好天続きです。ただ、新聞や、テレビの報道によれば、空気は乾燥してい
るようで、あちこちで山火事や、住宅などの火事が多いようで、注意しなければなりません。体調は悪くはないのですが、何となく疲れているような気もして、今日も、散歩は近所で済ませてしまいました。サークルKへ行ってから、惣構堀を回ってというコースです。万歩計を付け忘れていましたが、2㎞ほどでしょう。
桜の花もかなり散ってしまってきています。少し風がありましたので、花吹
雪というか、桜吹雪でもうまく撮れないか、とちょっと粘ってはみたのですが、“吹雪”と形容できるほどの写真は撮れませんでした。何事も、それほど簡単に思い通りにはならないものです。右の写真でも少しだけ、花びらが舞ってはいるのですが、保存して拡大していただかないと分からないくらいでしょう。
さて、2月に娘が漢字検定を受けた話は、書いたと思います。その結果を、4月10日(金)に学校を通して、もらってきました。中1の終わりに4級を受けたわけですが、見事というわけではなく、普通に、合格ということでした。高い検定料を払っただけあってか、立派な合格証書、合格証明書(2通)、検定結果通知、問題用紙、標準解答と、合計5種類もの書類がありました。検定結果通知には、予備校の模試のように、領域別の正答数、得点、全受験者の平均点、正解率レーダーチャート、コメント、今後の勉強方法が書かれています。
ちなみに、合格証書の発行者名は、多額利益問題等で、文科省による立ち入り検査で抜本的改善策をこの15日(水)までに示すよう指導され、マスコミでもさんざん叩かれたあの、大久保昇理事長名でした。
ところで、その合格証書をもらってきた、まさに4月10日(金)の新聞には、「漢検理事長が辞意」「6月から検定料値下げ」というニュースが載っていました。夕方、合格証書を持って帰ってきた娘に、「理事長が辞めるらしいから、この合格証書は、無効になるんじゃないのか?」とからかってみました。娘は、一瞬、「えっ、まさか!?ホント?」と絶句しましたが、どうやらすぐに、からかわれたと気づいたようでした。
たぶん、最初は、これほど儲かるとは思わなかったのでしょうね。それが思わぬ人気となり、脳トレブームに乗っかってしまい、さらには、この頃では、テレビのクイズ番組などとも相まって、儲かりすぎて、調子に乗ってしまったのでしょう。検定料は値下げされ、すでに払った受験者には差額を返金するようです。
この漢検、すなわち漢字検定について、中国文学者にしてエッセイストの高島俊男先生が、月刊“文藝春秋”2009年4月号に、“あぁ、漢字検定のアホらしさ-こんなパズルじゃ、美しい日本語を書くのに役になぞ立たぬ-”(212~221ページ)をいう文章を寄稿しておられます。
高島先生は、週刊文春にも、かつて“お言葉ですが……”という、コラムを連載しておられ、言葉の誤用などにピリッと辛い内容に、私は魅了されていました。また、文春新書の1冊として、“漢字と日本人”という名著を上梓していらっしゃいます。
高島先生がおっしゃるには、「アヤシゲな『検定』」だということです。何がアヤシゲかというと、“人の「漢字能力」を「検定」してやろうというのが、正常な感覚から見るとアヤシゲだからである”ということです。2級までは、常用漢字表字体(高島先生流の表現では、略字)でなければ正答と見なされないということで、ここも変だと指摘されています。たとえば、丸谷才一さんなどは、旧字体(正字)、旧仮名遣いで文章を書いていらっしゃいますが、2級までは不合格間違いなし、という状況に陥ります。何しろ、「文藝(文芸)」、「保證(保証)」と書かれますから。
このアヤシサの出発点は、第2次世界大戦後、漢字をなくすという施策に沿って作成された常用漢字表示体を正しいものとしているところにある、というのが、高島先生の主張です。
高島先生は、調べられることは徹底的に調べるという方で、実際に問題集を購入し、編集者といっしょにやってみられたそうです。その結果、「あきれかえるほどのひどい問題揃い」で、「ただのパズル」であり、「実用的意義は全くなく」、「美しく端正な日本語の文章を書くために何の役にも立たない。かえって、へんてこりんな文章を書いて失笑されるのがオチだろう」と断じておられます。
高島先生の挙げておられる例を2、3、引いておきます(以下は、いずれも下線部の読みを示せ、あるいは、漢字で書けという問題です):
- 彼は古代史の碩学だ。
- 読者を眩暈の彼方へ誘いこむ。
- 著書を恩師に謹呈した。
- 旅寝の埴生の宿を思い出す。
- 飲み過ぎて路上でスイタイをさらした。
読み仮名を示すとか、漢字を書くというだけであればまだしも、こういう文章となる変ですね。1.は、「せきがく」と読みますが、「学識が広く深い人」で、「彼」という同輩や後輩に使う言葉とは釣り合いません。
2.「げんうん」、つまり「めまい」なのですが、「本を読んでめまいがする」というのはどういうことか?「めまいのかなた」って、どこ?ということです。大きな声では言えませんが、私自身は、時々、学生や院生諸嬢が書いた文章を読んで、めまいがすることはありますが……(加筆修正すべき箇所が、あまりにも多くて)。
3.「きんてい」ですが、普通はあまり用いない言葉でしょう。自分の書いた本をどなたかに差し上げる場合、「謹呈 著者」と印刷した、細長い紙片を挟んだり、同じく、学術雑誌に掲載された論文の別刷を贈呈する場合に、表紙に書くくらいです(もっとも、この頃は、pdfファイルでメールに添付、ということも増えました。高島先生によれば、「ものものしい外見のわりには軽いことば」だということです。
4.「はにゅう」と読みます。昔の唱歌か何かに「埴生の宿」というものがありましたが、「おんぼろの家」ということで、「主として自分の家を謙遜していう場合に用いる。また、親しい友人が、貧しくてみすぼらしい家に住んでいるのを同情して言うばあいに用いることもあった」ということですが、いずれにしても、「古いことばであって現在は使わない」ということです。
5.「酔態」でしょうが、「飲み過ぎて酔態」では、「女の婦人」「腹を切って切腹」と同じです(これらの例は、高島先生の文章によります)。「馬から落ちて、落馬した」というのもあります。高島先生が指摘されるように、「飲み過ぎて、路上で醜態<しゅうたい>をさらした」からの誤用ではないでしょうか?
等々、限りはありません。詳細は、文藝春秋4月号を是非ご覧ください。高島先生の結論は、「タチの悪いパズル」で、「こんなパズルを文部科学省が、何か学術的意義があるかと思って社会にむかって推薦しているのだとすれば、その見識が問われる」ということです。
「検定」流行ですが、「検定の検定」が必要かも知れません。などと皮肉っていますが、実は、心理学の世界にも、「心理学検定」があり、実施されています。こちらは、日本心理学諸学会連合という、心理学の学会が集まった団体が実施していますので、アヤシゲな検定ではありません。次回は、2009年8月23日に実施される予定です。
なお、高島先生は、美しく端正な日本語を書くために意義があるかという観点から、この漢字検定について論じておられますので、誤解のなきように。
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