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2014年2月21日 (金)

四日市市立博物館の“昭和の暮らし展”へ……帰りに、北勢線レトロ塗装電車に遭遇

Rimg00090221 今週いっぱいは、気温が低く、寒い日が続くという予報です。今朝は、Rimg00100221 1.7℃(6時50分)でしたが、やはり北風は強く(午前中で、3~5m/s)、体感的にはずいぶん寒い日です。いきなり駅名看板と、発車時刻表示から始めましたが、散歩ではなく、前々から考えていたのですが、近鉄で四日市まで行ってきました。四日市までは、JR関西線も通っているのですが、繁華街に行くには、近鉄が断然便利です。

Rimg00160221  四日市までは、近鉄の急行を利用して、12分ほど。普通電車でも(準急も同じです)、20分ですから、桑名駅で来た電車に乗ればよいという風で、二重の意味で便利です。

Rimg00190221  さて、今日の行き先は、こちら。近鉄四日市駅の北口を出たところから約300m。四日市Chirashi1 市立博物館です。3月2日(日)まで、開館20周年記念の企画展として、“昭和の暮らし展”が開催されています。観覧料は、¥300です。「懐かしいあの頃と・・・もう一度出会いませんか」というキャッチコピーが掲げられていますが、昭和30年(1955年)生まれの、しっかり昭和育ちの小生としては、見逃せないと思った次第です。

Rimg00230221  こちら、博物館の入り口に掲げられている看板です。右下Rimg00250221 に丸く窓が開いていますが、そこからは、実は、ダイハツがつくっていたミゼットが覗けるようになっていました。ミゼット(midget)とは、“超小型のもの”という英語です。1957年(昭和32年)から販売された、いわゆる“オート三輪”です。これについては、またあとで触れます。

Chirashi2  これは、パンフレットの裏面ですが、電気・ガス・水道がまだ家庭では便利に使えなかった昭和初期と、高度経済成長へと向井、電化製品が少しずつ家庭に入ってきた昭和30年代の暮らしを比べようという企画です。四日市市立博物館が所蔵する古い道具などを中心に紹介されていました。さらに、今回は、昭和39年(1964年)の東京オリンピックに関わる品物も展示されています。「学習支援展示」を兼ねており、市内・近郊の小学校などの子どもたちが、団体で見学に来ていました。お陰で、説明を聞かせてもらえ、ラッキーでした。

Sasshi2  上に書きましたように、小生は昭和30年生まれで、今回の展示の中心の一つが昭和30年代の暮らしでしたので、ちょうど子どもの頃使ったものや、身の回りにあったものがたくさん展示されており、とても懐かしく、子どもの頃の生活を思い出させてくれました。この画像は、ミュージアム・ショップで買ってきた¥300の冊子(むかしのくらし読本 1 昭和の家庭生活編(衣・食・住))の“第二章 食(食事に関わる道具たち)”の始めのページをスキャンしたものです。ちょうど、私の子どもの頃が、まさにこのような感じでした。ちゃぶ台で食事をしましたし、テレビが家庭に普及した頃でしたが、まだまだラジオが娯楽の中心でもありました。キューピー人形や、鉛筆削り、蛍光灯スタンドなど懐かしいものばかりです。ランドセルは、形は今と似てはいますが、教科書のサイズが小さかったので、今のものよりはずいぶん小振りだったと思います。

Okama  わが家は、新しく建てた分家でしたので、竈はなかったと思いますが、このOhitsu ようなお釜でご飯を炊いていました。炊けたご飯は、右のようなお櫃に移して保存していました。お櫃は、確かサワラの木でできており、余分な水分を吸ってくれましたし、ご飯の風味も損なわれず、お櫃に入れておいたご飯は、美味しかった記憶があります。

Chabudai  ご存じ、ちゃぶ台であります。これは、中央に七輪がおけるよう、真ん中がくりぬかれていますから、やや古いタイプかと思います。小生の父親は、いわゆる“ちゃぶ台返し”はやりませんでしたが、ご飯のおかずに文句をいうと、小生の茶碗や、おかずの載った皿を、板の間から土間に放り投げ、「文句があるなら、喰わんで良い!」と叱られました。“出されたものを美味しく食べる”というのが、ルールだったといいますか、それしか選択肢はなかった時代です。

Reiaouko  冷蔵庫ですが、電気冷蔵庫ではなく、氷で冷やすタイプの冷蔵庫です。氷冷蔵庫とか、冷蔵箱といったようです。2ドアの上のドアのところに、氷屋で買ってきた大きな氷を入れて冷やすものです。木製で、内部には錫や亜鉛で覆われた、コルクやおがくず、わら、海藻などが詰められた中空の壁がありました。氷で冷やされた冷気が下部で循環し、食材を入れられる構造になっていたのです。ネットで検索しますと、驚いたことに今でも、製造しているところがあるようです(埼玉県・川越市の、(有)田嶋木工所)。こちらをご覧ください。

Soujiki  これは、電気掃除機です。わが家にも、この細長いタイプのものがあり、ずいぶん長い間、これを使っていました。息子にこの写真を見せましたら、「どのくらいの大きさ?」とか、「車輪は付いているのか、ハンディなのか?」と、想定外の質問をされ、こちらが面食らいました(笑)。

Kurodenwa_2  ちょっと愕然としたことがありました。上に載せた、パンフレット裏面の次800pxkurodenwa の写真にある、 昭和30年代のお茶の間を再現したコーナーで、係の方が子どもたちに説明していた品物の1つが、こちらの黒電話でした。私と同年代か、10~15歳くらい若い年第の方には、右の“600形電話機”は馴染みがおありかと思います。これは、1963年(昭和38年)、日本電信電話公社によって制式化され、提供が開始されたものです。アナログ回線であれば、今でも使えるそうです(東日本大震災の後の計画停電の際にも、使用した例があるといいます)。

 この黒電話が、展示されており、しかも「昭和の電話」として、説明され、子どもたちも熱心にその説明を聞いていたのです。「触っても良いよ」といわれ、珍しそうにダイヤルを回している子どももいて、驚くから、ガックリするやら。まさに「昭和は遠くなりにけり」であります(爆)。

 【付記】 これを書き上げてから愚息に聞きましたら(大学3年生)、小生たち夫婦の実家で現物は見たことがあったものの、ダイヤルを回してかけるとか、どのようにダイヤルを回すのか、ダイヤルは自動的に戻るとか、今ひとつよく理解していないようでした。まさか、足下でこんなことになっているとはねぇ……。言葉を失います。

 これらの他、ホーロー看板、井戸、二眼レフカメラ、玩具(レーシングカー、メンコその他多数)、教科書、雑誌など多数のものが展示されており、昭和生まれ、昭和育ちの方には、一見の価値ありと思います。

Rimg00260221  ところで、この“昭和の暮らし展”、会場にある展示物などは、撮影不可でRimg00290221 したが、博物館のホールに展示されていた、このミゼットだけは、撮影可でした。懐かしくて、たくさん写真を撮って来ました。右のような説明が付いていました。このミゼットは、DK型の2代目であるDKⅡです。セル付きに改良されています。一人乗り、バーハンドル、キャビンは、屋根と後が幌で、ドアもありません(そもそも付いていないのです)。

Rimg00310221 Rimg00330221  エンジンは、空冷で、ZA型空冷2サイクル。単気筒で250cc、最高出力は10馬力。最高速度は、65km/h、車両重量は305㎏(いずれも、カタログ値)。





Rimg00320221 Rimg00370221  このミゼットは、1953年の朝鮮戦争休戦後から普及し始Rimg00390221 めた小型の四輪トラックも高価で手が届かず、専ら自転車やオートバイなどを輸送手段としていた零細企業・商店主などに大人気となったものです。その背景には、車検免除(当時)や安い税額などのメリットがあったことと、これまた、当時存在した“軽自動車免許(現在は普通自動車免許に統合され、未済条件として存続)”で運転できたということがあったようです。

 博物館で”昭和の暮らし展”を見終えた後は、ララスクエアの宮脇書店と、近鉄百貨店四日市店の地階にある丸善で本を見てきました。自閉症関係の新書で欲しいものがあったのと、平凡社から30年ぶりに最新版が出版された“最新 心理学事典”の現物を、取り敢えず、見てみたいと思ったからです。現職であれば、研究費でも、私費でも即購入となるのですが、さすがに今の立場では、値段のこともあって、そうはいきません。内容はあの平凡社から出るのですから、信頼していますが、何といっても、定価が、本体22,000円+税なのです。4月以降、消費税が上がりますと、23,760円になります。3月末までは、刊行記念特別定価で、本体19,500円+税ですから、20,475円で買えるのです。3,000円あまりの差ですが、これは大きいのです。

 しかし、残念ながら、両書店とも、店頭にこの“最新 心理学事典”の姿はなし。現物を見ないで買うのは、ちょっと二の足、三の足(?)を踏みます。来月13日には、支援員講座で名古屋に行きますから、その時に三省堂で見てくることにしましょう。

Rimg00470221  近鉄百貨店四日市店では、“第14回 春の北海道大物産展 第1弾”も開催中でしたが、これは、たぶん大混雑でしょうから、パス。代わりに、2階のアントステラでコーヒーを飲んでから、1階のヤマサでちくわを土産がわりにゲットして、帰途に。アントステラは、ここへ行きたかったわけではなく、たまたま手近で間に合わせたのですが、\450+税でコーヒーにクッキーが2枚付いてきました。ちなみに、小生は、チョコチップと、ヨーグルトを選びました。

Rimg00520221  大きなオマケです。帰りは、近鉄四日市駅発、11時43分の名古屋行き急Rimg00540221 行。ただし、ちょっと慌てました。「名古屋行きは3、4番線ホーム」と思い込んでいたのですが、この急行、湯の山線ホーム(5、6番線)から発車するのでした。

Rimg00550221  階段でひっくり返るような不始末もしでかさず、無事、この急行に乗り、11時55分に桑名駅到着。オマケは、ここから。電車が桑名駅に入るとき、北勢線を見ましたら、レトロ塗装の車両が、西桑名駅に到着するのが見えたのです。また、慌てて、三岐鉄道北勢線西桑名駅へ。西桑名駅、桑名駅と隣接はしていますが、いったん桑名駅の東口を出て、南へ200mほど行かねばなりません。

Rimg00580221  この目で見たのは、初めてです。今の運行ダイヤですと、西桑名駅11時56分着、さらにそれが折り返して、12時05分発の阿下喜行きになるようです。2013年11月 4日に、撮影しようと思って出かけましたが、叶いませんでした(北勢線旧塗装復刻車両には会えず……代わって、ふたたび“しまかぜ”)。このときは、10時5分~11時5分まで、3本を待ったのですが、もう1時間後だったとは……。三岐鉄道のアナウンスは、こちらにあります。

Rimg00600221  今日は、コンデジ(Richo cx-3)しか持ってでかけませんでした。これが悔Rimg00610221 やまれます。というのも、やはり、ピントが合い、シャッターが切れるまでのタイム・ラグがあるからです。上の写真のように、止まっているところならばよいのですが、走行している写真となると、お手上げです。しかし、これで運行時間が分かりましたので、また近いうちに出直しすることにします。

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コメント

こころんさん、こんばんは。
そうなんです、展示室内は、写真撮影禁止で、とても残念でした。代わりに、図録でも販売してくれると良いのですがねぇ。
そして、待望の三岐鉄道北勢線のレトロカラーの電車に遭遇しました。小生は地元の出身ではありませんが、この色使いは何となく懐かしさを覚えますね。実家のすぐ近くには、名鉄が走っているのですが、昔はグリーンの電車が走っている時期があり、この色使いに似ていましたし。
この電車、三岐鉄道に問い合わせると、運行時間を教えてくれるようです。朝の通勤通学時間帯には、下りで運行されているようですから、この時間が、一往復半したくらいかも知れません。

投稿: mamekichi | 2014年2月24日 (月) 22時47分

四日市に行かれたのですね。
昭和の匂いがプンプンしますね。
やはり、写真はNGでしたか。
写真に撮り収めたいですね。目に焼き付けてくるしかありませんね。
レトロカラーに遭遇、おめでとうございます。
毎日同じ時間なのでしょうかね?

投稿: こころん | 2014年2月24日 (月) 17時41分

秘書さま
昭和の暮らし展は、たぶん毎年、この時期にやっていますね。ただ、今年は開館20周年記念ということで、規模が大きいと思います。

小生、昭和30年3月生まれですから、29年4月以降に生まれた人達と同学年になります。今回の“昭和の暮らし展”には、懐かしいもの、普段使っていたものなどがたくさん展示してありました。小学校で使った記憶のある教科書もありましたし、学校の教室や、給食メニューの再現も展示してありました。鯨の立田揚げや、あの悪名高き脱脂粉乳も。栄養はあったのでしょうが、あの脱脂粉乳、本当にまずかったですねぇ。

ところで、2万円の事典。学生、院生の頃は、毎月数万円本を買っていました。バイト代のほとんどをつぎ込んでいました(笑)。教員に転職してからも、同様、月数万円買っていました。毎日というほど、本屋には行っていました(笑)。本は商売道具だとはいえ、今とは、比較にならない“浪費生活“を送っていましたねぇ。

北海道物産展、病気になってから、近鉄と、松坂屋と2回ほど出かけたことがありますが、いずれのときも酷く疲れました(笑)。ものがたくさんあるのはまだよいのですが、人は、思わぬ動きや、発言をしますので、人がたくさんいると情報処理がオーバーフローしてしまい、疲れるのだろうと思います。まあ、最近は、物欲も低下してきていますから、とくに欲しいものもありませんし。

三岐電車は、もちろん私は知りませんが、昔風のカラーで、何となく懐かしい気になります。

投稿: mamekichi | 2014年2月22日 (土) 18時24分

昭和の暮らし展は、毎年していませんか?
息子が、小学生の時に宿題で親子3人で見に行きました。
昭和30年代ですか。
すみません、秘書は40年代生まれでございます。
ちゃぶ台ありましたよ。真ん中は、あいてませんでした。
黒電話は、使っておりました。
お馬鹿な秘書は、かねのところまで、回すのを教えてもらうまで解りませんでした。
2、2、2万円ですか?
ひぇ〜それは、買い物好きの私でも、もの凄く悩みますね。
北海道物産展、大好きですが、人が多くて。あそこのソフトクリーム美味しいです。濃厚で。
緑色の三岐電車、懐かしいです。
良くのりました。

投稿: 秘書 | 2014年2月21日 (金) 21時58分

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