認知症の方への「にこにこリハ」
認知症の方々の介護については、当事者のご家族はもとより、社会的にも大きな問題となっていることは、よく知られています。私自身は、もともとは専門ではありませんでしたが、数年前、ひょんなきっかけから、国立長寿医療研究センターの中村昭範先生(現在・国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 脳機能画像診断開発部 脳機能診断研究室長)から、高齢者の認知機能を測定するツールに関してご相談を受けたことから、多少の関わりを持たせていただきました。
中村先生のグループのご研究は、認知症介護研究・研修大府センター研究部長の小長谷
陽子先生を主任研究者とする「認知症における知的機能とコミュニケーション機能」についての研究として発展し、このたび、その成果を元に、「笑顔で介護 『にこにこリハ』で心もにっこり」というパンフレットがまとめられました。私自身は、ほんのわずかしか貢献しておりませんが、神経科学的な研究成果を元に、大変有用で、効果も期待できるリハビリ方法が、わかりやすくまとめられています。今回は、小長谷陽子先生、中村昭範先生のご了解もいただいて、ご紹介したいと思います。
このパンフレットは、A4サイズ、オールカラーで18ページならなるものです(表紙・裏表紙は別)。内容は、この左に示したとおり、「ことば以外のコミュニケーションの重要性を理解しよう」「認知症とコミュニケーション」「『にこにこリハ』実践編」の3部構成です。その基本的な考え方は、2つ。1つは、「残った機能を大切に!」ということです。いろいろな障害や、病気という状況におかれますと、どうしても、「何ができない」とか、「何が失われた」というマイナスの面に注意が向きがちですが、「何ができるのか」「できることを活かす」と発想の転換をしますと、認知症の方でも、「ことば以外のコミュニケーション」に関する能力が浮かび上がってきます。
もう1つは、「『心の通った』介護、キーワードは笑顔!」が基本とされています。認知症が進行しますと、ことばでのやりとりは難しくなり、介護や看護が困難になりがちです。しかし、認知症の方々の認知の特徴を分析しますと、ことば以外にも、笑顔などに代表される『非言語的なコミュニケーション』の手段が大きな力を発揮する可能性があることが明らかになりました。それがこの「『心の通った』介護、キーワードは笑顔!」というコピーに凝縮されています。
さて、パンフレットのすべてをご紹介する訳にはいきませんので、一部を見てみたいと思います。こちらは、この『にこにこリハ』の元となった、研究成果の一部です。グラフの外側の7角形は、健常な高齢者の方の標準値を示しています。内側の、やや歪んだ形の7角形のグラフが、認知症のある高齢者の方の特徴を相対的に示したものです。「誰の顔」かという認知や、「簡易認知機能検査」の得点、あるいは、複数の刺激を同時に処理したり、関連性を理解する「同時処理」の能力は、かなり低下しています.ところがこれに対して、「視線」や、「ジェスチャー」、また、刺激を1つずつ順番に処理する「継次処理」、「表情」の認知はかなりよく保たれていることが分かります。『にこにこリハ』では、これら後者の、比較的よく保たれた認知機能をうまく活かして、介護を行うという考え方なのです。
次に、「非言語シグナルを用いた介護」の基本的なことがらが解説されたページを見てみましょう。前のパラグラフで触れました、「視線」、「ジェスチャー」、「表情」といった、比較的よく保たれた認知機能を活かす方法が工夫されて、示されています。「スキンシップ」は、上には上げられていませんでしたが、触覚というのは、人間にとっては、もっとも基本的なコミュニケーションのチャンネルです。このパンフレットでは、こうした基本的なことがらに基づいて、さらに具体的な実践方法が示されています。それらは、「あいさつ」に始まり、「身支度」、「おしゃべり」、「顔体操」(これはけっこうユニークで面白そうです)、「レクリエーション」などについて実例が解説されています。
この『にこにこリハ』を行った成果が気になる方も多いでしょう。この点についても、研究グループでは、実施者や介護スタッフの方にアンケートで確かめておられます。次のような声が、寄せられているといいます。
- 対象者の興味があるものから始められるので導入しやすい
- 継続するうちに、徐々に拒否や意欲低下が減った
- 次第に表情がよくなった/笑顔やことばが多くみられるようになった
- 身体的訴えが減って、集中力が増した
また、1回あたり約50分間のマンツーマンの訓練で、週2回、約6週間にわたって、このリハを行った結果、脳の広い領域が活性化することが、脳画像学的研究で明らかになっています。脳画像を見ますと、血流が増えたり、電気的活動が高まる部位が広範囲に見られます。また、非言語シグナルを認知する能力や、他者との交流技能も、統計学的に有意に高まることが明らかになっています。
どのような社会的場面での交流であっても、コミュニケーションがうまくいかないと、笑顔も忘れがちになりますし、逆もまた真実かと思います。『にこにこリハ』によって、「笑顔で介護を!」、また、『非言語シグナルを生かしたコミュニケーション始めましょう!」です。
ところで、同時に平成22年度の研究成果報告書をいただきました。その
中には、この『にこにこリハ』の姉妹編ともいえそうな、「認知症の人のための『いきいきリハビリ』実践ガイド」も紹介されていました。こちらも、認知症介護研究・研修大府センターから発行されたパンフレットです。こちらも、『にこにこリハ』と同様に、エビデンスに基づいて作成されたリハビリが紹介されていて、とても参考になると思います。右は、この『いきいきリハビリ』の内容です。詳細は、さらに説明があります。
今回ご紹介した『にこにこリハ』、『いきいきリハビリ』と、そのパンフレットについては、次のところへお尋ねください:
認知症介護研究・研修大府センター
〒474-0037 大府市半月町三丁目294
TEL:0562-44-5551
E-mail:jimubu.o-dcrc@dcnet.gr.jp
ホームページ:http://www.dcnet.gr.jp/
【文献】
1.小長谷陽子,相原喜子,中村昭範,小笠原昭彦,井上豊子.認知症における知的機能とコミュニケーション機能:言語性、及び非言語性コミュニケーション情報認知機能に関する研究.老人保健健康増進等事業による研究報告書 平成18年度認知症介護研究報告書-認知症高齢者とその家族に対する生活支援とケア向上に関する研究事業,61-66,2007.
2.小長谷陽子,相原喜子,中村昭範,小笠原昭彦.認知症における知的機能とコミュニケーション機能:言語性、及び非言語性コミュニケーション情報認知機能に関する研究.老人保健健康増進等事業による研究報告書 平成19年度認知症介護研究報告書-認知症介護におけるコミュニケーションに関する研究事業,1-10,2008.
3.小長谷陽子,中村昭範,斉藤千晶,長屋政博,井上豊子.認知症高齢者に対する非言語性コミュニケーションシグナルリハビリテーション(NCR)プログラムの開発と評価に関する研究.老人保健健康増進等事業による研究報告書 平成20年度認知症介護研究報告書-認知症介護におけるコミュニケーションに関する研究事業,1-29,2009.
4.小長谷陽子,中村昭範,斉藤千晶,長屋政博,井上豊子,内田志保,岡田寿夫.認知症高齢者に対する非言語性コミュニケーションシグナルリハビリテーション(NCR)プログラムの開発と評価に関する研究.老人保健健康増進等事業による研究報告書 平成21年度認知症介護研究報告書-施設における認知症高齢者の進行予防およびQOL改善を目指したリハビリテーションの開発とその効果検証に関する研究事業,26-65,2010.
5.小長谷陽子,中村昭範,斉藤千晶,長屋政博,井上豊子.認知症高齢者に対する非言語性コミュニケーションシグナルリハビリテーション(NCR)プログラムの開発と評価に関する研究.老人保健健康増進等事業による研究報告書 平成22年度認知症介護研究報告書-介護保険施設における認知症高齢者の進行予防およびQOL改善を目指したリハビリテーションの開発、効果検証及び普及に関する研究事業,45-84,2011.
6.Nakamura,A.,Maess,B,,et al. Cooperation of different neuronalsystems during hand sign recognition. Neuroimage, 23:25-34. 2004.
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