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2013年4月 2日 (火)

走井山勧学寺の桜と、三岐鉄道北勢線のナローゲージ電車、そして私の好きな三猿の庚申塔

Img_1813 午後からは、予報通りに雨が落ちてきました。午前中は大丈夫だろうと思Hashiriizanmap い、9時20分から、走井山<はしりいざん>勧学寺に花見に行ってきました。これで、近場でわが家から徒歩で行ける範囲は、ほぼコンプリートであります(笑)。右にGoogle mapを元につくった地図を載せましたが、いつも散歩に行く九華公園(旧・桑名城)や、貝塚公園などとの位置関係がお分かりいただけるかと思います。赤丸が、本日の行き先、走井山です。わが家からは、3~3.5㎞ほど(途中、諸戸水道の遺構に立ち寄りましたので、概数になっています。諸戸水道遺構は、また、改めてと考えています)。往きだけ歩いて行き、帰りは、三岐鉄道北勢線で、馬道から西桑名まで一駅だけ乗って帰ってきました。

Img_1816  さて、桜はもう十分とおっしゃる方もあるかも知れませんが、ここはおつきあImg_1818 いをお願い致します。走井山のすぐ西には、市の上水道の配水場があります。ここの桜も見事なものです。ただし、施設の性質上、立ち入り禁止で、近くには行けません。今日は、いわゆる“花曇り”でしたので、色合いが今ひとつで、ちょっと残念です。

Img_1831  この走井山一帯には、ソメイヨシノがそのほとんどですが、115本の桜があRimg00560402 るといいます。ここは、戦国時代には、矢田城という城があった場所です。矢田城は、信長の命によって、その家臣・滝川一益が、陥落させたといいます。また、勧学寺は、聖武天皇の御代(天平年間)に僧・行基が千手観音の立像を彫り、安置したのが始まりといいます。境内に名水“走り井”があったので、“走井山”を山号としたといいます(右の説明図もご覧ください)。

Img_1849  こういった写真は、他の場所で撮っても、同じようなものになってしまいまImg_1850 すが、一応、行ってきたという“アリバイ写真”として載せておきます(笑)。GPSデータは付いていませんが、プロパティを見れば、いつの何時に撮ったかくらいは分かりますので。

Img_1858  走井山一帯に桜が点在しています。子どもたちは、左の写真のように、Img_1885 階段も駆け上がっていきますが、中高年以上には、結構シンドイものがあります。ただ、上から見下ろしたり、下から見上げたりという光景は、小規模ではあるものの、見応えがあります。右は、馬道駅のすぐ西の踏切の方を見下ろしたところです。近くの市立明正中学の運動部の生徒たちが、この階段を上り下りしてトレーニングしているのを見たことがあります。

Img_1873  走井山には、九華公園とは違って、露店も出ませんし、駐車場も数少なImg_1889 いため、見物客もさほど多くはありません。私にはそれはありがたい気がします。左の鐘撞き堂に上がりますと、右のように結構眺望が利きます(このところ、このようにちょっとしたところに上がる、ということを学習しました……笑)。右の写真、中央の茶色っぽいマンションの陰には、ナガシマスパーランドが見えます(ジェットコースターのコースが、わずかに見えています)。

Img_1880  境内には、仏足石があります。仏足石は、仏像が現れる以前、インドの伝説によって、お釈迦様礼拝の対象としてつくられたものだといいます。これは、江戸時代末期の作で、分類上、「勧学寺様式」とも称される特殊な福輪相図(足裏の絵)が精妙に刻まれています。作者は不明です。

 また、最近になって、教育委員会の手で、馬道駅に降りる階段の途中に、“伝「村正屋Img_2040 敷」跡”という案内板が建てられています。10枚目の縦の写真でいいますと、向かって右、登ってくる方がいる辺りです。“村正”は、刀鍛冶の名前であり、名刀とも、妖刀ともいわれる有名な刀です。妖刀というのは、徳川家康も恐れたという伝説に由来します。その村正の屋敷が、文献によれば、走井山にあったといいます。現在、馬道駅の横にはマンションが建っていますが、その辺りだと伝わっているそうです。

Img_1902  ところで、今日のもう一つの(というか、内心ではこちらがメインの目的のような気がしています)目的は、三岐鉄道北勢線の電車を、桜を入れて撮るということでした。自分では、傑作と思いましたし、息子も「これは面白い」と太鼓判を押してくれたのが、こちらのショットです。「何?」と思われるかも知れません。「桜だけじゃないか!?」とおっしゃるかも知れません。是非クリックして拡大の上、じっくりご覧ください。鉄道写真家の中井精也さんのような、“ゆる鉄写真”が撮れたと、自賛しております(爆)。中井さんのブログ、“1日1鉄”をご参照ください。

 タネ明かしをしますと、電車が馬道駅に停車したところを、桜の花の間から撮ったものです。桜の花の間に、わずかな隙間を見つけて、狙ったものです。

Img_1911  これも良いかも知れないと思っています。走井山の上から、見下ろして、250mmズームで撮り、トリミングしました。電車は、右方向(阿下喜方面)に向かっていますので、最後部を捉えたものです。

Img_18932  こちらは、鐘撞き堂に上がって撮ったものです。まっすぐ東に向いた線路Img_1896 が奥の方で、左にほぼ直角にカーヴして、西桑名駅にアプローチするところです。この電車は、西桑名駅から来たもので、こちらに向かっています。電車にピントを合わせ、桜をぼかそうと思ったのですが、いかがでしょう? 右は、さらに電車がこちらに進んできたところです。

Img_1998  次には、桜にピントを合わせ、電車をぼかしてみようと思ったのですが、ちょっと失敗かも知れません。電車が、電車とは分かりにくくなってしまいました。手抜きで、フルオートで撮っているから良くないかも知れません。絞りを調節すればもう少し見られる写真になったかも知れません(笑)。まだまだ修行が足りません。この電車は、西桑名行きで、向こうへ進んでいます。

Img_2120  帰りは、走井山のすぐ下にある、馬道駅から、この電車に乗って来ましたRimg00920402 (11時23分発)。終点・西桑名までは一駅。料金は、160円であります。西桑名には、3分で到着でした。


Rimg01050402  この三岐鉄道北勢線は、“特殊狭軌線”と呼ばれる、線路幅が762mmとなっています。新幹線や、近鉄などは“標準軌“である、線路幅1,435mmですし、JRの在来線は、“狭軌”1,067mmを採用していますが、それよりもさらに30cmも狭い線路です。当然電車も幅も狭く、背丈も低いものになっています。左は、車内の様子ですが、ロングシートの座席に座ると、向かいの人と脚が接触しそうになるくらいです(私などは、そういう心配はありませんが、今の若い方は窮屈かも知れません……笑)。

Img_2083  実は、この三岐鉄道北勢線は、以前は、近鉄北勢線でした。それが10年Img_2089 前に三岐鉄道に移管されて、現在に至っています。それを記念した事業が、現在いくつか行われています(三岐鉄道北勢線お陰様で10周年)。その一つが、10周年記念のヘッド・マークをつけた電車の運行です。ただし、このヘッドマークが付いているのは、1編成だけです(写真は、馬道駅で、11時8分発の阿下喜行きを撮影しました)。

Sangianniversary  もう一つは、中日新聞でも紹介されていましたが、特殊狭軌線の幅に合わせた、長さ76.2cmの切符の販売です。名付けて、“三岐鉄道北勢線10周年記念乗車券 762きっぷ ”だそうで、西桑名-阿下喜間で実際に使用できます。記事には、厚紙製とありますが、昔の“硬券”かどうかは、不明。大人460円。300枚限定ということです。通販はしないそうですから、北勢線の有人駅でしか買えません。ちなみに、小生、迷って、今日は買いませんでした。

Img_2110  余談です。今日出かけてきた走井山から馬道駅に降りてきたところに、こImg_2106 の“三猿”の庚申塔があります。この走井山一帯には、江戸時代から庚申塔がたくさん建てられていたそうです。ただ、この庚申塔の由来、建立年月日は不明のようです。私は、これがたいそう気に入っていて、時々見に来ます。働いているときは、“魔除け”として、印刷して、研究室のドアに貼ってありました(笑)。

Img_1946  ちょっと大きなオマケ。走井山で三岐鉄道の電車を撮影していたら、ちょImg_1950 うど、近鉄の新しい特急である“しまかぜ”が通るのが見えました。平日は、名古屋発が、10時25分ですから、桑名を通過するのは、10時40分を過ぎた頃です。まったくの“証拠写真”で恐縮です。近鉄が、伊勢神宮の遷宮に合わせてデビューさせた最新型の特急です。3月中旬のダイヤ改正に合わせて走り始めています。乗ってみたい気も十二分あるのですが、1編成しかなく、桑名は止まりません。それ故、せめて一度は、写真を取りに行きたいと思っているのですがまだ実現できていません。近いうちにと思っています。

Rimg01110402  ということで、往きだけ歩きましたので、3.5㎞くらいしか歩いておりません。帰りは、家内に桑名駅まで迎えに来てもらい、エディオンへ行き、プリンタのインクを買って、帰宅という次第でした。明日は、午前中まで雨とか。雨が上がったら、桜堤防の桜並木でも見に行こうかとと思っております。

【付記(4/3)】

 三岐鉄道北勢線の“三岐鉄道北勢線10周年記念乗車券 762きっぷ ”は、初日から売れ行き好評で、800枚発売になったということです(4月2日の中日新聞朝刊)。

 また、本日は触れませんでしたが、諸戸水道遺構や、走井山では、ウグイスの鳴き声が聞こえていました。それも、「ホーホケキョ」と美しく鳴いていました。

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コメント

お嬢さま
お嬢さまも、お子さんの頃、何度もいらしていたんですね。

ところで、病院の件、ありがとうございます。うつ病は、難しいところがあって、「励ますのはよくない」というのは常識になっていますが、私自身は、それだけでなく、やはり、患者本人としては、治るためには、それ相応の努力が必要かなと思うようになっています。ただ、問題は、努力の仕方をどうするかです。やたら頑張ればよいという訳ではもちろん、ありません。体調、症状などをきちんと踏まえ、また、抗うつ剤を服用した加減をきちんと押さえてなる部rくくすりを使わない方向でやるにはどうしたらよいかということを考えてきました。
厳しい書き方ですが、医者の処方する薬を飲んでいるだけでは、十分ではない様です。

ところで、単身赴任の留守番の生活は、私などが想像する以上にしんどいものがあるのでしょうね。

息子さんの受験、大丈夫ですよ。時々、ご主人様に気合いを入れてもらうとよろしいかも知れません。

投稿: mamekichi | 2013年4月 2日 (火) 21時33分

こころんさん、いつもありがとうございます。
子どもの頃よく見ていた風景も、客観的には変わりがなくても、大人になってみると、ずいぶん印象が異なることはよくありますね。おっしゃるように、視点の高さがかなり影響しているように思いますし、自分自身の身体も大きくなっていますから、何といいますか、ある意味で判断の基準となる自分の身体が大きくなっているというのも影響するように思います。
ところで、仏足石、昔は、平におかれていて、座るところになっていたと、教育委員会のサイトにありました。足の指には、卍が描かれていますし、足の裏には、何か模様が刻まれているようです。

おっしゃるように、鐘撞き堂からの北勢線の眺め、良いですよね。それがうまく写真で表現できるかどうかはまた、別の問題のようですが……(笑)。なかなかとしたとおりに、写真でも表現するというのは、結構難しいですね

投稿: mamekichi | 2013年4月 2日 (火) 20時52分

昔、父親が元気なころよく走井山にお参りに行っていました。
先生、病院ご卒業おめでとうございます。
私は、いつまで病院行かなくちゃいけないのかな?
最近、いつまで単身赴任の生活が続くのか?さみしいです。
息子が受験なのに、また寝たきりになったらどうしようかとプレッシャーです。

投稿: さみしがりやの秘書 | 2013年4月 2日 (火) 20時18分

こんばんわ
走井山も子供の頃と景観が変わりました
仏足は足に何か文字が刻んであったような記憶があります。
鐘撞き堂からの北勢線いいですよね。
桜があると一層いいですね。
mamekichiさんのおっしゃるとおり、一段高くなると構図が変わって新たな世界を見ることありますね。
子供の頃の視線と大人になってからの視線の高さも違いますし。
今晩は詳しい解説をいただき旅をした気分と子供の頃に戻った気分で楽しませていただきました。

投稿: こころん | 2013年4月 2日 (火) 20時14分

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