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2017年12月

2017年12月31日 (日)

ふくら雀で締めくくり……アオサギとジョウビタキのオスも

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 午前中、降りそうでしたが、「散歩納め!」と思って出かけました。が、案の定、九華公園で降られました。公園を半周して戻ってきましたが昼くらいから、空が明るくなってきています(苦笑)。8時40分から10時15分頃まで、3.8㎞。もう一度行こうかとも思ったのですが、午後は、大晦日に与えられた役割がありますので、断念。役割とは、「蕎麦打ち」であります。
Img_0263c 揖斐長良川の中州。アオサギが5羽いるのは、見て分かったのですが、重要なものを見落としていました。右側に生えている木の上に猛禽類が止まっていたのです。パソコンで見て気づいた次第(苦笑)。色合いから見て、ミサゴかなという気がします。
Img_0274c 九華公園では、年末サービスの一環として(微笑)、アオサギが待っていまImg_2030c した。ただし、雨が降り始めたら、いなくなりました。濡れるのが嫌だったのでしょうか。
Img_0279c カモは、合計53羽。少ないまま年越しを迎えてしまいました。メンバーも、ハImg_0308c シビロガモ(オス、メス2羽ずつ)とキンクロハジロしかいません。寒かったので、キンクロさんたちは皆お休み中。ハシビロガモは、例によってオス、メスに分かれて泳ぎ回っています。これもまた謎が解けぬまま越年であります。
Img_0291c ユリカモメは、32羽ほど。橋の欄干にも並びはしたものの、2羽、3羽ずつImg_0313c で、ちょっともの足らず。左は、二の丸橋、右は吉之丸堀の東屋のところ。
Img_0361c ハクセキレイは、諸戸氏庭園の前、七里の渡し跡、九華橋などでも見まImg_0368c したが、こちらは本丸跡で出会った個体。虫のようなものを見つけてきて、加えたまま振り回したあとの行動。右の写真は、放り上げてパクッとしたところ。このまま丸呑みです。
Img_2057c 雨も降ってきて、さあ帰ろうと思ったところに、ジョウビタキのオスが出て来ました。今シーズン、いつ以来かと思うほど、久しぶり。鎮国守国神社の九華招魂社近くにて。
Img_2021c スズメたち、寒いのでふっくらしています。「ふくら雀」ということばがあります。冬の季語だそうですが、「福良雀」とか「福来雀」とも書きます。皆様方には、どうぞよいお年をお迎えください。

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2017年12月30日 (土)

シメとイソシギくらい(苦笑)……雪国リゾート風の写真も

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 大掃除をサボっている訳ではありませんが、今日もいつも通りに散歩に出Img_1935c て来ました。8時半から11時。住吉神社から九華公園(ただし、市民プールの東を回り、いつもとは違って、東側から入りました)、貝塚公園、内堀公園、老松公園、寺町と6.3㎞。九華公園に行くのに別ルートをたどった理由は、冒頭の2枚の写真を撮るため。鈴鹿の山に雪が積もっていますので、街の景色のバックにそれを入れた写真を撮ろうということです。右は、超望遠コンデジ写真(藤原岳、1,144m)。望遠の圧縮効果は面白いものがあります。わが家がちょっとした雪国のリゾートにあるように見えてしまいます。
Img_1921c もう一つオマケ。左は、住吉神社近くの揖斐川堤防から撮った御在所岳(1,212m)。Img_0097c 右は、蟠龍櫓近くから撮った住吉神社、六華苑の大イチョウ、霊仙山。霊仙山は、滋賀県犬上郡多賀町と米原市にまたがる鈴鹿山脈の最北に位置しています(1,094m)。
Img_1976c 九華公園は、今日も静かでした。管理事務所もお休み。散歩友達は何人モイルのですが、今日お目にかかったのは、バールフレンドのYさんのみ。あとは、時々見かける男性から「鳥の観察をしているの?」と声をかけられたくらい。
Img_1952c 今日も、鳥は少なかったのですが、久しぶりにシメの姿を確認できました。奥平屋敷跡入り口の花菖蒲園のところ。鳴き声がしたので、探したら、降りてきたのです。このあといったん、二の丸跡に行ったものの、また戻ってきました。そのため、ちょっとウロウロさせられましたが……。
Img_1964c そして、今日もイソシギを見ました。奥平屋敷跡にあるステージの裏。ずっと以前は、アオサギがよくいたところ。最近は、カワウがよくいます。今日もカワウのすぐ近くにいました。カワウとのツーショットは、ちょっと距離がありすぎて、うまく撮れませんでした。
Img_0202c  ユリカモメは、40羽。奥平屋敷跡西の堀で餌をやる人があり、待機場所の、Img_0207c 公園内野球場のフェンスから一斉に飛び立っていきました。すごい勢いです。ここから、今日、餌をやっていたところまでの間には、けっこう背の高い松の木などがあるはず。どうやって感知するのか、不思議です。
Img_0140c_2 左は、ユリカモメが飛んでる背後の空に、ジェット機が飛んでいったとこImg_0178c ろ。たまたまうまい具合に撮れただけです。カモは、合計43羽。きちんとした写真を撮ってくるのを忘れました。昨日と同じような写真です。ハシビロガモのオス2羽、メス1羽とキンクロハジロだけ。今日はホシハジロはいませんし、この頃ヒドリガモは来なくなりました。
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 他には、ツグミとメジロの小さな群。ツグミは3羽ほど見ましたが、今日は残念ながら、Img_0187c バトルは起きませんでした。メジロは、二の丸跡にて。相変わらずよく動きます。
Img_1966c ところで、鎮国守国神社では拝殿の他、九華招魂社など境内社のところImg_1968c にも、ごらんのように竹を切ったものが並べられていました。年越し参りの時に、ここに明かりを入れて、「竹灯籠」でもするのでしょう。春に「灯街道」のイベントがありましたし(灯街道・桑名宿のイベントを覗いてきました(3/30))、最近こういう試みはあちこちで見ますから、それに倣ったような気がします。見に行くと良いのでしょうが、最近、夜は出歩かなくなっています(苦笑)。
Img_0016c このあと、貝塚公園にも行ったものの、ヒヨドリとシジュウカラの鳴き声が聞こえただけ。シロハラも見つかりませんでした。明日は、いよいよ大晦日。散歩納めに行かなくてはなりません。今日、バールフレンドのYさんが「また明日」とおっしゃいましたし(微笑)。

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2017年12月29日 (金)

九華公園でツグミのバトル

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 多度山にはまだ昨日の雪が残っています。写真を撮り忘れましたが、御在所岳などもかなり雪が積もっていました。風はないものの、寒いというか、冷えました。今日は、おとなしく(微笑)、住吉神社、九華公園、貝塚公園、春日神社、寺町とほぼいつものコースを5.7㎞。8時40分から11時。散歩する人も少なく、知り合いにもほとんど会いませんでしたので、時間は短め(苦笑)。
Img_1876c まずは、こちら。九華公園の野球場のグラウンドで、ツグミ同士のバトルをImg_9949c 目撃しました。南の方から一緒に飛んできたツグミが諍いを始めたのです。何がトラブルの元かなど、経過は不明。降り立ってきていきなり始まったという感じでした。
Img_9976c 1塁ベース付近で展開されたバトルをライト側のフェンスの外から見ていまImg_9967c したので、あまりクリアな写真は撮れませんでした(曇天ということもあり)。しかし、空中戦あり、地上戦ありと、それなりに激しいバトルがしばし繰り広げられました。
Img_9981c  蹴飛ばし合ったり、嘴でつついたり。できればもっと近くで見られたら良かっImg_9988c_2 たのですが、それでもそれなりに迫力はありました。想像をたくましくしてご覧くだされば幸いです(微笑)。
Img_9993c 何で勝負がつくのかよく分かりませんが、負けた方は、飛び去っていきました。実際に見ていると結構長い時間、戦っていたように感じたのですが、写真に記録された時刻では、1分ほどの出来事でした。それにしても、ツグミは、けっこう激しい気性をしているようです。
Img_1832c では、話を戻して、揖斐長良川の中州。今日は、アオサギが7羽。風もなImg_1839c く、川面もきわめて静か。水鏡のようになっていて、アオサギの姿も映り込んでいます。こういう日の方が集まってくるのかも知れません。ただ、今日は、このほかに見られたのは、カンムリカイツブリが3羽ほど。カモや、オオバンの姿はありません。七里の渡し跡、三の丸公園あたりも、ヒヨドリが少しいただけで静かでした。
Img_1844c 九華公園到着。北門を入ったあたりで、シジュウカラ2羽と、ツグミ2羽、ハImg_1846c クセキレイ2羽。シジュウカラもこの頃あまり見ません。ツグミは相変わらず少ない状況。いずれも証拠写真。
Img_1847c こちらは、ホシゴイ。どうも行動パターンがよく分かりません。久々の登場。昨シーズンの今頃は、ゴイサギもホシゴイももう少しよく見た記憶があります。今日は、いつもアオサギが来ているセンダンの木の方にいて、危うく見逃すところでした。
Img_9918c カモたち、この頃、奥平屋敷跡西の堀によくいます。三之丸町内に面したImg_1855c ところ。なぜかを考えたのですが、最近、こちらで餌をやる人が複数いるからと思われます。現金なものといいますか、よく学習しているといいますか(苦笑)。今日、カモは合計50羽。ハシビロガモのオス2羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロでした。
Img_0051c ハシビロガモは、相変わらずオス、メスに分かれ、それぞれが同一行Img_9932c 動。これもまた今ひとつよく分かりません。
Img_0022c ユリカモメは、28羽。こちらは、やはり去年よりはるかに少ない数。今日Img_0043c は、一度餌をやる人があり、騒ぎになっていましたが、それ以外の時間は管理事務所の傍らにある電柱や、野球場のフェンスに集まっていました。
Img_9939c 朝日丸跡では、モズのメス。「何もいないか」と思い始めたところでしたので、救いの神(微笑)。そういえば、バールフレンドのTさんが、「あ~よかった、mamekichiさんに会えた」とおっしゃっていました。小生に会いたかったということではなく、「散歩に行って誰にも会えなかったらどうしよう」と思っていましたという意味です(爆)。
Img_0071c 貝塚公園も静かでした。散歩する人はほとんどゼロ。いつもなら賑やかなヒヨドリもほとんどゼロ、シロハラも見えませんでした。帰り際にメジロが2羽出て来て、ここでも救われました。年末だからということではなく、気候や食べ物の関係でしょうが、鳥は少なめでした。
Img_1891c 年末ということもあり、春日神社(桑名宗社)にお参りがてら、門松を見てImg_1892c きました。春日神社は、桑名総鎮守として桑名首(くわなのおびと)の祖神を祀っています。さすがに門松も見事なものが、毎年設けられています。
Img_1903c 拝殿のすぐ前の鳥居や、拝殿(桑名神社と、中臣神社と2Img_1906c つの社からなっています。右の写真は、中臣神社の方)にはすでに正月の準備が整えられていました。このあと、桑名別院にお参りして帰宅。

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2017年12月28日 (木)

三ツ又池公園でミコアイサのオス、ミサゴ……アクアプラザながらへも(微笑)

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 弥富市の三ツ又池公園にミコアイサのオスが来ていました。メスは3羽いまImg_1759c したが、オスはこの1羽のみ。中之島の南あたりにいました。ウォーキングコースを1周して、東から西からたくさん撮ってきました。きれいな「パンダ顔」をしています。11月30日に両ヶ池公園でも見ましたが、このときはまだこんなきれいにパンダのようにはなっていませんでした(ミコアイサ、カワセミなど……両ヶ池公園へ)。右は、正面に顔を向けたところ。
Img_1757c 調子に乗ったわけではありませんが、左の写真は、向こうを向いたところ。1Img_1635c 羽しかいませんでしたが、しっかり楽しんできました。右は、ミコアイサのメス。
Img_9651c さて、今日は、木曽川、三ツ又池公園、長良川河口堰と遠征に行き、帰りにImg_9670c 九華公園に立ち寄って来ました。桑名あたりは雲がかかり、鈴鹿の山には雪が降っているようでしたが、木曽三川の東は大丈夫そうでしたので、遠征してきました。はじめに書きましたように、ミコアイサが見られ、目的は達成(微笑)。まずは、木曽川、国道23号線のすぐ上流。水制が3つ並んでいるところです。左の写真では、奥はたぶん両白山地、右の方は弥富市街地。右の写真、正面奥には、名古屋駅前の高層ビル群が写っています。
Img_9663c 木曽川には、久しぶりに来ました。ブロ友のひらいさんの情報で、最近は、Img_9664c 少数のマガモとヒドリガモ多数だということでした。今日も、アオサギ、コサギ、マガモ、ヒドリガモ、コガモが見られました。ここでは、マガモや、ハジロカイツブリを見たかったのですが、マガモのみ。
Img_1605c ハクセキレイも出て来ましたが、川沿いは風の強いこと! まともに北風に吹きさらし(苦笑)。早々に退散し、弥富の三ツ又池公園へ移動。
Img_9729c 木曽川のあたりからも見えたのですが、多度山は雪化粧。藤原岳から南の鈴鹿山脈は、雲の中。雪雲と思います。ここも風があって、寒かったものの、天気は良く、日が当たっていましたので、まだずっとマシでした。
Img_9717c 歩き始めてしばらくしたら、北の方から猛禽類が飛んできました。けっこう高いところを飛んでいましたので、ミサゴらしいというのは分かったものの、獲物を鷲づかみにしているのには気づきませんでした。時々旋回しながら、南の方へと去って行きました。
Img_1630c 三ツ又池公園といえば、何を差し置いても、カイツブリ。今日もあちこちImg_1645c で、元気な鳴き声が聞こえてきました。左の写真で、後ろにいるのは、色がやや薄くて、若いカイツブリのように思えます。パッと見たところでは、親鳥とほとんど区別がつかなくなっています。
Img_1672c 中之島にわたる橋のすぐ北にセグロカモメ。2枚ほど撮ったら、もう姿を消していました。時々、三ツ又池公園にやって来ています。全長約60cm。遠くから見ても迫力があります。
Img_1679c カモは去年ほど多くはないように思います。公園の南半分の方に集まっImg_1738c ています。中之島の回りには、カルガモ、ヒドリガモ、コガモ、カイツブリ、カワウなど。
Img_1708c 公園の北、元花菖蒲園の南には、ハシビロガモと、少数のコガモが集まImg_1709c っています。ここにいるハシビロガモのオスは、まだまだエクリプスの状態。右の写真で、右端の1羽と、左側の3羽はオス。右端から2番目はメス。
Img_1717c カンムリカイツブリ、今日は3羽。池の中央に集まっていて、あまりクリアImg_9743c には撮れませんでした。
Img_9760c 睡蓮池の東側は、いつもカモたちがお休み&日向ぼっこ。ここはよく賑わImg_1728c っています。今日はほとんどがコガモで、一部にヒドリガモが混じっていました。散歩中のご夫婦が、この睡蓮池には毎日のようにアオサギがいるとおっしゃっていたのですが、小生はほとんど見たことがありません。今日もアオサギはいませんでした。
Img_1731c 中之島の西から西南にかけて、オオバンが上陸して餌を啄んでいましImg_9765c た。オオバンたちも、昨シーズンの方がはるかにたくさんいた記憶があります。
Img_9806c 中之島の南、西側のウォーキングコースに近いところにミコアイサのオスがいましたので、もう一度よく見てきました。このあと、何を思ったか、飛び立って、中之島の北の方へ行ってしまいました。そういえば、メスの姿がありませんでした。
Img_1742c 西側には、コガモもたくさんいます。上陸して日向ぼっこしているものあImg_1743c り、ゆったりと浮いているものありです。ということで、三ツ又池公園では、ウォーキングコースを反時計回りに1周。ほぼ2㎞。
Img_1770c 11時を過ぎてから、長良川河口堰へ。覚悟はしてきたものの、ものすごImg_9820c い風。管理橋の上は飛ばされそうでした。超望遠コンデジで西側の様子をうかがったものの、サギ類は見えませんでした。東の下流側にカモがいるのを確認しただけで退散してきました。キンクロハジロと、少数のホシハジロのみ。上流側には鳥影はなし。
Img_1774c アクアプラザながらへ。ブロ友のひらいさんがずっと気にしていらしたこと(2017.12.23 いつものコースはひっそりと...)を念のため確認しに行ったのです。そうしたら、ひらいさんには大変申し訳ないのですが、ご覧の通りでした。12月23日には、899,900人だったのが、90万人を達成してしまっていました。平成7(1995)年4月にオープンして以来、昨日(12/27)までの入館者数ということです。河口堰滞在時間はほぼ15分。昼までには、まだ時間がありましたので、ついでに九華公園へも(笑)。
Img_1793c 昼間近でしたので、散歩する方はほとんどありません。奥平屋敷跡で珍Img_9852c しい光景に遭遇。このイソシギが、奥平屋敷跡のほぼ中央で、餌を探していたのです。ここをご存じの方でいらっしゃれば、右の写真でお分かりいただけると思います。奥に写っているのは、二の丸堀と二の丸橋。写真からははみ出ていますが、右にステージがあります。イソシギというと、水際にしかいないというイメージでした。
Img_1809c 懸命に餌を探していたようで、そっと木陰伝いに移動したら、気づかれずに近くに行け、写真を撮れました。嘴に泥がついていることまで分かります。
Img_9842c 九華公園のカモ、おとといは71羽をカウントしましたが、今日は43羽。いImg_1805c つもより時間が遅かったのと、強風や寒さが影響したのでしょうか。ハシビロガモのオス2羽、メス2羽とキンクロハジロだけです。
Img_1811c ユリカモメは、合計22羽。野球場のフェンスと、二の丸堀の東側に。九華公園では、月・水・金と掃除に来てくださっているシルバー人材センターの方4名と年末の挨拶。3月中旬まで掃除が「冬休み」になるということと、「良いお年を」ということです。
Img_9826c_2 ということで、本日は8時40分出発、12時15分帰宅で、プチ遠征。成果大いにありでした(微笑)。いよいよ年末。今年もあと3日。両ヶ池公園や、大山田川あたりも気になりますが、年末にあまりウロウロしているのもどうかと思ったりしています。

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2017年12月27日 (水)

雪にて“晴歩「雪」読”

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 いつも散歩に行く九華公園方面の写真です。中央に見える林が、九華公園。今朝9時過ぎの写真です。揖斐長良川にかかる国道23号線の揖斐ながら大橋も、ナガシマスパーランドも見えません。朝のテレビの天気予報では、次第に晴れてくるということでしたので、散歩に出る準備をしたものの、結局は断念しました。ちなみに、積もるような雪ではありません。
1227xrainc 夕方、5時半ころのレーダー画像。若狭湾方面から雪雲が流れ込んできて1227amedasc いるのが分かります。朝方は、この雲が名古屋、岐阜方面に行っていたのです。9時頃からは、ずっとこういうパターンで、雪が降ったりやんだり。夕方からは、雨になっています。右の画像は、今日のアメダスデータ。気温はほとんど平坦で、最低1.6℃、最高4.9℃。暖房をつけないと、底冷えしてくる感じです(ただし、それでも室内は、17℃ほどはあります)。
Img_1563c ということで、結局、ズルズルと蟄居生活(微笑)。本日は、モットーの「晴歩雨読」ではなく、「雪読」です。机、パソコン回りに積み上げたものを片付けたり、資料(といっても、仕事関係よりも、ウォーキング、ハイキングなど遊ぶものの方が多いのです)を整理しておりました。
Dscn5558c 朝、新聞を取りに降りたほかは、昼前と夕方、郵便を投函しに行ったのみ。Dscn5559c 写真は11時過ぎ、ポストに行ったついでに見てきた拙宅前の住吉入江。「住吉キンクロウズ」は、オスのキンクロさんが3羽。寒いので、体温が逃げない体制でお休み中。さすがに今日は、こちらの姿を見ても寄って来ませんでした。
Img_9562c 明日は晴れて、もう少し気温も上がるようです。年賀状は、無事に投函しましたので、いつものように、散歩に行くか、近場に遠征に行こうか、思案中。大掃除は、まぁホドホドに(微笑)。写真は、昨日、九華公園で撮ったユリカモメの飛翔シーン。

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2017年12月26日 (火)

ユリカモメの超アップ飛翔写真……九華公園にもシロハラ登場

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 ユリカモメの飛翔シーン。ちょっとインチキをして撮りました(インチキというImg_9553c のは、餌を使ったということです)。九華公園の吉之丸堀にかかる橋のところで、です。今日は、ユリカモメは少なく11羽くらいでしたが、しばらくこれで楽しめました(微笑)。
Img_1535c また今日は、九華公園にもシロハラが登場しました。例年のように、鎮国守国神社の境内で発見。あまり明るいところに出てこず、しかもかなり逃げまくられ、苦労して追いかけました。しかし、先日見かけたシメも、びんずいもその後はまったく見られません。
Img_1467c さて、北日本では荒れ模様の天候になっているようで、お見舞い申し上げます。Img_1474c わが家あたりも、散歩に出ようと思った9時前後は、7m/sほどの風。この風で、遠征しようかと思っていた気持ちは一気に萎えてしまいました(苦笑)。いつもの散歩コースに変更したのですが、出てしばらくしたら、風は収まって来ました。右は、御在所岳の頂上あたり。例の超望遠コンデジでこれだけ撮れました(喜)。
Img_1455c 散歩に出たのは、少し遅くなり、9時。一つ用事を済ませてから住吉神社、九華公園、春日神社、田町と回り、5.7㎞ほど。九華公園で風が遮られるところにいて、日が当たると暖かい感じもしましたが、基本的には寒いこと! 午後からは、ようやく年賀状を印刷しておりました(苦笑)。元旦に届くことを期待しています。
Img_9462c 住吉神社東の揖斐川。かなり波立っていました。最初は気づかなかったのImg_1471c ですが、白い点々が見えました。よくよく見ると、ユリカモメの集団が、まさに「波にチャプチャプ浮いている」ところでした。数えたら、45羽ほど。こんなにたくさんのユリカモメが揖斐川に浮いているのは珍しいことです。
Img_9471c 住吉水門のところには、ヒドリガモのペアが6組。波立っているところを避けるかのように、水門の陰に集まっています。カモたちも、風が強いと大変なようです。七里の渡し跡にはオオバン2羽、吉之丸コミュニティパーク西の堀にはキンクロハジロ8羽にオオバン2羽、三の丸公園ではムクドリを見ながら、九華公園へ。
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 九華公園のカモ、今日は、今シーズン最多を記録。71羽です。ハシビロガモのオス2羽、メス2羽、ヒドリガモのオス1羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロです。良い感じになって来ました(微笑)。もう少し増えてほしいものです。去年は、ヒドリガモや、ホシハジロがもう少し来ていましたので、期待しましょう。
Img_1491c ハシビロガモですが、このところ、どういう訳か、同性のペアで行動していImg_1518c ます。メスは、奥平屋敷跡への入り口の脇、カルガモがよくいるところで日向ぼっこ&羽繕いをよくやっています。オスは、2羽がつるんで、あちこち泳ぎ回っています。しかも動きが妙にシンクロしていたりして、「不適切な関係」を疑いたくなります。
Img_9492c 危うく見逃しそうになりました。ずいぶん久しぶりにゴイサギの姿が、鎮国Img_1532c 守国神社社務所裏にありました。いつものクスノキです。2度目に見に行ったら、移動していて、西側の堀越しには見えず。右の写真は、九華稲荷社の参道から撮ったもの。
Img_1538c イソシギは、野球場の南の堀沿いを移動していました。遊歩道を歩いてみたり、けっこうよく動いていました。昨日も見ましたので(写真には撮れず)、よく来ているようです。同じ個体のように思いますが、自信はありません。
Img_9583c モズは、本丸跡にて。この直前、二の丸跡で見たものの、写真には撮れず、残念に思っていたら、再登場。存在をアピールしているようにも思えました(微笑)。
Img_9586c ところで、ゴイサギを再度見に行ったとき、北門近くで、「ヘンなもの」を発Img_9590c 見しました。最初はなんだか分からなかったのですが、よくよく見たら、キジバトでした。やたらふっくらしながら、羽繕いをしていたのでした(苦笑)。今日は、このほか、木のこぶが光線の加減で珍しい鳥に見えてしまったり、一人苦笑することが他にもありました。
Img_1547c しばらくは厳しい寒さが続くようです。年末年始ですので、どちら様もご自愛くださいますようにお祈り申し上げます。もちろん他人事ではありませんので、自分自身も十分気をつけなくてはと思っております。最後は、「ゆる鉄」写真に倣ったわけではありませんが、名付けて「ゆる鳥」写真(片隅に、住吉キンクロウズが写っております)。お粗末 m(_ _)m

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2017年12月25日 (月)

時雨に3回も降られました(苦笑)……虹も見られたので、まぁ良し

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 9時前、蟠龍櫓近くを歩いていたら、北の空に虹が見えました。気づいたとImg_9414c きは、もう少しはっきりしていたのですが、カメラを構えたとたんに薄らいでいってしまいました。雨はもう大丈夫だろうと高をくくって、散歩に出て来たのですが、多度山の方は時雨れてきていました(苦笑)。「これはちょっとヤバいかも」と思ったのですが、そのまま歩き続けました。
Img_1404c 今日は、晴れていたかと思ったら、時雨れてきたりと天気はかなり変動しました。8時40分に散歩に出て、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、寺町と6㎞、しっかり歩いてきました。九華公園で3回、東屋と管理事務所で雨宿りさせてもらいました。左の写真は、散歩に出たとき、住吉神社の前で多度山の方を見たもの。冬の雲です。
Img_1422c  住吉入江には、キンクロのオスが2羽、オオバンが3羽。揖斐川にも右岸近くにキンクロハジロが6羽。他には、写真のように、カンムリカイツブリが3羽ほど。けっこう波が立っているので、「波乗りカンムリカイツブリ」です。
Img_1412c_2 七里の渡し跡には、ヒドリガモのペアが2組と、コガモのオスが4羽。昼以Img_9403c 降、ここを通ってもカモの姿はありませんので、他から餌を食べに来るものと思います。三の丸公園、吉之丸コミュニティパークあたりには、ほとんど鳥はおらず。ハクセキレイ1羽、ドバトくらい(苦笑)。
Img_9418c 九華公園も、いつもに比べ静か。ヒヨドリ、ドバトはいたものの、数は多くありません。空模様も怪しくなってきましたが、散歩続行(今日は、傘を持ってこず……苦笑)。土俵近くでツグミが1羽。今日は、鳥見はあまり芳しくなさそうです。
Img_9430c それでもカモたちは、今日は57羽とやや多め(微笑)。ハシビロガモのオImg_9433c ス2羽、メス2羽、ヒドリガモのオス2羽、メス2羽とキンクロハジロ。ホシハジロは見当たらず。オオバンは2羽。
Img_9450c ユリカモメは、5羽と激減。一挙に1/10! これはもう、餌につられてやってくるとしか思えませんねぇ(笑)。笑うしかありません。カワイイ顔をしていますが、けっこうえげつないというか、現金というか(爆)。ユリカモメのイメージダウンにつながるようなことをけっこう書いてしまっていますが……。
Img_9446c 本丸跡では、シメや、モズの鳴き声が聞こえたものの、見つからず。ハクセキレイだけが相手をしてくれました。散歩する人は少なかったものの、“バールフレンド”のお二人と、年配のYさんご夫婦は、今日もきちんと散歩に来ていらっしゃいました。見習わなければなりません。
Img_9445c 九華公園の本丸跡では、駐車していた軽自動車の下に旅ネコが1匹。こういうところは、いくらか暖かいのでしょうね。ネコは、寒い時期、クルマのエンジンルームやタイヤの間に入り込む性質があり、クルマを動かす前に「猫バンバン」をしようという取り組みがあります。こういう姿を見ると本当に必要なのだと思います。
Img_1445c 寺町から住吉入江に来たら、目を疑うような光景に遭遇。カメが、階段に上がって甲羅干し中。いくら日がよく当たっているからといって、ちょっと無謀ではないかと心配になります。

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2017年12月24日 (日)

「トリが映っていないトリの生態写真」……ブログ紹介

 「トリが映っていないトリの生態写真」という記事を「5号館を出て」さんが書いていらっしゃいました。「エッ?!」と思って早速見てみたら、本当に鳥が写っていない鳥の生態写真の紹介でした(微笑)。National Geographic誌の2018年1月号にその特集が載っているそうです。National Geographic誌は、小生も購読していますので、届くのが楽しみです。

C0025115_21495588 こちらが、「5号館を出て」さんの記事にあった写真です。「トリが飛んだ軌跡なのです。バルセロナの写真家Xavi Bouさんが長年の試行錯誤の結果、ビデオ撮影したトリの飛行からその軌跡を取り出すことに成功してできあがった生物学であり、また芸術でもある作品です」という説明がついています。
 Bouさんのホームページには、もっとたくさんの写真が載っていました(英語です)。“Ornitographies”ということばが載っていましたが、「5号館を出て」さんは、「鳥類写真学」と呼んでおられます。いくつか写真を見てみましたが、感心することしきり(微笑)。いろいろなことを考える方がいらっしゃるものです。

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近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」(12/22)へ(その3で完)

 近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」(12/22)シリーズの3回目です。昨日のその2では、富田小学校の敷地内にある「明治天皇御駐輦跡碑」から、「茂福城跡」までを書きました。今日は、伊賀留我神社、浄恩寺、そして最終の立ち寄りスポットの垂坂公園となります。この途中でも、3カ所ほど寄り道をしています。

Img_8867c 茂福城跡から近鉄名古屋線の線路をわたり、県道64号線の高架をくぐっImg_8872c て、この県道沿いに北西へ。この県道は東名阪の四日市東インターから四日市港・霞ヶ浦コンビナートを結んでいます。以前は、「富田山城有料道路」といって、有料でしたが、 平成6(1994)年11月に県道64号上海老茂福線になり、さらに、平成8(1996)年7月に全区間通行料無料となっています。ほぼ一直線に作られていて、トラックやタンクローリーが非常にたくさん走っています。行程も半分を過ぎたあたり、ほぼ1㎞ほど、やや上り坂になったところをひたすら歩くという感じでした。
Tobogawayouhaishoc 下調べをしたところ、伊賀留我神社は、2つありました。左の地図のように、伊賀留我神社前の交差点を挟んで、南北に2つあるのです(両社の間は250mほど)。当日、地図をもらうまではどちらに行くか分かりませんでしたが、いずれにしても両方行こうと思っていました。今回の立ち寄りスポットは、交差点南にある伊賀留我神社(羽津戊にある方)でした。この近くには、天武天皇迹太川御遥拝所跡や、荒木十兵衛頌徳之碑もありますので、伊賀留我神社(茂福)と3カ所、寄り道(微笑)。
Img_8884c  伊賀留我神社のある鵤(いかるが)村は、もとは一つの村でしたが、寛永年間(1624~1645)に南北二村に分れました。北鵤村は、桑名藩領で、北の伊賀留我神社は、齋宮(いつきのみや)大明神とか、北鵤村伊賀留我神社と称しました。一方、分村した南鵤村(こちらは、忍藩支配所)にも、新たに伊賀留我神社を祀り、ここに新旧二社が併立となりました。その後、安永8(1779)年に、両村の氏子で本社末社の争論が起こったといいます。社記によれば鵤御厨(いかるがみくりや)の地名より起り、垂仁天皇のとき、額田部の子孫が天照大神を奉斎して鈴鹿忍山宮への巡幸中に休んだ場所に天照大神の荒御魂を祀ったと伝えられるものの、天正の信長の兵乱によって神社所有の古文書などが失われ、創祀年代など由緒は不詳だということです。写真は、北伊賀留我神社にあった説明板。伊賀留我神社は、斎宮と記されており、斎宮は伊勢神宮の斎宮ですから、伊勢神宮との関連があると思われます。また、鵤の地名は、大和の斑鳩との関わりも伺わせます。ここ鵤は、聖徳太子の御料地という言い伝えもあるそうです。
Img_8880c 北伊賀留我神社(茂福)の立派な石柱が、伊賀留我神社前交差点の脇にImg_8888c 立っています。ご祭神は、大日霊貴命、(配祀)大山祇命、意富伊我都命、倉稲魂。この神社には、「いのこ神事」の名残の大太鼓、大鉦が伝わっているそうです。「いのこ」は、「亥の子」で、旧暦10月の亥の日に、行われる行事で、収穫祭の一つのようです。古来、春の亥の日にやって来られた田の神が、山に去っていく日と信じられているそうです。関西地方で盛んに行われるといいます。「祭典行事表」には、「11月26日 奉告祭 いのこ」とあり、実際には11月末の日曜日にあると書かれていました。
Img_8915c 北伊賀留我神社の北、200mほどのところに「天武天皇迹太川御遥拝所Img_8902c 跡」があります(県指定史跡)。大矢知町の民家の隣です。壬申の乱(672年)の際、大海人皇子(のちの天武天皇)は、奈良の吉野を離れて伊賀に入り、鈴鹿から三重郡家に進み、さらに朝明郡の迹太川(とおがわ)のほとりで天照大神に戦勝祈願したといいます。御遥拝所跡の碑が立つこの地は、江戸時代の人がその場所であると考えたところだそうです。
Img_8908c 慶応2(1866)年に造立された石柱には「天武天皇呪志(のろし)の御松斉宮」とあります。近年まで松の古木が立っていたといい、そのためこの地が御遥拝所跡として昭和16(1941)年に指定されたのです。松は平成14(2002)年に枯れ、今は、地元自治会が植えた槇の木があります。ここは、雑草も生えておらず、きれいになっていました。桑名市の歴史講座で、壬申の乱のとき、ここで大海人皇子が戦勝祈願をしたという話を聞いて、一度来てみたいと思っていた願いがかないました。
Img_8912c ところで、この御遥拝所跡は、川沿いにあるのですが、この川は、十四川でした(古くは、咒志川(しゅうしがわ)といったようです。3枚目の写真にある伊賀留我神社の説明もご覧ください)。「迹太川」は、現在の「米洗川」と書かれています(ホントに歩く東海道など)。米洗川を調べると、垂坂公園の北から東にかけて流れている川が出て来ます(こちらなど)。この地に「天武天皇のろしの松」とされた老松があったために天武天皇の御遥拝所と定められたということですから、確かにここで大海人皇子が戦勝祈願をしたかどうかは、分かりません。
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 御遥拝所跡から南に50m足らずのところに「荒木十兵衛頌徳之碑」があります。荒木十兵衛は、桑名藩領朝明郡北鵤村の庄屋で、羽津用水を築造した人物です。田園地帯であるこの地は七つのため池があるものの、水利に恵まれずたびたび干害に見舞われました。十兵衛は村を干害から救うために、困難な利害を調整し、朝明郡平津村(現平津町)の朝明川から取水工事を行い、宝永3(1706)年全長6㎞に及ぶ羽津用水を完成させました。この用水のおかげで北鵤、羽津、茂福等の村々の水田に水を潤すことができ、作物も豊かに実るようになりました。
Img_8898c 同年、十兵衛の俊英を恐れた桑名藩は、褒賞を与えると見せかけて十兵衛を城内に召し、毒殺してしまったそうです。昭和27(1952)年(昭和28(1953)年4月としている情報源もあります)、四日市市長の吉田千九郎は十兵衛の功績を讃え、顕彰碑を北鵤の地に建てました。鵤説教所には、荒木十兵衛の位牌が安置されているそうです。なお、羽津用水の開削者については、時の郡代・野村増右衛門とする異説があります。
Img_8895c 頌徳碑のとなりには、「殉難の碑」も建っています。こちらは、羽津用水改作の際、十四川と交差させる地下の難工事で殉じた方々のためのものです。
Img_8938c これで寄り道を終え(微笑)、伊賀留我神社前交差点をImg_8940c 渡って、ハイキングのルートに戻ります。こんな寄り道をしていたのは、小生一人でした(苦笑)。南伊賀留我神社であります。ご祭神は、天照大御神荒魂、大年神、大山祇神、天武天皇、意富伊我都命、倉稲魂、大日霊貴。寛永年間に分村して、祀られたことはすでに書いたとおりです。
Img_8949c こちらの、南伊賀留我神社では、「日待祭」が伝わっているそうです。「日待」とは、旧暦1・5・9月の15日または農事のひまな日に講員が頭屋(とうや)に集まり、斎戒して神をまつり徹宵して日の出を待つ行事といいます。ここ伊賀留我神社では、祈年祭の前夜、2月15日の夕刻から16日の早朝にわたって日待祭が執り行われています(こちら)。
Img_8951c 南伊賀留我神社では、大変珍しいものを見つけました。小生は、初めて見ましたし、たまたま一緒になった、男性3人組の参加者も「これは見たことがない」とおっしゃっていました。「皇居遙拝所」です。最初は、「神宮遙拝所」かと思い、それにしては向きがヘンだと思ったくらい。Wikipediaには、「宮城遙拝」ということばが載っています。次に引用するような説明が書かれていました(用語として不適切なものがあるかも知れませんが、そのまま引用します)。
宮城遥拝(きゅうじょうようはい)とは、日本や大東亜共栄圏において、皇居(宮城)の方向に向かって敬礼(遥拝)する行為である。遥拝する場所は、日本国内(内地)、外地、外国を問わず用いられている。皇居遥拝(こうきょようはい)とも言う。
天皇への忠誠を誓わせる運動の一つであり、君が代の斉唱、日の丸の掲揚、御真影への敬礼と共に、宮城遥拝も盛んに行われた。特に第二次世界大戦中には、天皇に忠誠を誓い、日本国民の戦意の高揚を図る目的で、宮城遥拝の動きは頂点に達した。
Img_8957c 碑陰(裏)を見ると、「昭和11(1936)年10月建立」と刻まれていました。後で触れます「神宮遙拝所」の石柱も時を同じくして建てられ、「御造営記念」とありましたから、拝殿などがつくられたのを機会にこの「皇居遙拝所」も建てられたと思います。昭和6(1931)年には満州事変、昭和8(1933)年に国際連盟脱退、昭和11(1936)年には二・二六事件という歴史の流れを考えますと、戦意高揚という意図があったと推定されます。
Img_8960c 南伊賀留我神社の神宮遙拝所。上記のように、昭和11(1936)年10月に建立とありました。
Img_8930c この南伊賀留我神社の前(東)は、水田などが広がり、遠く四日市港方面がよく見えました。四日市港ポートビルから、四日市ドームあたりまでです。さすがにこのあたりでは、歩き疲れてきましたが、この眺めに励まされ、次の目的地、浄恩寺へ向かいます。途中、終業式を終えて下校途中の小学生の女の子から、挨拶され、ついでに、「何をしているんですか? みんなたくさん歩いているけど」と聞かれました。不審人物とは思われなかったのは幸い(微笑)。オッサン、オバさん(というよりも高齢者か?)がぞろぞろ歩いているのを見て不思議に思っても当然です。
Img_8974c 南伊賀留我神社の一の鳥居から500mほど。斑鳩山浄恩寺に到着。浄土Img_8973c 真宗本願寺派。天延2(974)年10月、大僧正良源が、舟木兵部少輔良兄に招かれて垂坂山でしばらく居住した際に、弟子の覚鎮が当地に斑鳩山大膳寺を創設、天台宗寺院として栄えたのが前身。その後、長享2(1488)年3月、16代円爾のとき本願寺蓮如上人が当地に寄った際、その教化を受けて延徳年間(1489~1490)に浄土真宗に転じ、大膳寺を出て斑鳩山浄恩寺を起こしたという。この際、蓮如上人から御親筆六字及び十字の名号が与えられ、寺宝として残されているそうです。
Img_8977c 浄恩寺第21世空源は、伊勢、美濃、三河の僧徒たちと長嶋で一揆を起こImg_8981c し、織田信長に敵対したといいます。しかし、空源は7年間に及び先頭に立って防戦に努めたものの、遂には戦死したそうです。現在の本堂は明治28(1895)年の建立です。また、境内には太子堂があります。これは、本山格寺院にならうものですが、当初からこのような伽藍を持っていたわけではなく、太子堂は明治2(1869)年に三光寺(西富田町)から移建されたものだそうです。
Img_8991c 浄恩時から垂坂公園へ向かうところで、またもや若干迷いました。地図の説明がよく飲み込めず。近くで工事の交通整理をしていた方が手招きをしてくださったので、そちらへ。「さっきからたくさんみんな、こっちへ行ったよ」ということで、助けられました。垂坂公園へは、バードウォッチングで来たことがあります。
Img_8992c 垂坂公園到着は、正午。20分あまりベンチで休憩。お腹もすいたので、Img_8993c 持ってきたお茶とクッキーで小休止。同じハイキングに参加した女性と少しお話。同行者が先に先にと行ってしまい、はぐれたとのこと。このあと、この方は北へ2㎞ほどのところにある垂坂山観音寺へ寄り道されると。小生よりも、上級の寄り道(笑)。小生も、観音寺への寄り道を考えなかったわけではありませんが、ちょっと遠すぎるとパスすることにしたのです。
Img_8997c 鳥の鳴き声も聞こえていましたが、昼も過ぎていましたので、公園を抜けImg_9017c て羽津中学校の方へ。ここからゴールの近鉄名古屋線・霞ヶ浦駅までは、一直線で1㎞半くらい。ひたすら、黙々と歩き、12時55分着。この時点では、まだ10.8㎞も歩いたことは知るよしもなし(苦笑)。ただただ「よく歩いて、疲れた」と思っていました。
Img_9024c ちょうどすぐ12時58分発の準急名古屋行きがやって来ましたから、これImg_9030c に乗って、桑名へ。桑名駅着は、13時11分。電車賃は、往きも帰りも、片道¥260なり。半日十分楽しめましたし、あれこれ調べたり、まとめたりでさらに遊べます。オマケにKIPSポイントを100いただけます。これで、年内の鉄道会社主催のウォーキングは、お仕舞い。まだ企画はありますが、個人的にはまた年明けからというつもりです。
 長々とお付き合いくださり、御礼申し上げます。間違いその他、お気づきの点がありましたら、是非ともご教示ください。

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鎮国守国神社に門松……鳥たちは少なし

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 いつも行く、九華公園にある鎮国守国神社。今日、門松が登場していましImg_1384c た。12月24日ですから、早くはないかも知れませんが、この頃はあまり早くから門松が立っているのは見ません。今年もあと1週間。ウロウロしているうちに年が暮れ、正月が来るのでしょう(苦笑)。
Img_1392c その鎮国守国神社、昨年新たに設けられた「御車修祓殿」の扉が開けれてImg_1393c いました。初めて見たので、ついつい好奇心が出て、写真に収めてきました(微笑)。取り立てて変わったところがある訳ではなさそうですが……。三方が置いてある背後が壁ではなく、ガラス戸になっていたくらい。
Img_9322c_2 さて、散歩は、木曽川、三ツ又池公園などの遠征も考えたのですが、天気が今ひとつスッキリなさそうでしたので、見送って、いつも通り。8時40分から11時半にかけて住吉神社と九華公園を往復。公園の管理事務所でいろいろと話し込んでしまい、他へは回れず、4.7㎞でした。今日の揖斐川は、赤須賀漁港の船が出ていて、鳥は見当たりません。
Img_1401c_2  こちらは、ハシビロガモのオス2羽。ちょうどうまい具合に並んで泳いでいました。ハシビロガモも、渡ってきたときは、エクリプスの状態で、メスに近い羽の色をしています。それが次第にオスらしく変わってくるのです。そのスピードには個体差がありますが、この写真で比べるとよく分かります。
Img_1364c_2 カモたち、今日は合計46羽。またもや40羽台に戻ってしまいました。ハシビImg_9338c ロガモのオス2羽、メス22羽、ヒドリガモのオス1羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽と、その他はキンクロハジロ。ヒドリガモは戻ってきたものの、数は依然として低迷状態。どこに行っているのでしょう、カモたちは?
Img_9380c カモといえば、ハシビロガモのメスが、ちょっとトラブった感じの後、向かい合って、回りながら首を上下するという行動を見せていました。動きもシンクロしていましたので、何かのディスプレイ行動と思います。仲直りでしょうか? 
Img_1370c ユリカモメは、57羽。自転車で公園内を移動しながら、ユリカモメに餌をImg_9348c やるという、新しいパターンを試みる人があって(鳥見からすると、迷惑です)、なかなか数えられませんでした(苦笑)。これらの2枚の写真は、奥平屋敷跡から二の丸跡へ行く橋で撮影。昨日の写真ほどではありませんが、ユリカモメを正面から見たところは、かわいいです。
Img_9340c ただし、かわいく振る舞っているのは、何もなく、平穏なときだけですから、だまされてはいけません。「餌」となると、かなりえげつなくなります(苦笑)。昨日の記事(キュートなユリカモメに参りました)でも、キンクロハジロを追いかけていましたが、踏みつけにしたりすることもあります。この写真でも,よく分かりませんが、中央あたりでキンクロハジロが踏まれています。
Img_1398c 鳥たちは今日も少なめ。シメやびんずいは一度姿を見せただけで、その後は音沙汰なし。変わって、今日は、九華公園の土俵のところで、ツグミが4羽同時に登場。ドバトに混じって、地上で木の実を啄んでいました。

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2017年12月23日 (土)

近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」(12/22)へ(その2)

 昨日に引き続き、“近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ”のその2であります。昨日は、川越富洲原駅からスタートし、田村寺(四日市市西富田)、旧東海道を歩き、四日市市富田一丁目の市民センターにある道標まで見てきました。

Img_8766c 富田地区市民センターの隣に、富田小学校があります。その敷地内に「明Img_8764c 治天皇御駐輦跡碑」が建っています。「駐輦」とは、天皇がお休みになることを意味します。つまり、このあたりで明治天皇がお休みになったことを示すのが、この碑です。明治天皇は、4度、この地で休まれたといいます。説明板によれば、明治元(1868)年9月20日、京都を出発し、東京へと向かわれたのですが、24日に四日市に泊まられ、翌25日、富田茶屋町広瀬五郎兵衛という方のところで、小休止をおとりになったそうです。このとき、焼き蛤をご賞味になったようです。東京には、10月13日に入っておられます。
Img_8769c その年の12月19日、京都へ帰られる途中、再度、広瀬五郎兵衛方でお休みになっています。翌明治2年3月、神器を奉じて東京に遷都されるとき、3月15日にまた広瀬方で小休止。4度目は、明治13(1880)年7月、陸軍大演習をご覧になるため、三重県に行幸されたとき、やはり広瀬方でお休みになったといいます。広瀬五郎兵衛宅は、この富田小学校正門から富田地区市民センターあたりにあったそうです。なお、記念碑は、公爵・近衛文麿の筆です。
Img_8780c 旧・東海道を200mほど進むと、十四川の手前、東側に善教寺があります。Img_8778c真宗高田派の寺院で、ご本尊は、阿弥陀如来。このご本尊は、国の重要文化財に指定されています。作善日記から仁治2(1241)年正月頃造られたと考えられています。
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 本堂は大変立派です。高田派の本山である専修寺如来堂によく似てImg_8783c います。このあたりは、「海戸尻(かいとじり)」と呼ばれていたといいます。海岸線がこのあたりまできていたからと思われます。海戸尻道場があり、これが善教寺の前身であったそうです。ご本尊(木造阿弥陀如来立像)と、その像内納入文書は、右の写真にある蔵に保管されています。
Img_8790c 善教寺の南を十四川が流れています。ここは、桜の名所として知られています。10.2㎞の堤に600本のサクラが植えられ、川を覆う桜のトンネルができます。ただし、大正12(1923)年)に植林されたものだそうですから、江戸時代の旅人は目にしていません。
Img_8796c  十四川を渡ったところに常夜燈があります。碑表には、「氏子中(うじこじゅう)」とあります。今迄は何気なく見ていたのですが、この「氏子中」は、「同じ氏神を祭る人々。氏子の仲間」という意味だそうです。何でもおろそかにせず、調べてみることが大切でした(苦笑)。裏(碑陰)には、天保10(1839)年建立と刻まれています。
Img_8798c こちらは、南富田町あたりの東海道沿いの様子。連子格子というのでしょうか、昔風のたたずまいも見られ、旧・東海道を歩いているという気分にさせてくれます。
Img_8804c 常夜灯から300m弱で、薬師寺につきます。浄土宗のお寺で、ご本尊は、Img_8802c 阿弥陀如来。大同年間(806~810)、この地に疫病が流行し、人々が苦しんでいたことを旅の途中で知った弘法大師が、薬師如来を彫って開眼すると、人々の難病はたちまち平癒したので、人々は弘法大師に感謝するとともに、薬師堂を建て薬師如来を祀ったことに始まるといいます。その後、茂福城主であった朝倉下総守盈盛(みつもり)が菩提寺としたそうです。しかし、永禄10(1567)年、瀧川一益の兵火で焼失しています。ちなみに、ここは尼寺で、訪れたときちょうど庵主様が出ていらっしゃり、「お念仏に生かされて生きる!!」という小冊子をいただいてきました。
Img_8800c 薬師寺の門前には、忠魂碑や慰霊塔が4基建っています。中央右にある忠魂碑は、帝国在郷軍人会富田町分会によって大正4(1915)年11月に建立されています(こちらのブログ)。中央左の慰霊塔の方は、大東亜戦争殉国士慰霊塔で、富田地区遺族会が建てたものといいます(こちらのリストにあります)。4基ともの説明は、「いのりむし文庫」さんのブログ記事にありました。こちらをご参照ください。
Img_8817c このお寺まで、旧・東海道沿いを歩きます。光明山常照寺です。浄土真Img_8823c 宗本願寺派のお寺。ここは、四日市市茂福町になります。天文7(1538)年、釈法導によって開山され、寛文年間(1661~1673)にそれまでの天台宗から浄土真宗本願寺派に転派しています。詳細は、調べたものの分かりませんでしたが、本堂は明治42(1909)年に再建され、鐘楼・山門は明治の末に建てられたといいます。平成7年11月本堂・鐘楼の屋根の修復が行われたようです。
Img_8824c 鐘楼の鐘は、昭和27(1952)年の四日市大博覧会で「平和の鐘」として展Img_8827c 示されたものです。ちなみに、「四日市大博覧会」は、2回開かれており、昭和27(1952)年のものは、「講和記念全日本農機具新日本産業大博覧会」です。この博覧会については、三重県のサイト「歴史の情報蔵」のこちらのページに言及があります。ちなみに、もう一つの「四日市大博覧会」は、「国産振興四日市大博覧会」で、昭和11(1936)年3月25日から同年5月13日までの50日間開かれました。
Img_8816cc この鐘の池の間(いけのま:梵鐘の部分の名。鐘身の中央部で、乳(ち)の間と中帯の間にあり、銘などが刻まれている。)には、常口(じょうこう)の歌「一筋に世界の平和祈りつつつくやこの鐘永久に(とわに)ひびけと」が刻まれています。
 東海道は、常照寺のところで、鉤型に曲がり、そこに新設用水道の碑と力石が2つあります。これも見てくれば良かったのですが、常称寺から出てどちらに向かうのか、地図がわかりにくく、少々迷いました。同じハイキングに参加した方と、「こっちですよね」と話しながら歩いてしまい、今回はパスして、茂福神社へ。JRさわやかウォーキングでは、要所要所に案内の矢印が掲げられていたのですが、近鉄ハイキングではそれはないようで、このあと浄恩寺のところでも若干迷いました(苦笑)。
Img_8836c 茂福神社。近鉄名古屋線の線路のすぐ東にありました。御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。「須佐之男命(スサノオノミコト)」のことです。相殿神は、天照大御神、保食神(うけもちのかみ)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、大山祇命(おおやまつみのみこと)、大宮能売命(おおみやのめのみこと)、上筒男命(うわつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、底筒男命(そこつつのおのみこと)。
Img_8840c 創祀は、永禄10(1567)年以前と考えられています。明治28(1895)年4月、茂福神社と改称されるまでは天王社と称されました。明治40(1907)年12月に富田村大字茂福内の稲荷社、神明社、住吉社、山之神を合祀しましたが、明治42(1909)年に島出神社に合祀されてしまいます。合祀後は3月1日の御鍬祭、7月24日の夏祭、10月10日の秋祭には、鳥出神社より御神霊を神輿で境内地に迎えて祭りを執り行ったそうです。昭和25(1950)年に至り島出神社より分祀され茂福神社は再興されたそうです。
Img_8843c 茂福神社の西に茂福城跡があります。ここは、今回コースには入っていImg_8861c ませんが、是非とも訪れたかったところ。近鉄名古屋線の富田駅と霞ヶ浦駅の中間の線路脇に小さな土壇と石碑が建てられています。電車から、右のような看板が見えます。
Img_8846c 城跡を標示する石柱と最後の城主・茂福盈豊(みつとよ)の碑が建てられています。この碑文によると、貞冬という人物が越前朝倉Img_8849c 氏のもとにいましたが、応永年間(1394~1428)の乱を避けて当地に移り、地名に因んで茂福氏を名乗ったとされます。また、朝明川上流の保々に城を構えていた朝倉氏は、その同族といわれています。
Img_8852c 「伊勢軍記」によれば、永禄3(1560)年に茂福氏は羽津城の田原氏と合戦に及び勝利したとあり、その7年後に城主朝倉盈豊は、長嶋で織田信長の家臣である瀧川一益に謀殺されたとあります。その際、斬られた主人の首を家臣の小川宗春が奪い取り、朝明郡保々(朝倉氏の本拠地)に葬ったといわれます。この時の戦いで茂福城は落城したとされます。
 桑名、朝日、四日市あたりを歩いていますと、寺や、城跡については、織田信長や滝川一益によって滅ぼされたという説明をよく見ます。信長の本願寺との対立や、長島一向一揆などとの関連があると思いますが、小生自身、まだその辺りが整理されていませんので、それについてはもう少し考えてから。
 その2は、この辺りまで。茂福城跡で、ほぼ4㎞半です。その3では、伊賀留我神社(事前の下調べでは、2つありましたが、地図をもらうまではどちらに行くか分かりませんでした)、天武天皇迹太川御遥拝所(てんむてんのうとおがわごようはいじょ)跡、浄恩寺、そして、垂坂公園について。その3で完了の見込みです。伊賀留我神社では、初めて見た、珍しいものも発見しました。

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キュートなユリカモメに参りました

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 さすがに13㎞歩くというのは、疲れました。今日は、昼食後、1時間ほど爆睡しておりました(苦笑)。「何事もホドホドが肝心」といいますが、「ほどほど」ほど(親父ギャグではありません)難しいことはありません。今日はいつも通り、8時40分から11時半、住吉神社、九華公園、貝塚公園、春日神社などを回って5.9㎞。今日も暖かい日です。
Img_1341c 今日は何といってもこの写真です! うまい具合にポーズを撮ってくれたように見えます。こういう写真が撮れますから、鳥見は止められません(微笑)。九華公園二の丸橋にて。
Img_9123c その九華公園の二の丸橋、先日は、合計10羽くらいしかユリカモメが並びImg_9103c ませんでしたが、今日は、80羽以上が集まっていました(数えられたのは、81羽)。そっと近づいて行くと、3~4mくらいのところまで近寄っても大丈夫でしたので、いろいろと試してみました。
Img_9168c 左は、ちょっとビビって、そっと離れようとする、ユリカモメの若。3mくらい以内に行くと、やばいようです。この写真、116mmで撮って、ノートリミング。
Img_9191c 左は、250mmで撮って、やはりノートリミング。上左と同じ個体のユリカモメ。Img_9150c 右は、橋のたもとに降りて、ちょっと見上げるような感じで撮ってみました。ワンパターンからの脱却で、これからもあれこれ試みてみようと思っています。
Img_9250c 公園内を一周して、二の丸橋の南の袂に来たら、キンクロハジロが2~3Img_9255c 羽潜っているところに、ユリカモメも集まって騒ぎになっていました。浮かんできたキンクロハジロを追いかけたり、ダイビングするユリカモメがいたり。
Img_9260c はっきりとは捉えられませんでしたが、オレンジ色のものを咥えて浮かんでくるユリカモメがいました。何か餌になるものがここにいる(ある?)ようです。このオレンジ色のものが何かは、不明。
Img_1284c さて、話を戻して、揖斐川沿いから。住吉水門のところでは、ツグミ。おとImg_1285c といもここで見ました。ツグミも好みの場所があるでしょうから、同じツグミかと勝手に決めています。揖斐川には、カンムリカイツブリが合計7羽ほど。カンムリカイツブリも潜水名人に変わりなく、結構長い時間潜って、かなり遠いところに浮上してきます。
Img_9098c 九華公園のカモ、しばらく40羽台が続いていましたが、今日は54羽。ただImg_9265c し、ヒドリガモの姿が見られなくなりました。ハシビロガモのオス2羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロ。他にオオバンが2羽。オオバンも居着いたのかも知れません。
Img_1307c 公園内を一回りして、アオサギ、ゴイサギを再確認に行ったところ(どちらImg_1314c も今日はいませんでした)、北門近くの堀にイソシギが1羽。10月頃から時々見ています。今日は、右のように、イソシギ、ヒヨドリ、キジバトのスリー・ショットも撮れました。ヒヨドリやキジバトも水に入るんだというのも、新発見でした。
Img_1326c 同じ頃、土俵の近くでは、ツグミが2羽、地上に降りて、採餌中。両方とも、黒っぽい木の実を啄んでいました。このあと、モズが出て来たのですが、あいにくピンぼけ写真(苦笑)。
Img_9273c モズは、貝塚公園でもでてきました。証拠写真ですが、載せておきます。貝塚公園、例年、ツグミがわんさかいるところなのですが、今シーズンは、未だゼロ。ヒヨドリも少なめ。ウグイスの地鳴きらしきものは時々聞こえます。
Img_1351c 今日は、一周してもシロハラが見つからなかったのですが、帰る寸前、Img_9282c 木々の下で待っていたら、ひょっこり出て来ました(微笑)。じっと動かず、観察と写真撮影だけしていましたら、目の前数mのところで餌探し。
 ということで、今日のバードウォッチング、鳥の種類は多くはなかったものの、しっかりと楽しめました。そろそろ年賀状をつくらねばなりませんが、パソコンを更新したため、今迄使っていたハガキ作成&住所管理ソフトが使えなくなり、データ移行と、使い方習熟に手間取っています(苦笑)。

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2017年12月22日 (金)

近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1)

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 今日は、こちらへ。予定通り、近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ行ってきました。名古屋線の川越富洲原駅を20171222kintesuhaikingkawagotomis_2 出発、霞ヶ浦駅まで約8㎞というコースです。近鉄ハイキングへの参加は、初めて。ちょっとドキドキしました(微笑)。コースは、右の画像の通り。右上にある川越富洲原駅を出発し、田村寺、薬師寺、常照寺、茂福神社、伊賀留我神社、浄恩寺から垂坂公園を経て、名古屋線・霞ヶ浦駅まで。約8㎞ということでしたが、例によって、コース外のところに立ち寄っていましたので、実測距離は、10.8㎞。桑名駅までの往復が2.2㎞ですから、何と13㎞も歩いてきました。前回のJRさわやかウォーキングの記事と同様、何回かに分けて、その記録を書きます。今日は、その1。
Img_8677c 川越富洲原駅西口広場に、9時半~10時半に集合ということでしたが、桑名駅を9時10分の四日市行き準急に乗車。9時18分到着。すでに数10人の方が並んでいました。ここで、受付。「あみま倶楽部」の会員証にスタンプを押してもらい、地図を受け取ります。さらに参加するたびにKIPSポイントが100ポイントもらえます(KIPSカードに蓄積)。
Img_8710c 最初の立ち寄りポイントはこちら、弘法山田村寺。真言宗醍醐派のお寺で、20171222chuunichshinbuntamurajic 三重四国八十八箇所の5番札所に当たります。川越富洲原駅は、三重郡川越町でしたが、1.3㎞ほど来たここはすでに四日市市西富田になります。今朝の中日新聞北勢版にも記事が載っていましたが、昨日・今日と、冬至の「中風封じ」法要が開かれ、ご祈祷を受けた参拝者にかぼちゃぜんざいが振舞われます。「かぼちゃ大師」の日として親しまれているそうです。
Img_8689c 境内は思ったほど広くはなく、大賑わいでした。ここのご本尊は弘法大Img_8690c 師。奉納された提灯にも「南無弘法大師」の文字が書かれています。本堂の大かぼちゃの他に、参道にもカボチャが置かれ、これに触れて行く参拝者がほとんど。小生も触ってきました。
Img_8692c こちらが本堂。ちょうど祈祷の真っ最中で、本堂前にたどり着いたときImg_8695c は、祈祷が終わったところ。本堂には、直径60cm、重さ80㎏という大きなカボチャが供えてありましたが、大混雑で写真は撮れませんでした。右は、本堂から境内、山門の方を撮ったもの。すごい人出でした。
Img_8713c 今回のハイキング参加者には、お供え物のおもてなしがいただけるということで、こちらを頂戴してきました。中身は、かぼちゃ煎餅(カステラ生地の薄焼き煎餅)でした。
Img_8704c この田村寺、創立は江戸時代末期(1850年頃~)。寺伝によれば、平安時代初期、坂上田村麻呂公が東征の帰途、この地で休息した際、村人のもてなしに感謝し、田村の姓を下賜され(それ故、この地区には田村姓が多いようです)、江戸時代に坂上田村麻呂公の霊を弔い、草庵を開いたといいます。明治時代、大慈遍照二世の大導師が弘法大師を信奉し、信徒ともに厄除け大師の恩恵に浴し、大師堂を建立、寺号も田村寺となったといいます(別の伝承もあります。こちらもご覧ください)。
Img_8706c 山門を入ってすぐ西に「父母恩(?)重碑」というものがありました。「高野山開創一千百五十年大法会記念」で建立されたようですが、説明はなく、また、裏を確認できず(入れませんでした)、詳細は不明でした。ネットで検索してみても、情報は出て来ません。
Img_8731c 田村寺から西南へ300mほど行くと、旧・東海道に出まImg_8734c す。このあたりは、11月9日に桑名市安永から歩いてきたところです(旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ前編旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ後編)。富田一里塚跡、八幡神社、行啓記念道路碑は、前回も見ました。八幡神社には、すでに門松が立てられていました。
Img_8737c 左は、行啓記念道路碑。大正天皇が皇太子の時(明治43(1910)年11Img_8739c 月)に、三重県立第二中学校(旧制富田中学校・現四日市高校)に立ち寄られたとき、この道路を通られた記念として建てられたものです。この先で、旧・東海道は、直角に曲がります。曲がり角には、右のように、電柱に大きく案内が出ています。
Img_8741c 曲がった先、ある商店の前には、こういう手作り看板が。四日市市内はあちこちに東海道の案内板があります。桑名でもこういうことをしないといけません。尋ねてくださる方への心遣いというものです。
Img_8743c その先の道ばたに、小さな道標があります。道路に面した方は、読めまImg_8744c せんでしたが、南西側には、右のように、「左大矢知中学?」とあります。この道標は、服部泰次郎が建てた道標です。服部泰次郎(1854~1920)は、米穀商として成功した人ですが、行商をしていた頃、道が解らなくて苦労をした経験から、1,000基以上もの道標を建てたといいます。その多くは隣の集落への道筋を示し、ほとんどが地名を刻んでいるそうです。
Img_8747c この道標のすぐ側には、里程標があります。表には「津市元標へ拾里」、左面には「四日市市大字四日市へ壱里八町」と刻まれています。裏や右面は、しっかり確認してきませんでした。リンク先に載っていますが、「桑名郡桑名町大字桑名へ弐里弐拾町/員辨郡大泉原村大字楚原へ四里拾参町弐拾四間」、「大正三年十一月三十日 三重縣」とあるということです。
Img_8755c 富田地区市民センターの脇に、南町集会所という建物がありました。ちょっと不思議なのは、鳥居が建っていて、神社風の建物であること。10畳ほどの広さで、奥に太鼓や提灯があります。詳細は不明。
Img_8758c その市民センターの敷地内にも道標が建っています。「右 富田一色 東Img_8757c 洋紡績 川越村道」と正面に刻まれていました。富田一色は、近くの地名です。東洋紡績(現・東洋紡)の工場は、今のイオンモール四日市北の場所にありました。
Img_8759c ほぼ余談であります。富田地区市民センターに「富田の焼蛤」という看板が掛かっていました。「焼蛤は桑名じゃないの?」と思われるでしょうが、実は、あの有名な焼蛤は、小向(朝日町)と、ここ富田で焼いて売られていたのです。ただし、小向も富田も、江戸時代は桑名藩領でしたから、「桑名の焼蛤」となったと思われます。「その手は桑名の焼蛤」ということばは、江戸時代にはすでに使われていた洒落言葉のようです(こちら)。
Dscn3802_800x600 関連して、四日市市立博物館の常設展示「時空街道」の中に、焼きはまぐりを売る店の様子が再現されています(2017/1/13:「昭和のくらし・昭和の子ども」展へ……四日市市立博物館をご参照ください)。
 富田のお話、まだ続きますが、今日はこのあたりにて(2.7㎞地点までしか、話は到達していません……苦笑)。明日は、富田小学校にある「明治天皇御駐輦跡碑」の話から。明治天皇は、4度、この地で休まれたといいます。その記念碑があるのです。先は長いのですが、あと2~3回、お付き合いくださるようお願いいたします。

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日本文化科学社からWPPSI-Ⅲ発売

Products_wppsi3  日本文化科学社のサイトを見ていましたら、本日(12/22)、日本版WPPSI-Ⅲ知能検査が発売になるということでした。David Wechsler著、日本版作成は、日本版WPPSI-III刊行委員会の大六一志先生と、渡辺弥生先生(画像は、日本文化科学社のサイトからお借りしました)。適用範囲は、2歳6カ月~7歳3カ月となっています。チラシのpdfファイルは、こちらにあります。

 年齢によって測定できる指標は異なり、次のようになっています。いずれにおいても、全検査IQ(FSIQ)は算出可能です:
  • 2歳6ヶ月~3歳11ヶ月:言語理解指標(VCI)、知覚推理指標(PRI)、語彙総合得点(GLC)
  • 4歳0ヶ月~7歳3ヶ月:言語理解指標(VCI)、知覚推理指標(PRI)、処理速度指標(PSI)語彙総合得点(GLC)
 日本文化科学社のサイトでは、「適用範囲の拡大、VCIやPRIなどの指標得点の導入、下位検査の削除および追加など、検査の構成が大きく変わりました。また、幼い子どもが興味をもって取り組めるよう、検査用具にもさまざまな改良がなされています」と説明されています。詳細は、これから少しずつ明らかにされるでしょう。 WPPSI日本版は、1969年にWPPSI知能診断検査が刊行されましたが、長い間、その改訂版は出版されないままでした。「WPPSI-R」を飛ばして、今回一挙に第3版が出版されたわけですが、この間の知能や、その測定、解釈についての理論的、実証的な研究の進展を取り入れていると思われますので、幼児用のWechsler検査として、大きな可能性がある検査と考えられます。
 余談ではありますが、また勉強しなくてはなりませんね(微笑)。

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2017年12月21日 (木)

九華公園にビンズイ登場……明日はまたウォーキング

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 ビンズイがやって来ました。九華公園の二の丸跡。散歩友達の方と話をしImg_8594c ていたら、頭上で鳴き声がしてきました。あちこち探したら、ちょうど真上にいたのです。3羽。漂鳥で、秋冬になると、根雪のない低地などに移動してきて、九華公園にも現れます。松林が好きなようで、地上で餌を探しているところをよく見ます。
Img_8524c 今日は、木曽川や弥富方面に行こうか、迷ったのですが、結局、8時40分から11時15分頃にかけて、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、京町、寺町を回ってきました。結果的には、ビンズイを見られましたし、モズ、ジョウビタキにも出会いましたので、まあ良し。霞んではいるものの、揖斐川の堤防からは木曽御岳が見えます。御岳が見えるときは、寒いと相場が決まっています。
Img_1216c 住吉水門の先の揖斐川堤防、今シーズンここで初めてツグミを見ました。2羽。堤防のこのあたり、昨日のように、ヒドリガモが上陸していることもありますし、ホオジロが来ていることもあります。冬には、ツグミがたいていいるのですが、やっときてくれたという感じ。
Img_1226c 七里の渡し跡、コガモは、オスが1羽だけ、上陸してお休み中。その他は、ヒImg_8515c ドリガモだけと思ったら、カイツブリが1羽混じっていました。パソコンで見て初めて気づきました。ヒドリガモは10羽でしたが、散歩する人に驚いて、揖斐川に逃げていきました。右の写真で、右上にいるのがカイツブリ。
Img_1220c 揖斐川には、カンムリカイツブリが3羽、点在。その他、ユリカモメなども遠くに見えていました。中州のアオサギ、本日はゼロ。どうも行動パターンは読めません。
Img_1229c 三の丸公園にあるセンダンの木は、ヒヨドリ、ムクドリのレストラン状態。入れ替わり立ち代わりやって来て、実を啄んでいきます。見ていると、実がうまく咥えられないということもあります。
Img_8537c 九華公園、今日はアオサギがいました。ほとんどお休み体制でいたのですが、たまにこのように顔を上げます。一応は警戒しているのかという気がします。色・模様からすると、いつもここへ来るアオサギのように思えます。
Img_1250c カモ、ユリカモメの数が少ない日が続いています。今日は、餌をやる人があり、西側の三之丸町内に面した堀に集まっていました。カモは、合計46羽。ホシハジロのオス2羽、メス2羽、ハシビロガモオス2羽、ヒドリガモオス1羽、メス2羽とキンクロハジロ。
Img_8544c ユリカモメ、餌には集まってきます。これがちょっと不思議。野球場のフェImg_1248c ンスにいて、この堀端の様子が見えるのかという気もしますが……。大騒ぎになりますから、きちんとカウントできませんが、数えられた範囲では51羽。
Img_8526c モズを忘れるところでした。まず左の写真のモズ(メス)は、三の丸公園で見たImg_8610c_2 もの。右は、九華公園の朝日丸跡で撮ったモズ(オス)。枝かぶりになってしまっていますが、すぐに逃げられたのです。
Img_8633c 貝塚公園では、今日もまた(苦笑)、シロハラ1羽。ヒヨドリや、カワラヒワはいるのですが、ツグミがやってこないのです。ウグイスの地鳴きらしい声も聞こえていたものの、姿は見つけられずじまい。
Img_8651c 帰りに、三崎見附近くの住吉入江のところで、久しぶりにジョウビタキのImg_8488c 姿をきちんと見られました。メスです。散歩道の生け垣から、入り江の堤防に出て来たところ。ジョウビタキ、実は、拙宅マンショから散歩に出たときに、足場に止まっていたのですが、そのときはきちんと写真に収められませんでした。飛び立つ寸前の後ろ姿の証拠写真(右)。
Img_1273c ところで、桑名別院では、昨日から報恩講が行われています。宗祖・親鸞聖人のご命日の法要ということで、信心深いわけではないのですが、お参りしてきました。境内は、ご覧のようにクルマが満車状態でした。
Img_8637c 明日は、冬至。早いものです。暖かさが戻るという予報ですし、またもや出かけてこようと思っています。今度は、近鉄ハイキングであります。「巨大かぼちゃ「中風封じの田村寺」と垂坂公園を訪ねて!!」というハイキングが、近鉄名古屋線川越富洲原駅~霞ヶ浦駅で催されるのです。巨大カボチャが見たいのでも、「中風封じ」に行きたい訳でもありません。このコースの茂福神社を見に行きたいのと、コース沿いにある茂福城跡や、天武天皇迹太川御遥拝所跡(てんむてんのうとおがわごようはいしょあと:天武天皇が壬申の乱の際、大和から伊賀、伊勢を経て美濃へ行く途中に、この地から伊勢神宮を遥拝し、戦勝祈願をしたというところ)を見たいのと、コース途中で、一部、旧・東海道を通るだろうということで、歩いてこようという次第。またまた、「寄り道」「道草」狙いですが、今回は、酒蔵はありません(微笑)。
 ちなみに、近鉄がやっている「あみま倶楽部」というものにも入っています。「あるく、みる、まなぶ」で「あみま倶楽部」です。この「あるく、見る、学ぶ」というのはよくできたキャッチコピーと思います。

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2017年12月20日 (水)

ユリカモメ、二の丸橋の欄干に並ぶ……メジロ、シロハラにオオバンの「弁足」アップ写真

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 朝6時半過ぎの写真です。名古屋の日の出は6時54分です。大規模修繕工Dscn5551c_2 事の足場が撤去され、外を眺める楽しみが復活しました(微笑)。 右は、同じく、南東の方角を17時過ぎに見たもの。自画自賛ではありますが、気持ちの良い眺めです。中央には、遠く、ナガシマスパーランドが見えています。
Img_8416c 今日は、こちらの写真から。九華公園の二の丸橋の欄干にユリカモメが並Img_8414c びました。今シーズン初めて見られました。とはいえ、数は少なく、片側に5羽ずつ(右の写真)。これまで、多いときに端数10羽が並び、まさに壮観な光景になります。今年も期待しています。
Img_8425c これも、恒例(微笑)。ユリカモメのお尻。今回は、6連発。これまでで最多と思います。
Img_8451c そして、メジロ。この間から九華公園や、貝塚公園で見かけてはいたものの、なかなか写真には撮れないでいました。この写真は、九華公園の土俵の近く、モミジに5~6羽がやって来たところ。今の時期でしたら、サザンカに蜜を吸いに来るところが撮りたいところですが、まぁ、今日はこれで良しとしましょう。
Img_1150c さて、話を戻して、散歩のはじめから。今日は8時50分スタート、11時半まImg_8372c で。いつもの通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、歴史を語る公園、田町と5.7㎞。この写真は、蟠龍櫓の東の揖斐川堤防。ヒドリガモが上陸して、草を啄んでいました。2~3年前から、ヒドリガモは時々ここに集まって、餌を食べています。
Img_1153c 九華公園に到着。ゴイサギや、アオサギはいません。今日はヒヨドリも少なImg_1197c く、静かでした。北門近くの堀で、オオバンが1羽、石に上がっていました。あの「弁足」がよく分かる写真が撮れました。足そのものも大きいのですが、指に葉っぱのようなものがついているのが見えます。これで泳いでいくということです。右のオオバンは、歴史を語る公園で撮りました。
Img_8389c 九華公園、昨日同様、カモは少なく、合計43羽。ホシハジロのオス2羽、メImg_1156c ス2羽、ハシビロガモのオス2羽、メス2羽とキンクロハジロ。そういえば、ヒドリガモの姿が見えませんでした。右は、ホシハジロのメス。
Img_8400c 二の丸堀で、ハシビロガモのメスが珍しい行動を見せてくれました。写真のように、逆立ちしていたのです。コガモはよくこういう行動をとりますが、ハシビロガモではあまり見ません。
Img_8446c 上にも書きましたが、今日は鳥は少なめ。ヒヨドリも、ムクドリ、ドバトもいつもほどいません。昨日いたシメ、今日は、鳴き声も聞こえません。ただ、本丸跡にツグミが1羽。電線の上に。
Img_8482c 貝塚公園も、今日は静か。ヒヨドリもほとんどいません。カワラヒワがいたImg_8472c くらい。シロハラも探しに探して、この1羽。しかし、割と近くまで活かせてくれました。が、写真を撮っていたら、睨まれました。ちょっと機嫌を損ねたかも知れません(苦笑)。
Img_1189c カワラヒワ。貝塚公園西のお宅の前の電線や、木に3羽がいました。なかImg_1191c なかこのように綺麗に撮れません。
Img_1192c 歴史を語る公園のところの堀には、キンクロハジロ2羽、オオバン2羽がいたほか、東側にあるセンダンの木にヒヨドリ、ムクドリが実を食べにきていました。いつも書きますが、これを丸呑みします。

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2017年12月19日 (火)

雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その3、完)

171217sawayakaminamiyokkaitic1 余談や、屁理屈、講釈が多くて、「雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース」の話、なかなか進みません m(_ _)m。昨日の「その2」は、左の地図では、緑の丸をつけた、四郷あたりの狭い範囲で終わっています(苦笑)。まだ、四郷の話が済んでいません。

Img_7839c 無漏山法蔵寺から300mほど東、四郷小学校の南に四郷(よごう)郷土資料Img_7838c 館があります。郷土の先人で県下有数の経済人であった第10世伊藤傳七翁(元貴族院議員、元東洋紡績社長)が郷土への恩返しにと、大正10(1921)年、当時のお金で6万円という大金を寄付し、三重郡四郷村役場として建てられたものです。昭和57(1982)年に市の有形文化財の指定を受け、昭和58(1983)年11月、四郷郷土資料館として再スタートしています。四郷地区の歴史民俗資料が展示されています(一般公開は、毎週土曜日)。ハイカラな建物でした。木造2階建てで、一部塔屋は3階建て(見られるのは、1階の展示室のみ)。正面には車寄せ、中央には玄関広場になっています。
Img_7841c 展示内容は、製茶、醸造、農業、製糸、文化・歴史など、部屋ごとに分けてImg_7842c あります。いずれも、四郷地区で盛んだった産業です。室内も撮影可ということでした。神楽酒造に行ったばかりでしたので、醸造の部屋の酒に関する展示が気になりました。薦被りや、徳利など多数展示されていました。
Img_7857c 玄関広場には、昨日の記事で触れた法蔵寺の鬼瓦の他に、佐々木弘綱Img_7860c 歌碑が立っていました。佐々木弘綱は、幕末~明治時代の国文学者で、佐佐木信綱の父です。歌は、「うこきなく よにさかゆへき このやとの しるしにたつる かたしはそこれ」。意味は、「揺るぎない 伊藤家の繁栄を信じ その証として この碑を建てます」とありました。明治初期の作と推定されています。ちなみに、佐佐木信綱は、歌人にして、歌学者、万葉学者。鈴鹿市石薬師に佐佐木信綱記念館があります。信綱は、年配の方ですと、唱歌「夏は来ぬ」の作詞者としてご存じかと思います。
Img_7882c 四郷郷土資料館を出て、天白川沿いの道を西日野方面に進みます。ここら辺で7㎞ほど歩いたことになります。このあたりは、その昔、近鉄八王子線が走っていたところ。左は、現在の四日市あすなろう鉄道西日野駅。内部線の日永駅から一駅。正式名称は、今でも八王子線ですが、西日野線と呼ばれることが多いようです。あすなろう鉄道、まだ乗ったことがありません。小生、「鉄ちゃん」ではありませんが、鉄道は嫌いではありません。一度は乗りに来ようと思います。
Img_7883c 西日野駅の東で天白川を渡りますが、そこで、またもやバードウォッチンImg_7892c グのチャンスに恵まれました。コサギ(左の写真)と、コガモ(右の写真)。コサギは5羽ほどいましたし、コガモは10羽以上。コガモは川で逆立ちして、餌を探しています。さらに、一瞬のことで対応できなかったのですが、カワセミも飛んでいきました。
Img_7921c 四日市南高校前の笹川通りを東へ。途中から、日永西3丁目の住宅街をImg_7942c 抜け、四日市あすなろう鉄道内部線の南日永駅近くの日永神社が、次の目的地です。ここでほぼ9㎞。ゴール近し(微笑)。日永神社は、元は、南神明社と称し、明治40(1907)年、現社名になったといいます。創祀は、建仁年間(1201~1204)といわれるのですが、織田信長による兵火で古記録や神宝類が焼失したため沿革は不明だそうです。
Img_7943c  御祭神は、天照大御神、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)、栲幡千々姫神(たくはたちぢひめのみこと)。天手力男命は、日本神話で、天照大神の隠れた天の岩屋の戸を手で開けた大力の神。栲幡千々姫神は、織物の神として信仰される他、安産、子宝等の神徳をもつとされるそうです。神様の名前、関係は興味はあるのですが、ややこしく、なかなかアタマに入りません(苦笑)。
Img_7924c ここ日永神社には、日永の追分にあった道標Img_7929c が拝殿隣に移されています。この道標は、明暦2(1656)年に、川原町の仏性院の開基・専心という僧が建てたもので、現存する東海道の道標としてはもっとも古いものだといいます。道標には、正面に「大神宮 いせおいわけ」、右側面に「京」、左側面に「山田」、裏面に「明暦二丙申三月吉日 南無阿弥陀仏 専心」とあります(説明板による)。なお、仏性院は、ネットで調べると現在も四日市市川原町にあります。
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 日永神社にも、皇大神宮遙拝所があります。「皇大神宮」は、もちろん、伊勢の神宮の2つの正宮のうちの1つである「内宮」のことです。「遙拝」は、遠く離れた所から神仏などをはるかにおがむことですから、この方角に伊勢の内宮がある訳です。この皇大神宮遙拝所の石碑は新しいのですが、昭和57(1982)年に建てられています(おそらく建て替えたのだろうと思います)。ちなみに、日永神社の前の道は、旧・東海道です。
Img_7945c 日永神社のすぐ南に長命山薬師堂という、お堂がありまImg_7947c す。ここは、コースマップには載っていなかったのですが、立ち寄って来ました。市指定文化財である薬師如来座像が納められています。鎌倉時代中期の作とされ、元は伊勢安国寺の旧像。天正年間(1573~1592)、安国寺炎上の時、日永村の実蓮寺に運び出され、その境内の小堂で内仏として信仰されていたものが、文化13(1816)年、ここに移されたといいます(説明板による)。
 なお、実蓮寺は、日永小学校の東(日永カヨーの裏手)に現在もあります。滝川一益が菩提寺とし、一益の母親の墓もあるそうですから、見たかったのですが、今回はパスしました。
Img_7949c 上にも書きましたが、ここは旧・東海道。左は、日永神社と長命山薬師Img_7953c 堂。右の写真は、日永神社の前から南の方を見たもの(旧・東海道です)。
Img_7955c 長命山薬師堂の南となりが、日永小学校。その敷地内に、日永出身の実業家・稲垣末吉翁頌徳碑が建っています。稲垣末吉は、このシリーズの「その1」 で触れましたが、日永の追分まで自費で配管を敷設して、水を旅人達に供した方です。稲垣は、明治時代、東京で製錨工場を創設、後に製鋼工場となり、巨万の富を築きました。地元に戻り、地域社会のために、社会福祉、自社建立、学校建設にも尽力し、さまざまな寄付をするなど貢献された方です(ホントに歩く東海道 四日市~石薬師による)。
Img_7961c 稲垣末吉翁頌徳碑の隣には、この「表忠碑」がありました。「表忠碑」といImg_7958c うのは、小生は初めて見るものでした。調べてみますと、「戦没者の遺徳をたたえ、永遠に顕彰する」という意義のあるものでした(こちらに三重県遺族会が作成した、県内のリストがあります)。この日永小学校にある表忠碑は、明治42(1909)年8月に、日永村在郷軍人の方々が発起人となって建立されています。揮毫者は、元帥公爵の大山巌
Img_7964c さらにまた寄り道(道草?)。日永小学校から200mも行かないところに、Img_7967c_2 雲祥山西唱寺(真宗高田派)があります。ここは、もとは、永禄2(1559)年、玄聖が開いた安立院という浄土宗のお寺だったといいます。江戸時代初期に、専修寺第14世尭秀上人に帰依して浄土真宗となりました。寛文元(1661)年には、寺号を西唱寺と改めています。その後、昭和20(1945)年6月18日の四日市空襲によって本堂や庫裏、太子堂などが焼失しましたが、戦後、順次、庫裏、梵鐘、本堂、書院が再建され、現在に至ったそうです(説明板による)。
Img_7969c 境内に水道記念碑が立っています(と書きつつ、見てくるのを失念。失態でした……苦笑)。安政6(1859)年、近隣の有志で登城山(白鬚神社の北)から竹管で水道を引いたといいます。現在、その水源は公園になり、碑はそこから移されたそうです(ホントに歩く東海道 四日市~石薬師による)。
Img_7973c 西唱寺から南へ100mも行かないところ、東海道の西側に「日永一里塚Img_7976c 跡」の石碑が建っています。県指定史跡(昭和13年4月指定)です。四日市市内には4ヶ所の一里塚がありました(富田、三ツ谷(海蔵川の北詰)、日永、釆女(杖衝坂を登りつめたあたり))。日永の一里塚は、江戸からちょうど百里だそうです。塚自体はすでになく、家屋と倉庫の境界のわずかな空き地に細い標柱が立っているのみです。コースマップにもありませんでしたので、ウォーキング参加者もほとんど気づかず通り過ぎていました。「東海道分間延絵図(とうかいどうぶんげんのべえず)」(文化3(1806)年)によれば、西側の塚に松の木3本、エノキ1本、東側の塚にエノキ1本が描かれているといいます。
Img_7977c ここまで来ますと、残り1㎞あまり。コースマップには、日永神社以降、立ち寄りスポットは書かれていません。しかし、小生には、もう一カ所、是非とも寄り道をしたいところがありました。左の写真の奥の方に、小さく松の木が写っていますが、それです。ここも、コースから外れています(苦笑)。
Img_7985c 近くまで行くと、立派な松の木が一本、旧・東海道の東側に立っていますImg_7981c (この写真は、いったん通り過ぎて、南から撮っています)。「東海道名残の一本松」です。かつて、ここ日永の集落と、泊村の集落との間は、家は一軒もなく、松並木の縄手道だったそうです。今では、この一本松だけが今に残り、往時を偲ぶよすがになっています。そのため「東海道名残の一本松」と呼ばれているのです。たくさんあった松は、戦時中、松根油を採ったためほとんどなくなったといいます。
 以上で、寄り道も含め、JRさわやかウォーキング「醸造文化(味噌・醤油・酒)が残る四日市を丸ごと体験ウォーク」もほぼ終了。あとはゴールを目指すだけ。日永五丁目の信号で国道1号線を渡り、四日市工業高校の南を通って、ゴール(南四日市駅)であります。
Img_7999c ゴールで、前回ゲットした「参加カード」に捺印をしてもらい、めでたく完歩Img_8002c であります。桑名を8時14分発の亀山行き普通に乗車。南四日市に8時36分着(¥320)。8時40分スタート、ゴールは12時10分でした。パンフレットでは、約10.9㎞、約2時間50分となっていましたが、3時間半かかり、距離測定ツールで調べると、11.5㎞を歩いてきました。
Img_8005c 帰りに改札を入ったら、こんな踏破記念のパネルも飾ってもらってありまImg_8020c した。南四日市駅は、たぶん普段は、無人駅。帰りの切符は、車掌さんたちが出て、車内で発券する機械を使って、切符を売っておられました。
Img_8018c 12時22分に、普段は止まらない「快速みえ」が臨時停車するというので、Img_8023c それに乗ることにしたのですが、ホームはご覧のような様子(爆)。昼間の時間帯の快速みえは、2両編成。待っている人から「みんな乗れるのか?」という声が聞こえていたくらい(苦笑)。乗り込んだ車内は、ラッシュアワー並の混雑。途中停車駅の四日市駅では、ホームで待つお客さんが、「いったい何事!?」という表情。桑名着は、12時38分。
Img_8013c 参加する前は、「10.9㎞も歩けるのか?」とやや不安がありました。しばらく前からは、「12月17日は、かなり寒くなる」という天気予報で、これまた心配していましたが、雪もちらつく中、思ったよりも時間もかからず歩くことができ、ホッとしています。決められたコースを歩くだけでなく、小生の場合、寄り道、道草をしつつ楽しむというスタイルがよかったように思います。それに今回は、何といっても酒蔵がコースにあったのが楽しめた最大の要因かも知れません。ゲットしてきた「神楽」は、家族にも好評で、もうほとんどありません。
 屁理屈、講釈、余談ばかりで読みにくいものでしたが、お付き合いくださった方々にはお礼申し上げます。以上で3回にわたる「雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース」は、「完」であります。間違い、勘違いなどお気づきでしたら、是非ともご教示ください。

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待望のシメ登場

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 待望のシメがやって来ました。昨日も鳴き声を聞いた気がしたのですが、ほんの一瞬のことで、確認とまでは行きませんでした。しかし、今日は、九華公園の奥平屋敷跡への入り口辺りで、写真に捉えられました。去年は、12月4日に確認していますから、ほぼ2週間遅れ(2016/12/4:シメ登場、寒牡丹が咲き、アオサギ戻る……久しぶりの「祝 当選」)。
Img_1010c もう一つ、今シーズン初のことがありました。それは、七里の渡し跡にコガモImg_8215c がやって来たことです。左の写真、ちょっとわかりにくいのですが、向かって右端と、ヒドリガモのオスを挟んでもう2羽、コガモのオスが上陸しています。毎冬、ここにもコガモがやって来ますので、待っていたのです。今日は、メスは折らず、オスだけが4羽来ていました。
Img_1112c さらに、これはたまに見るのですが、寺町商店街近くの民家の屋根にコサImg_1114c ギ。ここには、寺町堀があり、魚がいることがありますので、コサギが来ていることがあるのです。堀の方を見下ろしているのですが、最近、残念ながら水が少なく、魚はいません。
Img_0996c さて、話をスタートに戻します。8時45分から11時半といつものように、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、寺町と5.9㎞を回ってきました。風はさほどありません。日が当たっていればまあまあ暖かい感じです。この写真は、住吉入江。キンクロハジロのオスと、ホシハジロのオスがいます。
Img_1003c 代わってこちらは、揖斐長良川の中州。アオサギの姿が6羽見えていました。去年などより、ここに集まる頻度や、数が減っている印象があります。ここにたくさんアオサギがいてくれると、散歩のスタートに元気が出てよいのですがねぇ……。
Img_8209c 住吉水門の脇には、アオサギが1羽、何気なく佇んでいました。水門を挟Img_8211c んで向かい側から撮っています。55mで引いて撮ると、右のような感じ。手前が住吉水門、その向こうが川口水門(ここの奥に七里の渡し跡があります)。蟠龍櫓も見えています。対岸は、桑名市長島町。
Img_1031c 九華公園ではまずは、ツグミ。北門近くのサクラの木や、クスノキの上に2羽。それにしても、今年はあまり見ません。いつもであれば、三の丸公園や、揖斐川の堤防、吉之丸コミュニティパーク、貝塚公園などあちこちで目にするのですが、今年はまだこれらのところではまったく見ていません。
Img_1033c 今日は、カモもビックリするくらい少ない数でした。40羽! ちょっとがっImg_1100c かりするくらい(微笑)。ホシハジロのオス3羽、メス1羽、ヒドリガモのペア2組、ハシビロガモのオス2羽。それ以外はキンクロハジロ。ハシビロさんのオスのうち1羽は(右の写真)、かなり「男らしく」なってきました(ただし、光の当たり具合にもよります)。
Img_1092c ユリカモメは、26羽。こちらは、去年も、日による変動が大きかったのですImg_8238c_2 が、それでも12月中旬ですと90羽を越える日もありました。今年は、せいぜいその半分くらい。いったいどうしたのでしょう?
Img_1073c 「ユリカモメonユリカモメ」(笑)。去年は、何度かこういう遊びもできたのでImg_1074c すが、今年はなかなかその機会に恵まれません。実際には、フェンスの支柱と、旗を掲げるポールに止まっているところを、アングルを調整して撮っているだけですが(苦笑)。
Img_1077c そうそう、忘れてはなりません。ホシゴイも、久しぶりに登場しました。鎮Img_1079c 国守国神社社務所の裏のクスノキ。雲が出て来たりして、あまりよい写真は撮れていませんが、好みのホシゴイの写真ですから、ご容赦ください。
Img_8326c 貝塚公園では、シロハラ2羽を確認。あとは、ヒヨドリ、ムクドリ、シジュウカラ、メジロなど。シジュウカラや、メジロは声だけ(苦笑)。シロハラも、木陰でこんな写真のみ。ツグミは、貝塚公園にはまったく来ません。
Img_8341c 余談。拙宅の大規模修繕、南側の足場を撤去する作業が始まっていまDscn5525c す。左は散歩から帰ってきたときの写真。最上階辺りで作業が進んでいます。そして、14時過ぎ、とうとう、我が家の前の足場の撤去が完了しました。これですっきり。良好な日当たりも戻ってきました。

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2017年12月18日 (月)

雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その2)

171217sawayakaminamiyokkaitic1  昨日に引き続いて、「雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース」のその2です。昨日は、JR関西線・南四日市駅をスタートして(黄色い○)、南部丘陵公園辺りのところまでについて書きました。3つめの矢印の先のところです。8時40分にスタートして、この辺りは9時45分を過ぎたくらい。ちょうど雪がちらついていた頃です。

Img_7722c ここら辺は、南部丘陵公園の中。その名の通り、丘陵地帯になっています。Img_7723c この西には、笹川団地があります。笹川団地は、昭和43(1968)年に完成した団地で、小生も結婚当初、ここにある公団住宅(現在のUR)に住んでいました。すぐ北に流れる天白川が、「笹の川」とも呼ばれたことからその名がついたといいます(こちら)。このあと行った四郷郷土資料館で係の方から、戦時中は、第二海軍燃料廠でつくった燃料をドラム缶に入れたものを保管するところがあったと伺いました。話が横道にそれました。それなりにアップダウンがある道で、普段平地を歩いているだけの身には少々応えます。
Img_7732c 南部丘陵公園を抜け、笹川通りに行く途中、「夢菓子工房 ことよ」さんに立ち寄ります。店名の「ことよ」とは「よろず」とおなじ意味で「あらゆるもの・なんでも」という意味があり初代が岐阜のお寺の住職につけていただいた屋号だそうです。ブロ友のミリオンさんによれば、桑名にある「ゆめの菓 あきぞう」の職人さんがここで修行なさったとか。ここでは、お団子10本が640円のところ550円で買えるとあったのですが、「和菓子は買ってこなくてよい」という指示がありましたので、お店を一通り拝見しただけ(苦笑)。
Img_7736c_2  南部丘陵公園もほとんど通過したので、後は楽だろうと思ったのですが、やはり、勝手な期待は裏切られる運命にありました。「ことよ」さんから少し歩いたら、目の前にこんな階段が立ちはだかり、「さわやかウォーキング」の看板が! 小生より年配の方も、黙々と登って行かれます。やむを得ません。腹を決めて(大げさな!)、小生も、黙々と登りました。このあと、笹川通りを越えて、天白川、室山町へ。
Img_7765c 天白川は、ブロ友のひらいさんがよくバードウォッチングにいらっしゃるとImg_7756c ころ。ただし、ひらいさんがいらっしゃるのは、下流の四日市港に近いところ。川を渡るとき、ついつい習性で覗き込んでしまいました(微笑)。ラッキーなことに、コサギや、コガモの姿が見えました。コサギは1羽でしたが、コガモは、橋の上流、下流に10数羽。さわやかウォーキングで、まさかバードウォッチングができるとは、思いませんでした。
Img_7770c 室山の町へ入り、6㎞を過ぎると、神楽酒造が見えてきます。今日のウォーキングで、小生にとって最大のイベントが待っています。「甘酒振る舞い先着1,000名」ではありません、「新酒試飲」であります(微笑)。
Img_7786c 甘酒もいただいた後、この試飲コーナーへ。振る舞われていたのは、昨Img_7784c 日の記事のはじめの方にも書きましたが、「神楽」。特別純米生酒であります。あくまでも試飲ですので、右の写真のように、かなり小ぶりの紙コップ1杯。コースマップに「試飲券」がついていて、これと引き替えですから、お代わりをすることはできません(微笑)。これがおいしかったものですから、土産に720ml瓶を1本買ったという次第。ただし、このサイズの神楽は、小生が買った直後に、本日分売り切れになったようでした。
Img_7793c 神楽酒造は、安政5(1858)年に、現在の地、四日市市室山町で創業しています。五代目小左衛門が「神楽」の酒名で酒造りを開始したそうです。ここは、日本酒の他、地ビールもつくっているということです。「イトービール」というブランドですが、これは県内最初の地ビールなのだそうです(明治19(1886)年に醸造に着手したといいます)。地ビールも魅力でしたが、それはまた今度。
Img_7783c 神楽酒造でもう一つ気になったのは、こちら。「むろやま(室山)」という駅名板。かつて、近鉄八王子線という路線がありました。内部線の日永駅から、伊勢八王子駅まで運行していたのですが、昭和49(1974)年に天白川の集中豪雨による水害で日永駅 - 伊勢八王子駅間が休止となり、昭和51(1976)年、日永駅 - 西日野駅間は復旧したものの、西日野駅~伊勢八王子駅間(1.6km)は廃止されています。鉄道歴史地図というサイトで見ると、神楽酒造の南の天白川沿いに室山駅があったようです。さらに、駅名板の左上に、「カグラ」とカタカナが書かれた、小さなホーロー看板もありました。ホーロー看板 は、小生が中学、高校生くらいの頃まではよく見られました。オロナミンCとか、キンチョール、タバコなどよく目にしたものです。
Img_7798c 神楽酒造で、甘酒、新酒をいただいて身体も温まり、また、土産も無事ゲットでき、安心して、歩を進めます。コースを少し外れるのですが、下調べをしたとき、近くに室生神社と、法蔵寺があるのを見つけていましたので、ちょっと立ち寄り(他にも何人か、同じ方がありました)。まずは、室生神社。天白川沿いの道路から山側に入った四郷保育園のさらに奥に御鎮座。案内板によれば、創建時期などは定かではないものの、この村に「牟婁山(むろやま)」という「神田(かんだ)(伊勢神宮の用途にあてる田地)」が存在した記録があり、その土地の人々の守護を願って祀られるようになったといいます。
Img_7808c 御祭神は、天照大御神、天児屋命(あめのこやねのみこと;春日明神)、大山祇神(おおやまづみのかみ;山の神)の三柱。もとは、神明社、春日社、山神社の別の三社。神明社は、古くは御厨神明社(あるいは御厨神社)とも呼ばれ、神宮との関わりがあったと考えられます。江戸時代後期、享和3(1803年)に神明社へ春日社を合祀。さらに、明治時代に本殿西隣へ山神社の祠を遷して、現在の「室生神社」となったということです。
Img_7800c 一の鳥居(2枚前の写真に写っています)のところの狛犬。向かって左はImg_7802c 「子取り」、右は「玉取り」になっています。「神社の見方(サライポケット、小学館)」によれば、「狛犬は「子取り」と「玉取り」で一対をなすのが通例。前肢で子どもの狛犬をあやしているのを子取り、玉(鞠)を押さえているのを玉取りという。これらが、それぞれ左右のどちらに配置されるのかは統一さ れていない。」とあります。「なるほど、本に書いてあるとおりだ」と、妙に感心してしまいました。いつ奉納されたものか、見てくればもっとよかったのにと反省しています(苦笑)。
Img_7814c 室生神社の東に無漏山法蔵寺があります。浄土真宗大谷派(東本願寺)。安政6(1859)年再建の本堂を、明治16(1883)年建立のすかし彫りのある山門と、白壁の土塀が囲こんでいます。このあと行った四郷郷土資料館の庭に、「法蔵寺の鬼瓦」が展示されており、その説明に、「無漏山法蔵寺は、奈良時代の西暦700年頃、道昭(行基の師)あるいは行基によって開かれたと言われています」とありました。
Img_7818c 同じくその説明によれば、「本堂は幾度となく建て替えられ、又補修されImg_7852c ていますが、現在の本堂は安政六年(1859年)に改築されたもの」だそうです。右は、四郷郷土資料館に保存されている法蔵寺の鬼瓦。
Img_7856c 鬼瓦には、「日野 瓦屋清左ヱ門作」という銘があります。その右には、「萬延元 庚申 李白」と読める記載も見えます。「万延元年(1860)」といえば、桜田門外の変があった年。干支も「庚申」です。上の記述で、本堂が安政6(1859)年に改築されたという記述とほぼ一致します。日野は、法蔵寺の東から東南にある地名。日野にある瓦屋の清左ヱ門さんが鬼瓦をつくったという証ということでしょう。
Img_7815c 法蔵寺で気づいたものに、この「教如上人御舊跡(きょうにょしょうにんごきゅうせき)」の石碑があります。「舊跡」は、歴史上の事件や建築物などがあったあとですから、法蔵寺に教如上人がいらっしゃったということかも知れませんが、石碑の裏などには説明はありませんでした。教如上人は、安土桃山・江戸初期の浄土真宗の僧で、東本願寺第12世。第11世・顕如上人の長男で、織田信長との11年に及ぶ石山合戦を父・顕如と共に主導した方です。信長没後、京都本願寺に入ります。のち徳川家康の命により烏丸七条に現在の東本願寺を創建しています(慶長7(1602)年)。
 またもや、話が脱線しますが、石山合戦は、織田信長と摂津国石山本願寺に拠る本願寺第 11世顕如上人との間で元亀元 (1570) 年から天正8 (1580) 年までの 11年間にわたって続けられた合戦です。本願寺が、信長との戦いを始めたとき、全国の一向宗門徒に対し、信長と戦うようにと檄を飛ばしたのですが、長島願証寺もこの呼びかけに応じ、尾張の小木江(おぎえ)城を攻め、信長の弟の信興(のぶおき)を切腹させています。これに対して、信長は元亀2(1571)年5月、第1回の長島攻撃を行いました。これが、長島一向一揆となります。
 この頃、桑名の地は、伊勢・尾張・美濃の三国の水陸の交通の要所でした。本願寺台11世・顕如上人は、桑名(当時の名称は、三崎)に「今寺(いまでら)」といわれた一宇の坊舎を草創し、本山との連絡、諸種の法務、非常時の際の協議集合の便を図ったそうです。石山合戦や、長島一向一揆などの争乱が終った後の慶長元(1596)年、第12世・教如上人が、この「今寺」を本願寺の「禄所(ろくしょ)」として取り立てたのが、現在の真宗「大谷派桑名別院の始まりだといいます(桑名別院のサイトをご覧ください)。「禄所」は、「教務所・出張所」という意味のようです。ちなみに、桑名別院の開基は、教如上人の娘の長姫(おさひめ)であるとされています。
 こういう関わりの中で、法蔵寺にも教如上人との縁があったのかと、勝手に推測しています。きちんとしたことをご存じの方がいらっしゃれば、是非ともご教示ください。
 屁理屈、講釈を連ねているうちにかなり長くなりましたので、今日はここまでとします。結局、笹川辺りから、室山でウロウロしており、しかも話が横道にそれたままで、恐縮です。あと1回の予定でしたが、2回になるかも知れません(苦笑)。

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久々にカワウの大群、ヒヨドリ・ムクドリのお食事も

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 10時頃、蟠龍櫓の東、揖斐川の上空を大群のカワウが下流方向へ飛んでImg_8132c いくのが見えました。何年か前にも、揖斐川や、河口堰、住吉入江にカワウがものすごくたくさん集まったことがありましたが、それを思い出させる光景でした。
Img_0931c さすがに昨日はたくさん歩きました。筋肉痛や、膝が痛くなるということはありませんが、足が疲れた感じはしています(微笑)。風もなく穏やかな日で、割と暖かく感じます。8時45分頃から11時半過ぎにかけて、住吉神社、九華公園、貝塚公園、アピタ(珍しい!)、寺町と回ってきました。7.0㎞です(歩きすぎ)。写真は、住吉神社から東の方角を撮ったもの。揖斐川、中州、長良川、長島町と見え、写真では判別できませんが、名古屋駅前の高層ビルまで眺められます。
Img_8111c まずは、カワセミ。九華公園の奥平屋敷跡から朝日丸跡に向けて飛ぶのを目撃。その後、鎮国守国神社社務所裏へアオサギを見に行ったときに見つけました。カワセミ、このあと、吉之丸コミュニティパークの方へ飛びましたので、追いかけた時に、冒頭に載せた、カワウの大群が飛ぶのを見たのです(カワセミは、見失いました)。
Img_0957c この頃、ヒヨドリや、ムクドリがセンダンの実を食べに来るようになっていまImg_0973c す。これらは、鎮国守国神社の境内にあるセンダンの木で撮りました。ヒヨドリ、ムクドリが入れ替わり立ち替わりやって来ます。中には、木につかまって逆さになりながら実を啄むシーンも見られます。
Img_8050c こちらは、三の丸公園で見たムクドリ。ここにもセンダンの大木がありまImg_8053c す。ヒヨドリも、ムクドリも、実は丸呑みします。このムクドリも、右の写真をご覧いただくとお分かりになると思います。飲み込む直前の様子です。ムクドリが糞をしたところを見ると、糞とともに、種がよく落ちています。
Img_8070c 九華公園、西側の三の丸町内に面した堀に、ユリカモメやカモが集まっていたのですが、餌をやっている人は見当たりません。ちょっと不思議でした。ここに来ていたユリカモメは、44羽と、久しぶりにけっこうな数。このあと、数羽は野球場のフェンスに移動していました。
Img_0948c カモは62羽。メンバーもいつも通り。ヒドリガモのオス3羽、メス2羽、ホシImg_8164c ハジロのオス3羽、メス1羽、ハシビロガモのオス2羽、メス1羽。他はすべてキンクロハジロ。それと、これも恒例になりましたが、オオバンが2羽であります。
Img_8161c ハクセキレイはいたものの、ツグミの姿は相変わらず見られません。モズ、ジョウビタキにも出会いませんし、シメ、ビンズイはまだ来ていません。う~む、いったいどうなっているのでしょう? メジロはサザンカに来ていたのですが、すぐに逃げられました。
Img_8186c 貝塚公園では、シロハラ1羽。今日は、ヒヨドリ、シジュウカラなどはいたのですが、ここも静かでした。
Img_8198c こういうときに、「住吉キンクロウズ」がいてくれると、慰めImg_8200c られます(苦笑)。今日は、オス3羽。散歩に出たときからいました。覗くと寄ってくる素振りを見せますから、九華公園に来ているカモが遠征してきているのかという気もします。
Img_0945c 昨日の雪が残っているのでしょう。藤原岳は、かなり白くなっていました。この写真は、蟠龍櫓のところから望遠で撮ったもの。左下には、七里の渡し跡の鳥居も写っています。マンションは、拙宅ではありません。もう少し北にあるスペリア桑名。
Img_0987c 余談でありますが、我が家の大規模修繕、南のベランダ側は終了というImg_0993c ことで、シートと足場の撤去工事が始まりました。今日のところは、シートが撤去され、日が差し込むようになりましたので、明るくなるだけでなく、暖かくなりました。これで、晴れた日は、室内奥の和室まで日が入りますので、暖房いらずの日々が戻ってきます。

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2017年12月17日 (日)

雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その1)

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 曇天、寒さの中、予定通り、JRさわやかウォーキングへ行ってきました。今Img_7597c 日は、関西線南四日市駅がスタート&ゴール(醸造文化(味噌・醤油・酒)が残る四日市を丸ごと体験ウォーク)。しかし、今日は、桑名で最高気温が5.8℃(ただし、真夜中の0時13分)、最低気温は1.0℃(9時45分)。歩いている途中、雪もちらつくという悪条件でした。とても「さわやか」とは行きません。小生の心がけが悪いワケではないと思っています(苦笑)。
171217sawayakaminamiyokkaitic 歩いたコースは、こちら。四日市市南部の日永、泊、四郷あたり。パンフレットでは、約10.9㎞、約2時間50分となっています。8時40分に歩き始め、ゴールしたのは12時10分と3時間半かかり、距離測定ツールで調べると、11.5㎞でした。前回のように、コースから少し外れた寺社や、旧蹟を見てきています。
Dscn5493c 中身に入る前に、今日の土産(微笑)。コースにあった神楽酒造で試飲させImg_7778c てもらった新酒をゲットしてきたのです。10日ほど前から販売開始になったばかりの「神楽(特別純米生酒)」(720ml)です。わずかに甘口の感じがしますが、香りは芳醇、酸味はまろやかです。神楽酒造さんでは、甘酒もいただけました。寒さで冷え切った身体に、とてもうれしいサービスでした。
Img_7609c さて、コースも長かったのですが、見てきたところも多いので、何回かに分Img_7611c けて記事にします。3回くらいを予定しています。JR南四日市駅から西へ。国道1号線を渡って、旧・東海道に入り南下します。1㎞半ほど歩いたところで、味噌醤油醸造の伊勢蔵へ立ち寄ります。創業大正3年。味噌汁の試飲をさせてもらいました。
Img_7617c 伊勢蔵からすぐ近く、日永の追分の手前に東海道日永郷土資料館があImg_7618c ります。日永郷土史研究会が中心になって、土蔵付きの商家の建物を借りて、平成25年11月に開館しました。館内には、「日永足袋」「日永うちわ」をはじめ、地域に残る歴史・民俗・文化・街道(東海道・伊勢街道)などに関わるさまざまな資料が、古代から昭和30年代ごろまで時代別、テーマごとに展示してありました。もとは、「八木新」というタバコや雑貨を販売していた店の建物だそうです。
Img_7625c これまたすぐに日永の追分があります。追分は、道が二つに分かれるところ。日永の追分は、江戸と京を結ぶImg_7623c 東海道と、伊勢に向かう伊勢街道との分岐点です。右の写真は、北から南を採っていますが、手前から来て、信号を右に向かうのが東海道(国道1号線)、信号で左に向かうのが伊勢街道(県道103号線)です。現在は、公園のように整備されています。
Img_7629c この日永の追分は、昭和13年4月に県の史跡に指定されています。まImg_7630c た、ここには、鳥居があり、桑名・七里の渡し跡の伊勢一の鳥居に対して二の鳥居と呼ばれました。四日市を描いた浮世絵には、このあたりの風景が数多く描かれています。鳥居は、安永3年(1774)年に一志郡須ヶ瀬村(現在の津市)出身の伊勢商人・渡辺六兵衛が東海道を往来する人のために遥拝鳥居として建てさせたのが最初です。その後、たびたび建替えが行われ、最近は、伊勢神宮の式年遷宮の際に、伊雑宮(いざわのみや)の鳥居を移建されています。現在のものは、平成28年10月に建替えられました。
Img_7641c 現在の追分には、常夜燈、道標、手水場があります。常夜燈のひとつは奉献Img_7645c 時から存在したと推定されるといいます。道標は、明暦2(1656)年に建てられたものが、現存し、それは、現在日永神社に移されています。道標には、「右京大坂道 左いせ参宮道」「すく江戸道」「嘉永二年己酉春二月 桑名魚町尾張文助建之」と刻まれていました。思わぬところで、桑名の人の名前が出て来ました。
Img_7635c 手水場は、導水の関係もあって一段低くなっており、これで原位置を保っているようです。手水場の水は、ここで湧いているのではなく、ここから500m程西に位置する丘陵地、泊山(登城山)からの湧水です(註:ネットで調べると、そのほとんどがこのように、「500m西」と書いていますが、距離測定ツールで調べると、登城山は北西へ1.5㎞のところにあります)。昭和4(1929)年、地元実業家・稲垣末吉が、泊山に別荘を建てた時、掘った井戸からとても良い水が湧き出したので、自費で配管を敷設して、日永の追分まで引き、旅人達に供したのだといいます。「追分鳥居の水」と呼ばれ、名水の評判が高く、たくさんの人が汲みに来ます。
Img_7660c 日永の追分からは、泊町内を、四日市あすなろう鉄道の内部線沿いにImg_7669c 北に戻ります。鉄道好きの方は、ご存じでしょうが、狭軌の線路に小さな電車が走っています。ちなみに、小生、まだ乗ったことがありません。一度は乗ってみたい路線です。
Img_7675c 県道44号線に出て西へ。ここから、丘陵地帯に向かいまImg_7676c すので、上り坂(苦笑)。白鬚神社へ。ちなみに、この道路は、海軍道路と呼ばれていたと聞きます(第2次大戦中、沿岸部の第二海軍燃料廠と泊山の「山の工場」を結ぶ軍用道路でした)。
Img_7684c 白鬚神社は、白髭大神(猿田毘古神)を祀っています。紀伊国から泊村Img_7689c に移り住んだ郷士・吉村家の祖先が近江国・高島町鵜川の白髭大神を崇めていたので、慶長年間(1596~1615)にここに勧請して、鎮守としたことに由来すると由緒書きにありました。由緒書きには、12月5日開催される開帳際では、本殿の扉が開かれ、御幌を掲げて、ご神体のお姿を目の当たりに配することができる、類例のない神事が催されるとありました。
Img_7691c 神社は丘の上にあって、階段をかなり上らねばならなかったのは、大変でした。が、なかなか雰囲気のよい神社で、宮司さんともお話しでき、一息ついてきました。ここにも、神宮遙拝所が設けられていました。
Img_7712c
 この先は、三重県総合医療センター、泊山小学校のところを通って、南部丘陵公園の北ゾーンに入っていきます。その名の通り、丘陵なので先が思いやられます(苦笑)。公園の西にある笹川団地に住んでいましたので、子どもたちを連れてきたこともありますし、最初の勤務先で患者さんたちのレクレーション、遠足に来たこともあります。
Img_7714c 公園北ゾーンの東の端に、この日永冒険の森というものがありました。ここは、登城山。日永の追分にあった「追分鳥居の水」の水源はここだと思われます。ちなみに、四日市の工場夜景の撮影スポットの1つだそうです。ここまでで4㎞半ほど。全行程のまだ半分にも届きませんが、今日の記事はここまで。明日に続きます。
【余談】 「泊村」という地名、四日市・笹川に住んだときから(25年以上前)疑問でした。今日は行っていませんが、泊山崎町に光明寺があります。その由来に答えがありました(Wikipediaの説明は、こちら)。
聖武天皇(724年 - 749年)のころ、行基菩薩によって、現在地の西側にある、泊山の高台に、開山されたと伝えられ、本尊の聖観音像は、弘法大師一刀三礼の作といわれる。
その昔、西国三十三観音霊場を再興した花山法皇が谷汲山参詣後、京への帰路、当山にて一泊したときに、法皇が本尊を拝されると、奇しくも光明が輝いたので奇異に感じ入り、寺号を光明寺と称するよう勅したと伝えられ、法皇がこの地に泊まられたことを機に、地名を泊村と呼ぶようになったとされている。

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2017年12月16日 (土)

カワセミ、「禿げた」オオバンにシロハラ

Img_0892c 10℃を超えるという予報でしたが、今日も8℃台。曇りがちで寒い日でした。いつものように午前中に散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、寺町と5.6㎞。8時45分から11時50分。時間が長かったのは、またもやあちこちでしゃべっていたため(苦笑)。冒頭の写真は、九華公園の本丸跡のベンチにあったもの。子どもたちが遊びで集めたものでしょう。

Img_0870c  久しぶりに登場したのは、九華公園のカワセミ君。下の嘴が黒ですから、オImg_7420c ス。昨日、知人と「最近、九華公園でカワセミを見ない」という話をしていたばかり。聞こえたのでしょうか(微笑)?九華公園の北門近くの堀にて。一応(苦笑)、飛翔シーンも撮れました。狙ったわけではなく、飛び出したのを追いかけたら、写っていたというワケ。

Img_0901c  もう一つ面白かったのは、オオバン2羽。ペアのような親しげな行動をしていImg_7527c ました。が、向かって左のオオバン、アタマが「禿げて」おります。オオバンもストレスがあるのでしょうか? と思ってみていたら、この「禿げ」の辺りを懸命に掻いていました。掻きすぎて禿げてしまったのかも知れません。

Img_7536c  しばらくオオバンを見ていたのですが、いろいろなシーンを見せてくれましImg_7539c た。左は、伸びをしたところ。足(弁足)の大きさもよく分かります。右は、ペアかなと思えたシーン。身繕いもし合っているようなところもありました。

Img_7566c  その後、公園内を回っていたら、この「禿げオオバン」、元気に泳いでいました(微笑)。


Img_0913c  今日のカモの数、62羽でした。昨日までよりも若干増えましたが、例年よImg_7440c り少なめというのは、変わりません。メンバーはほぼ同じ、ホシハジロのオス2羽、ヒドリガモのオス3羽、メス2羽、ハシビロガモのオス2羽、メス2羽と、他はキンクロハジロ。

Img_7459c  ユリカモメは、27羽。週末は餌をやりに来る人が複数あります。きちんとImg_7465c 記憶しているのか?と思えるくらい集まってきます。これらの写真は、野球場のフェンスに集合しつつあるところ。右端にカワウがいますが、まるで保育園か、小学校の先生が、「はい、ここに並んで!」とでもいっているかのようなシーン。

Img_7508c  その餌やり、今日は、うまく遭遇しませんでした。いつもの人が違う場所Img_7558c でやっていたり、遠いところでやっていたりという次第。そうそう毎週、うまくはいきません(苦笑)。


Img_0883c  そのほか、九華公園では、証拠写真ばかり。左は、モズ。朝日丸跡に Img_7487c_2 て。右は、鎮国守国神社のセンダンの木。鳥居の西にある、このセンダンの木に餌を啄みに来たのは、今シーズン今日が初めて。曇っていなければ、どちらももっとマシな写真になったはず(苦笑)。

Img_0920c  貝塚公園へは、シロハラを見たくて立ち寄って来ました。今日確認したとImg_7573c ころでは、実数で3羽滞在していると思われました。ここで、珍しく、鳥見の大先輩Sさんに遭遇。11時過ぎでしたが、「まだ昼には時間があるけど、帰ってもすることがないので」と(微笑)。

Img_7400c  ところで、明日は、南四日市駅で「JRさわやかウォーキング」が開催される予定です(醸造文化(味噌・醤油・酒)が残る四日市を丸ごと体験ウォーク)。10.9㎞とちょっと長めで、しかも寒くなるという予報ですが、行ってこようと思っています。酒蔵見学もあり、先着順・人数限定で日本酒の試飲もあるといいます。20数年前、しばらく住んでいたところの近くも歩くコースですし。写真は、三の丸水門で、まさに飛び立たんとするドバト。

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2017年12月15日 (金)

三重K-ABCアセスメント研究会第23回研究会(2018/01/07)、満席のお知らせ

 11月27日にお知らせしました、三重K-ABCアセスメント研究会第23回研究会「大六一志先生講演会(WISC-Ⅳ)」は、申し込みが予定数に達したという連絡をいただきました(三重K-ABCアセスメント研究会第23回研究会のお知らせ……大六一志先生講演会(WISC-Ⅳ))。

 これからお申し込みになった場合には、「キャンセル待ち」となりますので、ご了承ください。

 なお、お問い合わせは、三重K-ABCアセスメント研究会・後藤勝弘先生(mie.kabc.goto@gmail.com)(@マークは、スパムメール防止のため、全角サイズで表示しています。メール送信の際には、半角サイズ(@)に訂正してください)までお願いします。

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午後から散歩……余談は「新しい」刻印石と大規模修繕ほか

Dscn5483c 夕方の九華公園であります。今日は、午後、2時から4時にかけて散歩して来ました。住吉神社から九華公園を一回りして、田町、三崎見附を通って4.9㎞。この時間、出会う知人の方も、午前中とは異なり、久しぶりという方がたくさん。

Img_7168c  拙宅前の住吉入江。キンクロハジロのオス1羽と、ホシハジロのオス1羽。子細は不明ながら、どうもここにはオスがよくやってくるようです。帰りには、キンクロのオスと、オオバンが2羽。オオバンはさすがに、オス・メスの判別はできません。

Img_7174c  住吉神社東の揖斐長良川の中州、今日は、12羽ものアオサギが集合していました。こんなにたくさん見るのは、いつ以来でしょう? できれば、毎日、お願いしたいところです。

Img_7235c  九華公園、カモは54羽。おとといよりはやや多いものの、例年に比べImg_7267c 10~20羽少なめ。今日のメンバーは、ヒドリガモのオス3羽、メス2羽、ホシハジロのオス2羽、メス1羽、ハシビロガモのメス2羽、他はキンクロハジロでした。ハシビロガモのオスの姿がありません。

Img_7352c  ユリカモメは、5羽のみ。公園内を歩いているとき、飛び交っていたのですが、その後は、ご覧のように、野球場のフェンスでお休み中。ユリカモメは、例年に比べ、かなり少ない気がします。


Img_7283c  九華公園のアオサギ、いつものところ(鎮国守国神社の社務所裏)にいImg_7289c ましたが、2度目に見に行ったとき、いつもにない行動をしていました。このように、首を伸ばしたり、ひねったりしながら、時々鳴き声を上げているのです。地鳴きなのでしょうが、これまでにあまり聞いたことがありませんでした。ここでアオサギの地鳴きが聞けます。

Img_7307c  オスのモズ。朝日丸跡で見たしばらく後、管理事務所のところにもオスのモズがやって来ました。同じ個体のような気がしますが、全くの印象です。


Img_7217c  その他。ヒヨドリは、アオサギが止まっているセンダンの木にやって来て、Img_7323c 実を啄んでいます。管理事務所の前や、神戸櫓跡あたりでは、ウグイスかと思う鳥がいました。ウグイスの地鳴きと同じ声が聞こえてきていました(こちら)。だいぶ待ったり、そっと追いかけたりしたのですが、こんな写真しか撮れませんでした。

Dscn5480c  ほとんど余談。11月23日に九華公園の刻印石の話を書きました(「刻印石」研究家に出会う……鳥果は上がらなかったものの、石や石垣の話は面白かったですねぇ(笑))。今日、新たに1つ、発見しました(正確には、今迄見逃していただけですが……。見れども、見えずの典型)。これで、管理事務所の東にある刻印石は、合計6つであります(微笑)。

Img_0832c  ちなみに午前中は、大規模修繕の塗装作業と、ガス器具点検があり、「自宅警備」をしながら、市民大学講座でいただいた年表をデジタルデータ化していました。大規模修繕、南のベランダ側は塗装作業もすべて終わり、この足場も来週には撤去してもらえる予定。

Img_0838c  北側の通路は、現在、塗装作業が進行中で、今日は、玄関ドアの枠を塗るため、ドアを開放しておく必要があったのです。2度塗りをし、乾燥に時間がかかるため、作業開始から4~5時間、ドアを閉め切ることができませんでした。今日はまだ風がなく、暖かでしたから、助かったと思います。夕方まで左の写真のように、ビニールで養生されていましたが、これはすでに外してもらえました。

Dscn5487c  市民大学の歴史講座、先日、今年度分が終了したものです(12/4:市民大学最終回「幕末維新と桑名」……修了証もいただきました)。講義のまとめをつくっているのですが、その作業の一環として、年表もデジタルデータにしようということで、スキャナーで読み込んで、Word文書を作っています。この年表は、第3回(7/3)の「中世の騒乱の陰に本願寺あり」というテーマの時のもの(苦笑)。「今頃?」と思われること必至ですが、もっと面倒だと思って伸ばしていたのです。今日の午前中でほとんど終えられました。案ずるより産むが易しであります。

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2017年12月14日 (木)

町屋川にて、ミサゴ、セグロカモメ、オナガガモ、オカヨシガモなど……マンホールカードもゲット

Img_0550c 今朝の桑名の最低気温は、0.7℃。冷えました。名古屋では、氷点下になったとImg_0795c いっていたくらいです。鈴鹿の山々も雪化粧です。冒頭の写真をご覧いただくと、すでに「ネタバレ」ですが、今日は、町屋川方面へ出かけてきました。桑名駅から、町屋川近くの日の出橋まで行くバスがあります。11月の旧東海道ウォークの時にも乗った路線です(11/9:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(前編))。9時10分発、27分着、片道\340。日の出橋は、桑名市と川越町との間の町屋川にかかる、県道401号線です。

171214walk  こういうコースで4.9㎞ほどを歩き、鳥を見てきました。スタートは、地図中央の日の出橋。町屋川左岸を南下。伊勢湾岸自動車道をくぐった少し先、伊勢湾に面したところでUターン。予定では、国道1号線の町屋大橋まで戻るつもりでしたが、時間の都合と、途中にあった「記念碑前」のバス停近くの銅像や、石碑が気になって、そちらを見てきました。帰りは、同じバス路線の、この「記念碑前」から桑名駅まで乗車。11時36分発、桑名駅11時57分着、運賃は同じく\340。往きの乗客は小生を含め2名(終点まで行ったのは小生のみ)、帰りは5名。三重交通さん、儲からないと思えます。

Img_0667c  ミサゴ。2度ほど現れましたが、同じ個体かどうかは不明。左の写真は、Img_6937c 超望遠コンデジで撮りました。このカメラ、やるときはやってくれます(微笑……コンデジだなぁと思うこともたびたびありますが)。右は、デジイチ写真。比較のため載せておきます。

Img_0651c  これは、セグロカモメと思ってみていましたが、確信があるわけではありImg_0647c ません。若い個体のように思います。この個体は、カニを食べていました。他にも、セグロカモメらしきカモメは、このほかに3羽確認。途中、カラスが横取りしようと思ったのか、寄って来ましたが、追い払って事なきを得ていました。

Img_7029c  さて、「シギの仲間」です(苦笑)。シギ・チドリは、難しいです。ハマシギのImg_7016c ように思うのですが、自信はほとんどありません(笑)。笑って済ませる場合ではありませんが……。日の出橋近くでも見ましたし、伊勢湾岸自動車道をくぐった辺りでは、右の写真のように4~5羽が集まっていました。

Img_6798c  もう一つ難題。「千鳥の仲間」であります。首のところの「黒帯」がはっきりImg_0582c しませんし、前までつながっていませんから、シロチドリと思います。シロチドリであれば、これは、三重県の県の鳥です。

Img_7096c  これは、大丈夫です(微笑)。イソシギ。なじみがあります。九華公園にも来るようになっています。今日は、数は多くはありませんでした。

Img_0741c  カモたち。オナガガモがけっこうたくさんいました。久しぶりに見ました。というのも、Img_0621c いつも行く九華公園には来ませんし、長良川河口堰、三ツ又池公園などでも見ないからです。


Img_0769c  こちらは、オカヨシガモと思われます。九華公園で、2012年1月に一度だImg_0597c け見たことがありましたので、ほぼ5年ぶり。いろいろと調べていたら、何かに「カモの中でもっともおいしい」と書いてあるところがありました。ちなみに、2番目はマガモ、3番目はコガモだそうです(もちろん、好みには個人差があると思います)。

Img_0560c  そのほかのカモたち。まずは、カルガモ。10羽ほどが日の出橋のすぐ下流 辺りに集まっていました。


Img_0635c  ヒドリガモは、かなりたくさんいます。時々、「ピュー」という、笛の音のようImg_0650c な強い鳴き声が響いてきていました。左の写真をパソコンで見て気づきましたが、先頭の個体、目の後ろが緑色になっていました。オオバンと一緒に移動しているグループもあります。

Img_0638c  コガモ。数はヒドリガモほどは、多くないように見えました。それと、キンクImg_7117c ロハジロもいました。見た限りでは、非常に少なかったように思います。


Img_7112c  そのほかの鳥たち。まずは、オオバン。ヒドリガモと一緒に、たくさんいましたが、それは右岸側でかなり距離がありました。このオオバンは、帰り道、左岸側にて。

Img_6778c  セキレイは、2種類。セグロセキレイと、ハクセキレイ。セグロセキレイは1Img_7118c 羽。ハクセキレイはあちこちにいました。そうそう、けっこうカラスがたくさんいたのには、ちょっと驚きました。カワウは、数羽しか見かけませんでした。

Img_0689c  伊勢湾岸自動車道をくぐったところは、伊勢湾に面しています。広々としImg_7014c ていますし、中電川越火力発電所や、ナガシマスパーランドなどがよく見えます。気持ちの良い空間。名古屋港や、知多にあるIHIの工場なども見えます。


Img_0810c  さて、帰り道、思いの外、時間がかかってしまったのと、往きに見たこのImg_0793c バス停側の銅像と石碑が気になって、見てきました。日の出橋からは、バス停2つ分戻りました。その前に、日の出橋のバス停の横には、神社がありました。神社の神社には、由緒書も、名前を示すものもありませんでしたが、地図で見る、萱町神明社となっていました。境内に萱町集会所がありました。

Img_0808c  途中、大貝須のバス停のところで、こんな石碑を見ましImg_0819c た。あとで調べたら、ここには大貝須神社があったのでした。急いでいたのでよく確かめず、この石碑だけ写真に撮ってきただけ(苦笑)。「春日三崎神社旧蹟地」という石碑。目的地は、城南漁協水産物荷捌場のところにあります。

Img_0812c  一つは、「後藤栄三郎翁像」。後藤栄三郎は、旧・城南村の村長を務めImg_0814c た方(弘化5(1848年)~明治43(1910)年)。三重県会議員などを経て、明治26(1893)年に城南村の村長となっています。水産養殖を推奨し城南漁業組合を創立してノリ養殖に力をそそいだそうです。石碑の方は、「後藤嘉一郎君碑」(右の写真)。「秋山断撰 佐治爲善書 根来市藏刻」とあります。ネット検索では詳しい情報は出て来ませんし、手元にある本にも載っていません。

Dscn5466c  余談であります。12月8日の中日新聞北勢版に桑名でもマンホールカードDscn5468c が配布されるというニュースが載っていました。4,000枚を桑名市物産観光案内所で配るということでしたので、帰りに立ち寄っていただいてきました。カードには、はまぐりのデザインのものが載っていますが、実際に使われているマンホールは、この他に、七里の渡し跡、桑名の千羽鶴の2種類があります。

Img_0825c  さらなる余談(苦笑)。この桑名市物産観光案内所は、桑栄メイトの1階にあります。ここは、昭和48(1973)年に建った、飲食店・物販店・サービス店・事務所・診療所など商業店舗と、住宅が入居する複合用途ビルです。ご覧のように、昭和の雰囲気たっぷりで、現在、NHK総合テレビで放映されている「マチ工場のオンナ」の冒頭シーンで、舘ひろしさんが出て来たのが、この場所です。この出入り口のすぐ左が、物産観光案内所。

Img_6907c  明日の朝は、さらに冷えるという予報です。四日市で-1℃とか。日中は暖かくなり、10℃を超えるといいます。ただ、明日は、大規模修繕工事の一環として、午前中、玄関周りの塗装をしてもらいますので、家にいなくてはなりません。ちょうどうまい具合に、ガス器具点検や、エレベーター点検も重なりましたので、午前中は、留守番(苦笑)。午後から、散歩に行きたいと思っています。

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2017年12月13日 (水)

九華公園のベンチ、新しくなりました……寒いせいか、鳥は少なし

Img_0486c 「こんなに寒いのだから、もっと暖かそうに見える写真はないのか」という声が聞こえてきそうですが、あいにく散歩コースにはそういうところはありませんので、ご容赦くださいm(_ _)m いつものように、揖斐川の上流を見たものですが、蟠龍櫓のところからの画像です。左端に住吉神社が写っています。家事をしていて(苦笑)、出るのが遅くなり、9時前から11時半にかけ、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、寺町と回って、6.1㎞。

Img_0481c  昨日、住吉水門のところにアオサギが集まっていましたが、今日はこの1羽のみ。しかし、ここで、アオサギさん、いったい何を思っているのでしょう? そういうことを考えさせる姿、表情をしている気がします(ひょっとしたら、自分自身の心が、アオサギに投影されているのかも知れませんが……)。

Img_0495c  九華公園。今日はアオサギもゴイサギもいません。他の鳥たちも少なめでした。カモも、41羽。ヒドリガモはペア2組とオス1羽、ホシハジロのオスが2羽、ハシビロガモのオスが2羽と他はキンクロさん。写真は、ヒドリガモとハシビロガモが写っています。

Img_0513c  ユリカモメは、29羽。二の丸跡を歩いているときは、飛び交っていたのですが、その後はご覧のように、野球場のフェンスに勢揃い。知人と、そのワンちゃんに会って話しているうちに姿を消してしまっていました。誰も餌をくれる人がいなかったからでしょう。割と現金です(苦笑)。

Img_6715c  本丸跡で、オスのモズが一瞬だけ姿を見せてくれました。証拠写真でしかありません(苦笑)。このほか、カワラヒワ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ムクドリ、ドバトくらい。寒くて、雲が多いと、鳥たちの活動性も鈍るということでしょうか。

Img_0524c  シロハラが来ていたのがうれしくて、また貝塚公園に見に行ってしまいまImg_6732c した(微笑)。2回見ましたが、実数が2羽かどうかについては、確信が持てません。餌を啄んでいましたが、雑食性ですから、それが何かは、今ひとつよく分かりません。赤っぽい色をしています。

Img_0505c  ところで、九華公園のベンチ、無事に設置工事は終了していました。二のImg_0501c 丸跡と朝日丸跡とに、合計9基あります。4人がかけられます。「宝くじからの贈りもの」というプレートがついていました(一般社団法人日本宝くじ協会の助成を受けて更新したということかと思います)。一般財団法人公園財団の名前もあります。ここは、公園や緑地の管理運営などをしているようです。バールフレンドのお二人他、散歩友達の高齢者の皆さんからは、好評です。

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2017年12月12日 (火)

新しいアオサギの集会場所、ツグミそしてシロハラ

Img_0403c 九華公園の南西側に奥平屋敷跡があります。今日は、その一角に水仙が咲いているのに気づきました。まだこの一輪だけです。英語では、「ナルシサス(narcissus)」。ギリシャ神話の美少年の名前で、泉に映った自分の姿に恋をして毎日見つめ続けたら、いつのまにか1本の花になってしまったといいます。“ナルシスト”は、ここから来ているという話は、心理学を多少ご存じの方なら、ご承知かも知れません。

Img_0430c  それにしても寒い日でした。散歩をしていた間は、さほど風が強くありませんでしたから、まだ楽でしたが、空はいかにも真冬という感じで、見るからに寒そうでした。いつものように8時45分から11時半、住吉神社、九華公園、貝塚公園と回り、その後用事を済ませるため、銀行と郵便局に立ち寄って、5.7㎞。ほとんど判で押したようなもので、我ながら笑えます。写真は、九華公園にて、外周遊歩道の東から西の空を撮ったものです。

Img_0355c  さて、今日は寒い中出かけた甲斐がありました(微笑)。まずはアオサギさImg_0359c んたち。揖斐川沿い、住吉水門辺りの堤防には、冬になると時々アオサギがやって来ますが、今日は、ここで集会を開いていました。4羽が集まっており、さらに少し離れた川口水門のところにも1羽。計5羽。こういう光景は初めて。

Img_6527c  全体を撮ると、こういう感じでした。揖斐川右岸。手前が住吉水門、奥が川口水門(七里の渡し跡のところ)です。ここに集まっていたためかどうか分かりませんが、いつもの揖斐長良川の中州にはアオサギの姿はありませんでした。

Img_0379c  九華公園では、ツグミが地上に降りているところを確認。この2羽を含めて、辺りには合計5羽のツグミがいました。手前側のツグミは、色が薄め。Bird Fanのツグミの説明によれば、茶色味が濃いものと薄ものとがいるといいます。

Img_0435c  そして、シロハラ。昨日、貝塚公園で「証拠写真」を撮りましたが(12/11:
貝塚公園にシロハラ)、今日は、きちんと捉えることが出来ました。3回見たのですが、実数は2羽かと思っています。左の写真は、貝塚公園の北門のところから立教小学校の生け垣の方へ飛び出してきたもの。

Img_0453c  こちらは、公園の南のエリアにある東屋の近くで見た個体。左の写真は、Img_6680c 超望遠コンデジで、右の写真は、デジイチで撮ったもの(同じ個体を撮っています)。超望遠コンデジでもけっこう行ける気がします。

Img_6583c  ところで九華公園のカモたち、今日は56羽でした。数も大きな変動はありませんし、メンバーも同じ。ホシハジロのオス2羽、メス2羽、ハシビロガモのオス2羽、ヒドリガモのペア2組の他は、キンクロハジロでした。ユリカモメは来ていません。オオバンを1羽確認しています。そうそう、吉之丸コミュニティパーク西の堀には、今日もキンクロハジロが16羽。九華公園のキンクロの「分駐隊」という印象を持っています。

Img_0409c  昨日の余談の続き(12/11:貝塚公園にシロハラ)。いつも、北門から入っImg_6601c て、管理事務所前を通過し、奥平屋敷跡、二の丸跡、朝日丸跡と回ります。二の丸跡で、左の写真のように、地面にマーキングを発見。その二の丸跡の東の方では、小型のパワーショベルで作業中。

Img_0413c  朝日丸跡に入ったところで、このように3つの穴が平行して掘られ、コンクImg_0420c リートの基礎のようなものが置かれていました。右上の写真は、この穴を掘っているところのようでした。ベンチの設置工事が行われているようでした。本丸跡の駐車場には、右の写真のように、9つのベンチを積んだトラックが止まっていました。さんざん文句を言っていましたが、これまでよりも立派で、頑丈そうなベンチで、これなら散歩友達の皆さんも、納得されるでしょう。

Img_0433c  このあたりは、雪はまだ降らないようですが、明日も真冬並みの寒さとか。しかし、こういう雲を見ていますと、雪雲のような気がしてきますし、一段と寒さを感じます。ブログをお読みいただいている皆様には、年末に向かいお忙しいことと思いますが、くれぐれもご自愛ください。

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2017年12月11日 (月)

貝塚公園にシロハラ

Dscn5460c  最高気温は12℃を超えたとありましたが、それにしては寒いというか、冷えるというか。去年までよりも、寒さが身にしみるようになった気がします(苦笑)。「寄る年波には……」ということかと、少々がっかり(微笑)。めげずに今日も散歩。8時50分から11時半、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町から寺町と5.8㎞+α(αは、貝塚公園で、シロハラを求めてウロウロしたからです)。写真は、鎮国守国神社の拝殿脇。裏にあるイチョウの木はすっかり葉を落としました。

Img_6508c  貝塚公園、毎年、シロハラが複数やって来ますが、昨日までは不在。今日Img_6510c 歩いていたら、チラッとその姿が見えましたので、何度も歩き回ってようやく確認。その証拠写真です(苦笑)。シロハラをご存じの方には、お分かりいただけるという程度の写真ですが、ようやくシロハラが来てくれたと思うと、少し楽しくなります。

Img_0327c  さて、話を元に戻します。「住吉キンクロウズ」、このところ、オスのキンクロハジロが1羽のみです(「住吉キンクロ」と単数形で呼ばなくてはなりませんねぇ)。こちらは、住吉水門の外側にいたアオサギさん。朝なのに、なんだか黄昏れた感じです(笑)。冬になると、揖斐川右岸の堤防にアオサギが時々やって来ています。

Img_6434c  吉之丸コミュニティパーク西の堀。最近、ここにキンクロハジロが集まっています。いつも15羽くらい。九華公園の堀のカモが少ないのは、キンクロの一部がこちらに来ているからかも知れません。


Img_0331c  九華公園に到着。いつもよりやや遅め。北門近くでは、オスのモズが出迎え。少し写真を撮らせてくれた後、姿を消しました。しばらくあまり見なかったのですが、この頃はまたモズを見るようになりました。

Img_6447c  アオサギは、いつものように、鎮国守国神社社務所裏のセンダンの木の枝に。ただし、今日はなぜか、先端のところにいました。その日の気分によるのでしょうか?

Img_6443c  このセンダンの木の近くの堀に石があります。カメが甲羅干しをしていることもあるのですが、今日はオオバンが上がって身繕い。あの「弁足」がよく見えます。オオバンは、カモのような水かきはないのですが、足指(趾)の両側に弁状に膜が発達しているもの(これが弁足)があります。

Img_6453c  カモは、56羽。今日はあちこちの堀に分散していて、けっこう動いていまImg_6456c したので、数えにくいこと(苦笑)。ただし、メンバーはいつも通り。ホシハジロのオス2羽、メス1羽、ハシビロガモはオス・メスとも2羽ずつ、ヒドリガモのオス3羽、メス2羽に他はキンクロハジロ。

Img_6464c  最近ずっと不思議に思っていること、それはハシビロガモのオス2羽がいつも一緒に行動していることです。ホシハジロや、ヒドリガモはたいてい、オス・メスのペアが近くにいて、一緒に行動するのですが……(キンクロさんは、多すぎて、ペアになっているのかどうか、まったく不明です)。

Img_6482c  九華公園、こんな天候のせいか、鳥は少なく、ユリカモメはゼロ。ハクセキレイを2羽見たくらいで、他はヒヨドリ、ドバト、ムクドリくらい(ただし、これらも少なめでした)。

Img_6501c  貝塚公園では、到着したときは静かでしたが、シロハラを探している間Img_6496c に、コゲラ(このコゲラは、頭に赤いスポットがありますから、オス)、シジュウカラ、メジロが出て来ました。メジロは写真には撮れずじまい。このほか、ウグイスかと思える鳥もいたのですが、これも撮影できませんでした。

Dscn5391c  余談。最近、九華公園に散歩に来る人の間で話題になっていることがあります。それは、1週間前に木製のベンチがすべて撤去されてしまったことです。バールフレンドのYさんは、たいそうご立腹。「休むところがない」「ベンチに座って皆さんと話すのが生きがいなのに」などなど。どうやら市役所が新しいものと更新してくれるらしいのですが、掲示も何も出ていません。管理事務所には何人もの方から抗議があったようです。散歩仲間の間では、「いかにもお役所仕事」と悪評。張り紙1枚くらい出してくれても良いと思います。

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2017年12月10日 (日)

九華公園にて「餌争奪」イベント開催中(笑)

Img_0235c 日曜日は、赤須賀漁港の舟が漁に出る日です。日の出の頃から、漁船のエンジン音が聞こえて来ます。散歩に出る9時前でもまだ操業している船も見えます。写真は、住吉神社の前から見た、揖斐川、長良川河口堰など。寒そうに見えますが、実際に寒かったです。今日は最高気温10℃。8時40分から11時半にかけて、住吉神社、九華公園、貝塚公園、歴史を語る公園と回って、江戸町、川口町から七里の渡し跡と回ってきました。

Img_6254c  九華公園、半周してきたところで、何やらイベント開催の予感(笑)。カモも、Img_6279c ユリカモメも集まってきていますし、一部では小競り合いまでも発生しています。そうなのです、日曜日の10時前くらいになると、定期的に餌をやりに来る方がいらっしゃるのです。

Img_6335c  今日のベストは、こちら。ユリカモメ、まさに餌のパンくずをゲットする直前です。よく見てみますと、視線もきちんとえさを捉えていますし、嘴も狙いが定まっています。飛ぶ運動のコントロールもしっかりできているのですね。感心します。

Img_6298c  ちょっと余分な話になるかも知れませんが、その他の「餌ゲット直前シーン」Img_6301c も見ていただくと、ユリカモメの運動性能の高さが分かっていただけると思います。餌の方にはピントが合っていませんが、ユリカモメの右手に写っている、白い、小さな物体が餌のパンくずです。

Img_6255c  左の写真のように、餌を巡って争うシーンもありますが、これはもう上にImg_6288c いるユリカモメの圧勝! 右の写真では、わかりにくいのですが、向かって右のユリカモメは、すでに餌を咥えています。

Img_6353c  ユリカモメ、今日は25羽ほどを確認。この「餌やり」が始まる前は、野球Img_6356c 場のフェンスで待機していました。誰かが餌をやり始めると、どういうわけかかぎつけて、現場に急行してきます。左は、成鳥ですが、右はまだ若い個体。

Img_6351c  ユリカモメ、かわいらしい顔をしていますが、行動はけっこうえげつないところがあります。餌争奪戦となりますと、その運動性能の高さをフルに活かして、キンクロハジロをはじめとして、カモたちを蹴散らしています。

Img_0251c  さて、その他の鳥たち。カワウは、二の丸堀で大きな魚らしきものと格闘Img_0256c していました。九華橋から見ていたのですが、ほとんど反対向き(南向き)で格闘していましたので、はっきりとは確認できませんでしたが、最終的には飲み込んだように見えました。

Img_0297c  ホシゴイ。いつものように、鎮国守国神社の社務所裏にいたのですが、西側からは見えず。稲荷社の参道の赤い鳥居の間から確認。後ろ姿が少しだけ覗いていました。

Img_0307c  アオサギも9時頃には不在。10時半過ぎにもう一度確認したら、登場してImg_0308c いました。久しぶり。存在を忘れられないように、たまにはやってくるようです。


Img_0305c  ツグミ。今日見たのは、2羽。こちらは、九華公園の北門近く、土俵のところ。地面には降りてこず、樹上を移動していました。もう1羽は、公園の外周遊歩道の南。ソメイヨシノの木にいました。

Img_0260c  カモたち、今日は、少なく、47羽。ホシハジロのオス1羽、メス1羽、ハシビImg_0272c ロガモのオス2羽、メス1羽、ヒドリガモのオス3羽、メス2羽の他はキンクロハジロと、いつもの固定メンバー。右は、ハシビロガモのオス。かなりオスらしい色合いになってきました。

Img_6243c  オオバンも、この頃は毎日、九華公園で見ます。2羽いることもありますが、今日は1羽のみ。


Img_6376c  貝塚公園では、ヒヨドリ、キジバトの他、メジロが数羽やって来ました。なかなかうまく撮れず、証拠写真。ここは、毎年、ツグミがたくさんいますし、シロハラも2~3羽滞在するのですが、今年はまだ見ていません。

Img_6391c  さらに、歴史を語る公園。ここは、片町にあります。片町という名前は、通り(東海道)の片側(西側)にのみ町があり、東側は桑名城の堀になっていたことに由来。公園の東には城壁の石垣が残っており、刻印石もあるということで、見に来たのですが、見つけられませんでした。もう少しじっくりと探す必要があります。堀には、オオバンが2羽。

Img_0240c  今日の散歩も、いつものデジイチ(EOS kiss x5)と、超望遠コンデジ(PowerShot SH60XS)の2台を持って出かけました。写真のうち、ナンバーが200~300番台のものはコンデジで撮ったもの。コンデジの使用感を覚え書きしておきます。バッテリーの持ちが弱点。昨日からの合計で、320枚を撮ったところで、「充電してください」となりました。1回の散歩で300枚以上撮ることはよくありますから、予備が必須です(Amazonで互換品を発注してあります。純正品は1つ\6,000以上!)。ファインダーが、液晶になっていますが、これには慣れないといけません。デジイチのつもりで覗くと、よく分からない、うまく見えないとなります。ピントは期待以上に速く合う印象です。まだ動作の仕方に慣れないという感じがしています。デジイチになれていますので、そのつもりで撮ろうとすると戸惑ってしまいます。説明書もきちんと読まなくてはなりません。なお、この写真もコンデジ写真。御在所岳です。けっこうよく撮れたと思います。

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2017年12月 9日 (土)

アオサギ、ヘラブナをゲット(?)……長良川河口堰、三ツ又池公園へ

Img_0145c  三ツ又池公園で撮影しました。いやぁ、久しぶりにいささかコーフンしましたImg_0146c (笑)。アオサギが急に方向を変えて、ダイビング。慌ててシャッターを押したら、こんなシーンが写っていたというのが、ホントのところ(苦笑)。獲物はヘラブナのようですが、残念ながら大きすぎて、逃がしたようで、このあとアオサギはすぐに飛び立っていきました。

Img_0012c  ということで今日は、相変わらず寒い中、長良川河口堰と、三ツ又池公園へ遠征してきました。8時50分出発、12時帰宅。歩いた距離は、4.1㎞です。遠征しつつ、あることを試してきています。記事をご覧いただくと、お分かりになるかも知れません(微笑)。

Img_0016c  河口堰ではまず、アオサギさんが出迎えてくれました。東側の魚道、上流側Img_0019c です。が、東側には、このほかサギの姿も、カワウの姿もありませんでした。カモたちは、堰の上流側、下流側をあわせて、120羽ほど(西まで行って戻ってきたら、200羽以上になっていました)。キンクロハジロがほとんどで、一部にホシハジロが混じっていました。

Img_0037c  カンムリカイツブリも、往きに10羽、帰りには20羽近く見かけました。どこかImg_0097c から湧いてくるのかと思うくらい。最終的には、堰の上流側に
15羽ほど、下流側に5羽ほど。単独でいたり、グループでいたりとさまざま。

Img_0026c  オオバンの姿も、東側の上流で、4羽ほどが見られました。カモとは泳ぎImg_0051c 方が異なりますので、少し遠くからでも判別できます。西側、上流には、カルガモが5羽。閘門へのアプローチの脇に集まっていました。

Img_0059c  その閘門へのアプローチ、下流側に鉄柱が並んでいます。そこを中心にImg_0061c アオサギが14羽、ダイサギ1羽、カワウがいました。風はさほど強くありませんでしたので、向いている方向はバラバラ。モシャっているアオサギさんもいました。魚道にはカワウはいたものの、西側の鳥は、これでほとんどすべて(苦笑)。

Img_0083c  堰の下流に、揖斐川と長良川とがつながっているところがあります。そこのオレンジの塔に猛禽類の姿が。トビのようです。堰西側の葭原からは、野鳥の声もしてくるのですが、老眼の目を皿のようにして見回しても、見つけられません。寒いこともあり、親水広場はパスして、Uターン。次の目的地へ向かいます。

Img_0225c  10時20分、三ツ又池公園着。去年、今頃、ここでミコアイサのメスを見ましたので、ちょっと期待してやって来ました(2016/12/9:カンムリカイツブリもオオバンもハシビロガモも駆けるは、飛ぶはで大騒ぎ……三ツ又池公園にて、ミコアイサのメス(?)も)。残念ながら、今日は、ミコアイサの姿は確認できませんでした。しかし、冒頭の写真のようなシーンを見られ、満足(微笑)。

Img_0107c  駐車場のところから反時計回りに一周。まずは、オオバン。ここでは、よImg_0113c く上陸して、草を食んでいるところを見かけます。ハクセキレイもあちこちで見ます。


Img_0117c  そして、三ツ又池公園といえば、カイツブリ。夏には、ここで繁殖していました。冬も、あちこちにいて、元気な鳴Img_0123c き声がよく聞こえて来ます。警戒心が強いので、こちらに気づくとすぐに潜って、思わぬところに浮いてきます。

Img_0134c  カルガモも、中之島の回りや、池の北の方に集まっています。三ツ又池Img_0136c 公園では、各種の野鳥が入り交じっていますので、とてもカウントできません。カルガモもたくさんいました(苦笑)。


Img_0139c  左の写真、奥にいるのは、ハシビロガモのメス、手前は、コガモのオスとImg_0164c メス。ここにもっともたくさんいるのは、コガモ。そこかしこにいます。泳ぎ回っていたり、休んでいたりと、その様子はさまざま。

Img_0190c  中之島の西側で、マガモがいるのに気づきました。隣にいるのは、メスかImg_0193c という気もするのですが、このスタイル(右の写真)では、なんとも区別できかねます。


Img_0200c  そのほかには、ヒドリガモもさほどたくさんではありませんが、姿が見られました。ミコアイサが確認できなかったのは、残念でしたが、アオサギのダイビングも見られ、寒い中来てよかったという遠征です。

Img_0172c  ところで、三ツ又池公園の西にある田んぼには、ケリがたくさん見られまImg_0177c した。6羽ほど。目をこらしてみると、あちこちにいるのに気づいたような次第。


Img_6134c  三ツ又池公園のサクラ(シキザクラと聞いた記憶がありますが、正しい名称かどうか、不明)、かなり咲いていました。十四山総合福祉センターのすぐ西、散歩道沿いに3~4本あります。


Img_0223c  余談。「試してきたこと」は、これらの2枚の写真に関わります。同じところImg_6193c にいたコガモを撮ったものを載せておきます。さて、お分かりになるでしょうか?

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2017年12月 8日 (金)

ツグミ登場……冷たい1日、午後から散歩

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 昨日よりも寒いというか、冷たい感じの日です。それもそのはず、今日の最高気温は、7.1℃(15時過ぎ)にしかなっていません。午前中は、雨が降るという予報でしたが、ほとんど降りませんでした。午後からの方が少し明るい感じでしたので、14時過ぎから、アリバイのように散歩してきました(微笑)。住吉神社から九華公園を一回り、田町から七里の渡し公園と4.9㎞。冒頭の写真は、九華公園西側の堀(三之丸町内に面しています)。普段、ここにあまりカモは集まらないのですが、今日は50羽以上がいました。
Img_6006c カモたち、割と活発で動き回っていました。西側の堀でどなたか、餌を与えImg_6010c たのかも知れません。平穏そうに見えますが、時々右の写真のように、小競り合いが起きます。よくあるのは、餌を巡ってのトラブルですから、やはりこのときも、小生が行く直前まで餌をやる人がいたのでしょう。カモは、合計57羽。この頃たいてい、60羽前後です。メンバーはほぼいつもと同じく、ハシビロガモのオス2羽、メス1羽、ヒドリガモのオス2羽、メス2羽、ホシハジロのオス1羽、メス1羽と、キンクロハジロ。オオバンも2羽。ユリカモメはゼロでした。
Img_6014c さて、こちらは誰でしょう? 恥ずかしがって顔を隠しているとか、顔を見らImg_6017c れるとやばいとか、そういうことではありません。身繕いの1シーンです。ハシビロガモのオスであります。右の翼の根元を懸命に掻いているようでしたが、笑える表情です。
Img_6028c こちらは、ツグミちゃん。今年初めて、地面に降りているところを見ました。九華公園内の野球場のグラウンドにて。ただし、この1羽だけでしたし、すぐに逃げられました。そろそろ地上で姿を見せてくれないとと、思っていましたが、ようやくというところです。
Img_6063c アオサギも、久しぶりに来ていました。しかし、ゴイサギを見習ったのか、Img_6066c クスノキに隠れていました。見逃すところ(笑)。いつもなら、右の写真の右端に写っているセンダンの木の枝に来ているのですが……。
Img_6068c そのセンダンの木では、ヒヨドリたちが実を啄んでいるのが見えました。ようやくセンダンの木の実を食べ始めたようです。そろそろ食べ頃になったということでしょう。センダンの木の葉もかなり落ちましたから、これからヒヨドリの写真が撮りやすくなることでしょう。
Img_6003c ところで、公園を散歩中、九華橋からオオバンを見ていたら、視野の端で何かが動くのに気づきました。よくよく見たら、ツツジの植え込みの陰から、旅ネコさんがオオバンを見つめているのでした。狩りをしようと思ったのでしょうか? ネコは水を嫌うと記憶しているのですが、いったい何を考えていたのか?
Dscn5454c あまりきれいではない余談で恐縮です。公園の野球場の南の堀端、通路Dscn5455c が一部分だけ真っ白になっています。特に寒くなってからこういう具合になります。なぜかといいますと、ここは、カワウの集合場所である照明灯のすぐ下だからです。つまり、この白いものは、カワウさんたちの「ウ○チ」なのです。今迄、ここを通っているときに降ってきたことはありませんが、気をつけなくてはなりません(苦笑)。
Img_6026c 今日はあまりたくさんはいませんでしたが、多いときには15羽以上が集まっていますから、要注意ポイントなのです。

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2017年12月 7日 (木)

カワウはせっかくの獲物を横取りされる……NHKドラマ「マチ工場のオンナ」についての余談も

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 風がないので、日当たりにいればそれなりに暖かいのですが、気温は低い日が続いています。今日も、最高気温は10.5℃、最低気温は、何と0.6℃でした。そのせいか、九華公園を散歩する人も激減という感じです。小生は、8時50分から11時半まで、いつものように、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、寺町と5.8㎞を歩いてきました。
Img_5804c このところ毎回のように書いていますが、冬の鳥が少ないままです。「住吉キンクロウズ」も今朝は、1羽。揖斐長良川の中州のアオサギはゼロ。揖斐川には、キンクロハジロが5羽ほど、カンムリカイツブリが2羽浮いていただけ。ユリカモメが1羽通過していったくらい。
Img_5827c 「鳥が少ない」とぼやいている声が聞こえたのか、今朝は、久しぶりにゴイサギが登場。何やらこちらの様子をうかがっているようにも見えて、笑えます。ただし、2度目に見に行ったときには、姿を消してしまっていました。アオサギもこの頃は、来てくれません(涙)。
Img_5832c 九華公園にある筏橋の近くに、オスのモズが一瞬だけ姿を見せてくれました。こちらも、同情してくれたのかも知れません(苦笑)。モズたち、高鳴きを聞かなくなった頃、それは、おそらく縄張りを確保した頃から、あまり姿を見なくなりました。
Img_5870c カモは、今日は合計55羽。ヒドリガモのペアが3組、オスが1羽、ハシビロガモのオスが2羽、メスが1羽、ホシハジロのオスが2羽、メスが1羽。他はキンクロハジロたち。カモではありませんが、オオバンが2羽。左の写真は、よくホシハジロや、カルガモが日向ぼっこをしているところ。今日は、このヒドリガモのペアもいました。キンクロハジロはほとんど上陸しません。
Img_5847c ホシハジロ、今日は、九華橋近くにて、お休み中。左はメス、右はオス。Img_5848c どのカモも同じですが、お休み体勢であっても、時々は目を開けて周りの様子をうかがっています。
Img_5931c ユリカモメ、今日は9羽。公園内の野球場のフェンスに止まっています。はじめにも書きましたように、急に寒くなったので、散歩をする方が減り、その結果、餌をやる人もほとんどいませんので、集まってこないということだと思います。カモも、ユリカモメも去年より少なめの数で推移しています。
Img_5904c このところ、カワウが漁をするもあまり見ませんでしたが、今日は、久しぶりにそれを目撃。吉之丸堀にて。こちらのカワウさん(白くなっているのは、繁殖期である証拠)が魚を捕ったのですが、すぐに飲み込まず(飲み込めず?)、何度も咥えなおしたり、落としたりしていたのです。
Img_5924c そんなことをしていると、必ずといってよいほど、他のカワウが横取りしよImg_5926c うと寄ってきます。左のシーンのすぐ後、このカワウさんまたもや、獲物を落としてしまうのです。そうしたら、案の定、左の写真で手前にいたカワウが、それを横取り(右の写真)。このあとすぐに丸呑みに至りました。もともと魚を咥えていたカワウ、なんだか呆然としているように見えます。
Img_5933c 公園についたとき、イソシギが飛ぶのを見たものの、他に確認したのは、ヒヨドリ、ムクドリ、ドバト、カワラヒワくらいでした。カワウの横取りシーンを見られたからまあよしとしましょう。左の写真は、九華公園の野球場のフェンスにいたスズメ。貝塚公園では、カワラヒワ、ヒヨドリの他、ツツジの植え込みで移動する小型の野鳥を追ったのですが、何かは確認できず。鳴き声は、ウグイスの地鳴きのように思えました。
Img_5960c 寺町からの帰り道、住吉入江の脇では、メスのジョウビタキを見かけたのですが、こんな証拠写真のみ。メジロもいたものの、写真は撮れずじまい。
Img_5936c 昨日は、更新しませんでした。散歩に入ったものの、昼頃から家内の実家に出かけ、帰宅が遅くなったのです。カモ、ユリカモメの数だけ、記録として残しておきます。12/6のカモは66羽。ハシビロガモのオスが2羽、メスが1羽、ホシハジロのオスが2羽、ヒドリガモのペアが2組、オスが1羽、他はキンクロハジロ。ユリカモメは20羽。
Dscn5433c 余談であります。先日から、寺町商店街に「『マチ工場のオンナ』コーナー」というものが、設置されています。実は、これ、11月24日からNHKで放映されている「マチ工場のオンナ」というドラマ(全7回)にちなむものなのです(金曜22時~、12/29迄;再放送は、翌週木曜0:10~(水曜深夜))。内山理名さんが主演で、「主婦だけど、社長やります!」というキャッチフレーズ。
Dscn5434c_2 このドラマ、原作は東京、舞台は愛知(名古屋)なのですが、実は、ロケDscn5435c のかなりの部分が桑名で行われているのです。ドラマのスタートシーンは、桑名駅前の「桑栄メイト」という、いささか古いビルと、駅前の広場でした。舘ひろしが出て来たのが、この桑栄メイトビル。また、「ダリア精機」という町工場が舞台なのですが、それは、我が家から徒歩10分ほどのところにある水谷精機工作所さん。内山理名さん扮する有元光の実家、須藤家もその近くのお宅なのです。この頃そちら方面にはあまり散歩に行きませんが、以前はよく歩いたところで、「オーっ、あそこだ!」といいながら、ドラマを見ています(微笑)。伊勢大橋が写ったり、車で走っているのが、中堤だったりするのです。
Dscn5441c 桑名フィルムコミッションのサイトにも、ロケ地紹介があります(こちら)。ドラマももちろん面白いのですが、知っているところが出てくるのを見つける楽しみもあります。また、このドラマ、「舘ひろしさん演じる父親が亡くなり、倒産寸前の父の会社を立て直していくところから始まるストーリーですが、物語が進み父親の会社に触れることによって、今まで知らなかった父の姿を知っていくという、実は父と娘の話でもあります」という内山さんのコメントがありました。自分の親のことは知っているようで知らないことが多いと実感しています。

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2017年12月 5日 (火)

カモも冬鳥も少なし……桑名城城壁の刻印石も見に行く

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 三の丸水門あたりからみた北の方角。蟠龍櫓があり、その左手に伊勢一の鳥居が小さく見えていますし、奥には多度山、伊勢大橋が望めます。多度山の方から流れるような雲は、冬の雲。これを見ると、寒いとか、寒くなると思えます。いつものように、8時40分から11時半頃まで散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園から中橋、多聞橋(立ち寄った理由があります)、田町、住吉入江と5.1㎞。
Img_5478c 住吉神社から揖斐川を眺めたら、ユリカモメが20羽ほど並んでいるのが見えました。そして、その中心辺りにいるのは、カンムリカイツブリ。まるで、「ユリカモメの学校」で、先生がカンムリカイツブリという様子。なぜこういう光景が展開されているのか、不思議です。
Img_5507c ハクセキレイは、三の丸水門にて。この辺や、吉之丸コミュニティパークでは、ハクセキレイをよく見ます。ハクセキレイ、時々こちらに興味を持ったような視線を向けてくれます。
Img_5516c 九華公園、いつも九華橋からカモの様子を見るのですが、今日は南の方に離れて集まっていました。カウンターで数え始めたら、急いで寄ってくること! 31羽が写っています。今日は、これらを含め合計52羽。相変わらず、去年の今頃に比べ、やや少なめです。ツグミはわずかに見るものの、シロハラ、シメ、ビンズイなどはまだ見られません。
Img_5542c ハシビロガモは、この頃、カルガモと一緒に、ここ(奥平屋敷跡入り口のImg_5552c 花菖蒲園の東、日当たりがよいのです)によくいます。今日は、ハシビロガモのオスは2羽。奥から2羽目は、多少男らしくなってきた感じです。右の写真は、接近して撮らせてもらいました。睨まれましたが、逃げはしませんでした。あまり邪魔をしても行けませんので、即退散(苦笑)。
Img_5526c 他にいたのは、ホシハジロのオス2羽、ヒドリガモのペア2組に、あぶれオス1羽。その他大勢は、キンクロハジロ。左の写真で、手前がホシハジロのオス。
Img_5588c ヒドリガモのオス(左の写真)と、メス(右の写真)。ヒドリガモはたいてい、Img_5590c ペアでいるのですが(行動も共にしていることが多いのです)、なぜか1羽だけ単独行動のオスがいます。ちなみに、これらの写真のヒドリガモは、一緒に行動していましたので、ペアであると思います。
Img_5565c 朝日丸跡では、カワラヒワの集団。秋から冬は、集団行動をしているとこImg_5574c ろをよく見ます。この集団も15羽ほどがともに行動していました。褐色に見えますが、飛ぶ時は、翼の黄色帯が鮮やかですし、鳴き声もきれいです。リンク先で鳴き声が聞けます。
Img_5608c ゴイサギ。いつものように、鎮国守国神社の社務所の裏のクスノキに。公園に着いたときは、写真にも撮れないような、もっと奥の陰にいたのですが、日当たりに移動してきたようです。ホシゴイや、アオサギは不在。ちなみに、今日はユリカモメも、九華公園には来ていませんでした。
Img_5615c ゴイサギがいたクスノキの北にあるセンダンの木。今日は、ムクドリがたかっていました。実を食べに来たようです。この写真には10羽ほどしか写っていませんが、20~30羽くらいが来ていました。ヒヨドリはまだセンダンの実は食べに来ていません。それと、もったいないことに、ムクドリたち、実をけっこう、この下にある堀に落としてしまっていました。
Img_5596c 余談です。鎮国守国神社境内を歩いていたら、こんなものがあるのに気Img_5597c づきました。どこだと思いますか? 右の写真のように、鳥居の「貫(ぬき)」と呼ばれる部分のところです。いたずらで石を放り投げたりする、あの場所。馬のぬいぐるみのようです。まだきれいですから、最近ここにあげられたように思えます。
Dscn5411c 最後に、中橋と、多聞橋と立ち寄った理由について。中橋は、九華公園から春日神社に行く途中にある朱色の橋、多聞橋は、江戸町の柿安料亭本店の脇にあります。いずれも、七里の渡し跡から歴史を語る公園に続く堀にかかっています。先日、九華公園にある「刻印石」の話を書きましたが(11/23:「刻印石」研究家に出会う……鳥果は上がらなかったものの、石や石垣の話は面白かったですねぇ(笑))、この中橋周辺の石垣にも刻印がついたものがあると聞きましたので、見てきたというわけです。こういう話を聞くと、見たくなるという悪い癖があります(苦笑)。
Img_5682c 今日は、ざっと確認というつもり。中橋の東側に城壁が残っています。ざImg_5696c っと見ただけでも数個の刻印がありました。市の観光ガイドのサイトの「桑名城城壁」にも、「積石の状態は乱積で、野面はぎ、打込はぎのニ方法によっており、また刻印を刻んだ積石も多く見られます」と書かれています。今日は、歴史を語る公園のところや、江戸町、川口町の方は見てきませんでした。興味はあるのですが、あまりあれこれ手を広げるのはよくないかとも思っているところです。

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2017年12月 4日 (月)

市民大学最終回「幕末維新と桑名」……修了証もいただきました

Jukouhagakic  5月から通っていた、中央公民館での「平成29年度くわな『市民大学』講座」の「ゼミナール『郷土史学科』」が、いよいよ今日で最終回。全7回の講座、ご覧のように、すべて出席しました。全体を通してのテーマは、『桑名の歴史発掘-桑名の重要事件を探る-」。講師は、市博物館元館長の大塚由良美先生。桑名の千羽鶴の復元にも努めていらっしゃいます。人気の講座だそうで、定員40名のところに倍以上の応募者があり、抽選で当たって受講できました。

Dscn5372c 今日は、「幕末維新と桑名」という内容でした。今年は、大政奉還150年ですから、最後を飾るにふさわしいテーマです。左の写真は、今日とったノートの一部。アタマの働きがだいぶぎこちなくなってはいますが、講師の先生のお話を何とか筆記できていると思います。ノートは、このあと、関連する事項を調べ、付け足すなどして、清書しています。自分が講義する際も、学生諸君には、「復習しなさい」と話していますが、自らも実践しております(微笑)。
Dscn5374c こちらは、今日の配付資料。大塚先生はいつも詳しい資料を作って、配ってくださるので、勉強になりますし、大変参考になるのです。今日の資料は、尊皇攘夷や、公武合体運動が高まる中、安政5(1858)年、時の桑名藩主・松平定猷公が、京都警護を命じられたところから、明治2(1869)年、桑名の旧・藩主・松平定敬(京都所司代を務めました)が、新政府から許されるまでの年表と、島津家(薩摩藩)と久松松平家(桑名藩)の関連を示す系図でした。
Dscn5377c  久松松平家では、桑名藩第4代藩主・松平定行公が、家康の命により、島津忠恒(家久)の養女を室としたり、16代藩主・定和公は、島津重豪の娘・孝姫を迎えていたりなど、島津家(薩摩藩)とけっこう姻戚関係があったそうです。定行公は、天保9(1838)年、家督を相続したものの、在任3年足らずの天保12(1841)年、30歳で亡くなってしまいます。その後は、嫡男の定猷公がわずか7歳で継ぐのですが、定猷公も心労で倒れ、26歳で急死。この二人の藩主が、長生きをなさっていたら、薩摩藩との関係もあって、幕末の桑名藩の運命も変わったかも知れないというお話でした。
 幕末の大政奉還、戊辰戦争、明治維新と桑名藩の関連などについては、大変興味があるのですが、残念ながらはじめにも書きましたように、今年度は今日で最終回。概論という感じのお話でした。もっと詳しい話を聞きたいと思っていたところ、来年度もこの講座が開講され、大塚先生がこのあたりについて、詳しく話をしてくださる予定だということでした。これは、来年の講座にも応募して、是非とも聴講しなくてはなりません。幸い、大研修室で開催され、受講可能人数も増やしていただける見込みだとか(微笑)。
Shuuryoushouc ところで、8割以上出席すると(7回中6回以上)、「修了証」がいただけるということで、お陰様で小生もめでたく、この修了証をいただいてきました。こういう立派なものをいただくのは、久しぶり。たぶん、学位をもらったとき以来でしょう(平成11(1999)年に学位を取得しました)。額に入れて飾るというのは、大げさですが、大切に保管しておくことにしましょう。

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2017年12月 3日 (日)

ユリカモメの乱舞に「モズ・デー」……午後からは研究会

Dscn5342c

 今日も散歩日和でしたが、昼頃から出かける予定でしたので、8時半から10Img_5474c 時と時間制限で散歩。住吉神社から九華公園を往復して、5.1㎞。まずは、住吉入江。「住吉キンクロウズ」2羽に、ホシハジロのオスが混じっていました。去年もときどき、ホシハジロのオスがやって来ていました。
Img_5278c 住吉水門の脇には、アオサギ1羽。冬になると、この水門のところにアオサギが来ていることがあります。いつもは堤防上を通過するのですが、対岸のところへ降りていって、これを撮影。そこまではよかったのですが、2枚ほど写真を撮ったら、案の定、逃げられました。30mほどですと、近すぎるということなのでしょう(苦笑)。
Img_5315c 九華公園。アオサギ、ゴイサギ、ホシゴイはいません。奥平屋敷跡で、モズのオス。鳴き声も立てず、ひっそりしていたので、危うく見逃すところ(微笑)。九華公園辺りでは、メスのモズを見ることが多いのですが、今シーズンは、奥平屋敷跡辺りは、このオスが縄張りを確保したのでしょうか。
Img_5320c 九華公園のカモたち、昨日は60羽を越えましたが、今日は59羽。カウントミスもありますし、カモたちもじっとしていませんから、あまり細かい数字に拘る必要はありません。ヒドリガモのペア3組にオス1羽、ホシハジロのペア2組、ハシビロガモのオス2羽、メス1羽のほか、キンクロハジロ。いつものメンバーが揃っていました。
Img_5397c 今日は、餌をやる人があり、ユリカモメ6羽、カモたちが集まImg_5419c って大騒ぎ。九華橋のところ。お陰で、ユリカモメの写真をたくさん撮ることができました。
Img_5341c 左の写真は、連続写真を合成したわけではありません。たまたま3羽プラImg_5374c ス1が、こういう状況で写ったのです(微笑)。右のような写真も撮れていました。シャッター速度優先で、1/1000秒で撮ってみました。ピンぼけ写真も量産したのですが、中にはここに載せたような、それなりの写真もあったのです。
Img_5446c そのほか、今日は3カ所でモズに遭遇。「モズ・デー」でした(笑)。左は、Img_5463c 鎮国守国神社の鳥居辺りで。右は、九華公園を出て、帰り道、珈琲館長谷川さんの近くにて。電柱にやって来ました。ここは、三の丸公園の近く。さんの丸子園を縄張りにしているモズかという気がします。
Img_5468c 帰り道に、住吉神社の前から見た揖斐長良川の中州。ここ、往きは5羽くらいのアオサギしかいませんでしたが、10時前には13羽も集まってきていました。アオサギの日向ぼっこスポットなのかも知れません。
Img_5290c オマケ。今日も、木曽御岳はよく見えていました。その木曽御岳、蟠龍櫓Img_5289c の下流側からはほぼ真東に見えます。右の写真は、蟠龍櫓の側から撮ったもの。写真の向かって左の方に七里の渡し跡があります。揖斐、長良川の向こう、なばなの里の向こうに木曽御岳という具合。
 午後からは、心理アセスメントの研究会で、日進市の某女学園大学へ。今日は、「巡回相談でのアセスメント~短時間でどのように子どもの発達をアセ スメントするのか」という話を聞いてきました。心理検査や尺度を使わず、短い時間で子どもの発達状況をいかにアセスメントするのかについて、大変興味深いお話でした。

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2017年12月 2日 (土)

コゲラ、エナガ、モズ@九華公園

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 晴れて、風も弱く、暖かい日になっています。冒頭の写真は、住吉神社のImg_5090c 前、揖斐川右岸から名古屋の方を見たものです。中央に小さく、名駅前の高層ビル群が見えています。右の写真は、木曽御岳。雲がかかっていますが、高いところは雪化粧しているのが分かります。寒くなると、この木曽御岳がよく見えるようになります。
Img_5103c 揖斐川には今日もあちこちにカンムリカイツブリの姿が見えました。こういうImg_5099c 穏やかな日によくいるように思います。カンムリカイツブリたちもよく潜っています。餌をとるためですが、30秒以上も潜って、思わぬところに浮かんできます。
Img_5155c さて、九華公園では、久しぶりにコゲラとエナガを見ました。管理事務所近くImg_5156c で知人と話をしていたとき、急に賑やかになったのです。コゲラの写真というと、たいていは左のようなアングルになるのですが、今日は珍しく前を向いたところが撮れました。ちょっと日陰に入ってしまってはいますが、右の写真をご覧ください。
Img_5168c コゲラは、10羽ほど。相変わらず賑やかですし、よく動きます。こちらもなかImg_5170c なか日当たりのよいところには来てくれません。左右の写真は、同じ個体です。
Img_5124c ツグミ。いつもの年なら、もっとたくさんいて、もう地面に降りている頃ですが、今年はあまり見ませんし、樹上、それも高いところにいることがほとんど。今日、九華公園で見たのもこの1羽のみ。鳴き声は他にもしていましたが、姿は見られずじまい。
Img_5227c モズ。久しぶりに近くで見ました。今日は、九華公園についたとき、北門のところでも見かけたのですが、すぐに逃げられ、残念に思っていたのですが、これだけ間近で見られ、満足。九華公園の朝日丸跡にて。モミジの陰に隠れてすぐ下に回り込めました。
Dscn5340c 九華公園のカモたち、ほぼ1ヶ月ぶりに60羽を越えました(11/5:九華公Img_5179c 園、ユリカモメは7羽飛来、カモは62羽 、11/7:立冬……カワウの漁、ゴイサギにホシゴイも)。ヒドリガモのペア2組にオス1羽、ハシビロガモのオス1羽、メス1羽、ホシハジロのオス1羽(右の写真)にキンクロハジロ。他にオオバンが2羽。オオバンはこの頃常駐しています。ユリカモメは、今日もゼロ。
Img_5192c ヒドリガモのペア(左の写真)。いつも一緒にいて、動きまでシンクロしてImg_5194c いて、微笑ましく見えます。右は、オオバン。
Img_5208c 明日は、午後から研究会で日進まで出かける予定。午前中、短時間でも散歩はしてきたいと思います。

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2017年12月 1日 (金)

淡々と飽きもせず、平凡な散歩

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 長良川河口堰の向こうから、雪雲かと思えるような太い雲が二筋、伸びてきていました。今朝、住吉神社の前からの光景。「冬将軍」がやってくるという予報です。それもそのはず、今日はもう師走。「光陰矢のごとし」とはよく言ったもの。
Dscn5319c 淡々と飽きもせず、今日も散歩であります。8時40分から11時15分。住吉神社、九華公園、貝塚公園から内堀公園、京町、寺町と5.6㎞。途中、けっこう北西の風が強くなって、寒い感じもしましたが、おおむね陽も当たってまぁまぁの暖かさでした。こちらの写真は、九華公園、本丸後にて。奥が鎮国守国神社、向かって右手が野球場、写真を撮っている背後には吉之丸堀があります。
Img_4937c 昨日は、両ヶ池公園でミコアイサや、カワセミなど、いろいろな鳥を見られましたが、今日はきわめて平凡でした。カワラヒワは、諸戸氏庭園前のサクラの木に数羽。目の前の住吉入江には、「住吉キンクロウズ」3羽と、オオバン2羽。
Img_4961c 揖斐川には、あちこちにカンムリカイツブリが見られます。住吉神社の前かImg_4965c ら、三の丸水門辺りに5羽ほど。他には、キンクロハジロの姿が10羽近く。揖斐長良川の中州のアオサギ、今日はまったく見られません。三の丸水門では、ハクセキレイが2羽。いつもこの辺りでハクセキレイを見ます。
Dscn5320c 吉之丸コミュニティパークでは、毎週金曜日にグラウンド・ゴルフが行われています。知り合いが二人参加していらっしゃいますので、たいてい顔を見て挨拶してきます。「やらないか?」と誘われたこともありますが、「もう少し年をとってから」と返事しました(微笑)。九華公園、今日は、ゴイサギもアオサギもいません。写真は、管理事務所近くから、北を撮ったもの。向かって右手辺りが、アオサギ、ゴイサギが来るところ。手前の橋は、「筏橋」。堀が一時期、貯木場だったことがある名残の名前かと勝手に想像しています。
Img_4992c カモは、今日は、合計59羽。ホシハジロのメス1羽(左の写真の奥)、ハシImg_5004c_2 ビロガモのオス2羽、メス1羽、ヒドリガモのペア2組他は、キンクロハジロたち。右は、ヒドリガモのオス。
Img_4991c こちら、ハシビロガモのオスのうちの1羽。頭部が、だいぶ青くなってきましたが、まだエクリプスの状態から抜けきっていません。早く「男らしい」姿を見たいものです。ちなみに、今日は、ユリカモメの姿は、ゼロ。
Img_4998c ドバト、ヒヨドリはたくさんいました。シジュウカラをチラッと見たり、モズの鳴き声も聞いたのですが、あまり鳥はいません。だからという訳ではありませんが、たまには、キジバトさん。二の丸跡にて。「デーデーポ-ポー」というような鳴き声が樹上から聞こえて来ます。なかなかおしゃれな色をしています。
Dscn5325c 今日は、寒くなると思ったのか、散歩する人は少なめでした。野球場の南から吉之丸堀を見た景色。手前に小さく、ハシビロガモのオスが写っています。右手の照明灯が、カワウの集合場所。
Img_5022c 鎮国守国神社の拝殿前のドウダンツツジ、きれいになるか心配しましたDscn5323c が、鮮やかな赤色になりました。そのほか、まだ木というか、場所というか、選べば紅葉を楽しめます。右は、北門を入って、土俵の近く。わざと逆光の位置で撮ってみました。
Img_5071c 帰り道、内堀公園近くの路上で、ハクセキレイがやって来て、通せんぼ(笑)。足を踏ん張って、こちらを睨んでいるように見えました。別にいじめたりした覚えはありませんが……。

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