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2007年9月

2007年9月29日 (土)

ウ~ン

 ウ~ン、というのは、ここ2~3日の調子です。いつもであれば、朝は、5時に目が覚めますが、今日は、疲れたのか、涼しかったせいか、6時になってようやく目が覚めたというところでした。昨日の疲れが残っているようで、朝からあまりスッキリはしていませんでした。

 しかし、10月1日までに届いていないといけない書類を作らなければなりませんでしたので、午前中に仕上げ、昼前に郵便局まで出かけ、速達で投函してきました。これで、内容などに間違いがなければ、間に合うでしょう。

 午後は、家内がケータイの機種交換をしたいというので、15時過ぎから出かけ、ついでにアピタでの買い物にもついていきました。ケータイは、時々娘が借りて使っているのですが、メールなどをやり放題にして、1万円以上の通信料になりましたので、防御策として、Winにして、パケット通信については、定額契約にしてきました。ワンセグが良いとか、ウォークマン・ケータイが良いとか、娘はいっていたのですが、「お前に発言権はない」といったところ、多少、大人しくなりました。

 中・高校生の子どものケータイ料金は、どこの家庭でも悩みのタネのようです。定額契約にしておかないと、数万円分とか、なかには、20万、40万という膨大な金額分のパケット通信をした、という話を聞きます。“お金を払うのだ”という実感がないのでしょう。困ったものです。

 アピタでは、もちろん、食料品売り場へ付いては、いきません。文具売り場と本屋くらいです。時間が余れば、喫茶店でコーヒーを飲むくらいです。しかし、こういう人での多いところへ、来ると疲れます。今日も、体がだるく感じ、“あ~、疲れた”という言葉が、どうしても口をついて出てきます。

 以前から、ブログでの知人に、“期限を切っての休養では、復職や仕事が気になって休めないから、もっと長期に休養して、精神的にも仕事から離れた方がよい”といわれています。今週、あれやこれやメールでやりとりしてというのも、1ヶ月半後に迫った講演会の準備の件でした。再来週から復職した場合、授業や会議のことも、院生指導、大学院入試のことなど、正直に言って、かなり気になっています。今回の診断書は、2週間、3週間という単位で書いてもらっていますが、これくらいですと、それぞれの期間の後半に入る頃から、仕事のことが気になり始めます。

 しかし、今週、いろいろと試した結果では、現在の体調で復帰しても、そのうちまた、同じことを繰り返すな、と思えてきます。いっそのこと、3ヶ月か、半年くらい休養してしまった方が、良いのかも知れないという考えも、頭には浮かんできています。学部の授業について、非常勤講師で対応してもらえれば、他に大きな責任があるのは、院生の授業と研究指導、学部の委員会の仕事となります。委員会の仕事は、他の先生にサポートをお願いするほかには、選択肢はありません。大学の特別研究奨励費をもらってのプロジェクトは、大きな行事については、ほぼ準備をしてありますので、あとは、個々のスーパーヴィジョンや、最終的な報告の作成が問題になるくらいですから、他のメンバーの先生にお願いできないことはないでしょう。その他、学外との関連で、講演依頼やスーパーヴィジョンの依頼を受けている分をキャンセルさせてもらうとなると、それなりにご迷惑をおかけすることになります。

 もう少し考えてみなければなりませんが、あまり短期的なスパンで考えるよりも、5年、10年という単位で考えると、上記のような選択の方が良いと思います。さまざまな選択肢をリストアップし、それに伴うメリット・デメリットを比較検討してみる必要があります。

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2007年9月28日 (金)

夏休みもオシマイ

 今日のタイトルを見て、「ハァ?今頃、何を寝ぼけたことをいってるんだ?」とご立腹の方もいらっしゃるかも知れません。しかし、事実として、ウチの大学の夏休みは、明後日までなのです。最近は、7月末まで大学の前期授業があり、前期試験まで済ませて、8月から夏休みに入るというパターンが主流派なのです。結構なご身分で、ともいわれそうですが、実は、休んでいるのは、基本的には、学生諸君だけで、教職員は、夏期休暇を取る以外は、働いているのです。

 それでも、お前は確か、療養休暇中ではないか、というご指摘も正解です。私自身は、来週いっぱいまでは、休養加療を必要とする、という診断書が出ています。メンタルヘルス回復のために休んでいるのですが、、期限付きでは、どうも、休んでいるような気がしません。何を贅沢な?といわれるまでもなく、贅沢なのは自覚していますが、仕事の方が気になるとか、自分がやらないといけないことが、休んでいてもあるというのも、現実です。昨日から、今日にかけての、特別研究費による講演会開催の準備、調整その1つです。もっと早くに済ませておくか、どなたかに権限を委譲してという方法もないことはないのですが、他の先生方もお忙しいのでと思い、自分で、あちこちとメールを差し上げて、仕事を進めていました。

 まぁ、それは良かったのですが、やはり、疲れてしまいました。昨日から今日にかけては、空き時間は、爆睡状態で、それでもまだ疲れが残っている感じです。ご迷惑をおかけした関係の皆様には、お詫び申し上げます。見通しがつきましたので、あと1通書類を書いて、送らせていただいたら、ペースダウンをして、出勤に備えよう、と思っています。

 疲れがとれれば、散歩に出て、後は読書にでも励もうと思っていますが、天気予報はあまりよくありません。曇り時々雨のようですし、気温も、今日に比べ(最高31.9度でした)、かなり涼しくなるようですし。

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2007年9月27日 (木)

満月は見えません

 今日は、天気が悪く、満月を見ることはできないようです。ちょっと残念です。

 さて、天気もあまり良くありませんでしたし、昨日で懲りましたので、今日は、運動ではない方で、試してみようということにしました。多くの方からお叱りを受けることは覚悟しまして、午後から仕事をしていました。

 特別研究奨励費による、東京学芸大学の上野一彦先生講演会に関わるチラシや案内文の原稿の作成、同じくその研究費による、連続講義の関係のチラシ印刷の件や、謝金の検討などでした。原稿を直して、あちこち関連の機関と教員とに連絡をしていましたが、何度かやりとりをさせていただいたところもあり、結構、時間と労力が必要でした。

 また、放送大学の「心理学研究法」の校正や、プロフィール原稿の作成も、締切にかなり遅れたのですが、今日、やっと手をつけることができました。校正紙には、索引にまとめる項目や、人名のチェック、再校正などです。

 これらで午後、かなりの時間を使い、その結果、体力的にもずいぶん消費した感じです。ちょっとやり過ぎ、ということで、反省しています。後は、明日、アフター・エフェクトが残るかどうかで、疲労度を判定しようと思っています。お試しにしては、やや、度が過ぎたかも知れません。

 ところで、ニュースでは、また、相撲関係の出来事として、名古屋場所前に生じた、時津風部屋での不祥事が取りざたされています。朝青龍問題と同様、協会や北の湖理事長、時津風親方の対応は、後手に回り、いったい相撲協会の一般的な危機対応や、責任感、ことのコントロール感がなっていないことが、またもや明らかにされています。

 時津風親方も、理事会冒頭で謝罪したようですが、それよりも前に、ご遺族に謝罪すべきでしょう。どうも、何かずれているというか、間違っています。理事長は、コメントは出すものの、木で鼻をくくったような内容で、あんなコメントなら……と思えてしまいます。北の湖も、現役時代を見ている限り、もっと折り目切れ目がきちんとした人だともっていましたが、どうもそうではないということが、これらの騒動で明らかになってしまいました。組織的にも前近代的な組織のまま拡大してきたようで、そのために、これまでの不祥事が、一時に外に噴出してきたということでしょう。理事長も、引っ込んでばかりいないで、きちんと記者会見をするなり、関係者にお詫びに廻るなりしないと、生き残りがむずかしくなるでしょう。 

 体調は、今日は、やや低調ですね。それに、結構仕事しましたので、ちょっとは、休み時間をいれてもよいかと思います。仕事は、これにて区切りと思っています。明日、疲れが残ってしまっているかなぁ?

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2007年9月26日 (水)

大潮

070926_175101 昨日くらいから、満ち潮の時刻になりますと、惣構堀も、満杯の水を湛えています。これは、夕方、郵便を投函しに出かけたときの写真です。ケータイ写真で、しかもピンボケで恐縮です。

070926_175201  こちらの写真の方が、まだマシかも知れません。奥に見える橋は、玉重橋ですが、橋桁のすぐ下まで、水が来ています。もう少し綺麗な水ですと良いのですが、透明度はきわめて低く、20㎝くらいでしょうか?ゴミも所々に浮いており、もう少し綺麗にしなければ、情緒的にも劣ってしまいます。

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今日は、徒歩にてトホホ

Dsc05937  昨日は、ドライブ&散歩で約24㎞でしたが、今日は、徒歩で散歩に出ました。目標は、Dsc05938 寺町から桑名別院へ、さらに、桑名駅前のサンファーレのコンビニに立ち寄って帰ってくるという、約2.5㎞のコースです。出発は、10時前。天気は、最初2枚の写真でお分かりになるように、快晴でした。左の写真は、拙宅マンションを東南の方から見た写真です。右の写真は、おなじみの惣構堀越しに見た、旧・諸戸家住宅です。空と同様、空気も乾いており、爽やかな散歩日和です。

Dsc05943  ここから、惣構堀に沿った道を抜けて、久しぶりに寺町通りまでやってきました。左Dsc05945の写 真は、寺町通りの東側、寺町堀の今日の様子です。平日で、人通りも、駐車しているクルマも少なめですが、桑名別院さんには、ちらほら墓参りの、とくに年配の方がありました。お彼岸の最中ですので、右の写真のように、本堂には飾り付けや、旗が立てられています。

 ところが、ここまでに来るだけで、既に疲れてしまっています。500mほどでしょうか。我ながら、情けなくなります。やはり、昨日は、クルマで出かけ、あまりたくさん歩いていなかったため、体調にも影響しなかったのでしょう。しばらく、別院さんの庭のベンチで休んでいました。

 別院さんからは、子どもたちの通っていた小学校の脇を通り、駅前のサンファーレにあるローソンに行きます。これも、途中で、少し暑くなって来たせいもあるのですが、次第に歩くスピードも落ち、トボトボ歩くような状況でした。そして、何と、60代後半か、70歳くらいと思われるおばあさんにも、抜かれてしまうくらいのスピードにまで落ちていました。ホント、トホホ状態です。

Dsc05946  まぁ、それでも何とかローソンにたどり着き、新聞や雑誌を買って、駅前で一休み、とDsc05948いうことにします。タクシー乗り場のあたりにベンチがおいてあります。このあたりには、グラン・スパ・ナガシマの職員の方の送迎バス乗り場や、自動車学校、乗馬クラブのバス乗り場もあります。11時くらいにその辺りについたのですが、その時間は、お年寄りの方達が、そこかしこでお喋りしながら、何かを待っていたのです。いったい何だ?と思ったのですが、元気村という温泉施設の送迎バスを待っていたようです。私よりよほど元気そうなのに、さらに元気になろうと努力しておられるようで、こちらは、またもやトホホです。

 上、左の写真は、久しぶりにめにした桑名駅の光景です。近鉄養老線が、養老鉄道になることになっていますので、ホームで工事をしているようですが、そこまでは分かりませんでした。

Dsc05940  ところで、惣構え堀に係留されている漁船に、貝漁に使う道具が乗っていました。左Dsc05941 は、漁船の後部ですが、そこに乗っているのは、川底から貝をすくい取る“マンガ”という道具です。これを竹竿などの先に固定し、船は、円を描くように回転させながら、マンガで川底を引っ掻くようにして貝を拾うということです。右の道具は、名前は知らないのですが、捕った貝をここに入れ、サイズの小さいものを選び出して、川に戻すものです。この道具を機械で揺すり、右の方の細くなったところから、小さいものを川に戻すものです。

 ということで、徒歩では、やはり疲れました。午後は、遅れに遅れている、放送大学テキストの校正その他に、ようやく手をつけなくては(変な日本語!)と、自らに言い聞かせています(ハァ)。

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2007年9月25日 (火)

仲秋の名月

 仲秋の名月、ということで、先ほど、しばし月を見上げてきました。ただ、満月ではないのは、ちょっと残念でした。

 しかし、なぜ、仲秋の名月なのに、満月ではないのか?という疑問が残ります。

 “仲秋”というのは、旧暦では、7月から9月までが秋で、8月を“仲秋”と呼んでいたところからきているようです。また、“十五夜“というのも、旧暦の8月15日の夜、ということで、現在の暦にすると、9月18日前後になるようです。今年、平成19年(2007年)は、今日、9月25日が、旧暦の8月15日にあたるということです。その満月は、必ずしも、ピッタリと旧暦の8月15日にはならないため、今年のようにずれてしまうことがある、と理解できました。

 今日の月齢は、14.0ですので、満月は、9月27日(木)だそうです。

 詳しいことは、暦のページにある、“中秋の名月はいつ?”というところにあります。むしろ、仲秋の名月=十五夜≠満月ということが多いそうです。

 暦のページによれば、「『中秋の名月』は一種のお祭りですから『厳密に満月』である必要はないので、『八月十五日の名月』と考えて良いのでしょう。」ということでした。そうなりますと、“花より団子”ならぬ、“月より団子”といきたくなります(爆)。

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試みに散歩に出てみました-船頭平閘門-

Dsc05935 いつまでも、蟄居というか、引きこもりというか、そういう状態ではいけないと考え、今日Dsc05932 は、クルマで20分弱のところにある、“船頭平閘門”と、海津市の“木曽三川公園”まで出かけてみました。朝の予報では、30度にはならないということでしたが、あにはからんや、最初の写真のように、今日も夏の空となり、昼前は、結構蒸し暑い感じでした。木曽三川公園にある“治水タワー”は、右の写真のように、拙宅の玄関からもよく見えます。右の写真の中央、高圧電線の鉄塔の右側に見えます。その右は、愛西市の木曽川にかかる立田大橋だろうと思います。立田大橋の手前あたりに、船頭平閘門があります。拙宅からは、直線距離で、8㎞弱くらいで、クルマで20分弱くらいです。

Dsc05858 往きは、途中のコンビニからオープンにしてみたのですが、今日は、暑くていけませんでした。風切り音と、エンジンが吹き上がる音は、快感でしたが、爽やかとはいきません。平日ですから、駐車場には、ほとんどクルマは止まっていませんでした。定年退職されたくらいの年齢の男性が、「なかなか面白いクルマですね。ほぉ~、これで軽ですか?」と興味を示されました。

Dsc05866  船頭平閘門は、明治35年(1902)に完成し、平成12年5月に重要文化財に指定されDsc05870て います。その理由は、わが国で数少ない明治期に建造され現在も使用されている閘門であることなどによるそうです。右の写真のように、大正4年に制定された“閘門通航規程”(大正4年2月4日内務省令第1号)が、まだ生きているようです。

Dsc05872  閘門とその周囲の様子は、この左の図のようになっています。つまり、水位の高さがDsc05863 異なる、木曽川と長良川の間を行き来できるように作られたものなのです。スエズ、パナマなどの運河と同様のものということです。右の写真は、左の図でいうと、左側の長良川につながる閘頭部です。

Dsc05868  右の写真の先が、この写真のようになっています。こちら側は、長良川で、奥の方向が、下流の桑名市の方向です。モーターボートなどのプレジャーボートのたまり場になっていますし、それらの手前では、釣りをしている方が、数名いらっしゃいました。川は、あまり深くないようです。時々、魚がジャンプしていました。

Dsc05867  この写真は、閘門の中央部、閘室といわれるところです。左方は、木曽川につながDsc05894 る方の閘頭部です。閘頭部の外側には、右の写真のように、通過したいという合図をするための鐘がついています。閘門は、現在でも、朝8時30分から夕方5時までは、実際に通ることができるようになっています。“閘室内では、ジェットスキーは回転しないように”という注意書きも見られました。

Dsc05888  閘頭部の木曽川方向の外側の写真です。こちら側でも釣り糸をたれている方が、Dsc05883 2、3人いらっしゃいました。こちらの閘頭部側には、明治時代に製作され、実際に用いられていた閘門のゲートが保存されていました。かなりの高さがあります。内側の小さい扉が、たて6.8m、よこ3.2m、重さ約9トン、外側の大きい扉が、たて7.6m、よこ3.2m、重さ約10トンあるそうです。



Dsc05875  船頭平閘門の周辺は、船頭平河川公園として整備されています。その中には、治水の恩人として、オランダ人技師のヨハネス・デレーケの像があります。ヨハネス・デレーケは、わが国の近代砂防の祖と称されており、治水事業に大きな功績を残したオランダ人技師です。明治10年より木曽三川改修計画を担当します。明治11年(1879)2月23日から3月7日までの間、木曽・長良・揖斐の三大川をはじめ支派川の調査を実施したといいます。


Dsc05900  船頭平閘門から、木曽三川公園(海津市)はすぐ近くです。左は、船頭平閘門の駐Dsc05911 車場から見た、治水タワー(高さ65m)です。右の写真は、木曽三川公園の、木曽三川公園センター(海津市)の駐車場出口から見た治水タワーです。これが、拙宅からもよく見えるものです(2枚目の写真を参照)。

Dsc05913  三川公園センターからすぐ南には、千本松原の松並木が続いています。揖斐川と長良川の背割り堤、1㎞にわたっています。松は、日向松で、幕府に命じられて宝暦の治水工事を担当した、薩摩藩士によって治水工事の完成直後(宝暦5年、1775年)に千本の苗が植えられたと伝えられています。この写の中央にある、小さな標識のように、ここは長良川の河口から12.4㎞遡ったところになります。
 

Dsc05915 Dsc05921 千本松原のところから、見た揖斐川(左の写真、奥は、多度山)と、長良川(向こうは、桑名市長島町)です。この道は、“中堤”と呼ばれ、伊勢大橋の中央から、揖斐・長良川の間の堤防道路で、羽島市の西端や、岐阜市の南部に続いています。平日は、通勤のクルマや、物流をになう大型車がよく通ります。休日には、観光客のクルマがたくさん行き来しています。桑名から岐阜まで、約1時間でいけますので、便利な道路です。

Dsc05919  ピントが今ひとつ明確ではありませんが、このあたりの案内図を掲げておきます。よDsc05925 くよく眺めていただくと、今日のドライブ&散歩コースをお分かりいただけるか、と思います。千本松原から、国道1号・伊勢大橋は、割と近くです。渋滞中に気づいたのですが、長良川と、揖斐川の水位の高さがかなり違うのです。最後の写真の橋が、伊勢大橋です。橋ですから、当然水平になるように架かっているはずです。右の写真で、左側が長良川(奥に見えるのは、河口堰です)、右に見えるのは揖斐川です。良く比べていただくと、伊勢大橋の橋脚部分の、どのくらいの高さまで水があるかが、かなり違うことが分かっていただけると思います。

 ということで、試みにドライブ&散歩に出てみました。しかし、今日の昼頃の蒸し暑さのせいもあるのか、身体的には、却って疲れたような感じです。失敗したかも知れません。気分的には、陽の光に十分当たって、また、しばらく歩くことで汗も少しかいて、スッキリとはいきませんが、多少は、気分が変わったかな、というところです。2時間コースでした。

 午後は、大人しくしていました。仕事の関係のメールもいただきましたので、その返事を書くなどして、過ごしていました。

 今日は、十五夜ではありませんが、仲秋の名月ということです。あとで、月を眺めてみることにしましょう。

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2007年9月24日 (月)

安倍総理大臣記者会見

 夕方、5時から、安倍総理大臣の記者会見の中継を見ていました。活気は、もちろんなく、顔色も冴えず、声にも張りがありませんし、言葉と言葉の間も長いところがあり、いかにも健康状態は、お世辞にも良いとはいえない様子が見て取れました。

 機能性胃腸障害というのが、公表されている診断名ですが、mamekichiには、どうも、自分と同じくdepressionを伴っているのではないか、と思えて仕方ありません。マスコミにおいても、精神科医の和田秀樹さんなどは、そういう見方を示しておられました。

 ニュースショーに出てくる政治家の方々などは、一国の総理なのだから、自分の健康よりも、国政を優先し、倒れるまでやらなくてはならないというような発言をしている方もありました。それは、まぁ、それくらいの気概を持ってことに当たるという点では、正しいと思いますが、健康であってこそ責任を持って、さまざまな職務に邁進できる訳ですから、総理大臣とて例外ではないと思います。私は、12日の辞任表明の記者会見で、健康状態についても触れられた方が良かったのではないかという気がしています。

 小池前防衛大臣の“I shall return.”は、「今度は、どこへ?」と突っ込みたくなるくらいでしたが、まだ安倍さんがおっしゃるのでしたら、許されるような気がします。

 ということで、3連休も終わり、明日は、いよいよ福田内閣が発足するということのようです。サプライズがないのが、最大のサプライズとか、派閥均衡型の内閣だとか、いろいろといわれていますが、当面の年金問題や、テロ特措法の対応、地域格差の問題などに、精力的に取り組んでもらいたいと思います。

 などと、柄にもなく、またもや、政治問題を論じてしまいましたが、その最大の理由は、自分自身に、“著変なし”だからです。もう書くまでもありませんが、疲れやすさ、倦怠感、気力・意欲の低下というか、それらがあまり湧いてこないという状態は、相変わらずです。気分が滅入っているということは、主観的には、あまり感じていません。

 読みかけの新書が何冊かありますが、開いては閉じるの繰り返しです。本を読むには、集中力や、何よりも体力が必要です。新聞を読むことは、時間もあるせいか、割と小さな記事まで目を通しています。テレビは、ニュースと天気予報、ミステリーの再放送くらいしか見ていません。芸のないタレントを並べて楽屋オチの自慢をしているような番組や、出来の悪さを競い合うようなクイズ番組は、とてもついて行けません。

 短距離でも散歩くらいはした方がよいとは思っているのですが、実際に散歩に出ると、せいぜい1㎞くらいがやっとという状態では、モチベーションも湧きません。大きな声や大きな音に対する過敏もまだありますので、それらも散歩に対する億劫さを増しているように思います。

 こういう状況ですので、何をしようということもありませんし、かといってボンヤリと座っているのも苦痛です。自分のことながら、自分でも今ひとつ、よく分からないなぁという風で、それによって、少々イライラを感じるという有様です。悪循環に入っているなぁというのは、よくよく分かりながら、それからなかなか抜け出す手がかりもないという状態です。

 しょうがない、じっとしているかぁ。

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2007年9月23日 (日)

今日も爆睡

 秋分の日です。今日は、いかにも涼しく、“暑さ寒さも彼岸まで”の言葉の通りだと思われました。

 ところで、自民党総裁選挙の投開票日でしたが、330対197で、福田さんの勝利でした。最初から分かっているというか、麻生さんが意外にたくさんの票を取ったとか、最初にもった感想です。史上初めて、親子で総理大臣ということになります。福田さんは、表面のソフトさとは異なって、内面的には、かなりシビアな見方をするとか、オフレコでは失言、暴言も多いとか、いわれますが、まぁ、最大の問題は、現下の危機をどう乗り切って、国民に信頼される政治の方向性を見いだせるか、ということですから、当分は、お手並み拝見ということでしょうか?

 先ほど、これを書き始めた頃に電話がかかってきましたので、出てみたら、やっぱりセールスでした。新築マンションを買って、税金対策をしないかというものでした。こういう電話には、困っている方も多いでしょうし、さまざまな対策を取っておられると思います。今日は、「私は、関心がありませ……」と言い掛けたら、向こうからぶち切りされてしまいました。敵も然るもの引っ掻くものですね。“やられた!”という、悔しさが残るものです。新しい対策を考えなくては、と思います。

 さて、mamekichiめは、今日は、どうにも眠くて仕方がなく、起床が遅かった上に、終日ゴロゴロし、寝てばかりいました。どういう訳か、血圧も低めのようで、そのせいか、眩暈もするくらいでした。ただ、倦怠感や、疲れやすさは、相変わらず続いていますので、状態は、まさに“著変なし”です。

 お彼岸の中日というのに、寺参りもしていませんので、罰が当たるかも知れません。明日こそは、桑名の別院さんにお参りしてこようと思います。それにしても、いくら寝ても眠い状態です。

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2007年9月22日 (土)

理解不可能な光景

 今日の土曜日は、好天に恵まれ、市内あちこちの小学校で運動会が行われているようです。うちのマンションも、小学生をもつ父兄の方達が、朝6時過ぎから、PTAのテントを張る準備に集まっておられました。このあたりは、運動場に各町内会ごとにテントを張って観戦するのが一般的です。

 さて、午前中は、内科受診を済ませ、コンビニと本屋に行って帰ってきました。内科の先生も、既に長いお付き合いですので、「また、調子悪いの?休んでる間、趣味に勤しんで、気分転換したらどう?でも、人間には、体もあるから、運動も少しはしてくださいよ」といわれてきました。「いやぁ、今回は、倦怠感や疲れやすさが先に立って、意欲、気力低下が主な症状ですから、気分的に沈んでいるわけでもないし……。また、倦怠感が軽くなったら、また、散歩します」といって帰ってきました。

 ところで、昨日でしたか、テレビニュースでやっていた、光市母子殺人事件の差し戻し審のニュースの中で、理解不可能な光景と、理解不可能なことばに接して、いったい何だ?と思いました。マスコミのコメンテーターからも指摘されているとは思うのですが、まずは、あの弁護士さん。「真剣にやっているんです」などとおっしゃって、涙をこぼしながら泣いておられました。そもそも、“大の大人が、自分の携わっている仕事について、それも記者会見の場で、なぜ泣くのか?”という気がします。さらに、「一生懸命、真剣にやっているんです」というのは、いつも書くように、そんなことをいって誉められるのは、小学生までです。弁護士ともあろう人が、いったい誰に向かって、「ボクちゃん、頑張ってやってるんだよ」と訴えているのでしょう?もう一つは、彼は、いったい誰に向かって、誰のために、なぜ泣いているのでしょう?ウチの研究室であれば、「泣いたってダメだよ。ちゃんとやってきなさい。頑張るのは当たり前、それで誉められるのは……」と言い掛けると、院生の方から、「小学生までなんですよねぇ~」と先に言われてしまいます。理解不可能な、というより、逆に、胡散臭さ120%だなぁ、と思わされました。あれでは、元・少年(これまた、不思議な表現です)に殺害されてしまった本村さん母子にも、残された本村さん自身にとっても、失礼極まりないと思います。

 それにもう一つ。その、元・少年が、検察官から尋ねられたことに対して、「舐めていただきたくない」と言い放ったそうですが、舐めているのはどっちでしょう?バカを言ってはいけません。大人や、社会はもちろん、被害者の本村さん達を舐めているのは、彼の方でしょう。

 安倍総理の辞め方も、心身ともに、極度の体調不良ということは差し引いたとしても、いかにも子どもっぽいものでした。今回の弁護士様達も、どうやら自分たちだけが正義の味方だと思っていらっしゃるようですから、間違いなく、お子様揃いのようです。そうした弁護士に踊らされた元・少年も、身体的には成長はしたようですが、中身はどう見てもお子様でしかありえないと思えます。未成熟社会・ニッポンを象徴する出来事が続いていると思えます。

 そうした中で、本村洋さんが輝いて見えるのは、彼が、奥さんと子どもを殺害された被害者だからというだけではなく、その出来事を、まさしく自分自身で正面から受け止め、感情に振り回されることなく冷静に考え、それを自分の言葉として、理路整然と語っているからこそ、それらが、彼自身の心からの表現であることを十分伺わせ、大人として振る舞っていることがストレートに伝わってくるからでしょう。もちろん、本村さんにしても、一朝一夕でそういう風になったわけではなく、幾多の苦悩があったことが伺われます。しかし、だからこそ、彼の振る舞いや言葉が、人々の心に響くのでしょう。

 私ごときがあまり偉そうに書くと、説教臭くなり、お前の方がよほど、胡散臭いといわれそうですので、このあたりにしておきたいと思います。しかし、実感や、実体験の伴わない、この日本というお子様社会から抜け出すことはできないのものなのでしょうか?

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2007年9月21日 (金)

今日も今日とて

 今日も今日とて、変わりなし、とだけ書いたところを娘に見られ、「それだけ?最悪のブログや。クレームが来るで」といわれてしまいました。

 それはともかく、昔々の療養所の看護記録であれば、おそらく、日付と“著変なし”とだけ記載されるであろうと思われる、ここ2、3日です(“楽屋オチ”で、申し訳ありません)。体調もとくに変わったという感じもしませんし、何か新しいことをしたわけでもありません。要するに、倦怠感や、疲れやすさはさほど変わらないままですし、こういう状態ですと、何か、多少とも気力や意欲が必要とされる活動を起こす気にはならない、ということです。

 上記の日付と“著変なし”とだけ記載される看護記録というものは、現在ではありえないのでしょうが、昭和54年から、平成4年まで勤務した国立療養所の時代に、必要があって、当時、長期入院していた患者さん達の入院当初(昭和40年代前半)のカルテを、ホコリまみれ、汗まみれになって、ひっくり返して調べていたときに、出合った記述です。

 もちろん、体温、血圧などのバイタル・サインは、グラフになっていましたが、日々の記録を書く欄には、看護師さん達の手書きの文字や、ゴム印で押してある場合もありました。今ではそういうことはないでしょうが、当時としては、それが普通だったと思います。長閑な時代だったのでしょう。

 ボンヤリしていると、こういう、何でもない記憶が、ふと浮かんでくることもあります。

 ところで今日は、Copenで、少しだけ遠くの公園にでも行って、そこで散歩やら、写真撮影やらでもしてこようか、と思っていたのですが、家内が先に乗って出かけてしまい、ちょっと出鼻を挫かれてしまいました。天気が良かったので、もったいない気もするのですが、別に、現時点で何も、dutyがあるわけではありませんし、義務的に、散歩をしなければならないということもありませんので、まぁ、いいか、ということにしました。

 明日は、高血圧の薬をもらいに、内科へ行ってこなければなりません。市内各地の小学校では、明日と明後日のいずれかに運動会が計画されているようです。昨年は、娘が小6で、小学校最後だからと運動会に出かけました。今年は、もう行かなくて良いとなると、却って、何だか寂しいような気がします。勝手なものですが、まぁそういうものなのでしょう。

 

それから、お彼岸ですから、本来であればお墓参りに行くところですが、mamekichiの出身地では、ある特定の町内だけなのですが、墓を作らない風習があり、我が家も墓はありません。お骨は、東本願寺の大谷本廟というところに納骨してあります。ですから、こちらへ来てからは、桑名別院・本統寺さんへお参りに行くことで、それに替えています。

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2007年9月20日 (木)

いつまで続くのか、この残暑

 秋の彼岸入りとなりましたが、今日も、予報では最高気温32度、ということでした。平年であれば、いくら暑い名古屋でも、最高気温は、26、7度くらいのころでしょう。参ります。とくに、体調やや不良の身にとっては、倦怠感や、疲れやすさがなかなか改善してくれません。天候のことですから、自分でどうにかなるわけではないのですが、気分的には複雑です。

 ところで、主治医の診断書をもらって、休養加療をさせてもらっているのですが、書類上は、2週間、3週間と期限付きとなります。休ませてもらっていて、贅沢を言ってはいけませんが、制度上、想定していないというか、仕組みを作ってもらいたいと思うことがあります。

 具体的には、診断書に書かれた休養期間も半ばを過ぎようとしてくると、期限が終わる頃には、体調はどうなるかとか、休養明けに仕事にきちんと行けるのか、ということがどうしても気になってしまいます。もろもろ、現在の制度の中では仕方ないと思うのですが、大学教員には、小中学校や高校の先生方のように、代替教員の仕組みは、ほとんど整備されていません。例外は、男女共同参画という観点から、この頃、ようやく女性教員の産休、育休の代替について議論されるようになった程度でしょう。

 もちろん病気等による休職については、きちんと手続きは定められているのですが、私のようにmentalな面の関与する病気の場合、身体疾患や外傷による療養とは、異なって、予後の見通しが立てにくいことになります。そういう中で、期限付き、それも、2週間とか、3週間というように、比較的短期間の診断書で休んでいても、却って、仕事のことが気になって、落ち着かないという気持ちに陥り、とてもとても、ゆっくり休むという気にはなれません。

 このことは、実は、自分ではあまり意識していなかったのですが、ブログで知り合った、ある民間企業勤務の方とのやりとりで、昨日、今日あたりから、自分の中で、明確になってきた点です。“替わりは、いくらでもいるから、ゆっくり休め”といわれるのも、却って、病休明けに自分の席がどうなっているかと、心配になるでしょうが、休んでいる間に、授業や研究指導をしてくれる替わりの教員が、制度上、すぐには手当ができない仕組みになっているというのも、上記のように、おちおち休んでもいられないという気になってしまいます。

 学部長他、同僚の教職員の方々は、「ゆっくり、仕事を忘れてお休みください」といっては下さるのですが、病気による不在にきちんと対応してもらえる仕組みがない中では、やむを得ないこととはいえ、そうも行かないというのが実情です。他の先生方も、大車輪で仕事に邁進しておられる中で、長期にわたり、余分な負担をおかけするのも、恐縮ですし。

 法人化以降、大学も、成果主義、業績主義に移行しつつある、という点も、そういう思いを強くさせるものです。マイナス思考に陥っているわけではありませんが、学生達、同僚教職員、本人にとって、ある種のセーフティ・ネットは、整備してくれないかなと思います。

 

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2007年9月19日 (水)

感謝します

 9月も中旬から下旬になろうかとしていますが、未だに昼間は、30度以上という最高気温の予想が出ています。しかし、朝晩は、かなり涼しくなってきています。今日は、昼も曇りがちでしたので、30度まではいっていなかったかも知れません。

 多少は、体が楽になってきたかなぁ、という気もします。午後は、眠くて、合計3時間近くも昼寝をしてしまいましたが、目覚めた後は、割と気分爽快で、倦怠感も少なかったように感じました。

 ところで、昼間、ブログにろくでもない内容の記事を書いたせいか、午後から、本務先の、生理学のYm教授からメールをいただき、“ある仕事について、負担を多少とも軽減するために、責任のランクを1つ下げるようにします”、という連絡をいただきました(詳細が書けませんので、こういう抽象的な表現しかできません)。大変お気遣いをいただいたことになりますが、恐縮しつつ、ご厚情に甘えさせていただくことにしました。

 その他は、いつものように過ごしていました。コンビニに出かけ、新聞を買ってくるとか、あまり頭を使わないで読める新書をゆっくりと読む、などです。そうそう、それに、ついつい、Amazonで本を頼んでしまいます。これは良くないなぁと思いつつも、居ながらにして、定価ではありますが(ポイントはつくので、結果的には多少のディスカウントになります)、送料無料で、2、3日後には、宅配されてくるというのは、大きな魅力で、それには、抗えません。それに、もともとの本好きですから、どうしても本については、財布の紐が緩みがちになります。

 ということで、普段通りに出勤しているのとは、異なるパターン、スピードの生活と、用事の多い日常ではゆっくり読めない本を読ませてもらっています。

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集中力のないアタマでは、ろくなことを考えませんが……-私の失われた10年-

 私のギョーカイでは、昨日から、日本心理学会の大会が、東洋大学(東京・文京区)で開催されいるはずです。大学の夏休みが、8~9月になるようになってから、この季節は、学会シーズンです。しかしながら、私は、プッツンして以来、全く学会に出なくなってしまいました。体力的にもたない、人の多いところは疲れてしまう、そういう中で、恩師・知人に出合ったり、発表を聞いたりする気力がないというのがその理由です。さらに遡れば、プッツンする数年前から、仕事が忙しくて、疲れ果ててしまい、週末はぐったりしているという状況でしたので、その頃から、最小限の学会しか行っていませんでした。

 学会に出かける意味は、もちろん、自分の研究成果を発表することが最大の目的ですし、同じ程度の比重で最新の成果についての情報を仕入れることにあります。また、普通は、あまり意識されませんが、同業者、とくに出身校の同窓の方々や、専門領域の近い方々に出合って、ネットや印刷物では得られない、最新のフォーマル、インフォーマル両面の情報を仕入れて来るという意味も大きいものです。

 今年も、夏前までは、体力も回復してきたので、今年こそは、1つ、2つの学会に行こうかと思っていましたが、このところの有様で、まぁ、“かけ声倒れ”のような状態に成り下がってしまっています。

 ところで、マイブックスに先ほど紹介した“最高学府はバカだらけ(石渡嶺司著・光文社新書)”に、“大学教員の多忙と多忙による無念”について、内田樹先生の著書(狼少年のパラドクス ウチダ式教育再生論、朝日新聞社、2007年)から、次のような引用がありました。

 学部改組やFDや自己評価活動などの面倒な書類仕事を押しつけられたのはだいたい三十代四十代の若手教員たちだった。彼らの幾人かは人生のもっとも生産的な時期の十年間を文部科学省に提出する書類を書くのに費やしてしまった。事務能力が高くて、てきぱきと仕事を片付けられるパフォーマンスの高い若手教員達に選択的にそういう仕事が押しつけられたせいで、学者として一番脂がのるはずの時期に研究教育に打ち込むことができなかったのである。教養改組や法人化の過程で会議と書類書きでバーンアウトした優秀な研究者は日本全国で数百に及ぶであろう。この「失われた研究教育上の業績」をもし文部科学省はゼロ査定しているとしたら、それは重大な問題だと私は思う。

 自分自身にピッタリと当てはまるものではありませんが、それに近い状況に、ほぼ有無をいわさずおかれた身にとっては、そういう見方をしてくれている研究者がいるのだと、ちょっとした感動ものでした。

 私自身は、短大から学部への改組、大学院設置の過程で、将来構想検討作業への関与、カリキュラム検討作業への従事、学内のコンピュータ・ネットワーク整備(仕様書まで作成)、授業評価の導入、シラバスの導入、紀要の発行、大学全体のセクシュアル・ハラスメント相談マニュアルの作成とその改訂、大学全体の教職員対象のセクシュアル・ハラスメント調査の実施とその取り纏め・答申作成、修士課程設置におけるPR方法や、パンフレットの作成、学部についての学外評価の実施、そのための自己点検・評価の実施と取り纏め、などなどを5~6年の間、いくつか同時並行で、責任者として担当してきました。その間、他にも学生相談や、COEプロジェクトなどにも関わっていました。

 挙げ句の果てに、2年半前に、「いつまで、体がもつか」「そろそろヤバイかなぁ」「あと1週間くらいは、もってくれないかな?」と思いつつも、自分では止められず、また、誰もストップをかけたり、仕事を軽減したりしてくれない中、プッツンしたという経過をたどったのです。

 人間の行った仕事の評価について、自分自身は、その過程、プロセスを評価してもらいたいと思うのに対して、他者はその成果しか見ないという特徴があります。「大変ですね」という言葉は、よくかけてもらった記憶がありますが、どのくらいの時間、労力を使ってその成果を出したかというプロセスを知らない方や、類似の経験をしたことはないと思われる方から、そういうことばをかけられると、内心は、非常に不愉快というか、怒りに近い感情を抱いていた記憶があります。

 しかし、そういうことばを発してくれる方は、まだマシだったかも知れません。それ以外の多くの方は、出てきた成果について、ほとんど顧慮しないばかりか、ろくに目を通していない方もとても多い、ということが透けて見えてしまったのです。これには、全くモチベーションを削がれる思いをしました。

 私自身は、内田先生の文章にあるような“優秀な研究者”では、決してありませんが、これらの相当なオーバーワークと、怒り感情、無力感が、積もり積もって、2年半前にプッツンしたと自己分析しています。四十代前半から、今現在までを、カウントしただけでも、ほぼ10年になりますが、まさに、私にとっての“失われた10年”です。資料読みと、案の作成、書類書き、提案、実行と、結果から遡及的に見れば、取り返したい10年です。取り返したいのは、時間、労力、それにあの頃の体力と、持久力です。

 誰かを恨むとか、誰かに責任を帰するということはしたくありませんが、時が流れ、人が入れ替わる中で、誰がしたことかとか、誰が最初に仕組みを考えたかということも忘れられていくのは、何だかなぁと、ちょっとため息が出ます。知り合いの、某国立大学の先生が、“大学の中では、徹底的に無能の振りをしているのが、もっとも賢いんだ”と力説しておられました。自分自身、上述のように、優秀であるとか、有能であるという自己評価はしたことがありませんでしたが、既に時遅し、でした。

 こうなったら、蟻塚亮二先生が書いておられたように、淡々と,飽きもせず通い,黙々と最低の水準の仕事をこなすこと、もしくは、いつも軽うつで、手抜きしながらホドホドに働く、という道に邁進できるようになりたいものです(と、何度も我が身に言い聞かせているのですが、すぐに忘れてしまうんですよね、まだまだ修行が足りません)。

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2007年9月18日 (火)

今回は、3週間

 このところ、看板に偽りありで、「研究室」日記ではなくなってしまっています。これも体調不良のためとご諒解ください。

 さて、定例の受診には、少し早いのですが、2週間の診断書が切れますので、午前中、主治医の診察に行ってきました。結論からいいますと、タイトル通り、3週間の休養加療が、さらに必要という診断書をいただいてきました。2週間にしてもらおうかどうしようか、と悩んだのですが、主治医の外来診察日の都合と、服薬などの関係もあり、3週間ということにしてもらいました。これですと、後期に1週間、食い込んでしまいますが、体調が回復できれば、後期終了までの間で、どこかで補講も可能かと判断した次第です。

 その足で、桑名駅にクルマをおいて、大学まで行ってきました。休暇の延長についての相談と、必要最小限の事務的な処理と、学部長や教務委員長の先生に、事情を説明し、ご了承をいただくためです。

 朝、8時半に自宅を出て、外来診察は、今日は、珍しく1番でしたので、10時前までに薬ももらうことが出来ました。大学には、11時20分くらいに到着です。I助教、研究員になった修士OGのMnさん、精神看護学のKt准教授と必要な話を済ませたところへ、学部長のYm先生が、「いかがですか?」と、わざわざ訪ねてくださり、恐縮しつつ、もう3週間ご迷惑をおかけしますというお願いをしてきました。

 昼食を摂り、学部学生の成績をWebから入力し、午後から、教務委員長のAk先生に、後期の最初の1週間、休講というお願いをしてきました。それから、事務室で、休暇の延長や、休講の掲示の依頼を済ませ、帰宅したのは、15時くらいでした。

 今のところ、前回、大学に行ったときほどは疲れは出ていない感じです。この調子で回復、と行きたいところですが、急いては事をし損じる、といいますし、甘い自己評価で、失敗してもいますので、慎重に行こうと思います。あちこちの皆様にご迷惑をおかけしているのは、よくよく分かっていますが、ご諒解くださればありがたいと思っています。

 まだ、必要な連絡を順次行っている途中ですので、「何も言ってこない!」とおっしゃらず、お待ちくださるようお願いします。

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2007年9月17日 (月)

午後は爆睡