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2017年8月13日 (日)

お盆休み、家内の実家へ一泊

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 まさに夏休みの一コマという光景です。温泉のお客さんでしょうか、お母さんと子どもさん二人が、散歩をしていました。朝9時過ぎ。田んぼの中の道を歩き、トンボを追いと、夏休みの思い出になるでしょうね。という小生は、昨日の夕方から、一泊で家内の実家へ行っていました。一泊というのは久しぶりであります。
Dscn2394_800x600 朝は、散歩です。どこへ行っても同じことをしています(笑)。家内の実家ですと、たいてい町内半周。2㎞あまりになるはず。この射山神社はいつも立ち寄ることにしてあります。貝石山のふもとにあり、大杉に囲まれています。貝石山の8合目に祀られていたものが、安土桃山時代に、現在の地に移されたといいます。
Dscn2397_800x600 境内には、松尾芭蕉の「反故塚」があります。江戸時代の「温泉由来記」にDscn2398_800x600 も載っているそうで、自然石の表面に「芭蕉翁反故塚」と刻まれています。伊賀の俳人・服部土芳が、芭蕉歿後20年目にここ榊原温泉で句会を開き、そのとき、芭蕉がこの地で俳諧をして出た反故を埋め、建立したとされます(正徳3(1713)年)。
「葉桜に 袴の裾もぬれにけり はせを」とあります。この句は、芭蕉が奥の細道の旅を終えた後、しばらく榊原温泉にも逗留したことがあり、そのときのものだそうです。
Dscn2407_800x600 射山神社の少し東には、「湯治場の東門跡」があります。ここには、天正Dscn2406_800x600 16(1588)年に榊原城主・榊原氏によって湯治場が造営されました。その後、江戸時代になってからは津藩の統治下となり、藩が管理して明治になるまで続いたといいます。藩が管理したため、湯治場を利用するには、関所のような厳しい身分調べがあり、出入り口はこの東門に限られたといいます。
Dscn2405_800x600 東門跡の説明板の下には、このような、「榊原湯元之図」という図が掲げられています。この図は、享保12(1727)年に描かれたものだそうです。かなりの規模の湯治場だったことが窺われます。
Dscn2315_800x600 こちらは前にも載せたと思いますが、「温泉販売所」であります。実家のDscn2317_800x600 近くに「榊原泉源開発」という会社があり、そこで温泉の湯を買うことができます。軽トラにタンクを積んだ方などがよく来ていらっしゃいます。町内など、近所の方でしょう。20リットルで10円となっています。ちなみに実家には、先だっても書いたように、温泉が引いてあります。
Dscn2321_800x600 鳥は、ツバメ、ヒヨドリ、スズメなども見ましたが、こちらはホオジロ。行く度に実家の前の電線や、電柱の上などで見かけます。鳴き声もよく聞かせてくれます。その鳴き声もけっこうよく通り、少し距離があるところにいても、すぐ側にいると錯覚するほど。
Dscn2353_800x576 トンボは、ハグロトンボか、アオハダトンボと思います。榊原川の近くで見Dscn2377_800x583 かけました。コンデジしか持っていきませんでしたが、なかなかピントが合わずに苦労しました。種類は、もう少し調べてみようと思っています。

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