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2013年2月 1日 (金)

代わり映えしませんなぁ……いろいろな意味で(体罰その他を巡っても)

Rimg0017  夕方から雨になりそうです。昼前、散歩から帰ってきた時にはすでに、こういう曇り空でした。今日も、九華公園へ行ってきました。ただ、まったく同じでは面白くありませんので、九華公園から貝塚公園にも回り、帰り道に新光堂書店本店を覗いてきたという次第。4.7㎞ほど。9時半過ぎから11時半くらいまでの2時間弱です。

Img_6672  さて、散歩途中で撮った写真ですが、こんな天気で、今ひとつ小寒い感じだったこともあってか、余りこれはという野鳥には会えませんでしたし、これという写真もありません(笑)。今日、もっともよく撮れたのは、こちら、シロハラさんでしょう。九華公園東の遊歩道で、でした。

Img_6650  その他、九華公園では、10時過ぎという早い時間から、ユリカモメたちがImg_6670 やってきていました。管理事務所前の電線や、電柱に止まっていました。いつも思うのですが、あの水かきの付いた足でよくこういう細いところに止まるな、と感心します。そして、あとは、右のように、ヤマガラが少し出て来たくらいでした。

Img_6629  九華公園に行く途中、諸戸氏庭園前の桜の木には、こちら、カワラヒワが鳴Img_6646 いていました。曇り空であってもあの、鈴を転がしたような鳴き声には変わりありません。心地よいものがあります。三の丸樋門の南では、いつものように、ホオジロが3羽ほど。カシラダカは今日は見えませんでした。

 失礼な言いぐさではありますが、このように、あまり代わり映えのしない野鳥たちばかりでImg_6686 す。九華公園のあと回った貝塚公園でも、カワラヒワが数羽、小高い木の上で遊んでいました。曇り空ですから、これくらいの写真にしかならないのは、ちょっと残念です。

Img_6691  貝塚公園に回ったのは、梅の木がけっこうあるからです。しかし、ご覧のように、蕾はいずれも小さく、堅く見えました。梅はまだまだのようです。1月24日の中日新聞では、県内の紀北町紀伊長島では紅梅が咲き始めたという記事が載っていましたが、暖かさが違うようです。昨日の朝刊には、菰野町の農業用水路脇で、ツクシが出て来たという話題も載っていました。そろそろ、近所でもこうした春の話題を見つけたいものです。

 ところで、世間での話題について、感想を一つ、二つ。

 まずは、体罰を巡って、教育委員会や学校の対応、それに、柔道界、JOCなどスポーツの世界でのやり方について。学校教育の場における体罰は、学校教育法によって明確に禁止されています。文科省からの通達でも、どのようなものが体罰と判断されるか明らかになっています。しかるに教育の世界で体罰が横行しているというのは、学校が無法地帯になっているといっても良いかも知れません。公立学校の教員に採用されるときには、憲法や法律を遵守するという誓約書を提出しているはずですから、体罰を繰り返す教員は、法律違反を繰り返していることになりますし、自ら提出した誓約書にも反していることになります。

 こういう風に書いてしまえば、身もふたもなくなるかも知れませんが、マスコミも、保護者もこの点はきちんと認識する必要があるように、私には思えます。

 仮に法律を変えて、体罰も認めるとすれば、どういうときにどういう罰を、どれだけ与えてよいかを法律で明確にする必要があります。これが、たぶん、私たちが学生の時に習った「罪刑法定主義」に沿うものだと思います。

 さらに、体罰を巡って、学校、教育委員会、スポーツ団体、さらに少し遡れば、相撲協会なども、「隠蔽主義」と批判されています。

 今回の女子柔道の告発に関しては、世界柔道連盟から「断固非難する」という声明が出されています。柔道の本家としては、これほどみっともないことはないでしょう。「創始者の嘉納治五郎の精神、理念に反する」といわれていますが、反論できないでしょうねぇ。

 それはともかくとして、隠蔽体質を巡っては思うところがあります。この「隠蔽体質」ですが、まずいことは隠そうとするというものですが、その背後には、ある種の共通した心理メカニズムが存在するような気がしてきました。

 子どものしつけをするときに、叱ってばかりいると、子どもはどうするでしょう? そのしつけにしたがい、しつけたいと思っている行動を獲得するでしょうか?

 多くの場合、しつけをしようという目的を達成することはできません。その代わりにどうなるかといいますと、叱られないようにするにはどうしたらよいかを考え、そうした行動を取るようになるだけです。

 隠蔽体質の背景にもこういう心理的作用が働いているような気がします。体罰その他の不祥事が公になりますと、とくに今の時代、寄って集ってマスコミに叩かれます。もちろん不祥事を犯したのですから、やむを得ないのですが、尋常ではなく叩かれることになります。行政機関や、公的団体としては、そういう事態に陥るのは極力避けたいところでしょう。

 ここで、上述の「叱られることを避けたい子ども」と同じ心理メカニズムが作用するのです。「なかったことにする」「知らなかったことにする」「見なかったことにする」ことで、公にせず、済ませようとするのです。それによって、世間様から叱られないで済むという訳。

 そういえば、不祥事が露見してから、当事者の記者会見を見ていますと、何だか、こういう子供じみた対応をしているように見えて仕方ないことがあります。「ボク、知らなかったんだもん」とか、「ボクは悪くないんだもん」とかいっているように思えてしまいます。

 連想になりますが、体罰や暴力に訴える指導者も、考えてみれば、お子様なのかも知れません。実績はあるものの、専門的な理論や、指導スキルなどを欠いてしまったまま指導者になってしまった不幸があるのでしょうね。「根性論」とか、「精神論」というのは、極論すれば、「頑張ってやることが大事だ」「結果が出ないのは、頑張りが足らないのだ」ということだろうと思います。

 この「頑張ってやりました」というのは、小学生までの子どもがいうことです。小学生の言い訳です。私は、教員をしているとき、試験前に学生たちに、「頑張ってやりましたといって認めてもらえるのは、小学生までです。大学生は、大人ですからきちんと結果を出してください」と冗談半分、本気半分で告げていました。

 そうでないと、試験に落ちたときに、「頑張ってやったのに」とか、「あんなに一生懸命答案を書いたのに」と訴えてくる学生がけっこう出てくるのです(笑)。「頑張ること」は、必要条件です。それ以上でも、以下でもありません。余談ですが、中には、「お母さんに落ちたとはいえません」といって、何とかしてくれるよう頼んでくる学生もいたことがあります。

 何だかこういうことをいってくる学生と、マスコミを前にしてお詫び、言い訳をしているエライ様方に共通点があるような気がしてなりません。それは、「お子様」というキーワードでくくれるような気がしています。

 大人であれば、ある程度客観的、相対的にものを見て、何が足らなかったのか、どういう条件や要因が関与していたのかを考えることが望まれると私は思います。

 「名選手、必ずしも名伯楽ならず」ということばが確かありました。真実を突いていると思います。

 そして、もう一つ重要なことは、お子様は、大人が大人として関わらなければ、大人にはなれません。お子様同士がどれだけ切磋琢磨しても、それだけでは大人になれません。というのが、小生の持論であります。

 天気もパッとせず、野鳥も余りいませんでしたので、ついついヘンな感想、連想に走ってしまいました。読み飛ばしておいてくだされば幸いです(笑)。

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