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2018年1月30日 (火)

酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その3)……河島神明神社、西福寺そしていよいよ松彦酒造へ(完)

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 酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”も、その3となりました。左の地図では、ようやく青丸をつけたあたりまで進んできました。スタートから4㎞あまりを歩いてきたところです。伊勢三郎首塚まで見てきましたので、今日は、河島御厨神明神社から。
Dscn5921c 川島には、2つの神社があります。「河島御厨神明神社」と、「御園川島神社」です。この日訪れたのは、「河島御厨神明神社」の方です。こちらは、俗に「東の宮さん」と呼ばれているようです。「御園川島神社」は、700年ほど前、分村に伴って建立された神社で、「西の宮さん」と呼ばれています(こちらを参照)。
Dscn5924c 河島御厨神明神社は、「御厨」とありますように、伊勢神宮の神領でした。Dscn5926c 御祭神は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)、大山祇神(オオヤマツミノカミ)、大日孁貴命(オオヒルメムチノミコト)。大日孁貴命は、天照大神の異称です。重複しているように思うのですが、後述の事情によるのかも知れません。一の鳥居の奥、参道の途中に道が横切っています。
Dscn5927c こちらが拝殿。拝殿には、江戸時代、3つの算額が奉納されていて、市指定の有形文Dscn5930c 化財になっています。算額は、ご存じと思ういますが、数学の問題を解いて、神社仏閣に奉納した絵馬の一種です。このあたりの人たちが、和算を学んでいたことを示しています。
Dscn5946c  右は、もっとも古い寛政2(1790)年のもの。三重県最古のものだそうですDscn5934c_2こちら)。寛政二年の額には3問が取り上げられ、第1問は『闡微算法(せんびさんぽう)』(武田濟美著、寛永3(1750)年)にある問題を解いたものだそうです(数学苦手の小生には、詳しい説明は困難です。こちらにこれを論じたものがあります)。第2問は、菱形に3つの縁を内接させた図形に関するもの、第3問は、直角三角形に5つの縁を内接させた図形に関する問題で、いずれも三平方の定理を繰り返し用いて、解答しているといいます。
Dscn5937c 左の天保15(1844)年の額は「當社産子 柳川安左衛門」の奉納で出題Img_5144c した問題を門人の「清水中治」が文久4(1864)年に回答したことが裏面に記されているそうです。右の文久3(1863)年の額は、文久三年の額は清水貞信が出題したものですが、題意は不明ということです。
Img_5143c もう一つ、新しい算額もありました。四日市大学関孝和数学研究所が、平成29(2017)年に奉納したものです。「小川粋直門人六名」という名前になっています。6名の方が、1問ずつつくったようで、6問が載っていました。ただし、小生には理解困難(爆)。
Dscn5948c 御祭神に大山祇神がいらっしゃいますが、拝殿に向かって左に山神社がありました。ここの相殿神が、大日孁貴命。神社検索のサイトに載っていた御祭神で、天照大神と大日孁貴命(天照大神の異称)が重なっているように思ったのですが、山神社に相殿神として大日孁貴命が祀られているためかと考えられます。
Img_5152c 河島御厨神明社から200mほど行くと、浄土真宗大谷派の永角山西福寺がありImg_5155c ます。創立年代は不明ですが、もとは金剛寺といい、浄土真宗大谷派に改宗して西福寺というようになったそうです。こちらには、「一度焼かれたともいわれるものの、実際のことかどうか分からないとありました。
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 ここで一つ失敗(苦笑)。ここに伊勢三郎義盛の墓があることを予習していたのですが、雪と寒さもあって、見てくるのを失念してしまったのです。ここ三重郡川島村は、江戸時代初期には亀山藩領であり、藩主の石川昌勝の命によって慶安4(1651)年に、ここに伊勢三郎義盛の墓が作られたといいます(こちら)。中には宝篋印塔(宝篋印陀羅尼という呪文を収めた塔。のちに供養塔,墓碑塔として建てられた)が納められています。義盛の命日である6月25日には、義盛をしのんで義盛忌の俳句会が行われているそうです。
Img_5151c  西福寺には、忠魂碑(明治39(1906)年3月)(従軍人建之)や、「真実之Img_5150c_2 利」という、太平洋戦争の戦没者98柱を祀る碑(川島地区遺族会建立)もあったのですが、これらも見逃していました。忠魂碑がもともと建立された場所が、「明治二十七年三十七年戦」の「記念康休園」(明治39(1906)年3月)であったことを示す門柱だけ写真に収めてきました。ちょっと中途半端でした(苦笑)。予習をしっかり行い、チェックポイントのリストをつくってハイキングに行くようにしなければなりません。
Img_5165c 西福寺には、これら以外にも石碑などがいくつかありました。ただし、古Img_5167c いものや、小生には容易には読めないものばかりで、取り敢えず、今日のところは2つの写真を載せるだけにしておきます。ちょっと余裕ができたら「解読」したいと思っています。
Img_5174c さて、西福寺を後にして、河島の町を進Img_5172c_2 みます。相変わらず雪は降っていますし、あたりの民家の軒先には雪解け水がつららになったものがありました。寒いのです。
Img_5176c 古い町並みで、この間、町屋川に行った時以来(1月23日:町屋川第2回

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遠征(寄り道編)……神社、古い看板、ホーロー看板など)、古い看板が目につくようになってしまいました。右の写真の結納店の看板、桑名にもたくさん残っています。
Img_5182c 西福寺から東へ500mあまり、ようやく本日の主たる目的地である松彦酒造Img_5207c2 さんに到着。歓迎してもらっていて、ありがたい限りです(微笑)。抽選会のところが空いていたので、まずはそこへ。右の写真、ちょっと見にくいのですが、その1にも書きましたように、「三重の寒梅」のワンカップが当たりました。下1桁が「1」番が当選番号。
Img_5285c ハイキング当日の晩酌にいただきました(微笑)。何度もくどいのですが、Img_5288c 当選番号は、右の写真。このワンカップは、アルコール分 15度、原材料は、 米(国産)・米こうじ(国産米)としか書かれていません。また、醸造アルコールも添加されています。やや端麗で、ほんのり甘みがありました。苦みとか、雑味といわれるものはないように感じました。
Img_5195c_2 さて、ワンカップもいただけましたので、安心してこちらに進めます。甘酒Img_5191c は無料でいただけますし、「三重の寒梅 大寒しぼり」はコップ1杯100円で試飲できます。右の写真のように、けっこう賑わっていました。
Img_5189c 甘酒、ちょっと冷めていましたが、それでも冷え切った体にはありがたいImg_5198c 飲み物でした。そして、「大寒しぼり」の試飲。右の写真のように、有料だということもあってか、コップにかなりたくさんついでもらえました(微笑)。ここにも書きましたように、辛口で、ややフルーティ。後口を引かず、美味しいお酒でした。
Img_5283c 試飲で気に入りましたので、その1にも書きましたように、この「三重の寒梅 大寒しぼり」を土産に買ってきたという次第。即売会でいろいろな種類の酒を売っていましたが、たいてい、試飲したものを買ってきます。他の方を見ていると、何本も買っていく方もありますが、小生は1本限定。まぁ、大酒飲みではありませんし(たぶん)、少しずつ楽しめれば良いと思うのです。
Img_5202c ちなみに、小生が松彦酒造さんにいた頃の混み具合はImg_5204c これくらい。ただし、小生は立ち寄りポイントをけっこうしっかり見てきますから(中には、素通りという方もたくさんあります)、遅めの時間帯ということになります。右の写真のように、つまみを用意してきて、その場で試飲の1杯や、即売会で購入されたお酒で楽しんでいる方もけっこうありました(笑)。
Img_5209c 目的を達成し、試飲で体も温まりましたので、後はゴールを目指すのみ。Img_5219c 河島の昔からの町を通り抜け、三滝台という30年あまり前に開発された団地を歩いて、近鉄湯の山線・伊勢川島駅へ1㎞半弱。
Img_5233c ゴールの伊勢川島駅。12時5分に到着。スタートから2時間20分。歩いたImg_5244c のは、実測で7.1㎞。雪も降って、冷えた中でしたが、お陰様で今回も完歩できました。12時16分発四日市行き普通電車に乗車。四日市で名古屋行き急行に乗り換え、桑名には12時41分着。帰りは、¥420。右の写真、奥が四日市方面。
Img_5262c ほとんど余談ですが、湯の山線の電車には、「湯の山温泉開湯千三百年」のヘッドマークが付いています。この4月から1年間にわたってイベントが開催されるようです。湯の山温泉は、養老2(718)年、浄薫和尚が薬師如来のお告げにより発見したと伝えられ、傷ついた鹿が傷を癒したという伝説から別名「鹿の湯」とも言われています。
【付記】 読み直して、誤りや誤解を訂正するかも知れません。また、西福寺の石碑など、もう少し調べて、追記することもあります。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

ありがとうございます。
試飲で良い気分になったお陰で(?)、寒い中無事ゴールしました。
電車で行っておりますので、駅までたどり着かないと帰れません(微笑)。

「大日孁貴命」、読めるようになりましたが、手書きでは書けません。
パソコン様々です。

義経の大河ドラマというのは、もう10年以上前の放送ですよね。
こころんさん、よく覚えていらっしゃいます。
伊勢三郎の誕生の地には、異説もあるようですが、説明板には現在の菰野町出身とありました。

投稿: mamekichi | 2018年2月 2日 (金) 20時18分

こんばんは
ゴールおめでとうございます。
大日孁貴命て普段使わない難しい漢字が
表示されるものなんですね^^;
伊勢三郎は義経の大河ドラマに脇役で出てきました。
ウッチャンナンチャンの南原さんがやってた記憶があります。
義経が滝沢さんかな。
伊勢という姓だからこの地方に縁があるんですね。
ハイキングの途中でお酒をコップ1杯も飲むと
僕はゴールはいいやとなっちゃいそうです(笑)

投稿: こころん | 2018年2月 2日 (金) 20時04分

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