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2013年10月14日 (月)

今日は居職中にて、昨日の散歩から……博物館の浮世絵展が面白い

Img_3159  また台風が来そうです。猛暑、不順な天候の後は、台風の連続。いやはや参りますねぇ。とぼやいてばかりいても仕方ありませんし、仕事が遅れ気味ですので、今日も散歩日和だったのを返上して、居職に励んでおりました。

 しかし、このところ、しばらく居職を続けておりますが、どうも1日に5時間くらいデスクワークといいますか、ブレインワークをすると、アタマが飽和してくるようであります。午前中に2時間あまり、午後から3時間ほど、考えて、書くということをしていますと、ボンヤリしてきます(笑)。過去の栄光というか、過去の遺物にすがってはいけませんが、最盛期(そんなものがあったのでしょうか?)には、朝9時過ぎから、昼食や、何度かの小休止を挟んで、夜9時過ぎまで働いておりましたのに……。

 とはいえ、その挙げ句が、心身ともボロボロになりましたので、今の方がフツーなのかも知れませんし、ホドホドにやれというサインなのでしょう。

 さて、そういうわけで本日は、散歩に行っておりませんので、昨日の散歩からです。冒頭の写真は、途中のあるお宅で見かけたタマネギが干してあるところです。「美味そうだ」と思ったわけではありませんが……。

 昨日の散歩、寺町堀から貝塚公園、立教小学校、九華公園、そして、桑名市博物館と5.1㎞も歩いてきてしまいました。がしかし、まず第一の目当てであった野鳥は、ほとんどおらずでした。

Img_3101  九華公園ではこの頃よく、このカイツブリさんに会いました(笑).以前よりImg_3103 は、警戒されなくなったような気もします。というのも、こちらの姿を見てもすぐに逃げなくなった感じです。左の写真は公園内の野球場のすぐ南の堀のところで、石垣のすぐ近くで撮ったくらいですから。カメたちが、甲羅干しをしている横を泳いでいました。

Img_3131  カイツブリを撮っていると、アタマの上からカワウの鳴き声がしてきます。照明灯の上、ここがカワウの定位置ですが、2羽が鎮座しておられました(笑)。

Img_3148  二の丸跡までやって来ますと、これまたよくここにいるカルガモさん2羽Img_3153 が、お休み中。日陰です。日向ぼっこでもなく、まさにお休み中。いいよねぇ。羨ましい。かたわらには、アヒルさん。これも、いつもカルガモの近くにいます。もっとも、この頃は、単独行動が多いですが……。ちなみに、このアヒルさん、「アフラック」とかはおっしゃいません(爆)。

Panf1  Panf2 ところで、昨日の散歩、実はこちら、桑名市博物館でかい最中の“特別企画展「北斎・広重・国芳 -浮世絵に見る東海道五十三次・桑名-”を見に行くのが、主たる目的でした。久々の有料展でした。¥300ですが、メルマガ購読者は、ケータイに届いたメールマガジンを見せると、\50引きでした(笑)。有料にもかかわらず、内容が充実していたこともあってか、また、日曜日でもあったためか、いつもよりも来館者は多かったですね。

桑名を描いた浮世絵としては、歌川広重の『保永堂版 東海道五十三次』がよく知られていますが、それ以前に葛飾北斎が東海道を描いていたことや、その他の浮世絵師がさまざまな桑名を描いていたことはあまり知られていません。そこで本展では北斎・広重・国芳ら浮世絵の名手が描く「東海道・桑名」を紹介することで、絵師それぞれの個性をご覧いただくとともに、浮世絵版画に広く親しんでいただきたく思います。いわば「桑名の浮世絵尽くし」(東海地方の方言でいうところの「桑名の浮世絵まるけ」です)の展覧会、どうぞごゆっくりお楽しみください。

 これが、今回の開催趣旨ということです。

Hirosige  これは、あちこちでよく見ますが、歌川広重の「保永堂版 東海道五十三次 桑名」であります。ここに載せたのは、神奈川県立歴史博物館蔵のものですが、同じもので別のところがもっているものも出ており、比較もできて、面白かったです。

 また、桑名といえば、「その手は桑名の焼き蛤」ということばがあります。江戸時代からすHokusaihamaguri でに有名だったようで、浮世絵にも数多く描かれています。右は、葛飾北斎による「東海道五十三次絵尽 桑名」です。茶店のようなところで、蛤を焼いているかたわらで、旅人がそれを味わっているという場面です。焼き蛤を描いたものも多数出品されています。場面もこのようなもの以外に、多種多様で、興味は尽きませんでした。

Nyuudou  このようなものも出ていました。歌川国芳の描く「東海道五十三對 桑名 舩のり徳蔵の傳」というものです。大荒れの海の中、海坊主に立ち向かう徳蔵、という絵です。ただし、徳蔵はあくまでも、「桑名屋」という屋号をもつだけの関係で、桑名に擬せられているだけで、桑名に特に関係があるということではありません。



Sinkirou_2  桑名と蜃気楼を描いたものも出ていました。桑名で蜃気楼は、多分見えません。ではなぜ、桑名と蜃気楼かといいますと、両者をつなぐのは、ハマグリなのです。語源由来辞典によれば、「蜃気楼」の「蜃」は、大ハマグリのことで、「気」は「息」、「楼」は「高い建物」です。古代中国の言い伝えで、蜃気楼は、大ハマグリが吐いた息によって描かれた「楼閣」ということだそうです。故に、桑名で蜃気楼という図柄が描かれているのです。こういう言い伝えを考えながら浮世絵を見るのも一興かも知れません。

Neko  時々テレビなどで紹介されたことがありますから、ご存じかも知れません。歌川国芳の「其のまゝ 地kち 猫飼好五十三疋」の一部です。「地口」というのは、「語呂合わせ」ということで、東海道五十三次の宿場を地口にあわせて猫の姿態で表現した作品です。桑名は、赤で囲んだ中に描かれており、「くふな」で、餌を我慢している様子が描かれています。

 ちなみに出品リストは、こちらにpdfファイルであります(347kb)。

 作品は、次のテーマごとに出品されています。

プロローグ 三大浮世絵師の競演
第一章 北斎の桑名 ―描かれた蛤―
第二章 広重の桑名 ―東海道・七里の渡し―
第三章 国芳一門の桑名 ―猫の東海道だにゃあ―
第四章 多彩な顔ぶれ ―浮世絵オールスター―
第五章 浮世絵の伊勢七宿
第六章 幕末風刺浮世絵の桑名

 お近くの方、一見の価値は十分にあります。小生は、図録(¥1,000)を買ってきました。今の仕事が一段落ついたら、ゆっくり見ようと思っています。展示入れ替えがあるというのには、ちと困りましたねぇ

 開催期間は、平成25年(2013)10月12日(土)~11月24日(日)までの38日間で、途中、展示替えがあります(上掲の出品リストをご覧ください)。休館日は月曜日ですが、祝日は開館し、その翌日が休館となります(10月15日[火]、11月5日[火])。開館時間は、午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)。 展示解説が、10月26日(土)と、11月17日(日)にあります。入館料は、大人[高校生以上]300円 中学生以下無料です。

 アクセスは、桑名市博物館のサイトか、“特別企画展「北斎・広重・国芳 -浮世絵に見る東海道五十三次・桑名-”のサイトをご参照ください。

 そうそう、10月19日(土)・20日(日)は、御台所祭で周辺は、たぶん大混雑するでしょうから、お気をつけください。

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コメント

秘書さま
貴重なご助言、ありがとうございます。ただ、知能検査の結果について、アセスメント、解釈を行い、その説明と今後の支援や生活の方向性についての助言を書くという仕事をしていますので、どうしても考えに考えてということが必要になります。そうしますと、ある程度の時間、まとめて考え続けないといけませんので、こうなってしまいます。まぁ、やり続けると、限界も伸びていくかも知れません(笑)。

お金はあった方がよいでしょうし、あっても邪魔になりませんが、あれば使いますし、あちこち出かけますとどうしても余計に使いますね。それは最近、実感しています。程度はありますが、なければないように生きていけます(笑)。

それと、へんば餅に限らず、美味しいものをいただいたとき、子どもたち、特に娘には秘密にしてあることがあります。娘は、食べ物については、油断も隙もありませんし、何か新しいものがあると、すぐに気づくのです(爆)。

投稿: mamekichi | 2013年10月15日 (火) 09時19分

先生、お仕事は1時間にして、何回にわけてお仕事されたら、いかがでしょうか?
私も、語学教室の宿題1時間で、精一杯です。
ない生活、私達夫婦は、若くして結婚しましたから、ボンビー生活を本当に楽しんで生活してました。
まぁ、その前にバブリー生活楽しんでましたから。
先生、へんばもち夫婦の秘密ですか?笑えます。

投稿: 秘書 | 2013年10月15日 (火) 01時38分

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