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2013年4月19日 (金)

いもや本店と、天武天皇御洗足井(とうとう見つけました!)

Img_4427 4月も中旬になりましたのに、何だか“三寒四温”のような気候です。今朝Img_4395 は、起きたら、何だか一気に寒さが戻った感じでした。最高気温も13時に15.7℃止まりのようですし、風も、昨日までは、南風でしたのに、今日は北西の風5~7m/s。

Img_4391  血圧は、4月に入ってから、多少の上下はあるものの、ほぼ一定の傾向です。降圧剤・ミカルディス書きいてきたとは思えませんが、昨日書きましたように、副作用と思われる状態に悩まされています。やはり、一時の気の迷いで、服用を再開したのはよくなかったと考えざるを得ません。頭重感+ボンヤリ感+眠気+ふらつき、さらには便秘気味。本日から、勝手に再度、休薬を断行することにいたしました(笑)。お金を払って、薬を飲んで、むしろ体調が悪くなり、気分も不良では、ストレスも……と、よいことがないからです。それに、現在の血圧は、年齢・性別を考慮した基準値に十分収まっています。

 さて、休薬を決めたら、多少気分もよくなりましたので、散歩に出て来ました。あちこちでハRimg00090419 ナミズキがきれいに咲いています。冒頭の3枚は、散歩の途中で撮ってきたものです。その散歩ですが、一昨日見つけられなかった“天武天皇御洗足井”に再挑戦することとしました。そして、せっかくだから、旧東海道を歩けるところは、歩いて行こうと思ったのです。

Rimg00160419  寺町堀から、市の応急診療所横を経て、旧・東海道に入りました。この辺りには、吉津屋見附がありました(左の写真中央には、“吉津屋見附跡”の案内標識が写っています)。桑名城下を通る東海道の見附として吉津屋門が建てられ、門の南側に桑名藩の役人が詰めている番所があったところです(吉津屋門は、別名を七つ屋門とも鍛冶町門 とも呼ばれたといいます)。東海道はこの門をめぐり、四角形の三辺をまわる、いわゆる“廾形道路”となっていました。今もそれが残っています。諸大名の行列は、この門の前後から本行列に整えて、 桑名城下を通ったそうです。

Img_4341  今日も、ここら辺を旧・東海道に沿って歩いていましたら、とある男性からImoya 声をかけられました。「東海道めぐりですか? 東海道はこちらですよ」と。何を隠そう、ここ“いもや本店”のご主人です。この地方の各テレビ局の旅番組には何度も登場している、いわば、名物店です。実は、ご主人には、以前にも声をかけられたことがありました。桑名に越してきた頃は、ここのご主人は、気むずかしい方だという噂を聞いたことがあり、店の前は通ってもサッサと過ぎるようにしていました(笑)。

Rimg00260419  最近の子どもたちは、こういうお店には寄りつかないようです。ご主人Rimg00270419 は、退屈なこともあったのか、「店、よかったら見ていって」と誘ってくださったので、せっかくの機会ですから、初めて中を一通り、拝見してきました。記念にということで、許可をいただいて、写真も撮らせていただきました。

Rimg00280419  何となく、子どもの頃(昭和30年代半ばから後半)、よく通った、近所のおもちゃ屋さんの雰囲気です。こういうお店に、10円玉をいくつかとか、お盆や正月には百円札を握りしめて、通い、安いプラモデルや、ゴム動力の飛行機を買ったものでした。当時の少年としては、“宝の山”のようなお店です。長居すると、欲しいものがいっぱい出て来そうです。ご主人といろいろお話をして、「是非、またゆっくり来ます」とお伝えし、散歩を続けました。いやぁ、それにしても面白いところです。ちなみに、“本店”といっておられますが、どうも支店はないようです。

Rimg00470419  ところで、天武天皇御洗足井を探すために、いもや本店からしばらく南へ。法盛寺のあるところから県道613号に出Img_4344 て、さらに南へ。一昨日訪ねた日進小学校の方角へ、です。この写真にある最勝寺さんを過ぎ、烏骨鶏本舗 のところから東に入ります。最勝寺さんは、昨年の一月末に、静岡の畏友N氏が訪ねてくれたとき、彼を迎えに来たところで、何となく馴染みがあります。

 天武天皇御洗足井の場所については、ネットでしっかり検索して、おおよその場所については見当をつけてきました(港町、桑名にさらら様の面影を求めて)。ただ、ここは文化財には指定されていないようで、市の教育委員会文化財のサイトには、載っていませんでした。

Tenmu_2  上述の“港町、桑名にさらら様の面影を求めて”の記述によれば、「楊柳寺Img_4380 の1ブロック南側に見つかった」とありましたし、さらには、「説明板はあれど実物は……と、後ろの小屋みたいな建物の裏にまわってみたら、『あった~~っ!』。えらく立派な石碑が」とも。この2つを手がかりに、説明板のある小屋みたいな建物(?)を探しまわりました。左はその地図ですが、このように書いてしまえば、簡単なように見えますが、現地でウロウロしていますと、案外見つけられないものです。今日も、まずは、楊柳寺まで行き、「1ブロック南」という記述を手がかりに、善快堂というマッサージ院や、新光堂ガラス店の辺りをグルグル回って、見つけられませんでしたので、地元の方にお聞きしようかと思ったら、ようやく、もう一本南の道に説明板と、例の“小屋みたいな建物”を見つけました(右の写真)。“小屋みたいな建物”は、地図にある新屋敷西集会所でした。

Img_4363  集会所に向かって右に細い道があり、そこを入ると、このような、大きなImg_4373 石碑がひっそりと建っていました。まるで隠れているかのようでした。かなり以前にも探しに来たことがありますから、少なくとも“三度目の正直”くらいです(笑)。しかし、見つかってみれば、あっけないものです。

Img_4355  確かに“天武天皇御洗足井”と刻まれています。「てんむてんのうおんあしあらいい」と読むようです。また、石碑には、小さな文字で、“一名 菊之井”とも添えられていました。壬申の乱(672年)の折、ご自身の領地である美濃国を目指した、当時は、大海人皇子(後の天武帝)と后(後の持統帝)一行が、桑名に滞在した折、皇子が足を洗われたといわれる井戸です。飲水を供した井戸は別にあったのですが、江戸時代の町割りの時、城の堀の中に埋められたそうです。この石碑は、桑名史蹟調査会によって、昭和3年(1928年)に建立されたそうです(新桑名歴史散歩、西羽晃著)。

Img_4366  石碑の手前には、井戸らしきものがあり、蓋で覆われていました。上記のImg_4369港町、桑名にさらら様の面影を求めて”では、「えらく立派な石碑が。そしてその足元の小さな井戸。井戸のふたを開けてみる勇気はありませんでしたが(煙が出てきて浦島太郎になったりして……)』とありました。小生も一瞬、迷ったのですが、好奇心に負けて、開けてみました(笑)。写真には写っていませんが、トカゲ(カナヘビでしょうか?)が一匹、慌てて隠れたくらいで、煙も立ち上りませんでしたし、大蛇なんかも出て来ませんでした。

Rimg00510419  上述の楊柳寺は、説明板によれば、天武天皇にゆかりがあると書かれていますが、それについては、手元の資料では、次のことしか分かりませんでした。天平12年(740年)、藤原広嗣の乱の時に、聖武天皇が難を避けるため、大和から桑名郡の“石占頓宮<いしうらとんぐう>”に至り、美濃近江を経て山城(京都)に入ったといいます。この“石占頓宮<いしうらとんぐう>”の場所はハッキリしないものの、この楊柳寺付近とも考えられているようです。しかしながら、天武・持統・聖武の三天皇の御代、新屋敷付近は、まだ海だったといいますから、これらの説も確実なものではないと思われます。

 というふうで、“天武天皇御洗足井”は、無事に見つけられ、宿題がひとつ、片付いた感じです。ただ、これらの出来事は、日本書紀、古事記に書かれた時代のことで、確かなことが分からないことも多く、小生のような歴史や、考古学の素人は、あれこれ楽しむのにはよいのですが、本格的に調べるのはなかなか難しいところです。まぁ、素人の老後の楽しみとしておくのがよろしいかも。

Img_4408  帰りには、いつものように、九華公園に寄ってきましたが、折からの強風Img_4407 で、野鳥はいませんでした。ドバト、ムクドリ、キンクロハジロなどくらいでした。代わって、ご覧のように、ますます緑は濃くなってきていました。つつじまつりや、金魚まつりも近づいてきています。金魚まつりに合わせて、鎮国守国神社楽翁公百年祭記念宝物館が一般公開されるはずです。去年は、体調の関係でいけませんでしたので、今年こそと思っています。

Img_4414  散歩の途中、見つけた鯉のぼりです。どうも最近は、ミニサイズが多いよImg_4419 うで、残念です。とはいえ、わが家もマンション暮らしですから、いわゆる“団地サイズ”の鯉のぼりでした(笑)。そして、右は、The FUNATSUYAの近くのお宅の屋根に鎮座しておられた方です。肉眼では、洋風の方かと見えたのですが、どうも違うようです。山伏? 天狗? また宿題ができました(笑)。

Rimg00980419  本日の散歩、歩行距離は、5.3㎞でした。今日は、歩数計はきちんと、持っていきました。

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コメント

ミリオンさん、おはようございます。
いもや本店は、ちょっと入りにくい雰囲気が漂っていますよね。いかにもアヤシゲなお店です。2階の窓のところに、おっしゃるようにフィギュアらしきものがありました。ご主人は、天気がよいと店の前で、観光客や、散歩をしている人に声をかけているようです。以前も、「東海道散歩ですか? 東海道は、こちらですよ」といってもらいました。
天武天皇御洗足井は、おっしゃるように天武天皇が足を洗われたという伝えが残っているところです。ただし、本文にも書きましたが、新屋敷辺りは、当時は海だったと考えられており、子細は不明です。多度からこの辺りには、壬申の乱の頃、天武天皇・持統天皇(当時は、大海人皇子とその后)が来ているためか、それにちなむ旧跡や地名がたくさんあるようです。
井戸は、もっとよく分かるようになっているのかとか、さぞ立派な石碑があるのかと思っていたのですが、その意味では、勝手に想像を膨らませすぎていました(笑)。妄想の世界です。
リンクを張ったブログの方も、なかなか見つけられず、地元の方に聞いてもよく分からなかったようです。

投稿: mamekichi | 2013年4月20日 (土) 07時53分

いもや本店の前を通ったことはあるけど中には入ったことがないです。
2階の窓に人形と言うかフィギュア?が飾ってありますね。
結構気さくに話しかけてくれるご主人なんですね。
天武天皇御洗足井は天武天皇が足を洗われたところなんですね。
私もあの辺りにはあんまり行ったことがないです。
わかり辛い所のようですが見つけられて良かったですね。

投稿: ミリオン | 2013年4月19日 (金) 20時13分

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