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2017年7月 8日 (土)

春日神社の算額と、「くわな史跡めぐり」の正誤表ゲットの話

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 九州地方では、大雨が続き、亡くなられた方や行方の分からない方もいらっしゃるというのに、こちらでは晴れで暑い日が続きます。被害を被っていらっしゃる方々にはお見舞い申し上げます。桑名は33.8℃。ノウゼンカズラの鮮やかなオレンジ色が、今日の暑さに似合う気がします。
Img_3133_640x427 暑さを強調する写真ばかりではいけませんので、多少は日陰や涼しさをイImg_3091_640x427 メージできる写真を(微笑)。左は、今北町のお宅にあったもの。鬼灯でしょうか。右は、九華公園の外周遊歩道東にあるお宅。毎年、ゴーヤを作っていらっしゃいます。実も付き始めていました。
Rimg0010_640x480 少しでも暑くなる前に散歩をと思って、8時20分頃出かけ、11時過ぎに帰ってきました。九華公園には8時40分頃着いたのですが、朝稽古、すでに終わったようでした。明日から名古屋場所。たぶん8時頃には終わると思います。今日も、何人かの見物の方がいらしたのですが、残念そうでした。散歩は、いつも通り住吉神社、九華公園から春日神社、石取会館、京町、吉津屋町、寺町、田町とあちこち歩き回り、5.7㎞。お茶のペットボトル500mlを1本を飲んでしまい、スポーツドリンクを買い、これも半分ほど飲みました。
Rimg0013_640x480 春日神社に立ち寄ったのは、春日神社のブログに「算額(さんがく)奉納いRimg0017_640x480 ただきました」という記事が載っていましたので、見に行ったという次第。算額は神社や仏閣に奉納した数学の絵馬のことです。この算額を奉納されたのは、四日市市在住の寺尾憲二さんだそうです。手水場の東側に掲げられていました。
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 こちらがその算額。江戸時代中期、寛文年間の頃から始まった風習といわれ、数学の問題が解けたことを神仏に感謝し、益々勉学に励むことを祈願して奉納されたと考えられています。人の集まる神社仏閣を発表の場とし、難問や問題だけを書いて解答を付けないで奉納するものもあったそうで、その問題を見て解答を算額にしてまた奉納する といったことも行われたといいます。
Img_3112_473x640 もう少し大きい写真で、2つに分けて載せておきます。といいつつ、小生、Img_3113_456x640 学生時代は、数学と物理、化学が大の苦手でして、算額に書かれた内容については、何かいえるほどの能力はありません(苦笑)。江戸時代の桑名藩は算学が盛んで、藩内には数学局が設けられ、藩士、町民は高度な知識を共有していたそうです。藩内には『大日本数学史』を著した偉大な和算家遠藤利貞のほか、宮崎善之、小川師房、庭山政勝などの数学者がいたといいます。この算額には、桑名に関係する問題が記されています。数式、図形のところを除いた文章を次に引用しておきます。
奉納
 江戸時代、旅人が七里の渡しに無事着けば、ここから伊勢路の東海道七次が始まります。七里の渡しには、「伊勢国一の鳥居」が立っており、東海道から伊勢街道へと続く伊勢参宮街道の起点でもあります。七里の渡しの傍らには六華苑があり、7×6=42番目の東海道宿場町が桑名(九華)で、桑名城跡が九華公園となっています。
 江戸時代の桑名藩は桑名市史によれば算額が盛んで、桑名藩士不破梅仙、『大日本数学史』を著した日本最後の偉大な和算家 遠藤利貞のほか、宮崎善之、小川師房、庭山政勝などの算学者の名が見られます。小川師房は天保9年に、春日神社に算額を奉納しています。一方藩内には数学局が設けられ、藩士、町人の教育に努めたとあります。
 今次、七に因んだ数学の問題を春日神社に奉納します。
 以下、3つの問題が掲げられています。
  1. 循環小数に関する分割和
  2. 正七角形調和
  3. 正七華形
 そして、奉納者名などは、次のようになっています:
平成29 年7月7日 七夕の日
元桑名藩領内 東海道枩寺在住 甲田遊

 数式、図形について詳しくお知りになりたい方がいらっしゃれば、撮ってきた写真を差し上げます。
Rimg0023_640x480  春日神社で算額を見て、お参りしてから、石取会館へ。先日来書いていRimg0021_640x480 ます、「くわな史跡めぐり」の正誤表が、入手できることを確認しましたので、もらいに行ったという次第です。ここは、石取祭を紹介している施設です。石取祭を紹介している施設です。大正14(1925)年に四日市銀行桑名支店として建築された鉄筋コンクリートの建物です。平成3(1991)年に桑名市に寄贈され、平成4(1992)年に石取祭を紹介する施設として開館しました。
Rimg0019_480x640_2 会館内には、石取祭の祭車が展示されている他、祭の歴史や行事を紹介するパネル、壁面映像、お囃子体験コーナーがあります。係員の方も常駐しています。この展示されている祭車は、永年諸戸家が所有、保存していたものです。漆仕上げで、江戸時代末期の作。当時の技術の粋を集めたものです。彫刻は、幕末期の桑名彫刻の一端を担った野々垣兵助により施された総牡丹彫りといいます。平成元年12月に寄贈を受け、漆塗装、天幕等の補修を行い、当時のままに修復されています。
Kuwanashisekimeguri_640x498 話がそれました。石取会館では、無事に、正誤表をゲット。この間の博物館の対応は何だったのでしょう。石取会館の方はとても親切で、この方の責任ではないのに、「大変ご迷惑をおかけしました」とおっしゃっていました。左は、正誤表の一部。正誤表は、A4サイズで4ページ。150項目もありました。地図の訂正もありますので、シールも付いています。この正誤表、あまり文句をいってはいけませんが、ページ数の他は、訂正箇所の位置が「左上」とか、「右中ルビ」とかしか書かれていません。行数を示しておいてもらうと、訂正するのが楽だったのですがねぇ(苦笑)。熟読しながら、訂正しなければなりません。
Img_3093_527x640 午後からは、共同研究のデータを検討した結果が送られてきましたので、その確認。久しぶりに統計について、アタマを使っておりました。用いられていた検定方法、ちょっとアヤシいところがありましたので調べて、詳しくコメントを書いていました。こういう方面のアタマ、使わないとさびてきます(苦笑)。こうして、ときどきアタマを使う仕事を頂くのはありがたいことです。明日にでも、コメント内容を確認して送ることにします。

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コメント

ミリオンさん、こんばんは。

算額は以前から知ってはいたのですが、実物を見たのは初めてでした。
ただ、内容は私の理解を超えていました(苦笑)。

七里の渡しの7と、六華苑の6をかけたのはたまたまかも知れません。

「くわな史跡めぐり」、処分なさいましたか。
150ヵ所、訂正するのは面倒で大変そうです。
正誤表をざっと眺めただけで、まだ訂正作業はしていません(笑)。

本は、石取会館にも在庫がありましたが、販売停止が続いているようです。
訂正するとなると、印刷紙直しをしないといけないでしょうね。
2,000部印刷して、300部も売れないうちに販売中止になっていますから、たぶん刷り直しはしないのではないかと思います。

初めから郷土史家の先生などに確認しておけば、こんなことにはならなかったのに、予算の無駄遣いですね。

投稿: mamekichi | 2017年7月 9日 (日) 20時59分

こんにちは、算額という絵馬があるということは全然知りませんでした。
七里の渡しの7と華苑の6をかけて42番目の宿場町とは・・
なるほど~です、これは偶然なのか計算されてるのか?

くわな史跡めぐりの本は間違いがあって見る気がしなくなって処分しちゃいました(;^_^A
訂正したのを販売されないんでしょうかね、残念。

投稿: ミリオン | 2017年7月 9日 (日) 14時14分

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