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2012年10月30日 (火)

“コンドルのディテール”展を見に行く……桑名市博物館

 正午くらいからは暖かくなってきて、15時にはようやく19℃ちょうどになりましたが、今朝は、最低気温9.8℃(4時&5時)と、10℃を下回っていました。オマケに、午前中は、曇り気味。こういう日は、やはりテンションが上がりにくいようです。ブロ友のチーママさんとのコメントのやりとりで、「ソーラーパワーで動いているかと思う」というのがあったのですが、自分もそうかも知れません(笑)。

 これから、秋が深まり、さらに冬を迎えますと、こういう天候の日が多くなるかも知れません。梅雨の気候、夏の暑さに続いて、こういうどんよりして、気温の上がらない冬の天候をいかに乗り切るかも、課題かも知れません。

Condre1  さて、今日は、駅前で所用があり、それを済ませて、さらに銀行に立ち寄って、と幼児が続きましたので、いつもの散歩はなしとしました。その代わりに、桑名市博物館で始まった“コンドルのディテール”展を見に行ってきました。この展覧会は、わが家のすぐ北にある“六華苑(旧諸戸清六邸)”が、創建100年を迎えるにあたって、記念特別展として、10月27日から12月2日まで開催されているものです。六華苑は、イギリス人建築家ジョサイア・コンドルの設計によります。4層の塔屋をもつ木造2階建て天然スレート葺きの洋館、和館や蔵、池泉回遊式庭園などがあり、和洋の様式が調和した明治・大正期を代表する貴重な文化遺産とされます。国の重要文化財に指定されています。

 このコンドルは、鹿鳴館を設計したことで有名ですが、生涯に70余の設計を行っています。そのほとんどは、東京都内およびその近郊にあり、東京以外では長崎ホテルと諸戸清六邸が地方で建設されたものだったそうです。しかしながら、現在、長崎ホテルは、すでにないということで、六華苑が地方に残された、唯一のコンドルの作品だということです(展覧会のサイトの説明から)。

Condre2  最初の2枚の画像は、展覧会のパンフレットです。市博物館では、コンドルをテーマにした展覧会は2回目です。第一回は、六華苑がオープンした平成5年に、その記念として「コンドルとその周辺展」が開催されています。このときは、主に、コンドルが手がけた個人住宅の設計図や、その弟子たちの設計図などが展示されていました。今回は、六華苑の創建100年ということもあり、コンドルのデザイン性や芸術性などに注目した展覧会を企画したということです。桑名での初公開資料、何と54点を含む91点の資料が出ていました(資料一覧は、末尾につけます)。

 コンドル(1852~1920年)は、ロンドン出身の建築家で、1877年(明治10年)に、工部大学校造家学教師および工部省営繕局顧問として、来日しています。いわゆる「お雇い外国人」の一人です。政府関係の建物の設計を手がけた他、工部大学校(現・東京大学工学部建築学科)の教授として辰野金吾ら、草創期の日本人建築家を育成しました。辰野金吾といえば、9月末にリニューアルされた東京駅の設計などで有名です。これらの活動を通して、明治以後の日本建築界の基礎を築いた人物です。

20121019143021  もともとイギリスにいた当時にも美術学校で学んだことがあったようですが、日本に来てからも、1881年(明治14年)からは、河鍋暁斎に師事して日本画を学び、1883年(明治16年)には、暁斎から「暁英」の号を授かったそうです。仕事だけではなく、趣味に生きた人でもあったといえそうです。今回の展覧会にも、サイン入りの設計図、自筆の見積書(No.44)や著書に加えて、コンドル自筆の水彩画(No.15)や日本画(No.14)も出展されており、興味深く見てきました。左の画像は、コンドルが描いた、“日光東照宮拝殿内部”です(東京芸術大学所蔵)。

20121019141516  こちらは、“三菱一号館(三菱地所設計所蔵)”の立面図(南面)です。1890年(明治23年)、臨時建築局が廃止されたのにともなって、官庁勤めを辞め、三菱の顧問となっています。この三菱一号館は、いわゆるオフィス・ビルの走りで、1894年(明治27年)に完成しています。ゴシック系とクラシック系の中間のジョコビアン様式だといいますが、何といいますか上品な美しさが感じられます。

 ところで、こうした政府の建物や、大財閥の邸宅、オフィスビルの設計をしていたコンドルが、なぜ桑名のような地方都市にある“旧諸戸清六邸(六華苑)”を設計したのか、疑問に思われるでしょう。今となっては推測の域を出ませんが、この展覧会の図録には、概略次のように書かれています。

 初代諸戸清六(1846~1906)は、現在の桑名郡木曽岬町に生まれ、父の代に夜逃げ同然で桑名に移住してきたといいます。船宿・米穀商を始めましたが、借金が1,028両もあったといいます。18歳で家を継いだ後、米の売買で利益を上げ、わずか3年で借金を完済したそうです。

 初代諸戸清六が、これほど商売を大きく伸ばした陰には、大隈重信との出会いがあったといいます。その出会いについては、諸説があるようですが、いずれにしても、大隈重信の知己を得たのは事実で、また、員弁郡から出ていた貴族院議員木村誠太郎、川崎造船創始者川崎正蔵などとも取引があったことも貢献しているようです。さらに、西南の役(1877年)のときに、三重県令であった岩村定高と組んで、軍用米の調達を行い、その成功を足がかりに東京へ進出し、大地主、山林王となっていったといいます。

 このような中、1885年(明治18年)より前から三菱海運と取引があったようで、それを通して、三菱の岩崎家とのつきあいが始まっようです。初代清六は、一流人物と面会するとき、息子たちを同伴していたようで、若き日の二代目諸戸清六と大隈重信が収まっている写真も残っているようですし、二代目と岩崎久弥が交わした書簡も残っています(今回、この手紙も展示されています)。

 こうして、二代目清六は、当時三菱の社長であった岩崎久弥を通じて、コンドルに邸宅の設計を依頼したものと推測されます。二代目が、23歳の時に設計を依頼したようで、コンドルに依頼した施主としては、もっとも若いのではないかと考えられています。旧諸戸清六邸は、1911年(明治44年)に洋館が着工され、1923年(大正2年)3月に竣工しています。

Rokkaenplan  今回、この諸戸邸の設計図18葉も全て出品されています。ただし、実際Dsc03936 に設計図を描いたのは、コンドルの助手であった桜井小太郎といわれます。諸戸邸は、ルネッサンス様式を基本としています。和館が当初から併設されていますが、いずれもスッキリとし、余分な装飾はあまりありません。これは、諸戸家の方針または、施主の意向によると考えられています。コンドルの他の作品とは若干趣を異にしています。左は、六華苑の洋館を東から見た正面図です(図録から取り込みました)。右は、ちょっと古い写真ですが、このブログの“マイ・フォト”に載せたものから、左の図面とほぼ同じところを写したものを選びました。マイ・フォトには、“六華苑”、“六華苑(その2)”のシリーズがつくってあります。

20121019141406  今回の展覧会は、「コンドルの家族」「コンドルの芸術」「鹿鳴館」「コンドル設計」「諸戸邸の設計」「コンドルの日本研究」「絵で見るコンドルと弟子たち」という展示構成になっています。コンドル関係の資料の他、小生にとって面白かったのは、この絵です。こちらは、三輪勇之助画「館の揺椅子」というタイトルの絵で、旧諸戸清六邸(現在の六華苑)です。三輪勇之助(1920~1990)は、三重県四日市市出身の画家で、“ダブルイメージの画家”として知られています。多摩帝国美術学校(現・多摩美術大学)出身で、二紀会に所属。「古い建物や仏像が二重に重なり、それらの形を作り出す線条が遠近感を作り出すと同時に、作者の心情を投影している独特の世界を描いている」と、図録に書かれています。この絵は、1968年(昭和43年)の第22回二紀展に出品されたもので、近景にベランダ、中景に椅子を、遠景に初代諸戸清六の屋敷などが配されています。不思議な魅力がある絵です。ぜひクリックして、大きくしてご覧ください。

Condre3 Condre4  左は、今回の展覧会の出品リストです。コンドルや、建築設計に興味のある方はもちろん、六華苑に興味のある方など、地元の方にも、若干遠方の方にもご覧いただければと思います。入館料は、300円ですが、六華苑の入場券を持って行くと、50円(わずかですが)割引になります。会期は、すでに書きましたように、12月2日(日)まで。アクセス、休館日などは、こちらをご覧ください。今回は、図録も作成されています。1冊1,200円で、小生も買ってきて、午後から眺めておりました。

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コメント

こころんさん、私もあまり何度も六華苑には行っておりません(苦笑)。近くにいるとこういうものなのでしょうね。「わざわざ、500円(?)を払って」という気もしてしまいます。諸戸氏庭園もそうです。諸戸氏庭園は、11月に入ると、秋の特別公開が始まりますが、御殿などは修復工事中ですから、見られる範囲が限られていますし。
六華苑ではときどき演奏会が行われています。風向きにもよりますが、けっこうよく聞こえて来ます。まさに、「居ながらにして楽しめる」ところです。
私自身は、多度のグループによる雅楽の演奏会と、市内在住のある演奏家の方による、リュートの演奏会に出かけたことがあります。雅楽は、庭園で、リュート(弦楽器です)は、玄関ホールで聞きましたが、あの玄関ホール、なかなか音が良かったですよ(素人の評価ですが)。

投稿: mamekichi | 2012年10月31日 (水) 16時53分

こんにちは
コンドルさんと清六さんとそのような接点があったのですね。
納得のいく解説ありがとうございます。
まだ、六華園に行ったことないのです(笑)
一度行かなきゃいけない・・・。
そういえば、こちらのケーブルテレビで
桑名市だよりっていう10分ぐらいの番組なのかな。
そこで、この前の六華園での演奏会をやってましたよ。
バイオリンやオカリナとか
mamekichiさん、いいですね!聞こえてくるって(^◇^)

投稿: こころん | 2012年10月31日 (水) 16時42分

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