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2013年3月25日 (月)

江戸時代の桑名城絵図と、現代の対比地図

 3月も残り1週間となってしまいました。今日、午前中は雲がかかり、気温も上がらず、やや寒い感じでした。午後からは、陽射しも出て来ましたが、すでに真冬とは異なり、太陽の位置も、かなり高くなってしまったようで、リビングには陽は差し込んできません。

 さて、体調は悪くはありません。ただし、血圧のコントロールに使っている降圧剤は、やはりアムロジピンでは合わないようで、それがために苦労しています。さすがのアムロジピンも、1.25mgでは効果がないというのは、先週書いたと思います。その後、やむを得ず、3月20日からは、頭重感などが再来するのを覚悟の上で、2.5mgにしています。

 というのも、21日に支援員養成講座で話をするよう依頼されていて、血圧が高いままでは良くないと思ったのです。

 それから5日ほど経った訳ですが、やはり、昨日くらいから、頭重感+ボンヤリ感+ふらつきがひどくなってきました。さらに、アムロジピンを飲み続けていますと、便秘とまでは行きませんが、便が出にくくなります。

 頭重感その他の“3点セット”+便秘傾向がひどくなりますと、それにともなってモチベーションも低下し、気分も重くなります。これ、まさに、うつに似たような症状を呈するのです。まさに「うつ様症状」です。昨年9月から、アムロジピンで苦労していますが、ここに来て断言できます。 

アムロジピンはよく効く降圧剤ではあるものの、副作用として、「うつ様症状」に苦しむ人がある。

 今朝からはまた、2.5mg錠を割って、1.25mg錠を自作して、しばらく服用することとしました(笑)。しかしこれがまた、たやすいことではありません。2.5mg錠には、“割線”が入っていないのです。そのため、今朝など、割ったのは良いのですが、錠剤を見事、“粉砕”してしまったのです。

 まったくねぇ、患者業もラクではありません。笑ってる場合じゃないのですが、笑うしかありません。今朝も苦笑いしながら、指をなめてぬらし、思わずできてしまった“アムロジピン粉末”を、テキトーに半分くらいなめました。

 まぁ、今度からは、今度こそ、他の薬でトライしたいと思いますし、主治医にも、強い信念を以て、強硬に申し入れる所存です(爆)。こんなところで決意表明をして、どうするつもりなのでしょう?!

 こういう次第で、やや寒いということもあり、また、フラフラしてどこかでひっくり返って不始末をしでかすといけませんので(という、もっともらしい屁理屈をつけて)、昨日、今日とも、散歩をサボっております。

 ところで、サボっている間に、かなり以前からどこかで見たはずだと探していたものが見つかりました。私が欲しかったのは、桑名城跡辺りの昔の図面と、現代の地図とを重ねた対比図です。私がいつも散歩をする九華公園は、旧・桑名城ですが、公園内を歩きながら、この辺りには何があったとか、お城のあった頃はどうなっていたかがわかると面白いなと思っていたのです。

 インターネットで検索しましたが、市役所のサイトにあるにはあったのですが、画像サイズが小さく、拡大するとボンヤリしてしまい、使い物になりませんでした。

Kuwananoedojidai1 Kuwananoedojidai2  本棚を探し回っていましたら、昔、桑名市博物館がまだ、桑名市文化美術館といっていた時代に出版された“目でみる桑名の江戸時代”という冊子が出て来ました。左にその表紙と裏表紙をスキャンした画像を載せました。昭和58年12月の印刷・発行です。定価は\1,000と書いてあります。たぶん数年前に、博物館で入手してきたものです。当時の市長さんの“発刊のことば”によれば、「私たちの住む町の歴史を学び教養を高める一助として観光した“江戸時代桑名町地図・付藩主譚”を充実して発行した」とあります。

Hiroshige055  左側の表紙の図を見ますと、朱い航路が入っているところが、“七里の渡”のはずです。そのすぐ下、川に出張って城のようなものが描かれているのが、桑名城でしょう。ただし、桑名城の本丸は、元禄14年(1701年)の大火で焼失し、それ以降再建はされなかったといいますから、蟠龍櫓が描かれているのではないかと思います。有名な広重の“東海道五十三次”の桑名(左の絵)に描かれているのも、蟠龍櫓だそうです。

Kuwanacastlepresentdouble_map2  屁理屈がまた長くなりました。それで目的のものは、上述の“目でみる桑名の江戸時代”に見開き2ページで載っていました。それをスキャナで取り込み、GIMP2.8というフォトレタッチソフトでつないだものが、この画像です(冊子が昭和58年のものにしては珍しく、A4サイズでしたので、ページごとに取り込まざるを得なかったのです)。ブログに掲載するために、709×1024ドットにリサイズしていますが、元の画像はもっと鮮明にできあがっています。古い図面は、正保年間(1644~1648年)に描かれたものだということです。正保年間は、三代将軍・徳川家光の時代であり、桑名藩主は、五代・松平定綱公でした(定綱公は、鎮国公といわれ、鎮国守国神社に祀られています)。

 この対比図を見ていますと、いろいろと面白いことがわかりますが、その第一は、現在残っている堀と、正保年間のそれとは、かなり一致しているということではないかと思います。とくに、二の丸堀から西側は、本当に良く一致しています。つまり、江戸時代の堀がほぼそのまま残っているといっても良いくらいです。それに対して、本丸の北から東(野球場、市民プール、柿安本社などのある辺り)と、現在の立教小学校や、歴史を語る公園あたりから、赤須賀漁港からの水路まではかなり埋め立てられてしまっています。

 またゆっくりと眺めてみたいと思っています。“目でみる桑名の江戸時代”には、さらに興味深い、江戸時代の地図や図面が載っています。

Honmarumap  こちらは、やはり正保年間に、三代将軍・家光の命にしたがって作成された城の絵図の本丸部分です。“勢州桑名城中之絵図”というタイトルです。桑名城の絵図としてはもっとも古いものだという説明がついています。現代の地図と同じく、上が北になっています。上の図面でもわかりますが、本丸の東、現在の野球場のところは、“朝日丸”ということで城内であったのです。また、本丸の北、三の丸(文字は切れています)の跡には、現在は柿安本社ビルが立っています。上の図ではわかりますが、三の丸はかなり広く、現在は、コミュニティ・パークとして広場になっているところから、“三の丸樋門”がある辺りまで続いています。

Honmarusurveyedmap  これは、上の絵図に示されたところの“実測図”として、上述の冊子の同じページに示されていたものです。“本丸平城”とあるところの右下に櫓があります。現在は、高台になっていて、由来不明の大砲(ただし、大砲は、日本銃砲史学会の調査によれば、幕末期に製造された国産の大型カノン砲で、軍艦または放題に据え付けられていたものであろうということです)がおかれているところです(辰巳櫓跡)。また、“本丸平城”の文字が印刷されているところの左にあるのは、“神戸櫓”だと思います。現在はもちろん、櫓はありませんが、高台になっていて、上に東屋があります。

 ちなみに、本丸の跡には、現在は、“戊辰殉難招魂碑”が建てられています。建立されたImg_9010_2 のは、明治20年(1887年)12月で、碑文の文字は、最後の桑名藩主・松平定敬公の書によるようです。右の写真は、3月11日撮影したものですが、梅をメインに撮りましたので、招魂碑は部分でしかありませんし、ピントも合ってはいません。

Kuwanagenrokuera  もう一枚だけ古い地図を見てみます。“元禄年間桑名街区復元図”の上半分で、これも“目でみる桑名の江戸時代”に載っています(見開き2ページ大)。上半分を取り上げたのは、小生が現在住んでいる辺りが載っているからです(笑)。現在の“今片町”、“今中町”、“今北町”などは、当時は、“今一色片町”、“今一色中町”、”今一色北町“と呼んでいたことがわかります。

 また、破線の斜線が入ったところは、昔でいう“惣構堀”だと思いますが、これは、今一色片町の東までは、現在は、“諸戸水路”として、遊歩道などが整備され、ほぼそのまま残っているように見えます。堀は、“今一色寺町”の東側まで続いていますが、現在の“寺町堀”はその名残なのでしょう。浄土寺も、今と同じところにあるようですし、町名もほとんど同じであるように思われます。

 こうして古い地図と、現在の様子、地図とを対比させてみていますと、いろいろと面白く、時間が経つのを忘れそうです。小生、歴史や、地理(地図かも知れません)にも興味があります。

 実は、桑名の歴史年表も欲しいと思っています。“桑名市史”を購入すれば、載っているのかも知れませんが、古書店では、3冊そろいで\10,000ほどの値段。昔でしたら、エイヤッと買ってしまいましたが、今はちょっと迷うところです(笑)。しかし、博物館のサイトでチェックしますと、続編、補編とも、\4,500もしますから、古本で十分かなとも考えています(本編は、新本は載っていませんでした)。

 ちなみに、桑名藩時代の絵図の複製が5枚入った“桑名藩資料集成(Ⅱ)”(紙函入り)が、博物館で\6,000で販売されています。

  • 桑名領絵図(館蔵) 寛成5年(1793年)
  • 桑名領距離図(館蔵) 江戸時代
  • 渡海路絵図(館蔵) 文政8年(1825年)
  • 桑名寺町付近之図(館蔵) 幕末
  • 文政年間桑名市街之図(個人蔵) 明治45年(1912年)

Oldkyuukapark  “目でみる桑名の江戸時代”の最後の方には、古い写真が何枚か載っています。いつ頃の写真家、記載がないのが残念ですが、これは、九華公園の堀の中にある東屋です。ざっと見た感じでは、今とあまり変わらない印象があります。辰巳櫓跡には大砲が乗っていますし、その右には、野球場のフェンスかなと思えるものがあります。

Ancientmoroto  次いでは、現在は、“諸戸氏庭園”となっている、旧・諸戸精文邸とその周囲を撮った写真です。これもいつの写真か、記載がありませんでした。写っている自動車のスタイルからみて、さほど古いものではなさそうに思えます。木々の生い茂り様からは、春~秋くらいの写真かという気がします。諸戸氏邸本邸の屋根の中央には、避雷針か何かが載っていますが、今はありません。手前の堀跡は、現在のように、諸戸水路として整備される以前の姿です。私が桑名に引っ越してきた20年あまり前は、まだこの辺りはこういう雰囲気で、堀跡のは水際まで行けたのが懐かしく思い出されます。

 明日は、今日よりまた寒いという予報です。が、天気は晴れのようです。陽射しがあれば、体感的には暖かいかも知れません。そうなれば、“晴歩雨読”に戻したいと思っています。

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コメント

お嬢さま
不詳の師匠は、どこかで読んで、「焼夷弾がもっともたくさん落ちた都市」というのは承知していました。
ただし、ウナギの話は知りませんでした(笑)。

ところで、錠剤の話、何だかツボにはまったようですね。チーママさんが教えてくださったようなピルカッターなどという文明の利器は知らず、カッターナイフで割っていました。割線が入っていれば、かなり上手に割ることができるようになっているのですが、そうでないと、上手に割るのは難しいですねぇ(笑)。

しかし、粉砕してしまった薬をなめるだけでそんなにウケるとは(笑)。人生、何が幸いするかわかりませんねぇ……幸いしてないって? こりゃまた失礼(植木等調でお読みください・

投稿: mamekichi | 2013年3月25日 (月) 21時50分

チーママさん
本当におっしゃるとおりです。今、桑名の歴史の本を読み直し、年表をつくりつつあるのですが、縄文、弥生の時代から人々の営みが続いているのを、いささか実感しています。生まれ育ったところでも同様なのだろうと思います。
その意味では、桑名のようなほどほどの大きさの城下町は、昔の様子を忍ぶことができて、幸いだと思います。
ただどうも、これまでの市政ではその辺りが十分認識されず、地方都市のご多分に漏れず、箱物行政に走ってしまっていたようで素。これからは、もう少し歴史や地理、自然などソフト的な面や、時空間を意識して行く必要があると思います。
ところで、ピルカッターについて、ご教示いただき、ありがとうございます。いろいろとありますね。たぶん、錠剤に割線が入っていれば、普通の包丁や、カッターでも良いでしょうが、そうでない錠剤には、適切なものを選ぶと良いのでしょうね。
薬局などでもありそうですから、一度、みてきます。

投稿: mamekichi | 2013年3月25日 (月) 21時42分

先生、ご存知ですか?桑名市は、日本で一番焼夷弾をおとされた街です。
そして、うなぎもとれたそうですよ。
戦時中、男の人がいなくて、おかげで鰻をとって食べていたそうですよ。
疎開もしたそうですよ。
話は、変わりますが薬を割るのはわかりますけど、なめるってhappy02
思わず笑ってしまいました。本当に、先生ってかわいいんだからhappy01

投稿: お仕事する秘書 | 2013年3月25日 (月) 20時35分

今もそのままに残っている部分があると、「ああ ここはどれだけの人たちを見つめてきたのだろうか。昔の人々の暮らしをしっているのよねー」と思います。自分の住んでいるところ、知っているところが、江戸時代やその前の時代、人々がどのように暮らしていたのかと思いをはせると、なんとはなしに厳粛な気分になります。いつも人々は日常の生活をしていて、悲喜こもごもあったのでしょうと。 構築物や自然は、何もいわずに淡々と時間の流れの中にあるんですよね。

ところで、錠剤を割る道具があるのをご存知ですか? アマゾンでも扱っています。錠剤カッター(ピルカッター)と言います。評価を参考にしながら、どれか試してみるのも良いかも・・・です。

投稿: チーママ | 2013年3月25日 (月) 20時04分

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