました。Img_2889cソーッと近寄ったら、大丈夫でした。メジロ、なかなか芸達者でいろんな表情、仕草を見せてくれます。エナガやメジロのようによく動く鳥の方が、芸達者かも知れません。
Img_2918c 貝塚公園に行くどころか、九華公園の外周遊歩道も歩かなかったのでImg_3363c すが、時間制限もあって、帰宅することに。途中、桑名七里の渡し公園で、モズと、ツグミ。
Img_3356c ところで、九華公園には、去年3月から「九華公園を楽しく歩こう」のパネルが掲示していただいてあります。1年近く経ちますので、そろそろ変えようかということで、現在、「桑名市内城跡リスト」を準備していただいています。城館のようなところも含めますと、桑名市には47カ所の城跡があります。市の文化財のホームページや、個人でこれらを調査なさった方のホームページ、その他を参考に、管理人Oさんと資料をつくり、パネルを準備していただいています。もうしばらく待っていただくことになります。
 今日は、散歩友達の他にも、観光にいらした方など、実にたくさんの方とお話ししてきました。失礼ながら、傑作な余談を一つだけ。名古屋方面からいらしたと思われる女性二人組。「桑名の七里の渡し跡から、名古屋の熱田の宮の渡し跡って、見えるんですか?」とお聞きになりました。「エッ!?」と一瞬絶句しそうにand/orひっくり返りそうになりましたが、そこは亀の甲よりも年の功、笑顔で、「いやいや、それはかなり無理があります……」と。きちんと、分かる範囲で説明させてもらいました。なかなか発想が豊かなお二人で、楽しくお話しできました(微笑)。
 もう1つ。先だって、1月11日に近鉄ハイキングで一身田寺内町や、真宗高田派の本山・専修寺に行ってきましたが、専修寺でも、また寺内町でも見逃したところがいくつもありますので、明日、また行ってこようか思案中です。明日までは、お七夜。「御非時券」もまだありますから、食べ比べをしてこないと行けません(微笑)。明日は、「勝手に近鉄ハイキング」か、「勝手にJRさわやかウォーキング」を開催するかも知れません。

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2018年1月14日 (日)

白魚漁と博物館の新春企画展「書と画のハーモニー」

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 冷え込みも幾分和らぎ(-0.9℃)、日中 も気温が上がりました(最高は、8.0℃)。揖斐川沿いImg_2501c からは、木曽御嶽山がよく見えています。先日の新聞に、8日からシラウオ漁が始まったと書いてありましたが、今日は、赤須賀漁港の漁船1組がシラウオを捕っているようでした。右の写真がそうなのですが、あまり絵になりませんし、説明を書かないと分からないのが難点です。
Img_3222c
 野暮を承知で説明を加えると、左の写真のようになります。2隻の漁船が、ペースをそろえて網を引いていきます。かなり大きな網で、赤線を入れたような感じ。赤丸のところが最後尾で、ここには浮きがついています。漁船はかなりのスローペースで進みます。漁港近くのはまぐりプラザにある食堂はまかぜで「白魚丼」が食べられます。今年は¥1,500だそうです。3年前に一度、食べたことがありました(2015/2/5:はまぐりプラザでしらうお丼を食し、ユリカモメを堪能……カンムリカイツブリ、今日も登場)。このときは、\1,200でした。
Img_2602c さて、写真としては不出来なのですが、今日は、鎮国守国神社境内でモズに大接近できました。左の写真がそれです。250mmズーム、ノートリミングです。椿の木の奥にいたところへ、そっと近寄ったのです。印象としては、目の前という感じでした。
Img_2576c もう一つのシーンも、写真としてはあまりよくありませんが、面白いシーンとImg_2578c いうことで。九華公園の二の丸堀で、何かに驚いたキンクロハジロがバタバタと飛んだというより、水面を走って逃げた様子。たぶん、カワウか、ユリカモメにちょっかいを出されたのだと思います。
Img_2579c 水面を蹴ってバタバタと移動したあと、こちらは着水体制に入ったところ。Img_2581c 体操選手のような雰囲気です。右は、ほとんど着水したところ。ユリカモメとは違って、助走をつけないと飛べないのです。
Img_2712c 散歩もほぼ終わりの頃、三崎見附に近い住吉入江で、イソヒヨドリのメスが出て来ました。先日もメスを見ましたが、贅沢を言えば、オスにも出会いたいところです。オスの方はもっと鮮やかで綺麗なのです。
Img_2518c 散歩は、8時半から11時半。いつものように、住吉神社、九華公園、貝塚公園から寺町と6.2㎞。こちらは、七里の渡し跡に降りていく階段で出会ったヒヨドリ。地面で餌になるものを見つけ、咥えて、手すりに止まったところ。これは、何でしょう? 何かの実ではなく、焼き菓子のようにも見えます。木の実もかなり食べ尽くしてしまう時期、餌探しが大変になってきます。
Img_3229c 先日、揖斐川沿いでホオジロらしき姿を見ると書きましたが、今日、ようやく確認しました。といっても、こんな証拠写真です。蟠龍櫓の東から、三の丸水門あたりに出没しています。この写真は、三の丸水門のすぐ下流側で撮ったもの。近くにはツグミも1羽。
Img_2538c 吉之丸コミュニティパーク駐車場の西の堀には、ハシビロガモのメスが2羽、来ていました。いつもは、九華公園の堀にいるハシビロガモです。ちょっとした遠征というところ。ハシビロガモがここに来るということは、キンクロハジロたちも来たりしている可能性があると思われます。九華公園の堀からここまでは、100mもありません。橋を一つくぐってくるだけです。
Img_2542c 九華公園では、まずは、ゴイサギとアオサギ。1羽ずつ、いずれもいつもImg_3248c のところにいました。ただし、ゴイサギは後ろ姿。また、アオサギは、いつものセンダンの木ではなく、クスノキにいました(ゴイサギがいる方の木)。
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 この頃、カイツブリがときどき来ています。それもたいていは、アオサギやゴイサギがいる、公園北側の堀。今日も1羽。まだ若いカイツブリのように見えます。
Img_2609c
 カモは、今日はやや多く67羽。ハシビロガモのオス2羽、メス4羽とキンクImg_2610c ロハジロ。ホシハジロのオスも、見当たらなくなりました。今日のキンクロハジロの写真は、神戸櫓跡から見下ろして撮ってみました。左のオス、まん丸に見えます。
Img_3257c ハシビロガモ。オス(左)とメス(右)。仲違いをしている訳ではなく、たまたまこういう向きになっただけです。このオスは、色がかなりきれいになってきたのですが、もう1羽はまだまだ。かなり個体差があるようです。
Img_2697c ユリカモメは、41羽。ときどき、このように二の丸橋の欄干に並びます。ユリカモメはたぶん、川越あたりの海岸から出張してくるのではないかと勝手に想像しています。今日は見ている限り、餌をやる人もなく、堀に浮いている時間が多かったようです。
Img_2684c 二の丸跡で散歩友達の方と話していたら、モズがここにも登場。ただし、Img_3265c 後ろ姿のみ。貝塚公園に向かおうと思ったら、ツグミも登場。ちょっとだけ、ツグミの登場が増えた気がします(微笑)。
Img_2703c その貝塚公園、静かでヒヨドリも少なかったのですが、シロハラが一瞬、登場。この1枚だけ撮らせてくれました。例年の貝塚公園であれば、あちこちにツグミがいて、トラブルにもなっていたのに、大違いです。
20171228110323 ところで、今日はこのあと、桑名市博物館に立ち寄って来ました。昨日から、新春企画展「書と画のハーモニー」が開かれているのです。博物館、この10年近く、開催される展覧会にはほとんど皆出席です(微笑)。今回の展覧会は、2月18日(日)まで。月曜休館で、9時30分から17時まで(入館は16時30分まで)、無料。今回の展示のテーマは、「画賛作品」です。「画賛」とは文字や文章が書き添えられた絵画です。元々は、絵画を賞賛する文章を余白部分に記したものが、両者が一体で芸術作品として鑑賞されるようになったそうです。館蔵品を中心に面白いものがたくさん出ていました。松平定信や、谷文晁のものもあります。
Img_3270c また、今年は、萬古焼創始者の沼波弄山(1718~1777)の生誕300年にImg_3272c あたるということで、併せて、萬古焼も展示されていました。弄山は桑名船馬町で生まれ、桑名藩領内小向村(現・三重郡朝日町小向)に窯を開いて、「萬古不易」(いつまでも変わらない)という意味から名づけた萬古焼の作陶をしたのです。萬古焼というと、今ではすっかり四日市にお株を奪われていますが、その始まりは桑名なのです。写真は、今回の展示で、唯一写真撮影可の作品。「古萬古 オランダ写手焙」です。冬の茶席や腰掛け待合において、暖をとるための小型の火鉢。異国情緒が取り入れられていて、萬古焼のイメージとは異なるものです。

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2018年1月13日 (土)

近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ(その3)……一身田寺内町、一御田神社、下津醤油、おぼろタオル、江戸橋常夜灯と道標そして江戸橋で「完」

180111haikingedobashic  “近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ”のその3です。昨日の最後は、高田本山専修寺で御非時をいただいたところまで進みました。専修寺には、1時間ほど滞在しました。山門を出て、左手へ。指定されたコースに戻ります。

Img_2054c 専修寺の敷地の南東のあたりに、遊具が見えます。不思議に思いながら、Img_2056c 歩いて行くと、山門に「高田幼稚園」という表札がかかっていて、思わず目を見開いてしまいました。高田幼稚園があるのは知っていたものの、こんな入り口だったとはと感心。昭和3(1928)年12月に認可された、由緒ある幼稚園。「さすが立派な門だ」と思ってもう少し歩いたら、右の写真。今は、こちらが正式な入り口なのでしょう。
Img_2063c 右上の写真で、奥に櫓のようなものが見えています。これは、専修寺の「Img_2068c 鼓門」。国指定重要文化財です。境内の東入口となっています(右は、この太鼓門を入って、境内を見た写真。もっとも奥に移っているのが、御影堂)。名前の通り、平屋建ての長屋門の上に三層の櫓をのせ、その最上階に大太鼓を吊っています。明治5(1872)年の暦制改正によって時刻が西洋式となるまで、ここの太鼓が町の人々に時刻を知らせていたといいます。
Img_2064c 太鼓門の説明板。つり下げられている大太鼓は、直径1mほど。専修寺に法要があるとき、これを打ち鳴らして、進行役を務めたとあります。当日買われた太鼓は、皮が破れて現在は使われていないものの、胴には享保14(1728)年につくったとの銘があったそうです。
Img_2072c 太鼓門を見るのに、ちょっとだけ寄り道しました。コースに戻ると、「一身田寺内町の館」があります。「寺内町」とは、15世紀の終わり頃から16世紀の中頃にかけて、浄土真宗の寺院を中心としてつくられた自治都市のことです。その多くはここ一身田と同じく、周囲に濠などがめぐらされています。一身田寺内町の館は、この一身田寺内町の歴史や文化、魅力を発信するための施設です。月曜休館で、開館は9時半~16時。個人的には、この建物の前にあった、松の古木が気になったのですが、説明はなかったように思います。
Img_2074c 寺内町の館を出た向かいに、「矢来跡」と表示された板塀がありました。Img_2075c「矢来」は、竹や丸太で造った仮囲いですが、宝暦の頃の版画や、「五街道分間延絵図」には、このあたりの3カ所に矢来が描かれているといいます。ここの他、桜門前、一御田神社前です。「釘貫門」と同じ目的でつくられたもので、専修寺という聖域と、俗界の境目を示していると考えられるそうです(釘貫門については、リンク先に説明があります)。
Img_2079c 一身田寺内町の館からすぐ東の交差点から北を見たら、神社が見えましImg_2089c た。事前リサーチで名前は見ていたものの、しっかりとは調べなかったのですが、一御田神社(いちみたじんじゃ)でした。御祭神は、高皇産靈神(タミミムスビノカミ)、神皇産靈神(カムミムスビノカミ)、大日霎貴神(オオヒルメムチノカミ)。高皇産靈神と神皇産靈神はいずれも、天地のはじめに高天原にあらわれた造化三神の一神といいます。大日霎貴神は、天照大神の別称ですから、相当古い神社のように思えます。
Img_2082c 「一身田」という地名は、奈良・平安時代の制度で、政治上功績のあったImg_2081c 貴族に対して特別にその身一代に限って与えられた田からきたとも、律令制度の「三世一身の法」で与えられた田からきたとも言われています。一身田に人が集落を形成し出したのは、寺内町が生まれる前のことと考えられています。それを示す最古の資料として、この一御田神社の棟札に嘉吉3(1443)年という記録が残されているそうで、そのころは農村集落であったと考えられています(こちら)。
Img_2083c 境内にあった「一御田神社神宝類27点」という説明板。以下のものが記されていました:室町時代(1336~ 1573年)の能面一面、室町時代の簓(ささら)2組(簓は、竹をこすり合わせて音を出す楽器の一種)、室町時代の田植歌1枚(檜の横板に「大梵天天皇御田歌」と墨書され、現在も御田植神事の際に浸食がこの歌詞を読み上げるとあります)、棟札22枚(すべて檜材、嘉吉元(1411)年から寛政12(1800)年迄の銘があり、専修寺が一身田に移る前の様子が伝わる)、扁額1枚(明治4(1871)年に社名を梵天宮から一御田神社に変えたことが記されている)。
Img_2092c 小生が訪ねたとき、由緒書などは見当たらなかったのですが、こちらのサイトでは、原始時代に農業集落であたころからの鎮守であったことが書かれています。思いつきですが、「一御田」、「一身田」ともに、読みようによっては、「いちみた」になります。何か関連性があるのでしょうか?
Img_2106c ハイキングのコースに戻り、30mほどで、再び環濠があります。ここは、栄Img_2105c 橋。一身田寺内町もここまで。あれこれ調べてみますと、ここ寺内町や、その近くには、見所がまだたくさんあります。一身田寺内町の館の「撮影スポット」には、16カ所ありますし、専修寺山門脇には、明治天皇一身田行在所跡の石碑もあったようですが、見逃していました。
Img_2115c 次の立ち寄りポイントは、下津醤油。栄橋から400m弱。Img_2116c 直売所があり、具だくさん豚汁(¥300)、甘酒(\200)などを販売するという案内があったのですが、ちょうど昼休み(12時50分に到着)で、どなたもいませんでした。最近、利兵衛団子というみたらし団子を売り出したそうです。
Img_2118c ユーモラスな顔出し看板もありましたが、御非時をいただいたお陰で、おImg_2121c 腹も満ちており、覗いてみただけで、ほとんど通過してきました。伊勢鉄道東一身田駅の南で、伊勢鉄道の高架をくぐり、ここからしばらくは田園地帯を歩きます。
Img_2135c 伊勢鉄道の高架沿いを旧・伊勢別街道まで進みます。途中、右(西)にImg_2124c は、一身田中学校が、また、左(東)に遠く、三重大学病院が見えます。午前中よりも風は和らいできて助かります。
Img_2146c しばらくすると、一身田中野というところに至ります。ここらあたりは、少しImg_2147c なじみがあります。というのも、一昨年から非常勤に来ている短大があるところなのです。今年もまた、4月から7月にかけて、講義に週1回通うことになっています。
Img_2155c 近鉄名古屋線の踏切の手前で、いったん分かれていた伊勢別街道に入Img_2161c ります。踏切を越えると、本日最後の立ち寄りポイントへ。「おぼろタオル」です。明治41(1908)年に森田庄三郎が「朧染タオル製造法」の専売特許で創業しました。変わった名前ですが、その由来は、「味もそっけもないタオルに図柄をのせたいとヨコ糸だけが染まる技術を開発し、白いパイルの下におぼ ろげな模様を描いた」ことだそうです。
Img_2160c 門を入ったところに直売所があります。ここで、本日2つめの特典として、Img_2158c 「おぼろガーゼタオル」をいただきました(オリジナル商品のページに載っています)。何と、\400という値段がついていました。片面がタオル、片面はガーゼという優れもの。作家の林真理子さんがブログで「肌をいためず、こすると怖いぐらい垢がポロポロ」と書いていらっしゃいました。まだ使っていませんが、これは使う価値十分にありですね。
Img_2168c 設定されたコースはここまでで、本来、あとは江戸橋駅に戻るだけですが、伊勢別街道をも少し南へ進みます。これまでに2度ほど見たのですが、江戸橋の常夜灯を改めてみてこようという次第。ちなみにこの道は、上述のように、江戸橋駅から非常勤先に通う経路。
Img_2171c 江戸橋の常夜灯です。江戸橋駅の南東120mあまりのところ、現在工事Img_2173c 中の江戸橋の西詰の追分のところにあります。津市内に現存する最古のもので、津市指定史跡となっています。これで今日は、津市内最大の常夜灯と、最古の常夜灯を見たことになります(微笑)。高さは、約5.4m、最下壇の幅2.8mで、安永6(1777)年の銘が刻まれています。
Img_2176c 常夜灯の前には、道標もあります。道標には「左高田本山道」とありまImg_2177c す。高田本山専修寺へはここから北へ、伊勢別街道をたどっておよそ3㎞です。明治22(1889)年に「愛知縣名古屋市別院下請講中」によって再建されたと刻まれています。
Img_2187c 最終寄り道スポット(笑)は、江戸橋。志登茂川にかる、津市道江戸橋上Img_2182c 浜町線の橋です(国道23号線の方は、新江戸橋)。江戸時代には橋はかかっており、津藩主・藤堂氏が参勤交代の時には、この橋の傍まで見送りに来たことが橋の名の由来とされます。河川改修事業にともなって、平成27(2015)年度から架け替え工事が行われています。平成31(2019)年3月下旬までの予定だそうです。
Img_2198c  200m足らず歩いて、ゴールの近鉄名古屋線・江戸橋駅

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へ。1回目にも書きましたが、9時45分に歩き始めて、ゴールは13時30分。実測で、11.4㎞でした。冷たい北風の中、よく歩きました。この日(1/11)の歩数は、21,950歩でした。自宅から桑名駅往復が、2.2㎞ありますので、それもプラス。13時42分発の急行・名古屋行きに乗って帰宅。桑名駅着は、定刻14時23分でしたが、5分ほどの遅れ。電車賃は、片道¥690なり。今回も、しっかりと楽しめました。
 またもや長々とお付き合いくださり、御礼申し上げます。間違いその他、お気づきの点がありましたら、是非ともご教示ください。

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播磨中央公園と大山田第三公園へ

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 今朝は、昨日より冷たく、-3.1℃(7時22分)。出かけようと、外に借りているImg_3062c 駐車場に行ったら、愛車コペンはご覧の通りで、ビックリ。幸い、ドアは開き、エンジンも一発でかかりましたので、あとは暖機をしながら、霜取り。今日、明日は大学入試センター試験ですが、受験生の皆様には大変だろうと拝察します。
180113walkc 今日は天気が良ければ、いつもと違うところへ出かけようと思っていましたが、播磨中央公園と大山田第三公園としました。播磨中央公園は、市内・陽だまりの丘という住宅団地にあります。この辺は、車ではときどき通りますが、来たのは、今から13年くらい前に一度だけ。その頃はまだバードウォッチングには興味を持っていませんでした。大山田第三公園へは、6年ほど前に2回ほど鳥を見に来ています(2012.01.25:公園巡りのつもりが、大山田第三公園だけ……メジロ、カワラヒワ、シジュウカラ、2012.11.01:今日は、大山田第三公園へ遠征……ベスト・ショットは、モズ)。2つの公園は、直線距離で600m足らずのところにあります。
Img_3064c まずは、播磨中央公園へ。住宅地の調整池と、その背後の丘、8.45haが公Img_3067c 園となっています。いつも行く九華公園と同じく、(株)KMI桑名が、指定管理者となっています。九華公園でお世話になった管理人のOさんが、今はこちらで勤務していらっしゃるので、一度行こうと思っていたのです。
Img_3089c 駐車場にクルマを入れ、調整池を回って、北側のエリアに行って驚きましImg_2370c た。せせらぎが凍っていたのです。それも、半端な厚さの氷ではありません。1cmを優に超える氷が張っていました。
Img_3080c 調整池には、少ししか水鳥はいないと聞いていたのですが、その通りでした。カルガモが12羽と、カイツブリが2羽だけでした。カルガモは、フェンスの上でお休み。他のカモは来ることはあるようですが、居着かないそうです。
Img_3075c カイツブリは、こちらの2羽。左の写真のカイツブリは成鳥に見えますが、Img_3077c 右の個体は、若鳥のように思えます。2羽とも元気で、あのユニークな鳴き声があたりに響き渡っていました(リンク先で、鳴き声を聞けます)。
Img_3095c  調整池の側でムクドリを見て、ヒヨドリの鳴き声を聞いたのみで、なかなか鳥に出会いませんでした。菖蒲園を越えたあたりで、ようやくハクセキレイを確認しました。東側の森から、シロハラらしき声は聞こえてくるものの、その後もあまり鳥影はありません。
Img_2388c 播磨笹尾線の高架をくぐって、子供広場へ。ここでホオジロのメスに遭遇。側にもう1羽、ホオジロらしき鳥がいましたが、逆光でよく分からずじまい。子供広場は、公園の北の端ですから、Uターン。高架をくぐり、今度は、丘の森の中へ。
Img_3109c せせらぎの東に、このように階段があり、森の中へ入っていけるようになImg_3111c っていたのです。「寄り道好き」としては、これは行かない手はありません(笑)。どんどんと登っていきます。たぶん、公園の最も高いところに出るだろうと見込んでのことです。
Img_3119c 登り切って、それから陽だまりの丘二丁目あたりの住宅街の南の細い道を行くと、東屋のある広場に出ました。この広場の南に、公園に降りる通路がありました。
Img_3127c ここからは、陽だまりの丘、大山田団地の他、鈴鹿山脈がよく見えます。

Img_3125c

左の写真は、公園、調整池、大山田団地の方角。右は、公園、陽だまりの丘から、鈴鹿山脈。山には、雪がいくらか積もっています。
Img_2397c 鈴鹿の山もよく見えるのですが、それにしても陽だまりの丘、たくさんのImg_2399c 住宅があるのに、今さらながら驚きます。右は、御在所岳。余談が過ぎました(微笑)。
Img_2393c ジグザグになった坂道を少しずつ下っていきます。途中、シロハラの姿がImg_3123c 見られましたが、あいにくの証拠写真。他には、カワラヒワが数羽、やって来て樹上に止まっただけ。
Img_3138c 坂道の途中で、もう1羽。セグロセキレイ。セグロセキレイ、久しぶりに見Img_3152c ました。このあとは、調整池の西に行くまで、ムクドリ以外の姿はなし。調整池の脇で、モズの鳴き声がしたのですが、姿は見つけられず。代わりにジョウビタキのメスが1羽。
Img_3165c 調整池を半周して、駐車場に戻る途中、ツグミが1羽。これで、播磨中央公園で見た鳥のオールスター。もっといるだろうと思って来たのですが、案外少なかったです。滞在時間は、1時間半足らず。歩いたのは、2.8㎞ほどでしたが、かなりアップダウンがありましたので、けっこうな運動量だと思います。
Img_3187c 大山田第三公園です。といっても、これが大山田第三公園という景色を見つけられていません。左の写真、中央やや左に大山田のK’s電気が見えますから、かろうじてそうだと分かるかも知れません。ここもアップダウンがかなりあります。ここでは1㎞ほど歩いたのみ。3.5ha。
Img_2441c ここでは、まずはモズ。公園東の管理事務所近くの樹上というか、樹間。Img_2443c 枝で写真が撮りにくいところで何とかこの1枚。その後、反時計回りに巡回。公園の北側に、昔の溜池(手水溜池)が残っています。そこへ不用意に近づいたら、カルガモを脅かしてしまったようでした。カルガモ5羽が凄い勢いで、池の中央へ避難していきました。
Img_2466c 大山田市民センターの北あたりの森では、モズとアオジ。木が茂っていImg_3193c て、あまり明るくないエリアです。アオジは、3羽ほどいましたが、クリアな写真は撮れませんでした。
Img_2477c 長くて、急な階段を息を切らしながら登り、市民センターのすぐ北の通路Img_2484c に来たところで、エナガの群れが出て来ました。けっこう賑やかです。10羽弱の群れだったと思います。
Img_3207c エナガの群れに交じっていたようです。写真を撮ったときには気づきませImg_3208c んでした(例のごとくです……苦笑)。メジロ。そして、最後にヒヨドリ。どこにもいますが、これもエナガの近くに来ていました。大山田第三公園には、30分弱いました。
Img_2433c クルマをおいたコミュニティセンターの駐車場から撮った藤原岳。ちょっとゴチャゴチャしています。今日の2カ所の公園、思ったほどたくさんの鳥はいませんでしたが、ゆっくり見て回るとまた違うかも知れません。大山田第三公園の東には、同じくらいの広さの第四公園もあります。こちらも一度様子を見に行くと良いかと思っています。

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2018年1月12日 (金)

近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ(その2)……石積神社、窪田の常夜灯、高田本山専修寺

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 近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」への2回目です。昨日の1回目では、地図の右下にある、近鉄名古屋線・江戸橋駅をスタートし、左上の大沢池近くの魚歳食品で天ぷらを試食したところまででした。今日は、その魚歳食品のすぐ近くにある石積(いしづみ)神社の話から。
Img_1881c 魚歳食品の前に「大澤池東」という交差点があります。ここには、1月7日に三重K-ABCアセスメント研究会に行った国立病院機構三重病院の看板が出ています。日曜日もクルマでここを通って行ったのでした。それはさておき、交差点の対面に、この石積神社があります。
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Img_1883c 石積神社の鳥居と社名標。名前の通り、鳥居も石でできています。由緒書はありませんでした。ネットで調べても、由緒は不詳でした。リンク先の説明によれば、織田信長の戦乱により当社は兵火によって焼失、廃絶となっていたものを、その後現地(旧地)に祀るったとあります。信長の戦乱により灰儘に帰したとき、神霊は伊勢神宮にお遷りになったといいます。その後いつの世か不明ですが、山田地方に非常の暴風雨が頻発し、人々が災害に苦しんだとき、神宣を伺ったところ、「これ石積の神の崇りにつき、神霊を鈴鹿の山続きなる尾前の地、南に溜池あり、北に里ある所に遷し祀れよ」というご託宣があり、直ちにこの旧社地窪田に奉遷になったそうです。旧村社。
Img_1896c 左は、石積神社の拝殿。御祭神は、大山祇神です。大山祇神は、山をつかImg_1894c さどる神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子。大日霊貴命、経津主命、活津日子根命、天津日子根命、誉田別命が合祀されています。
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 最近、神社に行くと、狛犬のスタイルが気になるようになりました。石積Img_1885c 神社の狛犬も、「子取り、玉取り」となっています。向かって左が「子取り」、右が「玉取り」です。
Img_1889c 石積神社の鳥居にある「額束(がくづか)」も石造でした。ちなみに、ここと同じく、「石積神社」と書く神社が、この南1.5㎞ほどの所にあります(津市河辺町、津西高校の北)。こちらは、「いしだてじんじゃ」と読みます。
Img_1918c  時刻は11時を過ぎました。石積神社のある大里窪田町から、また国道23Img_1917c 号線中勢バイパスをくぐって、一身田へ。旧・伊勢別街道沿いに住宅もありますが、ほとんど田園地帯を歩いて、窪田の常夜灯を目指します。南の方には、津の市街地も見えています。
Img_1920c JR紀勢線・一身田駅北の曲がり角を曲がると、窪田の常夜灯が目に入ります。あらかじめ調べて、「市内最大」というのは、知っていたものの、実際に見た途端、思わず「デカっ!」という声が出てしまいました。歩いている方や、住宅と比べていただくとその大きさがお分かりいただけると思います。こんなに大きな常夜灯を見たのは初めて。高さ8.6mもあるそうです。
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 旧伊勢別街道沿いにあります。上述のように、高さ8.6mで、津市内最大の常夜灯。東海道関宿と参宮街道を結ぶ伊勢別街道は、江戸時代、京都滋賀方面から伊勢神宮へのルートとして、賑わったそうです。滋賀県の商人が資金を出して造り、当初は伊勢神宮まで運ぶつもりだったのが、大きすぎて運ぶのが困難になり、やむなくこの地に設置したものだといいます。
Img_1928c そばに行って見あげた写真。本当に大きいです。右は、説明板。それによれば、Img_1929c 文化14(1817)年につくられ、伊勢別街道の宿場町であった窪田の東端の近江屋、大和屋といった旅籠の近くに作られたものだそうです。左の写真でも分かりますが、燈籠の竿には「江州」の文字が刻まれ、「近江国」の商人が伊勢神宮へ寄進したことを示しています。また、台座には琵琶湖の東の地域を表したと思われる波模様がきざまれています。この常夜灯は、その後、地震によって3回も倒れたものの、地元関係者の協力で再建されたそうです。
Img_1955c 常夜灯から200mほどのところにJR紀勢線・一身田駅があります。なかなImg_1957c か趣のある駅舎です。この駅舎は、大正12(1923)年12月に竣功し、平成3(1991)年に改修されました。無人駅ですが、ハトに委託管理されいるようでした(微笑)。
Img_1960c 駅舎の前には、あの丸形ポストもあり、いい風景です。平成21(2009)年には、鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷのポスターに採用されたそうです。ここまで来れば、高田本山・専修寺はもうすぐ目の前です。
Img_1971c 200mほど歩くと、一身田寺内町の入り口になります。一身田寺内町は、Img_1969c 環濠に囲まれています。一身田寺内町は、高田派本山専修寺を中心にした一種の自治都市として成立した町です。
Img_1976c 環濠は、東西約500m、南北約450m。南側は毛無川を利用しています。Img_1978c 寺内町を区画することだけでなく、町を防御する機能もあったといいます。一身田の環濠は、寺内町の周囲を巡る環濠としては、日本で唯一ほぼ完全な形で残る貴重なものだそうです。専修寺に来るのは、3回目で、環濠はもっと幅広いイメージがあったのですが、案外狭いものでした。
Img_1980c この環濠からが寺内町。安楽橋という橋を渡ると、その寺内町。橋の傍Img_1972c らには、標柱があります。「右 本山○詣道」と読めます。○のところは、残念ながら、小生には読めませんでした(苦笑)。ちなみに、専修寺の土塀は、筋塀です。筋の数で格式が分かり、5本が最高です。専修寺は当然、5本筋。
Img_1985c いよいよ専修寺。こちらは、唐門。国指定重要文化財。如来堂の正面にImg_1988c 建つ門で、文化6(1809)年に木挽きが始まり、文政10(1820)年に地築き、天保15(1844)年に棟上げをしています。屋根は檜皮葺で、正面と背面の軒に大きな唐破風があることから唐門といわれます。ここから、専修寺に入りました。
Img_1994c こちらは、如来堂。「証拠の如来」と呼ばれる阿弥陀如来立像を本尊とImg_1996c し、教義上この堂が伽藍の本堂となるそうです。昨年11月、国宝に指定されています。お堂に上がって、お参りしてきました。右の写真は、お堂から西を見たもの。専修寺には、家内の父のお骨が納めてあります(2014/6/17:高田本山専修寺へ……納骨でした【6/18に加筆修正】)。
Img_2000c 高田本山には、蓮が35種類135鉢もの蓮があります。お堂の前に蓮鉢が並んでいます。納骨に来たときは、蓮の花が咲いている季節でした(前記のリンク先をご覧ください)。高田本山では、「蓮のオーナー制度」をしているようで、左の写真の蓮鉢にも、名前が書かれています。一鉢に付き3人がオーナーになれます。一口5,000円。お茶会への招待やら、株分けやらが特典にあります。
Img_2009c 続いて、御影堂へ。こちらも如来堂とともに国宝になりました。宗祖親鸞Img_2012c 聖人の木像を中央須弥壇上に安置し、歴代上人の画像を両脇壇および両余間に敬置するお堂です。 725畳敷きで、全国の現存木造建築の中でも5番目の巨大な堂だそうです(三重県内では最大)。
Img_2016c こちらにも上がって、お参りしてきましたが、実に立派で、大きいお堂でImg_2023c す。間口42.72m、奥行33.50m、一重(単層)の入母屋造です。万治2(1659)年から建立が始まり寛文6(1666)年に完成しています。
Img_2025c 鐘楼。1間4方で、入母屋造の屋根をのせています。一般的な鐘楼と同Img_2026c じ造りだそうです。棟瓦から正徳3(1713)年の刻銘が発見され、そのころ再建されたものと考えられています。銅鐘は、専修寺第15世住持堯朝上人の夫人高松院が、堯朝の7回忌を迎えるにあたって、慶安5(1652)年、辻越後守重種と一族の氏種に鋳造させたものです。辻氏は、津の釜屋町に住んでいた鋳物師で、この地方に優れた作品をたくさん残しているといいます。
Img_2015c 銅燈籠です。2基あります。津市指定の有形文化財です。銅鐘と同じく、Img_2013c 鋳物師の辻氏の作品です(辻越後守陳種)。延宝7(1679)年頃の作と考えられています。意匠に優れ重厚な銅燈籠として貴重という理由で、津市の文化財に指定されました(昭和32(1957)年)。
Img_2044c 続いて、山門。御影堂の正面にあり、専修寺の総門にあImg_2041c たります。すぐ前には、道をへだてて石畳が伸びていて、良い感じです。2階建、間口20、奥行9m、高さ15.5m。瓦の刻銘そのなどによれば、元禄6(1693)年ごろから建築にとりかかり、宝永元(1704)年頃に完成したものといいます。
Img_2027c 左の写真は、御影堂の南東側から、御影堂と如来堂とを眺めたものでImg_2046c す。なかなか壮観です。1月9日から16日まで、報恩講(お七夜)が催されています。報恩講は、宗祖・親鸞聖人の命日を縁として、その遺徳を偲ぶための法要です。親鸞聖人のご命日は、弘長2(1262)年11月28日、新暦では、翌年1月16日になります。七夜にわたって報恩講がつとまるため、「お七夜」と言われます。
Dscn5643c 御影堂にお参りした時点で、お昼直前になりました。家内の友人から、お七夜の際の「御非時券」 をもらっていましたので、せっかくの機会、味わってきました。「非時」とは、仏語で、元は、僧が食事をしてはならないと定められた時という意味です。正午から翌朝の日の出前までの間。僧侶は正式には1日1食で、午後の食事は禁止されていたといいます。
Img_2039c 御非時は、境内の2カ所にあるようでした。どちらに行くか迷っていたら、Img_2036c 年配男性の3人連れの方たちが、「向こうの方が美味しいらしいぞ」などと話しているのが聞こえて来て、つい、ついて行ってしまいました。それがこちら、御飯講。非時券がないと、\600でした
Img_2034c こちらその「お非時」。専修寺のサイトには、「高田山」と書いた朱塗りのHiji_2 お盆に乗った写真がありましたので、このお盆で運ばれてくると思っていましたが、それは単なる思い込みでした。写真でしか見てませんでしたし、お寺のもてなし料理ですから、冷めた、あまり美味しくない料理と思っていましたが、それは、全くの誤り。御飯も味噌汁も温かく、ヒリョウズやこんにゃくにも良い味がついていました。美味しくいただきました。
Img_2017c Img_2051c左の写真は、御影堂から西を見たところ。右の写真は、高田本山の前の道路に出店していた露店。いろいろな店が出ていましたおこしや饅頭など伝統的なお土産は、見るだけでパス(笑)。植木屋さんも何軒か出ていました。家内の父は、生前、お七夜にお参りすると、植木屋さんで必ず何かを買ってきていたそうです。植木屋さんの前に立ったら、そういうことを思い出しました。
Img_2047c  専修寺に関わる話、まだありますが、長くなりましたので、今日はここまで。続きはまた明日、です。3回で終えられるか、4回になるか、先行きは不透明です。

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ジョウビタキ、シメ、シロハラ、ツグミ……ミニ畳をいただいた余談も

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 何の写真?とお思いかも知れませんが、氷です。今朝の最低気温は、-Img_2354c 2.3℃(7時半)でした。左は、九華公園の堀、南東側。住宅やレストランの陰になり、この写真を撮った10時40分過ぎにも薄氷が残っていました。右は、11時半頃、三崎見附あたりの住吉入江。ここも凍ったようでした。
Img_3008c さて、昨日、たくさん歩きましたが、今日はいつも通りに散歩をしてきました。8時45分から11時半過ぎ、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、新築公園、老松公園と近場の公園巡り。それでも、6.2㎞。朝は冷えたものの、日が当たり、風も弱く、散歩友達の方たちもたくさん出て来ていらっしゃいました。
Img_2292c 九華公園の土俵の近くでは、ジョウビタキのオスが登場。しばらく近くにいてImg_3038c 写真を撮らせてくれたという感じでした。貝塚公園では、メスのジョウビタキが登場。こちらは少し離れたところで、あちこち移動はしたものの、遊んでもらったという風です(微笑)。
Img_2217c 九華公園では、奥平屋敷跡への入り口にある花菖蒲園のところで、シメ。この頃、このあたりによくいます。明るいところへ出て来てくれませんでしたので、こんな写真。このあと近づいたら、逃げられました。
Img_2261c 今日も九華公園の上空にミサゴが飛来。この直前に鳥見の大先輩Sさんに、「最近、ときどきミサゴが来ていますよ」とお話ししたばかり。グッドタイミングでしたが、東の、揖斐川の方へと飛び去ってしまい、ちょっと残念。近くでダイビングシーンを見たいもの。
Img_2222c 散歩に出て、住吉入江には、キンクロハジロのオスが1羽がいたものの、揖斐川にも、中州にも今日は鳥影なし。こんなに天気が良いのにと思うのですが、鳥にも都合があるようです。蟠龍櫓の所へ来て、やっとハクセキレイが1羽。このあたりの堤防では、先日から、ホオジロらしき鳥を何度か見ているのですが、警戒心が強く、すぐに逃げてしまい、確認できていません。
Img_2299c ユリカモメ。数えるたびに数が増えてきて、困りました(苦笑)。最終的にImg_3007c は、47羽。堀に浮いていたり、移動したりと忙しくしていました。左は、遊歩道の照明灯の上、右は、二の丸堀の西側。
Img_2283c カモは、合計55羽。ホシハジロのオス1羽(左の写真)、ハシビロガモのオス3羽、メス3羽の他は、キンクロハジロ。これが固定メンバーになったようです。ホシハジロのメスや、ヒドリガモが戻ってきて欲しいところですが、どうでしょう?
Img_2288c ゴイサギは、10時半頃、再度見に行ったとき、クスノキの奥の方にひっそImg_3014c りと止まっていました。危うく見逃すところでした。やはりゴイサギは、忍者です(笑)。上手に隠れる術を身につけているとしか思えません。鎮国守国神社の森では、カワラヒワや、メジロが銀杏の木の高いところに来ていたくらい。
Img_2333c 貝塚公園は、今シーズン、鳥があまりいません。今日も同様で、ヒヨドリも2~3羽くらい。モズの鳴き声も聞こえたものの、姿は見えず。シロハラも1羽のみ。寂しい限り。しかし、今日回った他の公園よりは広く、森も深いので、九華公園の次の選択肢は、ここになるのです。
Img_3045c 内堀公園でようやくツグミが1羽。他にはスズメたち。ジョウビタキの姿もImg_3047c 一瞬だけ見えましたが、すぐにいなくなってしまいました。ツグミは、あちこち移動しながら、餌を啄んでいました。
Dscn5648c 余談です。散歩友達の方から、「写真をもらうお礼だ」ということで、ご覧Dscn5645c のような「ミニ畳」をいただきました(正式には、何というのでしょう?)。この方、存じ上げなかったのですが、元畳職人さんだったのです。4つもいただいてしまいました。さすがプロの職人さんがつくるものは違いますね。早速、正月飾りを乗せてみました(右の写真)。なかなか良い感じです。

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2018年1月11日 (木)

近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ(その1)……勝久寺、大乃巳所神社、魚歳食品

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 予定通り、近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ行ってきました。しかし、今日の津市、正午の気温が4.2℃、午前中は7m/s以上の強風という天候(こちらに津市のアメダス)。田園地帯もコースのかなりの分を占めており、風で煽られそうになりながら、実測で11.4㎞を完歩してきました。今回も3回くらいに分けて記事を書きます(教科書や論文の原稿とは違って、考えてから書くのではなく、書きながら考えていますので、ご容赦ください)。
180111haikingedobashic 近鉄名古屋線・江戸橋駅がスタート&ゴール。近鉄のサイトには約8㎞、また、配布されたマップには9.2㎞とありましたが、実際に歩いたのは、上記の通り、11.4㎞。自宅から桑名駅までの往復(2.2㎞)を加えると、13.6㎞! 最長不倒距離でした(笑)。実際に歩いたコースは、左の画像の通りです。江戸橋駅、勝九寺、大乃巳所神社、魚歳食品、石積神社、窪田の常夜灯、高田本山専修寺、一身田寺内町の館、下津醤油、おぼろタオルが設定されたコース。その他、例によって、寄り道(笑)。余分に立ち寄ったのは、一御田神社、江戸橋常夜灯、江戸橋工事現場であります。
Img_1766c 桑名駅を9時2分に出る松阪行き急行で、江戸橋には9時41分着。\690。4月から7月まで非常勤の講義に行くときと同じ電車に乗車。9時45分スタート。今回は、あみま倶楽部のスタンプのみ。KIPSポイントの付与はありません。スタートしていきなり道を間違えましたが、すぐに元のコースに戻ることができ、事なきを得ました(他にも同様の方多数……苦笑)。上浜保育園前を通過し、JR紀勢線&伊勢鉄道の高架を潜り、県道10号線へ。
Img_1776c 県道10号線を最初の立ち寄りポイントである、勝久寺へ向かう途中、北西の方向を見たものです。赤い○の中に、今日のメインの目的地である、浄土真宗高田派の本山・専修寺が見えます。コース半ばまでは、この専修寺を遠くに見ながら歩かねばなりません。近く遠い目的地でした(笑)。
Img_1783c こちらが、最初の立ち寄りポイントである、天台真盛(しんせいしゅう)宗日照山勝久寺(しょうきゅうじ)でImg_1787c す。国の重要文化財に指定されている仏像が3体、所蔵されています。木造聖観音立像、木造阿弥陀如来坐像、木造地蔵菩薩立像です。右の写真にある変額には、「國寶」とありますが、重要文化財です。いずれも平安時代の作という説明がありました。阿弥陀如来座像が、このお寺のご本尊です。残念ながら、本堂は閉まっており、拝観はできませんでした。
Img_1793c 寺の東側にある、石造の門柱。向かって左には「國寶 阿弥陀如来 天Img_1795c 台宗日照山勝久寺」と、右には「國寶 聖 観音 地蔵菩薩」と刻まれていました。境内には、由緒書などは見当たらず、詳細は不明。すぐ近くに上津部田(こうづべた)城址公園があったのですが、事前のリサーチ不足で、立ち寄りはできず。
Img_1800c_2 勝久寺を出て、一身田上津部田あたりの水田地帯を歩きます。冷たい、Img_1802c 北西の強風が吹きまくりでした。ダウンジャケットで、身体は寒くは感じないのですが、顔はもろに風に当たり、涙がチョチョギレ、鼻水も出てくるくらい。近くを歩いていた男性が、「こんな日に来るんじゃなかった!」とおっしゃって、思わず頷きそうになりました(苦笑)。歩きながら田んぼを見ると、すでに「畦塗り」がしてありました。「畦塗り」は、春の季語。もう米作りの準備がしてあるのに、ちょっと感動。
Img_1806c 県道10号線に戻り、北北西へ。「高田本山→」という看板も出て来ますImg_1812c が、まだまだ大回りしていかねばなりません。相変わらずの冷たい風。道沿いのお宅に蝋梅が咲いていて、少し和みます(微笑)。
Img_1813c 行く手には、国道23号線の中勢バイパスが見えてきます。中勢バイパスは、家内の実家に行くときに利用する道路。三重K-ABCアセスメント研究会で国立病院機構三重病院に行くときも、このあたりを通ります。ここらまで来ると、いささかなじみがあるのです。左手に小さく見えている建物は、三重県立看護大学
Img_1824c 中勢バイパスをくぐると、次の目的地である大乃巳所神社(おおのこそじImg_1828c んじゃ )の案内板が見えてきました。下調べをしたとき、ここも一応は確認した物の、立ち寄りスポットとは思いませんでした。
Img_1832c 御祭神は、大物主神(オオモノヌシノカミ)、大日霎命(オオヒルメノミコト)、豊受毘賣命(トヨウケビメノミコト)他、11の神様(こちらの神社のサイトをご覧ください)。大物主神は大国主命(おおくにぬしのみこと)、大日霎命は天照大御神、豊受毘賣命は、豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)と同じで、伊勢の外宮のご祭神です。
Img_1839c
 創立の時期は不詳ですが、天慶5(942)年の大神主・大乃己所重久著のImg_1850c 縁起書(写)に大物主神御鎮座の記述があり、天慶以前の創立と考えられています。明治41(1908)年には須賀神社など11社を合祀し、昭和26(1951)年には、八幡神社など3社を分祀しています。大物主神の鬼退治の伝説があるそうです。戦国時代、織田信長の「回縁の変」にて社殿・社屋共に焼かれたようです。
Img_1843c 拝殿に向かって右側(東側)には、別のお社がありました。ここも、小生的Img_1845c には必見です。寄り道の本領を発揮です(笑)。よく見たら、「山の神」様が集まっていました。その数、10数以上。本殿の御祭神に大山津見神(おおやまつみのかみ)(大山祇神と同じ)がありましたが、その関係なのでしょうか。おそらく近くにあった山の神をここに集めたものと思います。
Img_1831c 一の鳥居のところの狛犬。向かって左が「子取り」、右が「玉取り」になっImg_1835c ていました。拝殿前も同様に、「子取り、玉取り」でした。「神社の見方(ポケットサライ、小学館)」によれば、「狛犬は「子取り」と「玉取り」で一対をなすのが通例。前肢で子どもの狛犬をあやしているのを子取り、玉(鞠)を押さえているのを玉取りという。これらが、それぞれ左右のどちらに配置されるのかは統一さ れていない」とありました(こちらでも言及)。
Img_1839c_2 この大乃巳所神社、拝殿に行くには、このような階段を上っていかねばなりませんでした。ときどきこういう神社があります。ウォーキング・ハイキングに参加し始めた頃には、こういう階段を見ると、ため息をついていましたが、最近は割と平気になりました。ちなみに、ここには、神宮遙拝所などは見当たりませんでした。この大乃巳所神社迄で、マップ上は、3.9㎞。まだ先の方が長いのです。
Img_1859c 大乃巳所神社を出ても、まだまだ水田地帯が続きます。途中碑陰になった田んぼには、氷が張っているのに気づきました。氷が張っているのを見るのは、今シーズン初めてです。
Img_1860c 次の目的地である魚歳食品へ行く途中、道沿いにこのような石柱がありImg_1863c ました。「嘉満池修築碑」と読めます。その傍らには、階段。これは、もう登って見てくるしかありません(苦笑)。登って見た景色が右の写真。ため池のようです。ネットで検索してみたものの、どういうところかについての情報は出て来ませんでした。
Img_1869c 大乃巳所神社から300mほどで、次の目的地である魚歳食品に到着。こImg_1871c こ、実はこれまでに何遍も前を通っています。まさに実家や、三重病院に行くときのルート沿いにあるのです。魚肉を材料に、はんぺい、天ぷらなどをつくっている会社です。敷地内には、右の写真のように、「はんぺい茶屋」があります。今日のハイキングでは、ここで揚げたて天ぷらの試食があるのです。
Img_1875c 先に写真を撮ろうと思っていたのですが、ここについたのが11時前で、ちょうど小腹も空いてきていましたし、あまりにもおいしそうでしたので、ついつい一口囓ってしまいました(爆)。それ故、こんな写真(苦笑)。まだ暖かくて、美味しかったです。「何も買ってこないように」という指示がありましたので、泣く泣く次の目的地へと向かうことにしました。ここまでで、マップ上スタートから4.2㎞。まだ先の方が長いのですが、今日はここまで。明日は、このすぐ近くの石積神社から再開します。

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2018年1月10日 (水)

ミサゴ、再び飛来……京町毘沙門堂の謎

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 久しぶりに10℃を超えました。午前中も風は弱く、陽だまりは暖か。散歩して来たら、うっすらと汗ばみました。例によって例のごとくで、住吉神社、九華公園、貝塚公園、京町、寺町と5.6㎞。冒頭の写真は、九華公園、奥平屋敷跡から二の丸跡へ架かる橋から北を撮ったもの。ユリカモメや、カモが浮いています。右手に少し見えているのが、神戸(かんべ)櫓跡。この櫓は、文禄の頃(1592~1596)、一柳直盛が城主となる城郭が築かれ、その際、伊勢神戸城(現在の鈴鹿市)の天守を移したといわれ、そのため「神戸櫓」と呼ばれたものです。
Img_1687c 今日はまずは、ミサゴ。ゴイサギや、アオサギを確認に鎮国守国神社社務所裏の方へ行ったところ、吉之丸コミュニティパーク上空を旋回していたのです。真っ青な空によく映えます。徐々に南の九華公園の堀の方へ移動していきましたので、追いかけたのですが、残念ながらどこかへ飛び去ったあと。
Img_1603c 8時45分頃歩き始めたのですが、住吉キンクロウズも不在、揖斐川も、カンムリカイツブリが3羽ほどいただけで、なかなか鳥に巡り会いません。こんな良い天気なのにと思います。船津屋の裏手からは、住吉神社の向こう、多度山の奥に霊仙山。今日も雪が積もっています。
Img_1599c
 七里の渡し跡にも何もいませんし、三の丸公園もムクドリ1羽。「今日はダメか」と思い始めたら、蟠龍櫓の東でハクセキレイ。いやぁ、救いの神という感じ(微笑)。ツグミも堤防にいたのですが、ちょっと距離がありすぎ。
Img_1616c 九華公園についたときには、アオサギもゴイサギも見当たりません。九華橋北の堀に,カメが甲羅干しをする石があります。オオバンがよくここに上がって身繕いをしています。最近、メスのキンクロハジロがここに上がって、身繕いをしています。キンクロハジロ、2~3年前は,住吉入江などで階段に登っているところをときどき見ましたが、最近は珍し光景。
Img_1638c ユリカモメ、今日は81羽もいました。左は、カメの甲羅干しスロープの上Img_1624c にある小屋の屋根。右から2羽目のユリカモメが後からやって来ました。はじめは揉めているように見えたのですが、そうでもなさそうで、挨拶を交わしているかのような気もします。
Img_1646c シメは、奥平屋敷跡への入り口で。「シーッ、シーッ」というような鳴き声が聞こえてきますので、いるのが分かります。全長18cm。スズメよりかなり大きな鳥です。昨シーズン、九華公園には2~3羽がいたのですが、今年はどうも1羽だけの様子。地面にいるところもあまり見ません。
Img_1650c カモは、53羽。ホシハジロのオス1羽、ハシビロガモのオス2羽、メス1羽とキンクロハジロ。ハシビロガモのオスで、男らしく変身が進んでいた個体は不在。パッと見、メスかと思うようなオスが2羽。メンバーは入れ替わっているようです。
Img_2955c 昨日、カワラヒワのことを書いたばかりですが、早速今日、その様子が見られました。鎮国守国神社境内で、10羽ほどが地面に降りて、餌探しをしていたのです。人が通ると、近くの樹上に一時避難。しばらくするとまた降りてきて、餌探しを繰り返します。
Img_1679c このあと、10時半過ぎに再度、ゴイサギ、アオサギを見に行ったら、ホシゴイが1羽出て来ていました。風があったので羽がめくれています。いつもいるクスノキなのですが、ここは宮司さん宅のすぐ南。ベランダに止まっていたり、糞がされていたりと迷惑を被っていらっしゃるのはよく分かります。
Img_1714c 貝塚公園も、今年は本当に鳥が少なく、張り合いがありません(苦笑)。いつもなら、ツグミがわんさかいるのに、今年はまだ見ていません。「保険」のため、キジバトを撮影(笑)。着いたときには、ヒヨドリの声もしなかったのです。
Img_1729c 幸いなことにその後、シロハラを2羽、確認できました。それもどういうわけか、2羽同時にいるところでした。さすがに同時にいたときは、トラブっていました。臆病で、縄張り意識は強そうな気がします。
Img_2976c オスのモズも1羽。南側と、北西側との2カ所で見ましたが、いずれもオスで、同じ個体と思います。このほかは、カワラヒワ数羽のみ。昨シーズンは、年末から1ヶ月ほど、珍客がいたので、今年もと思ったのですが、残念ながら今のところ、来ている様子はありません(他に来ているというブログ記事は見るのに……)。
Img_2989c 帰り道、京町を通ったら、京町毘沙門堂に提灯などの飾り付けがしてありました。護摩供養が行われる頃だったと思います。この京町毘沙門堂、表には由緒なども示されておらず、ずっと気になっているところです。ここは、旧・東海道に面していて、江戸時代にはこのあたりに「京町御門」があったと思われます。ネットで検索すると、菰野町の「歴史こばなし」第360回に「(松平)定綱公は、桑名城の守りに、桑名城の京町御門前にあった毘沙門堂を、田口村の福王山に移して、その境内を藩のお建林に指定しました」というエピソードが出て来ました。しかし、福王山の毘沙門堂は、「元桑名京町の北側、職人町にあったものを慶長年間、桑名が町割りのとき、ここへ移したものと云われている」という話もあります(菰野町観光協会のサイト)(菰野町のサイトにも同趣旨の記述がありました)。「みえ歴史街道ウォーキングマップ 東海道」の説明によれば、「慶長年間の町割の頃に福王山に移されたが、再び現在の地に戻された」とあります。まさか「多数決」で決めるわけには行きませんが、慶長の町割の頃に移されたものが戻ってきたということでしょうか。福王山、福王神社にも行って確かめる必要あり??
 明日は予定通り、近鉄ハイキング(高田本山専修寺「お七夜」と寺内町散策)に行ってこようと思っています。コースには、高田本山Hiji 専修寺が含まれていますが、ちょうど「お七夜」の期間中。御影堂と如来堂も国宝に指定されました。こういう機会でないと、なかなか行けないと思います。家内の知人から、報恩講の「御非時券」もいただいています(御非時は、右の写真)。時間があれば、いただいてこようかと思っています。

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2018年1月 9日 (火)

蝋梅に、シロハラ2羽、シメなど

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 久しぶりの散歩だ!と、勢い込んで外に出たら、「狐の嫁入り」状態でした(苦笑)。晴れているのに、小雨が降っているのです。まぁいいやと歩き始めたら、10分もしないうちに上がっていきました。9時前から12時過ぎにかけて、いつものコースである住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、寺町と6.4㎞を歩いてきました。
Img_2917c まずは、蝋梅。もうどこかで咲いているだろうと探しました。これは、鎮国守国神社の境内で見つけたもの。かなり咲いていました。ただし、宮司さんのご自宅敷地内でしたので、香りを楽しむことはできませんでした。わが家のご近所のお宅にもあるのですが、こちらはまだ咲き始めでした。
Img_2881c 住吉入江には、キンクロハジロ2羽、ホシハジロのオス1羽、オオバン2羽の姿がありました。その先、桑名七里の渡し公園の脇で、何か出て来たと思ったら、シロハラ。このあたりでは、ごくたまに見かけます。住吉入江沿いでは、三崎見附に近いところにもやって来ます。
Img_1475c 冒頭の写真でも分かりますが、雨が上がった頃は風はまだなく、揖斐川の水面は鏡のようでした。ただ、鳥は少なく、カンムリカイツブリ(左の写真)が4羽ほど、あちこちに転々と浮かんでいたのと、キンクロハジロ5羽だけでした。
Img_2894c 吉之丸コミュニティパークに入るところで、シメの鳴き声が聞こえて来ました。探すと、三の丸公園との境にある木にいました。九華公園にいるシメがここまで来ているのでしょうか。そんな気がしました。このあとすぐに飛び去って行ってしまいました。
Img_1485c 九華公園に到着。北門でハクセキレイがお迎え。しかし、ミミズのようなものImg_2900c を咥えたままお迎えで、ちょっと行儀が悪い(笑)。そして、アオサギさんが例の場所にいました。このアオサギさん、嘴がピンク色になって来ているような気もします。光線の加減かも知れませんが、ピンク色になってくれば、それは繁殖期のサイン。ブロ友のひらいさんが、弥富市内のコロニーを見てこられましたが、まだ集まってはいないということでした(2018.01.07 「安心の場所」確認)。
Img_1493c ゴイサギは、この1羽のみ。年末にも、寒いときこんな格好をしているところを見ました。そのときはこれほどクリアに写真が撮れなかったのですが、胸元に顔を突っ込んでいるように見えます。カンガルーのようなポケットはないと思いますので、どうやっているのでしょう。気になります。
Img_1501cc ユリカモメですが、数をきちんと数えてくるのを忘れていました(苦笑)。管Img_1502c 理事務所近くの電柱に8羽いたのは確認したのですが……。20~30羽はいたと記憶しています。左は、九華橋の欄干、右は、カメの甲羅干しスロープを上がったところにある小屋の上。
Img_1508c カモは、47羽と少なめ。ホシハジロのオス1羽と、ハシビロガモのオス2羽と、メスが今日は4羽。他はキンクロハジロ。ホシハジロのメスや、ヒドリガモはこのところ、すっかりお見限りです(苦笑)。何か気に入らないのか、それとも他にもっと過ごしやすいところがあるのでしょう。
Img_2913c カモも少なめでしたが、他の鳥も少なめ。カワラヒワ、ヒヨドリ、ドバトの他Img_1546c は、ツグミ。野球場のグラウンドと、本丸跡で見ましたが、場所が近いので、同じ個体かも知れません。左の写真はグラウンドにて、右は、本丸跡にて。
Img_2918c 鎮国守国神社の境内にいたカワラヒワ。5羽の群れ。カワラヒワといえば、例年、今頃からの季節、地面に降りて餌を探しているところを見ますが、今日はまだそういうシーンはなし。
Img_1531c 公園内を半周した後、もう一度、アオサギ&ゴイサギを見に行ったのでImg_1540c すが、アオサギはどこかに行ったらしく、不在。ゴイサギは、同じ場所にはいたものの、反対側に向きを変えていて、後ろ姿。近くの桜の木には、シジュウカラ1羽。
Img_1553c このあと、貝塚公園に行ったものの、ヒヨドリも少なく、歩き回ってようやく、シロハラを1羽見つけられただけ。ここの掃除を担当しているシルバー人材センターの方で、野鳥好きの方がいらっしゃるのですが、今日も「何もおらんな」でした(笑)。カワラヒワはけっこう見かけ、メジロもたまに見るのですが、今年はここにツグミが来ていません。
Img_1582c ということで、1月5日以来の散歩&バードウォッチングでした。さすがに歩かない日が3日あるといけません(苦笑)。仕事はしなくてはなりませんし、天候には勝てませんが……。今週は、木曜(1/11)にまた、近鉄ハイキングに参加しようと思っていますので、明日も、しっかり歩いて鍛えておかなくては(笑)。写真は、住吉キンクロウズのオス。覗き込むと寄って来ます。たぶん「餌くれ!」だと思います。

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2018年1月 8日 (月)

イオンモール桑名へ……桑名宗社イオンモール分社に参拝し、野帳を購入

4901480781150  終日、雨でしたし、この2日間、朝早くから活動するのが続きましたので、蟄Levelkei 居しておりました。2日とも、心理アセスメントの研究会でしたが、その内容を整理、復習しようと思い、少しずつ作業をしていたという次第。しかし、雨とはいえ、終日在宅というのもどうかと思い、午後3時過ぎになって出かけてきました。イオンモール桑名であります。ここで散歩して来たというわけではありません。鳥見の記録を書いているノート(最近は、コクヨの測量野帳を愛用)を購入してきました。現在使っているのは、「測量野帳レベル白上質40枚」というタイプ。1冊、税込みで\216。コクヨのサイトを見てみたら、実にさまざまな使い方がされていました(100人、100の野帳)。小生、まだまだ工夫の余地、大いにありです。

Dscn5640c_2 さて、今日は、そのイオンモール桑名で、是非とも見てきたいところがありました。それは、こちら。「桑名宗社(春日神社)」の「イオンモール分社」です。本日までの限定イベント。1番街2F 西入口パブリックスペースに、写真のように設置されていました。元旦から3日までは、お守りも売られていたようです。今日は、神社関係の方はいらっしゃいませんでしたが、おみくじを引いている親子連れの方がありました。
 明日は、朝方で雨は上がるという予報です。研修してきた内容を整理するなど、しなければならないことはあるのですが、この連休期間中、きちんと散歩をしていませんでしたので、取り敢えずは歩いて、鳥を見てこなくては何事も始まらないと思っています(笑)。

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2018年1月 7日 (日)

「WISC-Ⅳの理論と活用(大六一志先生)」講演会へ……何を、どのように報告するか

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 朝7時40分過ぎの鈴鹿山脈、御在所岳。わが家からは、桑名駅の方角に見えます。引っ越してきた頃は、駅前のホテルや、マンションがありませんでしたので、もっとよく見えていました。この写真を撮ってすぐ、出発。昨日、今日と、朝8時前から活動開始(笑)。いつにない、早い時間からです。
Dscn5632c 今日の行き先は、三重K-ABCアセスメント研究会。大六一志先生の「WISC-Ⅳの理論と活用(その6)」という講演会が9時半から16時まで開催されました。大六先生の講演会も6回目となり、正月恒例の講演会になっています。今回のサブテーマは、「何を、どのように報告するか」です。アセスメント結果の何について、どのように報告するかは、最近注目されてきているところです。それも、保護者の方や、学校の先生など、子どもたちに関わる人に対してだけでなく、子どもたち本人にどのように伝えるかが重視されてきています。
 非常におおざっぱにまとめてしまえば、子どもたち自身が自分の特性を分かること(自覚すること)によって、子どもたちも自分自身で、どのようにしたら良いか「工夫」することにつながると考えるのです。検査結果の伝達というよりも、検査結果を通して、特性や、自分が困っていること、苦戦していることに関わっている認知的な要因や、自分に特有なミスパターンへの注目を促していくのです。もちろん、それに対するさまざまな対処方法や、その効果の見通しを伝えることも重要です。それによって、子どもたち自身の努力、工夫につながっていきます。
 小生自身も、最近の相談では、子どもたちにも説明をしていますが、今日の大六先生のお話の内容も十分に踏まえ、よりよい方法をさらに考えていかねばなりません。

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辰水神社のジャンボ干支を見る(1/4)

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 わが家の「正月恒例行事」になっています。正月に家内の実家へ行くとき、Dscn5609c 辰水神社(津市美里町家所1941)のジャンボ干支を見に行くことです。今年は戌年ということで、柴犬をモデルにした人形です。12月30日の中日新聞の記事によれば、高さ3m、体長3.6mということです。鉄骨の骨組みに発泡スチロールを削って形を作り、彩色してあるそうです。2月末頃まで設置してあるとのこと。この「ジャンボ干支」は、昭和61(1986)年から「ふるさと愛好会」により制作され、奉納されています。
Img_2561c 「開運潜門」とありますが、このジャンボ干支をくぐって、階段を上り、山上にある神社にお参りするということです。この柴犬、けっこう筋肉質に仕上がっています。前(東向きです)を見据えていて、なかなかりりしい印象。
Img_2586c 「見る」という点では、神社の参道からではなく、東の方に回って見た方がImg_2573c 良い感じでした(神社に入るところに小さな川があり、1本東の橋に回って撮った写真が、これら2枚)。午後3時前に見に行きましたので、午前中ですとまた違った印象になるかも知れません。
 ちなみに、去年見てきた記事は、こちら(2017/1/3:津市・辰水神社のジャンボ干支……巨大な鶏のオブジェ)。
 以下は、余談というか、自分の興味で恐縮。辰水神社は、近代社格では村社です。由緒そのものはあまり知られていないということです。御祭神は、大日霊貴命、菅原道真公など31神とかなり多くなっています。これは、様々な神社を合祀した結果だと考えられています。御祭神のうち、鳥之石楠舩命を祀った船山神社という神社が『延喜式神名帳』にある「船山神社(伊勢国・安濃郡)」に比定されているようです。こちらに詳しい御祭神などがあります。

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2018年1月 6日 (土)

岐阜大学で東海地区K-ABC研究会

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 本日は、東海地区K-ABC研究会で岐阜大学に行ってきました。午前中に幹事会、午後から講演会。講演は、東京都教育庁の緒方直彦先生による「発達障害教育の推進のための東京都教育委員会の取組」。東京都の特別支援教育の制度などの他、アセスメントや支援のために開発されたツールについても紹介がありました。
 岐阜大学まで電車、バスで行くと、わが家からは片道2時間。ちょっとした小旅行(微笑)。往きの関西線では、車窓を眺め、鳥を探しながら。岐阜バスは、ICカードが専用のものしか使えず、ちょっと戸惑ったりしました。写真は、JR岐阜駅前にある織田信長公の金ぴか像。市制120周年の平成21年に市民の寄附により建立されたそうです。高さ3m、金箔を3層張りした銅像で、高さ8mの台座の上にあります。今日は、これを見に行ったのではありませんが、JR岐阜駅に行くとこれが見たくなります(微笑)。
 明日は、津市で三重K-ABCアセスメント研究会。新年から忙しいこと(笑)。しっかり勉強する1年にしたいものです。

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青山高原へのドライブ(1/4)

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 1月4日、家内の母を実家へ送っていったとき、息子が青山高原に連れて行Img_2661c ってくれました(というか、連れて行かれました……苦笑)。室生赤目青山国定公園の中心で、若狭湾から琵琶湖を経て、伊勢湾へ抜ける〝風の通り道″ですので、風力発電が盛んに行われています。ここにある笠取山は、標高842m。航空自衛隊の基地もあります(笠取山分屯基地)。標高600mを超えたあたりからは、雪が残っていました。
Img_2662c 大型風力発電機は、総数を把握していませんが、数10基、設置されています。青山ウィンドファームは、750kWの風車20基の運転していますが、さらに2,000kWの風車40基の建設を進めているそうです。息子は、大型風力発電の勉強をし、それに関わる仕事につきましたので、あれこれ説明を聞いてきました。
Img_2687c たとえば、風車の一つ一つには、風向・風力計が付いていて、絶えず測定Img_2688c_2 をして、一定基準を超えると、止める仕組みになっているという話でした。なるほど、よく見てみると、「ナセル」という発電機が入っている箱の上に風向・風力計が付いていました。大型風力発電機の構造は、たとえばこちらにあります。さらにタワーの中には、送電ケーブルの他に、メンテナンス用の昇降設備がは行っているのだそうです。
Img_2731c 青山高原には、いくつか公園があり、この「ふるさと公園」の中には、三Img_2732c 角点があります。前に来たときには見ませんでしたので、時雨れて、凄く寒かったのですが、見に行ってきました(苦笑)。ウィンディヒルという喫茶店があるところからさらに90mほど登っていきます。
Img_2737c こちらがその三角点。ここは、二等三角点となっていました。右は、そのImg_2736c 三角点のアップ写真。標高は756.0mとあります。眺めは抜群、のハズですが、あいにくの天候でしかも、日没の頃。
Img_2740c 津市内はもちろん、愛知県の知多、渥美の両半島や、気象条件が良け
Img_2719c
れば、富士山まで見えるということです。載せられるような写真は撮れなかったのですが(超望遠コンデジを持参)、右は、ジャパンマリンユナイテッドの津事業所を見たもの(その昔は、日本鋼管という会社でしたから、我々は今でも、そう呼んでしまいます)。
Img_2702c 日が暮れる頃の景色。テキトーに撮ったものから選びました(似たようなImg_2682c 景色ですが……)。しかし、それにしても寒かったといいますか、身体の芯まで冷えるような冷たさでした。もう少し暖かくて、天気が良くて眺めが聞くときに出直さないと行けません。

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2018年1月 5日 (金)

今日もセグロカモメ、カイツブリやイソヒヨドリも登場……ゴイサギ&ホシゴイは久しぶりにフルメンバー

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 セグロカモメ、今日も九華公園に来ていました。今日は、二の丸堀の東で食Img_2852c 事中。ずいぶん前にも見たことがありますが、他の鳥のように丸呑みではなく、堀に浮いた魚(たぶんもう死んでいます)を啄み、啄みしていきます。寒い中出かけた甲斐がありました(微笑)。
Img_2837c 甲斐があったと言えば、カイツブリも来ていました。北門を入ったところの堀。アオサギや、ゴイサギがいるあたり。1羽だけ。以前も、カモが来ている季節によくやって来て、カモに混じって泳いでいたと思います。
Img_1294c そして、もう1つ。ゴイサギとホシゴイ。昨日は、ホシゴイが1羽でしたが、今日は、結果的に(?)フルメンバーでした。九華公園に着いたときには、クスノキの葉っぱの向こうにゴイサギが隠れていただけでした。見逃しそうです。
Img_1361c 公園内を回って、改めてゴイサギをチェックに行ったところ、2羽に増えていImg_1364c ました(というか、2羽が出て来ていました)。「何だ、やっぱりいたのか。昨日、宮司さんの奥さんに聞いたように、いるんだ」と思ったのです。左の写真のそれぞれも写真に撮って帰宅。パソコンで確認したら、ビックリ。左の写真で向かって右にいるゴイサギの奥にもう1羽がいたのです。年が改まっても、「見れども見えず」は相変わらずでした(苦笑)。結局、ゴイサギは3羽ということです。
Img_1368c そのとき、クスノキの奥から、ホシゴイが登場してきました。こちらは、隣にあるセンダンの木(アオサギがいるところ)。これで、ゴイサギ&ホシゴイのフルメンバーということになった次第。
Img_1291c さて、今日の散歩は、8時45分から12時過ぎまで。12時まで、大規模修繕でエレベーター扉の塗装が行われており、エレベーターが使えなかったのです。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、桑名七里の渡し公園と、ゆっくり、時間をかけて回って来たのです(苦笑)。写真は、揖斐川の堤防から見た木曽御嶽山。
Img_1289c 住吉キンクロウズはいたものの(ただし、キンクロのオス、メスが1羽ずつ)、揖斐川には今日は鳥はいませんでした。七里の渡し跡に来てようやく、ツグミが1羽。ここにいるのは珍しいことです。
Img_1313c カモの数は昨日より増えて、63羽。ただし、メンバーは、変わらず、ハシビImg_1310c ロガモのオス2羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロ。キンクロハジロの数だけが増減している感じです。ずっと見ていると、その間にキンクロが飛んできたり、どこかへ飛び去ったりしています。たまにはパターンを変えようということで、ハシビロガモはオス2羽の後ろ姿にしてみました(右の写真)。
Img_1322c ユリカモメは、合計81羽。餌を与える人があるようで、公園西側の堀へ行ったりしています。吉之丸堀に浮かぶ東屋に続く橋に立つと、凄い勢いで飛んできました。「餌をもらえる」と思うのか、「餌をくれ!」という要求なのか(苦笑)?
Img_2785c シメ。奥平屋敷跡の入り口にいたのですが、接近して写真を撮っていたら、嫌がられ、本丸跡に逃げていきました。本丸跡で探したら、餌を拾っているところを見つけました。何かの種子か実を咥えています。太い嘴は力強く、これで堅い木の実、草の実を割って食べるのです。全長18.5㎝。ちょっと太めで、「小鳥」という感じしません。
Img_1372c ゴイサギ、ホシゴイを見ている時、モズが2羽、けたたましい鳴き声を上げ、もつれるように飛んできました。縄張り争いなのだろうと思います。どちらがどうだったのか、子細は不明です。このモズ、写真を撮ったときには少し落ち着いたようでしたが、それまでは興奮気味でした。もう1羽は、吉之丸コミュニティパークの方へ飛び去っていきました。
Img_2874c 11時前に貝塚公園へ。カワラヒワや、ヒヨドリの鳴き声が少し聞こえてきImg_1431c ました。東側では、オスのモズ。公園の南側では、エナガの群れ(シジュウカラも混じっていました)。餌になる虫を咥えている様子も見られました。シロハラらしき鳥もチラッと見えたのですが、確認できずじまい。
Img_1438c 内堀を歩いていたら、とあるお宅にメジロ2羽と、シジュウカラ1羽。一緒に行動していました。花の蜜を吸っては、移動し、また蜜を吸うを繰り返します。しばらく追いかけたものの、結局は置いて行かれました。
Img_2877c 七里の渡し公園まで戻ってきました。公園の南、住吉入江沿いでイソヒヨドリのメス。ちょっとピントが甘いのですが、ご容赦。散歩コースでは最近まったく見ていませんでした。
Img_1467c 12時までまだ10数分あります。諸戸氏庭園の前で、ハクセキレイが来ましたので、遊んでもらいました(微笑)。こういうこともあろうかと思って、今日はパンくずを持参していたのです。住吉入江にいたキンクロハジロにもお裾分けをしてやりました。
Img_1423c 明日、明後日は、心理アセスメントの研究会。両日とも、1日出かける予定ですので、残念ながら、散歩の時間はありません。珍しく、新年早々、小生にしては忙しいこと。大丈夫でしょうか(苦笑)?

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2018年1月 4日 (木)

セグロカモメ、ミサゴにカワウの漁シーンなど……「お年玉」をもらった散歩(微笑)

Img_2514c 九華公園の吉之丸堀に珍客が来ていました。セグロカモメです。年に1~2Img_1139c 回、見ます。全長約60㎝と、大型のカモメです。遠くから見ていて、ユリカモメにしては大きなカモメだと思ったら、セグロカモメだったという次第。お年玉のようなものです(微笑)。あとでも触れますが、今日は堀に揖斐川から水を入れていたので、カワウが盛んに魚を捕っていましたが、右の写真のように、目の前を魚を加えて通っていっても、悠然としていました。

Img_1063c もう1種類の珍客も! ミサゴが九華公園の二の丸堀の上空を旋回。何回か回った後、堀にダイビングするところも見せてくれました。しかし、残念ながら、小生がそのときにいた二の丸跡からは、二の丸橋が邪魔になって、詳細は見えませんでしたし、ダイビングシーンの写真も撮れませんでした。「逃した魚は大きい」といいますが、「逃した猛禽類も大きい」という感じ。実にもったいないことをしました。
Img_1097c さて、カワウたち、揖斐川からの水が入ってくるあたりに集まって盛んに漁をImg_1125c していました。川の水とともに魚も入ってくると思われますし、「水を入れると、堀の魚も動く」という方もあります。久しぶりに、目の前でカワウが魚を捕らえ、丸呑みするシーンをしっかりと見られました。
Img_1148c こちらは、別のカワウの漁のシーン。魚の種類は詳しくありませんので、分かりませんが、このカワウさんも、このあと、見事に丸呑みを果たしていました。ちなみに、これらどちらのカワウも首から頭にかけて白くなっていますが、これは、繁殖期にあるサイン。
Img_0926c 今日の散歩では、鳥に恵まれました(微笑)。歩き始めてすぐ、諸戸氏庭園Img_2456c 前の桜並木に、まずは、オスのジョウビタキが登場。なかなかかわいらしい仕草も見せてくれ、楽しませてくれました。
Img_0932c ジョウビタキがいなくなったら、同じあたりの桜の木に、今度はビンズイが6羽ほど。「ビンビンツィーツィー」と、かなり賑やかです。ビンズイは、セキレイの仲間で、木の枝も歩くように移動します。諸戸氏庭園前あたりでは、たまに見かけます。今年は、九華公園ではまだ1回しか見ていません。
Img_0953c 諸戸氏庭園のお隣、桑名七里の渡し公園では、メジロ数羽と、シジュウImg_0960c カラの混群。いつもならほとんど通過するところですが、今日は、時間がかかります(笑)。鳥見の先輩方は、「山に雪が降ると、こちらに降りてくる」とおっしゃいます。多度山も、藤原の方も雪が何度か積もりましたので、里に来たということでしょう。
Img_0979c メジロも、シジュウカラもよく動きますし、写真が撮りやすいところにはなかなか出て来てくれません。このシジュウカラの撮影にも苦労しました。ジョウビタキ、メジロ、シジュウカラと立て続けに見られ、「これは、幸先が良いぞ」と、上機嫌で散歩を続けられました。
Img_0995c_2 その散歩、8時半から11時。いつものように、住吉神社から九華公園、貝Img_0999c 塚公園と回り、八間通郵便局に立ち寄って、5.9㎞。正月で散歩を休んでおられた方も、再び出てこられ、知り合いにもたくさん出会いました。
Img_1015c 九華公園では、これまた久しぶりに、ホシゴイが木々の間に隠れていまImg_2529c した。左の写真は、社務所裏を西から堀越しに撮ったもの、右は、鎮国稲荷社の参道の途中からのもの。「久しぶりに」と書きましたが宮司さんの奥様に伺うと、社務所の隣にあるお宅の2階ベランダの手すりによく止まっているということでした。見えないところにずっといるのかも知れません。
Img_1055c 二の丸跡で、バールフレンドのお二人や、伊賀町のご隠居と話をしていたら、近くにオスのモズがやって来ました。地上に降りて、餌を探したりするところも見られました。
Img_1236c ユリカモメは、今日は81羽と、けっこうたくさん集まってきていました。このImg_1195c ユリカモメ、珍しい行動を見せてくれました。辰巳櫓下の吉之丸堀に集まってきた中で、右の写真にあるように、水面に逆立ちをして餌をとるようなシーンが繰り返されたのです。
Img_1231c カモは、44羽でした。ハシビロガモのオス2羽、メス2羽、ホシハジロのオImg_1250c ス1羽(左の写真)と、他はキンクロハジロ。オオバンは、3羽(右の写真)。この頃、オオバンはいつ行ってもいるようになっています。
Img_2540c 貝塚公園では、しばらく見なかった、シロハラが1羽。数が減っているのかも知れません。その他には、メジロが10羽ほどいて賑やかでシタし、ヒヨドリ、カワラヒワも見られました。
Img_2477c ところで、今日は、けっこうユーモラスな場面も見られました。まず、左は、九華橋の北の堀にある石の上。夏はここでミドリガメが甲羅干しをします。オオバンが来ると、この上に上がって身繕いをしているのを見かけます。今日は、ちょっとヘンだと思ったら、オオバンと、キンクロハジロのメスが並んでいました。「呉越同舟」とはいえないようで、互いに無干渉でした(微笑)。
Img_2488c もう1つは、カワウの行動。「カメの甲羅干しスロープ」で、2羽のカワウがImg_2489c ご覧のように「ディスプレイ」を交わしていたのです。「求愛ダンス」かとも思ったのですが、それにしては、向かって右のカワウは繁殖期であるものの、左の方は違います。
Img_2491c 結局は、このように同じ方向に顔を向けて、オシマイ。何だったのでしょう?
Img_1210c 御用始めだったためか、鳥たちもたくさん出て来て、珍客あり、珍しい行動パターンありで、充実した散歩を楽しめました。左は、ドウダンツツジ。昨年は、花も、紅葉も楽しみました。もう、芽だと思いますが、出て来ています。梅の木も、同じように芽がたくさん見えてきて、少しだけ。明日は、寒の入りですが、植物たちは、春の準備をしているようです。
Img_2550c_2 余談というか(微笑)。この年で、バールフレンドのお二人から「お年玉」をいただきました。けっこう厚みのあるポチ袋に入れてもらってあります。「お札だったら、けっこうたくさん入れてもらってありますね?」と申し上げたら、「帰ってから開けてください」とのことでした。さて、何が入っていたでしょう?

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2018年1月 3日 (水)

寒い中、モズ、ジョウビタキ……九華公園のユリカモメは100羽飛来

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 寒いです。5時半に起きた頃は雨模様。もう大丈夫だろうと、8時半に散歩にImg_0744c 出たら、雨のようなものがパラパラ。多度山方面は雲が晴れて、雪が積もっている様子が見えたものの、鈴鹿山脈は朝からずっと雪雲の中。11時過ぎまで、住吉神社、九華公園、貝塚公園、寺町と6.6㎞。散歩&バードウォッチングは、すでに日課というか、身体の一部のような気がします。
Img_0762c まずは、モズ。吉之丸コミュニティパークにて。吉之丸コミュニティパークは、九華公園の東にあり、揖斐川の堤防から九華公園に行く途中のところ。正月3日なのですが、もうグラウンド・ゴルフをしていました。熱心ですねぇ。
Img_2430c 九華公園の奥平屋敷跡では、久しぶりにジョウビタキのメスに遭遇。木に隠れつつ、そっとImg_2432c 行くと、割と近づけます。人家の庭にもよく来る鳥で、人なつっこいと言われます。ついでに、お尻のショットも。「お尻フェチ」の方向けに「正月サービス」です(微笑)。
Img_0909c ジョウビタキのオスにも、帰り道、三崎見附近くの住吉入江で出会いました。堀越のショットで、スロープの手すりに止まったので、今ひとつの感じ。
Img_0730c さて、話を戻します。住吉キンクロウズ、今朝はオスのキンクロさんが2羽。たいてい、オスが2~3羽で、そこにホシハジロのオスが1羽混じっていたりします。左は、七里の渡し公園前で見たハクセキレイ。このあたりに2羽がよくいます。人の目では探せませんが、上手に餌を見つけるようです。
Img_2414c 揖斐川、強風のため、かなり波立っていました。こういう日は、揖斐長良Img_0742c 川の中州にはアオサギはやって来ません。川にも何もいないかと思ったら、カンムリカイツブリが4羽ほど。波のあるときにもけっこう出て来ています。オオバンも1羽。七里の渡し跡には、コガモのオスが4羽と、キンクロハジロが2羽。コガモ、最近ここにはオスしかやって来ません。
Img_0768c 九華公園のカモたち、今日は合計51羽。今シーズンは、これくらいの数Img_0769c のまま行くのかという気がしてきます。メンバーもほぼ固定で、ホシハジロのオスが1羽、ハシビロガモのオス2羽、メス2羽と、他はすべてキンクロハジロ。今日もヒドリガモは不在。たまには、キンクロさんのアップを載せておきます。左はオス、右がメス。
Img_0817c ユリカモメ、今日は100羽ほどが来ていました。小生がいる間でにも3~4Img_0804c 組、餌を与える人がいましたので、たくさん来たように思えます。100羽というのは、今シーズン初です。昨シーズンは、120羽を越えることもありましたから、遠慮せずもっと来てもらいたいもの。
Img_0832c 小生が、九華橋の所に立って、カモやユリカモメを数えていたら、餌をもImg_0835c らえると勘違いしたか、ユリカモメたちが凄い数、集まってきてしまいました(苦笑)。逆光でしたが、露出その他の調整が間に合わず、とにかく撮った写真です。
Img_0795c 奥平屋敷跡でシメらしき姿も見たものの、確認できませんでした。その他Img_2448c は、ハクセキレイと、ツグミ。ツグミは、野球場のグラウンドや、本丸跡の広場に来ていました。右の写真は、本丸跡にて。それにしても、ツグミも、シメも少ないですねぇ。
Img_0899c たまには(苦笑)、ヒヨドリも登場させましょう。九華橋のところに来たものです。このあと、貝塚公園にも行きましたが、ここもヒヨドリ、シジュウカラ、メジロだけ。目当てのシロハラは、年末から見なくなってしまいました。
Img_2438c ところで、今日は、鎮国守国神社で新春かるた会が行われていました。毎年正月3日百人一首の部、5日に詩かるたの部が開催されます。とくに、「詩かるた」は、桑名のみに伝えられ保存されてきたもので、桑名市の指定文化財です。今日は、三重テレビのクルマが来ていましたから、ニュースで取り上げられるかも知れません。

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2018年1月 2日 (火)

ドタバタで撮ったスーパームーン……初詣などへ

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 スーパームーンだというのを、朝起きてから思い出して(5時半過ぎ)、慌てて住Img_2356c 吉入江脇まで撮りに行ってきました。拙宅マンション、まだ北側は大規模修繕が終わっておらず、足場とネットに覆われていますので、降りないと見えません。こちらは、超望遠コンデジで撮ったもの(トリミングしています)。写真を撮り始めて、ものの2~3分で雲の陰へ入ってしまいましたし、ちょっと準備不足は否めません(手持ちです)。しかも、こうやって載せても、スーパームーンだといっても、写真を見ただけでは何とも分かりませんね。
Img_0654c 出かける予定がありましたので、8時40分から駆け足で(といっても気分だImg_0678c けで、実際に走ってきたのではありません)、住吉神社、九華公園を往復してきました。「10時に帰宅するように」という指令です。3.8㎞。天候はあまり良くありませんでしたが、そのお陰で南の空には、「天使のはしご」が見えていました。
Img_0681c 九華公園は、閑散としていましたが、アオサギが今年初めて登場。いつもImg_0712c のセンダンの木ではなく、ゴイサギがよくいるクスノキの方にいました。管理事務所は今日もお休み。散歩友達でお目にかかったのは、昨日に引き続き、バールフレンドのTさんだけ。きちんと歩きにいらっしゃいます。
Img_0690c カモは、54羽。元気に泳いでいたのは、ハシビロガモのオス2羽だけ。ホシハジロのオス1羽や、キンクロさんたちは寒くて、皆お休み中。今日いたのは、これでフルメンバー。ヒドリガモは、揖斐川に浮いているのは見ますが、九華公園にはこの頃来ません。ちなみに、昨日は、合計34わ(ホシハジロのオス1羽とキンクロだけ)。カモも正月休みかと思えるくらいでした。
Img_0699c ユリカモメは、二の丸堀や吉之丸堀に浮いていました。計51羽。さすがにImg_0705c_2 正月は餌をやる人はいません。ましてや天気が今ひとつですと、散歩に来る人も一段と少なめですし。昨日は、ユリカモメは、16羽でした。その他は、ハクセキレイをあちこちで見たくらい。右は、本丸跡にいたハクセキレイ。
Img_0643c 今日はこのほかは、揖斐長良川上空でカモメらしき鳥が5羽、まるで猛禽Img_0673c 類のように旋回していました。七里の渡し跡には、コガモや、キンクロハジロ、オオバン。年が改まってから、野鳥には恵まれていません(苦笑)。昨日は、揖斐長良川の中州にアオサギが5羽、揖斐川の堤防でツグミを1羽。赤須賀漁港の先の揖斐長良川を分ける小さな堤防に、セグロカモメ、ユリカモメ、カワウがいたくらいです。
Dscn5577c いったん帰宅してから、クルマで初詣、買い物、昼食と出かけてきましDscn5579c た(四日市港に初めて入港する外国客船、コスタネオロマンチカも見に行きたかったのですが、さすがにそれは却下)。家内の母に年末から来てもらっていますが、ずっと室内で過ごしてもらうのも気の毒ということもあってです。初詣は、春日神社。昨年までは、元旦に行っていました。今日は元旦に比べるとすいています。
Dscn5592c 買い物は、藤原岳が間近に見えるイオンモール東員へ。午前中なDscn5597c らまだすいているだろうと見込んでのことです。山に近いだけあって、着く頃はかなり時雨れていました。本屋と電気屋で少しだけ買い物をしてきました。
Dscn5601c 市内まで戻って、こちらで昼食。中華料理の福州。しばらく来ないうちに、Dscn5599c 紙に印刷されたメニューはなくなり、タブレットでメニューを確認し、注文するスタイルになっていて、ビックリ。ここで面白かったのは、どういうわけか、駐車場に数百羽のスズメが集まっていたことでした。餌が落ちているわけではないようでした。右の写真は、その一部。お客さんが出入りすると、電線の上に一時的に避難しますが、すぐにまた降りてきます。

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2018年1月 1日 (月)

明けましておめでとうございます

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 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。曇りとImg_2128c いう予報もあり、心配しましたが、無事に初日の出を拝むことができました。いつも通り、わが家のベランダからであります。名古屋での日の出は、6時59分となっていました。
Img_0394c 5時半頃から起きて、カメラの設定を再確認したりし、「万端」とはいえませんが、それなりに準備をしていました。左は、日の出の2~3分前。東の空や、雲が次第に赤くなってきている様子。これもまた良い感じです。
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 これまでは、元旦は散歩は休みとしていましたが、今年は、歩いてきました。住吉神社にお参り、九華公園を半周し、鎮国守国神社にお参り。その足で赤須賀漁港へ。何と、新年早々6.9㎞もの散歩です(微笑)。バールフレンドのTさんにお目にかかり、新年の挨拶。
Img_0540c 赤須賀漁港へは、このところ毎年見に行っていますが、大漁旗が掲げられImg_0511c た様子を見て、写真に撮ってきました。右は、「富士山とのコラボ写真(微笑)」。なばなの里の「アイランド富士」であります。国道23号線の揖斐長良大橋近くまで行って、戻ってきました。すべての漁船に大漁旗が出ているわけではありませんが、私には「正月の光景」として定着しています。
Img_0568c 「年頭所感」のような、たいそうなことはとくにありませんが、「歩く、見る、撮る、調べる、学ぶ」を心がけようかと思っています。これまでと大して変わりはありませんが、「淡々と飽きもせず」の心境で引き続きやっていこうと思っています。今年も、引き続きご交誼のほど、お願いいたします。
 

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2017年散歩の記録

 年が改まりました。自分自身の備忘のため、昨年1年間の散歩のまとめを載せておきます。血圧のこともあり(今はコントロールできています)、歩数と、散歩に出た日はその距離を記録しています(ちなみに、血圧のデータは、2004年8月からあります)。歩数の記録は、2011年10月から(NintendoのDSの生活リズム計を購入したのです)、散歩距離はそれ以前、2009年1月から記録しています。こうしてみると、我ながらよくやるなと思います(新年早々、自画自賛で恐縮)。

1.散歩距離
2017sanpokyoric
 1年間のトータル散歩距離は、1355.6kmでした。散歩に行った日(遠征、外出、仕事に行ったときなども含みます)の記録です。散歩距離の記録があったのは、267日でした。グラフは、月ごとの平均値を示したものです(平均の上下に示してあるのは、ばらつき具合を示す「標準偏差(SD)」)。
 試しに距離測定ツール(キョリ測ベータ)で調べてみましたら、桑名から沖縄の那覇までが直線で1310㎞ほどありました。那覇の向こうまで行ったことになります(微笑)。日々の積み重ねは恐ろしいというか、凄いというか、こんなにも歩いていたとは思いも寄りませんでした。
 散歩距離の平均は、5.0㎞。1日あたりの最長は13.0㎞、最短は1.4㎞。最長を記録したのは、12月22日 (金)。この日は、近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」に参加した日です。この日は、近鉄名古屋線の川越富洲原駅から霞ヶ浦駅までのハイキングに参加しました。コースは約8㎞となっていましがた、寄り道数カ所に加え、桑名駅までの往復(これが2.2㎞)を加えると、13.0㎞になりました。
 最短を記録した2月 6日 (月)は、「なぁんちゃって散歩」でごまかした日でした強風をついて、一応は散歩……さすがに鳥も少なし)。この日は朝から強風で、10m/sを越えていたのです。九華公園までクルマで行って、公園内を半周してきただけでした。
2.歩数
2017hosuuc 歩数は、毎日記録しています。トータルは、2,986,295歩でした。グラフは、散歩距離と同様に、月別の平均値を示しています。
 1日あたりの平均歩数8116.6歩。最多は23239歩でした。これは、12月22日 (金)、近鉄ハイキングに参加したときのもの。最少は699歩で、1月22日。1月は、3日連続雪が降りましたが、1月16日に雪かきをして(3日連続、雪が降る……ミニ除雪作業(笑)(付記あります))、あげくに大風邪を引いて、蟄居の日々が続きました。そのうちの1日が、この1月22日(ブログ記事はありません)。1週間あまり、ほとんど外に出ませんでした。
 普段から歩くことはもちろん大切ですが、JRのさわやかウォーキングや、近鉄ハイキング、個人的イベントである旧・東海道ウォークなどに参加することでたくさん歩いて、「刺激を与える」ことも必要です。

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