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2013年9月18日 (水)

こんなところでカワセミに遭遇!?……市博物館の“武門の縁<えにし>-忍・桑名・白河、幕末への軌跡-”展にも

Rimg00560918  爽やかではありますが、昨日よりはやや蒸し暑い感じがしています。空は青Rimg00610918 いのですが、まだ夏の空のイメージが強い気がします。朝5時に目が覚めましたが、名古屋での日の出は5時36分ということで、まだかなり暗かったですね(笑)。

 さて、今日も予定通り散歩に出て来ました。出かけるのは、ウロウロしていて、やや遅く10時になってしまいました。昨日頑張りすぎたせいもあってか、やや疲れが残った感じでしたし、途中で、嬉しいハプニングがあり、寺町堀から、桑名市博物館、歴史を語る公園、中橋を回って、本町から船津屋前を通り、帰ってくるという、2.4㎞コースに短縮してしまいました(笑)。

Img_1315  その嬉しいハプニングの主人公は、こちら、カワセミ嬢であります。“嬢”と書いたように、下嘴が赤いので、メスです。最近、人間サマの世界でも女性の方が元気ですが、カワセミの世界でもそうなのかも知れません。このカワセミ嬢、あちこちを飛び回って、採餌に忙しかったようです。この写真、小魚をゲットして、パイプに止まった直後の写真です。場所は、春日神社と九華公園の間、中橋という朱い橋のところです。橋の上から、20mあまり先の堀沿いのところです。名古屋港の潮位表を見ますと、11時5分が干潮ということでしたので、揖斐川につながっているこの堀も、写真を撮った11時半頃にはかなり水が引いていました。

Img_1317  メスですが、なかなか鋭い雰囲気を醸し出していると私には見えました。体型から見るに、幼鳥ではなさそうな雰囲気です。


Img_1318  このカワセミ嬢、なかなかの“芸達者”のようでした。左の写真では、首をImg_1321 振り廻し、あたりに水滴が飛び散っている様子が写っていました(カワセミが動いたので、ブレて写ってしまいました)。右の写真では、こんなに首が回るのかというほど、首を捻っていました。

0918  このカワセミ、多分、お盆のかなり前にこの南の歴史を語る公園で見かRimg00410918 けた個体ではないかと思います。今日、このカワセミが飛び回っていたのは、黄色い楕円をつけた範囲で、これら4枚の写真は、中橋のすぐ北の黄色い円のところです。お盆前には、歴史を語る公園の、紫の楕円をつけたあたりで見かけました。ここは、旧・桑名城の石垣が残っているところですので、石垣の間に巣があるのかも知れません。

Img_1279  今日ここらあたりでは、アオサギも歩いていました。この歴史を語る公園Img_1294 付近でアオサギを見るのは、比較的珍しいことです。今日は、上の地図では、緑色の楕円をつけた範囲です。南から北へと移動していました。見ていた限りでは、餌はとれなかったように思います。ちなみに、右の写真に写っているところが、お城の石垣です。

Img_1313  オスかメスかも分かりませんし、前にあった個体かどうかも分かりませんが、“バックシャン”です(笑)。超“歴史的用語”で恐縮です。私と同年代か、それ以上の方なら、大学生の時代にお聞きになったことがおありでしょう。今日は、これら、カワセミと、アオサギとに満足して、九華公園まで行かずに帰ってきてしまったという次第です(笑)。

Hyoushi  ところで、時間的には戻りますが、歴史を語る公園に行く前に、桑名市博物館に立ち寄って、“武門の縁<えにし>-忍・桑名・白河、幕末への軌跡-”展を見てきました。桑名市・行田市(埼玉県)・白河市(福島県)の三市は、文政6年(1823)の三方領知替えにはじまる関係から、平成10年(1998年)に三都市間で、「友好都市提携」を結びました。本年は、その15周年にあたることを記念して、三市の所蔵する大名道具を一堂に会する展覧会が行われているということです。3つの市を順番に回っての展覧会ということです。左の画像は、図録(¥700)の表紙です。

Panf1 Panf2 こちらは、出品リスト(A4サイズ、表裏)です。書画骨董、刀剣、鎧甲と、その内容は多岐にわたっていますが、いずれも徳川家につながる、大名家に伝わるもので、立派なものばかりでした。お近くの方は、ご覧になるとよろしいかと思います(入場無料)。展覧会は、9月29日(日曜日)までで、この先の休館日は24日(火曜)のみです。開館時間は、午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)です。

Fig1  ここでいう“三方領地換え”は、文政6年(1823年)に、桑名、白河、忍(行田)の3つの藩の間で同時に行われた、大名の入れ替わりのことです。江戸時代、大名の国替えは頻繁におこなわれたようですが、三方領地換えは、このとき以外には、10回あったようです。桑名からは、松平下総守家が忍へ、忍からは阿部家が白河へ、白河から松平越中守家が桑名へと動いています。


 藩主名を書けば、陸奥国白河藩主松平定永を伊勢国桑名へ、桑名藩主松平忠堯を武Fig2 蔵国忍へ、忍藩主阿部正権を白河へ転封したものであります。白河藩隠居だった元老中首座松平定信が、港湾財源を持つ桑名への転封を狙って仕掛けたものとされていますが、別の説もあるようです(Wikipediaの
三方領地換えをご覧ください)。しかし、ここでは、それには深入りしません。

20130827094123  こちらは、
忍東照宮の所有で、行田市郷土博物館が保管している“黒糸威二枚胴具足”です。安土桃山時代のものだそうですが、さすがに大名家(松平下総守家)のもの、保管状態は良好で、彩色、装飾ともきれいでした。

20130827095225  これは、阿部家の で、白河集古苑が、所蔵する“樺色羅紗地水玉文様陣羽織”です。江戸時代のものです。阿部家は、老中を輩出できる家柄だそうで、そういえば、歴史書にも、阿部という名字の老中は何人か出て来ていました。             

Greisuzuri  桑名藩に縁のものとしては、“文政年間桑名市街之図”や、“松平定綱公Daruma の書状”、“松平定信公宛行状”、“徳川家斉領知判物”、先だって別の展覧会で初出品された“五霊の硯”(左の画像)、や、松平定信公の筆によるという“達磨図”も出ていました。この達磨図、なかなかの迫力で、一瞬たじろいでしまいました(別に悪いことはしておりませんが……)。

Img_1337  ということで、まずは博物館でけっこう楽しみ、ついで、歴史を語る公園Img_1352 で、嬉しいハプニングに遭遇してきました。2時間、2.4キロという散歩でしたが、中身は濃く、充実していました。桜の葉も、ご覧のように色づいてきているものがけっこうありますし、草むらからは虫の音が聞こえています。夏と秋とが同居している季節ということでしょう。明日は、中秋の名月です。昨日も、月明かりどこまでも青く、明るい感じでした。楽しみです。

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コメント

こころんさん、こんばんは。
ここのカワセミ、お盆前か、7月末くらいに見ていたのですが、やっと撮れました。たまたま飛んでいるのを、歴史を語る公園から見かけ、中橋の方へ追いかけました。けっこう何度も、餌を採っていたので、チャンスに恵まれたということです。
撮りも、じっとしていると見分けられませんが、人間の目は、動くものですと、視野の周辺で見えても気づきやすいようできていますから、私だけが観察力が鋭いわけではないと思います。

江戸時代の領地換えは、おっしゃるようなことだと思います。ただし、桑名のような交通の要衝には、徳川の譜代や親藩を置くようにはしていたようですね。桑名も、徳川治世になってからは、本多忠勝の他は、三河以来の親藩である、松平家の血統に収めさせていますから。

投稿: mamekichi | 2013年9月19日 (木) 22時04分

こんにちは
カワセミ、仕草を綺麗に撮られましたね。
そういう所にもいるんですね。
もし、僕がそこを歩いていても気が付かないかもしれません。
mamekichiさんは観察力が高いです。

今で言う転勤だと思いますが、大名入れ替えによって
定着によって大名が力をつけない様に
上手に統制されてたんでしょうね。

投稿: こころん | 2013年9月19日 (木) 16時21分

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